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■名前・氏名
モーリス=ルブラン
(Maurice Leblanc)
■職業
推理小説作家
■モーリス=ルブランの誕生日・生年月日
1864年12月11日
■出身地・都道府県
不明

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モーリス=ルブラン

生涯・人物

フランス・ノルマンディーの地方都市ルーアンで生まれる。分娩に立ち会ったのは、ルブラン家のかかりつけの医師で、フローベールの兄、アシル・フローベールであった(後にパリの文壇でモーリス・ルブランがこの事実を自慢することになる)。地元のコルネイユ高等学校(Lycée Corneille, Lycée Pierre-Corneille)卒業。数ヵ国で学び、ロースクールを落第後、フローベールやモーパッサンらに影響され小説家を志望する。他に影響を受けた作家には、オノレ・ド・バルザック、ジェイムズ・フェニモア・クーパー、アルフレッド・アソラン、エミール・ガボリオ、そしてエドガー・アラン・ポーを挙げている。

ルブランはパリに引っ越し、純文学作家になるが、書いた作品は文壇で多少の評価を得たものの収入には結びつかず、40歳を過ぎるまで、うだつの上がらない貧乏作家生活が続く。しかし友人の編集者ピエール・ラフィットに、大衆小説(冒険推理小説)の執筆を依頼され、転機が訪れる。

通俗作家への転向に気が進まないながら、金に困っていたルブランは知恵を絞り、当時ヒットしていたシャーロック・ホームズ物のアンチヒーローとなる、軽妙で魅惑的な「泥棒紳士」のアルセーヌ・ルパンを創造した。1905年に発表した第一作「アルセーヌ・ルパンの逮捕」が評判になり売り上げも好成績だったため、ルブランは続編を書くことにし、結局以後の作家人生のほとんどをルパンに注ぎ込んだ。ルパンは大あたりを取り、ルブランに作家としての名声と、経済的な報酬をもたらした。

コナン・ドイルはホームズシリーズの成功に対してむしろ困惑し、犯罪小説で成功することを、より「尊敬に値する」文学的情熱から遠ざけるもので、生活を妨害されているようでさえあると感じていたともいわれている。同様にルブランも、もともと純文学・心理小説作家を志していた事もあり、犯罪小説・探偵小説であるルパンシリーズで名声を博する事に忸怩たるものがあったといわれる。ドイルがホームズをライヘンバッハの滝に落としたのと同様、ルブランも『813』(1910年)でルパンを自殺させている。「ルパンが私の影なのではなく、私がルパンの影なのだ」という言葉などにも、その苦悩の跡が見られる。その後は歴史小説『国境』(1911年)、モーパッサンの影響のある短編集『ピンクの貝殻模様のドレス』(1911年)、空想的な作風の『棺桶島』(1919年)、SFに分類される『三つの眼』(1919年、ファーストコンタクト・テーマ)、『ノー・マンズ・ランド』(1920年)などを発表。また1915年頃から映画公開と並行して発売される小説シネロマンという形態が生まれると、その執筆者に名を連ねた。

その後1920年『アルセーヌ・ルパンの帰還』でにルパンを復活させ、1927年には新しい探偵ジム・バーネットものを発表するが、このバーネットも実はルパンであることが後に明かされた。1930年代には文学界からも作家として高い評価を得るようになり、『ラ・レピュブリック』紙でフレデリック・ルフェーヴルから「今日の偉大な冒険作家のひとりである」「同時に純然たる小説家、正真正銘の作家である」と賞されている。1930年代には恋愛小説『裸婦の絵(L'image de la femme nue *これは絵じゃなく彫刻。裸婦像)』『青い芝生のスキャンダル』も執筆。小説の戯曲化にも意欲を注ぎ、1935年には『赤い数珠』を舞台化した『闇の中の男』が大成功を収めた。

『ジル・ブラス』紙に連作短編 "Contes essentiels" を発表した際(不定期。1893年4月28日から1894年11月5日まで)には、「L'Abbé de Jumiège(ジュミエージュ大修道院長)」のペンネームを用いた(ただし、1894年4月2日号分からは本名で発表されている。ジュミエージュ大修道院はフランス革命の時にその本来の役目を終え、『奇岩城』や『カリオストロ伯爵夫人』でもその遺跡の姿が描写されている)。

晩年、「ルパンとの出会いは事故のようなものだった。しかし、それは幸運な事故だったのかも知れない」との言葉を残し、その自分の経歴も受け入れられるようになったとも見られ、『アルセーヌ・ルパンの数十億』(1939年)にいたるまで、ルパンシリーズを執筆する。

ルブランは文学への貢献(直接の理由は「国民的英雄・ルパン」の創造)によってレジオンドヌール勲章を授与され、1941年にペルピニャンのサン=ジャン病院で亡くなった。死因の一つ(直接のものではない)は肺うっ血。妹ジョルジェットの死を息子のクロードから伝えられたが、その時にはもう意識が無くなっていた。亡くなる数週間前に、「ルパンが私の周りに出没して何かと邪魔をする」という趣旨の被害届を警察署に出し、そのため警察官が24時間体制で警備し、最期の日々の平穏を守った。

お金に細かい所があり、経済的に不自由が無くなっても、出版社に鉄道の割引券(permis de circulation)を度々無心して、南仏などへの旅行に利用していた。

クロード・モネの絵で有名な大西洋岸の町エトルタには、彼の住居を基にしたモーリス・ルブラン記念館、通称「アルセーヌ・ルパンの隠れ家」がある。またモネの絵の題材にもなった有名なエトルタの岸壁は、その頂上に登ると崖の内部に潜れるようになっており、『奇巌城』に登場する暗号がそのまま金属プレートで掲示されている。また、ルブランの墓はパリのモンパルナス墓地にある。

伝記ではないが、日本で隆巴が書き下ろした戯曲『ルパン』は劇中劇のルパンと往還する形でルブランの苦悩を描いた作品であり、初演は仲代達矢がルブラン、ルパンの二役を演じた。

2012年に、1936-37年に執筆した『ルパン最後の恋』の草稿が発見され、孫のフロランス・ルブランの序文を付して、ルパンの最後の冒険として出版された。

主な作品

Des couples『夫婦たち』(1890年)- 連作短編集

Une femme『或る女』(1893年)

Ceux qui souffrent『苦しむ人々』(1894年)- 連作短編集

Les Trois Yeux 『三つの眼』『三つの目』(1920年)(英訳タイトル: The Three Eyes

Le Formidable Événement 『驚天動地』『ノー・マンズ・ランド』(1921年)(英訳タイトル: The Tremendous Event

Le Cercle rouge 『赤い輪』(1922年)(1915年アメリカの連続活劇The Red Circleを、舞台をフランスに移してノベライズしたもの)

Dorothée, Danseuse de Corde 『女探偵ドロテ』『綱渡りのドロテ』(1923年)(英題:Dorothy the Rope Dancer、米題:The Secret Tomb、ポルトガル語タイトル:A rival de Arsène Lupin

La Vie extravagante de Balthazar 『バルタザールの風変わりな毎日』『バルタザールのとっぴな生活』(1925年)

Le Prince de Jéricho 『ジェリコ公爵』(1930年)(英訳タイトル: Man of Mystery

De minuit à sept heures 『真夜中から七時まで』(1932年)(英訳タイトル: From Midnight to Morning

Le Chapelet rouge 『赤い数珠』(1934年)(新聞『ラ・ヴォロンテ』連載時の題はLes Clés mystérieuses『謎の鍵』。後に『カリオストロの復讐』に登場するルスラン判事が謎を解く)(米題:Man of Miracles

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