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佐々淳行の情報 (さっさあつゆき)
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■名前・氏名
佐々 淳行
(さっさ あつゆき)
■職業
警察官僚、評論家
■佐々淳行の誕生日・生年月日
1930年12月11日(年齢87歳)
■出身地・都道府県
東京出身

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佐々淳行

経歴

熊本県出身の政治学者で、後に参議院議員を務めた佐々弘雄の次男として、東京市麻布区(現・東京都港区)に生まれる。戦国武将・佐々成政の末裔の家系でもある。6歳のとき自宅近くで二・二六事件が発生。その戒厳下の体験が危機管理人生の出発点となったという。旧制成蹊高等学校を経て、1954年(昭和29年)3月に東京大学法学部政治学科を卒業。

東京大学在学中は、学生研究会土曜会の中心メンバーとして活動し、若泉敬、粕谷一希らと交流を持った。教授の堀豊彦からは助手として学問の道に進むことを打診されるが、朝鮮戦争や過激化する左翼運動といった世相の中、ウィリアム・ジェームズの『宗教的経験の諸相』に感化され、国家地方警察本部(現・警察庁)に入庁した。若泉は保安研修所(現・防衛研究所)入りし学究の道に入った。粕谷は佐々が学者、若泉が実務家の適性を持っていると思っていたため、それぞれの選択を意外に思ったという。

入庁後は、主に警備警察の分野を歩み、東大安田講堂事件、よど号ハイジャック事件、あさま山荘事件、ひめゆりの塔事件など数多くの学生運動や新左翼のテロに対する警備実施を指揮した。外事も多く手がけた。

警視庁外事課長代理、大阪府警察外事課長、外務省在香港総領事館領事、警視庁公安部外事第一課長、同警備部警備第一課長、同警務部参事官兼人事第一課長等を経て、警察庁警務局監察官兼警備局付、警備局調査課長、同外事課長、同警備課長、三重県警察本部長、警察庁刑事局参事官を歴任。その後、防衛庁に出向する。防衛庁では同長官官房長などを経て、防衛施設庁長官に就任した。

1986年(昭和61年)7月1日、第3次中曽根康弘内閣で初代の内閣官房内閣安全保障室長(兼総理府安全保障室長)に就任。中曽根康弘、竹下登、宇野宗佑の3人の内閣総理大臣に仕え、1989年(平成元年)2月に行われた昭和天皇大喪の礼の事務取り仕切りを最後に、同年6月に退官した。

退官後は個人事務所を開設して、各種講演や企業・団体へのアドバイスの他、著作、評論、教育、NGO運営など、幅広い活動を手がける。

1990年(平成2年)の湾岸戦争、1991年(平成3年)のソ連崩壊、1995年(平成7年)の阪神・淡路大震災、地下鉄サリン事件、1996年(平成8年)の在ペルー日本大使公邸占拠事件など、治安・防衛・外交に関わる重大事件が発生した際には、コメンテーターとしてテレビ番組に出演し、『サンデープロジェクト』、『朝まで生テレビ!』、『ズームイン!!SUPER』などのテレビ番組にも随時出演するようになった。

2006年(平成18年)7月には、日本美術刀剣保存協会の第7代会長・刀剣博物館館長に就任した。同年には、祖父に当たる佐々友房が設立した熊本県立済々黌高等学校を訪れ、あさま山荘事件などの自身の体験や佐々友房について語り、同校の図書館に自身の全著書を寄贈した。石原慎太郎が3選された2007年(平成19年)の東京都知事選挙では、石原からの要請で、石原陣営の選挙対策本部長を務めた。このときに用いられた「反省しろよ慎太郎、だけどやっぱり慎太郎」のキャッチコピーは、佐々の発案によるものである。

現在は組織における危機管理の専門家として執筆、講演活動をしている。また、インターネットテレビ『超人大陸』のコーナー「佐々淳行のガツンと一喝」に月2回のペースで出演している。テレビにコメンテーターとして出演することも多い。

年譜

1930年(昭和5年)12月11日:佐々弘雄の次男として、東京市麻布区麻布材木町で生まれる。

3月:東京大学法学部政治学科卒業

4月:国家地方警察本部(現・警察庁)入庁

10月:警視庁目黒警察署配属

1955年(昭和30年)10月:警視庁防犯部保安課

1956年(昭和31年)1月:警察大学校助教授

8月:警視庁警備部警備第一課

埼玉県警察本部警務部監察官

7月:大分県警察本部警務部長

11月:米国研修

1960年(昭和35年)7月:警視庁公安部外事課

1962年(昭和37年)4月:大阪府警察本部警備部外事課長

1964年(昭和39年)1月:警察庁警備局付(外務省研修所)

1月:在香港日本国総領事館副領事

4月:在香港日本国総領事館領事

7月:警視庁公安部外事第一課長

11月:警視庁警備部警備第一課長

1969年(昭和44年):東大安田講堂事件など一連の第二次安保闘争に対する警備実施を指揮。

9月:警視庁警務部参事官兼人事第一課長

11月25日:三島事件発生。三島由紀夫の説得に向かう。

1971年(昭和46年)11月:警察庁警務局監察官

2月:あさま山荘事件に派遣される。

5月:警察庁警備局調査課長

7月:警察庁警備局外事課長

1974年(昭和49年)8月:警察庁警備局警備課長

1975年(昭和50年)8月:三重県警察本部長

1月:警察庁刑事局参事官

8月:防衛庁出向。防衛庁長官官房防衛審議官

10月:対ハイジャック特殊部隊創設準備のため西ドイツを訪問。同国特殊部隊GSG-9の協力を得る。

1978年(昭和53年)11月:防衛庁教育担当参事官

1980年(昭和55年)6月:防衛庁人事教育局長

1982年(昭和57年)7月:防衛庁長官官房長

1984年(昭和59年)7月:防衛施設庁長官

6月:防衛施設庁を退職。

7月:内閣官房に新設された内閣安全保障室の初代室長に就任。安全保障会議事務局長も務める

1987年(昭和62年):陸上自衛隊習志野演習場において警視庁特殊部隊SAPの訓練を視察。

1989年(平成元年)6月:内閣安全保障室長を辞職。

2月:後藤田正晴の選挙応援のため、徳島に入る。

3月:台北訪問。李登輝総統、許水徳内政部長らと会談。

8月:湾岸危機につき、首相閣外補佐を担当。

10月:渡米。情報収集の結果、湾岸地区における開戦必至の確信を得る。

2月:札幌出張中、宿泊先で海部俊樹内閣総理大臣から電話を受ける。

3月:渡米。日本の90億ドル戦費負担額につき、米側高官と交渉。

4月:ボランティア団体・日本国際救援行動委員会(JIRAC)を設立し、理事長に就任。

5月:北京訪問。中国公安部幹部に機動隊設立のための助言を行う。

3月:渡米。プルトニウム輸送問題で交渉。

6月:日本新党の議員候補者リストに名が挙がる。

1993年(平成5年)4月:慶應義塾大学法学部政治学科の非常勤講師に就任。同年9月から、「日本の安全保障行政」と題する講義を開始(この後、6年間に及ぶ)。

1994年(平成6年)4月:日米文化教育交流会議(カルコン)日本側パネル委員就任。内外情勢調査会理事と日本国際フォーラム政策委員就任。

2月:総理大臣公邸において、村山富市内閣総理大臣らに対し、震災対策に関する意見具申。

3月 - 5月:オウム真理教による地下鉄サリン事件関係で多数のテレビ出演。

6月:全日空857便ハイジャック事件発生。滞在中のハワイから全日空幹部に電話でハイジャック対処法を助言。

3月:新官邸危機管理懇談会メンバーに就任。

4月:平成国際大学法学部政治学科非常勤講師に就任。

12月:ヴィクトル・アリトミ駐日ペルー大使に、在ペルー日本大使公邸占拠事件への対処法を助言。

7月:アルベルト・フジモリペルー大統領歓迎晩餐会に出席。

8月:建設省河川審議会危機管理小委員会座長に就任。

1998年(平成10年)3月:人道目的地雷除去支援の会(JAHDS)理事に就任。

2月:日米文化教育交流会議出席のため、沖縄へ出張。稲嶺惠一沖縄県知事から、第26回主要国首脳会議(沖縄サミット)招聘への協力を求められる。

6月:東京都移転問題専門委員会委員に就任。

7月:ハイジャック対策につき、小渕恵三内閣総理大臣、野村吉三郎全日本空輸社長に意見具申。

8月:ハイジャック対策懇談会座長に就任。

2月:クリストファー・ラフルーア駐日アメリカ合衆国代理大使に、えひめ丸事故への対応策を助言。えひめ丸事故直後の森内閣に関する報道に危機管理の専門家として苦言を呈した。

9月:ワシントンD.C.滞在中に、アメリカ同時多発テロに遭遇。帰国後、安倍晋三内閣官房副長官に意見具申。

10月:石原慎太郎東京都知事による「首都圏FEMA」構想の骨子を立案し、アジア主要都市市長会議で説明。

5月:自著『連合赤軍「あさま山荘」事件』(1996年)を原作とする映画『突入せよ! あさま山荘事件』が公開される。東映本社に小泉純一郎内閣総理大臣を迎え、特別試写会が行われる。

7月:横浜市専門委員に就任。

9月:アメリカ同時多発テロ1周年取材のため滞米中、小泉純一郎内閣総理大臣の北朝鮮訪問および北朝鮮による日本人拉致問題への対処を支持する立場を表明。帰国後、ハイジャック対策立案への協力の功により、扇千景国土交通大臣から表彰を受け、皇太子夫妻から労をねぎらわれる。

2004年(平成16年)4月:イラク日本人人質事件で「自己責任の原則」を強調、テロリストからの要求を拒否するよう総理大臣官邸に進言。

2007年(平成19年)9月18日:NPO法人総合危機マネジメント協会の会長・理事に就任。

2010年(平成22年):尖閣諸島中国漁船衝突映像流出事件について、映像を公開しなかった菅内閣を批判、投稿した海上保安官一色正春を擁護。

2011年(平成23年)3月:東日本大震災発生。菅直人内閣総理大臣による被災地視察、自衛隊の逐次投入、計画停電の手順等を危機管理上の視点から批判。

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