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ロベルト=ペタジーニの情報 (RobertoPetagine)
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ロベルト=ペタジーニさんについて調べます

■名前・氏名
ロベルト=ペタジーニ
(読み:Roberto Petagine)
■職業
野球選手
■ロベルト=ペタジーニの誕生日・生年月日
1971年6月2日 (年齢53歳)
亥年(いのしし年)、双子座(ふたご座)
■出身地・都道府県
不明

(昭和46年)1971年生まれの人の年齢早見表

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ロベルト=ペタジーニの情報まとめ

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ロベルト=ペタジーニ(Roberto Petagine)さんの誕生日は1971年6月2日です。

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現在、引退、結婚に関する情報もありますね。ロベルト=ペタジーニの現在の年齢は53歳のようです。

ロベルト=ペタジーニのプロフィール Wikipedia(ウィキペディア)

■プロジェクト:野球選手  ■テンプレート

ロベルト・アントニオ・ペタジーニ・エルナンデス(Roberto Antonio Petagine Hernandez、1971年6月2日 - )は、ベネズエラ出身の元プロ野球選手(内野手、外野手)。

2003年の推定年俸7億2,000万円は、NPB史上歴代4位および野手最高年俸でもある。

1990年2月13日にヒューストン・アストロズと契約。

1994年4月4日のモントリオール・エクスポズ戦でメジャーデビュー。

12月28日にトレードでサンディエゴ・パドレスへ移籍。

1996年3月17日にトレードでニューヨーク・メッツへ移籍。1997年には傘下のAAA級球団であるインターナショナルリーグ (IL) のノーフォーク・タイズで129試合に出場、打率.318・31本塁打・100打点、OPSは1.035の成績を残し、ILのリーグMVPに選出された。同年オフ、当時のメッツ監督で、NPBの千葉ロッテマリーンズでも監督を務めた経験を有するボビー・バレンタインがオリックス・ブルーウェーブに対し、野村貴仁との交換トレードを打診する。オリックス監督の仰木彬はペタジーニに興味を示し、新井宏昌・小林晋哉の両コーチも獲得に賛意を示したが、同球団フロントが獲得を見送ったため、実現しなかった。

1998年2月5日にトレードでシンシナティ・レッズへ移籍。同年は傘下のAAA級球団であるILのインディアナポリス・インディアンズで102試合に出場し、打率.331・24本塁打・109打点を記録し、OPSも1.053を記録。一方、メジャーでは34試合に出場、打率.258・3本塁打・7打点の成績に終わった。

1998年12月2日にヤクルトスワローズと契約。ヤクルトは同年オフ、ドゥエイン・ホージーとエリック・アンソニーの両選手を解雇しており、彼らと入れ替わる形でペタジーニと、マーク・スミス(前ピッツバーグ・パイレーツ)をそれぞれ新外国人打者として獲得した。背番号は9で、推定年俸約60万ドル(当時のレートで約6,816万円)の1年契約だった。

1999年、開幕から4番を任されるも4月終了時点での打率は.227、本塁打9本と確実性という面では期待ほどの結果を残せていなかったが、5月以降は打率面でも成績が向上。シーズン前半終了時点で打率.324、本塁打26本と結果を残し、怪我をして出場辞退となった読売ジャイアンツ(巨人)の清原和博に代わり、補充選手としてオールスターゲームにも選出された。最終的に松井秀喜(巨人)やロバート・ローズ(横浜)との激しい本塁打王争いを演じ、最終的には44本塁打で本塁打王、出塁率.469で最高出塁率のタイトルをそれぞれ獲得。長打力も発揮し長打率.677はリーグ最高記録だった。来日1年目で史上初となる「打率3割・40本塁打」以上を記録した。

2000年は全試合出場を果たし、36本塁打を放った。

2001年、2度目の本塁打王を獲得し、チームのリーグ優勝・日本一に大きく貢献した。

2002年、中盤は巨人の松井と本塁打争いをしていたが、8月に入り巨人が独走状態で余裕が生まれたことから松井もホームラン狙いで快進撃を始め、2年連続での本塁打王は果たせなかったが、41本塁打を放った。しかし、慢性化しつつあった膝痛、高年俸などの理由により契約延長を見送られ、同年11月11日ヤクルトを退団。この退団の遠因には、ペタジーニが死球を受けても味方投手陣が報復してくれなかったことへの不満もあったという報道もある。

争奪戦の末2002年11月19日に巨人入りが正式に決定。推定年俸7億2000万で契約し、NPB球界最高年俸(当時)助っ人と呼ばれた(なお、この記録は同じ巨人の菅野智之が2021年1月14日に年俸8億円で契約更改したことで更新された)。2003年は一塁手には清原和博がいたため主に外野手として起用された。しかし、中日ドラゴンズとの開幕戦の右翼守備でバックホームの際に捕手の頭を大きく超える大暴投をしたのを皮切りにファールフライを捕球できなかったり、スライディングキャッチを試みて落球するなど外野守備には難があった。5月13日に左膝故障で登録抹消され6月23日には一軍に再登録された。その後も打撃好調で9月13日の古巣・対ヤクルト戦で史上11人目となる5年連続30本塁打を記録し、翌日14日にはプロ野球通算8万号本塁打を記録。終盤の10月4日に膝痛で登録抹消されるとそのままシーズンを終えた。打率.323、34本塁打、81打点の成績を残すなどシーズン通じて打撃は好調だったが1か月以上の故障離脱が響き100試合の出場に留まり来日して初めて規定打席にも到達しなかった。なお、同年の出塁率は、規定打席に20打席不足して出塁率.457であり、不足分を凡打と仮定して加算しても出塁率.436で、規定打席到達者1位(福留孝介の.401)を上回っていた。現在は、公認野球規則10・22(a)に照らして最高出塁率となるが、当時は同規則は打率と長打率のみ適用だったため、福留が最高出塁率として表彰された。

2004年はこの年から監督を務める堀内恒夫の構想により清原と一塁手で併用される。持病の膝痛も悪化した影響もあり、117試合の出場で打率.290、29本塁打、84打点と日本では自己最低の成績に終わると同時に3割と30本の連続記録も途絶える。だが、清原の故障による長期離脱で2年ぶりに規定打席に到達した。オフに堀内の構想で清原が一度は翌年の戦力構想から外れていたが、契約期間が1年残っていたことで清原は編成権はフロントと監督どちらにあるのか確認し、球団に翌年の残留を直談判。最終的には清原の翌年の残留が決まり、清原を積極的に起用したいというチーム方針に加え、外野守備の難や高年俸がネックとなって翌年の戦力構想から外れ退団した。

2005年は開幕からメジャーリーグのボストン・レッドソックス傘下の3Aポータケットでプレーし、同年8月にメジャーに復帰。8月5日の対カンザスシティ・ロイヤルズ戦では『4番・一塁手』で先発出場した。

2006年2月6日に解雇された。

2006年2月22日に招待選手を経てシアトル・マリナーズとマイナー契約。8月17日に解雇され、現役引退した。

2008年、リーガ・メヒカーナ・デ・ベイスボルのメキシコシティ・レッドデビルズで現役復帰。

2008年5月12日に、不振により退団したジェイミー・ブラウンの代役として韓国・LGツインズと契約し、4番打者として活躍。

2009年もLGツインズで主軸として活躍し、3打席連続本塁打(3本目はサヨナラ満塁)を打つ等、LG史上初となるシーズン100打点を記録した選手となった。だが膝に故障を抱えており年齢的な問題に加え、本人が高額年俸を要求してきたことや、投手不足のチーム事情もあり、2009年限りで退団となった。

2010年4月15日、福岡ソフトバンクホークスへの入団が発表された。背番号は16。日本プロ野球に6年ぶりに復帰することとなり、パ・リーグのチームのユニフォームに初めて袖を通すこととなった。2010年6月9日の対横浜ベイスターズ戦で日本球界復帰後初本塁打をサヨナラ本塁打で飾った。同時に交流戦で打った初めての本塁打となった。サヨナラ本塁打はヤクルト時代の2001年8月以来、5本目。7月21日の対埼玉西武ライオンズ戦でも自身6度目のサヨナラ2ラン本塁打を打った。このサヨナラ本塁打は球団通算100本目(2リーグ制以降)のサヨナラ本塁打であった。6番指名打者に定着し、ホセ・オーティズ、多村仁志に次ぐOPS.772を記録しリーグ優勝に貢献した。

本人は翌シーズンの残留を希望していたが、81試合出場で打率2割6分1厘、10本塁打と全盛期のころと比べ力の衰えを露呈してしまうことになり、11月14日にソフトバンクは来季の契約を結ばないことを発表。その後再び現役を引退した。

25歳年上のオルガ夫人はペタジーニの友人の母で、小学校の時に友人宅に遊びに行った時に出会い、その後、愛を貫いて結婚に至った。夫人とは2021年現在結婚生活を続けている。

ヤクルト時代の応援歌は、トーマス・オマリーの応援歌のメロディーを流用したものである。

各年度の太字はリーグ最高

2003年は規定打席に20打席不足していたが、20打席分を凡打と仮定しても、出塁率・長打率・OPSはそれぞれ.436・.644・1.079となり、いずれもリーグ規定打席到達者1位を上回る。

本塁打王:2回 (1999年、2001年)

打点王:1回 (2001年)

最高出塁率:2回 (1999年、2001年)

最多勝利打点:1回 (1999年) ※特別賞

最優秀選手:1回 (2001年)

ベストナイン(一塁手部門):4回 (1999年 - 2002年)

ゴールデングラブ賞(一塁手部門):3回 (2000年 - 2002年)

オールスターゲームMVP:2回 (2000年 第1戦、2001年 第2戦)

月間MVP:3回 (1999年7月、2001年4月、2001年5月)

IBMプレイヤー・オブ・ザ・イヤー賞:1回 (2001年)

優秀JCB・MEP賞:1回 (1999年)

インターナショナルリーグMVP:2回(1997年、1998年)

初出場・初先発出場:1999年4月2日、対横浜ベイスターズ1回戦(横浜スタジアム)、4番・一塁手として先発出場

初打席:同上、2回表に三浦大輔の前に空振り三振

初安打:同上、7回表に三浦大輔から左前安打

初本塁打・初打点:同上、8回表に横山道哉から右越2ラン

初盗塁:1999年5月16日、対広島東洋カープ6回戦(長崎ビッグNスタジアム)、7回裏に二盗(投手:小林敦司、捕手:瀬戸輝信)

100本塁打:2001年6月28日、対横浜ベイスターズ14回戦(明治神宮野球場)、3回裏にマーク・ホージマーから右越2ラン ※史上213人目

150本塁打:2002年8月15日、対読売ジャイアンツ22回戦(東京ドーム)、1回表に入来祐作から右越先制2ラン ※史上122人目

200本塁打:2004年5月8日、対広島東洋カープ7回戦(広島市民球場)、1回表に河内貴哉から中越3ラン ※史上79人目

オールスターゲーム出場:3回 (1999年 - 2001年)

29 (1994年、2008年 - 2009年)

24 (1995年)

20 (1996年)

10 (1997年)

57 (1998年)

9 (1999年 - 2002年)

13 (2003年 - 2005年)

23 (2006年)

16 (2010年)

『巨人軍5000勝の記憶』 読売新聞社、ベースボールマガジン社、2007年。ISBN 9784583100296。 p.78~79 (上原浩治#関連書籍(1999年)に際して、上原を励ます意味で、そんなことで涙を流すなという趣旨のコメントをしている。)

^ 楽天復帰の田中、日本球界最高年俸選手に 背番号は「18」 毎日新聞 2021年1月28日

^ “Roberto Petagine Minor, Japanese, Mexican & Korean Leagues Statistics & History” (英語). Baseball-Reference.com. Sports Reference. 2022年5月29日時点のオリジナルよりアーカイブ。2022年5月29日閲覧。

^ 『中日スポーツ』1998年11月10日朝刊第5版2頁「新外国人獲得ヤ」(中日新聞社)

^ 「幻に終わったペタジーニのオリックス入り 仰木監督に届いた“交換オファー”」『Full-Count』株式会社Creative2、2022年5月28日、2面。オリジナルの2022年5月29日時点におけるアーカイブ。2022年5月29日閲覧。

^ 「幻に終わったペタジーニのオリックス入り 仰木監督に届いた“交換オファー”」『Full-Count』株式会社Creative2、2022年5月28日、3面。オリジナルの2022年5月29日時点におけるアーカイブ。2022年5月29日閲覧。

^ “Roberto Petagine Stats” (英語). Baseball-Reference.com. Sports Reference. 2022年5月29日時点のオリジナルよりアーカイブ。2022年5月29日閲覧。

^ 『中日スポーツ』1998年11月24日朝刊第5版2頁「ヤクルト新外国人米大パイレーツ スミス外野手を獲得」(中日新聞社)

^ 『中日スポーツ』1999年1月5日朝刊第5版2頁「新外国人三選手発表」(中日新聞社)

^ 【9月1日】2002年(平14) なぜ報復しない!ペタジーニ怒りの職場放棄

^ “助っ人最高はペタジーニ7.2億円 米国ではド軍カーショー40億円超”. www.sponichi.co.jp. 2019年7月10日閲覧。

^ “ペタジーニ氏 球界最高年俸“助っ人”の今…25歳年上妻を裏切った?不倫疑惑を直撃!”. www.sponichi.co.jp (2019年7月7日). 2019年7月7日閲覧。

^ 巨人菅野8億円で更改 ペタジーニ超え史上最高俸

^ ロベルト ペタジーニ選手 入団のお知らせ

^ “R・ペタジーニ選手の退団について”. 福岡ソフトバンクホークス (November 4, 2010). January 9, 2014閲覧。

^ 池内ひろ美. “なぜ年上女性は年下男性にモテるのか?「年上妻」夫婦が最高に素敵&幸せである理由”. ビジネスジャーナル. サイゾー. 2019年4月12日時点のオリジナルよりアーカイブ。2019年4月12日閲覧。

^ 元巨人・ペタジーニ氏 73歳のオルガ夫人とラブラブキス披露 - デイリースポーツ(2019年7月7日)

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選手の通算成績と情報 MLB、ESPN、Baseball-Reference、Fangraphs、The Baseball Cube、Baseball-Reference (Register)

個人年度別成績 ロベルト・ペタジーニ - NPB.jp 日本野球機構

1950 小鶴誠

1951 川上哲治

1952 別所毅彦

1953 大友工

1954 杉下茂

1955 川上哲治

1956 別所毅彦

1957 与那嶺要

1958 藤田元司

1959 藤田元司

1960 秋山登

1961 長嶋茂雄

1962 村山実

1963 長嶋茂雄

1964 王貞治

1965 王貞治

1966 長嶋茂雄

1967 王貞治

1968 長嶋茂雄

1969 王貞治

1970 王貞治

1971 長嶋茂雄

1972 堀内恒夫

1973 王貞治

1974 王貞治

1975 山本浩二

1976 王貞治

1977 王貞治

1978 若松勉

1979 江夏豊

1980 山本浩二

1981 江川卓

1982 中尾孝義

1983 原辰徳

1984 衣笠祥雄

1985 R.バース

1986 北別府学

1987 山倉和博

1988 郭源治

1989 W.クロマティ

1990 斎藤雅樹

1991 佐々岡真司

1992 J.ハウエル

1993 古田敦也

1994 桑田真澄

1995 T.オマリー

1996 松井秀喜

1997 古田敦也

1998 佐々木主浩

1999 野口茂樹

2000 松井秀喜

2001 R.ペタジーニ

2002 松井秀喜

2003 井川慶

2004 川上憲伸

2005 金本知憲

2006 福留孝介

2007 小笠原道大

2008 A.ラミレス

2009 A.ラミレス

2010 和田一浩

2011 浅尾拓也

2012 阿部慎之助

2013 W.バレンティン

2014 菅野智之

2015 山田哲人

2016 新井貴浩

2017 丸佳浩

2018 丸佳浩

2019 坂本勇人

2020 菅野智之

2021 村上宗隆

2022 村上宗隆

2023 村上頌樹

1950 小鶴誠

1951 青田昇

1952 杉山悟

1953 藤村富美男

1954 青田昇

1955 町田行彦

1956 青田昇

1957 青田昇, 佐藤孝夫

1958 長嶋茂雄

1959 桑田武, 森徹

1960 藤本勝巳

1961 長嶋茂雄

1962 王貞治

1963 王貞治

1964 王貞治

1965 王貞治

1966 王貞治

1967 王貞治

1968 王貞治

1969 王貞治

1970 王貞治

1971 王貞治

1972 王貞治

1973 王貞治

1974 王貞治

1975 田淵幸一

1976 王貞治

1977 王貞治

1978 山本浩二

1979 掛布雅之

1980 山本浩二

1981 山本浩二

1982 掛布雅之

1983 山本浩二, 大島康徳

1984 宇野勝, 掛布雅之

1985 R.バース

1986 R.バース

1987 ランス

1988 C.ポンセ

1989 L.パリッシュ

1990 落合博満

1991 落合博満

1992 J.ハウエル

1993 江藤智

1994 大豊泰昭

1995 江藤智

1996 山崎武司

1997 D.ホージー

1998 松井秀喜

1999 R.ペタジーニ

2000 松井秀喜

2001 R.ペタジーニ

2002 松井秀喜

2003 A.ラミレス, T.ウッズ

2004 T.ローズ, T.ウッズ

2005 新井貴浩

2006 T.ウッズ

2007 村田修一

2008 村田修一

2009 T.ブランコ

2010 A.ラミレス

2011 W.バレンティン

2012 W.バレンティン

2013 W.バレンティン

2014 B.エルドレッド

2015 山田哲人

2016 筒香嘉智

2017 A.ゲレーロ

2018 N.ソト

2019 N.ソト

2020 岡本和真

2021 村上宗隆, 岡本和真

2022 村上宗隆

2023 岡本和真

2024 村上宗隆

1950 小鶴誠

1951 青田昇

1952 西沢道夫

1953 藤村富美男

1954 杉山悟, 渡辺博之

1955 川上哲治

1956 宮本敏雄

1957 宮本敏雄

1958 長嶋茂雄

1959 森徹

1960 藤本勝巳

1961 桑田武

1962 王貞治

1963 長嶋茂雄

1964 王貞治

1965 王貞治

1966 王貞治

1967 王貞治

1968 長嶋茂雄

1969 長嶋茂雄

1970 長嶋茂雄

1971 王貞治

1972 王貞治

1973 王貞治

1974 王貞治

1975 王貞治

1976 王貞治

1977 王貞治

1978 王貞治

1979 山本浩二

1980 山本浩二

1981 山本浩二

1982 掛布雅之

1983 原辰徳

1984 衣笠祥雄

1985 R.バース

1986 R.バース

1987 C.ポンセ

1988 C.ポンセ

1989 落合博満

1990 落合博満

1991 広沢克己

1992 L.シーツ

1993 広沢克己, R.ローズ

1994 大豊泰昭

1995 江藤智

1996 L.ロペス

1997 L.ロペス

1998 松井秀喜

1999 R.ローズ

2000 松井秀喜

2001 R.ペタジーニ

2002 松井秀喜

2003 A.ラミレス

2004 金本知憲

2005 今岡誠

2006 T.ウッズ

2007 A.ラミレス

2008 A.ラミレス

2009 T.ブランコ

2010 A.ラミレス

2011 新井貴浩

2012 阿部慎之助

2013 T.ブランコ

2014 M.ゴメス

2015 畠山和洋

2016 筒香嘉智

2017 J.ロペス

2018 W.バレンティン

2019 N.ソト

2020 岡本和真

2021 岡本和真

2022 村上宗隆

2023 牧秀悟

2024 村上宗隆

1967 王貞治

1968 王貞治

1969 王貞治

1970 王貞治

1971 王貞治

1972 王貞治

1973 王貞治

1974 王貞治

1975 王貞治

1976 王貞治

1977 王貞治

1978 王貞治

1979 山本浩二

1980 山本浩二

1981 掛布雅之

1982 田尾安志, 掛布雅之

1983 山本浩二

1984 谷沢健一

1985 R.バース

1986 R.バース

1987 落合博満

1988 落合博満

1989 W.クロマティ

1990 落合博満

1991 落合博満

1992 T.オマリー

1993 T.オマリー

1994 T.オマリー

1995 T.オマリー

1996 江藤智

1997 R.ローズ

1998 松井秀喜

1999 R.ペタジーニ

2000 松井秀喜

2001 R.ペタジーニ

2002 松井秀喜

2003 福留孝介

2004 G.ラロッカ

2005 福留孝介

2006 福留孝介

2007 青木宣親

2008 内川聖一

2009 青木宣親

2010 和田一浩

2011 鳥谷敬

2012 阿部慎之助

2013 W.バレンティン

2014 W.バレンティン

2015 山田哲人

2016 坂本勇人

2017 田中広輔

2018 丸佳浩

2019 鈴木誠也

2020 村上宗隆

2021 鈴木誠也

2022 村上宗隆

2023 大山悠輔

2024 D.サンタナ

1981 佐野仙好

1982 原辰徳

1983 原辰徳

1984 W.クロマティ

1985 R.バース

1986 W.クロマティ

1987 小早川毅彦

1988 落合博満

1989 落合博満

1990 広沢克己

1991 J.パチョレック

1992 広沢克己, J.パチョレック

1993 落合博満

1994 R.ローズ

1995 T.オマリー

1996 T.オマリー

1997 鈴木尚典

1998 山崎武司

1999 R.ペタジーニ

2000 鈴木尚典, 江藤智

1981年から1988年まではNPB打撃タイトル1989年から2000年まではセ・リーグ特別賞2000年限りで廃止

1950 西沢道夫

1951 川上哲治

1952 西沢道夫

1953 川上哲治

1954 西沢道夫

1955 川上哲治

1956 川上哲治

1957 川上哲治

1958 川上哲治

1959 藤本勝巳

1960 近藤和彦

1961 藤本勝巳

1962 王貞治

1963 王貞治

1964 王貞治

1965 王貞治

1966 王貞治

1967 王貞治

1968 王貞治

1969 王貞治

1970 王貞治

1971 王貞治

1972 王貞治

1973 王貞治

1974 王貞治

1975 王貞治

1976 王貞治

1977 王貞治

1978 王貞治

1979 王貞治

1980 谷沢健一

1981 藤田平

1982 谷沢健一

1983 谷沢健一

1984 谷沢健一

1985 R.バース

1986 R.バース

1987 R.バース

1988 落合博満

1989 L.パリッシュ

1990 落合博満

1991 落合博満

1992 J.パチョレック

1993 広沢克己

1994 大豊泰昭

1995 T.オマリー

1996 L.ロペス

1997 L.ロペス

1998 駒田徳広

1999 R.ペタジーニ

2000 R.ペタジーニ

2001 R.ペタジーニ

2002 R.ペタジーニ

2003 G.アリアス

2004 T.ウッズ

2005 新井貴浩

2006 T.ウッズ

2007 T.ウッズ

2008 内川聖一

2009 T.ブランコ

2010 C.ブラゼル

2011 栗原健太

2012 T.ブランコ

2013 T.ブランコ

2014 M.ゴメス

2015 畠山和洋

2016 新井貴浩

2017 J.ロペス

2018 D.ビシエド

2019 D.ビシエド

2020 村上宗隆

2021 J.マルテ

2022 J.オスナ

2023 大山悠輔

1972 王貞治

1973 王貞治

1974 王貞治

1975 王貞治

1976 王貞治

1977 王貞治

1978 王貞治

1979 王貞治

1980 王貞治

1981 藤田平

1982 中畑清

1983 中畑清

1984 中畑清

1985 中畑清

1986 中畑清

1987 中畑清

1988 中畑清

1989 駒田徳広

1990 駒田徳広

1991 駒田徳広

1992 J.パチョレック

1993 駒田徳広

1994 駒田徳広

1995 駒田徳広

1996 駒田徳広

1997 駒田徳広

1998 駒田徳広

1999 駒田徳広

2000 R.ペタジーニ

2001 R.ペタジーニ

2002 R.ペタジーニ

2003 G.アリアス

2004 渡邉博幸

2005 A.シーツ

2006 A.シーツ

2007 A.シーツ

2008 新井貴浩, 栗原健太

2009 栗原健太

2010 (該当者なし)

2011 栗原健太

2012 畠山和洋

2013 J.ロペス

2014 森野将彦

2015 畠山和洋

2016 J.ロペス

2017 J.ロペス

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2019 J.ロペス

2020 D.ビシエド

2021 D.ビシエド

2022 中田翔

2023 大山悠輔

2024 岡本和真

1951 川上哲治, 野口明, 林義一

1952 飯島滋弥

1953 飯田徳治, 平井三郎, 堀井数男

1954 中西太, 山内和弘

1955 山内和弘, 西沢道夫

1956 森下正夫, 吉田義男

1957 大下弘, 宮本敏雄

1958 宮本敏雄, 中西太

1959 山内和弘, 中利夫

1960 森下整鎮, 金田正一, 張本勲

1961 広瀬叔功, 田宮謙次郎

1962 ブルーム, 張本勲

1963 近藤和彦, 王貞治, 古葉毅

1964 金田正一, J.マーシャル, J.スタンカ

1965 D.スペンサー, 高倉照幸, 江藤慎一

1966 広瀬叔功, 榎本喜八, 古葉竹識

1967 土井正博, 長池徳二, 大杉勝男

1968 江藤慎一, 柴田勲, 小池兼司

1969 土井正博, 船田和英

1970 長池徳二, 江夏豊, 遠井吾郎

1971 江夏豊, 長池徳二, 加藤秀司

1972 野村克也, 阪本敏三, 池田祥浩

1973 若松勉, 福本豊, 山崎裕之

1974 高井保弘, 福本豊, 張本勲

1975 山本浩二, 松原誠, 土井正博

1976 有藤道世, 門田博光, 吉田孝司

1977 若松勉, 野村克也, 王貞治

1978 A.ギャレット, 簑田浩二, 掛布雅之

1979 王貞治, B.マルカーノ, 山本浩二

1980 岡田彰布, 平野光泰, 江夏豊

1981 藤原満, 掛布雅之, 山倉和博

1982 福本豊, 柏原純一, 掛布雅之

1983 門田博光, 梨田昌崇, 落合博満

1984 簑田浩二, ブーマー, 江川卓

1985 高木豊, W.クロマティ, 松永浩美

1986 山本和範, 清原和博, 吉村禎章

1987 高沢秀昭, 石毛宏典, 清原和博

1988 ブーマー, 岡田彰布, 正田耕三

1989 村田兆治, 彦野利勝

1990 R.ブライアント, 清原和博

1991 古田敦也, 広沢克己

1992 石井浩郎, 古田敦也, 駒田徳広

1993 清原和博, T.オマリー

1994 秋山幸二, G.ブラッグス

1995 落合博満, 松井秀喜

1996 山本和範, 清原和博, 金本知憲

1997 松井稼頭央, 清原和博

1998 川上憲伸, 松井秀喜

1999 松井秀喜, R.ローズ, 新庄剛志

2000 R.ペタジーニ, 山﨑武司, 清原和博

2001 松井稼頭央, R.ペタジーニ, 中村紀洋

2002 G.アリアス, 的山哲也

2003 高橋由伸, 金本知憲

2004 松坂大輔, SHINJO

2005 金城龍彦, 前田智徳

2006 青木宣親, 藤本敦士

2007 A.ラミレス, 阿部慎之助

2008 山﨑武司, 荒木雅博

2009 青木宣親, 松中信彦

2010 阿部慎之助, 片岡易之

2011 畠山和洋, 中村剛也, 稲葉篤紀

2012 中村紀洋, 前田健太, 陽岱鋼

2013 澤村拓一, 新井貴浩, 内川聖一

2014 B.エルドレッド, 柳田悠岐

2015 藤浪晋太郎, 會澤翼

2016 筒香嘉智, 大谷翔平

2017 内川聖一, A.デスパイネ

2018 森友哉, 源田壮亮

2019 森友哉, 近本光司

2020 (中止)

2021 菊池涼介, 島内宏明

2022 清宮幸太郎, 柳田悠岐

2023 柳田悠岐, 万波中正

2024 牧秀悟,佐藤都志也

82 白仁天

83 張孝祚

84 張孝祚

85 張孝祚

86 張孝祚

87 張孝祚

88 金聲來

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90 韓大化

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23 洪昌起

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この記事は、クリエイティブ・コモンズ・表示・継承ライセンス3.0のもとで公表されたウィキペディアの項目「ロベルト=ペタジーニ」を素材として二次利用しています。

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