川上のぼるの情報(かわかみのぼる) 腹話術師 芸能人・有名人Wiki検索[誕生日、年齢、出身地、星座]
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川上のぼるの情報まとめ
川上 のぼる(かわかみ のぼる)さんの誕生日は1929年12月11日です。京都出身の腹話術師のようです。
映画、現在、テレビに関する情報もありますね。去年の情報もありました。2013年に亡くなられているようです。
川上のぼるのプロフィール Wikipedia(ウィキペディア)川上 のぼる(かわかみ のぼる 、本名:川上 登(読み同じ)、1929年12月11日 - 2013年9月7日)は、日本の腹話術師、声帯模写師。 寄席芸としての腹話術を確立した第一人者と評される。日本腹話術師協会名誉会長を歴任した。 京都市出身。日本画家の川上拙以の次男(兄は東映の美術監督やCFディレクターを務めた川上晃、弟は陶芸家の川上徹)。 芸事好きの父が2代目渋谷天外や2代目桂春團治らと親交があったため、幼少時から芝居小屋や寄席の楽屋に出入りする。少年時代からチャップリンやヒトラーのモノマネを得意とし、その芸の腕を買った2代目天外に「養子に欲しい」と言わしめたほどだったという。 旧制中学5年の時、腹話術師エドガー・バーゲン(英語版)の出演する映画に感激し、ぬいぐるみを用いた見よう見まねの腹話術を、学校の文化祭で披露した。すると、敵国アメリカ批判などを取り入れたブラックユーモアたっぷりのネタが評判になり、各地の余興に呼ばれるうち、中村メイコの劇団に参加するようになる。 京都府立山城高等学校を経て、1949年に京都学芸大学(京都教育大学の前身)音楽科に入学。在学中の1951年に民放ラジオ局の朝日放送が開局すると、同局専属のタレントとしてプロデビュー。大学生タレント第1号として売り出され、『ハリスクイズ』『ピアス歌のカクテルパーティー』の司会を担当。『ハリスクイズ』では、スポンサーの社名にちなんだ腹話術人形「ハリス坊や」を相方にし、「イットーショー(一等賞)!」のフレーズが流行、お茶の間の人気者になる。同局の専属だった3代目桂米朝は「あの頃一番儲けはった」と当時を回顧している。 舞台では千日劇場や旧うめだ花月などに出演。弟子らを率いて『川上のぼるとリズムボーンズ』(1963年より『川上のぼると大阪ヤローズ』と改称)を結成し、音楽ショウ、腹話術、声帯模写、コントなど、何でもありの芸で寄席を賑やかした。1987年には中国で公演した。 晩年は天満天神繁昌亭に腹話術で出演。2011年頃ころから足を患い自宅で静養を続けていたが、2013年9月7日、心不全のため大阪府茨木市の自宅で死去した(83歳没)。 妻は元宝塚歌劇団の恒月まさみ。次男は弟子でもある川上じゅん。 1996年 第25回上方お笑い大賞特別賞 1997年 大阪市民表彰(文化功労) 2002年 日本腹話術貢献者賞受賞 2014年 第17回上方演芸の殿堂入り 寺下ジョージ - のちのタイヘイ原児。 堺すすむ 大空テント - 上岡龍太郎門下に移る。 宮本きよし 千田やすし 岸わたる - 並木ひろしとタッグマッチのメンバーを経て、現在は作曲家。 安丸三一 - 現在は演歌歌手。 森今日生 野田まもる 川上じゅん 小泉みつる 村田いつ子 藤本哲宏 - のちのピンアップトリオの哲二。アコーディオンの演奏で参加。 唄う声帯模写の第一人者である。 花菱アチャコ 高田浩吉 ディック・ミネ 小林旭 東海林太郎 田端義夫 トニー谷 ハリスクイズ(朝日放送) ピアス歌のカクテルパーティー(朝日放送) いただきます歌謡曲(近畿放送) 川上のぼるですおはようさ~ん(KBS京都) 京阪ゼスチャーゲーム→京阪テレビカー(OTV、1956年 - 1958年) スターと飛び出せ歌合戦(ytv制作・NTV系ネット) - トニー谷司会。ディック・ミネとレギュラー審査員で出演。 おにいちゃん(OTV、1958年10月 - 1959年5月) 人形といっしょに(朝日放送、1959年6月 - 1959年10月) ダイラケ二等兵(朝日放送、1960年2月 - 1961年7月) てっちゃん劇場(朝日放送、1960年5月 - 1963年4月) スチャラカ社員(朝日放送、1961年4月 - 1967年4月) 瓦版・忠臣蔵(毎日放送、1964年6月 - 1964年11月) 甘辛横丁名迷伝(朝日放送、1964年10月 - 1965年3月) 水戸黄門(TBS、1964年11月 - 1965年12月) 続・柔(日本テレビ、1965年10月 - 1966年4月) 道頓堀アワー(大阪テレビ放送→朝日放送) 幽霊五十三次(ニュー東映、1961年) 大日本殺し屋伝(日活、1965年) のど自慢(シネカノン・東宝・日活・ポニーキャニオン、1999年) ハリス - 後のカネボウハリス → カネボウ食品 → ベルフーズ → カネボウフーズ → クラシエフーズ
^ 川上のぼる コトバンク - 典拠は『デジタル版 日本人名大辞典+Plus』(講談社、2015年) ^ 井澤壽治『上方大入袋 名人の心と芸』1988年、東方出版 pp.58-61 ^ 第17回上方演芸の殿堂入り(平成25年度) 大阪府立上方演芸資料館(ワッハ上方) ^ 祖父 日本画家 川上拙以 - 川上じゅんブログ ^ 読売新聞大阪本社文化部(編)『上方放送お笑い史』 読売新聞社、1999年 pp.10-103「川上のぼると『ハリス坊や』」 ^ “腹話術・声帯模写…川上のぼるさん死去”. 読売新聞. (2013年9月7日). http://www.yomiuri.co.jp/entertainment/news/20130908-OYT1T00586.htm 2013年9月8日閲覧。 ^ “腹話術師・川上のぼるさんが心不全で死去”. オリコンニュース (2013年9月8日). 2023年3月10日閲覧。 ^ “プロフィール”. 岸わたる Next Stage. 2020年6月30日閲覧。 ^ 京都新聞(縮刷版)1976年4月 川上じゅんHP 日本腹話術芸術協会 この項目は、お笑いタレント・コメディアン(これらの関連記事を含む)に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(P:お笑い/PJ:お笑い)。 腹話術師 お笑い芸人 朝日放送の人物 京都教育大学出身の人物 京都府立山城高等学校出身の人物 京都市出身の人物 1929年生 2013年没 外部リンクがリンク切れになっている記事/2020年6月 プロジェクト人物伝項目 すべてのスタブ記事 お笑い芸人に関するスタブ
2024/11/17 10:42更新
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kawakami noboru
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