桂章太郎の情報(かつらしょうたろう) 俳優 芸能人・有名人Wiki検索[誕生日、年齢、出身地、星座]
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■名前・氏名 |
桂章太郎の情報まとめ
桂 章太郎(かつら しょうたろう)さんの誕生日は1914年5月8日です。東京出身の俳優のようです。
映画、現在、卒業、結婚、退社、再婚、兄弟に関する情報もありますね。1935年に亡くなられているようです。
桂章太郎のプロフィール Wikipedia(ウィキペディア)桂 章太郎(かつら しょうたろう、1914年5月8日 - 1935年5月13日)は、日本の俳優である。本名松田 秀雄(まつだ ひでお)。日本映画データベースにおける「柱章太郎」は、単純な誤記である。満18歳で映画主演して以降、サイレント末期の剣戟映画における青年スターであったが、満21歳で戦死した。 1914年(大正3年)5月8日、東京府東京市京橋区八丁堀(現在の東京都中央区八丁堀)に生まれる。 1926年(大正15年)3月、旧制小学校を卒業し、同年4月、旧制・日本大学中学校(現在の日本大学第一高等学校)に進学したが、満15歳になる1929年(昭和4年)、同校を中途退学して京都に移り、等持院の東亜キネマ京都撮影所に入社する。同社での出演歴等は不明であるが、映画界にデビューして3年を経た1932年(昭和7年)、新興キネマと配給提携を行う製作会社・尾上菊太郎プロダクションに移籍、同年5月25日に公開された尾上菊太郎主演によるサイレント映画『直参出世鳶』(監督押本七之助)に脇役出演、木村潤子の相手役を演じる。尾上菊太郎プロダクション第二部が製作した『怪傑鬼神組』(前篇・監督清水勝人、後篇・監督郷竜二)で初主演を果たす。1933年(昭和8年)4月、前年11月に高村正次が御室撮影所に設立した宝塚キネマ興行に移籍、『天変二筋道』『男伊達三度笠』(いずれも監督堀江大生)に主演、羅門光三郎、阿部九州男に次ぐ同社のスターとして待遇され、同年、映画雑誌『キネマ』において行われた「新進スタア推薦投票」において、第1位を獲得している。満19歳になるこのころ、1歳年下の女優・月宮乙女と結婚している。同年7月には同社では賃金未払いが発生、経営者と従業員が対立、製作も遅滞、同年7月8日に公開された主演作『男伊達三度笠』を最後に、桂は月宮とともに同社を退社する。 同年8月、東京に戻って、北豊島郡西巣鴨町(現在の豊島区西巣鴨4丁目)にあった大都映画に月宮とともに入社する。同社では、社主・河合徳三郎の娘である三城輝子とのコンビを組み、『霧の中の仁侠児』(監督中島宝三)、『情艶鹿の子崩れ』(監督石山稔)、『気まぐれ伊太郎』(監督中島宝三)、『日本巌窟王』二部作(監督中島宝三)等で人気を博した。『日本映画俳優名鑑 昭和九年版』によれば、身長5尺(151.5センチメートル)、体重12貫300匁(46.1キログラム)と記されている。 片岡千恵蔵に代表される「明朗型スター」として、そのフレッシュさに将来を期待されていたが、1935年(昭和10年)1月20日に公開された主演作『仇姿隠密道中』(監督大伴竜三)に出演したのを最後に召集され、独立守備隊に従軍したが、同年5月13日、満洲(現在の中華人民共和国東北部)にて戦死する。満21歳没。 出演作は『大号令』(監督吉村操、1934年)を除き、すべてサイレント映画であった。大都映画は、同年、桂の慰霊祭を行い、ドキュメンタリー映画『故桂章太郎慰霊祭實況』を製作、同年8月8日に公開された『御存知猿飛佐助 後篇』(監督大伴竜三)と同時に内務省警保局の検閲を受けた記録が残っている。月宮乙女は、同年中は大都映画に所属、出演していたが、翌年、阪東妻三郎プロダクションに移籍、戦後、小堀明男と再婚した。 クレジットはすべて「出演」である。公開日の右側には役名、および東京国立近代美術館フィルムセンター(NFC)、マツダ映画社所蔵等の上映用プリントの現存状況についても記す。同センター等に所蔵されていないものは、とくに1940年代以前の作品についてはほぼ現存しないフィルムである。資料によってタイトルの異なるものは併記した。 製作は「尾上菊太郎プロダクション」、配給は「新興キネマ」、すべてサイレント映画である。 『直参出世鳶』 : 監督押本七之助、1932年5月25日公開 - 小さんの恋人村松友弥 『元禄村雨格子』 : 監督押本七之助、1932年6月15日公開 - 金吾の兄新左衛門 『怪傑鬼神組 前篇 天誅篇』 : 監督清水勝人、1932年8月7日公開 - 主演 『柳生快勇伝』 : 監督不明、1932年製作・公開 - 主演 『快傑鬼神組 後篇 覆面抜刀隊』(『覆面抜刀隊 傑鬼神組 後篇』) : 監督郷竜二、製作八州映画社(尾上菊太郎プロダクション第二部)、配給八州映画社、1933年3月1日公開 - 主演 『若様大学』 : 監督冬島泰三、1933年4月15日公開 - 甚右衛門の息子甚之助 すべて製作・配給は「宝塚キネマ興行」、すべてサイレント映画である。 『天変二筋道』 : 監督堀江大生、1933年4月7日公開 - 主演 『侠艶竜虎の渦』(『矯艶竜虎の渦』) : 監督仁科熊彦、1933年4月29日公開 『搦操大納言』(『搦繰大納言』) : 監督堀江大生、1933年6月9日公開 - 主演 『男伊達三度笠』 : 監督堀江大生、1933年7月8日公開 - 主演 すべて製作・配給は「大都映画」、特筆した特別作以外はすべてサイレント映画である。 『元和三勇士 竜虎発端篇』 : 監督中島宝三、1933年9月14日公開 - 主演 『元和三勇士 後篇 獅子奮迅篇』 : 監督長尾史録、1933年9月21日公開 - 主演 『霧の中の仁侠児』 : 監督中島宝三、1933年10月5日公開 - 主演 『江戸の華出世の纏』(『江戸の花 出世の纏』) : 監督長尾史録、1933年10月19日公開 - 主演 『浮世絵信州攻め』(『浮世絵信州攻』) : 監督中島宝三、1933年11月8日公開 - 主演 『秋風幕末陣』 : 監督長尾史録、1933年12月7日公開 - 主演 『業平文治 第一篇』 : 監督大伴竜三、1934年1月20日公開 - 業平文治(主演) 『業平文治 第二篇』 : 監督大伴竜三、1934年1月25日公開 - 業平文治(主演) 『明暗風流陣』 : 監督中島宝三、1934年2月8日公開 - 主演 『悲恋五月雨草紙』(『悲恋五月雨双紙』) : 監督石山稔、1934年2月22日公開 - 主演 『名君道中記』 : 監督中島宝三、1934年3月2日公開 - 主演 『黄金飛脚』 : 監督中島宝三、1934年3月22日公開 - 主演 『元禄女六法』 : 監督中島宝三、1934年4月5日公開 - 主演 『情艶鹿の子崩れ』 : 監督石山稔、1934年4月19日公開 - 主演 『桜吹雪源太時雨』 : 監督中島宝三、1934年5月10日公開 - 主演 『旅姿人斬右門』 : 監督中島宝三、1934年6月7日公開 - 主演 『大号令』 : 監督吉村操、トーキー、1934年6月14日公開 『木曾路の流れ星』 : 監督中島宝三、1934年6月28日公開 - 主演 『兄弟からす』 : 監督大伴竜三、1934年7月12日公開 - 主演 『気まぐれ伊太郎』 : 監督中島宝三、1934年7月19日公開 - 主演 『鉄仮面』 : 監督大伴竜三、1934年8月8日公開 - 主演 『奴大平記』(『奴太平記』) : 監督中島宝三、1934年8月22日公開 - 主演 『髭の伝五左辻往来』(『髯の伝五左辻往来』) : 監督大伴竜三、1934年9月20日公開 - 主演 『仁侠三筋の巷』(『任侠三筋の巷』) : 監督勝見正義、1934年10月11日公開 - 主演 『日本巌窟王 天地鳴動篇 天の巻』(『日本岩窟王 天地鳴動篇』) : 監督中島宝三、1934年11月8日公開 - 主演 『日本巌窟王 疾風迅雷篇』 : 監督中島宝三、1934年11月22日公開 - 主演 『旅鴉喧嘩街道』(『旅烏喧嘩街道』) : 監督勝見正義、1934年12月6日公開 - 主演 『仇姿隠密道中』 : 監督大伴竜三、1935年1月20日公開 - 主演 『故桂章太郎慰霊祭實況』 : ドキュメンタリー映画、1935年8月8日公開 - 没後 ^ キネマ旬報社[1979], p.155. ^ 映画世界社[1934], p.65. ^ 日外[1983], p.134. ^ 桂章太郎、jlogos.com, エア、2013年5月22日閲覧。 ^ 桂章太郎、柱章太郎(表題誤記)、日本映画データベース、2013年5月22日閲覧。 ^ 桂章太郎、日本映画情報システム、文化庁、2013年5月22日閲覧。 ^ 映画世界社[1934], p.81. ^ 御室撮影所、立命館大学、2013年5月22日閲覧。 ^ 内務省[1985], p.636-637. ^ 月宮乙女 - 日本映画データベース、2013年5月22日閲覧。 ^ キネマ旬報社[1980], p.455. ^ 所蔵映画フィルム検索システム、東京国立近代美術館フィルムセンター、2013年5月22日閲覧。 ^ 主な所蔵リスト 劇映画 邦画篇、マツダ映画社、2013年5月22日閲覧。 『日本映画俳優名鑑 昭和九年版』、映画世界社、1934年発行 『日本映画俳優全集・男優編』、キネマ旬報社、1979年10月23日 『日本映画俳優全集・女優編』、キネマ旬報社、1980年12月31日 『昭和物故人名録 1926-1979(昭和元年-54年)』、日外アソシエーツ、1983年1月 ISBN 4816902635 『映画検閲時報 第20巻』、内務省警保局、不二出版、1985年発行 『日本映画人名事典 男優編』、キネマ旬報社、1996年10月 ISBN 4873761883 『芸能人物事典 明治大正昭和』、日外アソシエーツ、1998年11月 ISBN 4816915133 東亜キネマ 尾上菊太郎プロダクション 新興キネマ 宝塚キネマ興行 大都映画 月宮乙女 独立守備隊 Shôtarô Katsura - IMDb(英語) 桂章太郎 - 日本映画情報システム (文化庁) 桂章太郎 - 日本映画データベース 柱章太郎 - 日本映画データベース(表題誤記) 桂章太郎 - allcinema 柱章太郎 - allcinema(表題誤記) 桂章太郎 - jlogos.com (エア) 日本の男優 サイレント映画の俳優 東亜キネマの俳優 大都映画の俳優 東京都区部出身の人物 1914年生 1935年没 戦死した人物 ウィキデータと異なるJMDb人物と企業識別子 プロジェクト人物伝項目 ウィキデータにあるJMDb人物と企業識別子 ウィキデータにあるallcinema人物識別子 ISBNマジックリンクを使用しているページ
2024/11/20 06:06更新
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katsura syoutarou
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