琴椿克之の情報(ことつばきかつゆき) 相撲 芸能人・有名人Wiki検索[誕生日、年齢、出身地、星座]


琴椿 克之さんについて調べます
■名前・氏名 |
琴椿克之と関係のある人
雅山哲士: 中学時代に好きだった力士として琴椿克之を挙げている。 |
琴椿克之の情報まとめ

琴椿 克之(ことつばき かつゆき)さんの誕生日は1960年12月6日です。沖縄出身の相撲のようです。

趣味、現在、引退に関する情報もありますね。琴椿克之の現在の年齢は64歳のようです。
琴椿克之のプロフィール Wikipedia(ウィキペディア)琴椿 克之(ことつばき かつゆき、1960年12月6日 - )は、沖縄県那覇市出身、佐渡ヶ嶽部屋所属の元大相撲力士。本名は渡嘉敷 克之(とかしき かつゆき)。最高位は西前頭3枚目(1992年7月場所)。趣味は音楽鑑賞。現役時代は稽古熱心で有名であった。得意手は右四つ、寄り、上手投げ。現在は年寄・白玉。 沖縄が日本に返還されて日の浅い当時、「沖縄を大相撲畑にしたい。」と佐渡ヶ嶽(元横綱・琴櫻)に口説かれた渡嘉敷少年は1976年3月場所に初土俵を踏む運びとなった。1972年5月の沖縄返還以前に大相撲へ入門した力士は過去に4人しかおらず、関取に昇進したのは琉王優貴(元前頭筆頭)ただ1人であり、これは前例の少ない試みであった。こうした境遇も関係したのか出世は遅く、幕下で苦労を経験してから10年近くかけて1985年11月場所十両に昇進した。 その場所は5勝10敗と負け越して1場所で幕下に陥落し、一時は引退を考えていた時期もあったが師匠からの「硬くならず気楽にいけ、もう一度やってみろ」という内容のアドバイスから調子を上げ、1989年9月場所に十両に復帰してからは十両に定着。 1991年1月場所に念願の入幕を果たした。幕内では怪我もあり苦戦したが、右四つからの豪快な投げを時より見せ、観客を沸かした。 1992年7月場所は最高位の西前頭3枚目にまで番付を上げ、その場所は10日目から途中休場したが、4日目に大関・霧島を下手出し投げで破っている。1992年11月場所では、東前頭14枚目と幕尻とはいえ12日目まで2敗と優勝争いに絡む活躍を見せた。しかし、13日目の若花田(後の若乃花)に押し出しで敗れた際に負傷し、休場した。 1994年1月場所を最後に幕内から遠ざかり、1995年1月場所では幕下まで陥落。十両復帰を目指して同場所も相撲を取ったが、3勝4敗と負け越した。翌3月場所後に引退を表明し、年寄・白玉を借りて襲名した。一時、琴ノ若が引退の危機にあったため、年寄・山分に名跡変更したが、師匠・佐渡ヶ嶽(元横綱・琴櫻)の停年(定年)退職まで現役で取れる見込みが付いたので、2005年9月場所前に再び年寄・白玉に戻った。なお、山分に名跡変更していた間に白玉の名跡は、元前頭・蔵玉錦が襲名していたため、琴椿は14代白玉と16代白玉という珍しい事態となった。現在は部屋付き親方として後進の指導に当たっている。2007年に白玉を正式取得した。 2022年3月30日の職務分掌により、役員待遇委員に昇格。副部長として地方場所部副部長に就任した。 1992年11月場所後に故郷の沖縄県で巡業が行われたが、負傷休場により、沖縄巡業を含む11月場所後の冬巡業は欠場した。同期入門だった漫画家の琴剣が、後に(東京では放送されない)ラジオ番組でこの沖縄巡業に関するエピソードを話した。かつての同期(1976年3月場所初土俵)が「沖縄巡業だけは琴椿を参加させたい」と運動を始めたが、その動きを知った琴椿本人は「また沖縄に巡業で行くチャンスはある」と慌てて断った。後に琴椿は涙を流して同期の仲間に「ありがとう」と言ったという。ちなみに、その後現役として沖縄県の巡業に行く機会がないまま引退した。 1993年5月場所2日目、琴椿は新入幕の魁皇に敗れた。これが幕内初勝利になった魁皇は後に大関へ昇進し、17年後の2010年1月場所には幕内通算勝利数が歴代最多の力士となった(3日目の通算808勝で新記録を達成)。 十両から幕下へ陥落した1986年頃、本気で現役引退を決断し特注の背広まで用意していたという。しかし師匠の佐渡ヶ嶽親方から「もう一回頑張ってみろ」の言葉で思い直し、引退を撤回した。それから3年後十両に再び返り咲き、1991年1月場所には幕内にも昇進を果たした。1995年1月場所に幕下転落後、十両の再復帰が叶わずついに現役引退を表明したが、その後断髪式を終えた後は、かつて9年前に作っていたその特注の背広を着用していた。 通算成績:530勝481敗51休 勝率.524 幕内成績:100勝104敗21休 勝率.490 現役在位:115場所 幕内在位:15場所 渡嘉敷 克之(とかしき かつゆき)1976年3月場所 琴椿 克之(ことつばき-)1976年5月場所~1995年3月場所 白玉 克之(しらたま-)1995年3月~2003年9月 山分 克之(やまわけ-)2003年9月~2005年8月 白玉 克之(しらたま-)2005年8月~ 大相撲力士一覧 現役年寄一覧 ^ 「日本相撲協会職務分掌」『』。2022年3月30日閲覧。 ^ 右膝関節捻挫により10日目から途中休場 ^ 右膝外側側副靱帯損傷により14日目から途中休場 琴椿 克之 - 日本相撲協会 表 話 編 歴 佐渡ヶ嶽 粂川 白玉 浜風 荒磯 尾車 琴櫻 琴勝峰 琴栄峰 琴挙龍 琴泰広 琴太豪 琴大進 琴ノ藤 琴大龍 琴羽黒 琴翼 琴江頭 琴太成 琴大河 琴布野 琴寺尾 琴裕将 式守輝乃典 琴三 琴吉 床東 床響 表 話 編 歴 出羽海 中立 高崎 境川 関ノ戸 山科 振分 立田川 武隈 春日野 富士ヶ根 二十山 竹縄 三保ヶ関 清見潟 岩友 玉ノ井 雷 入間川(停年後再雇用) 藤島 大鳴戸 山分 待乳山 錦島 武蔵川 二子山 山響 小野川 木村瀬平(木瀬) 若藤 稲川 井筒 尾上 千賀ノ浦 北陣 式守秀五郎(式秀) 立浪 二所ノ関 中村 佐渡ヶ嶽 粂川 白玉 浜風 荒磯 尾車 押尾川 鳴戸 秀ノ山 片男波 熊ヶ谷 田子ノ浦 西岩 放駒 松ヶ根 芝田山 峰崎(停年後再雇用) 高田川 花籠(停年後再雇用) 大嶽 阿武松 不知火 常盤山 湊川 湊 錣山 時津風 中川 枝川 荒汐 浦風 伊勢ノ海 勝ノ浦 甲山 立川 春日山 音羽山 陸奥(停年後再雇用) 追手風 立田山(停年後再雇用) 高島(停年後再雇用) 鏡山(停年後再雇用) 高砂 若松 錦戸 千田川 九重 谷川 佐ノ山 大山 八角 陣幕 東関 君ヶ濱 伊勢ヶ濱 楯山 照ノ富士(現役名年寄) 宮城野 間垣 安治川 大島 玉垣 浅香山 友綱 朝日山 桐山 出来山 沖縄県出身の大相撲力士 沖縄県出身の人物 1960年生 存命人物 佐渡ヶ嶽部屋 日本相撲協会の役員 2025/04/08 00:37更新
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kototsubaki katsuyuki
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