もしもし情報局 > 1907年 > 7月15日 > 俳優

田村邦男の情報 (たむらくにお)
芸能人・有名人Wiki検索(誕生日、出身地)

【9月28日】今日誕生日の芸能人・有名人

田村邦男の情報(たむらくにお) 俳優 芸能人・有名人Wiki検索[誕生日、年齢、出身地、星座]

  • Google+でシェア
  • はてなブックマークに追加
  • LINEでシェア
もしもしロボ

田村 邦男さんについて調べます

■名前・氏名
田村 邦男
(読み:たむら くにお)
■職業
俳優
■田村邦男の誕生日・生年月日
1907年7月15日 (年齢1941年没)
未年(ひつじ年)、蟹座(かに座)
■出身地・都道府県
愛知出身

田村邦男と同じ1907年生まれの有名人・芸能人

田村邦男と同じ7月15日生まれの有名人・芸能人

田村邦男と同じ出身地愛知県生まれの有名人・芸能人


田村邦男と関係のある人

有島一郎: 1933年、俳優を目指して当時の人気スターだった田村邦男に弟子入り。


田村邦男の情報まとめ

もしもしロボ

田村 邦男(たむら くにお)さんの誕生日は1907年7月15日です。愛知出身の俳優のようです。

もしもしロボ

現在、卒業、映画、退社、解散、結婚に関する情報もありますね。1941年に亡くなられているようです。

田村邦男のプロフィール Wikipedia(ウィキペディア)

田村 邦男(たむら くにお、1907年7月15日 - 1941年2月12日)は、日本の俳優である。本名田村 邦夫(たむら くにお)。日本大学相撲部出身、157cmの短躯ながら90kgの巨漢俳優として知られる。

1907年(明治40年)7月15日、愛知県名古屋市長久寺町(現在の同市東区白壁)に生まれる。

1920年(大正9年)、旧制・名古屋中学校(現在の名古屋高等学校)に入学、バスケットボールおよび柔道において、学生選手として活躍した。1925年(大正14年)、同校を卒業して、東京に移り、日本大学専門部商科(旧制大学専門部)に進学、相撲部に所属して大毎大会(現在の全国学生相撲選手権大会)等で活躍し、その一方で日本大学劇研究会にも所属して演劇にも関わった。

1928年(昭和3年)3月、同学を卒業し、京都に移り、日活大将軍撮影所現代劇部に入社、同年5月25日に公開された伊奈精一監督の『地下鉄三吉』に出演し、「田村 邦男」の芸名で映画界にデビューする。同部には早稲田大学相撲部出身の俳優・浅岡信夫や、柔道四段を誇る俳優・広瀬恒美がおり、浅岡が監督し広瀬が主演した『大学選手』や『奮戦王』、広瀬が監督し浅岡が主演した『北極星』に田村も出演して、「日活スポーツ俳優」の一角を担った。同撮影所が日活太秦撮影所(のちの日活京都撮影所および大映京都撮影所)に移転し、1929年(昭和4年)1月20日に公開された内田吐夢監督の『娑婆の風』以降、体格を生かした愛嬌のある役柄を得るようになる。

「奇行の人」として知られ、とくに借金の名人で、当時の日活京都撮影所長の池永浩久に対して、巧みな弁舌で前借りを繰り返したという。憎めない性格と誇張のない演技から、内田吐夢、村田実、溝口健二、池田富保、マキノ正博、稲垣浩といった一線級の監督陣に重宝され、愛された。『時代の驕児』等では、山上伊太郎の書いた脚本のイメージ通りの芝居を完璧にこなしたと賞讃されている。『弥次喜多 江戸の巻』『弥次喜多 箱根の巻 富士の巻』では、高勢実乗との弥次喜多コンビで魅了した。

1934年(昭和9年)には日活を退社、市川右太衛門プロダクション第二部に移籍して、剣戟映画に出演、同年末には新興キネマの同京都撮影所(のちの東映京都撮影所)に移籍している。マキノトーキー製作所が設立されたのは1935年(昭和10年)末であるが、田村は翌1936年(昭和11年)7月ころには移籍しており、同年7月8日には、新興キネマ製作、木村恵吾監督の『燗漫城』と、マキノトーキー製作、根岸東一郎・マキノ正博共同監督の『芝浜の革財布』が同日公開されることになる。同社は1937年(昭和12年)4月末には解散しており、葉山純之輔、大内弘ら大半の俳優が新興キネマ京都撮影所に移籍したのと同様、同撮影所に戻った。しかしながら、マキノ正博、澤村國太郎、光岡龍三郎、田村と同期の水原洋一、團徳麿、志村喬、大倉千代子、大久保清子らは日活京都撮影所に移籍しており、田村も、1938年(昭和13年)が明けると、日活に移籍した。

1939年(昭和14年)9月14日に公開された倉谷勇監督の『戦鼓』を最後に、出演記録が途絶える。1942年(昭和17年)1月27日、戦時統合によって大映が設立され、日活京都撮影所は大映京都撮影所となるが、継続入社したというような記録もなく、満32歳以降の消息は不明とされていたが、『都新聞』1941年(昭和16年)2月15日付にて、去る2月12日に中華民国(当時は北支と呼称)山西省の陽成劇場でアトラクション出演中、突然病死したと報じられている。満33歳没。

すべてクレジットは「出演」である。公開日の右側には役名、および東京国立近代美術館フィルムセンター(NFC)所蔵等の上映用プリントの現存状況についても記す。同センター等に所蔵されていないものは、とくに1940年代以前の作品についてはほぼ現存しないフィルムである。

すべて製作は「日活大将軍撮影所」、配給は「日活」である。

『地下鉄三吉』 : 監督伊奈精一、1928年5月25日公開

『新日本の謙児』 : 監督三枝源次郎、1928年6月22日公開 - 鼻と呼ばれる男

『大学選手』 : 監督浅岡信夫、1928年7月6日公開

『頼まれた花婿』 : 監督木藤茂、1928年8月17日公開 - 理髪美容院の主人

『北極星』 : 監督広瀬恒美、1928年9月6日公開 - 水夫

『奮戦王』 : 監督浅岡信夫、1928年12月31日公開 - 正木製薬社員

特筆以外すべて製作は「日活太秦撮影所」、配給は「日活」である。

『娑婆の風』 : 監督内田吐夢、1929年1月20日公開 - 柴田兵助

『スキー猛進』 : 監督木藤茂、1929年2月8日公開

『英傑秀吉』 : 監督池田富保、1929年3月31日公開 - 足軽儀右衛門

『近郊夜話』 : 監督長倉祐孝、1929年製作 - 自動車屋主人

『日活行進曲 戦争篇』 : 監督三枝源次郎、1929年7月7日公開 - 戦友

『風船玉』 : 監督木藤茂、1929年7月26日公開 - 江村

『大闘陣』 : 監督渡辺邦男、1929年8月15日公開 - 掏摸・鼬の源次

『大洋児出船の港』(『太洋児出船の港』) : 監督内田吐夢、1929年8月31日公開 - 金八(漁夫)

『修羅城 水星篇 火星篇』 : 監督池田富保、1929年10月1日公開 - 百姓太郎作

『刀を抜いて』 : 監督高橋寿康、1929年10月25日公開 - 出鱈目の半二

『都会交響楽』 : 監督溝口健二、1929年11月29日公開 - ピン公

『汗』 : 監督内田吐夢、1929年12月31日公開 - チョロ竹、現存(NFC所蔵)

『藤原義江のふるさと』 : 監督溝口健二、1930年3月14日公開 - ボーイ三吉、現存(NFC所蔵)

『元禄快挙 大忠臣蔵 天変の巻 地動の巻』 : 監督池田富保、1930年4月1日公開 - 糟谷平馬、1分の断片が現存(NFC所蔵)

『唐人お吉』 : 監督溝口健二、1930年7月1日公開 - 松

『初恋日記』 : 監督木藤茂、1930年7月18日公開

『天国其日帰り』(『天国その日帰り』) : 監督内田吐夢、1930年7月25日公開 - 朝日奈徳八・主演、11分の部分が現存(NFC所蔵)

『日本晴れ』 : 監督阿部豊、1930年10月10日公開 - 主演

『娘突貫100哩』 : 監督伊奈精一、1930年12月5日公開 - 重役

『山に鳴る男』 : 監督木藤茂、1931年2月20日公開 - 社長

『ミスター・ニッポン 前後篇』 : 監督村田実、1931年3月20日公開 - 平島

『レヴューの踊子』 : 監督木藤茂、1931年6月5日公開 - 三吉

『仇討選手』 : 監督内田吐夢、1931年12月18日公開 - 講釈師

『浅草悲歌』 : 監督東坊城恭長、1932年1月14日公開

『彼女への飛来』(タックル) : 監督木藤茂、1932年3月10日公開

『田吾作ホームラン』 : 監督池田富保、1932年3月17日公開 - 沼田慎蔵

『上海』 : 監督村田実、1932年4月29日公開 - ギャング手下珍

『港の抒情詩』 : 監督三枝源次郎、1932年6月24日公開 - 沖

『腕を組んで』 : 監督木藤茂、1932年7月8日公開 - 主演

『旅は青空』 : 監督稲垣浩、製作片岡千恵蔵プロダクション嵯峨野撮影所、配給日活、1932年7月14日公開 - 板倉万太郎

『社長さんはお人好し』 : 監督吉村廉、1932年7月22日公開 - 主演

『無軌道市街』 : 監督伊奈精一、1932年10月20日公開 - 小西良一

『時代の驕児』 : 監督稲垣浩、製作片岡千恵蔵プロダクション、配給日活、1932年12月22日公開 - でっちり権三

『彼女の道』 : 監督熊谷久虎、1933年2月8日公開 - 兵六

『伊庭八郎』 : 監督荒井良平、1933年3月8日公開 - 植木屋鎌吉

結婚適齢記』(『結婚適令記』) : 監督青山三郎、1933年3月23日公開 - 富小路子爵、現存(NFC所蔵)

『振分け小平』 : 監督清瀬英次郎、1933年6月8日公開 - 明神の徳

『盤嶽の一生』 : 監督山中貞雄、1933年6月15日公開 - 追剥

『戯れに恋はすまじ』 : 監督青山三郎、1933年7月20日公開 - 横溝博士

『東京祭』 : 監督牛原虚彦、1933年9月29日公開

『弥次喜多 江戸の巻』 : 監督清瀬英次郎、1933年12月31日公開

『僕の青春』 : 監督千葉泰樹、1933年製作・公開

『恋の長崎』 : 監督青山三郎、1933年製作・公開 - 主演

『弥次喜多 箱根の巻 富士の巻』 : 監督清瀬英次郎、1934年1月14日公開

『風流活人剣』 : 監督山中貞雄、製作片岡千恵蔵プロダクション、配給日活、1934年3月1日公開 - 大倉鉄心

『柔道選手の恋』 : 監督千葉泰樹、1934年4月26日公開 - 藤間義輝(通称を熊)大学時代柔道選手だった男

すべて製作は「市川右太衛門プロダクション第二部」、配給は「松竹キネマ」である。

『弓矢八幡剣』 : 監督中川信夫、1934年10月製作・公開

『唄祭りお染狂乱』 : 監督古野英治、1934年11月製作・公開

『血煙大菩薩』 : 監督渡辺新太郎、1934年11月製作・公開

『武州遊侠術』 : 監督稲葉蛟児、1934年製作・公開

特筆以外すべて製作は「新興キネマ京都撮影所」、配給は「新興キネマ」である。

『春姿娘道中』 : 監督東坊城恭長、1935年1月10日公開 - 社長夫人メリー

『鼻唄奇兵隊』 : 監督金田繁、製作新興キネマ東京撮影所、配給新興キネマ、1935年2月28日公開 - 浪人滝銑十郎・主演

『なりひら小僧 春霞八百八町』 : 監督マキノ正博・山本松男、製作嵐寛寿郎プロダクション、配給新興キネマ、1935年3月21日公開 - さんぴん山三

『黄門漫遊記』 : 監督押本七之輔、1935年4月18日公開 - 脇谷箒之守

『長崎留学生』 : 監督野淵昶、1935年5月1日公開 - 塾生伊田真吉

『姓は丹下名は茶善』 : 監督藤田潤一、1935年5月8日公開 - 丹下茶善・主演

『男三十前』 : 監督牛原虚彦、製作高田プロダクション、配給新興キネマ、1935年5月15日公開 - 郡会議員

『戦国奇譚 気まぐれ冠者』 : 監督伊丹万作、製作片岡千恵蔵プロダクション、配給日本映画配給社、1935年5月30日公開 - 髯の勘十、現存(NFC所蔵)

『十六夜日記』 : 監督山内英三、1935年7月25日公開 - 貞丈

『情熱の不知火』 : 監督村田実、製作片岡千恵蔵プロダクション嵯峨野撮影所、配給新興キネマ、1935年8月1日公開 - 長崎の与力千部丹介

『太閤記 藤吉郎走卒の巻』 : 監督滝沢英輔、1935年8月15日公開 - 川島宇一

『剣客商売』 : 監督土肥正幹(鈴木桃作)、1935年8月22日公開 - 田村丹九郎・主演、12分の部分が現存(NFC所蔵)

『魔風一騎 前篇 北斗の巻』 : 監督山上伊太郎、製作片岡千恵蔵プロダクション、配給日本映画配給社、1935年9月19日公開 - 神主卜斎

『御存知文七元結 江戸ッ子長兵衛』 : 監督山内英三、1935年10月10日公開 - 左官職人長兵衛

『お姫様道中記』 : 監督山内英三、1935年10月24日公開 - 用心棒大河原伝九郎

『右門捕物帖 花嫁地獄変』 : 監督二川文太郎、製作嵐寛寿郎プロダクション、配給新興キネマ、1935年11月16日公開 - 浪人関野又兵衛重成

『風流奴髭』 : 監督松田定次、録音マキノ正博、1935年12月14日公開 - 仲間半助

『海内無双』 : 監督滝沢英輔、製作市川右太衛門プロダクション、配給松竹キネマ、1936年1月5日公開 - 岡ツ引壁六

『太閤記 藤吉郎出世飛躍の巻』 : 監督渡辺新太郎、1936年1月5日公開 - 川島宇一

『春色五人女』 : 監督石田民三、1936年1月10日公開 - 千両の百介

『若衆白柄組』 : 監督山内英三、1936年1月31日公開 - 力士花の山源太

『文政妖婦伝 姐妃殺し』 : 監督石田民三、1936年2月21日公開 - 伝さん

『快傑黒頭巾 前篇』 : 監督渡辺新太郎、1936年3月21日公開 - 天命堂

『快傑黒頭巾 後篇』 : 監督渡辺新太郎、1936年4月29日公開 - 天命堂

『桃色武勇伝』 : 監督山内英三、1936年5月7日公開 - 主演、11分の部分が現存(NFC所蔵)

『浪華悲歌』 : 監督溝口健二、製作第一映画嵯峨野撮影所、配給松竹キネマ、1936年5月28日公開 - 医師・横尾雄、現存(NFC所蔵)

『五月晴一本鎗』 : 監督石田民三、1936年6月12日公開 - 瓦職人栗蔵

『燗漫城』 : 監督木村恵吾、1936年7月8日公開 - 阿修羅丸

初期の特筆以外すべて製作・配給は「マキノトーキー製作所」である。

『芝浜の革財布』 : 監督根岸東一郎・マキノ正博、配給千鳥興行、1936年7月8日公開 - 熊五郎・主演、現存(NFC所蔵)

『艶福佐官侍』 : 監督根岸東一郎、配給千鳥興行、1936年7月31日公開 - 主演

『怪盗影法師』 : 監督マキノ正博、配給千鳥興行、1936年9月23日公開

『槍持道』(『槍持街道』) : 監督中川信夫、配給千鳥興行、1936年9月23日公開 - 市助・主演、数分の断片が現存(大阪芸術大学所蔵)

『歌舞伎剣法』 : 監督松田定次、1936年10月15日公開 - 主演

『青春五人男 前篇』 : 監督マキノ正博、応援監督姓丸浩、1937年1月10日公開 - 主演

『青春五人男 後篇』 : 監督マキノ正博・姓丸浩、1937年1月24日公開 - 主演

『二階の花嫁』 : 監督久保為義、1937年1月31日公開 - 一郎・主演

『花婿百万石』 : 監督マキノ正博、応援監督姓丸浩、1937年3月10日公開 - 主演

すべて製作は「新興キネマ京都撮影所」、配給は「新興キネマ」である。

『仇討天下茶屋』 : 監督押本七之輔、1937年7月21日公開 - 早瀬家の下郎安達元右衛門

『女賊と捕手』 : 監督寿々喜多呂九平、1937年9月1日公開 - 新五郎の乾分目玉の安

『七度び狐』 : 監督木藤茂、1937年9月23日公開 - 旅の職人太十

『旗本伝法 竜の巻』 : 監督牛原虚彦、1937年11月3日公開 - 棟介の親友伊田良八

『旗本伝法 虎の巻』 : 監督牛原虚彦、1937年11月11日公開 - 棟介の親友伊田良八

『忍術太平記』 : 監督堀田正彦、1937年12月31日公開 - お殿様

『静御前』 : 監督野淵昶、1938年1月14日公開 - 武蔵坊弁慶

すべて製作は「日活京都撮影所」、配給は「日活」である。

『忠臣蔵 地の巻』 : 監督池田富保、1938年3月31日公開 - 近松勘六、3分の断片が現存(NFC所蔵)

『忠臣蔵 天の巻』 : 監督マキノ正博、1938年3月31日公開 - 近松勘六、3分の断片が現存(NFC所蔵)

『右門捕物帖 血染の手形』 : 監督荒井良平、1938年4月28日公開 - おしゃべりの伝六

『次郎長一家』 : 監督松田定次、1938年5月21日公開 - 法院大五郎

『花見の仇討』 : 監督久見田喬二、1938年5月26日公開

『地獄の蟲』 : 監督稲垣浩、1938年10月6日公開 - お相撲の政

『続水戸黄門廻国記』 : 監督池田富保、1938年10月13日公開 - 梶村新平

『赤垣源蔵』 : 監督池田富保、1938年11月17日公開 - 瓦版売仙太

『右門捕物帖 拾万両秘聞』 : 監督荒井良平、1939年1月5日公開 - おしゃべり伝六、59分尺の版が現存

『長八郎絵巻 前篇 月の巻』 : 監督松田定次、1939年2月1日公開 - 松五郎

『長八郎絵巻 後篇 花の巻』 : 監督松田定次、1939年2月15日公開 - 松五郎

『袈裟と盛遠』 : 監督稲垣浩・マキノ正博、1939年3月15日公開 - 盛遠家来・小松原兼継

『王政復古 担龍篇 双虎篇』 : 監督池田富保、1939年3月30日公開 - 魚屋辰吉

『江戸の悪太郎』 : 監督マキノ正博、1939年5月4日公開 - 駕籠昇権三、85分尺の版が現存(NFC所蔵)

『春秋一刀流』 : 監督丸根賛太郎、1939年6月1日公開 - 須賀山の多駄平、現存

『豪快三浪人』(『豪快三浪士』) : 監督紙恭平、1939年7月20日公開 - 国枝半四郎

『うぐいす侍』(『うぐひす侍』) : 監督丸根賛太郎、1939年8月31日公開 - 若党可内

『戦鼓』 : 監督倉谷勇、1939年9月14日公開 - 隊士藤沢

^ 『都新聞』1941年2月15日付5頁演芸欄

^ キネマ旬報社[1979], p.353-354.

^ 田村邦男jlogos.com, エア、2012年11月29日閲覧。

^ 田村邦男、日本映画データベース、2012年11月29日閲覧。

^ 田村邦男、日活データベース、2012年11月29日閲覧。

^ マキノ[1977]、p.338-374.

^ 田村邦男、東京国立近代美術館フィルムセンター、2012年11月29日閲覧。

^ 天国その日帰り、東京国立近代美術館フィルムセンター、2012年11月29日閲覧。

^ 結婚適令記、東京国立近代美術館フィルムセンター、2012年11月29日閲覧。

^ 結婚適齢記、日活データベース、2012年11月29日閲覧。

^ 加賀見山 槍持街道、大阪芸術大学、2012年11月29日閲覧。

映画渡世 天の巻 - マキノ雅弘自伝』、マキノ雅裕、平凡社、1977年 / 新装版、2002年 ISBN 4582282016

『日本映画俳優全集・男優編』、キネマ旬報社、1979年

『芸能人物事典 明治大正昭和』、日外アソシエーツ、1998年11月 ISBN 4816915133

日活大将軍撮影所

日活京都撮影所

市川右太衛門プロダクション

新興キネマ

マキノトーキー製作所

岸井明

Kunio Tamura - IMDb(英語)

田村邦男 - 文化庁日本映画情報システム

田村邦男 - 日本映画製作者連盟

田村邦男 - 東京国立近代美術館フィルムセンター

田村邦男 - 日本映画データベース

田村邦男 - allcinema

田村邦男 - jlogos.com (エア)

田村邦男 - 日活データベース (日活)

日本の男優

日本の男性コメディアン

サイレント映画の俳優

戦前の日活の俳優

新興キネマの俳優

市川右太衛門プロダクションの俳優

マキノトーキーの俳優

剣戟俳優

20世紀日本の俳優

20世紀日本の人物

白壁

お笑い芸人

名古屋市出身の人物

日本大学出身の人物

1907年生

1941年没

プロジェクト人物伝項目

ウィキデータにあるJMDb人物と企業識別子

ウィキデータにあるallcinema人物識別子

ISBNマジックリンクを使用しているページ

2024/09/26 22:13更新

tamura kunio


田村邦男と同じ誕生日7月15日生まれ、同じ愛知出身の人

近藤 豊(こんどう ゆたか)
1935年7月15日生まれの有名人 愛知出身

来歴・人物 愛知県豊川市出身、1958年東京外国語大学卒業。同年外務省に入省。アルゼンチン、オランダ、韓国の日本大使館に勤務する。1978年に退官。1979年の第35回総選挙に愛知5区から無所属で立候…

朝倉 未来(あさくら みくる)
1992年7月15日生まれの有名人 愛知出身

朝倉 未来(あさくら みくる、1992年7月15日 - )は、日本の男性元総合格闘家、YouTuber、実業家、スポーツインストラクター、歌手。BreakingDown株式会社代表取締役。芸能事務所「…

桜木可奈子(さくらぎ かなこ)
7月15日生まれの有名人 愛知出身

桜木 可奈子(さくらぎ かなこ、7月15日 - )は、日本の女性声優。愛知県出身。東京俳優生活協同組合所属。 映像テクノアカデミア出身。2013年から東京俳優生活協同組合に所属する。 繰繰れ! コ…


TOPニュース

Hey! Say! JUMPの有岡大貴松岡茉優が結婚を発表

令和6年6月6日に66歳になった人は?

藤原さくら、ライブ活動休止を発表

サッカー日本代表の堂安律が一般女性と結婚を発表

NHK大河ドラマ「光る君へ」で松下洸平がペラペラの宋語で話題に

King&Prince永瀬廉が右耳負傷の為一時活動休止を発表

いくよくるよの今くるよさん、膵がんの為死去

立憲民主党の蓮舫氏が東京都知事選に出馬

平野紫耀神宮寺勇太岸優太の3人ダンスボーカルグループのNumber_iから新曲「BON」のMV公開。

結婚・離婚・再婚・年の差婚まとめ

元宝塚トップスターの光原エミカが1000万円詐取の疑いで逮捕

超有名女優と結婚した人気歌手が不倫の噂

藤原さくらYouTubeで新曲公開!『初恋のにおい』ショートアニメ

「つばさの党」代表の黒川敦彦ら3人を逮捕


田村邦男と近い名前の人

北村 邦太郎(きたむら くにたろう)
1952年5月9日生まれの有名人 東京出身

北村 邦太郎(きたむら くにたろう、1952年(昭和27年)5月9日 - )は、日本の銀行家。三井住友トラスト・ホールディングス代表取締役社長や一般社団法人信託協会会長を務めた。 東京都生まれ 19…

北村 久寿雄(きたむら くすお)
1917年10月9日生まれの有名人 高知出身

北村 久寿雄(きたむら くすお、1917年(大正6年)10月9日 - 1996年(平成8年)6月6日)は、日本の競泳選手、労働省官僚。1932年ロサンゼルスオリンピックの1500m自由形金メダリスト。…

三田村 邦彦(みたむら くにひこ)
1953年10月22日生まれの有名人 新潟出身

三田村 邦彦(みたむら くにひこ、(1953年10月22日 - )は、日本の俳優・タレント・歌手。血液型はB型、身長178センチメートル。所属事務所は有限会社M・P・T。

田村 亮_(お笑い芸人)(たむら りょう)
1972年1月8日生まれの有名人 大阪出身

田村 亮(たむら りょう、1972年〈昭和47年〉1月8日 - )は、日本のお笑いタレント。お笑いコンビロンドンブーツ1号2号のツッコミとネタ作り担当。相方は田村淳。 大阪府高槻市出身、大阪府立芥川…

田村 亮_(俳優)(たむら りょう)
1946年5月24日生まれの有名人 京都出身

田村 亮(たむら りょう、1946年5月24日 - )は、日本の俳優。本名:田村 幸照(たむら ゆきてる)。京都府京都市右京区太秦出身。YST所属。阪東妻三郎の四男。男4兄弟の末っ子で、唯一の戦後生ま…

田村 三郎_(俳優)(たむら さぶろう)
1955年7月4日生まれの有名人 東京出身

7月4日生まれwiki情報なし(2024/09/28 03:46時点)

田村 真子(たむら まこ)
1996年2月3日生まれの有名人 三重出身

田村 真子(たむら まこ、1996年2月3日 - )は、TBSテレビのアナウンサー。 三重県松阪市出身。親族に国会議員を多数輩出した政治家の家系に生まれる。 高田中学校・高等学校、上智大学文学部新…

田村 麻美(たむら まみ)
1976年4月23日生まれの有名人 広島出身

田村 麻美(たむら まみ、1976年4月23日 - )は、日本の政治家、労働運動家。国民民主党所属の参議院議員(1期)。UAゼンセンの組織内議員である。 東京都板橋区出身で、生後半年で両親の実家があ…

田村 智子(たむら ともこ)
1965年7月4日生まれの有名人 長野出身

田村 智子(たむら ともこ、1965年〈昭和40年〉7月4日 - )は、日本の政治家。日本共産党所属の参議院議員(3期)。日本共産党中央委員会幹部会委員長。 1965年7月4日、長野県小諸市に生まれ…

田村 美咲(たむら みさき)
1979年10月27日生まれの有名人 茨城出身

田村 美咲(たむら みさき、1979年10月27日 - )は、日本のタレント、レースクイーンである。 茨城県生まれ。1998年(平成10年)10月、第2期「ワンギャル」となり、テレビのバラエティー番…

三田村 春奈(みたむら はるな)
1991年1月28日生まれの有名人 東京出身

三田村 春奈(みたむら はるな、1991年1月28日- )は、日本の女優である。 東京都出身。ダブルアップエンタテインメント所属。 趣味は歌、映画鑑賞、舞台鑑賞、脚本作成 身長155.6cm 血液…

田村 芽実(たむら めいみ)
【ハロプロ】
1998年10月30日生まれの有名人 群馬出身

田村 芽実(たむら めいみ、1998年10月30日 - )は、日本の歌手、女優。ハロー!プロジェクトの女性アイドルグループ・アンジュルム(旧・スマイレージ)の元メンバーである。 群馬県伊勢崎市出身。…

田村 美奈江(たむら みなえ)
1月31日生まれの有名人 出身

田村 美奈江(たむら みなえ、1月31日 - )は、日本の女性タレント、俳優、声優。 東京都出身。血液型 A型。身長 170cm。体重 55kg。かつてTABプロダクションに所属していた。 3年B…

田村 真紀(たむら まき)
1971年4月11日生まれの有名人 北海道出身

田村 真紀(たむら まき、1971年4月11日 - )は、日本の元女優、元声優。以前は劇団昴に所属していた。北海道出身。身長160cm、体重46kg。特技は琴、居合、乗馬。 田村の引退後、持ち役を引…

田村 奈巳(たむら なみ)
1942年3月4日生まれの有名人 東京出身

田村 奈巳(たむら なみ、1942年3月4日 - )は、日本の女優。本名は平野 まゆみ。旧姓・旧芸名は田村 まゆみ。 作曲家田村しげると作詞家寺尾智沙の両親の下、東京市淀橋区(現・東京都新宿区)下落…

田村 たがめ(たむら たがめ)
1974年1月18日生まれの有名人 静岡出身

田村 たがめ(たむら たがめ、1974年1月18日 - )は、日本の女優。静岡県浜松市出身。大人計画所属。夫は皆川猿時。 子供は一男一女。 血液型はO型。身長155cm、体重42kg。靴のサイズ23…

注目の芸能人・有名人【ランキング】
話題のアホネイター
田村邦男
  • Google+でシェア
  • はてなブックマークに追加
  • LINEでシェア

最近追加された芸能人・有名人

松島かのん 澤繁実 小野寺紘毅 桜井誠_(活動家) 安野貴博 ジャンボ松田 後藤輝樹 石丸幸人 暇空茜 りんごちゃん_(ものまねタレント)

グループ

私立恵比寿中学 Ya-Ya-yah TOKIO SUPER EIGHT SUPER☆GiRLS PASSPO☆ Rev.from DVL HKT48 アイドリング SMAP 

▲ページトップに戻る

この記事は、クリエイティブ・コモンズ・表示・継承ライセンス3.0のもとで公表されたウィキペディアの項目「田村邦男」を素材として二次利用しています。

twitterはじめました