もしもし情報局 > 1942年 > 3月13日 > ミュージシャン

スキャットマン=ジョンの情報 (ScatmanJohn)
芸能人・有名人Wiki検索(誕生日、出身地)

【4月7日】今日誕生日の芸能人・有名人

スキャットマン=ジョンの情報(ScatmanJohn) ミュージシャン 芸能人・有名人Wiki検索[誕生日、年齢、出身地、星座]

  • Google+でシェア
  • はてなブックマークに追加
  • LINEでシェア
もしもしロボ

スキャットマン=ジョンさんについて調べます

■名前・氏名
スキャットマン=ジョン
(読み:Scatman John)
■職業
ミュージシャン
■スキャットマン=ジョンの誕生日・生年月日
1942年3月13日 (年齢1999年没)
午年(うま年)、魚座(うお座)
■出身地・都道府県
不明

(昭和17年)1942年生まれの人の年齢早見表

スキャットマン=ジョンと同じ1942年生まれの有名人・芸能人

スキャットマン=ジョンと同じ3月13日生まれの有名人・芸能人

スキャットマン=ジョンと同じ出身地の人


スキャットマン=ジョンの情報まとめ

もしもしロボ

スキャットマン=ジョン(Scatman John)さんの誕生日は1942年3月13日です。

もしもしロボ

再婚、テレビ、映画、現在、家族に関する情報もありますね。1999年に亡くなられているようです。

スキャットマン=ジョンのプロフィール Wikipedia(ウィキペディア)

スキャットマン・ジョン(英語: Scatman John、本名:ジョン・ポール・ラーキン(英語: John Paul Larkin)、1942年3月13日 - 1999年12月3日)は、アメリカ合衆国・カリフォルニア州エルモンテ出身のミュージシャン。

52歳で歌手としてメジャーCDデビュー。メジャーデビューアルバム『スキャットマンズ ワールド』は日本やヨーロッパ諸国など全世界で600万枚以上を売り上げ、各国のチャートでNo.1を飾る。自身の障害である吃音症を逆手に取った、模倣が困難なスキャットと、1回に4つ近く音の調子を変えるという珍しい歌唱法(このテクニックは古いヒンドゥー教の喉で歌う歌唱法から取り入れた)を用い、独特のジャンル『テクノスキャット』を開拓した。

日本で1996年度ベスト・ニュー・インターナショナル・アーティストを受賞、ドイツでビッゲスト・クロスオーバー・アーティストECHO賞を受賞、またイタリア・フランス・ポーランドでも多くの賞を受賞。アルバムとシングルのヒットにより、合計14枚のゴールドディスクと18枚のプラチナディスクを獲得するなど、数多くの受賞歴を持つ。

音楽活動以外では、吃音者団体との交流を深め、彼らを支援するためのスキャットマン基金を設立、1996年に世界の吃音者に関して著しい功績を与えたとしてアニー・グレン賞、チャールズ・ヴァン・ライパー賞を受賞している。

1999年12月3日にロサンゼルスの自宅で肺癌のため死去。57歳没。

ジョンは、子供のころから吃音を克服しようと努力してきたが叶わず、コミュニケーションの手段を言葉以外に探さなければならなかった。

学校では吃音を理由に激しいいじめにあい、ストレスをごまかすため、14歳からアルコール(酒)を飲み始め、次第にドラッグ(薬物)に溺れるようになる。しかし1986年(44歳のころ)のある日、仲間のミュージシャンや友人のジョー・ファレルがドラッグにより死亡した事を期に、ジョンはそれらの依存症から抜け出すことを決意し、再婚した妻ジュディの助けもあって更生に成功する。後に「自分がアルコールに依存していることを認めることによって、そこから回復できた」と語っている。

また、1997年にはISA(国際吃音者連盟)に対して送ったメッセージの中で、

と吃音を象に見立てて、当時の自分を振り返っている。しかし、依存症を克服したことによりジョンは吃音と向き合わざるを得なくなってしまう。

ジョンは1991年頃から、アメリカの吃音者団体・NSP (National Stuttering Project) のミーティングに参加するようになり、徐々に自身を吃音者と認めることができるようになったと語っている(なお、スキャットマンとしてデビューした後もNSPの全国大会で演奏するなど、親睦は深かった模様)。だが吃音が完全に治ったわけではなく、デビュー当初の1995年にインタビューしたジャーナリストが「少なくとも6回か7回は語句を繰り返さないと、しゃべり終えることができなかった」と語っている。

その後、コンサートのために世界を周ったジョンの言葉は以前よりも流暢になり、アルバムのプロモーションのためインタビューを受けた際、ジョンが言葉に詰まることなくしゃべっていたのを聞いたある記者が、「経歴を装うため吃音者コミュニティーを利用しているのではないか」と疑いを向けたほどだったという。このときジョンは初めて、吃音に対してではなく、流暢にしゃべることを恥じている(自身が未だどもった話し方をしていると思い込んでいたため)自分に気付き、ショックを受けたと語っている。

14歳の頃からジャズに慣れ親しみ、ジョン・コルトレーン、チャーリー・パーカーから音楽的影響を受けてピアノを弾き始め、当初はジャズピアニストとして南カリフォルニア周辺のジャズ・クラブで活動した。 眼鏡をかけている姿が大学教授を連想させたため、仲間内での愛称は『professor』だったとテレビで語っている。

ジョンは後に雑誌のインタビューで「あの頃は、ほとんど誰とも話せなかった。そんな僕にコミュニケーションの手段を与えてくれたのはピアノだった。それで僕はホテルやカフェのジャズ・バンドでピアノを弾いていたんだ。でも僕は、しゃべることが怖かったのでピアノの後ろに隠れるように演奏していた。僕が口を開けたらきっと変に思われるだろうと考えていた。すごく恥ずかしくて内気だった」と当時を回想している。

1984年の初頭、ジョンは「意味のない言葉ならどもっても問題がないのではないか」と考えスキャットを取り入れた歌唱法を演奏に盛り込もうと考えた。後記するベルリンに移住した当日、巨大モールの内部からディキシー・ミュージックが聞こえてきた。ジョンは自身の耳を疑いながら(当時アメリカでは受け入れられていなかったため)近付いてみると、モールの限られたスペースでミシシッピ州マグノリアのジャズバンドが伝統的なウェスタン・サウンドを演奏し、ドイツの人々はその演奏を温かく見守っていた。ジョンはこの光景に感激し、すぐにステージで演奏したいと申し出てピアノと歌を披露、ここで初めてスキャットを盛り込んだ曲を披露した。すると、「ON THE SUNNY SIDE OF THE STREET」を演奏し終わる頃には長く大きな拍手で盛大な支持を受けていた。この日を境にジョンは自分の音楽に自信を持てるようになり、「スキャットすることで吃音から自由になれたんだ」とジョンは語っている。また、前出の友人ジョー・ファレルやアル・ジャロウ、リッキー・リー・ジョーンズなどのアーティストと競演した経験を持つ。

折からの不況も手伝い、次第に貧しくなってしまったジョンは、妻ジュディを伴い1990年に仕事を求めてベルリンへ移住、ベルリンのホテルでエージェント、マンフィールド・ツェーリンガーと出会い、週1000ドルの仕事をすることになった。

その後、妻ジュディはホテルのロビーでスキャットソングが数曲入ったカセットテープをツェーリンガーに渡した。ツェーリンガーは帰りの車中で、そのテープから流れてくる今までにない斬新なサウンドに驚き、すぐに車中からジョンとジュディに電話をし、ある提案をする。それはジョンのスキャットをテクノあるいはヒップホップと融合させてみてはどうか、というものだった。ジョン自身はその案に懐疑的であったが、同じアイデアを持ちかけられたBMGはこれを受理した。

ジョンはこの時、このシングルが売れたらラジオやテレビの出演が待っているため、これを非常に恐れていたという。

悩んだ末にジョンは妻のジュディに相談することにした。じっと話を聞いていたジュディは、「あなた自身の『そのこと』を、 曲の中で直接伝えればいいじゃない」と助言したのだった。この時から、ジュディは吃音についても、ジョンの良き理解者となったという。

二人で相談して、まずはこれからレコーディングする歌の詩に、ジョンの吃音について書いてみることにした。二人は曲のタイトルを「Scatman」に決め、ジョンのステージネームを「Scatman John」と命名した。

こうしてインゴ・カイズとトニー・カターニャのプロデュースにより、 デビューシングル「スキャットマン」の収録が始まった。レコーディングには6時間もの時間を費やした。この曲は「吃音に悩む子供達が逆境を乗り越えるため、元気を与えよう」というものであった。当初、このシングルの勢いはさほどでもなかったが、徐々に売り上げを伸ばしはじめ、最終的にはほとんどの国のチャートでトップを飾り、世界中で約600万枚もの売り上げを記録するに至った。そして数週間にわたって全英トップ10に留まり続け、スキャットマン・ジョンの名は一躍有名となったのである。

日本では1995年、「スキャットマン」や「Su Su Su Superキレイ」(カネボウ化粧品のCMソング)の大ヒットでブレイク。日本国内でもアルバム売上が250万枚のミリオンセラーを記録し、一躍時の人となった。

『NHKニュース』や『ミュージックステーション』にも出演した。グリコ協同乳業のプッチンプリンとカネボウ化粧品本部のテレビCMにも出演し、出演依頼は20社に及んだ。また、「スキャットマン」は加藤茶が「加トちゃんのスキャットマン」、ウルトラマンが「スキャットウルトラマン 〜光り輝く未来へ〜」(同曲の発表でウルトラマンとスキャットマン・ジョンが共同で記者会見を開いている)、小宮真央が「すかっとうーまん」というタイトルでパロディ化している。アメリカよりも日本での楽曲の売上が多かったことから、前述の「Scatman」のヒット以降はプロモーションのために毎年のように来日していた(1995年夏以後、1997年5月時点で7回来日。うちコンサート開催は1回のみで、他はプロモーション来日である)。

日本の吃音者団体である全国言友会連絡協議会とも深い交流があり、1996年の「日本ゴールドディスク大賞」の賞金を同団体に全額寄付(後記)、さらに同団体の全国大会にビデオ出演なども行っていたが、当時の日本でのプロデュースは、ジョンの真摯な姿勢、深い歌詞などを真剣に広めようとしていたとは言い難かった。また「スキャットマン」は前述の通り吃音の問題を歌っているのだが(歌詞にも"stutter"=吃音という単語が多く出る)、吃音の社会的な認知にはつながらなかった。 日本ゴールドディスク大賞の授賞式のインタビューでも通訳は『stutter』という単語を『吃音』とは別の単語に置き換え言葉を濁して報道した。

BMGビクターの担当だったスタッフは、ジョンのことを「贅沢を言わない、人一倍仕事をする、周りにいつも感謝するとても優しいおじさまでした」と語っている。また、巨峰が大好きだったという。

1999年、3枚目のアルバムにして最後のアルバム『Take your Time(英語版)』を発売。1998年10月から喉頭癌を患っていたため、このアルバムのほとんどを女性ボーカルが歌い、彼自身が書いた歌詞も「Dream again」のみ。他のアルバムと大きく曲調が異なるのもそのためである。

2008年1月9日に妻、ジュディは多数のファンから墓所の所在を手紙で尋ねられ、ジョンが火葬と海上への散骨を望んでいて、没二年後に希望通りカリフォルニアのマリブ沖のヨットから、多くの友人とジョンのジャズ・トリオのメンバーに見守られながら散骨を行ったことを明かした。

2009年にドイツのDJMark'Ohが「スキャットマン」をリミックスした楽曲「SCATMAN」発表し、PVの最後には「In Loving Memory of Scatman John(私の記憶の中にスキャットマン・ジョンは生き続ける)」というテロップが出る。ジョンはこのPVに一部出演している。翌年2010年に日本国内版として、ラマーズP等により「スキャットマン(ぴーぱっぱぱらっぽっぴっぽー)」がリリースされた。

2019年にはルー・ベガが自身のヒットソング「マンボNo.5」が1999年のリリースから20周年であることを記念して同じく没後20周忌のスキャットマンをサンプリングした楽曲「Scatman & Hatman」を発表。 反響は大きくYouTubeで公開したMVは430万回再生以上された。 ルー・ベガはインタビューで「私は彼(スキャットマン)が何百万人もの人々のヒーローであることは知りませんでした。」 「しかし、彼はそのコンプレックス(吃音症)を資産に変えることで何百万人もの吃音者にネガティブなものを強みにできると示したのです」とジョンの吃音に触れるコメントを残している。 奇しくもスキャットマンも1999年に『スキャットマンボ』をリリースしている。

2021年にはアラン・ウォーカー&イマンベクにより「スキャットマン」のフレーズを盛り込んだ「Sweet Dreams」がリリースされた。 アランはスキャットマンに対し「自分が子供の頃、ユーロトランスとテクノが人気絶頂期だったから、僕の初期の音楽インスピレーションを思い出させてくれる」と語っている。

2022年にはドイツにてジェフ・チーにより『Who's the Scatman?』のタイトルで伝記漫画が出版された。 内容は前述のマネージャーであるマンフィールド・ツェーリンガーを始め、当時のプロデューサー、知人などの取材が基になっている。 この伝記は2022年度のマックス&モーリッツ賞の『the German-language Debut category』にノミネートされた。

2023年1月28日に妻ジュディ・ラーキンが死去した。 1940年1月19日-2023年1月28日(没84歳)

2023年3月28日に長編映画化が発表された。 制作会社はTrick Candle Productionsで、脚本は『コミ・カレ!!』のStephen Basiloneと『シュリンキング:悩めるセラピスト』『ユニークライフ』のAnnie Mebaneにより書かれる。 ジョンの生涯に渡る吃音症や、幼少期のいじめ、家庭での虐待、そして薬物中毒とアルコール依存症を乗り越え成功を収めるまでを描く内容になる予定。 ジョンの息子であるリーニューマン(現在は不動産経営者)も協力する他、マンフィールド・ツェーリンガーもプロデューサーとして参加する。

ジョンが吃音者を支援するために設立した基金、それがスキャットマン基金(略称SF)である。彼はこの活動に非常に熱心であり、日本ゴールドディスク大賞の賞金をそのまま日本の吃音者団体である全国言友会連絡協議会寄付する等、精力的に活動した。

1997年にはISAと資金使用目的について、日本、アメリカ、ドイツとインターネットを通じて議論を展開した。当初ジョンは日本と同様「SFは吃音者の自己受容を教えることに使用するべき」という、技術革新よりも吃音者の心身のケアに重点を置いた意見を持っていたが、アメリカとドイツは「技術革新も重要である」という意見を提議し、二つの意見に分かれ、白熱した展開を見せた。ジョンはこの議論の中で考えを徐々に改め、最終的にNSPで提議した『自己受容と流暢に話す技術のどちらが優先するか』という例を出し、

「もしあなたが、現時点で自己受容をしたければ、自己受容が最も優先される」 「この会議やメールでの我々の議論から得た結論から、自己受容も技術も両方とも特有の意見であり、現在その人が回復のどの段階にいるかによるのではないか。もし、ある吃音者が他の吃音者のための答えをもっていると思うなら、その吃音者に対しても、また他のもっと多くの吃音者に対しても、不当に扱っていることになるのかもしれない。心を開くことと、他の意見を尊重することは、私たち吃音者全員が心の安定を得るのに不可欠である。 私たちひとりひとりの通る道は違っているし、それゆえに尊重されるべきである」 「吃音者の数だけ、回復についての意見がある」

と結論を述べた。

妻であるジュディもこの活動に理解を示していて、ジョンの晩年には 「私たち家族に寄付をするなら、それよりも『スキャットマン基金』に寄付し、吃音症に悩む人たちに貢献してあげてください」というメッセージを公式サイト(後に閉鎖)に掲載していた。

John Larkin名義

John Larkin / John Larkin(1986年)

レコードのみでCD化されていない。ジョンがアルコールと薬物中毒でハイになっている状態で収録されたためお蔵入りとなり、生産された殆どのレコードはジョンが自宅に隠していた。多くの楽曲は後述の『Clark Woodard & Joe Farrell』や『Listen To The Scatman』に収録されているが、CD化されていない音源として「Frantasy」のピアノソロによる前奏及び間奏が入った完全版である「Love Cry」、ならびにジョン・コルトレーンに対するメッセージソング「John Coltrane」が収録されている。また、スキャットマン (Ski-Ba-Bop-Ba-Dop-Bop)の歌詞の一節『While you're still sleepin', the saints are still weepin' 'cause Things you call dead haven't yet had the chance to be born(君が寝ている間にも聖者はすすり泣いているのは君がチャンスが生まれる前からそれを死んでいると決めつけるからだ)』は同アルバム収録の『The Misfit』からそのまま引用されている。

Scatman John名義

スキャットマンズ ワールド - SCATMAN'S WORLD(1995年、日本では1995年8月23日)

スキャットマンII - Everybody Jam!(1996年11月21日)

テイク・ユア・タイム(英語版) - TAKE YOUR TIME(1999年6月30日)

リッスン・トゥ・ザ・スキャットマン - Listen to the Scatman(2001年8月21日、日本では輸入盤のみ)

SCATMAN - Everybody Jam!までの曲を収録したベスト盤。日本未発売。(1999年)

ザ ベスト オブ スキャットマン・ジョン - THE BEST OF SCATMAN JOHN(2002年10月7日)

スキャットマン (Ski-Ba-Bop-Ba-Dop-Bop) - SCATMAN (Ski-Ba-Bop-Ba-Dop-Bop)(1994年、日本では1995年8月2日)

スキャットマンズ ワールド - SCATMAN'S WORLD(1995年10月21日)

ソング オブ スキャットランド - Song of Scatland(1995年)

SCATMAN MEGAMIX96'(1996年)キャンペーン用に作られた。内容は「スキャットマン (Ski-Ba-Bop-Ba-Dop-Bop)」と「スキャットマンズ ワールド」を一つの楽曲にRemixしたもの。

オンリー ユー - Only You(1995年、日本では1996年2月7日)

スキャット天国 - SCAT PARADISE(1995年12月16日)

SU・SU・SU SUPER キ・レ・イ(1996年3月23日)

プリプリ・スキャット - Pripri Scat(1996年4月24日)

エヴリバディ ジャム - Everybody Jam!(1996年10月30日)

レット イトゥ ゴー - Let It Go(1997年9月26日)

スキャットマンボ - Scatmambo(1998年8月21日)

恋のチッカディー・ソング - The Chickadee Song(1999年7月7日)

テイク ユア タイム - Take Your Time(1999年)

アイ ラヴ サンバ - I Love Samba(1999年)

一、二、三、ゴー! - ICHI, NI, SAN... GO!(1999年)

John Larkin名義

Sam Phipps / Animal Sounds(1981年)

ピアノを担当。CDが2007年に発売されている。

Clark Woodard & Joe Farrell / Clark Woodard & Joe Farrell(1985年)

ボーカルとピアノを担当、ジョンの作曲した楽曲が半数を占めており、彼の弾き語る500 miles highやMy Funny Valentineも聴くことができる。
その他Listen To The Scatmanに収録されている物とは別音源の『Last Nights I Dreamed』も収録されている。

Scatman John名義

LIFE IS FANTASTIC(Single)/ ARMY OF LOVERS(1995年)

『Scatman Radio Vesion』と『Scatman John Long Vers Remix』を担当。

Queen Dance Traxx I/ Queen(1996年)

Queenの楽曲を複数のアーティストでカバーしたアルバム。2ndアルバム収録の『The Invisible Man』のほか、参加アーティスト全員による『We Are The Champions』では短いながらもスキャットを織り交ぜた歌唱を披露している。

Scatman DJ Kadozer Mix 2003 / DJ Kadozer(2003年)

このCDは現在入手は非常に困難だが、曲自体はダウンロード購入で入手可能である。

Scatman / Mark'Oh(2009年)

Mark'ohのアルバム『ThePast,ThePresent,TheFuture』の特典で同曲のPVがCD内にデータとして入っている。

スキャットマン(ぴーぱっぱぱらっぽっぴっぽー) / Mark'Oh、ラマーズP他(2010年)

スキャットマン

    アーケードゲーム『ステッピングステージ』に収録。本人も映像で出演。

    スキャットマン

      アーケードゲーム『jubeat』に収録。

      スキャットマン

        アーケードゲーム『チュウニズム』に収録

        SU・SU・SU SUPER キ・レ・イ

          カネボウ化粧品CMソング。本人もCMに出演。

          プリプリ・スキャット

            グリコ(江崎グリコ/グリコ協同乳業)『プッチンプリン』CMソング。本人もCMに出演。

            ^ Simpson, Paul. Scatman John | Biography & History - オールミュージック. 2021年1月17日閲覧。

            ^ 月刊情報紙 『Stuttering Now』 1997.4.19 No.32より。

            ^ スキャットマン・ジョン氏死去 57歳、グリコ・プッチンプリンのCM登場、ZAKZAK、1999年12月7日。

            ^ 『Listen to the Scatman』の解説より。

            ^ スキャットマン・ジョン氏に聞く

            ^ 1stアルバム『Scatman's world』の解説より。

            ^ 「音楽界を蝕む使い捨て主義 メガ・ヒットが生まれる土壌」『AERA』1997年5月12日号。

            ^ 『産経新聞』1995年12月12日付東京夕刊。

            ^ FM OSAKA ブレックファスト・クラブ

            ^ http://www.facebook.com/pages/Scatman-John/136379629735895?ref=ts 妻、ジュディ・ラーキンによる公式Facebookアカウント。このURLは、後に https://www.facebook.com/ScatmanJohnOfficial/ へのリダイレクトに変更されている。

            ^ https://www.sueddeutsche.de/muenchen/nuernberg-comic-musik-scatman-john-jeff-chi-1.5577513 Moises,Jürgen (May 3, 2022)より

            ^ https://www.comicsbeat.com/2022-max-and-moritz-awards-presented-at-erlangen-comic-salon/

            ^ https://www.hollywoodreporter.com/movies/movie-news/scatman-john-biopic-film-john-larkin-1235362013/

            ^ https://scatmanjohn.com/biography/ 公式サイトバイオグラフィーより

            吃音症

            ゾンビランドサガ リベンジ - 第5話にて、『スキャットマン』的要素を取り入れた楽曲『リトルパラッポ』が挿入歌として使用された。

            ポピパッパパー

            スキャットマン・クローザース

            高橋幸宏

            サザンオールスターズ

            山寺宏一

            空耳アワー

            水曜日のダウンタウン

            公式サイト(2023年にアイスバーグレコードより新しく公開された)

            スキャットマン・ジョン氏に聞く - ウェイバックマシン(2012年4月29日アーカイブ分)

            Scatman John (ScatmanJohnOfficial) - Facebook

            ISNI

              2

              VIAF

              WorldCat

              スペイン

              フランス

              BnF data

              ドイツ

              フィンランド

              アメリカ

              チェコ

              ポーランド

              MusicBrainz

                2

                SNAC

                IdRef

                アメリカ合衆国の男性歌手

                ジャズ・ミュージシャン

                アメリカ合衆国のジャズ・ピアニスト

                吃音の人物

                ロサンゼルス郡出身の人物

                肺癌で亡くなった人物

                1942年生

                1999年没

                ISNI識別子が指定されている記事

                VIAF識別子が指定されている記事

                WorldCat Entities識別子が指定されている記事

                BNE識別子が指定されている記事

                BNF識別子が指定されている記事

                BNFdata識別子が指定されている記事

                GND識別子が指定されている記事

                KANTO識別子が指定されている記事

                LCCN識別子が指定されている記事

                NKC識別子が指定されている記事

                PLWABN識別子が指定されている記事

                MusicBrainz識別子が指定されている記事

                SNAC-ID識別子が指定されている記事

                SUDOC識別子が指定されている記事

2025/03/28 17:39更新

Scatman John


スキャットマン=ジョンと同じ誕生日3月13日生まれの人

佐野 晶哉(さの まさや)
【Aぇ!group】
2002年3月13日生まれの有名人 兵庫出身

佐野 晶哉(さの まさや、2002年3月13日 - )は、日本のアイドル、タレント、俳優、歌手。男性アイドルグループ・Aぇ! groupのメンバー。愛称は、晶哉、佐野、まぁー。 兵庫県西宮市出身。S…

中島 健人(なかじま けんと)
【Timelesz】
1994年3月13日生まれの有名人 東京出身

中島 健人(なかじま けんと、1994年〈平成6年〉3月13日 - )は、日本のアイドル、歌手、俳優、タレント。男性アイドルグループ・Sexy Zoneの元メンバー。愛称はケンティー、ケンティ。ファン…

石井 義信(いしい よしのぶ)
1939年3月13日生まれの有名人 広島出身

石井 義信(いしい よしのぶ、1939年3月13日 - 2018年4月26日)は広島県福山市出身の 元日本代表サッカー選手、サッカー指導者。選手時代のポジションはミッドフィールダー(MF)。 元フジ…

玉城 美智子(たまき みちこ)
1953年3月13日生まれの有名人 沖縄出身

玉城 美智子(たまき みちこ、1953年〈昭和28年〉3月13日 - 2006年〈平成18年〉11月17日)は琉球放送の元アナウンサー。沖縄県沖縄市出身。結婚後の本名は桑江美智子。 二松學舍大学文学…

深野 晴美(ふかの はるみ)
1967年3月13日生まれの有名人 神奈川出身

深野 晴美(ふかの はるみ、1967年3月13日 - )は、日本の女性タレントである。(株)ハローマイク所属。 1967年3月13日、神奈川県横須賀市に生まれる。両親は早婚だった。デビューしたころ、…


花澤 桃花(はなざわ ももか)
2000年3月13日生まれの有名人 長野出身

花澤 桃花(はなざわ ももか、2000年3月13日 - )は、日本のシンガー、ダンサー、女優。元Jewel(旧J☆Dee'Z)メンバー。元吉本興業所属。 神奈川県出身。2018年3月、高校を卒業した…

建 みさと(たて みさと)
3月13日生まれの有名人 千葉出身

建 みさと(たて みさと、1978年3月13日 - )は、日本の女優、タレント。千葉県出身。フィット所属していたが現在は不明。担当マネージャーは変わらず。血液型はO型。父親はギタリストの建孝三。ロック…

吹田 明日香(すいた あすか)
1964年3月13日生まれの有名人 大阪出身

吹田 明日香(すいた あすか、1964年3月13日 - )は、日本のタレント・放送キャスターである。本名同じ。血液型B型。株式会社アデッソ所属。 京都府生まれで大阪府豊中市育ち。同志社大学文学部英文…

酒井 蘭(さかい らん)
1993年3月13日生まれの有名人 東京出身

酒井 蘭(さかい らん、1993年3月13日 - )は、日本の元タレント、元女優である。東京都北区 出身。最終所属はジャストプロ。 2008年 4月、都立大山高校に入学。 2009年 高校2年生の春…

奥山 奈々(おくやま なな)
1981年3月13日生まれの有名人 出身

奥山 奈々(おくやま なな、1981年3月13日 - )は、日本の女優、モデル、タレント、司会者である。東京都出身。スターダストプロモーション所属。 主な趣味は、本場ハワイで学んで以来続けているフラ…


遠藤 まめ(えんどう まめ)
1996年3月13日生まれの有名人 東京出身

遠藤 まめ(えんどう まめ、1996年3月13日 - )は、日本のグラビアアイドル、タレント。東京都出身。ミスFLASH2024グランプリ。 2021年11月にSNSで「ソフト・オン・デマンド広報社…


TOPニュース

動画を見るだけで10万円稼げる!?

闇バイトに引っかからない方法

Hey! Say! JUMPの有岡大貴松岡茉優が結婚を発表

令和6年6月6日に66歳になった人は?

藤原さくら、ライブ活動休止を発表

サッカー日本代表の堂安律が一般女性と結婚を発表

NHK大河ドラマ「光る君へ」で松下洸平がペラペラの宋語で話題に

King&Prince永瀬廉が右耳負傷の為一時活動休止を発表

いくよくるよの今くるよさん、膵がんの為死去


スキャットマン=ジョンと近い名前の人

ウジェーヌ=カタラン(Eugene Charles Catalan)
1814年5月30日生まれの有名人 出身

ウジェーヌ・シャルル・カタラン(Eugène Charles Catalan、1814年5月30日 – 1894年2月14日)は、フランス・ベルギーの数学者。連分数、図法幾何学、数論、組合せ数学の研究…

加藤 玲奈_(ニュースキャスター)(かとう れな)
1970年12月4日生まれの有名人 東京出身

加藤 玲奈(かとう れな、1970年12月4日 - )は、日本のジャーナリスト。日本テレビの報道キャスター。現在、外報部兼キャスター室所属。 東京都出身。慶應義塾大学法学部法律学科卒業後の1993年…

和希 優美(かずき ゆみ)
1985年12月4日生まれの有名人 茨城出身

和希 優美(かずき ゆみ、1985年12月4日 - )は、日本のタレント、女優。茨城県水戸市生まれ。 ドラマ・CM出演や企業イメージモデル、雑誌でのビューティモデルなどの出演の傍ら、最近では自身で撮…

安野 希世乃(やすの きよの)
7月9日生まれの有名人 宮城出身

安野 希世乃(やすの きよの、1989年7月9日 - )は、日本の女性声優、歌手。エイベックス・ピクチャーズ(事務所)および同社内のDIVE II entertainment(音楽レーベル)に所属。宮…


片岡 千珠(かたおか ちず)
1975年2月13日生まれの有名人 滋賀出身

片岡 千珠(かたおか ちず、1975年2月13日 - )は、日本の女性声優、ナレーター。滋賀県出身。 愛称はちずちゃん・ちずきちなど。青二塾大阪校、青二プロダクション、俳協ボイスアクターズスタジオ1…

ヤポンスキーこばやし画伯(やぽんすきーこばやしがはく)
1975年5月1日生まれの有名人 長野出身

ヤポンスキーこばやし画伯(ヤポンスキーこばやしがはく、本名:小林 英彦(こばやし ひでひこ)、1975年5月1日 - )は、日本のお笑いタレント。長野県松本市出身。ワタナベエンターテインメント所属。 …

大黒柚姫(おおぐろ ゆずき)
【チームしゃちほこ】
1997年7月18日生まれの有名人 愛知出身

大黒 柚姫(おおぐろ ゆずき、1997年7月18日 - )は、日本のアイドル、歌手、タレントであり、女性アイドルグループTEAM SHACHIのメンバー。愛知県出身。 趣味はドラムのレッスン。 特…

土保 瑞希(つちやす みずき)
【AKB48】
1996年10月5日生まれの有名人 大阪出身

AKB48(エーケービーフォーティーエイト)は、日本の女性アイドルグループ。秋元康のプロデュースにより、2005年に東京・秋葉原(東京都千代田区外神田)を拠点として活動を開始した。運営会社および所属事…

ボリス=ベレゾフスキー(Boris Berezovsky)
1969年1月4日生まれの有名人 出身

ボリス・アブラモヴィチ・ベレゾフスキー(ロシア語: Бори́с Абра́мович Березо́вский、ラテン文字転写の例:Boris Abramovich Berezovskii、…


エスキル=エルビク(Eskil Ervik)
1975年1月11日生まれの有名人 出身

1月11日生まれwiki情報なし(2025/04/06 07:42時点)

オスカル=ミンコフスキ(Oskar Minkowski)
1858年1月13日生まれの有名人 出身

1月13日生まれwiki情報なし(2025/04/06 21:41時点)

マリア・エレナ・ボスキ(いたりあ語: Maria Elena Boschi)
1981年1月24日生まれの有名人 出身

マリア・エレナ・ボスキ(イタリア語: Maria Elena Boschi、1981年1月24日 - )は、イタリアの政治家。下院議員。これまでに無任所大臣(憲法改正・議会関係担当)、首相府次…

シャルル=ド=モンテスキュー(Charles-Louis de Montesquieu)
1689年1月18日生まれの有名人 出身

シャルル=ルイ・ド・モンテスキュー(Charles-Louis de Montesquieu、1689年1月18日 - 1755年2月10日)は、フランスの哲学者である。本名は、シャルル=ルイ・ド・ス…

スキート=ウールリッチ(Skeet Ulrich)
1970年1月20日生まれの有名人 出身

ブライアン・レイ・トラウト(Bryan Ray Trout, 1970年1月20日 - ), 専門的にはスキート・ウルリッチ (Skeet Ulrich) としてよく知られている, はアメリカ合衆国ノ…

注目の芸能人・有名人【ランキング】
話題のアホネイター
スキャットマン=ジョン
  • Google+でシェア
  • はてなブックマークに追加
  • LINEでシェア

最近追加された芸能人・有名人

こっちのけんと 斎藤元彦 松島かのん 澤繁実 小野寺紘毅 桜井誠_(活動家) 安野貴博 ジャンボ松田 後藤輝樹 石丸幸人

グループ

GALETTe WEST. palet Da-iCE FLAME 放課後プリンセス E-girls Travis Japan GEM さんみゅ~ 

▲ページトップに戻る

この記事は、クリエイティブ・コモンズ・表示・継承ライセンス3.0のもとで公表されたウィキペディアの項目「スキャットマン=ジョン」を素材として二次利用しています。

twitterはじめました