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セバスチャン=ベッテルの情報 (SebastianVettel)
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【7月27日】今日誕生日の芸能人・有名人

セバスチャン=ベッテルの情報(SebastianVettel) レーシングドライバー 芸能人・有名人Wiki検索[誕生日、年齢、出身地、星座]

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セバスチャン=ベッテルさんについて調べます

■名前・氏名
セバスチャン=ベッテル
(読み:Sebastian Vettel)
■職業
レーシングドライバー
■セバスチャン=ベッテルの誕生日・生年月日
1987年7月3日 (年齢37歳)
卯年(うさぎ年)、蟹座(かに座)
■出身地・都道府県
不明

(昭和62年)1987年生まれの人の年齢早見表

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セバスチャン=ベッテルの情報まとめ

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セバスチャン=ベッテル(Sebastian Vettel)さんの誕生日は1987年7月3日です。

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事件、引退、事故、姉妹、兄弟、卒業、結婚、離婚に関する情報もありますね。今年の情報もありました。セバスチャン=ベッテルの現在の年齢は37歳のようです。

セバスチャン=ベッテルのプロフィール Wikipedia(ウィキペディア)

セバスチャン・ベッテル(Sebastian Vettel, 1987年7月3日 - )は、西ドイツ・ヘッセン州ヘッペンハイム出身のレーシングドライバー。姓はドイツ語読みに近い「フェテル」と表記されることもある。

2010年、2011年、2012年、2013年のF1ドライバーズチャンピオン。史上最年少ドライバーズチャンピオン・史上最年少優勝をはじめ、F1において数々の最年少記録を樹立する目覚ましい活躍をした。

1995年にカートを始め、2002年までにドイツ・ジュニアカート選手権(2001年・2002年)、ヨーロッパICAジュニア選手権(2001年)などでチャンピオンタイトルを獲得した。1998年よりオーストリアの飲料メーカーレッドブルの支援をうけ、育成プログラム(ジュニアチーム)の一員として成長していくことになる。

2003年にはドイツフォーミュラ・BMW選手権に、「ADAC ベルリン・ブランデンブルク」チームから参戦し、初年度は19戦中5勝でランキング2位。2年目となる2004年には20戦中18勝、ポールポジション14回、ファステストラップ13回、全戦表彰台という圧倒的な成績でチャンピオンとなった。

2005年にはF3ユーロシリーズに「ASL ミュッケ・モータースポーツ」チームから参戦し、総合ランキングで5位。ルーキーの中ではトップという上々の成績で終えたものの、この年の選手権はルイス・ハミルトンに完全に支配されたものであり、未勝利に終わった。 前年のフォーミュラ・BMWでの活躍により、9月27日にはF1のウィリアムズ(BMWエンジンユーザー)をテストする機会を与えられ、同チームのFW27をドライブした。その後BMWザウバーのテストにも参加している。

2006年も引き続きF3ユーロシリーズに参戦したが、7月半ばにイタリアのミサノで開催されたフォーミュラ・ルノー3.5に「カーリン・モータースポーツ」チームからスポット参戦し、開催された2レースともに優勝を飾った。第1レースでは首位と2位でゴールした選手にペナルティが課されたため、3位でチェッカーを受けたベッテルが繰り上がり優勝となった。第2レースはポール・トゥ・ウィンを飾っている。

スパ・フランコルシャンで開催された次戦、雨の中行われた第1レースにおいて、オー・ルージュの頂上付近でクラッシュを喫し、その際に指の骨に達するほどの切傷を負った。幸い切断にはいたらなかったが、数週間はレース参加が不可能と思われる重傷であった。しかし、この負傷にもかかわらず、翌週にはマスターズF3に出走し6位を記録している。

8月、BMWザウバーはそれまでレギュラードライバーだったジャック・ヴィルヌーヴがチームを去り、サードドライバーのロバート・クビサをレギュラードライバーに昇格させたため、代わりのサードドライバー兼テストドライバーを探していた。BMWザウバーは当初よりベッテルを候補としていたが、ベッテルがレッドブルの契約ドライバーだったという事情もあり、BMWザウバーとレッドブルの間で交渉の結果、ベッテルはレッドブルからBMWザウバーへ2年契約で貸し出されることとなった。 ベッテルは同チームのサードドライバーとして8月末の第14戦トルコGPから最終戦ブラジルGPまでの5戦で帯同し、金曜日のフリー走行に出走した。初走行となったトルコGPの金曜フリー走行でトップタイムを記録し注目を集めた。

F3ユーロシリーズでは20戦中4勝をあげてランキング2位。フォーミュラ・ルノー3.5では3レースのみの参戦ながらランキング15位。同年にカーリン・モータースポーツから参戦した4人のドライバーの中では唯一優勝を記録した。

2007年は引き続きBMWザウバーのテストドライバーを務めるとともに、フォーミュラ・ルノー3.5にシーズン途中まで参戦した。

前年から引き続き、BMWザウバーのリザーブドライバーを務めていたが、2007年、第6戦カナダGPで大クラッシュしたロバート・クビサが、FIA医師団の判断により第7戦アメリカGPを欠場することになり、クビサの代役として正式にF1デビューすることになった。この19歳349日で参加したレースで8位に入賞し、ジェンソン・バトンの20歳67日を更新し、当時のF1史上最年少入賞記録を樹立した(2014年にダニール・クビアトが、さらに2015年にマックス・フェルスタッペンが更新している)。

第8戦フランスGP以降はクビサが復帰したため出走できなかったが、デビュー戦での活躍が認められ、第11戦ハンガリーGPからスコット・スピードに代わり、トロ・ロッソのレギュラードライバーとして参戦することになった。トロ・ロッソ STR2は決して戦闘力の高いマシンではなくQ1突破にも苦労する状態だったが、富士スピードウェイで開催された第15戦日本GPの雨の予選では、自身&チームとして初めてQ3進出を果たし、マシン性能を考慮すると驚異的な9番グリッドを獲得、さらに同じく雨の決勝では一時3位を走行するなど、その才能の片鱗を見せた。また、このレースでは3周にわたりラップリーダーを記録し、これは2003年第2戦マレーシアGPでのフェルナンド・アロンソの記録を更新する最年少ラップリーダー記録である。(2016年スペインGPで、マックス・フェルスタッペンが更新)しかし、45周目に前方視認が困難なほどの豪雨の中で、セーフティカー先導中に前を走るマーク・ウェバーに追突してしまい、ウェバーとともにリタイアに終わった。日本GPと同じくウェットレースとなった次戦の第16戦中国GPでは前戦の汚名を返上する快走を見せ、自身とチームにとって最高位である4位を獲得した。

2008年もトロ・ロッソから参戦。前年のマシンの改良型で臨んだ序盤は他車との接触などが目立ち、開幕戦オーストラリアGPから4戦連続リタイアと苦戦が続いたが、新車STR3が投入された雨の第6戦モナコGPでは5位入賞。第9戦イギリスGPではこの年初めて予選Q3に進出して8位グリッドを獲得すると、以降の10戦中9戦で予選トップ10に入る速さを見せた。

特筆すべきは、予選・決勝ともに大雨となった第14戦イタリアGPで、自身及びチームにとって初のポールポジションを獲得。決勝レースでも2位以下が雨により混戦を繰り広げる中、安定したドライビングで首位を堅持し、ポール・トゥ・ウィンで自身初優勝を果たすとともに、トロ・ロッソにチーム初優勝をもたらした。このレースでは、21歳72日でF1史上最年少ポールポジション、21歳73日で当時の最年少優勝・最年少表彰台および最年少ポール・トゥ・ウィンを記録した。さらに「初表彰台が初優勝」となるのは1979年第8戦フランスGPでのジャン=ピエール・ジャブイーユ以来であり、記録づくめの歴史的な勝利となった。最終戦ブラジルGPでは、チャンピオン争いを演じていたルイス・ハミルトンをオーバーテイクするなど、印象的な走りを見せ4位入賞を果たした。

この年からレッドブルへ移籍。チームメイトはマーク・ウェバー。

開幕戦オーストラリアGPでは予選3位を獲得。決勝では2位を走行していたが、終盤にオーバーテイクを仕掛けてきたロバート・クビサと接触し、そのダメージから直後にクラッシュを喫しマシンを大破。完走扱いで13位に終わった。この接触の責任を問われ、次戦10グリッド降格ペナルティが科せられた上に、損壊したマシンで走行を続けたことが危険走行とみなされ罰金も科せられた。第2戦マレーシアGPでは大雨の中、レース終盤でスピンを喫してエンジンストールを起こし、マシンを止めて完走扱いで15位に終わった。

開幕から2戦連続で自身のミスにより無得点と苦戦が続いていたが、第3戦中国GPでは、前年のイタリアGP以来となる自身2度目のポールトゥウィンを再び雨のレースで達成すると共に、レッドブルに初勝利をもたらした。

第7戦トルコGPではポールポジションを獲得。決勝では1周目にコースオフしてジェンソン・バトンに抜かれたため作戦を変更したが、これが裏目に出て3位でレースを終えた。第8戦イギリスGPでは予選Q3に進出した車の中で最も重い燃料を搭載しながらも、2戦連続となるポールポジションを奪取。決勝では2位以下につけ入る隙を与えずに完勝。自身初のファステストラップも記録し、史上最年少(21歳353日)でハットトリックを達成した。

第15戦日本GPでは、土曜日に赤旗3回と荒れた予選の中、完璧な走りでポールポジションを獲得。決勝ではレースの終盤にセーフティカーが入ったが、順位を下げることなく終始安定した走りで今季3度目となるポール・トゥ・ウィンをあげた。最終戦アブダビGPでは序盤にルイス・ハミルトンからトップを奪い、そのまま独走して最終戦をファステストラップと勝利で締めくくった。

最終的にこの年は、4勝・4PP・3FLの活躍を見せ、ランキング2位でシーズンを終えた。

2010年に投入されたRB6は競争力が非常に高く、シーズン開幕から2戦連続、第4戦中国GPでもポールポジションを獲得した。しかし決勝では結果につなげられず、いずれも表彰台すら逃すこととなった。第3戦マレーシアGPでは予選3番手からシーズン初優勝をあげた。

第7戦トルコGPでは2位走行中に、首位を走るチームメイトのウェバーを追い抜く際に接触。自身はリタイア、ウェバーも順位を落とし、タイトルを争うマクラーレンが1-2フィニッシュという結果となった。リタイア後、無線で「何やってるんだ!バカな真似を!もう帰る!〇〇野郎!」と放送禁止用語を交えながらウェバーを罵った。第9戦ヨーロッパGPでは中国GP以来となるポールポジションを獲得、決勝もSC解除直後に最終コーナーで膨らんだ以外は危なげのない走りで2勝目を飾った。第10戦イギリスGPではポールポジションを獲得したが、スタート直後にウェバーを押さえ込もうとしてコースアウト、さらにハミルトンとの接触により右リアタイヤをパンク、優勝争いから脱落した。第11戦ドイツGPでは復調してきたフェラーリのフェルナンド・アロンソと予選での激しい争いに僅差で競り勝ちポールポジションを獲得。しかし決勝ではスタートで出遅れて後続を押さえ込もうとしたがフェラーリ勢2台に先行を許し、3位でレースを終えた。第12戦ハンガリーGP予選では4戦連続となるPPを獲得。決勝レース序盤では安定した走りを見せていたが「SC出動中に前のマシンから10車身以上空けてはならない」というレギュレーションに違反したことでドライブスルーペナルティを受け、2戦連続で3位に終わった。第13戦ベルギーGPでは予選4番手から決勝でバトンと2位争いを繰り広げるも、16周目にマシンコントロールを失いバトンと接触、バトンをリタイアに追い込む結果となり2戦連続でドライブスルーペナルティを受けた。その後26周目にも同じ箇所でリウッツィと接触し左リアタイヤをバースト、無得点でレースを終えた。

第15戦シンガポールGPでは2位。大雨で予選が日曜に順延になった第16戦日本GPでは、2年連続のポールトゥウィンを飾った。第17戦韓国GPも雨のレースとなり、PPから首位を快走していたが46周目にエンジンブローでリタイア。残り2戦でランキングトップのアロンソに25ポイント差をつけられたが、第18戦ブラジルGPで4勝目を挙げてタイトルへの望みをつないだ。そして、最終戦アブダビGPでポールトゥウィンという形でタイトル獲得の最低条件の2位以内を達成。この時点で唯一逆転可能なドライバーとなったアロンソは同GPを7位で終わったため、ベッテルは最終戦でシーズン初めてポイントランキング首位に立つと同時に、自身初のドライバーズチャンピオンに輝いた。ルイス・ハミルトンが保持していた史上最年少ドライバーズチャンピオン記録「23歳300日」を、「23歳134日」に更新した。

レッドブルはベッテルとの契約を2014年まで延長したことを発表。開幕戦オーストラリアGPではポールポジションから優勝し、続くマレーシアGPでも同じくポールトゥウィンを記録した。中国GPでもポールポジションを記録したが、タイヤ戦略の違いでハミルトンに競り負け2位となった。第4戦トルコGPではフリー走行1回目でクラッシュしたものの、ポールポジションを4戦連続で記録し優勝。第5戦スペインGPで今季初めてフロントローに沈んだが、決勝では2位からピットストップでアロンソの前に出て首位に立ち、終盤ハミルトンに真後ろに迫られたが、そのままポジションを守り優勝した。第6戦モナコGPで2回のセーフティカー導入と1回の赤旗中断があったがポールトゥウィン。第7戦カナダGPもセーフティーカーが5回の出動や、豪雨により2時間のレース中断などの混乱があったにもかかわらず、ファイナルラップまで首位を守っていた。しかし、ファイナルラップのターン7でハーフスピンし、最後尾から追い上げて真後ろにつけていたバトンに抜かれ、2位となった。

ヨーロッパに再び戻り、第8戦ヨーロッパGPでは予選と決勝との間でエンジンの設定を変更することが禁止されたが、再びポールトゥウィン。第9戦イギリスGPでブロウンディフューザーのレギュレーション変更が行われたが、ポールポジションからスタート。2回目のタイヤ交換で左リアの装着に時間がかかり、一旦首位から3位に落ち、終盤はチームオーダーを無視したウェバーに追い上げられたが、1位アロンソに続く2位となった。第10戦ドイツGPでは予選3位からスタートしたが、序盤は真後ろにいたアロンソと抜きつ抜かれるのバトルをした後、9周目のターン10でコースアウトし、中盤は一時5位まで落ちたが、4位となった。ウエットとドライが入り混じる第11戦ハンガリーGPではポールポジションからスタートした。ハミルトン、バトンに抜かれ2回目のピットストップで一時4位に落ちたが、アロンソを抜き3位に戻ったあとに小雨が降り出し首位のハミルトンがスピン。ベッテルは小雨の中をドライタイヤでコースに残り、1位バトンに続く2位となった。

3週間の夏休みを間に挟み、第11戦ベルギーGPではポールポジションからスタート。ニコ・ロズベルグに一旦抜かれるも、抜き返し首位をキープ。ハミルトンと小林可夢偉の接触によるセーフティカー出動時に、タイヤ交換に入りポジションを3位まで落した。レース再開後にウェバー、アロンソを抜き、首位に戻りそのまま優勝した。第15戦日本GPでは3位に終わるも、4戦を残して2年連続のドライバーズチャンピオンを決めた。第16戦韓国GPでは予選でハミルトンにポールポジションを譲ったが、一周目で首位に立ち優勝。韓国インターナショナルサーキットのラップレコードを更新した。初開催となる第17戦インドGPではポールポジション、ファステストラップ、優勝のハットトリックに加えて全周回1位で自身初のグランドスラムを達成した。第18戦アブダビGPではナイジェル・マンセルに並ぶ14回目のポールポジションを獲得したが、スタート直後にタイヤがバースト、ピットでサスペンションが破損していることが確認されそのままシーズン初のリタイアとなった。そして最終戦ブラジルGPで年間最多記録を更新する15回目のポールポジションを獲得した。しかしギアボックスにトラブルが発生、ショートシフトを余儀なくされつつ序盤で稼いだリードを守ろうとするも、30周目でウェバーに抜かれ2番手に落ち2位フィニッシュとなった。この年のベッテルは優勝11回を含む表彰台17回と入賞1回を記録。2位に120以上の差をつける392ポイントを獲得するなど圧倒的な速さを見せた。

2012年も前年に引き続きウェバーとのコンビとなった。開幕戦のオーストラリアGPでは予選6位から2位表彰台を獲得するも、第2戦のマレーシアGPでは決勝でHRTのナレイン・カーティケヤンと接触をしてしまい11位でレースを終えた。このレースによる接触には賛否両論があるもののベッテルがカーティケヤンに対して酷く侮辱する言葉で罵った事や、さらには中指を立てる映像が車載カメラに映っていたことが発覚するなどで大きな物議を醸した。 第3戦中国GPでは予選11位でQ2敗退となった。なお、ベッテルが予選Q3に進出できなかったのは2009年ブラジルGP以来の出来事となる。第4戦バーレーンGPでは予選でもPPを獲得し、決勝でもFLを記録しての完全勝利を果たした。

だが、それ以降伸び悩み、上位で入賞してポイントこそ稼ぐものの、勝利どころか表彰台に届かないレースが続き、サマーブレイク前の第11戦の段階では1勝を含む表彰台3回のみにとどまり、タイトル争いではフェルナンド・アロンソに大きく先行され、ウェバーにも先行される形となった。だが、サマーブレイク後の第12戦から流れが変わり、第14戦シンガポールGPでのアップデートにより一気に復調。第14戦から第17戦インドGPまで4連勝を達成しポイントリーダーを奪取。第18戦アブダビGPはピットレーンスタートで最後尾からの追い上げとなったものの、果敢に攻めて3位表彰台。続く第19戦アメリカGPでもポールポジションを獲得。途中でハミルトンにかわされながらも2位表彰台を獲得し、ファステストラップも記録した。しかし、アロンソが3位に入ったことでタイトル決定は最終戦に持ち越された。そして、チャンピオンシップ3連覇がかかる最終戦ブラジルGPでは予選は4番手とかろうじてアロンソの前でスタートできる順位を得たものの、決勝直後のスタートでアロンソに先行され、4コーナーでブルーノ・セナと接触し最後尾まで落ちた。しかし、ダメージはあったものの、天候にも救われ徐々にポジションを巻き返し、最終的にセーフティーカー先導のままレースが終了するという異例の事態の中、6位でチェッカーを受けアロンソとの差を3ポイント差で守りきり、史上最年少でチャンピオンシップ3連覇を成し遂げた。しかし、レース中のオーバーテイクが議論の対象となり、ペナルティ次第ではタイトルを剥奪される可能性もあったが、結局問題なしとの決定が下り、チャンピオンが確定した。また、レース中には同郷の先輩でラストランのミハエル・シューマッハにポジションを譲られる場面あった。

シーズン序盤はブロウンディフューザーの禁止などのレギュレーションの変更の影響もあり、レッドブルもベッテル自身も不調が続いたが、確実にポイントを獲得していたことでタイトルを射程圏内にとらえ続けた。シーズン後半は徐々に巻き返し、コアンダエキゾーストの導入やダブルDRSの導入を契機として、強さを取り戻し、終盤戦でアロンソを逆転。最終的に優勝5回、ポールポジション6回、ファステストラップ6回(内ハットトリック2回)を記録し、281ポイントでシーズンを終えた。

2013年も5年目となるウェバーとのコンビとなった。開幕戦オーストラリアGPでは逆転負けを許して3位に終わったが、第2戦マレーシアGPでシーズン初優勝を飾ったものの、「マルチ21」発言事件を発端としてウェバーとの仲は極めて険悪になってしまった。テストからレッドブル優位という下馬評もあったものの、序盤はピレリタイヤのデグラデーデションに苦しみ予選ではメルセデス勢に敗れることしばしばあった。しかし、イギリスGPでタイヤバーストが続出し、第9戦ドイツGPからタイヤを前年の構造に戻すと速さを取り戻し、同グランプリでは悲願の母国初制覇を成し遂げた。後半戦に入ってからも勢いは止まらず第11戦ベルギーGPから最終戦ブラジルGPまでのグランプリ9連勝という記録を打ち立て、第16戦インドGPで4年連続のドライバーズチャンピオンを成し遂げた。前半戦から安定した結果を残し、後半戦に入ってからは無類の強さを見せた。結果としてシーズン歴代最多タイとなる13勝をあげ、前人未到の9連勝を達成しレッドブル時代では最も成功したシーズンを送った。(しかし2022年・2023年にかけて同じレッドブルを操るマックス・フェルスタッペンに最多勝記録及び最多連勝記録を塗り替えられた。)

2014年もレッドブルより参戦。引退したウェバーに代わりトロロッソから昇格したダニエル・リカルドとコンビを組む。しかしターボ復活など大幅にレギュレーションが変更された中、ルノー製新型パワーユニットに関するトラブルが多発し、前年までの勢いは一気に失われる。終盤にはユニットが足りなくなり規定により6機目の使用と引き換えに10グリッドダウンペナルティを受けた。僚友のリカルドはこの年第7戦カナダGPで初優勝を含む年間3勝をあげたが、ベッテルは第14戦シンガポールGPの2位が決勝最高位、予選2位3回、アメリカGPでの3年連続を含むファステストラップ2回でシーズンを終えた。シーズン終盤にはレッドブル離脱とフェラーリとの3年契約を相次いで発表した。

2015年からフェラーリで参戦。チームメイトは2007年チャンピオンのキミ・ライコネン。固定ナンバー制が導入された前年もチャンピオンとしての参戦であったため「1」をつけていたが、このシーズンからは前年のうちにあらかじめ選択していた「5」を付ける。テストからフェラーリのSF15-Tは好調で、開幕戦オーストラリアGPで3位表彰台を獲得。続く、第2戦マレーシアGPでは予選2位を獲得し、フェラーリとして2年ぶりのフロントローとなった。決勝では2ストップ作戦を成功させ、自身にとって2013年最終戦以来、フェラーリとしても2年ぶりの優勝を獲得した。また、第10戦ハンガリーGPではスタートでトップに立つと第2戦マレーシア以来の優勝を飾り、3度のドライバーズチャンピオンの座に立ったアイルトン・セナの通算勝利数に並んだ。さらに、第13戦シンガポールGPでは、自身約2年ぶり、フェラーリとして約3年ぶりのポールポジションを記録し、決勝でも安定したペースコントロールでシーズン3勝目を挙げた。その後もロシアGPではデブリ処理のマーシャルとあわや接触という場面にも、冷静に対処して2位表彰台を獲得。終盤戦に一時はランキング2位に浮上したがニコ・ロズベルグが優勝したメキシコGPでのシーズン初リタイアも響き、フェラーリでの最初のシーズンはランキング3位となった。しかし、移籍初年度から3勝を挙げ、メルセデスの一角をあわや崩すのではないかという活躍を見せ、来年への期待を覗かせるシーズンとなった。またシンガポールGPでのポールポジションは、2015年シーズンでメルセデス以外のドライバーが獲得した唯一のポールポジションとなった。

2016年もフェラーリより参戦。開幕戦オーストラリアGPではスタートでトップに立ちレースの大半をコントロールするなどメルセデス打倒の旗頭として期待されたが、第2戦バーレーンGPでフォーメションラップ中にトラブルでマシンを止め、自身初のDNSを喫するなどエンジンの信頼性に苦しんだ。第3戦中国GPではダニール・クビアトと口論した際に「お前は魚雷みたいに突っ込んだ」と発言、第4戦ロシアGPではオープニングラップでまたしてもクビアトに追突されリタイアするなど不運に見舞われることも多く、コンスタントにポイントを稼いでいるライコネンの後塵を拝する展開となった。第16戦マレーシアGPでは今度はロズベルグほかの車に自ら追突し、ロズベルグから「4度のドライバーズチャンピオン魚雷がつっこんできた」と酷評された。次戦日本GPでファステストラップを記録したが、前述の事故によるペナルティでグリッドダウンしたことなどもあり4位に終わり、日本GPが鈴鹿に戻った2009年以降初めて表彰台を逸した。

メキシコGPでは終盤にレッドブルのダニエル・リカルドとマックス・フェルスタッペンとのバトルの際に、ショートカットをしたフェルスタッペンが順位を譲らないことに激怒し、無線でフェルスタッペンやレースディレクターのチャーリー・ホワイティングに暴言を吐き問題となった。この件について古巣のレッドブル陣営からは「4度のチャンピオンに相応しくない言動」と批判されている。結果的にフェルスタッペンにペナルティは下り一旦は3位となったが、ベッテル自身もリカルドへのブロックによりペナルティを受け5位に降格となった。この暴言に関して、次戦ブラジルGPでの出走停止処分などの懲戒処分を下される可能性があったが、その後、ホワイティングやFIAへの謝罪をしたことから、懲戒処分は免れた。イタリアGPを最後に表彰台から遠ざかっていたが、アブダビGPでは久しぶりの3位表彰台を獲得し、ランキング4位でシーズンを終えた。

2017年もフェラーリより参戦。この年のマシン、SF70Hは開幕前テストから好調ぶりを見せ、開幕戦オーストラリアGPでは予選2位からスタートすると、ポールポジションからスタートしたルイス・ハミルトンをピット戦略で逆転。そのまま逃げ切り、2015年シンガポールGP以来の優勝を果たした。また第3戦のバーレーンGPと、フェラーリとしては2001年以来となるモナコGPでの優勝を達成。開幕6レース全てを優勝か2位で終える最高のスタートを切ったが、第7戦カナダGPではフェルスタッペンとの接触で後退し表彰台を逃した。

さらに、アゼルバイジャンGPではセーフティカー先導中にターン15の立ち上がりでハミルトンのマシンに追突。この追突の原因をハミルトンが故意に減速したことによるものと捉えたベッテルは、ハミルトンのマシンに並んで故意にマシンを接触させてしまう。この一件で、10秒のストップ&ゴー・ペナルティペナルティを受け4位に終わった。この件についてFIAは、前年のメキシコGPの暴言問題があったこともあって更なる制裁の必要性を検討し、7月3日に審議が行われ、ベッテル本人も召喚された。その結果「ビデオとデータの証拠を更に詳細に調査した結果、ベッテルはすべての責任を認めた」とし、追加制裁は科されなかった。ベッテルはハミルトン及びモータースポーツファンへ自身の公式サイトにて謝罪文を掲載し、その中でハミルトンに直接謝罪する旨も書かれており、また、今後1年にわたって若手ドライバー育成の為の奉仕活動も行うと発表された。

その後、第11戦ハンガリーGPでシーズン4勝目をあげランキング首位でサマーブレイクを迎えた。しかし、サマーブレイクが明けると調子を上げてきたハミルトンに第13戦イタリアGPでランキング首位の座を奪われてしまい、次の第14戦シンガポールGPではポールポジションを獲得するが決勝ではスタート直後の事故でシーズン初リタイア。このレースをハミルトンが制して差を大きくあけられてしまった。第15戦マレーシアGPでは予選でエンジンが壊れ最後尾スタートを強いられ、第16戦日本GPでもレース序盤にマシントラブルで自身にとって10年ぶりの日本でのリタイア(鈴鹿サーキットでの初リタイア)という結果になってしまい自力チャンピオンの可能性が消滅。それでも、アメリカGPで表彰台に上り、僅かな望みを繋いだが、メキシコGPで表彰台入賞できず、ハミルトンが入賞したためタイトルはハミルトンに確定。ブラジルGPの優勝でランキング2位を確定させてシーズンを終えた。

2018年も引き続き前年と同じ体制で参戦。開幕戦オーストラリアGPではバーチャルセーフティーカー導入を機にハミルトンを逆転し、前年と同じような形で2年連続で開幕戦優勝を果たす。続く第2戦バーレーンGPではポールポジションを獲得すると決勝でもバルテリ・ボッタスからの追い上げを凌いで開幕2連勝、第7戦カナダGP、第10戦イギリスGPでも優勝。ここまでは前年より若干成績が落ちたものの、メルセデス勢の優位性が低下していたこともあり、ハミルトンとドライバーズランキングにおいて接戦を演じていた。

ところが、ドイツGPで雨でスリップしたことで今季初リタイヤをしてから精彩を欠くようになる。ハンガリーGPではハミルトンの完勝を許しながらも2位を確保。サマーブレイク後のベルギーGPで優勝し復調したかと思われたが、イタリアGP以降はチーム側も精彩を欠くようになり、自身はオープニングラップでハミルトンと接触したことで順位を落とし4位に終わった。この件についてベッテルは「ハミルトンがスペースを残さなかった」とコメントするが、多くの関係者はベッテルに非があるとしたうえでハミルトンの元チームメイトであった2016年王者のニコ・ロズベルグは、「あんなに多くのミスを犯しているようであればハミルトンに勝つことはできない」と指摘している。そのうえ、シーズン後半はメルセデス勢が復調しノーミスであったロシアGPで完敗。また、シンガポールGPはタイヤ戦略、アメリカGPでは焦りからのミス、日本GPではその両方が起き、前年同様メキシコGPでハミルトンのタイトルが確定、4冠同士のドライバー対決に敗れた。続くブラジルGPでは普段とは逆に、ペースが伸び悩んだことからライコネンを先行させるチームオーダーに従う光景も見られた。

結局王者ハミルトンにシーズン終了時点で88ポイントの大差がついてしまい、タイトルを逃した戦犯だという見解もあったが、ポールポジション獲得数や総ポイントは前年を上回った(ただし、前年より1戦増えていることを考慮する必要もある)。ロズベルグは「自信を取り戻す」ことがタイトル奪還のカギと主張する一方、「(来季ライコネンの後任となる)シャルル・ルクレールはものすごい才能を持っている。彼はセバスチャンが態勢を整え直そうとしている段階で加わることで、トラブルの種になる可能性はある」とも語っている。

チームメイトは上記の通りルクレールに交代。

開幕戦オーストラリアGPでは開幕前テスト時の快調さが打って変わって精彩を欠き、「僕たちはどうしてこんなに遅いの?」と漏らし、決勝でも4位に終わった。第2戦バーレーンGPではルクレールがPP獲得、決勝ではスタートで先行するも抜き返され、ハミルトンとの2位争いで陥落した直後に単独スピン、その際にタイヤを痛めた影響でフロントウィングを脱落させ、5位に終わる。そのため、同GP後にニコ・ロズベルグは「去年と同じベッテルがいた」「あれではF1チャンピオンは無理」と斬って捨て、J.J.レートも「ベッテルはかなりひどかった」「ベッテルは信頼を取り戻すためにもう少し頑張る必要があるね」と評し、これ以降もベッテルにすべての責任があるという論調が潮流となった。

ところが、中国GPのレース戦略やモナコGPでの予選のミスなどのチーム側の過失やスペインGPでマシンの戦闘力に課題があることが明確化されたことを通じて、ベッテル個人の問題以上にチーム側のほうに大きな問題を抱えていることが明らかとなった。そのため、戦略などドライバー以外の面を問題視する声も出始めたが、それ以上に目立ったベッテルのミスやルクレールの好走もあり、チームが表立って槍玉に挙げられることはなかった。それでも、第6戦モナコGPにて、ピットアウト時に他車と接触したことで5秒追加ペナルティが課されたフェルスタッペンの後方3位でフィニッシュして2位に繰り上がり、メルセデスの開幕からの連続1-2フィニッシュ記録を5で阻止。第7戦カナダGPでは今季初のポールポジションを獲得。決勝は48周目にターン3の縁石に乗った際に挙動を乱し連続するターン4を直進、なんとかコントロールを取り戻す段階で抜こうとしたハミルトンの進路を妨害したと判定され5秒ペナルティを受け、トップでフィニッシュするも2位降格となりハミルトンが繰り上がって優勝となった。

マシンの問題や第8戦からの不運もあるが、チームメイト対決での敗北や表彰台に上がれないレースが続き始める。メディアからの批判も目立っているなか、第4戦の結果を受け、ジャック・ビルヌーブがチームによるドライバー管理の問題やベッテルを集中的に批判する言動がチームを混乱させていると反論。現にモナコGP予選での一件のように、ベッテルとルクレールの対応に温度差があることが示唆された。それ以外にもレッドブル関係者のヘルムート・マルコのコメントを筆頭に、精彩を欠き過ぎている姿に心配する声や前述のビルヌーブのように周囲からのプレッシャーに苦しんでいるという見方をする者も多い。

そんななか、予選Q1開始直後のマシントラブルによりタイム計測ができず、最後尾からのスタートを強いられた第11戦ドイツGPでは、ミックスウェザーという難しいレース状況の中順位を上げて2位を獲得。第15戦シンガポールGPでは、トップを走るルクレールがタイヤ温存の為スローペースで以下数珠繋ぎとなる中、後ろのフェルスタッペンのピットインに対しベッテル側にも同時にピットインの指示。これが結果的に先頭ルクレールに対するアンダーカットとなり、1年ぶりの今季初勝利となった。ところが、第16戦ロシアGP以降はチーム側のドライバー管理が迷走。これにドライバーらが被害を被る形となったのが直因だが、双方が緊張を生む原因を作った面もあり、特に第20戦ブラジルGPで同士討ちを招く遠因となってしまった。最終的に1勝を挙げドライバーズランキング5位でシーズンを終えている。

2020年もフェラーリに残留。この年が契約の最終年となり、メディアも年俸ダウンや短期契約を要求される交渉になると予想されており、延長の有無はともかく、自身にとっては勝負の年になると考えられていた。

しかし新型コロナウイルスの世界的な流行の影響でシーズンは開幕ができず、パフォーマンスを証明する機会もなく、厳しい立場となった。そんななか、5月12日、シーズンの開幕を待たずして2020年シーズン終了を以て、フェラーリを離脱することが発表された。その後、チーム側は、当初ベッテルの残留を優先し、交渉の準備もしていたが、新型コロナウイルスによる情勢変化により、チームの方針の変更やそれに伴いベッテルの契約延長がなくなったと彼に伝えており、そのうえでの交渉の有無は不明だが、最終的には双方ある程度納得していると主張した。一方でベッテル側はチーム側から契約延長が無いことを伝えられた点は認めるものの、その根拠には異を唱えており、そもそも、離脱発表前までチームから2021年以降の契約に関する話はなかったとコメントしている。

7月からレッドブルリンクでの2連戦も含めた3週連続開催でシーズンが開幕。だが、この年のマシンであるSF1000は扱いづらいマシンどころか前年より戦闘力が低いマシンであることが露呈。開幕戦オーストリアGPでは、ノートラブルにもかかわらず予選Q2敗退を喫し11番手スタート。決勝ではサバイバルレースとなったこともあり、レース中にサインツと接触スピンで後退しながらも最終的には10位でなんとか1ポイントを獲得したが、チェッカーを受けた中では下から2番目という結果であった。第2戦シュタイアーマルクGPではルクレール側の強引な攻め(この件はルクレールがレース後に公式に謝罪している)で同士討ちを喫しリタイア。

第6戦スペインGP前にチームはベッテル車に縁石による小さな破損があったとしてシャシーの交換を行い、多少復調の兆しを見せ、決勝で1ストップ戦略で7位入賞を果たした。しかし、関係の悪化によるものか、チーム側がどこか精彩を欠き、第5戦70周年GPではスタート直後のスピンが原因で戦略変更をしたとしつつも、ピットインのタイミングの調整に失敗したり、第6戦スペインGPでは1ストップ戦略の有無の判断が遅れるなどの出来事が起きている。第14戦トルコGPでは雨中、最初のタイヤ交換までハミルトンを抑えこみ続けたり最終ラップに2位ペレスまで追いつきルクレールが一旦ペレスを追い抜くもコースアウトしてしまう間に横を抜け今季最高の3位となり見せ場を作った。最終的にドライバーズランキング13位に終わった。

一方でこのままいけば来季のシートが喪失となるため、彼の動向に注目が集まっていた。そんななか、手法はともかくマシンの戦闘力が大幅に向上し、来シーズンからアストンマーティンへ名称変更するレーシングポイントへ移籍するのではという噂が盛んに流れるようになる。元々、チームは2019年にセルジオ・ペレスと3年間の長期契約を結んでおり、もう一つのシートもスポンサーの関係の深いランス・ストロールになるだろうと言われていたが、噂の過程で違約金などの条件を満たしてペレスを解雇するのではという見方もあり、ベッテルも第3戦の頃にはF1残留の一環でレーシングポイントも含めたチームと交渉していることを明らかにし、ペレス自身もベッテル加入の場合、放出されるのは自分だろうという覚悟もしていた。そんななか、第9戦トスカーナGP前となる9月10日、ペレス側がチームを今季で離れることを発表。その数時間後、チームからベッテルとの複数年契約を締結したことが発表された。

予定通りレーシング・ポイントから改称されて再スタートするアストンマーティンから参戦。チームメイトはランス・ストロール。

開幕戦は精彩を欠き、第2戦は決勝でのマシントラブルの影響もあるが結果的に下位に沈む結果となってしまった。これについてはチームが2021年レギュレーションの対応に出遅れたことやプレシーズンテストでは自身のテスト担当の時間にてマシントラブルが続発したことでマシンの習熟にも遅れた影響もあったため、チームも擁護するが不振が目立ったため、批判よりむしろ心配されるほどであった。だが、第3戦で今季初かつ自身としては前年の第4戦以来となるQ3進出を果たし(決勝は13位完走)、第5戦では予選8番手からの決勝は5位となり今季初入賞を記録。次の第6戦では予選は11番手に終わるが、決勝はレース戦略が上手くいき、2位でチェッカーを受け、チームに初の表彰台をもたらした。第11戦ハンガリーGPでも波乱のレースをかいくぐって2位フィニッシュを飾るが、レース後にFIAがベッテルのマシンから0.3リットルの燃料サンプルしか抽出できず、技術規則に定められた1.0リットルに届かなかったためスチュワードは失格の裁定を下した。

最終的にドライバーズランキングは12位でシーズンを終えた一方、年間オーバーテイク数では全ドライバーで最多となる132回を記録し、2021年から新設されたオーバーテイク・アワードの最初の受賞者となった。

第12戦フランスGP前の会見ではチームとの話し合いを始めると明かしていたが、第13戦ハンガリーGP前の7月28日にInstagramのアカウントを開設したことが報じられ、自身のInstagramにて2022年限りで現役を引退すると発表した。

ベッテルは自動車関連の仕事をしている父ノルベルト (Norbert) と、その妻で専業主婦の母ハイケ (Heike) の間に生まれた。シュテファニー (Stephanie) とメラニー (Melanie) の2人の姉妹と、ファビアン (Fabian) という弟がいる4人兄弟である。幼い頃から車に関わる父を見ており、また、母ハイケが献身的にベッテルのカート練習をサポートしたため、自身の今のキャリアがあると後に語っている。

2006年4月にベッテルは高校を卒業した。ドイツの高校は最後に州統一高校卒業資格試験があり、これに合格できないと卒業ができない。成績は1.0から6.0の間の数字で付けられ、1.0から4.0までが合格(1.0が最高成績)、4.1以下は不合格である。高校卒業資格試験はF3レースの4日前だったが、ベッテルは2.8と言うまずまずの成績を取り、F3でも優勝した。この成績ならどこかの大学に行く事もできたが、レーサーとしてのキャリアを選び進学しなかった。

2009年、ベッテルはボーデン湖のほとりに農場を買い、2010年3月にそこに家を建てて引っ越した。ボーデン湖はドイツとスイスとオーストリアの国境にもなっているが、ベッテルの家はスイス側のノイムリ(Neumüli)と言う小さな町にある。ノイムリはケメンタル市(英語版)の付近であり、ボーデン湖の南西。

結婚相手にハンナ・プラター (Hanna Prater) がいるが、公私をはっきりと分けるスタイルを取っており、交際当初レッドブルのチームに紹介していなかった。チームも彼のポリシーを尊重した。

ハンナは非常に穏やかで控えめな性格と報道されており、マスコミを避け穏やかな生活を望んでいるとの見方が強い。2006年、ベッテルがまだグランプリウィークの金曜日だけ出走するBMWのテストドライバーだった頃、イタリアGPのパドックにハンナを連れて来た事があった。ベッテルとハンナが揃って公の場に現れたのはこの時だけで、それ以来サーキットに来た事はない。しかしレース後のインタビューでベッテルが「いつも応援してくれるハンナとハンナの両親にありがとうと言いたい」とのコメントを残したり、休暇先でパパラッチに何度か写真を撮られたことがある。2012年には2人でFCバルセロナの試合を観戦している姿が撮影された。

また、ハンナはドイツ人の父とイギリス人の母とのハーフで、ベッテルよりも1学年年下。同じヘッペンハイムの高校で学び、その後ナゴルト市 (Nagold) 内の大学でテキスタイルデザイナーを勉強をし、ベッテルの農場で一緒に暮らしながらファッション業界の仕事をしている。

2014年1月12日に長女エミリーが誕生。2015年にも子供が生まれているが、ベッテルは当時「子供は2人、結婚はしていない。これらはプライベート」とだけ話し詳細に語ることを控えていた。その後正式に2019年に挙式し、3人目の子供(男の子)が生まれた。

自分に与えられたF1マシンに女性の名前を付けることで知られている。理由については「マシンと密接な関係になることが重要なんだ。女性に対しては、男になるからね」と答えている。

    Julie(ジュリー) - 2008年に初優勝したトロ・ロッソ STR3。

    Kate(ケイト) - 2009年のレッドブル・RB5。

    Kate's Dirty Sister(ケイトのけがれた妹) - 2009年オーストラリアGPで大破した後に新調したRB5。

    Sexy Sadie(妖艶なセディ) - 2009年ドイツGP以降のRB5。

    Luscious Liz(官能的なリズ) - 2010年のレッドブル・RB6。

    Randy Mandy(淫乱なマンディ) - Luscious Lizが同年モナコGPで破損したのちに用意されたRB6。このシャシーで自身初のタイトルを獲得した。

    Kinky Kylie(変態カイリー) - 2011年のレッドブル・RB7。

    Abbey(アビィ) - 2012年のRB8。最初の候補は「Everybody's Wife(みんなの奥さん)」だった。

    Hungry Heidi(腹ぺこハイジ)- 2013年のRB9。

    Suzie(スージー)- 2014年のRB10。

    EVA(イヴ)- 2015年のフェラーリ・SF15-T。

    Margherita(マルゲリータ) - 2016年のSF16-H。

    Gina(ジーナ) - 2017年のSF70H。

    Loria(ローリア) - 2018年のSF71H。

    Lena(リーナ) - 2019年のSF90。

    Lucilla(ルキッラ) - 2020年のSF1000。 

    Honey Ryder (ハニー・ライダー) - 2021年のアストンマーティン・AMR21

    カート時代の恩師ゲルハルト・ノアックは、かつてミハエル・シューマッハを指導した人物でもある。ベッテルは少年時代からシューマッハと面識があった。後継者として「ベイビー・シューミ」と呼ばれたこともある。

    ドライバーのシンボルであるヘルメットのカラーデザインを毎戦変更していた(同じグランプリでの予選と決勝で変えたこともある)。2010年開幕時はレッドブル・エナジードリンクの缶をモチーフとし、成分表示やプルトップまで描き込んだ。2011年イギリスGPでは世話になっているメカニック達の顔写真をデザインした。

    多くのドライバーがマネージャーを雇っている中、マネージャーを雇っていない。チームとの契約交渉は自分で行っている。

    キミ・ライコネンはベッテルを「F1で一番いいヤツだ。ほかのドライバーとは、ほとんど連絡を取っていない。ベッテルとは、ときどきバドミントンをするんだよ。とにかく彼は、あの中で一番いいヤツだ」と語っている。

    BBCの自動車番組『トップ・ギア』第17シーズン3回目の放送で「Star in a Reasonably Priced Car」コーナーに出演。それまでF1ドライバー1位だったルーベンス・バリチェロの1分44秒3の記録をコンマ3秒上回る1分44秒0の最速記録を出した(当時)。

    イギリスの文化を好み、モンティ・パイソンや『リトル・ブリテン』のコメディ、ビートルズの音楽を楽しむ。ビートルズの初盤レコードを4000ドル(35万円)以上で購入したこともある。

    2012年8月発売メラニー・フィオナの「Watch Me Work」のミュージックビデオに出演している。

    2019年にオークションにて、ウィリアムズ・FW14Bのナンバー08シャーシを270万ポンド(約4億4000万円)で購入した。2022年イギリスグランプリでは所有者であるベッテル自らがデモランを行った。購入動機は「FW14Bには赤く5と書いてある。そのことに大きな意味がある。僕のカーナンバーも5番だ。レッドブルでの最初のワールドチャンピオン獲得時も、僕のマシンにはレッドファイブがついていた。この番号には何かしら関連するところがあるんだ」と述べている。

    F1公式動画で投稿された、2021年シーズンのレギュラードライバー達でF1歴代ドライバーズチャンピオンの名前を2020年から遡って回答していく企画で、計71人の歴代ドライバーズチャンピオンの名前を全て回答した。

    個人のSNSアカウントだが、2022年7月まで所持していない人物であった(一見オフィシャル風に見えるアカウントが存在するが、非公認のファンサイトである)。所持しない理由を「ソーシャルメディアのプラットフォームは、彼らが主張するものとはまったく正反対のものだ」「僕はコミュニケーションをとる必要はない。なぜ僕が今いる場所を人に教えなければならないのか理解できないんだ。そうしている人を批判する気はないし、誰もがやりたいことをやる自由があるが、僕はこの"レース"に加わるつもりはないよ。」と述べている。そのため、ベッテルがInstagramのアカウントを開設したという出来事だけで報じられるほどであった。なお、ベッテルの「SNSデビュー」となるInstagram初投稿は2022年限りの引退発表で、二重の意味でF1界隈に衝撃を与える内容だった。

    引退後も定期的にInstagramを更新しており、フォロワー数328万人の人気アカウントとしてファンからも好評を得ている。

    クロスオーバーSUVのインフィニティ・FX50には、V8エンジンで最高時速300kmに達する、世界150台限定生産のハイパフォーマンスモデル「セバスチャン・ベッテル・エディション」が存在した。

    鈴鹿サーキットはお気に入りのコースの一つとしており、初めて走った2009年以降、通算4勝、表彰台は8回という成績を残している。また、2019年日本GPの予選では1分27秒064を記録しコースレコードを更新した。

    カート時代の1995年からアライのヘルメットを使用しており、自身の最後の日本GPでは、ヘルメットが収まっていた段ボール箱と同様のデザインに「ありがとうアライ」の文字が刻まれたヘルメットで参戦した。

    2022年アブダビGP開催週の木曜日には、ドライバー全員参加による送別会が開かれた。ベッテルは、送別会の中でも環境問題や地球温暖化問題に言及していたことが伝えられた。

    所属していたトロロッソはベッテルが離脱した後も若手や新人ドライバーの採用を続けた。こうしたドライバーはしばしばマシンを破壊したが、ヘルムート・マルコは「クラッシュしないドライバーなどいない。セバスチャン(ベッテル)だって最初の頃はほとんど、1周目にノーズを壊して戻ってきた。それも、成長していく一過程だ」としてベッテルを引き合いに出しながら擁護した。

     : 現状の今シーズン順位。

    太字はポールポジション、斜字はファステストラップ。(key)

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    太字はポールポジション、斜字はファステストラップ。(key)

    最年少ポールポジション:21歳72日(2008年第14戦イタリアGP)

    最年少ポールトゥウィン:21歳73日(2008年第14戦イタリアGP)

    最年少ハットトリック:21歳353日(2009年8戦イギリスGP)

    最年少ドライバーズチャンピオン:23歳134日(2010年第19戦アブダビGP)

    最年少2年連続ドライバーズチャンピオン:24歳99日(2011年第15戦日本GP)

    最年少3年連続ドライバーズチャンピオン:25歳145日(2012年最終戦ブラジルGP)

    最年少4年連続ドライバーズチャンピオン:26歳116日(2013年第16戦インドGP)

    最年少完走:19歳349日(2007年第7戦アメリカGP)⇒ハイメ・アルグエルスアリ19歳125日(2009年第10戦ハンガリーGP)⇒マックス・フェルスタッペン17歳180日(2015年第2戦マレーシアGP)

    最年少入賞:19歳349日(2007年第7戦アメリカGP)⇒ダニール・クビアト19歳323日(2014年開幕戦オーストラリアGP)⇒マックス・フェルスタッペン17歳180日(2015年第2戦マレーシアGP)

    最年少ラップリーダー:20歳89日(2007年第15戦日本GP)⇒マックス・フェルスタッペン18歳227日(2016年第5戦スペインGP)

    最年少表彰台:21歳73日(2008年第14戦イタリアGP)⇒マックス・フェルスタッペン18歳227日(2016年第5戦スペインGP)

    最年少優勝:21歳73日(2008年第14戦イタリアGP)⇒マックス・フェルスタッペン18歳227日(2016年第5戦スペインGP)

    最年少グランドスラム:24歳119日(2011年第17戦インドGP)⇒マックス・フェルスタッペン23歳277日(2021年第9戦オーストリアGP)

    年間ポールポジション数:15回(2011年)

    年間表彰台回数 : 17回 (歴代1位タイ) - (2011年)にミハエル・シューマッハ(2002年)、ルイス・ハミルトン(2015年,2016年)とタイ記録樹立。

    初タイトル獲得から4連続ドライバーズチャンピオン

    連続優勝9回 2013年第11戦ベルギーGP〜2013年最終戦ブラジルGPにかけて記録。⇒マックス・フェルスタッペン(2023年第5戦マイアミGP〜2023年第15戦イタリアGPの連続優勝10回)に記録更新された。

    太字はポールポジション、斜字はファステストラップ。(key)

     : リタイアだが、90%以上の距離を走行したため規定により完走扱い。

    決勝順位右上の小数字はスプリント予選・スプリントレースでの順位。

     : ハーフポイント。レース周回数が75%未満で終了したため、得点が半分となる。

    ^ “ベッテル、F1引退後は「子どもたちとの時間を楽しんでいる」その一方で競争と緊張感への懐かしさも明かす”. autosport web. (2023年5月17日). https://www.as-web.jp/f1/942156?all 2024年3月15日閲覧。 

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    ^ エンジンの回転数をあげずにシフトチェンジすること。このとき彼のマシンは2速と3速にトラブルを抱えていた

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    ^ 単純に「獲得ポイント÷レース数」で平均値を求めた場合、2018年は15.23ポイントだが、2017年は15.85ポイントとなるため、理論上下がったこととなる。

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    ^ 年間占拠率で換算すると19戦15回で78.9%、1992年のナイジェル・マンセルは16戦中14回で87.5%となり、この場合は未だマンセルの記録は破られていない。

      公式ウェブサイト - 英語・ドイツ語 (ドイツ語)

      Sebastian Vettel (@sebastianvettel) - Instagram

      Sebastian Vettel - Formula 1 (英語)

      ルクセンブルクの旗 マイク・クラック (チーム代表)

      カナダの旗 ローレンス・ストロール (チーム創設者 / 共同オーナー / アストンマーティン・ラゴンダ取締役会会長)

      イギリスの旗 マーティン・ウィットマーシュ (AMPTグループCEO)

      イギリスの旗 アンドリュー・グリーン (AMPTグループCTO)

      イギリスの旗 ボブ・ベル (エグゼクティブディレクター)

      イギリスの旗 ダン・ファロウズ (テクニカルディレクター)

      フランスの旗 エリック・ブランディン (副テクニカルディレクター)

      イギリスの旗 トム・マッカロー(英語版) (パフォーマンスディレクター)

      イタリアの旗イギリスの旗 ルカ・フルバット (エンジニアリングディレクター)

      日本の旗 羽下晃生 (チーフデザイナー)

      イギリスの旗 アンディ・スティーブンソン(英語版) (スポーティングディレクター)

      日本の旗 松崎淳 (チーフタイヤエンジニア)

      アメリカ合衆国の旗 オトマー・サフナウアー

      イギリスの旗 マット・ビショップ(英語版)

      カナダの旗 ランス・ストロール

      スペインの旗 フェルナンド・アロンソ

      ドイツの旗 ニコ・ヒュルケンベルグ

      ドイツの旗 セバスチャン・ベッテル

      AMR21

      AMR22

      AMR23

      AMR24

      サウジアラムコ

      コグニザント(英語版)

      ヒューゴ・ボス

      バルボリン

      NexGen

      Velocity Black

      シティグループ

      SentinelOne(英語版)

      ジュニパーネットワークス

      Banco Master

      JCバンフォード (JCB)

      ネットアップ

      AvaTrade(スペイン語版)

      ServiceNow

      リージェント・セブン・シーズ・クルーズ

      ジラール・ペルゴ

      EPOS(英語版)

      ボンバルディア

      Globe-Trotter(英語版)

      ウルフギャング・パック

      ピレリ

      フィナンシャル・タイムズ

      TikTok

      イギリスの旗 アストンマーティン・ラゴンダ

      イギリスの旗 AMR GP

      イギリスの旗 アストンマーティン・パフォーマンス・テクノロジーズ (AMPT)

      イギリスの旗 デイビッド・ブラウン

      イギリスの旗 テッド・カッティング(英語版)

      イギリスの旗 ロイ・サルヴァドーリ(英語版)

      アメリカ合衆国の旗 キャロル・シェルビー

      フランスの旗 モーリス・トランティニアン

      DBR4(英語版)

      DBR5

      イギリスの旗 アストンマーティン

      イギリスの旗 デイビッド・ブラウン・リミテッド(英語版)

      ドイツの旗 マリオ・タイセン

      スイスの旗 ペーター・ザウバー

      ドイツの旗 ウィリー・ランプ

      ドイツの旗 アンドレアス・ザイドル

      フランスの旗 ピエール・ワシェ

      ドイツの旗 ニック・ハイドフェルド

      カナダの旗 ジャック・ヴィルヌーヴ

      ポーランドの旗 ロバート・クビサ

      ドイツの旗 セバスチャン・ベッテル

      ドイツの旗 ティモ・グロック

      エストニアの旗 マルコ・アスマー

      オーストリアの旗 クリスチャン・クリエン

      F1.06

      F1.07

      F1.08

      F1.09

      O2(英語版)

      クレディ・スイス

      ペトロナス

      インテル

      T-モバイル

      プーマ

      デル

      サーチナ

      ドイツの旗 BMW

      スイスの旗 ザウバー・モータースポーツAG

      フランスの旗 ローラン・メキース (代表)

      スイスの旗 ピーター・バイエル (CEO)

      オーストリアの旗 ヘルムート・マルコ (最高顧問)

      ドイツの旗 オリバー・ミンツラフ(英語版) (レッドブルGmbH)

      イギリスの旗 ティム・ゴス

      イギリスの旗 ジョディ・エギントン

      不明の旗 ギヨーム・カッテラーニ

      イギリスの旗 ジョナサン・エドルズ

      イギリスの旗 アンディ・ル・フレミング

      カナダの旗 トリグベ・ランゲン

      不明の旗 マルコ・ペローネ

      フランスの旗 ギヨーム・デゾトゥー

      不明の旗 パオロ・マラビーニ

      不明の旗 ディコン・バルムフォース

      不明の旗 ピート・マシン

      イギリスの旗 アラン・パーメイン

      日本の旗 折原伸太郎 (HRC)

      オーストリアの旗 ディートリヒ・マテシッツ (創業者)

      オーストリアの旗 ゲルハルト・ベルガー

      オーストリアの旗 フランツ・トスト

      イタリアの旗 ガブルエル・トレドッツィ

      イギリスの旗 ロブ・テイラー

      イタリアの旗 マッシモ・リボラ

      イタリアの旗 ジョルジオ・アスカネッリ

      イタリアの旗 ルカ・フルバット

      イタリアの旗 ジャンフランコ・ファントッツィ

      イタリアの旗 サンドロ・パローニ

      ドイツの旗 アレックス・ヒッチンガー

      イギリスの旗 ジョン・ブース

      イギリスの旗 ジェームス・キー

      イタリアの旗 グラハム・ワトソン

      日本の旗 田辺豊治 (ホンダF1)

      イギリスの旗 スティーブ・ニールセン

      日本の旗 本橋正充 (HRC)

      日本の旗 角田裕毅

      オーストラリアの旗 ダニエル・リカルド

      アメリカ合衆国の旗 スコット・スピード

      イタリアの旗 ヴィタントニオ・リウッツィ

      ドイツの旗 セバスチャン・ベッテル

      フランスの旗 セバスチャン・ボーデ

      スイスの旗 セバスチャン・ブエミ

      スペインの旗 ハイメ・アルグエルスアリ

      フランスの旗 ジャン=エリック・ベルニュ

      オランダの旗 マックス・フェルスタッペン

      スペインの旗 カルロス・サインツJr.

      ニュージーランドの旗 ブレンドン・ハートレイ

      タイ王国の旗 アレクサンダー・アルボン

      ロシアの旗 ダニール・クビアト

      フランスの旗 ピエール・ガスリー

      オランダの旗 ニック・デ・フリース

      ニュージーランドの旗 リアム・ローソン

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      AT03

      AT04

      VCARB 01

      オーストリアの旗 レッドブルGmbH

      オーストリアの旗 レッドブル・レーシング

      イギリスの旗 レッドブル・テクノロジー

      イギリスの旗 レッドブル・レーシング・ホールディングス

      イギリスの旗 レッドブル・アドバンスド・テクノロジーズ

      イギリスの旗 レッドブル・パワートレインズ

      オーストリアの旗 Wings for Life(ドイツ語版)

      日本の旗 ホンダ・レーシング

        PU技術支援

        レッドブル

        ビザ

        キャッシュアップ(英語版)

        オーレン

        ホンダ

        ヒューゴ・ボス

        チューダー・ウォッチ(英語版)

        NEFTウォッカ

        XMTRADING

        ランスタッド・イタリア

        ピレリ

        Epicor(英語版)

        RAVENOL

        Piquadro

        P448

        リーデル

        シーメンス

        Cepsa(英語版)

        AlphaTauri(英語版)

        オーストリアの旗 ディートリヒ・マテシッツ

        オーストリアの旗 ヘルムート・マルコ

        ドイツの旗 オリバー・ミンツラフ(英語版) (CEO)

        イギリスの旗 クリスチャン・ホーナー (代表)

        イギリスの旗 エイドリアン・ニューウェイ (CTO)

        フランスの旗 ピエール・ワシェ (テクニカルディレクター)

        フランスの旗 ポール・モナハン

        イギリスの旗 ベン・ホジキンソン (RBPT)

        日本の旗 折原伸太郎 (HRC)

        オーストリアの旗 ディートリヒ・マテシッツ

        オーストリアの旗 ゲルハルト・ベルガー

        オーストリアの旗 ダニー・バハール (2004年 - 2007年:ディレクター)

        イギリスの旗 エイドリアン・ニューウェイ (2010年 - 2017年 (2005年以降CTO))

        イギリスの旗 ジェフ・ウィリス

        イギリスの旗 マーク・スミス

        イタリアの旗アメリカ合衆国の旗 ギュンター・シュタイナー

        フランスの旗 ピエール・ワシェ

        イギリスの旗 マーク・エリス

        イギリスの旗 クリス・ハモンド (Vehicle Science)

        イギリスの旗 マーク・ギラン

        フランスの旗 エリック・ブランディン

        イギリスの旗 ダン・ファロウズ

        イギリスの旗 ベン・アガザンジェロウ

        アメリカ合衆国の旗 マーク・ハンフォード

        イギリスの旗 ダレン・デイビス

        日本の旗 田辺豊治 (ホンダF1)

        ドイツの旗 アレックス・ヒッチンガー

        日本の旗 本橋正充 (HRC)

        イギリスの旗 デビッド・ピッチフォース

        イギリスの旗 トニー・パーネル (Pi)

        イギリスの旗 ジョージ・レンドラム (Pi)

        イギリスの旗 イアン・ポコック (Pi)

        イギリスの旗 ロブ・テイラー

        イギリスの旗 アンドリュー・グリーン

        イギリスの旗 マーク・スミス

        イギリスの旗 ニック・ヘイズ

        イギリスの旗 クリス・ハモンド (Vehicle Science)

        イギリスの旗 ジェリー・ヒューズ

        日本の旗 山本雅史

        オランダの旗 マックス・フェルスタッペン

        メキシコの旗 セルジオ・ペレス

        イタリアの旗 ヴィタントニオ・リウッツィ

        オーストリアの旗 クリスチャン・クリエン

        オランダの旗 ロバート・ドーンボス

        イギリスの旗 デビッド・クルサード

        オーストラリアの旗 マーク・ウェバー

        ドイツの旗 セバスチャン・ベッテル

        ロシアの旗 ダニール・クビアト

        オーストラリアの旗 ダニエル・リカルド

        フランスの旗 ピエール・ガスリー

        タイ王国の旗 アレクサンダー・アルボン

        RB1

        RB2

        RB3

        RB4

        RB5

        RB6

        RB7

        RB8

        RB9

        RB10

        RB11

        RB12

        RB13

        RB14

        RB15

        RB16

        RB16B

        RB18

        RB19

        RB20

        AM-RB 001 (ヴァルキリー)

        RB17

        オーストリアの旗 レッドブルGmbH

        イギリスの旗 レッドブル・テクノロジー

        イギリスの旗 レッドブル・レーシング・ホールディング

          2004年 - 2006年

          イギリスの旗 レッドブル・アドバンスド・テクノロジーズ

          イギリスの旗 レッドブル・パワートレインズ

          オーストリアの旗 Wings for Life(ドイツ語版)

          オーストリアの旗 ハンガー7

          イタリアの旗 レーシング・ブルズ

            旧トロ・ロッソ、旧スクーデリア・アルファタウリ

            日本の旗 ホンダ・レーシング

              協力

              オラクル

              タグ・ホイヤー

              Rokt

              Telcel

              エクソンモービル

                モービル1/エッソ

                Bybit

                ホンダ

                  HRC

                  Claro(英語版)

                  Mysten Labs

                    Sui

                    Castore(英語版)

                    ラウチ

                    HPエンタープライズ

                      Poly

                      ハードロックカフェ

                      Blenders

                      エナジャイザー

                        Armor All

                        VISA

                        CDW(英語版)

                        ハイネケン

                        Arctic Wolf Networks(英語版)

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                          シーメンス

                          スパルコ

                          ピレリ

                          DMG森精機

                          Athletic Propulsion Labs

                          ヘキサゴン

                          ニューエラ

                          Built for Athletes

                          PWR

                          Patrón(英語版)

                          ANSYS

                          Gold Standard(英語版)

                          インフィニティ

                          アストンマーティン

                          X2010

                          X2011

                          X2014

                          X2019

                          フランスの旗 フレデリック・バスール (チーム代表)

                          イタリアの旗 ジョン・エルカーン (フェラーリ会長 / エクソールCEO / ステランティス会長)

                          イタリアの旗 ピエロ・ラルディ・フェラーリ (フェラーリ副会長)

                          イタリアの旗 ベネデット・ヴィーニャ(英語版) (フェラーリCEO)

                          イタリアの旗 ディエゴ・イオベルノ(英語版) (スポーティングディレクター)

                          フランスの旗 ロイック・セラ(英語版) (車体開発責任者)

                          フランスの旗 ロイック・ビゴワ (チーフエアロダイナミシスト)

                          イギリスの旗 ラビン・ジェイン (ストラテジーディレクター)

                          イギリスの旗 ジョック・クリア (FDAコーチ)

                          南アフリカ共和国の旗 ロリー・バーン (開発アドバイザー)

                          スペインの旗 イニャキ・ルエダ(英語版) (前ストラテジーディレクター)

                          モナコの旗 シャルル・ルクレール

                          スペインの旗 カルロス・サインツJr.

                          125F1

                          275F1

                          340F1

                          375F1

                          500F2

                          553F1

                          625F1

                          555F1

                          D50

                          801F1

                          246F1

                          256F1

                          156F1

                          158F1

                          1512F1

                          312F1

                          312B

                          312B2

                          312B3

                          312T

                          312T2

                          312T3

                          312T4

                          312T5

                          126CK

                          126C2

                          126C2B

                          126C3

                          126C4

                          126C4M

                          126C4M2

                          156/85

                          F186

                          F187

                          F187/88C

                          639

                          640

                          641

                          641/2

                          642

                          643

                          F92A

                          F93A

                          412T1

                          412T1B

                          412T2

                          F310

                          F310B

                          F300

                          F399

                          F1-2000

                          F2001

                          F2001B

                          F2002

                          F2002B

                          F2003-GA

                          F2004

                          F2004M

                          F2005

                          248F1

                          F2007

                          F2008

                          F60

                          F10

                          150°イタリア

                          F2012

                          F138

                          F14 T

                          SF15-T

                          SF16-H

                          SF70H

                          SF71H

                          SF90

                          SF1000

                          SF21

                          F1-75

                          SF-23

                          SF-24

                          HP Inc.

                          シェル

                          VGW PLAY

                          サンタンデール銀行

                          プーマ

                          DXCテクノロジー

                          ペローニ

                          Amazon Web Services

                          リシャール・ミル

                          フィリップモリス

                          CEVA Logistics

                          BitDefender

                          ジェネシス

                          レイバン

                          Z Capital Group

                          HCL Software

                          Palantir

                          Celsius

                          OMR

                          ハーマン・インターナショナル

                          バング&オルフセン

                          Ecopol

                          VistaJet

                          Riva

                          SKF

                          ピレリ

                          Bell Racing Helmets

                          ブレンボ

                          アルマーニ

                          マンパワーグループ

                          イヴェコ

                          日本特殊陶業

                            NGK

                            Garrett Motion

                            Riedel Communications

                            オーリンズ

                            Sabelt

                            イタリアの旗 フェラーリ

                            オランダの旗 エクソール(オランダの旗 ステランティス

                            イタリアの旗 フィアット)

                            イタリアの旗 フェラーリ・ドライバー・アカデミー (FDA)

                            過去のチーム関係者

                            イタリアの旗 エンツォ・フェラーリ

                            イタリアの旗 エンツォ・フェラーリ

                            イタリアの旗 マウロ・フォルギエリ

                            イタリアの旗 ルカ・ディ・モンテゼーモロ

                            イタリアの旗 マルコ・ピッチニーニ(英語版)

                            イタリアの旗 チェーザレ・フィオリオ

                            イタリアの旗 クラウディオ・ロンバルディ(英語版)

                            フランスの旗 ジャン・トッド

                            イタリアの旗 ステファノ・ドメニカリ

                            イタリアの旗 マルコ・マティアッチ

                            イタリアの旗 セルジオ・マルキオンネ

                            イタリアの旗 マウリツィオ・アリバベーネ

                            イタリアの旗 マッティア・ビノット

                            イタリアの旗 ジョアッキーノ・コロンボ

                            イタリアの旗 アウレリオ・ランプレディ

                            イタリアの旗 ヴィットリオ・ヤーノ

                            イタリアの旗 カルロ・キティ

                            イタリアの旗 マウロ・フォルギエリ

                            イタリアの旗 ジャコモ・カリーリ

                            イタリアの旗 ダニエル・オーデット

                            イギリスの旗 ハーベイ・ポスルスウェイト

                            イタリアの旗 ジョルジオ・アスカネッリ

                            オーストリアの旗 グスタフ・ブルナー

                            イギリスの旗 ジョン・バーナード

                            フランスの旗 アンリ・デュラン

                            オーストラリアの旗 ピーター・ウィンザー(英語版)

                            アルゼンチンの旗 エンリケ・スカラブローニ

                            アメリカ合衆国の旗 スティーブ・ニコルズ

                            フランスの旗 ジャン=クロード・ミジョー

                            イギリスの旗 ナイジェル・ステップニー

                            フランスの旗 ジル・シモン

                            日本の旗 後藤治

                            イギリスの旗 ロス・ブラウン

                            イタリアの旗 ルカ・バルディッセリ

                            イタリアの旗 パオロ・マルティネッリ

                            イタリアの旗 アルド・コスタ

                            イタリアの旗 ルカ・マルモリーニ

                            ギリシャの旗 ニコラス・トンバジス

                            イタリアの旗 ロレンツォ・サッシ

                            オーストラリアの旗 クリス・ダイヤー(英語版)

                            イギリスの旗 ジェイムズ・アリソン

                            ポーランドの旗 マルシン・ブドコウスキー

                            イタリアの旗 シモーネ・レスタ(英語版)

                            イタリアの旗 マリオ・アルモンド

                            イギリスの旗 パット・フライ

                            日本の旗 浜島裕英

                            フランスの旗 ローラン・メキース

                            イタリアの旗 エンリコ・カルディーレ(英語版)

                            イタリアの旗 アルベルト・アスカリ

                            イタリアの旗 ジュゼッペ・ファリーナ

                            アルゼンチンの旗 ホセ・フロイラン・ゴンザレス

                            イタリアの旗 ピエロ・タルッフィ

                            イギリスの旗 マイク・ホーソーン

                            フランスの旗 モーリス・トランティニアン

                            アルゼンチンの旗 ファン・マヌエル・ファンジオ

                            スペインの旗 アルフォンソ・デ・ポルターゴ

                            イタリアの旗 ルイジ・ムッソ

                            イギリスの旗 ピーター・コリンズ

                            イギリスの旗 トニー・ブルックス

                            アメリカ合衆国の旗 フィル・ヒル

                            西ドイツの旗 ヴォルフガング・フォン・トリップス

                            アメリカ合衆国の旗 リッチー・ギンサー

                            イタリアの旗 ジャンカルロ・バゲッティ

                            イギリスの旗 ジョン・サーティース

                            イタリアの旗 ロレンツォ・バンディーニ

                            メキシコの旗 ペドロ・ロドリゲス

                            イタリアの旗 ルドヴィコ・スカルフィオッティ

                            ニュージーランドの旗 クリス・エイモン

                            ベルギーの旗 ジャッキー・イクス

                            イギリスの旗 デレック・ベル

                            スイスの旗 クレイ・レガツォーニ

                            アメリカ合衆国の旗 マリオ・アンドレッティ

                            イタリアの旗 アルトゥーロ・メルツァリオ

                            オーストリアの旗 ニキ・ラウダ

                            アルゼンチンの旗 カルロス・ロイテマン

                            カナダの旗 ジル・ヴィルヌーヴ

                            南アフリカの旗 ジョディー・シェクター

                            フランスの旗 ディディエ・ピローニ

                            フランスの旗 パトリック・タンベイ

                            フランスの旗 ルネ・アルヌー

                            イタリアの旗 ミケーレ・アルボレート

                            スウェーデンの旗 ステファン・ヨハンソン

                            オーストリアの旗 ゲルハルト・ベルガー

                            イギリスの旗 ナイジェル・マンセル

                            フランスの旗 アラン・プロスト

                            フランスの旗 ジャン・アレジ

                            イタリアの旗 ジャンニ・モルビデリ

                            イタリアの旗 イヴァン・カペリ

                            イタリアの旗 ニコラ・ラリーニ

                            ドイツの旗 ミハエル・シューマッハ

                            イギリスの旗 エディ・アーバイン

                            フィンランドの旗 ミカ・サロ

                            ブラジルの旗 ルーベンス・バリチェロ

                            ブラジルの旗 フェリペ・マッサ

                            フィンランドの旗 キミ・ライコネン

                            イタリアの旗 ルカ・バドエル

                            イタリアの旗 ジャンカルロ・フィジケラ

                            スペインの旗 フェルナンド・アロンソ

                            ドイツの旗 セバスチャン・ベッテル

                            スポーツカーレース

                            1950  G.ファリーナ 1951  J.M.ファンジオ 1952  A.アスカリ 1953  A.アスカリ 1954  J.M.ファンジオ 1955  J.M.ファンジオ 1956  J.M.ファンジオ 1957  J.M.ファンジオ 1958  M.ホーソーン 1959  J.ブラバム

                            1960  J.ブラバム 1961  P.ヒル 1962  G.ヒル 1963  J.クラーク 1964  J.サーティース 1965  J.クラーク 1966  J.ブラバム 1967  D.ハルム 1968  G.ヒル 1969  J.スチュワート

                            1970  J.リント 1971  J.スチュワート 1972  E.フィッティパルディ 1973  J.スチュワート 1974  E.フィッティパルディ 1975  N.ラウダ 1976  J.ハント 1977  N.ラウダ 1978  M.アンドレッティ 1979  J.シェクター

                            1980  A.ジョーンズ 1981  N.ピケ 1982  K.ロズベルグ 1983  N.ピケ 1984  N.ラウダ 1985  A.プロスト 1986  A.プロスト 1987  N.ピケ 1988  A.セナ 1989  A.プロスト

                            1990  A.セナ 1991  A.セナ 1992  N.マンセル 1993  A.プロスト 1994  M.シューマッハ 1995  M.シューマッハ 1996  D.ヒル 1997  J.ヴィルヌーヴ 1998  M.ハッキネン 1999  M.ハッキネン

                            2000  M.シューマッハ 2001  M.シューマッハ 2002  M.シューマッハ 2003  M.シューマッハ 2004  M.シューマッハ 2005  F.アロンソ 2006  F.アロンソ 2007  K.ライコネン 2008  L.ハミルトン 2009  J.バトン

                            2010  S.ベッテル 2011  S.ベッテル 2012  S.ベッテル 2013  S.ベッテル 2014  L.ハミルトン 2015  L.ハミルトン 2016  N.ロズベルグ 2017  L.ハミルトン 2018  L.ハミルトン 2019  L.ハミルトン

                            2020  L.ハミルトン 2021  M.フェルスタッペン 2022  M.フェルスタッペン 2023  M.フェルスタッペン

                            2000:アメリカ合衆国の旗 タイガー・ウッズ

                            2001:アメリカ合衆国の旗 タイガー・ウッズ

                            2002:ドイツの旗 ミハエル・シューマッハ

                            2003:アメリカ合衆国の旗 ランス・アームストロング*

                            2004:ドイツの旗 ミハエル・シューマッハ

                            2005:スイスの旗 ロジャー・フェデラー

                            2006:スイスの旗 ロジャー・フェデラー

                            2007:スイスの旗 ロジャー・フェデラー

                            2008:スイスの旗 ロジャー・フェデラー

                            2009:ジャマイカの旗 ウサイン・ボルト

                            2010:ジャマイカの旗 ウサイン・ボルト

                            2011:スペインの旗 ラファエル・ナダル

                            2012:セルビアの旗 ノバク・ジョコビッチ

                            2013:ジャマイカの旗 ウサイン・ボルト

                            2014:ドイツの旗 セバスチャン・ベッテル

                            2015:セルビアの旗 ノバク・ジョコビッチ

                            2016:セルビアの旗 ノバク・ジョコビッチ

                            2017:ジャマイカの旗 ウサイン・ボルト

                            2018:スイスの旗 ロジャー・フェデラー

                            2019:セルビアの旗 ノバク・ジョコビッチ

                            2020:イギリスの旗 ルイス・ハミルトン・アルゼンチンの旗 リオネル・メッシ

                            2021:スペインの旗 ラファエル・ナダル

                            2022:オランダの旗 マックス・フェルスタッペン

                            2023:アルゼンチンの旗 リオネル・メッシ

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                            イタリア

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                            ドイッチェ・ビオグラフィー

                            ドイツのF1ドライバー

                            アストンマーティンのF1ドライバー

                            フェラーリのF1ドライバー

                            レッドブルのF1ドライバー

                            トロ・ロッソのF1ドライバー

                            BMWザウバーのF1ドライバー

                            フォーミュラV8 3.5のドライバー

                            ユーロF3のドライバー

                            マカオグランプリのドライバー

                            ヘッセン州出身の人物

                            1987年生

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                            ドイツの環境活動家

                            ジルバーネス・ロールベアブラット受賞者

                            ローレウス世界スポーツ賞受賞者

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2024/07/22 12:33更新

Sebastian Vettel


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セバスチャン=サルガド(Sebastiao Salgado)
1944年2月8日生まれの有名人 出身

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セバスチャン=ローブ(Sebastien Loeb)
1974年2月26日生まれの有名人 出身

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セバスチャン=イザンバール(Sebastien Izambard)
1973年3月7日生まれの有名人 出身

セバスチャン・イザンバール(Sébastien Izambard、1973年3月7日 - )はフランスの歌手。クラシカル・クロスオーバーのヴォーカル・グループIL DIVOのメンバーでテノール(vox…

ファン=セバスチャン=ベロン(Juan Sebastian Veron)
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フアン・セバスティアン・ベロン(Juan Sebastián Verón、1975年3月9日 - )は、アルゼンチン・ブエノスアイレス州・ラ・プラタ出身のサッカー選手。アルゼンチン代表であった。 通…

ニコラ=アルネカ(Nicolas Sebastian Anelka)
1979年3月14日生まれの有名人 出身

3月14日生まれwiki情報なし(2024/07/26 21:31時点)

ヨハン=セバスチャン=バッハ(Johann Sebastian Bach)
1685年3月21日生まれの有名人 出身

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セバスチャン=バック(Sebastian Bach)
1968年4月3日生まれの有名人 出身

セバスチャン・バック(Sebastian Bach、1968年4月3日-) はバハマ生まれのソロのヘヴィメタルミュージシャンで、並行して俳優としても活動している。通称バズ。スキッド・ロウの初期ラインナ…

セバスチャン=エラール(Sebastien Erard)
1752年4月5日生まれの有名人 出身

セバスチャン・エラール(Sébastien Érard、1752年4月5日 - 1831年8月5日)は、フランスのピアノ製造技師であり、ピアノメーカー、エラール社の創始者である。 1752年、フラ…

ドロシー=セバスチャン(Dorothy Sebastian)
1903年4月26日生まれの有名人 出身

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エレン=ベーカー(Ellen Louise Baker)
1953年4月27日生まれの有名人 出身

エレン・ベーカー(Ellen Baker)は、東京書籍が発行する日本の小学校・中学校用英語教科書『NEW HORIZON』の平成28年(2016年)〜令和6年(2024年)度版において登場する外国語指…

セバスチャン=アミエ(Sebastien Amiez)
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ルイ=セバスチャン=ルノルマン(Louis-Sebastien Lenormand)
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セバスチャン=ベッテル
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