一原有徳の情報(いちはらありのり) 版画家 芸能人・有名人Wiki検索[誕生日、年齢、出身地、星座]
一原 有徳さんについて調べます
■名前・氏名 |
一原有徳の情報まとめ
一原 有徳(いちはら ありのり)さんの誕生日は1910年8月23日です。徳島出身の版画家のようです。
2010年に亡くなられているようです。
一原有徳のプロフィール Wikipedia(ウィキペディア)一原 有徳(いちはら ありのり、1910年8月23日 - 2010年10月1日)は、北海道小樽市に居住していた版画家。モノタイプ手法を用いた特異な作風で、国際的にも名高い。また、俳人・登山家としても知られる。 1910年、徳島県那賀郡平島村(現阿南市)に生まれる。 1913年、北海道虻田郡真狩村に移住。 1923年、北海道通信社入社に伴い、小樽市に移住。 1927年、小樽高等実修商科学校(夜間)に約五年間修学。1927年郵政省小樽貯金支局に事務員として入局し、以後43年間勤務。1928年頃から俳句の制作を始める。 1944年、札幌市月寒の大砲隊小隊に入隊。 1951年、この頃から油絵を始め、後に版画に転じる。 1960年、土方定一の知遇を得て、その推薦で東京画廊個展でデビュー。 1970年、郵政省小樽地方貯金局を定年退職。以後創作に専念。文芸同人誌「楡」に発表した小説『乙部岳』が太宰治賞候補となる。 1979年、北海道現代美術展優秀賞受賞。 1980年、小樽市教育文化功労賞受賞。 1988年、神奈川県立近代美術館(別館)で、回顧展「現代版画の鬼才 一原有徳の世界」を開催。 1990年、北海道文化賞受賞。 1998年、徳島県立近代美術館・北海道立近代美術館で、回顧展「一原有徳・版の世界」を開催。 2010年10月1日、老衰のため小樽市内の病院で死去。100歳没。 2011年、小樽美術館に一原有徳記念ホールがオープンする。 『一原有徳作品集』(現代企画室、1989年) 光岡幸治『ミュージアム新書28 一原有徳 ―版の冒険』(北海道新聞社、2010年) ^ 一原有徳氏=版画家 : おくやみ : 社会 : YOMIURI ONLINE(読売新聞) 一原有徳(東文研アーカイブ) 市立小樽美術館 一原有徳記念ホール - 小樽市 一原有徳 1910-2010(神奈川県立近代美術館) FAST ISNI VIAF WorldCat ドイツ アメリカ 日本 この項目は、文人(小説家・詩人・歌人・俳人・著作家・作詞家・脚本家・作家・劇作家・放送作家・随筆家/コラムニスト・文芸評論家)に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(P:文学/PJ作家)。 20世紀日本の版画家 20世紀日本の俳人 21世紀日本の俳人 20世紀日本の登山家 日本の総務官僚 徳島県出身の人物 日本のセンテナリアン 1910年生 2010年没 2024/11/19 22:41更新
|
ichihara arinori
一原有徳と同じ誕生日8月23日生まれ、同じ徳島出身の人
TOPニュース
一原有徳と近い名前の人
話題のアホネイター
この記事は、クリエイティブ・コモンズ・表示・継承ライセンス3.0のもとで公表されたウィキペディアの項目「一原有徳」を素材として二次利用しています。