栃天晃正嵩の情報(とちてんこうまさたか) 相撲 芸能人・有名人Wiki検索[誕生日、年齢、出身地、星座]


栃天晃 正嵩さんについて調べます
■名前・氏名 |
栃天晃正嵩の情報まとめ

栃天晃 正嵩(とちてんこう まさたか)さんの誕生日は1967年2月19日です。群馬出身の相撲のようです。

趣味、卒業、引退、現在に関する情報もありますね。栃天晃正嵩の現在の年齢は58歳のようです。
栃天晃正嵩のプロフィール Wikipedia(ウィキペディア)栃天晃 正嵩(とちてんこう まさたか、1967年2月19日 - )は、群馬県高崎市出身の元大相撲力士。現役時代は、春日野部屋に所属した。本名は島方 守(しまかた まもる)。現役当時の体格は180cm、152kg。得意手は右四つ、寄り、上手投げ、叩き込み、食い下がり。血液型はB型。趣味は睡眠と酒。自己最高位は東十両4枚目(1993年9月場所)。 中学時代は柔道の道場に通っていたが、相撲の大会にも駆出されることが多く、群馬県大会で優勝し全国大会に出場するなど活躍した。知人の紹介で中学卒業と同時に春日野部屋に入門。1982年3月場所で初土俵を踏んだ。 以降、順調に番付を上げて行き、初土俵から3年半たった1985年9月場所で幕下に昇進。1990年5月場所では幕下唯一の6戦全勝としたが、幕下優勝のかかった7番相撲で星違いの琴の若に敗れ、1敗力士8人による決定戦の末、優勝を逃した(優勝は林)。幕下上位で苦労したものの1991年1月場所で新十両に昇進。以後十両と幕下との往復はあったが、1993年9月場所では自己最高位となる東十両4枚目まで番付を上げた。新入幕の期待もあったが序盤から星が伸びず、後半やや持ち直したものの結局6勝9敗と負け越してしまい入幕はならなかった。1996年7月場所、西幕下3枚目で6勝1敗の星を残し十両復帰を決めた。尚、同場所では幕下で6戦全勝の広瀬山と大日ノ出が13日目、7番相撲で共に敗れた(2人は同部屋のため、6戦全勝同士の直接対決が組まれず双方星違いの力士に敗れた)ため、2度目の幕下優勝決定戦出場を果たした(準決勝で同部屋の後藤に敗れ、優勝は金作)。翌1996年9月場所、十両に復帰したものの1勝14敗と大敗を喫し、一場所で幕下に逆戻りし、陥落した場所は一気に幕下の二ケタ台まで番付を落とし、後述のように幕下上位まで番付を戻した場所もあったが以後十両復帰は果たせなかった。2000年11月場所後には若者頭転身を打診されたが、現役にこだわりたいとの理由から辞退した(若者頭には弟弟子の元前頭11・栃乃藤が就任した)。2002年7月場所では西幕下4枚目で6番相撲を終えて3勝3敗とし千秋楽の7番相撲に勝てば十両復帰が濃厚であったが、十両琴冠佑とのベテラン対決に敗れ復帰はならなかった。以降は体力の衰えにより、立ってすぐ叩く相撲が多くなり、2007年には三段目に陥落したが、41歳となった翌年に幕下に復帰した。 2007年11月28日、元三段目で戦後の年長記録を更新してきた一ノ矢が引退したことにより角界最年長力士になった。 2008年3月場所は、現役在位157場所目に当たり、元小結・大潮の記録を抜き史上1位の記録保持者となった。 また、幕下在位は100場所を超え、相撲教習所の指導員を長く務め新弟子たちを熱心に指導した。 2010年1月場所では42歳の現役最年長ながら三段目の地位で12日目までに6戦全勝と好成績を挙げ、優勝決定戦まであと1勝としていたが13日目の七番相撲で敗れ、史上最年長での各段優勝を逃した。3月場所でも5勝2敗と勝ち越し、5月場所で戦後最高齢となる43歳2ヵ月での幕下復帰を果たしたが、その幕下に復帰した場所が最後の勝ち越し場所となった。 三段目下位にあった2011年1月場所で途中休場し負け越したため、翌5月技量審査場所の順席にて関取昇進後初の序二段へ陥落(1984年3月場所以来、162場所ぶり)、同場所限りで引退した。 また、蔵前国技館での本場所を経験した最後の現役力士でもあったが、栃天晃の引退によって蔵前国技館での本場所を経験した現役力士は一人もいなくなった。 現在は、栃木県内の飲食店に勤務しているという。 新十両昇進を果たす前年、先代師匠(元横綱・栃錦)が逝去、結果的に先代の一周忌を前に関取昇進を果たしたが、本人は昇進時のインタビューで「先代に関取の晴れ姿を見せてあげたかった」と話していた。 入門した時の師匠は元横綱・栃錦、その後元横綱・栃ノ海、元関脇・栃乃和歌と3代の師匠に仕え、29年間現役を務めた。また、栃錦の弟子として最後の現役力士であった。 自己最高位の1993年9月場所には立洸戦で幕内の土俵に上がり勝利している。 通算勝ち星647勝、幕下在位120場所、41歳2か月、43歳2か月での幕下復帰、1984年3月以来162場所ぶりの序二段陥落など様々な記録を持つ。 引退時の力士褒賞金は114円に達しており、これは最高位が十両の力士としては史上最高額である。ただし、実際に力士褒賞金を受領できたのは11場所の十両在籍の時だけに過ぎず、最高額達成時に力士報奨金を受領していたわけではない。 現役在位は175場所で引退当時は史上1位だった。 生涯成績:647勝601敗58休 勝率.518 十両成績:69勝96敗 勝率.418 幕下以下成績:578勝505敗58休 勝率.534 現役在位:175場所(史上3位) 十両在位:11場所 幕下以下在位:164場所 島方 守(しまかた まもる)1982年5月場所 - 1985年3月場所 栃天晃 正嵩(とちてんこう まさたか)1985年5月場所 - 2011年5月技量審査場所 ^ 現在は華吹と北斗龍に抜かれて史上3位であるが、最高位が十両以上の力士では現在も史上1位である。 ^ 幕内未経験者の中では通算最多勝。 ^ 引退当時は史上1位だった。 ^ “最年長44歳の元十両・栃天晃が引退”. 日本経済新聞 (2011年5月20日). 2011年5月20日閲覧。 大相撲力士一覧 40歳以上まで現役を続けた力士一覧 栃天晃 正嵩 - 相撲レファレンス 栃天晃 正嵩 - 大相撲 記録の玉手箱 表 話 編 歴 源武山源右エ門1927年1月-1932年3月 能代潟錦作1932年5月-1936年5月 綾川五郎次1937年1月-1937年5月 海光山大五郎1938年1月-1939年1月 大潮清治郎1939年5月-1941年5月 藤ノ里栄藏1942年1月-1943年1月 大和錦幸男1943年5月 肥州山栄1944年1月-1945年6月 若港三郎1945年11月 大平山圭四郎1946年11月-1947年11月 九ヶ錦坦平1948年5月-1949年1月 若潮芳雄1949年5月-1949年10月 名寄岩静男1950年1月-1954年9月 廣瀬川惣吉1955年1月-1959年5月 三根山隆司1959年7月-1960年1月 小野錦喜三郎1960年3月 若葉山貞雄1960年5月-1961年1月 北の洋昇1961年3月-1962年3月 出羽錦忠雄1962年5月-1964年9月 鶴ヶ嶺昭男1964年11月-1967年7月 青ノ里盛1967年9月-1969年3月 若ノ國豪夫1969年5月-1969年9月 相内範雄1969年11月-1973年7月 福の花孝一1973年9月-1975年11月 牧本英輔1976年1月-1982年11月 高見山大五郎1983年1月-1984年5月 大潮憲司1984年7月-1988年1月 舛田山靖仁1988年3月-1989年7月 蔵間竜也1989年9月 玉龍大蔵1989年11月-1992年1月 亀山弘章1992年3月-1993年7月 大乃浦哲也1993年9月-1995年1月 霧島一博1995年3月-1996年3月 大竜忠博1996年5月-1997年7月 一ノ矢充1997年9月-2007年11月 栃天晃正嵩2008年1月-2011年5月 華吹大作2011年7月-2022年1月 翔傑喜昭2022年3月- 群馬県出身の大相撲力士 春日野部屋 1967年生 存命人物 群馬県出身の人物 ウィキデータにある相撲レファレンス識別子
2025/03/31 22:54更新
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