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梁英姫の情報まとめ

梁 英姫(やん よんひ)さんの誕生日は1964年11月11日です。大阪出身の映画監督のようです。

映画、現在、父親、家族、卒業、ドラマ、病気に関する情報もありますね。梁英姫の現在の年齢は60歳のようです。
梁英姫のプロフィール Wikipedia(ウィキペディア)梁 英姫(ヤン・ヨンヒ、朝鮮語: 양영희、1964年11月11日 - )は日本で活動する韓国国籍の映画監督。現在創作活動にはヤン・ヨンヒを用いるように変えた。 夫はフリーライター、編集者、映画プロデューサーの荒井カオル(荒井香織)。 1964年11月11日、大阪府大阪市生野区に生まれた在日朝鮮人2世で、幼いときから民族教育を受けて育った。 両親は在日本朝鮮人総連合会の幹部を務めていて、父親は北朝鮮から勲章をもらえるほど熱烈な活動家だった。在日本朝鮮人総連合会の幹部だった両親のもと朝鮮学校で民族教育を受け、1971年から1972年にかけて、両親が3人の兄を帰還事業で北朝鮮に送った。兄らはそこで家族を持ったが、親からの仕送りで生きてきた。一番下の兄は梁が帰国事業も総連も在日も何もわからない頃に1度監視人付きで日本に帰ってきて、突然北朝鮮に帰ることになって怒ったことがある。東京の朝鮮大学校を卒業。1987年から1990年まで、大阪朝鮮高級学校にて国語教師を務める。その後、劇団女優やラジオパーソナリティとして活動する。 1995年より、ドキュメンタリーの映像作品を発表する。1997年から2003年まで、ニューヨークに滞在。ニュースクール大学大学院コミュニケーション学部メディア研究科にて修士号を取得した。2004年、韓国国籍を取得した。2005年、初の長編ドキュメンタリー映画『ディア・ピョンヤン』を発表する。 2013年2月「第85回アカデミー賞」授賞式での外国語映画賞の日本代表に選ばれた 。 梁は「在日だけが苦労しているみたいな言い方が一番嫌いで、兄が平壌・自身が在日での苦労はあったが、夫からのDVの経験もないし親も仲がよかった。しかし、そこで苦労をしてきた人もいて、人それぞれ違うものを背負っている。映画館が沢山ある日本で暮らしているのに観ない若者が多いのはあり得ないと思っている。北朝鮮の人は韓国ドラマを命懸けで観ていて、見つかれば罰が厳しいのに他の国の生活を知りたいからとし、政治で引き裂かれている家族が多いかというのも分かる。」と語っている。 2012年12月のトークショーでは『かぞくのくに』は、ヤンの実体験が元で、「映画では北朝鮮に渡った兄が1人になっているが実際は3人いる。一番下の兄が日本で3か月治療出来る特殊でまれな許可をもらったが、よく分からない内に3か月経たずに帰った」と語った。映画について「ほぼ実話で、北朝鮮で病気を持っていても実際の兄らは今も生きている。映画にしていない長男は躁鬱病を患って2009年に他界した」と観客に語った。ヤン監督は、北朝鮮の組織から電話を受け「謝罪文を書くように」脅された過去を持ち「何について、誰に謝罪するのか分からなかった」、「政府や団体がなにかしら言ってくるのは変だと思い、謝罪文の代わりに『愛しきソナ』を作った」と語ったが、それによって北朝鮮への入国が禁止になったことも話した。「いつか兄たちと共に、私の映画が楽しめる日が来ると信じている。家族に会えないのは寂しいが、作品を通して自身の気持ちを表現しようと決めた。家族を守るため、公式の問題児として有名になりたい。私の名が知られて世界中に作品を見てもらうことによって、“あの家族に触れるのは止めよう”と思われないと家族を守れない」「どんどん取材を受け、映画祭もなるべく参加して、現地で語っています」と思いを語った。観客席にいた在日コリアン3世の若い女性に「朝鮮籍のパスポートは大変だけど、渡航出来る国は沢山ある。国籍に悩むより、様々な国を訪ねて友達を作って勉強し、その後で国籍を考えればいい。そのままでいいと思うようになら、そのままでもいいと思う」と自身の考え方を述べた。 ディア・ピョンヤン(2005年) - 監督・脚本・撮影 愛しきソナ(2009年) - 監督・脚本・撮影 かぞくのくに(2012年)- 監督・脚本 スープとイデオロギー(2021年)- 監督・脚本・ナレーション ザ・インタビュー〜トップランナーの肖像〜(2014年、BS朝日) - インタビュアー こころの時代「オモニの島 わたしの故郷〜映画監督・ヤンヨンヒ〜」(2022年10月30日、NHK Eテレ) 松本ひでお 情報発見 ココだけ(2011年 - 2012年、ニッポン放送)- 木曜日パートナー 『ディア・ピョンヤン―家族は離れたらアカンのや』アートン、2006年。ISBN 9784861930577。 『北朝鮮で兄(オッパ)は死んだ』聴き手 佐高信、七つ森書館、2009年。ISBN 9784822809003。 『兄―かぞくのくに』小学館、2012年。ISBN 9784093863377。 『朝鮮大学校物語』KADOKAWA、2018年。ISBN 9784044000929。 『カメラを止めて書きます』CUON、2023年。ISBN 4910214496。 2013年 - 第67回毎日映画コンクール - 脚本賞(『かぞくのくに』) 2013年 - 第64回読売文学賞 - 戯曲・シナリオ部門(『かぞくのくに』) 2013年 - 第22回日本映画批評家大賞 - 新人監督賞(『かぞくのくに』) 2013年 - おおさかシネマフェスティバル2013 - 監督賞(『かぞくのくに』) ^ (インタビュー相手:綾戸智恵、桃井かおり、山田太一、石丸次郎、宮崎美子、坂東三津五郎、原一男、福本清三、加藤登紀子、落合務、野田秀樹、テリー伊藤、加山雄三、辻口博啓、おすぎ、クリスハート、塚本晋也、岩代太郎、桂由美、中村玉緒、川中美幸、杉良太郎、石丸幹二、竹中直人、大和田伸也、里見浩太朗、藤竜也、稲川淳二、新沼謙治、白石加代子、矢野浩二、花總まり、鳥塚亮、松原智恵子、長嶺ヤス子、財津和夫、寺島進、稲川素子、吉田綱太郎、浅野忠信、高島礼子、真瀬樹里) ^ https://twitter.com/yangyonghi/status/774416408725762050 ^ [1] ^ “ヤン・ヨンヒ (映画監督) - 映画「かぞくのくに」について (1/3)”. INTRO (2012年8月10日). 2015年12月14日閲覧。 ^ “〈ひと〉「かぞくのくに」がヒットした在日映画監督”. 朝日新聞 (2012年9月19日). 2012年9月22日時点のオリジナルよりアーカイブ。2015年12月14日閲覧。 ^ “『かぞくのくに』ヤン・ヨンヒ監督インタビュー”. ぴあ関西版WEB. ぴあ (2012年). 2015年12月14日閲覧。 ^ “在日社会 - 朝・日に生き別れた家族の絆描く”. 東洋経済日報 (2006年8月25日). 2015年12月14日閲覧。 ^ “「表現者」として世界を目指す”. UGビジネスクラブ (2012年). 2015年12月14日閲覧。 ^ “【ヤン・ヨンヒ】北朝鮮にいる姪っ子を10年以上追いかけた「愛しのソナ」”. ZAKZAK (2011年4月19日). 2015年12月14日閲覧。 ^ “『愛しきソナ』 ヤン・ヨンヒ監督インタビュー”. CINE REFLET (2011年). 2015年12月14日閲覧。 ^ “ヤン・ヨンヒ - 自分の言葉で拓く勇気を”. ZAKZAK (2007年7月6日). 2015年12月14日閲覧。 ^ “最終審査員”. 第36回PFF. ぴあフィルムフェスティバル (2014年). 2015年12月14日閲覧。 ^ https://www.excite.co.jp/news/article/Searchina_20121214036/ ^ “インタビュー ヤン・ヨンヒ”. イントロ (2012年8月4日). 2012年8月18日時点のオリジナルよりアーカイブ。2022年10月27日閲覧。 ^ “インタビュアー”. ザ・インタビュー〜トップランナーの肖像〜. BS朝日. 2014年4月13日閲覧。 ^ “オモニの島 わたしの故郷〜映画監督・ヤンヨンヒ〜”. NHK (2022年10月30日). 2022年10月25日時点のオリジナルよりアーカイブ。2022年10月25日閲覧。 ^ “木曜日のパートナーは・・・ヤン・ヨンヒさん!”. 松本ひでお 情報発見 ココだけ!. ニッポン放送 (2011年10月6日). 2015年12月14日閲覧。 ^ “毎日映画コンクール、大賞は周防正行監督『終の信託』”. マイナビニュース (2013年1月17日). 2015年12月14日閲覧。 ^ “読売文学賞、多和田葉子氏らに決定”. 日本経済新聞 (2013年2月1日). 2015年12月14日閲覧。 ^ “松坂桃李、主演男優賞に「高揚している」 第22回日本映画批評家大賞授賞式”. 映画.com (2013年5月2日). 2015年12月14日閲覧。 ヤンヨンヒの気まぐれ日記 ヤン・ヨンヒ - allcinema ヤン ヨンヒ - KINENOTE Yong-hi Yang - IMDb(英語)
表 話 編 歴 久板栄二郎(1946) 植草圭之助(1947) 伊丹万作(1948) 小津安二郎、野田高梧(1949) 新藤兼人(1950) 木下恵介(1951、1953) 黒澤明、橋本忍、小国英雄(1952) 木下惠介(1954) 八住利雄(1955) 橋本忍(1956、1958) 依田義賢(1957) 水木洋子(1959) 橋本忍(1960、1966) 松山善三(1961) 和田夏十(1962) 小国英雄、菊島隆三、久板栄二郎、黒澤明(1963) 八木保太郎(1964) 鈴木尚之(1965) 山内久(1967) 今村昌平、長谷部慶次(1968) 田村孟(1969) 山田洋次、宮崎晃(1970) 佐々木守、大島渚(1971) 石森史郎(1972) 山田洋次、宮崎晃、朝間義隆(1973) 橋本忍、山田洋次(1974) 中島丈博(1975) 山田信夫(1976) 山田洋次、朝間義隆(1977) 新藤兼人(1978) 馬場当(1979) 田中陽造(1980) 倉本聰(1981) 古田求、野村芳太郎(1982) 大島渚/森田芳光(1983) 荒井晴彦、澤井信一郎(1984) 中上健次(1985) 内田裕也、高木功(1986) 伊丹十三(1987) 鎌田敏夫(1988) 松田寛夫(1989) 山田太一(1990) 三谷幸喜と東京サンシャインボーイズ(1991) 丸山昇一(1992) 崔洋一、鄭義信/松山善三(1993) 田中陽造(1994) 橋口亮輔(1995) 周防正行(1996) 三谷幸喜(1997) 中島丈博(1998) 諏訪敦彦、三浦友和、渡辺真起子(1999) 山田洋次、朝間義隆、平松恵美子(2000) 宮藤官九郎(2001) 鄭義信(2002) 西川美和/深作健太、木田紀生(2003) 荒井晴彦(2004) 内田けんじ(2005) 加藤正人(2006) 渡辺あや(2007) 橋口亮輔(2008) 田中陽造(2009) 佐藤有記(2010) 新藤兼人(2011) ヤン・ヨンヒ(2012) 荒井晴彦(2013) 安藤桃子(2014) 原田眞人(2015) 向井康介(2016) 石井裕也(2017) 野尻克己(2018) 阪本順治(2019) 丸山昇一(2020) 𠮷田恵輔(2021) 早川千絵(2022) 阪本順治(2023) 濱口竜介(2024) 括弧内は作品年度を示す、授賞式の年は翌年(2月) 表 話 編 歴 柳町光男(1979) 相米慎二(1980) 森田芳光(1981) 中原俊(1982) 崔洋一(1983) 金子修介(1984) 林海象(1986) 伊藤智生(1987) 榎戸耕史(1988) 阪本順治(1989) 松岡錠司(1990) 竹中直人(1991) 富岡忠文、松村克弥(1992) 天間敏広(1993) 渡邊武(1994) 室賀厚(1995) SABU(1996) 三谷幸喜(1997) 庵野秀明(1998) 塩田明彦、大谷健太郎(1999) 緒方明(2000) 長澤雅彦、冨樫森(2001) 曽利文彦(2002) 西川美和(2003) 成島出(2004) 内田けんじ(2005) 中村高寛(2006) 吉田大八(2007) 森義隆(2008) 大森寿美男、鈴木卓爾(2009) 石井裕也、谷口正晃(2010) 砂田麻美、前田弘二(2011) 赤堀雅秋、ヤン・ヨンヒ(2012) 白石和彌、中野量太(2013) 久保田直(2014) 松永大司(2015) 真利子哲也、杉山泰一(2016) 石川慶、森ガキ侑大(2017) 野尻克己(2018) 片山慎三(2019) 内山拓也(2020) 春本雄二郎(2021) 早川千絵(2022) 加藤拓也(2023) 奥山大史(2024) ISNI VIAF ドイツ イスラエル アメリカ 日本 韓国 CiNii Books CiNii Research 韓国の女性映画監督 ドキュメンタリー映画の監督 女性ドキュメンタリー作家 WAHAHA本舗 読売文学賞受賞者 在日韓国人 大阪市出身の人物 朝鮮大学校出身の人物 1964年生 存命人物 プロジェクト人物伝項目 ウィキデータと異なる公式ブログ ウィキデータにあるallcinema人物識別子 ウィキデータにあるKINENOTE ID ISNI識別子が指定されている記事 VIAF識別子が指定されている記事 GND識別子が指定されている記事 J9U識別子が指定されている記事 LCCN識別子が指定されている記事 NDL識別子が指定されている記事 NLK識別子が指定されている記事 CINII識別子が指定されている記事 CRID識別子が指定されている記事 ISBNマジックリンクを使用しているページ
2025/04/06 13:48更新
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yan yonhi
梁英姫と同じ誕生日11月11日生まれ、同じ大阪出身の人


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