もしもし情報局 > 6月16日 > 僧侶

沢木興道の情報 (さわきこうどう)
芸能人・有名人Wiki検索(誕生日、出身地)

【4月7日】今日誕生日の芸能人・有名人

沢木興道の情報(さわきこうどう) 僧侶 芸能人・有名人Wiki検索[誕生日、年齢、出身地、星座]

  • Google+でシェア
  • はてなブックマークに追加
  • LINEでシェア
もしもしロボ

沢木 興道さんについて調べます

■名前・氏名
沢木 興道
(読み:さわき こうどう)
■職業
僧侶
■沢木興道の誕生日・生年月日
1880年6月16日 (年齢1965年没)
辰年(たつ年)、双子座(ふたご座)
■出身地・都道府県
三重出身

沢木興道と同じ1880年生まれの有名人・芸能人

沢木興道と同じ6月16日生まれの有名人・芸能人

沢木興道と同じ出身地三重県生まれの有名人・芸能人


沢木興道の情報まとめ

もしもしロボ

沢木 興道(さわき こうどう)さんの誕生日は1880年6月16日です。三重出身の僧侶のようです。

もしもしロボ

引退に関する情報もありますね。1965年に亡くなられているようです。

沢木興道のプロフィール Wikipedia(ウィキペディア)

澤木 興道(さわき こうどう、道号:祖門、1880年6月16日 - 1965年12月21日)は、明治から昭和を代表する日本の曹洞宗の僧侶である。定住する寺を持たなかったことから、「宿なし興道」と呼ばれる。

1880年(明治13年)に三重県津市新東町に父・多田惣太郎、母・しげの四男として生まれた。幼名を多田才吉という。多田家は家業として、人力車の部品の金具を製造販売していた。その後4歳で母しげを病で、1887年(明治20年)2月には、7歳で父の惣太郎を亡くして一家離散。津市矢下の父方の叔母である「ひいの」方に預けられた。しかし、その8月には叔父(ひいのの夫)急逝。一身田(地名)の提灯屋、沢木文吉・ひさの養子となる。

1888年(明治21年)、賭博開帳の折、見張りをさせられる。遊里の2階で急死した男を見て無常を痛感する。1895年(明治28年)秋、大阪の友達のところへ夜逃げするも、すぐに連れ戻される。1896年(明治29年)6月10日、2回目の家出をし、永平寺に向かう。11月、福井県坂井郡竜雲寺長昌庵に寄寓。1897年(明治30年)正月、永平寺を出発。熊本県天草郡楠浦の宗心寺に向かい、同寺の小僧となる。そして12月8日、宗心寺沢田輿法和尚に就いて出家得度、「興道」の法名をさずかる。

1899年(明治32年)春、遍参の志を抱き宗心寺を無断で出る。兵庫県氷上郡、圓通寺に掛錫。但馬浜坂町、竜雲寺の戒会で初めて笛岡凌芸方丈に出会う。翌1900年(明治33年)、笛岡凌雲方丈に随身。そして興道一人だけのために『学道用心集』『永平清規』などの講義をしたという。しかし12月には、名古屋の歩兵三十三聯陳に入営する。1903年(明治36年)12月に満期除隊するが、翌1904年(明治37年)3月に日露戦争へ出征する。8月に重傷を負って11月に傷病兵として帰郷するも、奉天会戦のために再出征して1906年(明治39年)1月にようやく帰国する。8月、宗心寺沢田禅興和尚に就いて伝法嗣法。秋、真宗高田派専門学校に入学。

1908年(明治41年)12月、法隆寺勧学院に入り、佐伯定胤に唯識を学んだ。これより各地の道場を転々とし、「移動僧堂」「宿無し興道」と称された。1912年(明治45年)春、初めて永平寺眼蔵会に上山。そして12月には法隆寺勧学院を去って松阪・養泉寺僧堂単頭に赴任。翌1913年(大正2年)5月、奈良県吉野郡下北山村正法寺にて丘宗潭に初相見。1914年(大正3年)春、静岡・安養寺結制にて丘老師の西侍をつとめる。そして8月、養泉寺を去る。初秋、常福寺に入り、坐禅に明け暮れる。1916年(大正5年)5月、丘宗潭の命で熊本・大慈寺僧堂講師となる。そして旧制第五高等学校生徒にも坐禅を指導する。1921年(大正10年)8月17日、丘宗潭が遷化したので、翌1922年(大正11年)春、大慈寺を去って熊本市楠木町に借家を借り、それを「大徹堂」と名づけた。さらに翌年には熊本駅裏の万円山に移り、請われるままに参禅会に出かける。

1935年(昭和10年)4月、駒澤大学教授に就任。12月には總持寺後堂に就任。鎌田茂雄や酒井得元を始めとする学生の坐禅指導を行い、それまで選択科目であった坐禅を必修科目とさせ、徹底した坐禅教育を行った。 「何にもならんもののためにただ坐る」という只管打坐を貫き、その一生を通じて実践して見せた。1940年(昭和15年)10月、栃木県下都賀郡富山村の大中寺に天暁禅苑を開単する。1941年5月、中国東北部(満洲)巡錫。6月、総持寺後堂を退任。翌年5月、再び中国東北部に再巡錫。1943年(昭和18年)、東京都渋谷区千駄谷町に至誠寮を開く。翌年3月、至誠寮は戦時強制疎開によりて撤去されたため、渋谷区大和田町の丸山鶴吉宅に移転。1946年(昭和21年)4月、大桐院(静岡県森町)専門僧堂堂長。妙説庵(京都市)尼僧堂堂長。1949年6月、東京都港区芝三田松坂町、藤田次郎宅に移転。同宅にて参禅道場を開く。8月、京都市・安泰寺に紫竹林参禅道場開設。坐禅の指導に当たり、安泰寺では弟子の内山興正と共に後進の指導に当たった。1963年(昭和38年)3月、駒澤大学教授を辞任、7月は発病のため京都・安泰寺に引退・移動叢林終わる。

1965年12月21日午前1時50分、安泰寺にて遷化。遺体は京都大学解別室へ献体。

その思想、指導方法はアメリカのスタンフォード大学にある曹洞禅センターにも受け継がれている。

駒澤大学の禅文化博物館には禅堂より移転した澤木興道の木像が、弟子の弟子丸泰仙の木像と共に安置されているほか、大学図書館には蔵書が澤木文庫として保管されている。

村上光照 - 京都大学で湯川秀樹のもとで素粒子物理学の研究に従事した経験を持つ異色の禅僧

『永平仮名清規』(万日山人、1933年)

『参禅会要文抄』(万日山人、1934年)

『禅談』(大法輪閣、1938年/ちくま文庫、2018年)

『坐禅の仕方と心得』(佐々木書院、1939年/大法輪閣、2017年)

『証道歌を語る』(大法輪閣、1940年)

『生活即禅』(山喜房仏書林、1940年)

『観音経提唱』(東晃社、1944年)

『宇宙一ぱいの自己』(大法輪閣、1950年)

『人間最後にもとむるもの』(東洋文化協会、1951年)

『禅とは何か』(誠信書房、1962年)

『道元禅の神髄』(誠信書房、1963年)

『禅に生きる 沢木興道』(酒井得元著、誠信書房、1956年)

『沢木興道聞き書き ある禅者の生涯』(酒井得元著、講談社学術文庫、1984年)

『禅に聞け 沢木興道老師の言葉』(櫛谷宗則編、大法輪閣、1986年、新版2015年)

『禅を語る 沢木興道講演集』(成田英道編、大法輪閣、1998年)

『沢木興道生きる力としてのZen』(櫛谷宗則編、大法輪閣、2003年)

『澤木興道老師のことば』(櫛谷宗則編、大法輪閣、2007年)

『澤木興道全集』(全18巻・別巻1、大法輪閣、1966年、オンデマンド版2013年)

^ 『禅画報 捨身の道者・澤木興道 21号』千眞工芸発行 1992年9月 沢木興道老師 略年歴 表紙裏p

安泰寺>安泰寺について>澤木&内山

FAST

ISNI

VIAF

WorldCat

ノルウェー

フランス

BnF data

ドイツ

イスラエル

アメリカ

日本

チェコ

ポーランド

CiNii Books

CiNii Research

IdRef

日本の禅僧 (曹洞宗)

近代日本の僧

安泰寺

駒澤大学の教員

三重県出身の人物

1880年生

1965年没

FAST識別子が指定されている記事

ISNI識別子が指定されている記事

VIAF識別子が指定されている記事

WorldCat Entities識別子が指定されている記事

BIBSYS識別子が指定されている記事

BNF識別子が指定されている記事

BNFdata識別子が指定されている記事

GND識別子が指定されている記事

J9U識別子が指定されている記事

LCCN識別子が指定されている記事

NDL識別子が指定されている記事

NKC識別子が指定されている記事

PLWABN識別子が指定されている記事

CINII識別子が指定されている記事

CRID識別子が指定されている記事

SUDOC識別子が指定されている記事

2025/04/06 12:26更新

sawaki koudou


沢木興道と同じ誕生日6月16日生まれ、同じ三重出身の人

大橋 歩(おおはし あゆみ)
1940年6月16日生まれの有名人 三重出身

大橋 歩(おおはし あゆみ、1940年6月16日 - )は、日本のイラストレーター、デザイナー。週刊「平凡パンチ」の表紙のイラストを創刊号から担当したことで知られる。本名、石井久美子。夫は彫刻作家の石…

森本 和義(もりもと かずよし)
1966年6月16日生まれの有名人 三重出身

森本 和義 (もりもと かずよし、1966年6月16日 - )は、日本の政治家。元衆議院議員(1期)。 三重県桑名市出身。春日井市立鷹来小学校、春日井市立鷹来中学校、愛知県立旭丘高等学校、東京大学農…

山崎 雄樹(やまさき ゆうき)
1975年6月16日生まれの有名人 三重出身

山﨑 雄樹(やまさき ゆうき、1975年6月16日 - )は、日本のフリーアナウンサー。圭三プロダクション所属。元熊本放送アナウンサー。 三重県鈴鹿市出身。三重県立津西高等学校、立命館大学産業社会学…


TOPニュース

動画を見るだけで10万円稼げる!?

闇バイトに引っかからない方法

Hey! Say! JUMPの有岡大貴松岡茉優が結婚を発表

令和6年6月6日に66歳になった人は?

藤原さくら、ライブ活動休止を発表

サッカー日本代表の堂安律が一般女性と結婚を発表

NHK大河ドラマ「光る君へ」で松下洸平がペラペラの宋語で話題に

King&Prince永瀬廉が右耳負傷の為一時活動休止を発表

いくよくるよの今くるよさん、膵がんの為死去


沢木興道と近い名前の人

沢木 耕太郎(さわき こうたろう)
1947年11月29日生まれの有名人 東京出身

沢木 耕太郎(さわき こうたろう、1947年11月29日 - )は、日本のノンフィクション作家・エッセイスト・小説家・写真家。 東京都大田区生まれ。東京都立南高等学校(当時)を経て、横浜国立大学経済…

沢木 涼子(さわき りょうこ)
1973年4月3日生まれの有名人 東京出身

沢木 涼子(さわき りょうこ、1973年4月3日 - )は、日本の元タレント、元レースクイーン。 1973年(昭和48年)、東京都生まれ。簿記3級、小型船舶4級免許の資格を持っている。 初めは、…


沢木 美佳子(さわき みかこ)
1969年11月14日生まれの有名人 東京出身

沢木 美佳子(さわき みかこ、1969年11月14日 - )は、タレント・フリーアナウンサー。既婚。 東京都出身。日本大学理工学部電気工学科→日本大学大学院理工学研究科修了。大学時代には、フジテレビ…

沢木 郁也(さわき いくや)
1951年8月25日生まれの有名人 千葉出身

沢木 郁也(さわき いくや、1951年8月25日 - )は、日本の男性声優、ナレーター、音響監督である。千葉県柏市出身。アーツビジョン所属。 明治大学卒業。俳協養成所卒業。新企画、東京俳優生活協同組…

沢木 啓祐(さわき けいすけ)
1943年12月8日生まれの有名人 大阪出身

澤木 啓祐(さわき けいすけ、1943年12月8日 - )は、陸上競技の元選手でマラソン・中長距離選手の指導者。順天堂大学スポーツ健康科学部学部長、日本陸上競技連盟副会長。 大阪府吹田市出身。 大…

沢木 祐介(さわき ゆうすけ)
1973年6月22日生まれの有名人 東京出身

沢木 祐介(さわき ゆうすけ、1973年6月22日 - )は、日本の俳優、タレント。東京都出身。身長180cm、体重80kg、血液型はA型。ヘッドクリエイティブ所属。 まむしの兄弟(1997年、東映…

沢木 ルカ(さわき るか)
1997年11月23日生まれの有名人 兵庫出身

沢木 ルカ(さわき ルカ、1997年11月23日 - )は、日本の元女優である。 兵庫県神戸市出身。スウィートパワーに所属していた。 小学3年生の夏の時、祖母と姉と一緒にスーパーへ買い物に出かけて…

注目の芸能人・有名人【ランキング】
話題のアホネイター
沢木興道
  • Google+でシェア
  • はてなブックマークに追加
  • LINEでシェア

最近追加された芸能人・有名人

こっちのけんと 斎藤元彦 松島かのん 澤繁実 小野寺紘毅 桜井誠_(活動家) 安野貴博 ジャンボ松田 後藤輝樹 石丸幸人

グループ

X21 Snow Man 東京女子流 さくら学院 GReeeeN ココリコ D☆DATE 新選組リアン フェアリーズ タッキー&翼 

▲ページトップに戻る

この記事は、クリエイティブ・コモンズ・表示・継承ライセンス3.0のもとで公表されたウィキペディアの項目「沢木興道」を素材として二次利用しています。

twitterはじめました