細田正彦のプロフィール Wikipedia(ウィキペディア)
細田 正彦(ほそだ まさひこ、1947年1月3日 - )は、山梨県中巨摩郡玉穂町出身の元プロ野球選手(投手)。
山梨県立市川高等学校では1年生からエースとなる。1964年夏の甲子園予選西関東大会準決勝に進むが、熊谷商工に敗退。右の下手投げから放たれる威力のある直球、シュート、スライダーを武器とした。
1965年に国鉄スワローズへ入団。1年目から一軍の試合で登板した。3年目の1967年10月の大洋ホエールズ戦では先発した半沢士郎が乱調だったあとにリリーフに立ち、最後は緒方勝の救援を仰いだものの7点という打線の援護もあり初勝利を挙げた。翌1968年に監督に就任した別所毅彦も大きな期待をかけていたが、春のキャンプで右足を複雑骨折する重傷を負った。半年間の入院生活を送り、そのまま22歳で現役を引退した。
引退後は熱海ホテルに勤務したのち山梨へ帰郷、市川大門町でスポーツ店を経営、傍らでリトルリーグの指導も行った。
関連項目
山梨県出身の人物一覧
東京ヤクルトスワローズの選手一覧