迫田さおりの情報 (さこださおり) 芸能人・有名人Wiki検索[誕生日、出身地]
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迫田さおり
迫田 さおり(さこだ さおり)さんの誕生日は1987年12月18日です。鹿児島出身のバレーボールのようです。
プレースタイル、エピソードなどについてまとめました。卒業、引退、テレビに関する情報もありますね。現在の年齢は36歳のようです。
迫田 さおり(さこだ さおり、女性、1987年12月18日 - )は、日本の元バレーボール選手。鹿児島県鹿児島市出身。 実姉がバレーボールをしていた影響で、鹿児島市立谷山小学校3年次からバレーボールを始める。鹿児島市立谷山中学校、鹿児島県立鹿児島西高等学校へ進学する。中学高校では、センターエースとして活躍。高校3年次には晴れの国おかやま国体に、鹿児島県選抜の一員として出場。優勝した長崎県(九州文化学園高校)を準決勝であわやというところまで追い詰め、3位入賞に大いに貢献した。また同年12月の高校選抜男女東西対抗戦に出場した。 2006年の高校卒業後はオファーのあった東レアローズに入団。2008年6月開催のAVCアジアクラブ選手権において、ベストスコアラー賞を獲得した。 2010年4月、2009-10プレミアリーグよりレギュラーに定着し、同シーズンで初のサーブ賞とベスト6に選出された。また、2010日韓Vリーグトップマッチ、第59回黒鷲旗大会との3冠を果たした。2010年4月全日本代表登録メンバーとなり、同年開催のワールドグランプリ、世界選手権に出場した。 2011年8月のワールドグランプリにおいて11試合スタメン出場した。同年11月のワールドカップではスタメンの座を確保できず、思うような活躍が出来なかった。平成23年度全日本バレーボール選手権決勝戦においてはチーム総得点の約三分の一にあたる32得点を叩きだしチームを優勝に導く。 2012年3月、2011-12Vプレミアリーグで2季ぶりのリーグ制覇に貢献した。このシーズンではチーム事情から人生初となるサーブレシーブ猛特訓にも挑んだ。同年5月の世界最終予選のキューバ戦で途中出場ながらチーム最多の20得点をあげ、勝利に貢献し五輪出場権を獲得した。同年6月、ロンドンオリンピックの代表メンバーに選出された。同年8月11日のロンドンオリンピック3位決定戦で、韓国との相性の良さをかわれ、先発出場。23得点と大活躍し、全日本28年ぶりのメダル獲得に大きく貢献した。当日はリザーブメンバーで家庭事情により急遽帰国した親友の石田瑞穂のユニフォーム(背番号No.13)を中に着て試合に臨んでいた。 2013年11月、右肩痛から復帰し、グラチャンバレーに出場。全日本の新戦術「MB1」により、ミドルブロッカーの対角で活躍。同大会のウィングスパイカー賞第1位になった。 Vプレミアリーグ2013/14シーズンにおいて、得点王(最多得点)となった。日本人プレーヤーが同タイトルを獲得するのは佐々木みき以来10シーズンぶりの快挙である。 2016年のリオデジャネイロオリンピックにも代表選手として出場。 2016-17プレミアリーグ及び黒鷲旗全日本男女選抜バレーボール大会に出場した後、2017年5月30日に東レ・アローズを退団し、現役を引退することを発表。なお翌2018/19シーズンはシニアスタッフとしてチームに復帰した。 現役引退後は2017年バレーボール・ワールドグランドチャンピオンズカップの日本 vs 中華人民共和国戦の中継(日本テレビ)に解説者として登場するなどテレビにたびたび出演するほか、2021年1月からは西日本スポーツで毎月『迫田さおりコラム「心の旅」』と題したコラムの執筆活動も始めている。YouTubeチャンネル『迫田さおりのりおチャンネル』を開設しており、親交のある狩野舞子とお互いにゲストとして出演している。 プレースタイルウイングスパイカーとして、主にレフトでプレー。高いジャンプ力で高さのあるアタックを打つ。速いバックアタックが大きな特徴である。全日本代表では木村沙織の対角で、江畑幸子とポジションを競った。守備の面では一時期を除き、サーブレシーブ参加免除となる事が多かった。 全日本代表の試合において、ネットに近い位置よりもアタックラインに近い位置にボールを上げる方が有効打が多いことがデータに表れているとされている。 ミドルブロッカー位置で起用された2013年ワールドグランドチャンピオンズカップでは、前衛ローテーションでも後ろに下がってから打つ独特の強烈スパイクを見せ、「スコーピオン」の名で世界を驚かせた。 エピソード厳しかった中学時代の反動で、高校は厳しくない学校を選択してしまったと述べている。 全日本チームのことはテレビなどで知っていたが、東レ・アローズなどプレミアリーグのチームから選抜されていることは、東レ入部後に知ったという。東レが荒木絵里香や木村沙織の所属チームだとはまったく知らなかったと本人がコメントしている。 全日本に初選出された際、厳しいところだと聞いているが、行かないで後悔するより行って後悔したいと述べている。 ストレス解消法として部屋を真っ暗にして気持ちを落ちつかせて、 音楽を聴くことで精神の安定を図る。 子供の頃の夢はお花屋さんになること。 2024/05/14 05:42更新
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sakoda saori
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