リチャード=ストールマンの情報(RichardMatthewStallman) コンピューター技術者 芸能人・有名人Wiki検索[誕生日、年齢、出身地、星座]


リチャード=ストールマンさんについて調べます
■名前・氏名 |
リチャード=ストールマンと同じ1953年生まれの有名人・芸能人 リチャード=ストールマンと同じ3月16日生まれの有名人・芸能人 リチャード=ストールマンと同じ出身地の人 |
リチャード=ストールマンの情報まとめ

リチャード=ストールマン(Richard Matthew Stallman)さんの誕生日は1953年3月16日です。

現在、卒業、事件に関する情報もありますね。去年の情報もありました。リチャード=ストールマンの現在の年齢は72歳のようです。
リチャード=ストールマンのプロフィール Wikipedia(ウィキペディア)リチャード・マシュー・ストールマン(英: Richard Matthew Stallman、1953年3月16日 - )は、アメリカ合衆国のプログラマー、自由ソフトウェア活動家。コピーレフトの強力な推進者として知られ、現在にいたるまで自由ソフトウェア運動において中心的な役割を果たしている。また、プログラマーとしても著名な存在であり、開発者としてその名を連ねるソフトウェアにはEmacsやGCCなどがある。なお、名前の頭文字を取って RMS と表記されることもある。 1953年 - ダニエル・ストールマンとアリス・リップマンの子としてニューヨークに生まれる。 1971年 - ハーバード大学に入学。Math55で好成績を残し、MIT AI研のプログラマとなりハッカーコミュニティに加わる。 1974年 - 物理学の学位を取得し、最優等の成績で大学を卒業。これに続いてMITの大学院に入学するが、MIT AI研でプログラマとしての活動を続けるうちに、物理学の研究をやめ、博士号をとることを放棄する。 1983年 - GNUプロジェクトを創始。 1984年 - GNUプロジェクトに専念するためMITを退職。 1985年 - GNU宣言の発表。 1990年 - グレース・ホッパー賞受賞。 1996年 - スウェーデン王立工科大学名誉博士号。 1998年 - EFFパイオニア賞。 1999年 - オンラインの百科事典プロジェクトGNUPedia(英語版)の開発を提唱。ユーリ・ルビンスキー記念賞受賞。 2001年 - 武田賞を受賞。グラスゴー大学名誉博士号。 2002年 - 全米技術アカデミー会員。 2007年 - パビア大学名誉博士号。 2009年 - レイクヘッド大学名誉博士号。 2019年 - CSAILとFSF代表理事辞任 2021年 - FSF理事復帰。 最終的には、AI研のプログラマとなる道を選び、博士研究を断念することになるものの、ストールマンは研究者としてもいくつか重要な業績を残している。例えば、1977年には、ジェラルド・ジェイ・サスマンと TMS (Truth maintenance system) に関する論文を発表しており、これはある種の先駆的な業績とされている。 ストールマンはハーバード大学在学中から、MITのAI研にてプログラマをしていた。AI研での活動はMITの院生となってからも続き、1984年にMITの職を辞すまで続くことになる。ここでの重要な実績としては、TECO、Emacs、LISPマシンOSの開発が挙げられる。 1970年代の後半から1980年代の初めにかけて、MITのハッカー文化は徐々に解体していったが、ストールマンはこの衰退に対する熱烈な批判者として活躍した。 1977年、MIT CS研はパスワード制を導入し、これまで自由であった匿名アクセスを禁止する。これに対しストールマンはパスワードを解読する方法を見つけた上で、パスワードを空白文字に変更するよう促す(実質的に旧来通りの匿名アクセスを可能にできる)メッセージを付け、パスワードの入ったメッセージを各人に送りつけるという反対運動を行う。パスワード制を覆すまでには至らなかったものの、これにより全体の20%がストールマンに賛同し、パスワードを変更する。 同時期に、ソースコードを配布するという文化が廃れ、著作権を用いてコピーや再配布を制限するのが一般化した。その代表とも言えるのがScribe(英語版)であり、1979年にはこのソフトウェアに一種の「時限装置(英語版)」が組み込まれ、ライセンス無しのアクセスが強力に禁止されるに至る。この制約に対して、ストールマンは「(ユーザーの自由を制限することは)人道に対する罪(英: crime against humanity)である」 と痛烈に批判する。 そして、1980年代に入ると、LISPマシンの開発を巡り、AI研内部がベンチャーキャピタルの融資を拒否するLMI(英語版)社と融資を受け入れるSymbolics社に分裂。両社ともプロプライエタリソフトウェアを提供していたが、ストールマンはハッカーコミュニティに親和的であった前者を支持し、1982年から1983年にかけてSymbolics社のプログラムのクローンをする作業に取り組む。 1983年9月、GNU OS計画の概要をARPANET上の複数のメーリングリストとUSENETで公表。1985年にはGNU宣言を発表し、「GNU」という名前の自由なUNIX互換OSの開発を正式に提唱する。同年10月に非営利団体のフリーソフトウェア財団を創設し、1989年にはプログラミング自由連盟を共同設立する。 GNUプロジェクトは、まもなくして多くの成果をもたらすことになった。実際に、1990年までに多くのGNUシステムの開発が完了し、ストールマン自身が開発に携わったものだけでもEmacs・GCC・GDB・gmakeといったソフトウェアが生み出されている。ただし、本来の目的であったカーネル自体の開発は遅れ、2024年現在も未だに一般的に利用できるまでに成熟していない。 さらに、このプロジェクトの中で、ソフトウェアの変更と再配布の権利を法的に保護するコピーレフトの概念が広まったことも成果の一つに数えられる。このコピーレフトの概念は、GNU Emacs General Public License において初めて実装されたが、1989年にはどのソフトウェアにも用いることのできるライセンスとして GNU General Public License がストールマンの手で書かれている。 一方で、GNUプロジェクトは、特に思想面において数々の論争を引き起こすプロジェクトでもあった。例えば、1992年前後には、GNU EmacsをめぐりLucid社の開発者との対立が表面化し、結果的にXEmacsの分岐を招いた。また、1991年にリーナス・トーバルズがGNUの開発ツールを採用して以来、GNUのプログラムはLinuxに移植されて広く用いられるようになったが、これは今日まで続く GNU/Linux という名前を巡る論争を引き起こすことになる。ここでプロジェクトの理念的な側面を重視して、GNUの名前を用いることを強固に主張したのは他ならぬストールマンであった。 このストールマンの強い思想性に対する評価は分かれている。ジャーナリストのアンドリュー・レオナルドは、ストールマンの「決して妥協しない頑固さ」を才能ある有能なプログラマに共通に見られる特徴だとする。 ストールマンの妥協しない姿勢には、何か安心させてくれるものがある。勝つにせよ負けるにせよ、ストールマンは決してあきらめない。彼は死ぬまで農場の最も頑固なロバでありつづけることだろう。これを「決意が固い」と言うにせよ、あるいは「単に意固地なだけ」と呼ぶにせよ、彼のひたむきな姿勢や厳格なまでの誠実さは、調子のよいことばかりを言う広報担当や何億円もの金をかけたマーケティングが跳梁する世界における、一服の清涼剤のようなものなのである。 —アンドリュー・レオナルド,Salon.com ストールマンはソフトウェアの自由に関する多くのエッセイを執筆しており、1990年代初頭から自由ソフトウェア運動の政治活動家として積極的に活動してきた。彼が定期的に行っている講演は「 GNUプロジェクトと自由ソフトウェア運動」、「 ソフトウェア特許の危険性」、「コンピュータネットワーク時代の著作権とコミュニティ」などである。 2004年、ストールマンはベネズエラで自由ソフトウェアの採用を訴える講演を行い、チャベス大統領から好意的な反応を得ている。また、2006年にはインドのケーララ州政府との交渉の場を持ち、同州にある一万校余りの高校のコンピューターのOSをWindowsからGNU/Linuxに切り替えさせることに成功している。 2006年4月、ストールマンはATIコンパイラー設計者の招待講演で「 ATIから買うな、自由の敵だ」と書かれたプラカードを掲げてプロプライエタリソフトウェアに抗議し、警察が呼ばれる事態に発展した。 AMDはその後ATIを買収し、同社のハードウェアドキュメントやドライバーを自由ソフトウェアコミュニティが利用できるようにするための措置を講じ、成果をもたらした。 スティーブ・ジョブズによるAppleの閉鎖的なプラットフォームに対しては、「コンピューティングに悪影響を与える」と評し批判している。 ストールマンは自身のコンピューティング環境を、BIOSに至るまで徹底した自由ソフトウェア環境で作業を行っている。Libreboot(英語版)と呼ばれるBIOSの自由ソフトウェアな実装を導入したThinkpad X200を使用し、GNU FSDGに適合する完全に自由なGNUディストリビューションであるTrisquel GNU/Linuxを使用している。ThinkPad X200の前は、LibrebootとTrisquel GNU/Linuxを搭載したThinkpad T400sを使用していた。さらに以前は龍夢のYeeloongネットブックを使っていた。彼はこれを、X200、X60、T400s のようにBIOSレベルで自由ソフトウェアを実行できるという理由で選んだ。彼は「自由は私の最優先事項です。私は 1983 年から自由のために運動してきました。そして、より便利なコンピュータのためにその自由を手放すつもりはありません」と述べている。ただしこのLemoteネットブックは、2012 年にアルゼンチン滞在中に盗まれた。 2019年9月、ジェフリー・エプスタインがMITに寄付をしていたことが判明し、これをきっかけにMITメディアラボ所長の伊藤穰一が辞任する事態となった。MITとエプスタインのつながりの隠蔽に抗議するため、 MITコンピュータ科学・人工知能研究所内のメーリングリストでスレッドが開始され、ストールマンもエプスタインやその役割を批判し続けた。そうした彼のコメントはMedium経由で公開されたが、未成年者との性行為や児童ポルノの合法化を主張した2013年以前の著作が再浮上し、論争を拡大させることになった。 2019年9月14日、ストールマンは過去の著作の問題点を認め、自身のブログに「ここ数年の個人的な会話を通じて、子供との性行為が心理的に子供に害を及ぼす可能性があることを理解するようになった。こうした問題についての考えを私は変えた。大人はそんなことをすべきではないと思う」と書いた。2019年9月16日、ストールマンは「一連の誤解と誤った描写によりMITと私への圧力がかかったため、MITとFSFの両方から辞任する」と発表した。ストールマンは自身のウェブサイト等で改めて謝罪した。 2021年3月、LibrePlanet2021で、ストールマンはFSFの取締役会への復帰を発表した。その直後、GNOMEやMozillaなどの著名なオープンソース組織の支援を受けて、ストールマンとFSFの取締役会全体の解任を求める公開書簡がGitHubに掲載された。書簡にはストールマンに対する告発のリストが含まれていた。これに対し、ストールマンの発言は誤解されており、文脈の中で正しく解釈する必要があるとして、FSFにストールマンの留任を求める公開書簡も公開された。FSFの取締役会は4月12日にストールマンを復帰させる決定を再確認する声明を発表した。ストールマン自身も声明を発表し、自身の社会的なスキルの低さを説明し謝罪した。 ストールマンの復帰を受け、複数の組織がFSFを批判するとともに、資金提供の停止、またはFSFとの関係を断った。しかしFSFは、企業からの直接的な財政支援が直近の会計年度の収益の3%未満と述べ、財政的影響は比較的小さかったと主張している。 ストールマンは質素な生活で知られる。たとえば、彼は、リサーチ・アフィリエイトとしてMITに在籍しているが無給である。また、同大学のCSAIL(コンピュータ科学・人工知能研究所)にオフィスを構えている以外には、定住のための住居を持っていない。彼は、この生活について「私はいつも安上がりな生活をしてきた……つまり学生みたいにね。私はそういう生活が好きなんだ。そういう生活なら、カネの言いなりになる必要がないからね」 としている。 また、プライバシーの問題に強い意識を抱いていることでも知られている。たとえば、追跡を受けることで重大なプライバシー侵害が生じうるという理由 で携帯電話を持たないことを推奨している。また、同様に入室の時間と回数の追跡が可能になるという理由で、オフィスのある建物のカードキーを使うことを避けている。さらに、「個人的な理由」から、GNUやFSFの自分のページかそれに関連するページ以外は自分のコンピューターから直接ブラウズすることはないと述べている。そして、その代わりとして、wgetを動かしているサーバーにメールを送り、見たいページをメールで送らせるという方法を用いているという。 キーボードはHappy Hacking Keyboardを愛用していることで知られる。 ストールマンは、多言語話者でもある。彼の母国語は英語であるが、彼はそれに加えてスペイン語とフランス語も流暢に話すことができる。実際にこれらの言語で二時間のスピーチも行っている。本人によれば、カタコトではあるが、インドネシア語も使えるという。 ストールマンはコンロン・ナンカロウ からフォーク音楽 に至るまでの幅広い音楽を好んでいる。ベラ・フレック&ザ・フレックトーンズやウィアード・アル・ヤンコビックも好きであると述べている。 彼は作曲も行っており、ブルガリアのフォークダンス音楽「サディ・モマ」の替え歌として自由ソフトウェアの歌を作っている。最近では、キューバのフォークソング「グァンタナメラ」を元に、グァンタナモ米軍基地の囚人のことを歌った歌を書き上げ、キューバにて現地の音楽家とともにレコーディングしている また、ストールマンはSFのファンでもあり、グレッグ・イーガンの作品を好んでいるという。ストールマン自身、「The Right to Read」と「Jinnetic Engineering」という二つのSF作品を書き上げている。 1999年の記事の注釈によれば「私は無神論者なので、どの宗教指導者にも従おうとは思わないが、ときに彼らの言ったことには尊敬の念を覚える」としている。 なお、ストールマンは12月25日をクリスマスではなくGrav-massとして祝うことを提唱している。これは万有引力(universal gravitation)の法則を発見したアイザック・ニュートンを祝う日であり、彼がユリウス暦の12月25日に生まれたことにちなむものである。 影響を受けた人物について、ストールマンは、マハトマ・ガンディー、キング牧師、ネルソン・マンデラ、アウンサンスーチー、ラルフ・ネーダー、デニス・クシニッチの名前を挙げたうえ、「フランクリン・ルーズベルトやウィンストン・チャーチルも尊敬しているよ。彼らの行ったことの一部には批判的なんだけどね」と述べている。また、ストールマンは、緑の党の支持者であり、国民投票による立法制度の実現を目指すナショナル・イニシアティブ運動の支持者でもある。 ストールマンは、電子投票の反対者でもある。実際に、2008年3月1日に行われたマンチェスターでの講演の中で、投票用紙のコピーさえあれば再集計がより容易であるという理由で、ストールマンは紙による投票を擁護している。 ハッカー ハッカー文化 自由ソフトウェア運動 著作権 聖イグヌチウス ^ "Richard Stallman's mother, Alice Lippman, still remembers the moment she realized her son had a special gift." Chapter 3, Free as in Freedom http://oreilly.com/openbook/freedom/ch03.html ^ Williams, Sam (2002). Free as in Freedom: Richard Stallman's Crusade for Free Software. O'Reilly. p. 41. ISBN 0596002874 ^ http://www.stallman.org/ ^ Past Pioneer Award Winners Electronic Frontier Foundation ^ Musil, Steven. “Computer scientist Richard Stallman resigns from MIT after defending Jeffrey Epstein” (英語). CNET. 2019年9月17日閲覧。 ^ “リチャード・ストールマン氏がフリーソフトウェア財団の理事に復帰”. ZDNet Japan (2021年3月23日). 2021年3月30日閲覧。 ^ “たった一通のメールで代表辞任に追い込まれたリチャード・ストールマンがフリーソフトウェア財団に復帰”. GIGAZINE. 2021年3月30日閲覧。 ^ Stallman, Richard M; Sussman, Gerald J (1977年). “Forward Reasoning and Dependency-Directed Backtracking In a System for Computer-Aided Circuit analysis”. Artificial Intelligence 9. pp. 135–196. 2011年4月11日閲覧。 ^ Williams, Sam (2002). Free as in Freedom: Richard Stallman's Crusade for Free Software. O'Reilly Media. ISBN 0-596-00287-4 Chapter 6. Available under the GFDL in both the initial O'Reilly edition (accessed on 27 October 2006) and the updated FAIFzilla edition . Retrieved 27 October 2006. ^ Leonard, Andrew. “Code free or die”. Salon.com. 2011年4月13日閲覧。 ^ Lih, Andrew (2009). The Wikipedia revolution : how a bunch of nobodies created the world's greatest encyclopedia. Internet Archive. New York : Hyperion. ISBN 978-1-4013-0371-6. https://archive.org/details/wikipediarevolut00liha ^ Stallman, Richard. "Encounter with President Chavez (2004-12-01 to 2004-12-06)". Richard Stallman Travel and Free Software Activities Journal. ^ “Chavez threatens dignitaries”. 2011年4月23日閲覧。 ^ “Kerala logs Microsoft out”. The Financial Express. 2011年4月23日閲覧。 ^ “Protest against ATI nearly led to the arrest of RMS — Free Software Foundation — Working together for free software”. www.fsf.org. 2024年9月18日閲覧。 ^ “AMD、オープンソースのグラフィックスドライバの開発を支援へ”. CNET Japan (2007年9月7日). 2024年9月18日閲覧。 ^ “Stallman: Jobs exerted 'malign influence' on computing”. The Register. 2024年9月19日閲覧。 ^ “How I do my computing”. 2023年9月3日閲覧。 ^ “How I do my Computing”. stallman.org. 2024年9月18日閲覧。 ^ “An interview with Richard Stallman”. Uses This. 2010年3月12日時点のオリジナルよりアーカイブ。2024年9月19日閲覧。 ^ “Richard Stallman has his bag stolen in Argentina”. Devthought.com. 2012年7月18日時点のオリジナルよりアーカイブ。2024年9月19日閲覧。 ^ Lee, Timothy B. (2019年9月17日). “Richard Stallman leaves MIT after controversial remarks on rape” (英語). Ars Technica. 2024年9月19日閲覧。 ^ Levy, Steven. “Richard Stallman and the Fall of the Clueless Nerd” (英語). Wired. ISSN 1059-1028. https://www.wired.com/story/richard-stallman-and-the-fall-of-the-clueless-nerd/ 2024年9月19日閲覧。 ^ “Explaining the Events that Led to Richard Stallman's Resignation Part II - CSAIL Emails | Stallman Support”. stallmansupport.org. 2024年9月19日閲覧。 ^ Brodkin, Jon (2021年3月22日). “Richard Stallman returns to FSF 18 months after controversial rape comments” (英語). Ars Technica. 2024年9月19日閲覧。 ^ Brodkin, Jon (2021年3月23日). “Free software advocates seek removal of Richard Stallman and entire FSF board” (英語). Ars Technica. 2024年9月19日閲覧。 ^ “An open letter in support of Richard M. Stallman” (英語). An open letter in support of RMS.. 2024年9月19日閲覧。 ^ “Statement of FSF board on election of Richard Stallman — Free Software Foundation — Working together for free software”. www.fsf.org. 2024年9月19日閲覧。 ^ “Statements by other organizations on the reappointment of RMS to the FSF board” (英語). rms-open-letter.github.io. 2024年9月19日閲覧。 ^ “What is the financial status of FSF?”. The Free Software Foundation. 2024年9月19日閲覧。 ^ Stallman, Richard (2001年5月29日). “Transcript of Richard M. Stallman’s speech”. Free Software Foundation. 2006年11月26日閲覧。 ^ “A Rare Glimpse Into Richard Stallman's World”. 2011年5月9日閲覧。 ^ “Transcript of Richard Stallman at the 3rd international GPLv3 conference; 22nd June 2006”. 2011年5月9日閲覧。 ^ “The Shaggy God”. 2011年5月9日閲覧。 ^ Stallman, Richard (2007年12月15日). “Real men don't attack straw men”. OpenBSD 'misc' Mailing List. 2009年3月24日閲覧。 “For personal reasons, I do not browse the web from my computer” ^ 関根慎一 (2017年10月2日). “「HHKB 20周年記念ユーザーミートアップ」イベントレポート”. AKIBA PC Hotline!. 2019年12月16日閲覧。 ^ http://mail.gnome.org/archives/foundation-list/2011-January/msg00043.html ^ “Bruce Sterling interview”. 2011年5月9日閲覧。 ^ “Humorous bio”. 2011年5月9日閲覧。 ^ “Richard Stallman Playlist”. 2011年5月9日閲覧。 ^ Stallman, Richard M. “Guantanamero”. 2007年5月4日閲覧。 ^ Various (1999). “Stallman chapter”. Open Sources: Voices from the Open Source Revolution. O'Reilly Media. ISBN 1-56592-582-3. http://www.oreilly.com/catalog/opensources/book/stallman.html 2006年12月9日閲覧。 ^ “Richard Stallman's Personal Page”. 2011年5月9日閲覧。 “Long Term Action Items: Support the National Initiative for Democracy” ^ Stallman, Richard (1 May 2008). Free Software in Ethics and Society (Speech). Manchester, England. 2011年5月9日閲覧。
インタビュー
スラッシュドット・ジャパンでのリチャード・M・ストールマンへのインタビューの翻訳 山形浩生によるインタビュー(1997年) 「copyleft」は賢いジョークの王様だ (Think GNU より) Freedom, Innovation, and Convenience: The RMS Interview (2004年) ITmedia Sunの無意味な発表 (2005年) 見直しがすすむGPL (2005年) BitKeeperとの決別はハッピーエンド (2005年) japan.linux.com (SourceForge.JP Magazine) ストールマン リチャード:作家別作品リスト - 青空文庫 Stallmanの理念に準じたサイン販売 (2006年) japan.linux.com (SourceForge.JP Magazine) リチャード・ストールマン氏がフリーソフトウェア財団とMITの役職辞任--疑惑の投資家関連コメント巡り (Cnet Japan 2019年9月17日記事) 表 話 編 歴 採用 批判
歴史 カーネル リーナスの法則 Linux Foundation Tux vmlinux kernel.org Linuxカーネルメーリングリスト Linuxディストリビューション
ネットブックでの比較(英語版) 軽量Linuxディストリビューション Live CD Live USB パッケージフォーマット フリーソフトウェア財団 GNU GNU GPL GNU/Linux名称論争 GNUプロジェクト AfterStep Blackbox CTWM Enlightenment FVWM Hackedbox IceWM Metisse OLVWM PLWM Sawfish(英語版) vtwm wm2 wmx Xmonad CLI GUI GNOME KDE Xfce LXDE Cinnamon MATE Pantheon デスクトップ(英語版) デバイス(英語版) 組み込み ゲーム LAMP MEAN シンクライアント Free Software Magazine Linux.com Linux Format Linux Gazette(英語版) Linux Journal Linux Magazine Linux Outlaws(英語版) LugRadio LWN.net O3 Magazine(英語版) Phoronix(英語版) デバイス(英語版) ディストリビューション(英語版) Live CD(英語版) Linux対応プロプライエタリソフトウェア(英語版) 起動過程(英語版) Linux kernel oops コンソール(英語版) フレームバッファ(英語版) カーネルモジュール zram Access Linux Platform Android Firefox OS KaiOS LiMo Foundation LiMo Platform Linux Phone Standards Forum Sailfish OS
Mer(英語版) Maemo Moblin Mobilinux オープン・ハンドセット・アライアンス Openmoko OPhone webOS SHR Tizen
Ubuntu Mobile Ubuntu Touch Linuxにおけるマルウェア en:Comparison of antivirus software Clam AntiVirus Linuxカンファレンス(英語版) Linuxドキュメンテーションプロジェクト Linux Standard Base Linuxユーザーグループ (LUG)(英語版) Revolution OS SCO・Linux論争 アンドリュー・タネンバウムとリーナス・トーバルズの議論
表 話 編 歴 ハンス・ピーター・アンヴィン(英語版) ジェンス・アクスボー アンドリース・ブラウワー(英語版) レミー・カード(英語版) アラン・コックス マシュー・ギャレット(英語版) マイケル・ケリスク(英語版) シュア・カーン(英語版) コン・コリヴァス(英語版) グレッグ・クロー=ハートマン ベンソン・レオン(英語版) ロバート・ラブ(英語版) デイヴィッド・S・ミラー インゴ・モルナール(英語版) アンドリュー・モートン キース・パッカード ハンス・ライザー ラスティ・ラッセル セージ・シャープ(英語版) リーナス・トーバルズ セオドア・ツォー スティーブン・トゥイーディー(英語版) セージ・ウェイル(英語版) ハラルト・ヴェルテ クリス・ライト(英語版) リチャード・ストールマン マイケル・ティーマン ソーラー・デザイナー(英語版) ガエル・デュバル(英語版) マーク・ユーイング(英語版) ベンジャミン・マコ・ヒル ピーター・マクドナルド(英語版) イアン・マードック ダニエル・ロビンス(英語版) ジェーン・シルバー マーク・シャトルワース パトリック・フォルカーディン ボブ・ヤング ティモシー・ベセット(英語版) マティアス・エトリッヒ オリヴィエ・フルダン(英語版) マーク・ガラッシ(英語版) ジム・ゲティス(英語版) ライアン・C・ゴードン(英語版) ハラルト・ホイヤー ミゲル・デ・イカザ ハヴォック・ペニントン レナート・ポッターリング ケイ・シェバース デイブ・テイラー ジェフ・ウォー(英語版) ヴァレリー・オーロラ(英語版) ドナ・ベンジャミン(英語版) ケン・コアー(英語版) メアリー・ガーディナー(英語版) ジョン・ホール ブラッドリー・M・クーン ブルース・ペレンズ エリック・レイモンド ピア・アンドリュース(英語版) ジョノ・ベーコン キース・バーゲルト パメラ・ジョーンズ(英語版)} アリソン・ランダル カレン・サンドラー(英語版) デイブ・シフリー(英語版) ルイス・ビジャ(英語版)
表 話 編 歴 GNU宣言 フリーソフトウェア財団
インド ラテンアメリカ 自由ソフトウェアの定義 FLOSSの歴史 GNU General Public License
フォント例外 GNU Lesser General Public License GNU Affero General Public License GNU Free Documentation License GNAT Modified General Public License GNU
Hurd Linux-libre glibc Bash Coreutils Autotools GCC binutils GDB GRUB GNUstep GIMP Jami Emacs TeXmacs Octave Taler R GSL GMP Electric Archimedes GNUnet GNU Privacy Guard Gnuzilla
GNU Health GNUmed LilyPond Go Chess Gnash Gnulib Bazaar アレシャンドリ・オリヴァ ベンジャミン・マコ・ヒル ブラッドリー・M・クーン ブライアン・フォックス エベン・モグレン フェデリコ・ハインツ ゲオルク・C・F・グレーフェ リカルド・ガリ リチャード・ストールマン ロバート・J・シャッセル ジョン・サリバン GNU/Linux名称論争 Revolution OS The Cathedral and the Bazaar BadVista Defective by Design
表 話 編 歴 リチャード・ストールマン(代表) ウィリアム・ジョン・サリバン ヘンリー・プール ジェラルド・ジェイ・サスマン GNU General Public License GNU Lesser General Public License GNU Affero General Public License GNAT Modified General Public License GNU Free Documentation License Free Software Directory FSFフリーソフトウェア賞 BadVista Defective by Design FSF Europe FSF Latin America FSF India プログラミング自由連盟 自由ソフトウェア 自由ソフトウェア運動 自由ソフトウェアの定義 自由ソフトウェアライセンス フリーソフトウェア財団対シスコシステムズ事件 Linuxディストリビューションの比較 表 話 編 歴 GNU Emacs XEmacs Freemacs(英語版) EINE(英語版) Gosling Emacs
Hemlock JOVE(英語版) mg(英語版) MicroEMACS MINCE(英語版) Multics Emacs Perfect Writer(英語版) GNU TeXmacs vile Zmacs(英語版) ZWEI(英語版) AUCTeX Dired Dunnet Emacs Speaks Statistics(英語版) Emacspeak(英語版) EMMS(英語版) ERC eww Gnus Magit Org-mode Planner(英語版) rcirc RefTeX(英語版) SLIME w3m Emacs Lisp MULE ハネウェル Perfect Writer(英語版) マーク・オブ・ザ・ユニコーン マサチューセッツ工科大学 Numara Software(英語版) リチャード・P・ガブリエル(英語版) ジェームズ・ゴスリン ジム・ホール(英語版) ダニエル・マーフィー(英語版) ラス・ネルソン(英語版) リチャード・ストールマン ガイ・スティール・ジュニア ダニエル・ウェインレブ(英語版) Conkeror 四散新聞 エディタ戦争 Spacemacs
FAST ISNI VIAF WorldCat ノルウェー スペイン フランス BnF data ドイツ イタリア イスラエル フィンランド アメリカ 日本 韓国 クロアチア オランダ ポーランド
計算機協会 CiNii Books CiNii Research DBLP Scopus zbMATH MusicBrainz ドイッチェ・ビオグラフィー IdRef アメリカ合衆国のプログラマ アメリカ合衆国の計算機科学者 アメリカ合衆国の活動家 グレース・ホッパー賞の受賞者 EFFパイオニア賞の受賞者 ユーリ・ルビンスキー記念賞の受賞者 ACMソフトウェアシステムアワードの受賞者 アメリカ芸術科学アカデミー会員 全米技術アカデミー会員 マッカーサー・フェロー フリーソフトウェア財団 コンピュータの文化 ハッカー UNIXに関係する人物 MITコンピュータ科学・人工知能研究所の人物 東欧ユダヤ系アメリカ人 ニューヨーク市出身の人物 1953年生 存命人物 インターネットの殿堂 Emacs プロジェクト人物伝項目 FAST識別子が指定されている記事 ISNI識別子が指定されている記事 VIAF識別子が指定されている記事 WorldCat Entities識別子が指定されている記事 BIBSYS識別子が指定されている記事 BNE識別子が指定されている記事 BNF識別子が指定されている記事 BNFdata識別子が指定されている記事 GND識別子が指定されている記事 ICCU識別子が指定されている記事 J9U識別子が指定されている記事 KANTO識別子が指定されている記事 LCCN識別子が指定されている記事 NDL識別子が指定されている記事 NLK識別子が指定されている記事 NSK識別子が指定されている記事 NTA識別子が指定されている記事 PLWABN識別子が指定されている記事 ACM-DL識別子が指定されている記事 CINII識別子が指定されている記事 CRID識別子が指定されている記事 DBLP識別子が指定されている記事 Scopus識別子が指定されている記事 ZBMATH識別子が指定されている記事 MusicBrainz識別子が指定されている記事 DTBIO識別子が指定されている記事 SUDOC識別子が指定されている記事
2025/04/03 20:59更新
|
Richard Matthew Stallman
リチャード=ストールマンと同じ誕生日3月16日生まれの人


TOPニュース
リチャード=ストールマンと近い名前の人


話題のアホネイター

この記事は、クリエイティブ・コモンズ・表示・継承ライセンス3.0のもとで公表されたウィキペディアの項目「リチャード=ストールマン」を素材として二次利用しています。