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宗佑磨の情報 (むねゆうま)
芸能人・有名人Wiki検索(誕生日、出身地)

【11月23日】今日誕生日の芸能人・有名人

宗佑磨の情報(むねゆうま) 野球選手 芸能人・有名人Wiki検索[誕生日、年齢、出身地、星座]

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宗 佑磨さんについて調べます

■名前・氏名
宗 佑磨
(読み:むね ゆうま)
■職業
野球選手
■宗佑磨の誕生日・生年月日
1996年6月7日 (年齢28歳)
子年(ねずみ年)、双子座(ふたご座)
■出身地・都道府県
東京出身

(平成8年)1996年生まれの人の年齢早見表

宗佑磨と同じ1996年生まれの有名人・芸能人

宗佑磨と同じ6月7日生まれの有名人・芸能人

宗佑磨と同じ出身地東京都生まれの有名人・芸能人


宗佑磨と関係のある人

左澤優: 高校でのチームメイトとしては、2学年下に後にオリックスでも同僚となる宗佑磨がいる。


島本浩也: 日本一の決まる第7戦(京セラ)では、5回6点リードも2死一、二塁というピンチを招いた先発の青柳晃洋をリリーフする形で登板し、宗佑磨を左飛に封じてチームの日本一に貢献した。


西口直人: 7回まで2安打無失点と完封ペースでアウトを重ねたが、8回二死三塁から宗佑磨に同点2ランを打たれマウンドを降りた。


佐藤一磨: 大和リトルシニア、横浜隼人高、オリックスという球歴は、宗佑磨と一緒である(佐藤が5学年下)。


中嶋聡: 2021年、二軍にいた杉本裕太郎の長打力を買って4番に抜擢し、宗佑磨の守備センスを見抜いて外野から三塁にコンバート、小田裕也には小技を徹底的に磨かせるなど、個々の長所を組み合わせる戦法を貫いた。


根本薫: 同リーグ終了後の2017アジアウインターベースボールリーグには、NPBウエスタン選抜チームへの参加を予定していたチームメイトの宗佑磨が左肩の負傷で参加を辞退したことから、代替選手(外野手)として同チームに急遽参加した。


富山凌雅: ルーキーイヤーはこの1試合のみの一軍登板に留まったものの、オフに現状維持の推定年俸1000万円で契約を更改し、その後は西浦颯大・宗佑磨・佐野皓大とともにオーストラリアン・ベースボールリーグのメルボルン・エイシズへ派遣された。


後藤駿太: 2018年は、春季キャンプ中にインフルエンザB型に感染した影響で出遅れたことに加えて、その間に内野手から中堅手へ転向した宗佑磨がオープン戦で活躍したため、プロ入り後初めて公式戦の開幕を二軍で迎えた。


葛西蘭: 高校の先輩である宗佑磨がプロ野球で活躍していることを知り、所属しているオリックス・バファローズのファンになる。


宗佑磨の情報まとめ

もしもしロボ

宗 佑磨(むね ゆうま)さんの誕生日は1996年6月7日です。東京出身の野球選手のようです。

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ドラマ、家族、引退に関する情報もありますね。今年の情報もありました。宗佑磨の現在の年齢は28歳のようです。

宗佑磨のプロフィール Wikipedia(ウィキペディア)

■プロジェクト:野球選手  ■テンプレート

宗 佑磨(むね ゆうま、1996年6月7日 - )は、東京都武蔵野市出身のプロ野球選手(内野手、外野手)。右投左打。オリックス・バファローズ所属。

東京都武蔵野市にてギニア人の父と日本人の母の間に出生。すぐに大阪府大阪市に移り、子どもの頃はサッカーをやっていたが、小学3年時に転居した御茶ノ水の小学校にはサッカークラブが無く、お茶の水スリーアローズで軟式野球を始める。当時は遊撃手と投手を兼ねていた。小学5年時に神奈川県鎌倉市に転居し、鎌倉市立玉縄中学校時代には軟式野球部に所属していた。

横浜隼人高校への進学後は、1年時の秋に外野手としてベンチ入りを果たすと、関東大会に出場。2年時の春には、前年夏の選手権本大会で大会史上最多の1試合22奪三振・10打者連続奪三振を樹立した桐光学園高校の松井裕樹から2安打を打ったことで注目された。3年時の6月中旬に右膝蓋骨を骨折したが、手術を経て夏の選手権神奈川大会で実戦に復帰すると、チームを準決勝にまで導いた。在学中には、対外試合で通算26本塁打、打率.452を記録したが、春夏とも甲子園球場での全国大会と縁がなかった。

2014年10月23日に行われたドラフト会議では、内野手としてオリックス・バファローズから2位指名を受け、契約金6000万円、年俸700万円(金額は推定)という条件で入団した。背番号は6。

2015年は、高校3年時に手術した右膝が完治しないまま、夏場に腰痛を発症。その影響で、一軍昇格の機会はなかった。ウエスタン・リーグの公式戦でも16試合の出場にとどまったが、打率.333、2三塁打、1打点を記録。12月1日の契約交渉では、推定年俸600万円(前年より100万円減)という条件で契約を更改した。

2016年は、9月18日の対福岡ソフトバンクホークス戦(福岡PayPayドーム)に、「2番・遊撃手」としてスタメンで一軍公式戦にデビュー。しかし、初打席から3三振を喫し、遊撃の守備でもゴロの悪送球で初失策を記録した。その後も一軍公式戦2試合に出場したが、無安打でシーズンを終えた。ウエスタン・リーグの公式戦では、60試合の出場で打率.272、3本塁打、12打点、3盗塁を記録。シーズン終了後に台湾で開かれたアジアウインターベースボールリーグ(AWB)にも、同リーグ選抜のメンバーとして参加した。AWBでは17試合の出場で、打率.240(50打数12安打)、12打点、1盗塁という成績を残した。

2017年は、ウエスタン・リーグ公式戦の序盤から、主にクリーンアップで起用。3・4月度のファーム月間MVPを受賞した。一軍の公式戦でも、9月27日の対北海道日本ハムファイターズ戦(京セラドーム大阪)5回裏の打席で斎藤佑樹から一軍公式戦での初安打を打つなど、10試合の出場で1本の二塁打を含む4安打を記録。しかし、走塁面では盗塁の成功までに至らず、3つの盗塁死を喫した。ウエスタン・リーグ公式戦では、104試合に出場し、入団後初めて規定打席に到達。本塁打は1本にとどまったものの、34打点、8盗塁、リーグ6位の打率.279を記録した。レギュラーシーズンの終了後には、フェニックス・リーグの数試合で外野の守備を経験。秋季キャンプをはさんで、2年連続でAWBへの参加を予定していたが、キャンプ中に左肩を傷めたため参加を辞退した(代替選手はチームメイトの根本薫)。

2018年は、春季キャンプのスタートを二軍で迎えたものの、二軍の紅白戦で好成績を残すなど打撃面で急成長。一軍クラスの中堅手が軒並み故障や不振であったことから、一軍監督・福良淳一の方針で、内野手登録のままキャンプの途中から外野手へ転向した。3月4日の横浜DeNAベイスターズとのオープン戦(ほっともっとフィールド神戸)では、前日(3月3日)の同カード(京セラドーム大阪)に続く1回裏での先頭打者本塁打をランニング本塁打で記録した。NPBオープン戦でのランニング本塁打は、2012年のクレイグ・ブラゼル(阪神タイガース)以来6年ぶりで、日本人選手としては谷佳知がブルーウェーブ時代の2001年3月3日の対大阪近鉄バファローズ戦で記録して以来17年ぶりである。オープン戦全体では、13試合の出場でチームトップの4本塁打・4盗塁および、打率.306を記録。自身初の開幕一軍入りを果たしたばかりか、主に「1番・中堅手」として開幕戦から先発に定着した。「OSAKAクラシック」として開かれた4月30日の対ソフトバンク戦(京セラドーム大阪)では、1回裏の打席で、一軍公式戦での初本塁打を中田賢一からの先頭打者本塁打で記録した。5月中旬以降は、故障による戦線の離脱や、打撃不振による打順の降格を経験。「1番・中堅手」へ再び起用された9月30日からの対東北楽天ゴールデンイーグルス2連戦(楽天生命パーク)では、第1戦の第4打席で3号2点本塁打を打つと、翌10月1日の第2戦で初回先頭打者本塁打からの2打席連続本塁打によって、2日がかりで3打席連続本塁打を記録した。一軍公式戦には通算74試合の出場で、打率.233ながら、5本塁打、22打点、3盗塁という成績を残した。

2019年は、登録ポジションを内野手から外野手へ変更。春季キャンプのスタートを一軍で迎えたが、打撃不振でキャンプ中に二軍へ降格。前年につかんだ開幕スタメンの座も一軍経験の浅い西浦颯大に奪われるなど、一軍への復帰は、セ・パ交流戦の終盤にまで持ち越された。7月10日の楽天戦(楽天生命パーク)では、同点で迎えた延長10回表二死一・二塁の打席で、高校2年時の選手権神奈川大会以来6年ぶりに対戦した松井裕樹から決勝の適時打を打っている。一軍公式戦全体では、出場試合数(54試合)や本塁打(2本)などが前年から減少した一方で、前年を上回る打率(.270)や盗塁数(7)を記録。二軍調整中から三塁の守備を練習していたため、レギュラーシーズンの終盤に中堅手として先発に起用された一軍公式戦では、途中の守備から三塁を経て中堅に戻ることもあった。結局、一軍では内外野とも無失策でシーズンを終えている。なお、シーズン終了後の11月下旬からは、およそ1か月にわたってオーストラリアン・ベースボールリーグへ派遣。リーグ戦23試合の出場で、打率.387、3本塁打、12打点と活躍したほか、全試合で三塁を守った。

2020年は、春季キャンプから一軍に帯同。オープン戦の途中までは好調だったが、新型コロナウイルスへの感染拡大に伴う自主練習期間中に背中と腰の間の張りが強まった影響で、開幕一軍入りを逃した。開幕2週間後の7月1日に、不振の中川圭太に代わって一軍へ登録。7月25日の対楽天戦(楽天生命パーク)では、7回表に代走でホームスチールを成功させると、9回表の打席でランニング本塁打を記録した。オリックスの選手による一軍公式戦でのランニング本塁打は、前身球団を含めても18年ぶりだが、同じ試合で本盗も成功させた事例は初めてである。一軍公式戦には通算で72試合に出場したが、打率.225、本塁打は前述のランニング本塁打の1本にとどまった。その一方で、外野手として登録されながら、試合の展開などに応じて三塁も守っていた。

2021年は、自主トレーニングの終盤に脚を痛めた影響で春季キャンプに参加できなかった。3月上旬の教育リーグから実戦に復帰すると、オープン戦の終盤から一軍に合流した。3月26日に、埼玉西武ライオンズとのレギュラーシーズン開幕戦(メットライフドーム)で「8番・三塁手」として先発に起用。4月30日の対ソフトバンク戦(京セラドーム大阪)では、1点ビハインドの9回裏一死一・二塁で迎えた打席で、プロ入り後初めてのサヨナラ安打(走者一掃の二塁打)を記録。チームの4試合連続9回引き分けを阻止した。5月3日の対西武戦(メットライフドーム)では、8回表二死二・三塁で迎えた打席で、森脇亮介から前年に続いてランニング本塁打を記録。NPBの一軍公式戦でランニング本塁打を2年連続で記録した選手は、1987年・1988年の屋鋪要(横浜大洋ホエールズ)、オリックスでは阪急ブレーブス時代(1956年・1957年)の渡辺清以来であった。レギュラーシーズンの開幕当初は前年に続いて三塁手と外野手を兼ねていたが、シーズンの途中からは「2番・三塁手」に定着。パシフィック・リーグの最終規定打席へ初めて到達するとともに打率.272、9本塁打、42打点というキャリアハイの成績で、チームを(ブルーウェーブ時代の1996年以来)25年ぶりのリーグ優勝に導いた。ポストシーズンでも、千葉ロッテマリーンズとのクライマックスシリーズ(CS)ファイナルステージおよび、東京ヤクルトスワローズとの日本シリーズ全試合に「2番・三塁手」として先発に起用。CSでは第3戦にロッテの岩下大輝から2点本塁打を打った。ヤクルトとの日本シリーズでは、全6試合で安打を記録した。登録ポジションは外野手ながら、シーズンの終了後にはパ・リーグの三塁手部門でゴールデングラブ賞とベストナインを初めて受賞。オリックスの選手がゴールデングラブ賞を三塁手部門で受賞した事例は、1996年の馬場敏史以来25年ぶりであった。12月16日に、前年から3倍増となる推定年俸5700万円という条件で契約を更改した。

2022年は、4月29日の対西武戦(京セラドーム大阪)では両者無得点で迎えた9回一死一・三塁の打席で平良海馬からサヨナラ安打を放った。オールスターゲームには選手間投票で初選出され、第1戦(福岡PayPayドーム)では1点を追う6回二死満塁の打席で伊勢大夢から球宴初安打となる同点適時打を放ち、敢闘賞に選出された。9月19日の対ソフトバンク戦(京セラドーム大阪)では5-5の同点で迎えた延長10回二死満塁の打席でコリン・レイからシーズン2度目のサヨナラ安打を放った。ヤクルトとの日本シリーズでは前年と合わせて第3戦まで9試合連続安打を記録した。シーズンの終了後には2年連続でゴールデングラブ賞とベストナインを受賞、スカパー! ドラマティック・サヨナラ賞年間大賞に選出された。オフの12月8日の契約更改では2100万円増の推定年俸7800万円でサインした。

2023年、3月31日の西武との開幕戦(ベルーナドーム)で延長10回に決勝本塁打を放ち、チーム開幕戦勝利に貢献した。5月4日の対ソフトバンク戦(福岡PayPayドーム)では自身初の1試合4安打を放った。同月31日の対広島戦(京セラドーム大阪)で4回無死無走者の打席で九里亜蓮から左足に死球を受け、途中交代。翌6月1日に左ふくらはぎ打撲のため、出場選手登録を抹消された。同月11日に一軍に復帰すると、7月1日の対日本ハム戦(エスコンフィールドHOKKAIDO)では1-1の同点で迎えた5回一死一・二塁の打席で上沢直之から決勝2点適時二塁打を放ち、チームの上沢相手の連敗を12で止めた。8月4日の対西武戦(ベルーナドーム)では漆戸駿打撃投手のユニフォームを代用し、背番号「115」で出場した。阪神との日本シリーズでは第3戦(阪神甲子園球場)で1点リードで迎えた5回二死一・二塁の打席で伊藤将司からシリーズ初安打となる2点適時二塁打を放ち、勝利に貢献するも、チームは3勝4敗で2年連続日本一を逃した。シーズンの終了後には3年連続でゴールデングラブ賞とベストナインを受賞。オフの12月10日の契約更改では500万円増の推定年俸8300万円でサインした。

手動計測ながら50メートル走で最速5秒8を記録したほどの俊足と、遠投100メートルという強肩の持ち主。投手としてもストレートで最速141km/h、高校3年時の春に立ち幅跳びで2m69cmを記録するなど、高い身体能力を有している。

横浜隼人高校硬式野球部監督の水谷哲也によれば、宗は短い距離のゴロへの反応に長けている一方で、在学中から長い距離のゴロを捕球する際の体勢や捕球後のスローイングに難があるという。現に、1年時には水谷監督の方針で右翼を守っていて、2年時から三塁や遊撃の守備に取り組んでいた。宗はオリックスの入団後も「守備範囲の広い外野手」として台頭していたが、入団5年目(2019年)のシーズン終盤から、出場機会を増やすべく三塁の守備へ本格的に着手。7年目の2021年途中から正三塁手へ定着すると、その年に三塁手としてゴールデングラブ賞を受賞するまでに成長している。

愛称は「ウィル」。

水谷によれば、中学生時代に硬式球を使う少年野球リーグ(ボーイズリーグやシニアリーグなど)で台頭した選手が、高校野球の強豪校へ進学する傾向の強い神奈川県において、県内の公立中学校の軟式野球部からNPB入りを果たした野手は宗が初めてだという。宗本人や家族は、「実家から通える」「勉学と野球を両立できる」「硬式野球部が過去に甲子園球場の全国大会へ出場している」「硬式野球部からNPBへ入った選手(小宮山慎二や鈴江彬)がいる」との理由で、横浜隼人高校への進学を志望した。当時、硬式野球部部長の榊原秀樹が入学募集の資料を配布する目的で県内の中学校を行脚した際に、「野球の能力の高い子が公立中学校にいて、横浜隼人高校への進学を希望している」という話を聞き付けたことも相まって、スポーツ推薦枠ではなく「進学コース」での入学に至った

横浜隼人高校からオリックスへの入団に至るまでは、宗の3年時(2014年)に球団副本部長兼編成部長兼アマチュアスカウトグループ長へ就いたばかりの加藤康幸が、スカウティングを担当していた。オリックス入団の前年(2013年)には、楽天でチーム統括本部長として当時2年生だった宗の視察を始めていた。当のオリックスには、2014年に高卒の野手4人(若月健矢・園部聡・吉田雄人・奥浪鏡)が入団していたが、加藤は入団後初めて携わるドラフト会議に際して、宗を2巡目で指名することを強く推薦したという。球団の内部では、上位指名への異論が一斉に巻き起こったものの、当初は推薦に反対していた上司の瀬戸山隆三球団本部長は、「宗がアカン(入団後に2巡目の指名にふさわしい成長を見せな)かったら責任を取れ」という一言を添えながらも、加藤の意思を尊重した。当時のオリックスは「(高卒選手の)育成が下手」との風評に晒されていたことから、加藤は水谷監督への指名挨拶の席で、宗について「オリックスが変わることへの旗頭になって欲しくて、2位での指名に踏み切った。(オリックスブルーウェーブ時代に主力選手の田口壮が着用していた)背番号6を付けさせるので、(一軍に台頭するまでは)辛抱して欲しい」と明言している。宗が水谷監督などの承諾を経て入団してからは、大学生時代から積み重ねている運動生理学の知見を基に、宗のトレーニング方法について現場のコーチへ細かく注文を出していた。加藤は編成以外の部門への異動を内示されたことなどを機に2016年限りで退団したが、宗が入団7年目(2021年)に一軍の正三塁手へ定着したことから、水谷監督は「大学野球を4年間・社会人野球を2年間経験したほどの時間をかけてまで、(オリックスは)宗を(一流の選手に)育ててくれた」と評価。神奈川県内の公立中学校で軟式野球部でのプレーしか経験していなかった学生が、宗を目標に掲げながら、水谷監督が率いる横浜隼人高校硬式野球部へ入ることも相次いでいるという。

中学3年時の冬休みにガーナを訪れた際に、知人の呪術師から「ジョパタ」(現地の宗教に基づくブレスレット状のお守り)を授かった。宗も横浜隼人高校の硬式野球部へ入ってから、ジョバタをユニフォームのポケットに入れて試合に臨むとご利益が現れるようになったという。現に、宗もオリックスへの入団を機に「青濤館」(球団の合宿所)での生活を始めた際にも「ジョパタ」を持ち込んだ。

横浜隼人高校在学中には、試合中のプレーの合間に垣間見える行動や振る舞いも世話になった加藤から高く評価されていた。オリックス入団後の2021年9月25日には、宗とともに外野手としてレギュラーの座を争っていた高卒の後輩(入団4年目)の西浦颯大が特定疾患(両側特発性大腿骨頭壊死症)で歩行に支障を来していることを理由に、現役引退を発表したことを受けて対東北楽天ゴールデンイーグルス戦でのナイトゲーム(京セラドーム大阪)に臨む前の円陣で「野球がやりたくてもできなくなってしまう若い選手(西浦)がいます。熱い気持ちを持って戦いましょう!」との言葉でナインを鼓舞した。なお、宗はこの試合で先制本塁打を放ったことによって臨んだヒーローインタビューでも、「彼(西浦)の分も最後まで戦って優勝したいと思います」と語っていた。

2023年度シーズン終了時

各年度の太字はリーグ最高

2023年度シーズン終了時

各年度の太字はリーグ最多

太字年はゴールデングラブ賞受賞年

ベストナイン:3回(三塁手部門:2021年 - 2023年

ゴールデングラブ賞:3回(三塁手部門:2021年 - 2023年

オールスターゲーム敢闘選手賞:1回(2022年第1戦)

スカパー! ドラマティック・サヨナラ賞年間大賞:1回(2022年)

月間サヨナラ賞:1回(2022年9・10月)

初出場・初先発出場:2016年9月18日、対福岡ソフトバンクホークス24回戦(福岡PayPayドーム)、2番・遊撃手で先発出場

初打席:同上、1回表にリック・バンデンハークから空振り三振

初安打:2017年9月27日、対北海道日本ハムファイターズ23回戦(京セラドーム大阪)、5回裏に斎藤佑樹から左前安打

初盗塁:2018年4月3日、対千葉ロッテマリーンズ1回戦(京セラドーム大阪)、3回裏に二盗(投手:石川歩、捕手:田村龍弘)

初打点:同上、5回裏に石川歩から右前適時打

初本塁打:2018年4月30日、対福岡ソフトバンクホークス6回戦(京セラドーム大坂)、1回裏に中田賢一から中越初回先頭打者本塁打 ※プロ初本塁打が初回先頭打者本塁打は史上44人目

オールスターゲーム出場:1回(2022年)

6(2015年 - )

2016アジアウインターベースボールリーグ:ウエスタン・リーグ選抜

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^ 「【オリックス】宗佑磨、涙のサヨナラ打!首位と0差!失点につながる失策&犠打失敗「良くも悪くも僕の日」」『スポーツ報知』報知新聞社、2022年9月19日。2022年12月27日閲覧。

^ 「【オリックス】宗佑磨が9試合連続安打 日本シリーズ記録は「打撃の神様」の18試合連続」『スポーツ報知』報知新聞社、2022年10月25日。2022年12月27日閲覧。

^ 「オリックス宗佑磨2年連続受賞「目指していた賞、まだまだレベルアップしたい」【ゴールデン・グラブ賞】」『中日スポーツ』中日新聞社、2022年11月14日。2022年12月27日閲覧。

^ “パ・リーグ ベストナイン、オリックス3選手が受賞!”. オリックス・バファローズ (2022年11月24日). 2022年11月24日閲覧。

^ 「年間大賞にオリックス・宗とヤクルト・丸山和がファン投票で選出 「スカパー!ドラマティック・サヨナラ賞」」『サンケイスポーツ』産経新聞社、2022年12月13日。2022年12月27日閲覧。

^ 「【オリックス】宗佑磨2100万増の7800万円「皮がむけるきっかけになった」表情すっきり」『日刊スポーツ』日刊スポーツ新聞社、2022年12月8日。2022年12月27日閲覧。

^ 「【オリックス】森友哉が古巣から1号 ブーイング受け止め「応援してもらっていたということ」」『日刊スポーツ』日刊スポーツ新聞社、2023年3月31日。2024年1月12日閲覧。

^ 「【オリックス】宗佑磨がプロ初の4安打 6回には一時勝ち越しの中前打「流れに乗せてもらった」」『スポーツ報知』報知新聞社、2023年5月4日。2024年1月12日閲覧。

^ 「【オリックス】宗佑磨、左足ふくらはぎ付近に死球で途中交代 スタンドから「宗頑張れー!」の声」『日刊スポーツ』日刊スポーツ新聞社、2023年5月31日。2024年1月12日閲覧。

^ 「【オリックス】宗佑磨が抹消、左ふくらはぎ打撲 大城滉二も 安達了一とゴンザレスが昇格」『日刊スポーツ』日刊スポーツ新聞社、2023年6月1日。2024年1月12日閲覧。

^ 「【オリックス】宗佑磨が左ふくらはぎ打撲から復帰、宜保翔は「特例2023」で抹消」『日刊スポーツ』日刊スポーツ新聞社、2023年6月11日。2024年1月12日閲覧。

^ 「「最高の結果になった」宗佑磨が決勝打 12連敗"天敵"日本ハム・上沢についに黒星【オリックス】」『中日スポーツ・東京中日スポーツ』中日新聞社、2023年7月1日。2024年1月12日閲覧。

^ 「【オリックス】宗佑磨、背番号「115」でスタメン出場…ユニホーム届かなかった?漆戸駿打撃投手に借りる」『スポーツ報知』報知新聞社、2023年8月4日。2024年1月12日閲覧。

^ 「【オリックス】ナカジマジックが甲子園でもさく裂!打順上げた宗佑磨が価値あるシリーズ初安打」『日刊スポーツ』日刊スポーツ新聞社、2023年10月31日。2024年1月12日閲覧。

^ 「オリックス、2年連続日本一ならず…阪神との関西シリーズは悔しい3勝4敗」『BASEBALL KING』フロムワン、2023年11月5日。2024年1月12日閲覧。

^ 「三井ゴールデン・グラブ賞、オリックスから山本、若月、宗が受賞―山本「3年連続で選んでいただき光栄」」『スポニチ Sponichi Annex』スポーツニッポン新聞社、2023年11月10日。2024年1月12日閲覧。

^ 「【ベストナイン】オリックス最多5人 山本由伸、宗佑磨は3年連続、頓宮、紅林は初 森2年ぶり」『日刊スポーツ』日刊スポーツ新聞社、2023年11月27日。2024年1月12日閲覧。

^ 「オリ・宗が500万円増の8300万円で更改 4年連続GB賞獲得に意欲「サードは宗と言われるように」」『スポニチ Sponichi Annex』スポーツニッポン新聞社、2023年12月10日。2024年1月12日閲覧。

^ 喜瀬雅則『オリックスはなぜ優勝できたのか 苦闘と変革の25年』光文社、2021年、269 - 270頁。ISBN 978-4-334045-82-1。 

^ “「結局は打つ人がレギュラーになるんです」オリックス宗佑磨の覚悟”. 文春オンライン (2020年3月6日). 2020年7月26日閲覧。

^ “先発ペーター、捕手トモヤ―オリックス「ニックネームユニホーム」で登場”. スポーツニッポン (2023年5月5日). 2024年1月13日閲覧。

^ 喜瀬雅則『オリックスはなぜ優勝できたのか 苦闘と変革の25年』光文社、2021年、256 - 258頁。ISBN 978-4-334045-82-1。 

^ 喜瀬雅則『オリックスはなぜ優勝できたのか 苦闘と変革の25年』光文社、2021年、260 - 269頁。ISBN 978-4-334045-82-1。 

^ オリックス2位宗、呪術師からのお守り持参 日刊スポーツ 2015年1月11日掲載

^ 喜瀬雅則『オリックスはなぜ優勝できたのか 苦闘と変革の25年』光文社、2021年、262頁。ISBN 978-4-334045-82-1。 

^ 宗「西浦の分まで」 プロ野球・オリックス 時事通信社 2021年9月25日配信

^ オリックス・山本由伸が個人12連勝!引退発表の後輩へ「西浦の分まで…」 BASEBALL KING 2021年9月25日配信

^ “マイナビオールスターゲーム2022 第1戦 表彰選手”. 日本野球機構 (2022年7月26日). 2022年7月27日閲覧。

東京都出身の人物一覧

オリックス・バファローズの選手一覧

個人年度別成績 宗佑磨 - NPB.jp 日本野球機構

選手の各国通算成績 Baseball-Reference (Japan)、The Baseball Cube

選手名鑑 - オリックス・バファローズオフィシャルサイト

宗佑磨 (@MuneYuma) - X(旧Twitter)

宗佑磨 (@orix_6_official) - Instagram

71 岸田護

88 水本勝己(ヘッド)

87 齋藤俊雄(戦略)

75 厚澤和幸(投手)

77 比嘉幹貴(投手)

78 嶋村一輝(打撃)

82 川島慶三(打撃)

83 安達了一(内野守備・走塁)

70 松井佑介(外野守備・走塁)

74 山崎勝己(バッテリー)

81 波留敏夫(監督)

76 風岡尚幸(ヘッド)

89 小林宏(育成チーフ)

73 牧野塁(投手)

72 平井正史(投手)

85 髙橋信二(打撃)

79 福川将和(打撃)

80 小島脩平(内野守備・走塁)

86 由田慎太郎(外野守備・走塁)

97 松井雅人(バッテリー)

90 小田裕也(育成)

91 飯田大祐(育成)

84 鈴木昂平(育成)

00 エスピノーザ

11 山下舜平大

12 東晃平

13 宮城大弥

14 宇田川優希

15 椋木蓮

16 平野佳寿

17 曽谷龍平

19 山岡泰輔

20 阿部翔太

21 山﨑颯一郎

22 村西良太

23 吉田輝星

26 齋藤響介

28 富山凌雅

29 田嶋大樹

35 比嘉幹貴

42 マチャド

43 前佑囲斗

46 本田仁海

48 東松快征

52 横山楓

54 カスティーヨ

56 小木田敦也

57 山田修義

58 井口和朋

59 ペルドモ

63 河内康介

66 鈴木博志

93 佐藤一磨

94 川瀬堅斗

95 才木海翔

96 髙島泰都

97 古田島成龍

98 権田琉成

2 若月健矢

4 森友哉

32 福永奨

37 石川亮

44 頓宮裕真

62 堀柊那

3 安達了一

5 西野真弘

6 宗佑磨

8 ゴンザレス

9 野口智哉

10 大城滉二

24 紅林弘太郎

25 内藤鵬

30 廣岡大志

31 太田椋

34 横山聖哉

36 山足達也

40 セデーニョ

53 宜保翔

64 大里昂生

67 中川圭太

0 渡部遼人

1 福田周平

7 西川龍馬

27 元謙太

33 杉澤龍

38 来田涼斗

39 池田陵真

41 佐野皓大

50 小田裕也

55 T-岡田

61 茶野篤政

99 杉本裕太郎

032 入山海斗

041 寿賀弘都

042 大江海透

043 宮國凌空

044 芦田丈飛

130 小野泰己

034 村上喬一朗

045 河野聡太

126 香月一也

1950 中谷順次

1951 蔭山和夫

1952 蔭山和夫

1953 中西太

1954 中西太

1955 中西太

1956 中西太

1957 中西太

1958 中西太

1959 葛城隆雄

1960 小玉明利

1961 中西太

1962 小玉明利

1963 小玉明利

1964 小玉明利

1965 小玉明利

1966 T.ロイ

1967 森本潔

1968 国貞泰汎

1969 有藤通世

1970 有藤通世

1971 有藤通世

1972 有藤通世

1973 有藤通世

1974 有藤通世

1975 有藤道世

1976 藤原満

1977 有藤道世

1978 島谷金二

1979 島谷金二

1980 有藤道世

1981 有藤道世

1982 スティーブ

1983 スティーブ

1984 落合博満

1985 落合博満

1986 落合博満

1987 石毛宏典

1988 松永浩美

1989 松永浩美

1990 松永浩美

1991 松永浩美

1992 石毛宏典

1993 石毛宏典

1994 松永浩美

1995 初芝清

1996 中村紀洋

1997 鈴木健

1998 片岡篤史

1999 中村紀洋

2000 中村紀洋

2001 中村紀洋

2002 中村紀洋

2003 小笠原道大

2004 小笠原道大

2005 今江敏晃

2006 J.フェルナンデス

2007 G.ラロッカ

2008 中村剛也

2009 中村剛也

2010 小谷野栄一

2011 中村剛也

2012 中村剛也

2013 C.マギー

2014 銀次

2015 中村剛也

2016 B.レアード

2017 Z.ウィーラー

2018 松田宣浩

2019 中村剛也

2020 鈴木大地

2021 宗佑磨

2022 宗佑磨

2023 宗佑磨

 投  山本由伸

 捕  森友哉

 一  B.レアード

 二  中村奨吾

 三  宗佑磨

 遊  源田壮亮

 外  杉本裕太郎 / 吉田正尚 / 柳田悠岐

 指  近藤健介

 投  山本由伸

 捕  甲斐拓也

 一  山川穂高

 二  浅村栄斗

 三  宗佑磨

 遊  今宮健太

 外  松本剛 / 柳田悠岐 / 島内宏明

 指  吉田正尚

 投  山本由伸

 捕  森友哉

 一  頓宮裕真

 二  浅村栄斗

 三  宗佑磨

 遊  紅林弘太郎

 外  近藤健介 / 万波中正 / 柳田悠岐

 指  G.ポランコ

1972 有藤通世

1973 有藤通世

1974 有藤通世

1975 有藤道世

1976 藤原満

1977 島谷金二

1978 島谷金二

1979 島谷金二

1980 羽田耕一

1981 藤原満

1982 古屋英夫

1983 古屋英夫

1984 松永浩美

1985 古屋英夫

1986 古屋英夫

1987 石毛宏典

1988 石毛宏典

1989 松永浩美

1990 松永浩美

1991 石毛宏典

1992 石毛宏典

1993 石毛宏典

1994 松永浩美

1995 馬場敏史

1996 馬場敏史

1997 片岡篤史

1998 片岡篤史

1999 中村紀洋

2000 中村紀洋

2001 中村紀洋

2002 中村紀洋

2003 小笠原道大

2004 中村紀洋

2005 今江敏晃

2006 今江敏晃

2007 今江敏晃

2008 今江敏晃

2009 小谷野栄一

2010 小谷野栄一

2011 松田宣浩

2012 小谷野栄一

2013 松田宣浩

2014 松田宣浩

2015 松田宣浩

2016 松田宣浩

2017 松田宣浩

2018 松田宣浩

2019 松田宣浩

2020 鈴木大地

2021 宗佑磨

2022 宗佑磨

2023 宗佑磨

2024 栗原陵矢

 投  山本由伸

 捕  甲斐拓也

 一  中村晃

 二  中村奨吾

 三  宗佑磨

 遊  源田壮亮

 外  荻野貴司 / 辰己涼介 / 柳田悠岐

 投  山本由伸

 捕  甲斐拓也

 一  中村晃

 二  外崎修汰

 三  宗佑磨

 遊  源田壮亮

 外  髙部瑛斗 / 辰己涼介 / 福田周平

 投  山本由伸

 捕  若月健矢

 一  中村晃

 二  中村奨吾

 三  宗佑磨

 遊  源田壮亮

 外  辰己涼介 / 万波中正 / 近藤健介

2009 井口資仁

2010 小久保裕紀

2011 松田宣浩

2012 中田翔

2013 浅村栄斗

2014 松田宣浩

2015 柳田悠岐

2016 吉村裕基

2017 栗山巧

2018 森友哉

2019 鈴木大地

2020 井上晴哉

2021 岡大海

2022 宗佑磨

2023 角中勝也

1位:山﨑福也

2位:宗佑磨

3位:佐野皓大

4位:髙木伴

5位:齋藤綱記

6位:坂寄晴一

7位:西野真弘

8位:小田裕也

9位:鈴木優

日本の野球選手

アフリカ系日本人の野球選手

横浜隼人高等学校出身の野球選手

オリックス・バファローズ及びその前身球団の選手

メルボルン・エイシズの選手

NPBオールスターゲーム選出選手

ギニア系日本人

東京都出身のスポーツ選手

1996年生

存命人物

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野球に関する記事

プロジェクト人物伝項目

ウィキデータにある日本野球機構選手識別子

2024/11/13 15:03更新

mune yuuma


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宗政 美貴(むねまさ みき)
1975年1月29日生まれの有名人 大阪出身

宗政 美貴(むねまさ みき、1975年1月29日 - )は、日本の元モデル、元タレントである。 大阪府生まれ。レースクイーンなどを経て、1999年(平成11年)10月にテレビ番組、『ワンダフル』の第…

宗清 万里子(むねきよ まりこ)
5月16日生まれの有名人 広島出身

宗清 万里子(むねきよ まりこ、5月16日生)は、広島県出身の女優、モデルである。イアラ(イアラ・グレース)所属。浅井企画業務提携。以前は「清瀬真理」という名前で活動していた。 タッチ(2005年、…


光宗 薫(みつむね かおる)
1993年4月26日生まれの有名人 大阪出身

光宗 薫(みつむね かおる、1993年〈平成5年〉4月26日 - )は、日本の絵画アーティスト、女優、ファッションモデルである。女性アイドルグループ・AKB48の元メンバー。愛媛県生まれ、大阪府育ち。…

吉田 宗弘(よしだ もとひろ)
1974年8月25日生まれの有名人 大阪出身

吉田 宗弘(よしだ もとひろ、1974年8月25日-)は、大阪府吹田市出身の元サッカー選手、サッカー指導者。ポジションはゴールキーパー。 吹田市立千里新田小学校の4年生からサッカー部に入部し、本格的…

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