富井義夫の情報(とみいよしお) 写真家 芸能人・有名人Wiki検索[誕生日、年齢、出身地、星座]
富井 義夫さんについて調べます
■名前・氏名 |
富井義夫の情報まとめ
富井 義夫(とみい よしお)さんの誕生日は1953年1月9日です。
現在、卒業、趣味、結婚に関する情報もありますね。富井義夫の現在の年齢は71歳のようです。
富井義夫のプロフィール Wikipedia(ウィキペディア)富井 義夫(とみい よしお、1953年1月9日 - )は、日本の写真家。世界遺産写真家の第一人者として知られる。 40年以上に渡り世界中を駆け回り、世界遺産を中心に空気感のある写真を追求し続けている。2022年7月現在、海外取材歴241回、132の国と地域を旅する。世界遺産サイト611箇所撮影。 北海道札幌市在住(2022年時点)。 1953年、東京都北区で生まれる。7歳のときに父を、18歳のときに母を亡くし、生活のため経済的に自立する必要性に迫られて高校卒業後はサラリーマンとして働き始める。数年して気持ちに余裕ができはじめると、何とはなしに海外への憧れを抱き始めた。 22歳頃、会社帰りに英会話の勉強のための書籍を購入するために立ち寄った書店で写真学校の学校案内が目にとまり、長く続けられる趣味としての写真に興味を抱き、夜間コースの願書を送付する。 1977年に東京写真専門学校を卒業後、勤めていた会社を辞め、プロカメラマンとなる。当初は、スタジオでの人物撮影、商品撮影、小学校の運動会の撮影、情報誌や雑誌の取材撮影などいろんな写真を撮影したが、写真だけでは結婚式の捻出もできずにタクシードライバーなども兼業していたこともあった。1982年には日本写真家協会に会員として加盟。地道に写真家としての仕事をこなして行くうちに、航空会社や旅行会社からの依頼で海外の風景を撮る仕事も増え、1985年には日本航空株式会社文化事業部の嘱託カメラマンとなる。ある日、エジプトのアブ・シンベル神殿を撮影する仕事があり、神殿がアスワン・ハイ・ダム建設計画のために水没の危機にあったこと知り、衝撃を受ける。また、この時の救済活動が後に世界遺産条約の締結につながったことに感動し、後世に伝えたいと思うようになる。 1988年に株式会社写真工房を設立する。 1990年に札幌市へ移住。1990年代は日本でも世界遺産への関心が高まっていたこともあり、自分自身の写真のテーマとして世界遺産を設定するようになり、世界遺産の撮影を始める。 日本写真家協会会員。「世界文化遺産」地域連携会議会員。 『富井義夫が薦める世界遺産の旅 VISUAL BOOK』(アントレックス) 『世界自然遺産 地球への讃歌』(写真工房BOOKS) 『モン・サン・ミシェル巡礼』(写真工房BOOKS) 『世界遺産 絶景ベストセレクション』(宝島社) ^ “移住から見える北海道・札幌の魅力 世界遺産写真家 富井義夫”. 北海道札幌市観光サイト (2015年1月5日). 2018年3月2日閲覧。 ^ “クリエーターズ・アイ 世界遺産写真家 富井義夫氏” (PDF). 富士フイルムグローバルグラフィックシステムズ (2015年1月5日). 2018年3月2日閲覧。 ^ “朝日新聞Reライフ FESTIVAL2018”. 朝日新聞社. 2018年3月6日時点のオリジナルよりアーカイブ。2018年3月6日閲覧。 世界遺産写真家 富井義夫 ISNI VIAF フランス BnF data 日本 韓国 IdRef 20世紀日本の写真家 東京都区部出身の人物 1953年生 存命人物 宣伝活動の記述のある項目/2018年2月 ウィキデータにない公式ウェブサイト ISNI識別子が指定されている記事 VIAF識別子が指定されている記事 BNF識別子が指定されている記事 BNFdata識別子が指定されている記事 NDL識別子が指定されている記事 NLK識別子が指定されている記事 SUDOC識別子が指定されている記事
2024/11/20 16:25更新
|
tomii yoshio
富井義夫と同じ誕生日1月9日生まれの人
TOPニュース
富井義夫と近い名前の人
注目の芸能人・有名人【ランキング】話題のアホネイター
この記事は、クリエイティブ・コモンズ・表示・継承ライセンス3.0のもとで公表されたウィキペディアの項目「富井義夫」を素材として二次利用しています。