諸井貫一の情報(もろいかんいち) 経営者 芸能人・有名人Wiki検索[誕生日、年齢、出身地、星座]


諸井 貫一さんについて調べます
■名前・氏名 |
諸井貫一と関係のある人
永野重雄: 戦後のGHQによる公職追放で有力な経済人が会社を去ったことで、同年、諸井貫一、堀田庄三ら、若い経営者らと共に経済同友会を創立し、代表幹事に就任した。 諸井虔: 虔は本家の生まれではなかったが、父の作曲家諸井三郎が経済的自立に苦労した姿を見ていたことと、本家に男子がいなかったことから、伯父の諸井貫一に請われて秩父セメントの経営を継いでいる。 諸井虔: 伯父 諸井貫一(実業家・元秩父セメント会長) 桜田武: 1946年6月、桜田は諸井貫一、三鬼隆らと対労働の専門組織として関東経営者協会を発足させる。関東経営者協会の初代は足立正委員長=諸井貫一副委員長であったが、労使激突の時代で倒れ、桜田委員長=鹿内信隆副委員長という労務問題でのコンビが再成立、これが1948年4月、経営者が団結して戦うための戦略本部・日本経営者団体連盟(日経連)設立に至る。 諸井三郎: 父は諸井恒平、兄は諸井貫一。 桜田武: 東京財界から桜田、植村、永野重雄、小林中、水野成夫、今里廣記、佐藤喜一郎、大阪財界の芦原義重、松下幸之助、堀田庄三、松原与三松、名古屋財界から野渕三治の計12人を幹事、小坂徳三郎、鹿内信隆、井深大、早川勝、坪内嘉雄、田代茂樹、諸井貫一、盛田昭夫らを幹事補佐とした。 |
諸井貫一の情報まとめ

諸井 貫一(もろい かんいち)さんの誕生日は1896年1月11日です。東京出身の経営者のようです。

卒業、事故、現在に関する情報もありますね。1938年に亡くなられているようです。
諸井貫一のプロフィール Wikipedia(ウィキペディア)諸井 貫一(もろい かんいち、1896年1月11日 - 1968年5月21日)は、東京府(現東京都)生まれの実業家。 セメント製造事業の開拓を手掛けた諸井恒平(渋沢栄一と親類関係に当たる)の長男で、東諸井家12代当主。秩父セメント(現太平洋セメント)社長、秩父鉄道会長、埼玉銀行(現埼玉りそな銀行)会長、日本煉瓦製造会社会長を歴任し、経済団体連合会(経団連)の創設など日本の近代化に深く貢献した。従三位勲一等。 1908年(明治41年)に東京高等師範学校附属小学校(現・筑波大学附属小学校)、1913年(大正2年)に東京高等師範学校附属中学校(現・筑波大学附属中学校・高等学校)卒業。1921年(大正10年)に東京帝国大学大学院経済学研究科を修了。その後、同大学の工学部と経済学部で工業経済論の講師を務める。 1925年(大正14年)に、父の要望により、父が経営していた秩父セメント会社に入社し、支配人、常務取締役を歴任する。1946年(昭和21年)4月30日に経済同友会が発足した際には代表幹事に就任。1948年(昭和23年)に姉・三保の夫で2代社長であった大友幸助が交通事故により急逝したことから、秩父セメント会社の3代社長に就任した。徹底した合理主義の下で運営するかたわら、日本経営者団体連盟(日経連)、経団連の創設にも参加、尽力し、日経連では初代会長を務めた。この間、父の跡を継ぎ、14年間ほど埼玉県本庄市の仲町郵便局局長を務めたが、会社重役と国家公務員を兼ねて仲町郵便局をこなすことは難しく、自ら辞任し、3代続いた「郵便諸井」はここに終わる。以後、日本経済界のリーダーとして常に経済発展のために努力し、産業教育の振興に尽くし、73歳で没した。墓所は埼玉県の安養院。 弟は2人おり、諸井桃二(1938年没)は官吏(商工省統制課長)を務め、従三位勲六等を授与された。末弟の諸井三郎は作曲家として高名である。また、義理の従兄に柳田誠二郎(日本航空社長を務めた。一時期、諸井姓だった)がいる。 諸井家は本庄城築城前から利根川沿岸の花の木に土着していた「花の木18軒の古百姓」と呼ばれる18家のひとつ。 諸井泉衛(祖父):豪商・東諸井家10代目当主。初代本庄郵便局長 諸井興久(大叔父):南諸井家当主。名主、北埼玉郡長、初代本庄町町長 諸井恒平(父):秩父セメント創業者 諸井逸郎(伯父):従八位。 諸井時三郎(叔父):日本ビルブローカーの創始者。 諸井久楽:夫である時三郎と共に春洞門七福神の一人。 諸井四郎(叔父):東亜製粉会社の創設者。義弟に小川専助 諸井六郎(叔父):従三位勲二等。条約改正に尽力した外交官。 諸井三郎(弟):作曲家 諸井虔(三郎の子):秩父セメント5代目社長。貫一には娘しか居なかったため、分家ながら「家業」を継承する。 野村治三郎(岳父):衆議院議員、野村銀行頭取 諸井勝之助(娘・三佐保の夫で婿養子、渋沢栄一の曾孫で諸井家の遠戚だった):会計学者、東大名誉教授。 永田甚之助(勝之助の父):武州銀行頭取、埼玉銀行初代頭取 尾高次郎(勝之助の母方祖父):武州銀行頭取 渋沢栄一(祖母の甥。勝之助の母方祖母の父) 『セメント』(現代日本工業全集 日本評論社、1933年) 『諸井貫一記念文集』(秩父セメント 1969年 監修・土屋喬雄)
^ 岩波書店編集部 編『近代日本総合年表 第四版』岩波書店、2001年11月26日、352頁。ISBN 4-00-022512-X。 本庄宿(局長を務めていた仲町郵便局は現在、国登録の有形文化財として残っている) 表 話 編 歴 石川一郎1948-1956 石坂泰三1956-1968 植村甲午郎1968-1974 土光敏夫1974-1980 稲山嘉寛1980-1986 斎藤英四郎1986-1990 平岩外四1990-1994 豊田章一郎1994-1998 今井敬1998-2002 諸井貫一1948-1968 三鬼隆1949-1952 加藤正人1949-1963 桜田武1960-1979 大槻文平1979-1987 鈴木永二1987-1991 永野健1991-1995 根本二郎1995-1999 奥田碩1999-2002 奥田碩2002-2006 御手洗冨士夫2006-2010 米倉弘昌2010-2014 榊原定征2014-2018 中西宏明2018-2021 十倉雅和2021- 表 話 編 歴 諸井貫一1946-1947 大塚万丈1947-1948 堀田庄三1947-1948 永野重雄1948-1950 工藤昭四郎1948-1952 浅尾新甫1950-1951 藤山愛一郎1951-1952 山際正道1952-1955 東海林武雄1952-1955 岸道三1955-1958 中山素平1957-1959 井上英煕1958-1960 岩佐凱実1959-1961 木川田一隆1960-1962 水上達三1961-1963 二宮善基1962-1963 木川田一隆1963-1975 佐々木直1975-1985 石原俊1985-1991 速水優1991-1995 牛尾治朗1995-1999 小林陽太郎1999-2003 北城恪太郎2003-2007 桜井正光2007-2011 長谷川閑史2011-2015 小林喜光2015-2019 櫻田謙悟2019-2023 新浪剛史2023- FAST ISNI VIAF WorldCat アメリカ 日本 20世紀日本の実業家 太平洋セメントの人物 日本経済団体連合会会長 りそなホールディングスの人物 秩父鉄道の人物 東京大学の教員 諸井家 従三位受位者 勲一等旭日桐花大綬章受章者 私の履歴書の登場人物 東京大学出身の人物 筑波大学附属高等学校出身の人物 東京都出身の人物 1896年生 1968年没 FAST識別子が指定されている記事 ISNI識別子が指定されている記事 VIAF識別子が指定されている記事 WorldCat Entities識別子が指定されている記事 LCCN識別子が指定されている記事 NDL識別子が指定されている記事
2025/03/29 17:25更新
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moroi kanichi
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