野長瀬三摩地の情報(のながせさまじ) 映画監督 芸能人・有名人Wiki検索[誕生日、年齢、出身地、星座]
野長瀬 三摩地さんについて調べます
■名前・氏名 |
野長瀬三摩地と関係のある人
実相寺昭雄: 上原の執筆した『ウルトラセブン』の没脚本『300年間の復讐』(予定監督は野長瀬三摩地)は、沖縄生まれの上原が虐げられた者の視点で描いた内容だが、実相寺は興味を示さなかった。 佐伯秀男: 『午前零時』 : 製作本木荘二郎、監督渡辺邦男、原作井上友一郎、脚本菊島隆三、助監督野長瀬三摩地、主演久慈あさみ、製作・配給東宝、1953年2月12日公開 - 出演・「藤沼イサちゃん」役 黒澤明: 助監督:堀川弘通、小林恒夫、野長瀬三摩地、森谷司郎、出目昌伸、松江陽一、小泉堯史 満田かずほ: ミッドナイトドリーム「SFXファンタスティック映画祭~最終夜~なんたってウルトラマン」(読売テレビ/1988年7月9日放送)※野長瀬三摩地、高野宏一、上原正三、佐々木守、桜井浩子と共演(竹内義和が進行役) 和田嘉訓: 前年末の杉江敏男監督の『香港クレージー作戦 CRAZYCATS GO TO HONGKONG』では、まだサード助監督であり、同作でチーフ助監督を務めた野長瀬三摩地、セカンド助監督を務めた浅野正雄は同時点で劇場用映画の監督に昇進しておらず、助監督部の先輩である森谷司郎、松森健、坂野義光、出目昌伸、渡辺邦彦、吉松安弘、谷清次、錦織正信、長野卓、西村潔、砂原博泰、松江陽一、児玉進も同様、かろうじて『クレージー作戦 くたばれ!無責任』のチーフ助監督の木下亮が同年『男嫌い』で監督昇進したばかりであり、異例の抜擢であった。 桜井浩子: ミッドナイトドリーム「SFXファンタスティック映画祭〜最終夜〜なんたってウルトラマン」(1988年7月9日、読売テレビ)※野長瀬三摩地、満田かずほ、高野宏一、上原正三、佐々木守と共演(竹内義和が進行役) |
野長瀬三摩地の情報まとめ
野長瀬 三摩地(のながせ さまじ)さんの誕生日は1923年8月30日です。京都出身の映画監督のようです。
テレビ、映画、卒業、結婚、ドラマ、退社に関する情報もありますね。1996年に亡くなられているようです。
野長瀬三摩地のプロフィール Wikipedia(ウィキペディア)野長瀬 三摩地(のながせ さまじ、1923年8月30日 - 1996年5月23日)は、日本のテレビ監督、脚本家。京都府京都市出身。別名:南川 竜、南川 龍。 父は大正画壇で活躍した野長瀬晩花。伯父はトピー工業創業者の一人である野長瀬忠男。 野長瀬氏の末裔で、本名の三摩地は仏教用語のサマディー(三昧)にちなんで名付けられた。 幼少より父に連れられてよく映画を観に行き、映画制作の道を志す。 1946年に日本大学芸術学部映画学科を卒業し、東宝に入社。渡辺邦男、青柳信雄、本多猪四郎らの助監督を務め、主に杉江敏男監督作品に従事。黒澤明監督の『蜘蛛巣城』『どん底』(1957年)、『隠し砦の三悪人』(1958年)ではチーフ助監督を務めた。 1957年に、『生きものの記録』(1955年)のロケを行ったデパートに務めていた女性と結婚。仲人は稲垣浩。 映画界が斜陽の中では監督昇進の機会が回って来ず、1964年、逸早く映画界に見切りをつけ、東宝テレビ部に移り、テレビ監督に転身。メロドラマ『銀座立志伝』で監督デビュー。 東宝で偶然再会した円谷英二に誘われ、円谷プロダクションの『ウルトラQ』に監督として参加。以降は特撮番組に携わり『ウルトラマン』『ウルトラセブン』など、初期のウルトラシリーズでは多くのエピソードを監督する。また南川 竜(もしくは南川 龍)名義のペンネームで脚本も執筆している(中には自身が監督、または共同脚本)。 『ウルトラセブン』『マイティジャック』撮影中に親しい映画関係者から「このままでは、子供番組のレッテルを貼られてしまう」との忠告を受け、これに反発しながらも円谷プロダクションを離脱した。その後は東宝テレビ部へ復帰し、現代劇や時代劇を手掛けた。後年では『円盤戦争バンキッド』や『メガロマン』などの特撮作品にも参加したが、脚本の弱さを嘆いていたという。第2期ウルトラシリーズには不参加であったが『ウルトラマン80』に参加した。 1982年8月に東宝を退社。その後はフリーの監督として記録映画などを撮ったほか、母校である日本大学芸術学部の講師も務めた。90年代には体力の衰えなどから、映画撮影の現場を退いていた。 1995年末から歩行困難になり入院し、1996年5月23日に死去。72歳没。 助監督時代に黒澤明から監督デビューを打診されたが、助監督が監督になる際は黒澤が脚本を執筆し編集も行うという黒澤組の決まりに反発して断り、黒澤組を離れている。 野長瀬が東宝時代に助監督を務めた作品に多く出演していた俳優の小泉博は、野長瀬について明るくて元気な人物であったと証言している。 『ウルトラQ』の第16話「ガラモンの逆襲」でセミ人間の人間態である遊星人Qを演じた義那道夫の起用は当時、新劇の役者をしていた義那を推薦したという。 『ウルトラマン』第7話「バラージの青い石」は、特技監督の的場徹が『奇巌城の冒険』のセットを使えないかと提案し、野長瀬が東宝と交渉し許可を得て、このセットを使用する前提で野長瀬が急ぎ脚本を執筆した。 『ウルトラマン』第28話「人間標本5・6」の演出は、バルタン星人のオプチカル合成に感嘆した野長瀬が、オーバーラップ撮影でも宇宙人の怪奇性を表現できないかと挑戦したものである。 『快獣ブースカ』最終話「さようならブースカ」では、大作とブースカの別れのストーリーを気に入って丁寧に撮影し、後に日本テレビ側から泣かせすぎだと苦言を呈されるが、野長瀬本人は自信作であると自負していた。 銀座立志伝(1965年) ウルトラシリーズ
ウルトラマン(1966年 - 1967年) ウルトラセブン(1967年 - 1968年) ウルトラマン80(1980年) 太陽のあいつ(1967年) 快獣ブースカ(1967年) マイティジャック(1968年) 37階の男(1968年) 女の絶唱(1969年) 鬼平犯科帳(1970年、1972年) 愛染椿(1972年) 氷点(1971年) 五番町夕霧楼(1974年) 円盤戦争バンキッド(1976年 - 1977年) 炎の超人メガロマン(1979年) 佐々木小次郎(1950年) 伊豆物語(1951年) 午前零時(1953年) サラリーマンの歌(1953年) 生きものの記録(1955年) 天下泰平(1955年) 制服の乙女たち(1955年) 吸血蛾(1956年) 蜘蛛巣城(1957年) 次郎長意外伝 灰神楽の三太郎(1957年) 「元禄忠臣蔵 大石最後の一日」より 琴の爪(1957年) どん底(1957年) ジャズ娘に栄光あれ(1958年) 東京の休日(1958年) 隠し砦の三悪人(1958年) 新・三等重役 当るも八卦の巻(1960年) 夜の流れ(1960年) 秋立ちぬ(1960年) モスラ(1961年) 真紅の男(1962年) 銀座の若大将(1962年) 社長シリーズ
続・社長洋行記(1962年) 社長漫遊記(1963年) 続・社長漫遊記(1963年) クレージー映画
香港クレージー作戦(1963年) 無責任遊侠伝(1964年) ^ 書籍『総天然色ウルトラQ 公式ガイドブック』では、「のながせ さまち」と記載している。 ^ 書籍『宇宙船 YEAR BOOK 1997』では、「1963年」と記載している。 ^ 脚本も担当。 ^ チーフ助監督デビュー作。 ^ 『総天然色ウルトラQ 公式ガイドブック』監修:円谷プロダクション、角川書店、2012年1月26日、61頁。ISBN 978-4-04-854715-4。 ^ 池田憲章「ウルトラシリーズの異才 野長瀬三摩地監督の思い出」『宇宙船YEAR BOOK 1997』朝日ソノラマ〈宇宙船別冊〉、1997年2月28日、pp.86-88頁。雑誌コード:018844-02。 ^ シリーズ大解剖 2022, p. 43, 「初期ウルトラマンシリーズの名作と伝説を生んだ監督たち 野長瀬三摩地」 ^ マガジン2020 2020, p. 62, 「ウルトラ雑学2 円谷プロダクション Who's Who?」 ^ UPM vol.17 2021, p. 31, 「ウルトラ監督列伝」 ^ ウルトラセブン研究読本 2012, p. 90. ^ ウルトラマン研究読本 2013, pp. 58、62. ^ ウルトラマン研究読本 2013, p. 68. ^ ウルトラセブン研究読本 2012, pp. 50、82. ^ ウルトラマン研究読本 2013, p. 64. ^ 「インタビュー 俳優 小泉博(聞き手・友井健人)」『別冊映画秘宝 モスラ映画大全』洋泉社〈洋泉社MOOK〉、2011年8月11日、18頁。ISBN 978-4-86248-761-2。 洋泉社MOOK 別冊映画秘宝(洋泉社)
『別冊映画秘宝ウルトラマン研究読本』洋泉社〈洋泉社MOOK〉、2013年。ISBN 978-4-8003-0262-5。 『テレビマガジン特別編集 ウルトラ特撮マガジン 2020』講談社〈講談社MOOK〉、2020年8月31日。ISBN 978-4-06-520743-7。 講談社 編『ウルトラ特撮 PERFECT MOOK』 vol.17《ウルトラマンネクサス》、講談社〈講談社シリーズMOOK〉、2021年3月10日。ISBN 978-4-06-520939-4。 『ウルトラマンシリーズ 大解剖 ウルトラQ・ウルトラマン・ウルトラセブン 編』三栄〈大解剖シリーズ サンエイムック〉、2022年7月1日。ISBN 978-4-7796-4604-1。 表 話 編 歴 円谷英二 金城哲夫 山田正弘 山浦弘靖 上原正三 藤川桂介 佐々木守 若槻文三 市川森一 田口成光 石堂淑朗 長坂秀佳 阿井文瓶 円谷一 飯島敏宏 野長瀬三摩地 満田かずほ 実相寺昭雄 鈴木俊継 筧正典 山際永三 東條昭平 湯浅憲明 真船禎 高野宏一 的場徹 有川貞昌 大木淳 佐川和夫 川北紘一 矢島信男 成田亨 高山良策 開米栄三 佐々木明 池谷仙克 鈴木儀雄 井口昭彦 大澤哲三 青木利郎 飯塚定雄 中野稔 宮内國郎 冬木透 熊谷健 円谷皐 橋本洋二 大伴昌司 竹内博 内山まもる 鈴木清 宍倉徳子 VIAF 特撮スタッフ 日本のテレビディレクター 20世紀日本の脚本家 日本のテレビの脚本家 東宝の人物 円谷プロダクションの人物 日本大学の教員 日本大学出身の人物 京都市出身の人物 1923年生 1996年没 プロジェクト人物伝項目 VIAF識別子が指定されている記事
2024/11/17 12:51更新
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