青山久人の情報(あおやまひさと) 野球選手 芸能人・有名人Wiki検索[誕生日、年齢、出身地、星座]
青山 久人さんについて調べます
■名前・氏名 |
青山久人と関係のある人
片岡大蔵: 初打席・初安打:同上、青山久人から単打 水谷茂雄: 1984年12月に青山久人との交換トレードで中日ドラゴンズに移籍するが、中日では一軍登板がなく1985年に現役を引退。 市川和正: 国府高では1975年、2年生の時に1年先輩のエース・青山久人とバッテリーを組み、捕手兼控え投手・三番打者として夏の甲子園に初出場。 中原勇一: 初出場・初安打:1978年10月7日、対ヤクルトスワローズ26回戦(明治神宮野球場)8回表に青山久人の代打で尾花高夫から単打 王貞治: この試合の6回に一塁にストレートの四球の張本を置いて初先発のルーキー青山久人のフルカウントでの6球目外角高めの直球を1976年初めて左翼へ打って同点698号2ラン、8回には二番手鈴木孝政の1ボールでの2球目のフォークボールを打って逆転の699号2ラン。 衣笠祥雄: 1イニング2死球:1976年8月31日、対中日ドラゴンズ16回戦(ナゴヤ球場)、3回表に青山久人・金井正幸から ※日本記録 田中毅彦: 初打席:同上、8回表に青山久人の前に三振 中塚政幸: 1977年9月17日に中日戦(ナゴヤ)で青山久人から1000本安打を達成したものの、打率3割の壁を越えられずにいた。 |
青山久人の情報まとめ
青山 久人(あおやま ひさと)さんの誕生日は1957年6月28日です。愛知出身の野球選手のようです。
引退に関する情報もありますね。青山久人の現在の年齢は67歳のようです。
青山久人のプロフィール Wikipedia(ウィキペディア)■プロジェクト:野球選手 ■テンプレート 青山 久人(あおやま ひさと、1957年6月28日 - )は愛知県岡崎市出身の元プロ野球選手(投手)。 国府高校では1年下の市川和正とバッテリーを組み、1974年秋季中部大会県予選決勝リーグに進むが、4校中3位に終わる。しかし1975年夏の甲子園県予選では決勝で愛知高を降し、無名の公立高校を1975年夏の甲子園に導いた。大会では1回戦で柳井商に敗退。同年8月には高校日本選抜の一員として原辰徳、小川淳司らとともに米国西海岸・ハワイ遠征に参加した。 1976年、ドラフト3位で中日ドラゴンズに入団。眼鏡姿に細身の体格から「青エンピツ」の愛称で親しまれ、1年目から一軍で先発ローテーションの一員として登板し2勝を挙げ、2年目には6勝を挙げる活躍を見せた。しかし、制球難もあって伸び悩み、登板数・勝利数とも減っていった。当時は少なくなってきていたアンダースロー投手で、大リーグ球団から照会を受けたこともあったが、海外移籍することはなかった。 1985年に南海ホークスに水谷茂雄とのトレードで移籍した。この頃には球威が衰え、落ちる変化球でかわす技巧派になっていた。主に中継ぎや敗戦処理の場面で登板したが、勝ち星を挙げることができないまま1987年シーズン限りで引退した。 引退後は郷里の愛知県岡崎市に帰り、会社員となった。 各年度の太字はリーグ最高 初登板:1976年6月29日、対阪神タイガース12回戦(阪神甲子園球場)、5回裏に3番手で救援登板、1回無失点 初奪三振:同上、5回裏に島野育夫から 初先発:1976年7月3日、対読売ジャイアンツ15回戦(ナゴヤ球場)、6回2失点 初勝利・初先発勝利:1976年8月12日、対ヤクルトスワローズ18回戦(ナゴヤ球場)、7回1失点 初完投勝利・初完封勝利:1977年5月21日、対大洋ホエールズ6回戦(ナゴヤ球場) 初セーブ:1977年9月11日、対ヤクルトスワローズ19回戦(ナゴヤ球場)、8回表に3番手で救援登板・完了、2回無失点 39 (1976年 - 1984年) 34 (1985年 - 1987年) ^ プロ野球人名事典 2003(2003年、日外アソシエーツ)、6ページ 愛知県出身の人物一覧 中日ドラゴンズの選手一覧 福岡ソフトバンクホークスの選手一覧 個人年度別成績 青山久人 - NPB.jp 日本野球機構 選手の各国通算成績 Baseball-Reference (Japan) 表 話 編 歴 1位:田尾安志 2位:美口博 3位:青山久人 4位:早川実 5位:福田功 6位:関東孝雄 日本の野球選手 中日ドラゴンズ及びその前身球団の選手 福岡ソフトバンクホークス及びその前身球団の選手 愛知県出身の人物 1957年生 存命人物 2024/12/01 16:06更新
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aoyama hisato
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