もしもし情報局 > 漫画家 > 山梨県 > なかむらたかし

なかむらたかしの情報
芸能人・有名人Wiki検索(誕生日、出身地)

【6月1日】今日誕生日の芸能人・有名人

なかむらたかしの情報漫画家 芸能人・有名人Wiki検索[誕生日、年齢、出身地、星座]

  • Google+でシェア
  • はてなブックマークに追加
  • LINEでシェア
もしもしロボ

なかむら たかしさんについて調べます

■名前・氏名
なかむら たかし
(読み:)
■職業
漫画家
■なかむらたかしの誕生日・生年月日
1955年9月12日 (年齢68歳)
未年(ひつじ年)、乙女座(おとめ座)
■出身地・都道府県
山梨出身

なかむらたかしと同じ1955年生まれの有名人・芸能人

なかむらたかしと同じ9月12日生まれの有名人・芸能人

なかむらたかしと同じ出身地山梨県生まれの有名人・芸能人


なかむらたかしと関係のある人

小中千昭: とつぜん!ネコの国 バニパルウィット(1998年) - 脚本 ※なかむらたかしと共同


石川光久: アニメーターのなかむらたかしとの出会いを得て、アニメへの関心が湧くが、『黄金戦士ゴールドライタン』終了後は国外を10ヶ月ほど放浪、帰国後に偶然会った真下耕一の誘いで『未来警察ウラシマン』で復帰する。


なかむらたかしの情報まとめ

もしもしロボ

なかむら たかし()さんの誕生日は1955年9月12日です。山梨出身の漫画家のようです。

もしもしロボ

作風、作品などについてまとめました。映画、退社、解散、テレビに関する情報もありますね。なかむらたかしの現在の年齢は68歳のようです。

なかむらたかしのプロフィール Wikipedia(ウィキペディア)

なかむら たかし(1955年9月12日 - )は、日本のアニメーター、アニメ監督、アニメ演出家、漫画家。山梨県出身。タツノコプロ出身。和光プロ、アニメルーム、グリーン・ボックスを経てフリーに。その後、映画『パルムの樹』制作のために設立されたパルムに所属。日本アニメーター・演出協会(JAniCA)発起人、会員。

16歳でアニメ制作会社・タツノコプロに入社。もともと漫画が好きでアニメについての知識はあまり無かったので漫画家になる入り口として入社したが、入った後にアニメーションの実態を知ってその魅力に惹かれていった。タツノコ作品『科学忍者隊ガッチャマン』に参加したアニメーターの須田正己に多大な影響を受ける。タツノコでは動画を担当していたが演出への転向を図る。演出課に回されて笹川ひろしの下で絵コンテの清書などを行っていたが、3か月ほどで退社する。

タツノコを辞めてしばらくは漫画を描いて出版社巡りをしたりしていたが、和光プロダクションで『アンデス少年ペペロの冒険』に参加。そこで宇田川一彦と知り合い、アニメルームに移って原画を描き始めた。『まんが日本絵巻』の「むかで退治」の回で初のキャラクターデザイン、『ヤッターマン』の第57話「カッパ河原の決戦だコロン」で初の作画監督を担当する。この頃に金田伊功を知り、彼が担当した映画『銀河鉄道999』の爆発シーンの作画を見て衝撃を受ける。

アニメルームが解散し、グリーンボックスに吸収される形で『闘士ゴーディアン』の作画を行う。その後、フリーとなり、映画『ヤマトよ永遠に』に参加。

1981年、『黄金戦士ゴールドライタン』に参加。第41話「大魔神の涙」の回では丸々一本一人で原画を描くなどアニメ業界で注目を集める。それを見た宮﨑駿が「この人にやってもらいたい」と声をかけたことで映画『風の谷のナウシカ』への参加が決まった。また以前から表現スタイルが面白いと感じて作品作りに関わりたいと思っていたりんたろうが監督し、キャラクターデザインを10代の頃から好きだった大友克洋が手掛けた映画『幻魔大戦』にも参加し、超能力シーンをリアルでありながらもエキサイティングに描いている。なかむらと大友のキャラクターとのシンクロ率は高く、全編通してアニメーターの中で彼が最も大友克洋に近いラインで描いた。なかむらは宮崎駿作品とりんたろう作品について、前者は完成した時に一人のアニメーターが作ったような統一された動きでなければならず、その完成度を保つことの大変さを知っているので、勉強のために参加し、後者はアニメーターとして自分の持てる技術を思う存分出せる仕事として参加したと述べている。

テレビアニメ『未来警察ウラシマン』でシリーズ全体のキャラクターデザインを担当。しかし、作画で参加したのは3回のみだった。

その後、アニメーターとして大友克洋作品の『迷宮物語』『ロボットカーニバル』『AKIRA』等に参加、オムニバス作品『ロボットカーニバル』の中の1本「ニワトリ男と赤い首」で監督デビューを果たす。以降はアニメーターよりも演出家や監督としての活動がメインとなる。監督作品には『パルムの樹』『ファンタジックチルドレン』などがある。また、スタジオカラーとドワンゴの企画した「日本アニメ(ーター)見本市」で 「ブブとブブリーナ」の原案・脚本・監督を担当、夭折したSF小説家・伊藤計劃の遺作を劇場アニメ化する企画「Project Itoh」の映画『ハーモニー』をマイケル・アリアスと共同監督している

漫画家としては1980年代に『ザ・モーションコミック』(徳間書店)、『月刊ベティ』(アニドウ)、『コミックモーニング・パーティー増刊』(講談社)などで作品を発表していた。『ザ・モーションコミック』に連載された『夢の中へ』は、単行本化された後、長らく絶版となっていたが、スタイル社からだされた作品集『TWILIGHT』に収録され、事実上復刊された。2000年代後半(2006年 - 2010年)には『月刊コミックラッシュ』でファンタジー漫画『キングアビス』を連載。雑誌掲載時の大半が単行本化されないままだったが、2014年2月に未収録分も含む全話を上・下巻に分けて収録した『キングアビス アダマ篇』がパイインターナショナルから刊行された。

作風

『幻魔大戦』『風の谷のナウシカ』『超時空要塞マクロス 愛・おぼえていますか』『黄金戦士ゴールドライタン』『AKIRA』といった数々のアニメ作品に原画や作画、絵コンテで参加する日本のトップアニメーター。そこで見せた圧倒的な迫力、リアルさ、高密度なアニメート(animate=動かす)の仕事は、多くのアニメファンやアニメーターに衝撃を与えた。それはフルアニメーションのようにふんだんに枚数を使いながら、それと同時に日本のアニメならではのタイミングも持った、新しいスタイルのアニメーションだった。なかむらはその後も常にアニメートすることにこだわり、その魅力を追究した作品を発表していった。彼の作画が魅力的だったのは驚くほどよく動き、そしてその動きに快楽があったからである。単に枚数が多いから快楽が生じているのではなく、彼ならではのタイミングやケレン味があったためにその快感が生まれていた。アクションの組み立てや構図で空間を表現していたこと、その空間も単にリアルに描いていただけでなくデフォルメしていたことが、快感に繋がっていった。

緻密な描写をするアニメーターとしても知られ、初期は特に岩が砕ける描写で話題を呼び、『ゴールドライタン』の頃は「岩石アニメーター」とも呼ばれていた。彼は岩石や地面が割れて崩れていく様子を破片のひとつひとつまで細かく克明に描き、土砂や岩などが飛び散る様子を破片をたくさん描くことで描写した。

日本のアニメは、テレビシリーズが始まって以来1990年代半ばまで、作画枚数を徹底的に削減し、演出技術でストーリーを支える作品が主流だった。カメラワークやカット割り、レイアウトで物語を構成する演出技術が発達してきた一方で、作画技術の鍛錬はおろそかになっていた。その流れの中で、1970年代後半から80年代にかけて、なかむらや友永和秀のようなアニメーション本来の絵を動かす醍醐味や楽しさを実践・追求するアニメーターたちが現れ始めた。しかし、なかむら自身には変わった仕事をしているという意識はなく、むしろ正当な方向、つまりかつて彼が影響を受けたディズニーやフライシャー・スタジオの作品、日本なら『太陽の王子 ホルスの大冒険』と同じ系統の方向に向かっているつもりだった。もともとなかむらにはディズニーやフライシャーなどのフルアニメーションに対する思い入れがあり、それを目指している部分があった。『ホルス』もそれらと同次元にとらえていたが、日本人が作っているということで彼にとってはより身近だった。初監督作品「ニワトリ男と赤い首」(オムニバス形式のOVA『ロボットカーニバル』の中の一編)では、キャラクターや動きに関して、ディズニーやフライシャー作品の影響が色濃く出ている。しかし、ファンがその当時のなかむらに求めていたものは『幻魔大戦』や『ウラシマン』のような「リアル」な作品だったため両者の間にすれ違いが生まれた。なかむらにとってそれらは中心にストーリーがあってそれに沿って芝居をしていく日本特有の「アニメ」であり、その当時彼が描きたかったのは「アニメーション」だったからである。

『AKIRA』の後、自分で監督した『とつぜん!ネコの国 バニパルウィット』や『パルムの樹』を経て、なかむらはアニメーションの魅力とは動かすことではないのではないかと思うようになった。見る人は作画枚数何十万枚という部分では感動しないし、いくら丁寧に動かしてもそこには希少価値がないと彼自身が感じるようになった。自身が手掛けたキャラクターデザインもいわゆるリアルな方向には行かず、子供の頃に観た『鉄腕アトム』『鉄人28号』『宇宙エース』『宇宙少年ソラン』等のアニメのデザインラインに向かっていった。リアルなキャラクターだと、どんなに動きが巧みでも、その分だけ人物の薄っぺらさを感じてしまうのと、頭身の高いものは描きづらいという理由からであった。

日本のアニメ界にエゴン・シーレなどからの絵画的な影響を持ち込んだ人物であるが、なかむら自身はその後、そうした手法からは離れて行った。

作品

ファンタジックチルドレン(監督・原作・脚本・キャラクターデザイン、2004年)

ロボットカーニバル(「ニワトリ男と赤い首」監督・脚本・キャラクターデザイン・作画、1987年)

とつぜん!ネコの国 バニパルウィット(監督・原作・脚本・キャラクターデザイン・作画監督、1998年)

パルムの樹(監督・原作・脚本、2002年)

寫眞館 (監督・脚本・原画、2013年)

ハーモニー(共同監督、2015年)

日本アニメ(ーター)見本市 「ブブとブブリーナ」(原案・脚本・監督、アニメーション制作:スタジオコロリド、2015年7月劇場公開、2015年8月Web配信)

いなかっぺ大将(絵コンテ清書、1970年)

科学忍者隊ガッチャマン(動画、1972年)

てんとう虫の歌(絵コンテ清書、1974年)

アンデス少年ペペロの冒険(動画、1975年)

ブロッカー軍団IVマシーンブラスター(原画、1976年)

ヤッターマン(作画監督・原画、1977年)

まんが日本絵巻(キャラクターデザイン、8話A、42話、原画、23話、28話、31話、39話、40話A、42話、1977年)

宇宙魔神ダイケンゴー(オープニングアニメーション、1978年)

科学忍者隊ガッチャマンII(原画、1978年)

ザ☆ウルトラマン(原画、1979年)

闘士ゴーディアン(作画監督・原画、1979年)

宇宙戦艦ヤマト 新たなる旅立ち(原画、1979年)

とんでも戦士ムテキング(原画、1980年)

黄金戦士ゴールドライタン(作画監督・原画、41話、48話、1981年)

未来警察ウラシマン(キャラクターデザイン・作画監督・原画・絵コンテ、26話、1983年)

赤い光弾ジリオン(オープニングアニメーション、1987年)

ピーターパンの冒険(キャラクターデザイン・場面設定・絵コンテ、1989年)

HARELUYA II BØY(オープニングアニメーション、1997年)

アソボット戦記五九(絵コンテ、2002年)

鉄人28号(キャラクターデザイン・絵コンテ、2004年)

鉄人28号 白昼の残月(キャラクターデザイン、2007年)

魔法使いの嫁(コンテ、2017年)

ヤマトよ永遠に(原画、作画監督補佐、1980年)

幻魔大戦 (原画、1983年)

風の谷のナウシカ(原画、1984年)

超時空要塞マクロス 愛・おぼえていますか(原画、1984年)

ボビーに首ったけ(原画、1985年)

迷宮物語(作画監督、1987年)

AKIRA(作画監督、1988年)

冲出地球(共同監督・設定・レイアウト、2022年)

2024/06/01 03:50更新


なかむらたかしと同じ誕生日9月12日生まれ、同じ山梨出身の人

武川 智美(むかわ ともみ)
1968年9月12日生まれの有名人 山梨出身

武川 智美(むかわ ともみ、1968年9月12日 - )は、毎日放送(MBS)所属のアナウンサー。愛称は「ムーやん」。 プロレスラーの金丸義信は従姉弟。 山梨県東八代郡八代町(現在の笛吹市)の出…


TOPニュース

King&Prince永瀬廉が右耳負傷の為一時活動休止を発表 

いくよくるよの今くるよさん、膵がんの為死去

立憲民主党の蓮舫氏が東京都知事選に出馬

平野紫耀神宮寺勇太岸優太の3人ダンスボーカルグループのNumber_iから新曲「BON」のMV公開。

結婚・離婚・再婚・年の差婚まとめ

元宝塚トップスターの光原エミカが1000万円詐取の疑いで逮捕

超有名女優と結婚した人気歌手が不倫の噂

ねじねじファッションの中尾彬(なかおあきら)が死去

藤原さくらYouTubeで新曲公開!『初恋のにおい』ショートアニメ

「つばさの党」代表の黒川敦彦ら3人を逮捕

元子役の若山耀人容疑者、殺人容疑で再逮捕


なかむらたかしと近い名前の人

宮部 藍梨(みやべ あいり)
1998年7月29日生まれの有名人 兵庫出身

宮部 藍梨(みやべ あいり、1998年7月29日 - )は、日本の女子バレーボール選手。 兵庫県尼崎市出身。小学3年生でバレーボール競技を始める。 2013年末の全国都道府県対抗中学バレーボール大…

古賀 紗理那(こが さりな)
1996年5月21日生まれの有名人 熊本出身

古賀 紗理那(こが さりな、1996年〈平成8年〉5月21日 - )は、日本の女子バレーボール選手。V.LEAGUE DIVISION1のNECレッドロケッツに所属している。 佐賀県神埼郡吉野ヶ里…

島崎 鶏二(しまざき けいじ)
1907年9月8日生まれの有名人 長野出身

島崎 鶏二(しまざき けいじ、1907年9月8日 - 1944年10月10日)は、大正時代から昭和時代初期の画家。父は島崎藤村。現在においては、画家としてより、精神的に不安定だった父をよく補佐した「秘…

松倉 海斗(まつくら かいと)
1997年11月14日生まれの有名人 神奈川出身

松倉 海斗(まつくら かいと、1997年11月14日 - )は、日本の俳優、歌手、タレント。男性アイドルグループ・Travis Japanのメンバー。愛称は、まつく、クラ。 神奈川県出身。STAR…

中村 海人(なかむら かいと)
1997年4月15日生まれの有名人 東京出身

中村 海人(なかむら かいと、1997年4月15日 - )は、日本のアイドル、俳優、歌手、タレント。男性アイドルグループ・Travis Japanのメンバー。愛称は、うみんちゅ。 東京都出身。STA…

マイア・サンドゥ(maja sandu)
1972年5月24日生まれの有名人 出身

マイア・サンドゥ(ルーマニア語: Maia Sandu, ルーマニア語発音: [ˈmaja ˈsandu] 1972年5月24日 - )は、モルドバの政治家。2020年12月24日か…

吉田 治美(よしだ はるみ)
1950年2月1日生まれの有名人 山口出身

吉田 治美(よしだ はるみ、1950年2月1日 - 2003年11月1日)は、山口県を拠点に活動していたローカルタレント・フリーアナウンサーで、元朝日放送・山口放送アナウンサー。愛称は「治美姫」、「治…

山本 真純(やまもと ますみ)
1976年6月11日生まれの有名人 東京出身

山本 真純(やまもと ますみ、1976年6月11日 - 2010年7月27日)は、元日本テレビアナウンサー。血液型はO型。1999年入社。 東京都杉並区出身。 豊島岡女子学園高等学校、学習院大学理…

頼近 美津子(よりちか みつこ)
1955年8月1日生まれの有名人 広島出身

頼近 美津子(よりちか みつこ、1955年〈昭和30年〉8月1日 - 2009年〈平成21年〉5月17日)は、日本の女性アナウンサー。本名、鹿内 キャサリーン 美津子(しかない キャサリーン みつこ)…

米森 麻美(よねもり まみ)
1967年3月18日生まれの有名人 愛知出身

米森 麻美(よねもり まみ、本名:鈴木 麻美、旧姓:米森)、1967年3月18日 - 2001年9月16日)は、日本テレビの元アナウンサー。 愛知県名古屋市生まれ。小学生から高校にかけ父親の米国赴…

武藤 和子(むとう かずこ)
2010年12月3日生まれの有名人 出身

武藤 和子(むとう かずこ、1930年 ‐ 2010年12月3日)は、日本のアナウンサーである。キリスト教信者であり、洗礼名は「ルチア」。 日本の民放局女性アナウンサーの草分けの一人であり、後年、濱…

注目の芸能人・有名人【ランキング】
話題のアホネイター
なかむらたかし
  • Google+でシェア
  • はてなブックマークに追加
  • LINEでシェア

最近追加された芸能人・有名人

有田麗未 バービー_(お笑い芸人) 田中裕理 河合優実 佐藤淑乃 長内美和子 山中宏予 和田由紀子 荒木彩花 平山詩嫣

グループ

CheekyParade PASSPO☆ 夢みるアドレセンス AKB48G アイドリング Rev.from DVL SUPER☆GiRLS AKB48 私立恵比寿中学 HKT48 

▲ページトップに戻る

この記事は、クリエイティブ・コモンズ・表示・継承ライセンス3.0のもとで公表されたウィキペディアの項目「なかむらたかし」を素材として二次利用しています。

twitterはじめました