小渕健太郎の情報 (こぶちけんたろう) 芸能人・有名人Wiki検索[誕生日、出身地]
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小渕健太郎
小渕 健太郎(こぶち けんたろう)さんの誕生日は1977年3月13日です。宮崎出身のミュージシャンのようです。
来歴、エピソードなどについてまとめました。現在、卒業、結婚、父親、母親に関する情報もありますね。小渕健太郎の現在の年齢は47歳のようです。
小渕 健太郎(こぶち けんたろう、1977年3月13日 - )は、宮崎県宮崎市出身のミュージシャン・シンガーソングライター・作詞家・作曲家。コブクロのメンバーであり、ボーカル・ギターを担当している。愛称は「コビィ」・「主任」・「こぶちん」など。血液型O型。身長168cm。既婚。 コブクロの楽曲の大半を作詞・作曲しており、特にシングルやアルバムに収録された楽曲のうち黒田が作詞・作曲した12曲(2018年現在)を除く全ての曲において、小渕が作詞・作曲に関わっている(「桜」など共作も幾つか存在するが、大半が小渕の単独作品)。 来歴1977年、宮崎県宮崎市にて2人姉弟の長男として生まれる。実家が日本民謡を教えていた影響もあり、幼い頃から音楽に興味を持ち始める。 中学時代(1989年4月~1992年3月)は水泳部に所属。 1992年4月、宮崎県立宮崎工業高等学校電子科(現・電子情報科)に入学。 高校時代(1992年4月~1995年3月)はバドミントン部に入部するも1年で退部。その後、ギターを持ち、あちこちのバンドを掛け持ちして文化祭やライブに出ていた。 高校卒業後は洋服を作る職人になりたいと思い、その糸口になればと服飾関係の専門学校を志願するが、親に反対されて断念。 1995年4月、サニックスに入社し、研修後は、貝塚営業所へ配属。 1997年冬(20歳の時)、中学時代の同級生で、高校時代から交際を続けていた女性と結婚する。 1998年、主任に昇格するとともに堺支店へ転勤。サラリーマンの傍ら、ストリートライブも始める。そんな時、路上で現在の相方である黒田俊介の声に惹かれ出会う。黒田にオリジナル曲は作らないのかと聞かれ、仕事の移動の合間に制作し、完成した曲を黒田にプレゼントしたが、あまりにも黒田のギター演奏がお粗末だった為、成り行きで小渕がギターを担当。その初めて2人でセッションした曲が「桜」である。 2008年12月9日、長女・長男の双子が生まれる。 2011年8月28日、発声時頸部ジストニアにより、コブクロの活動を当面の間休養することを発表する。 2012年4月5日、コブクロの活動を再開。 2013年9月18日、初のソロ作品となる企画版ツマビクウタゴエ 〜Kobukuro songs, acoustic guitar instrumentals〜を発売。 2022年4月27日、2度目のソロ作品であるツマビクウタゴエ2を発売。 エピソードギターは小学校5年の時に始めた。きっかけは、ユニコーン(当時)のギタリスト奥田民生に憧れたこと。また親交がある布袋寅泰にも憧れており、ストリートでライブをやる前にアルバムをよく聞いていたという。初めて弾いた曲は、父親がよく弾いていたという「酒は涙か溜息か」。 黒田と共にMr.Childrenのファンでもある。その他にも小渕自身は、WHAT's IN?誌2008年2月号にてBUMP OF CHICKENの曲が好きと語っている。 18歳のときに母親を亡くしており、「遠くで・・」と「忘れてはいけないもの」と「蕾」は、その母親の死をテーマにした曲である。2007年に「蕾」で日本レコード大賞を受賞した際「この賞をまずどなたに伝えたいですか?」という質問に「今日は、母親の事を歌ったと言ったのですが、なんか(母が)一緒に歌っていた気持ちがすごく強かったので、きっと一緒にこの賞を受け取ってくれてるんじゃないかなと思います」と答えた。 音楽活動専念の為、会社に退職を申し出た際、当時は自分の父親と同世代の多くの部下を抱えており、会議室に閉じ込められ8時間もかけて説得されたという。 サラリーマン時代の経験は、現在のトークに活かされている。 また非常に人当たりのよい人物で、黒田と対照的に芸能界内外問わず多くの友人がいる。 2011年後半からの休養を機に自動車免許を取得。 好きな食べ物は卵かけご飯である。 活動休止中、マラソンを始めたらハマってしまい、活動休止明けの2012年から大阪マラソンでチャリティーランナーとしてフルマラソンを走っている。 初マラソンは2012年11月25日の第2回大阪マラソンで、3時間47分45秒で完走した。 2015年の第5回大阪マラソンでは自己ベストを更新し、3時間40分26秒で完走し、4年連続の完走となった。 また、その縁で、大阪マラソンの公式テーマソング「42.195km」を提供するに至った。 さらに、2019年から大阪マラソンのコース変更に伴い、2度目の公式テーマソング「大阪SOUL」を提供。 2022年時点で7回挑戦し、7回とも完走している。 レコチョクが行う、「結婚したいアーティスト男性部門」2008年~2013年で1位に輝いた。但し、上述した通り、2008年当時の時点で本人は既婚である。 名前を知らない一般人からは「コブクロの小さいほう」と呼ばれる事が多いが、身長は168cmと成人男性の平均より若干低い程度で、小さいと言われるほどではない。相方の黒田が193cmの長身であるために、相対的に小さく見えているだけである。絵を描くことが得意で、アーティストグッズやツアーTシャツのデザイン、イラストも手がけている。 福岡ソフトバンクホークスの武田翔太投手と遠縁の親戚である。 2024/05/17 05:58更新
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kobuchi kentarou
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