近江谷杏菜の情報 (おうみやあんな) 芸能人・有名人Wiki検索[誕生日、出身地]
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近江谷好幸: その後、「チーム近江谷」のスキップとして、長野五輪当時のチームメイトである敦賀信人と共に二度目の五輪出場を目指していたが、2006年の第39回世界カーリング選手権出場以降は娘の近江谷杏菜の所属チーム「grace」のコーチを務めていた。 |
近江谷杏菜
近江谷 杏菜(おうみや あんな)さんの誕生日は1989年10月12日です。北海道出身のカーリングのようです。
来歴などについてまとめました。卒業、退社、映画、脱退に関する情報もありますね。近江谷杏菜の現在の年齢は34歳のようです。
近江谷 杏菜(おおみや あんな、1989年10月12日 - )は、日本の女子カーリング選手。フォルティウス所属。 北海道北見市(旧常呂町)出身。身長165cm、体重63kg。右利き。北海道網走南ヶ丘高等学校卒業。社団法人日本カーリング協会 (JCA) 強化指定選手。チーム青森時代は青森市役所および青森市スポーツ会館勤務(2014年3月末で退社)。 父の近江谷好幸は、1998年長野オリンピックカーリング競技男子日本代表選手で、2002年ソルトレークシティオリンピックカーリング競技女子日本代表(シムソンズ)コーチを務めた。 実妹の近江谷七海も、父、姉同様にカーリング選手を目指している。 来歴常呂小学校4年の10歳よりカーリングを始める。 2002年本橋麻里を中心としたチーム「マリリンズ」で北海道ジュニアカーリング選手権3位、日本ジュニアカーリング選手権優勝、世界ジュニアカーリング選手権10位。 その後近江谷がスキップの「キャンディ ストリッパー」(後に「grace」と改名)を結成する。 「grace」で、2003年度・2004年度北海道ジュニアカーリング選手権優勝。2004年度日本ジュニアカーリング選手権3位、2005年度北海道ジュニアカーリング選手権2位。2006年第1回全国高校カーリング選手権・2007年第2回同選手権(北海道選抜として出場)を2連覇する。 2005年度より北海道協会所属「チーム近江谷」(=「grace」)としてJCAジュニア強化チームB指定を受ける。 2006年公開映画『シムソンズ』に北海道大会決勝で対戦する相手チーム「北見エンジェルス」の選手として出演する。 2007年11月の第17回パシフィックカーリング選手権で日本代表(チーム青森)臨時リザーブに入る。 2008年1月に正式にチーム青森へ参加する。 「チーム青森」は2008年第25回日本カーリング選手権で優勝し、2008年第29回世界女子カーリング選手権へ日本代表として出場し、4位となった。 2009年11月7日、バンクーバーオリンピック女子カーリング競技日本代表決定戦に、サードとして出場し、チーム長野に4勝0敗(アドバンテージ2勝含む)と勝利し、オリンピック代表を獲得。これにより父娘による冬季オリンピック日本代表選手となることが事実上決まった。 2010年2月、バンクーバーオリンピックにサードとして出場し良いスタートを切るが、途中で極度の不振に陥り、第7戦以降スターティングメンバーから外れた。 2014年3月、勤務していた青森市役所を退職し、同時にチーム青森からも脱退。4月からは故郷の北海道に戻り、北海道銀行フォルティウスへ加入。 2024/05/25 15:27更新
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oumiya anna
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