つげ忠男の情報(つげただお) 漫画家 芸能人・有名人Wiki検索[誕生日、年齢、出身地、星座]
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つげ忠男(つげ ただお)さんの誕生日は1941年7月2日です。
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人物、兄・つげ義春についてなどについてまとめました。現在、卒業、映画に関する情報もありますね。つげ忠男の現在の年齢は82歳のようです。
つげ忠男のプロフィール Wikipedia(ウィキペディア)つげ 忠男(つげ ただお、男性、1941年7月2日 - )は、日本の漫画家。本名:柘植 忠男。『ガロ』を中心に作品を発表。つげ義春は兄。 東京都大島町生まれ、千葉県大原町(現在のいすみ市)育ち。幼少期の大半(6歳~15、16歳)を葛飾区立石町で過ごす。小学校4年生ころからは大人の知恵を身に着け、見様見真似ながら物事を自分で判断し行動するようになる。物不足は深刻で、常に空腹を抱えてはいたがよく遊ぶ少年で、学校から帰宅するなり一目散に屋外へ出た。 病弱で労働もできずに家にいた癇癪持ちの義父と、血の気の多い母、漁師上がりで荒くれ者の母の義父が一つ屋根の下で反目し合いながら暮らしており、忠男は訳も分からずにいきなり殴られる場所であったため、外出は逃亡であった。唯一かばってくれる2人の兄(一人はつげ義春)はろくに中学校も出ないままに働きに出ていたため昼間はいなかった。周辺は京成電鉄の線路で南北に二分され、北側は赤線街で、南側はベニヤ張りのマーケットを中心とした商店街を形成し、その周囲には軒の低い長屋が密集し、路地が無数に走っていた。そこが子供たちの社交場になっていた。そこで暗くなるまで兄の帰りを待っていた。 中学3年のころには、同じ学校のやや不良がかったグループと付き合うようになり、毎晩のように彼らと町や路地裏をほっつき歩くようになる。しかし、喧嘩や鉄屑を盗むような悪事には参加させてもらったものの、少し厄介な企てなどの際は外された。理由は、忠男に漫画の才能があることを彼らが認めており、特別視されていたためである。あいつは将来漫画家になるぞと、だれもが信じていた。 中学校を卒業した後、自宅から徒歩で10分ほどの葛飾の製薬工場に就職。製薬会社は名ばかりで、実際は血液を売買する血液銀行であった。同工場で製造される血液製剤用の採血の補助係となった。 仕事の内容は使用済み採血器具の洗浄と再生で、水を張ったブリキのバット内で採血室から回収された採血セットをばらし、針、ゴム管にブラシや水を通し洗浄するため血まみれになった。排水は屋外のどぶへ垂れ流しのため、泥さらいをこまめにしないとヘドロとなりひどい悪臭を放つため、雑役係がこまめに泥さらいをしていた。しかし、廃棄血の処理は夜勤者が人目につかぬよう、夜中に水で薄めながらどぶに廃棄していた。血液銀行には平均1日600-800人、多い日は1000人ほどの売血者があり、仕事にあぶれた日雇い労働者、身障者、与太、無頼漢など様々な人種にあふれていた。この経験は、後の作品でもたびたび描かれている。 なお、現役社員がOBの有名人として紹介しようとしたが削除されたという話がある。(現・日本製薬株式会社) 1960年頃から、兄・つげ義春の影響で漫画を描き始め(それ以前から兄の手伝いはしていた)、貸本誌『街』で『自殺しに来た男』が入賞しデビューするが、1959年の『回転拳銃』で実質的なデビューを果たしている。続いて多数の貸本漫画を発表するが、その後、約8年間の沈黙の時期を迎える。 1968年、『ガロ』12月号で『丘の上でヴィンセント・ファン・ゴッホは』を発表。再起をはたす。以後四年間、ほぼ毎月『ガロ』に作品を発表。この頃発表した『無頼平野』は、のち1995年に石井輝男監督(兄・義春の作品も映画化している)により映画化された。 1970年代には『夜行』、1980年代には『COMICばく』に発表の場をうつし次々と作品を発表。1990年代はイラスト、エッセーなどを発表しつつ、千葉県流山市の江戸川台東口駅前商店街でジーンズショップ「ジョーカー」を経営していた(現在は長男に経営を譲っている)。北冬書房の『夜行』に創刊時より執筆、精力的に作品を発表し続けた。評論も多く、『夜行』12号および『幻燈』2、3号では特集が組まれている。 近年はジーオーティーのwebコミック媒体「COMIC MeDu」で『昭和まぼろし 忘れがたきヤツたち』を不定期連載中。 人物釣り好き(特にヘラブナ釣り)として知られ、月刊のヘラブナ釣り専門雑誌にエッセイを連載し、『釣りに行く日』などのエッセイや『COMIC釣りつり』で長編漫画『舟に棲む』を発表している。 田端義夫のファンであるが、若い頃はプレスリーに影響を受け、バンドを組んだこともある。 歌手の森田童子は、つげ忠男の大ファンであり、単行本についてコメントを残した事もある。 兄・つげ義春について2017年10月31日発行の「アックス」vol.119(特集つげ義春生誕80周年)誌上では、「兄についてはよく知らない」とコメントしている。 兄・義春は、早くに家を出ていたため、時々会う程度であった。記憶の中に兄は「点」としてあるのみで、「線」としての痕跡など語れるほどはない。電話で会話を交わすのは年に5-6回程度で、内容の多くは体調についてである。珍しく出版界の話題に触れることもあったが、さらに紙の本が売れなくなっている現状から、自分たちモノ書きもここまでかというような結論であり、どんな話題でも最後は日暮れ時のように薄暗い。その他の、例えば兄や甥の正助との日常生活に関しては、他人の口を介して聞く程度である、と発言している。 2024/06/10 12:28更新
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tsuge tadao
つげ忠男と同じ誕生日7月2日生まれの人
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