シャーマン=オバンドーの情報(ShermanObando) 野球選手 芸能人・有名人Wiki検索[誕生日、年齢、出身地、星座]
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シャーマン=オバンドーの情報まとめ
シャーマン=オバンドー(Sherman Obando)さんの誕生日は1970年1月23日です。
シャーマン=オバンドーの現在の年齢は54歳のようです。
シャーマン=オバンドーのプロフィール Wikipedia(ウィキペディア)■プロジェクト:野球選手 ■テンプレート シャーマン・オマール・オバンドー・ガイノル(Sherman Omar Obando Gainor、1970年1月23日 - )は、パナマ・ボカス・デル・トロ県チャンギノラ出身の元プロ野球選手(外野手、指名打者)。右投右打。 1987年、ニューヨーク・ヤンキースに入団。 1993年、ボルチモア・オリオールズでメジャー初昇格。 1996年、モントリオール・エクスポズに移籍。 1999年はメキシカンリーグでプレーしていたが、怪我をして長期間離脱していたナイジェル・ウィルソンの穴埋めとして日本ハムファイターズへ5月末に入団。打率.306、本塁打20、打点62を記録した。 2000年は30試合近く怪我で欠場したにもかかわらず、イチローに次ぐパ・リーグ2位の打率.332、本塁打30、打点101の大活躍でベストナイン(外野手部門)に選出された。また、長打率はリーグ1位だった。 2001年の開幕第3戦目に自打球を左足に当て骨折、5月末に復帰するが、8月には胸椎椎間板症を発症し、復帰出来ないまま閉幕を迎えた。この年の出場は52試合にとどまったが、本塁打15、打点51の成績を残した。 2002年は自己最多の118試合に出場し本塁打26、打点68を記録するが、打率は規定打席にこそ到達するものの膝の怪我の影響で.263と本来の力を出し切れず、更にオフに怪我が悪化したこともあってこの年限りで日本ハムを退団した。2003年2月にはケビン・ミラー問題のあおりを受け、右の長距離打者を探していた中日ドラゴンズがアレックス・オチョアとともに新外国人候補として獲得へ向けて調査していたが、入団には至らなかった。 2003年は、再びメキシカンリーグでプレーしていた。 2004年シーズン途中に自腹で再来日し、日本ハムに売り込みに来る。当時の日本ハムはエンジェル・エチェバリアの不振、8月にはアテネオリンピック野球日本代表に小笠原道大・金子誠を派遣することになっており、打線の補強が急務であった。オバンドーは入団テストの上、破格の低年俸(推定1,000万円)で再契約し、日本球界に復帰。記者会見では「現役の最後は、大好きな日本ハムで終わりたい」とコメントした。その2004年は往年の長打力と、勝負強い打撃でチームをAクラス(3位)に押し上げプレーオフにも出場した。 2005年シーズン途中、打撃不振のため解雇された。 2006年3月に第1回WBCのパナマ代表に選出された。5番・指名打者として出場していたが、チームは予選敗退に終わった。 各年度の太字はリーグ最高 ベストナイン:1回 (外野手:2000年) 月間MVP:1回(2000年4月) 初出場・初先発出場:1999年5月22日、対大阪近鉄バファローズ11回戦(東京ドーム)、6番・左翼手として先発出場 初安打・初打点・初本塁打:1999年5月27日、対西武ライオンズ10回戦(西武ドーム)、2回表に西口文也から左越ソロ 初盗塁:2000年4月12日、対大阪近鉄バファローズ2回戦(東京ドーム)、6回裏に二盗(投手:前川勝彦、捕手:礒部公一) 100本塁打:2005年4月23日、対オリックス・バファローズ4回戦(東京ドーム)、2回表に光原逸裕から左中間へ2ラン ※史上238人目 オールスターゲーム出場:1回 (2000年) 42 (1993年 - 1995年) 29 (1996年 - 1997年) 64 (1999年 - 2001年) 23 (2002年) 67 (2004年途中 - 2005年) 『看板男』:1999年当時の日本ハムの本拠地であった東京ドームで看板直撃の本塁打を量産したことから。看板直撃弾は2000年の3回、2001年の2回、2002年の4回を含め、通算11回。 『夏男』:7月に入ると凄まじいペースで調子が上昇していったことから。 『オバ様』:日本ハム復帰時、打撃好調だった同僚フェルナンド・セギノールが杉良太郎の愛称を捩って「セギ様」と呼ばれており、オバンドーもそれに倣って「オバ様」とファンに呼ばれ親しまれた。 2006 ワールド・ベースボール・クラシック・パナマ代表 ^ プロ野球人名事典 2003(2003年、日外アソシエーツ)、134ページ ^ https://www.baseball-reference.com/register/player.fcgi?id=obando001she ^ 「竜新外国人候補、2人浮上 メジャ-通算46本・オチョア 前日本ハム主砲・オバンドー ミラーの代役に急浮上」『中日スポーツ』中日新聞社、2003年2月6日。オリジナルの2004年12月9日時点におけるアーカイブ。2020年1月3日閲覧。 ^ 2006 Tournament Roster The official site of World Baseball Classic (英語) 2016年3月2日閲覧 パナマ出身のメジャーリーグベースボール選手一覧 中南米出身の日本プロ野球外国人選手一覧#パナマ 北海道日本ハムファイターズの選手一覧 選手の通算成績と情報 MLB、ESPN、Baseball-Reference、Fangraphs、The Baseball Cube、Baseball-Reference (Register) Sherman Obando stats MiLB.com (英語) 個人年度別成績 S.オバンドー - NPB.jp 日本野球機構 表 話 編 歴 1950 飯島滋弥, 大下弘, 別当薫 1951 飯島滋弥, 大下弘, 別当薫 1952 飯島滋弥, 大下弘, 別当薫 1953 大下弘, 別当薫, 堀井数男 1954 大下弘, 関口清治, 山内和弘 1955 飯田徳治, 戸倉勝城, 山内和弘 1956 杉山光平, 戸倉勝城, 山内和弘 1957 大下弘, 毒島章一, 山内和弘 1958 杉山光平, 関口清治, 毒島章一 1959 杉山光平, 高倉照幸, 山内和弘 1960 田宮謙次郎, 張本勲, 山内和弘 1961 田宮謙次郎, 張本勲, 山内和弘 1962 張本勲, 山内一弘, 吉田勝豊 1963 張本勲, 広瀬叔功, 山内一弘 1964 高倉照幸, 張本勲, 広瀬叔功 1965 張本勲, 広瀬叔功, 堀込基明 1966 高倉照幸, 張本勲, 毒島章一 1967 土井正博, 長池徳二, 張本勲 1968 G.アルトマン, 土井正博, 張本勲 1969 長池徳二, 永淵洋三, 張本勲 1970 G.アルトマン, 長池徳二, 張本勲 1971 門田博光, G.アルトマン, 長池徳二 1972 長池徳二, 張本勲, 福本豊 1973 長池徳二, 張本勲, 福本豊 1974 D.ビュフォード, 張本勲, 福本豊 1975 佐々木恭介, 白仁天, 弘田澄男 1976 門田博光, 弘田澄男, 福本豊 1977 門田博光, 福本豊, L.リー 1978 佐々木恭介, 福本豊, 簑田浩二 1979 新井宏昌, 栗橋茂, 福本豊 1980 栗橋茂, 福本豊, L.リー 1981 島田誠, テリー, 福本豊 1982 新井宏昌, 栗橋茂, 福本豊 1983 島田誠, テリー, 簑田浩二 1984 高沢秀昭, T.クルーズ, 簑田浩二 1985 金森永時, 熊野輝光, 横田真之 1986 秋山幸二, 新井宏昌, 横田真之 1987 秋山幸二, 新井宏昌, T.ブリューワ 1988 秋山幸二, 高沢秀昭, 平野謙 1989 秋山幸二, 藤井康雄, R.ブライアント 1990 秋山幸二, 石嶺和彦, 西村徳文 1991 秋山幸二, 佐々木誠, 平井光親 1992 秋山幸二, 佐々木誠, 高橋智 1993 秋山幸二, 佐々木誠, 藤井康雄 1994 イチロー, K.ライマー, 佐々木誠 1995 イチロー, 佐々木誠, D.ジャクソン 1996 イチロー, 田口壮, 村松有人 1997 イチロー, 佐々木誠, T.ローズ 1998 イチロー, 大村直之, 柴原洋 1999 イチロー, 谷佳知, T.ローズ 2000 イチロー, 柴原洋, S.オバンドー 2001 礒部公一, 谷佳知, T.ローズ 2002 谷佳知, T.ローズ, 小関竜也 2003 谷佳知, T.ローズ, 和田一浩 2004 和田一浩, SHINJO, 谷佳知 2005 和田一浩, 宮地克彦, M.フランコ 2006 稲葉篤紀, 松中信彦, 和田一浩 2007 稲葉篤紀, 森本稀哲, 大村直之 2008 稲葉篤紀, 栗山巧, リック 2009 鉄平, 糸井嘉男, 稲葉篤紀 2010 多村仁志, T-岡田, 栗山巧 2011 糸井嘉男, 内川聖一, 栗山巧 2012 糸井嘉男, 角中勝也, 内川聖一 2013 長谷川勇也, 内川聖一, 中田翔 2014 柳田悠岐, 糸井嘉男, 中田翔 2015 秋山翔吾, 柳田悠岐, 清田育宏 2016 角中勝也, 糸井嘉男, 西川遥輝 2017 柳田悠岐, 秋山翔吾, 西川遥輝 2018 柳田悠岐, 秋山翔吾, 吉田正尚 2019 荻野貴司, 秋山翔吾, 吉田正尚 2020 柳田悠岐, 吉田正尚, 近藤健介 2021 杉本裕太郎, 吉田正尚, 柳田悠岐 2022 松本剛, 柳田悠岐, 島内宏明 2023 近藤健介, 万波中正, 柳田悠岐 表 話 編 歴 12 サントス・ヘルナンデス 18 パオロ・エスピーノ 22 ビエンベニード・セデーニョ 23 マニー・アコスタ 24 アルベニス・カスティーヨ 25 ホルヘ・コルテス 27 ブルース・チェン 29 ラモン・ラミレス 31 ミゲル・ゴメス 33 デイビス・ロメロ 36 マニー・コーパス 56 レン・ピコタ 58 ロジャー・デアゴ 8 ダマソ・エスピーノ 16 カルロス・ムニョス 49 セサール・キンテーロ 51 カルロス・ルイーズ 7 ハビエル・カスティーヨ 11 ビセンテ・ガリバルド 15 オルメド・サインズ 30 オーランド・ミラー 32 ヨニ・ラソ 1 マヌエル・O・ロドリゲス 4 アール・アグノリー 14 ルーベン・リベラ 17 フレディ・エレーラ 26 アウデス・デ・レオン 28 アドルフォ・リベラ 45 カルロス・リー 64 シャーマン・オバンドー パナマの野球選手 アフリカ系パナマ人の野球選手 ニューヨーク・ヤンキース傘下の選手 ボルチモア・オリオールズの選手 モントリオール・エクスポズの選手 北海道日本ハムファイターズ及びその前身球団の選手 野球パナマ代表選手 ワールド・ベースボール・クラシック・パナマ代表選手 2006 ワールド・ベースボール・クラシック選手 在アメリカ合衆国パナマ人の野球選手 ボカス・デル・トーロ県出身の人物 1970年生 存命人物 外部リンクがリンク切れになっている記事/2016年3月 2024/11/21 14:23更新
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