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本城聡章の情報 (ほんじょうもとあき)
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【11月22日】今日誕生日の芸能人・有名人

本城聡章の情報(ほんじょうもとあき) ミュージシャン 芸能人・有名人Wiki検索[誕生日、年齢、出身地、星座]

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本城 聡章さんについて調べます

■名前・氏名
本城 聡章
(読み:ほんじょう もとあき)
■職業
ミュージシャン
■本城聡章の誕生日・生年月日
1964年9月10日 (年齢60歳)
辰年(たつ年)、乙女座(おとめ座)
■出身地・都道府県
東京出身

(昭和39年)1964年生まれの人の年齢早見表

本城聡章と同じ1964年生まれの有名人・芸能人

本城聡章と同じ9月10日生まれの有名人・芸能人

本城聡章と同じ出身地東京都生まれの有名人・芸能人


本城聡章と関係のある人

森若香織: 「体育祭」 作詞:森若香織、作曲:本城聡章・筋肉少女帯、編曲:筋肉少女帯


橘高文彦: またライブのゲストに筋肉少女帯メンバーの内田雄一郎と本城聡章が登場。


扇愛奈: 本城聡章(筋肉少女帯) - Guitar


本城聡章の情報まとめ

もしもしロボ

本城 聡章(ほんじょう もとあき)さんの誕生日は1964年9月10日です。東京出身のミュージシャンのようです。

もしもしロボ

解散、ドラマ、脱退、テレビ、現在、家族、映画に関する情報もありますね。去年の情報もありました。本城聡章の現在の年齢は60歳のようです。

本城聡章のプロフィール Wikipedia(ウィキペディア)

筋肉少女帯(きんにくしょうじょたい)は、日本のロックバンドである。1980年代後半から1990年代後半にかけて活躍し、2006年に活動を本格再開した。通称は「筋少」(きんしょう)で、アルファベットでは「King-Show」(初期は「KIN-SHOW」)と記す。

1979年に当時中学生だった大槻ケンヂと内田雄一郎が組んだバンド「ザ・ドテチンズ」(別名ドンズ。当時の大槻のあだ名より命名)が始まり。大槻は健康青竹踏みを打ち鳴らし、内田はエレクトーンを掻き鳴らした。

ドンズ解散後高校進学を経て、1982年2月に再びバンド「筋肉少年少女隊」を結成。大槻は「JAGATARA」のようなファンクバンドを志向していたものの、練習スタジオでファンクが上手く説明できず、結局「ディープ・パープル」の様な曲調になったそうである。このやりとりから代表曲のひとつである『釈迦』が生まれた。4月6日のライブハウス新宿JAM「伝染病解散ライブ」にてライブデビュー。

1984年、バンド名を「筋肉少女帯」に改め、ナゴムレコードよりインディーズデビュー。とはいえ、まだまだこの頃のライブでは大槻がうどん粉で顔面白塗りの上、裸体に包帯を幾重にも巻きつけて歌唱するなど、「当時は学園祭バンドみたいなノリで、完全にキワモノ」(大槻談)であった。

同じ頃、後に第22期筋肉少女帯メンバーとなる5人がそれぞれのバンド(大槻・内田は筋少、本城は筋少・有頂天・エッグレイヤー、太田はYTJ、橘高はSLEAZY LUSTER)でYAMAHAのコンテストに出場。たびたび顔を合わせる旧知の仲だった。筋少はパフォーマンス賞や審査員特別賞を受賞、橘高、太田はそれぞれベストギタリスト賞、ベストドラマー賞を取るなど、対照的な成績を残している。

1985年に三柴江戸蔵が参加。

1987年、ナゴムレコードより発売の自主制作シングル『高木ブー伝説』が話題を呼ぶ。冗談画報、11PMなどに出演。その際演奏した高木ブー伝説、ドリフターといった楽曲の歌詞が問題となったりもした。そのためドリフターズ所属の事務所を名乗る者から苦情の電話が寄せられ、『高木ブー伝説』は結局自主回収という形で販売中止となる。しかし、その電話は後に悪戯と発覚する。大槻によれば、この一件で筋肉少女帯は一時解散の危機に立たされたが、他ならぬ高木ブーの擁護によって事なきを得たという。

様々なメンバーが加入と脱退を繰り返す中で活動を続け、1988年6月、トイズファクトリーよりアルバム『仏陀L』・シングル『釈迦』でメジャーデビュー (第18期メンバー)。しかし、その後もメンバーが定着することはなく、半年後に発売された2ndアルバムは21期メンバーで録音された。

1989年2月の三柴脱退を受け、橘高文彦の加入・本城聡章の復帰が「大槻ケンヂのオールナイトニッポン」にて発表される (第22期)。筋少のオリジナル音源への参加に先駆け、「オールナイトニッポン」の企画から派生した「まんが道」(大槻と内田による変名ユニット) の『ボヨヨンロック』において非公式ながら初のレコーディング。その後、さらに同メンバーで録音された3rdアルバム以降ついにメンバーが定着し、以後10年間メンバー交代が行われることはなかった。

アルバム収録曲『日本印度化計画』が話題となり、続くシングル『元祖高木ブー伝説』(『高木ブー伝説』のリメイク) が一躍大ヒット。大槻がオールナイトニッポンのパーソナリティを務めたことも相まって、一躍有名バンドへとのし上がっていく。「筋肉少女帯の深夜改造計画」という看板TV番組まで持っていた。一方で、『ボヨヨンロック』、『日本印度化計画』、『元祖高木ブー伝説』と笑いの側面の強い曲が立て続けにヒットしたこともあり、はからずも世間にはコミックバンドという認知が俄かに定着しつつあった。大槻自身、この三作をまとめて「ボヨヨン・カレー・ブー」=「B・C・B」と呼び、度々自虐的に当時の状況をネタにしている。

1990年2月7日には単独では初となる武道館LIVE。以後1994年まで通算4度、単独での武道館LIVEを敢行する。

1992年発売のベストアルバム『筋少の大車輪』には、かつてのメンバーが一堂に集結。新録音曲「大釈迦」が収録された。

バンドブームが去った1992年9月、経営難となっていた所属事務所をやめ、翌1993年暮れにはトイズファクトリーに契約を打ち切られる。

バウワウなどを育てた上野義美氏の事務所と契約し新たに動き出す。

1994年に橘高が、翌1995年に大槻がソロデビューするなど、メンバー各自での活動も多くなっていった。

所属レコード会社は1994年にMCAビクター、さらに1996年にマーキュリーミュージックエンタテインメントへと移籍。

1997年、活動凍結前のラストアルバム『最後の聖戦』をリリース。このタイトルになった理由は、大槻が5人での活動に限界を感じたためである。追い打ちをかけるように翌1998年、当時の所属事務所の経営破綻、精神バランスを崩したこと、メンバーのモチベーション低下等が重なった結果、この頃より大槻はバンドとしての活動限界を感じるようになる。その一方で「メンバーのまとまりがなかった反面、ライブそのものはよかった」と、パフォーマンス的には円熟していた時期であるとも後年公言している。

バンドブーム衰退後も独自のスタンスを保ちメジャーシーンで活躍しつづけたが、同年8月の渋谷公会堂ライブを最後に太田が脱退。同時にバンドとしての活動休止が発表された。

9月、大槻は、内田および三柴らかつてのメンバーと期間限定で「80年代の筋肉少女帯」を結成。LIVEツアーも行う(後にインディーズよりビデオ発売)。

1999年5月には大槻がバンドのテコ入れを想定した「大槻と内田以外のメンバー一新による活動再開」を示唆し、後に橘高が脱退を表明。この事態が一部ファンに「大槻の独断による橘高外し」と受け取られ反発を招いた。大槻が公式サイト上で事態収拾を行うべく弁明の書き込みをするも逆に火に油を注ぐ形となり、大槻の人格攻撃に及ぶまでに至る。精神的に疲弊した大槻は翌6月に脱退を表明。内田雄一郎と本城聡章の2人のみとなった筋肉少女帯は事実上解散状態となる。しかし2人は筋肉少女帯の名を守りつづけることを決意。

7月、内田と本城は「解散」ではなくバンドとしての活動「凍結」を宣言した。

その後、大槻は文筆活動と併行して「特撮」を結成し、様々なコネクションを通じ対バン勝負を呼びかけて個人名義での活動も行う。橘高は脱退と前後する形で結成していた「X.Y.Z.→A」に専念。太田は相川七瀬らのサポートの傍らドラム教室を開催。内田と本城は他アーティストのサポートやプロデュース活動の他、「筋肉少女帯」(KING-SHOW)としてサントラ製作やライブアルバム監修、イベント主宰などを行っていった。

活動休止前後にはメンバー間で行き違いもあり、特に盟友関係と言っても良かった大槻と内田は、その後「特撮」内で対立して内田が脱退するなど一時絶縁に近い状態となってしまう。 しかし

大槻と橘高の所属バンド同士が競演する。

内田と本城の主催イベントに橘高が参加し、「一夜限りの復帰」と銘打ってセッションを実施。

大槻・内田双方と交友があった元アンジーの水戸華之介が大槻のイベントにゲスト出演した際に内田を登場させて仲直りの場を設けた(もともとは大槻が水戸に内田への出演交渉を依頼。水戸は辛うじて内田の電話での出演を取り付けた形にしておいて、当日電話しながら内田が登場するというサプライズを演出)。

など、徐々に関係を修復していった。共演の際に筋肉少女帯の曲が演奏されることもあり、大槻と内田に至っては「仲直り」自体をイベントのネタとして使用するまでになる。

2006年にはかつて大槻がケラ、内田と結成していたユニット空手バカボンが突如復活しライブを行った。さらに大槻と橘高が三柴らのサポートを受けて「大槻ケンヂと橘高文彦」と称するコンビを組み、筋少ファンを公言する滝本竜彦原作・大岩ケンヂ作画のテレビアニメ『N・H・Kにようこそ!』に楽曲を提供。大槻、橘高参加時の往年の「90年代の筋少」サウンドを髣髴とさせる楽曲となった(シングル盤には筋少時代の楽曲「踊るダメ人間」のセルフカヴァーも収録されている)。

同年4月から7月にかけて『週刊アスキー』誌上において大槻が『筋肉少女帯物語』第1部を連載。大槻本人が明記しているようにフィクションのキャラクターも登場する「小説」なのだが、当時のメンバーらの許可の元に、バンドブームに巻き込まれ、急激に人気バンドになってしまった彼らを取り巻いていた状況なども語られている。

そして小説第1部の最終回掲載直前の7月22日。恵比寿で行われた「大槻ケンヂと橘高文彦」のライブに、サプライズゲストとして内田と本城が登場。大槻と橘高の筋肉少女帯再加入と、4人で同年12月28日に筋肉少女帯のライブを行うことが発表され、凍結状態であったバンドは8年ぶりに復活を果たした(小説第1部のラストでも、大槻が復活を宣言)。

メジャーデビュー時と同じトイズファクトリーに所属することとなり、2007年3月にベストアルバム『筋肉少女帯 復活究極ベスト 大公式』が第一弾として発売された。

同年9月にはおよそ10年ぶりのオリジナルアルバムとなる『新人』を発売。

2008年9月21日に14年ぶり、単独では5度目となる武道館公演を行った。

2013年4月、徳間ジャパンコミュニケーションズへとレコード会社を移籍。同社のレーベル、ジャパンレコーズより作品をリリースする。

2018年6月20日、メジャーデビュー30周年を記念し、MCAビクター、マーキュリーミュージック在籍(どちらも現ユニバーサルミュージックジャパン)時代の4作品(『レティクル座妄想』~『最後の聖戦』)を、ボーナストラックを加えSHM-CD化・全曲リマスタリングを施し再発売。また、VHSでしかリリースされていなかった映像作品『science fiction double feature〜筋肉少女帯 Live & PV-clips〜』についても、DVD化し再発売した。

※過去在籍した正規メンバーは総勢17人にも達するため、主な者のみに留める。

※印はサポートメンバー

参考文献「筋少新聞2号」、「筋肉少女帯 ナゴムコレクション」ブックレット

メンバーのバラバラな趣向を反映したバラエティに富む音楽性 と、不条理とブラックユーモアが入り混じった物語性の高い詞世界、硬派な音楽性と相反するコミカル・プラクティカルな笑いの要素が共存しているのが特徴。

三柴在籍時のインディーズ後期からデビュー初期にかけてはパンク、ハードロック、ニュー・ウェイヴ、プログレなどが混在した音を聴かせ、主に三柴と内田が音楽的方向性の主導権を握っていた。

三柴脱退後、新たな方向性を模索していた筋少は、オーディションで洋楽受容者でヘヴィ・メタルのギタリストである橘高が加入すると、彼と本城のツインギターによりハードロック系の音楽性を前面に押し出していくこととなる(大槻は一般的にメジャーなこの時代の筋少を指して「'90年代筋少」と呼んでいる)。

キッスやエアロスミスから影響を受けている。

元LaputaのドラマーであるTomoiは、太田明のようなプレイスタイルを理想だと語っている。Mix Speaker's,Inc.のSeek、MoranのHitomi、えんそくのぶう、NoGoDの団長が大槻ケンヂからの影響を語っている。

「当初は筋肉少年隊とするはずであったが、少年隊が所属するジャニーズ事務所からクレームがついたので名前を変えた」という俗説があるが、先述のようにインディーズの無名時代からすでに「筋肉少女帯」と名乗っている。

当の大槻ケンヂによれば、

確かに「少年隊」というネーミングには影響された

そこで「筋肉」と「少年隊」という対比的な概念を組み合わせようと考えた

当時、自分の性別に違和感を覚えることもあったので「少年」→「少年少女」→「少女」に変更

「隊」という文字に不良少年的なイメージを感じ、気に入らなかったので字を変えた

というのがネーミングの理由であるとのこと。しかし「女子プロレスからの連想」などといったようにその時々で大槻が面白おかしく脚色して話しているために真相はこれまた一切不明であり、どこまでが真なのかは大槻本人にしかわからない。

なおバブル期に海外に紹介された際、バンド名は「muscle girls area」と直訳されてしまったらしい。

ボヨヨンフォーク

蜘蛛の糸 〜第二章〜

散文詩の朗読

戦え!何を!?人生を!(Live Version)

仲直りのテーマ(Live Version)

中学生からやり直せ!

へそ天エリザベスカラー

少年、グリグリメガネを拾う(人間椅子Version)

地獄のアロハ(Heavenly Version)

ムツオさん ('14 Live Version)

釈迦 ('14 Live Version)

日本印度化計画 ('15 Live Version)

マタンゴ('16 Live Version)

人から箱男(筋少×カラオケDAMコラボ曲)[Short Version]

TKCA-74402

2016/10/26

いくぢなし (ナゴムver.サイズ)

KEEP CHEEP TRICK

7年殺し

いくぢなし (ナゴムver.サイズ) [Instrumental]

KEEP CHEEP TRICK [Instrumental]

7年殺し [Instrumental]

新規録音作品のみ。

年代順

『日本印度化計画』/ チェリオコーポレーション「チェリオ」CMソング

『サボテンとバントライン』 / 久光製薬「ビンダスローション」CMソング

『バトル野郎〜100万人の兄貴〜』 / カプコン・スーパーファミコン用ソフト「ストリートファイターII」CMソング

『暴いておやりよドルバッキー』 / 住友生命「年金プラン・楽しみ1番」CMソング

『君よ!俺で変われ!』 / キリン「ポストウォーター」CMソング

『くるくる少女』/ 全日本プロレス中継30 1993年7月 - 8月期EDテーマ

『蜘蛛の糸』 / 進研ゼミ中学講座CMソング

『1,000,000人の少女』 / カプコン・スーパーファミコン用ソフト「ストリートファイターII ターボ」CMソング

『タイトロープ』 / 「NTTサンクスフェア」1994夏CMソング

『香菜、頭をよくしてあげよう』 / テレビ朝日系列「ボイズンガルズ」テーマソング

『トゥルー・ロマンス』 / 「ナムコ・ワンダーエッグ」テーマソング

『僕の歌を総て君にやる』 / テレビ朝日系列「ウィークエンドライブ 週刊地球TV」OPテーマ

『小さな恋のメロディ』 / テレビ東京系列アニメ「EAT-MAN」OPテーマ

『タチムカウ-狂い咲く人間の証明-』 / テレビ朝日系列「リングの魂」OPテーマ

『221B戦記』/日本テレビ系列「全日本プロレス中継」EDテーマ

『カーネーション・リインカネーション』 / ハドソン・プレイステーション用ソフト「ブラッディロア2」イメージソング・OPテーマ

『福耳の子供'08』 / 関西テレビ「未確認思考物隊」EDテーマ

『心の折れたエンジェル』 / コナミ・アーケードゲーム「GuitarFreaksV6 & DrumManiaV6 BLAZING!!!!」収録曲

『中2病の神ドロシー』 / 日本テレビ系列「ポシュレデパート深夜店」OPテーマ

『混ぜるな危険』/ TOKYO MX TV 他 テレビアニメ「うしおととら」 第1・2クールのOPテーマ

『週替わりの奇跡の神話』/ TOKYO MX TV 他 テレビアニメ「うしおととら」第3クールのOPテーマ

筋肉少女帯自伝 (2007年10月 K&Bパブリッシャーズ、ISBN 978-4-902800-07-4)

大槻、橘高、本城、内田が自らについて語った書籍。未発表音源CD 付き。

筋肉少女帯 SHOXX SPECIAL 〜4半世紀アフター〜 (2013年6月 音楽専科社、ISBN 978-4-87279-263-8)

1991年発売のアーティストブック(雑誌SHOXXの特別増刊号)の復刻に加え、新規収録のメンバーインタビュー、ライブレポート等掲載。

筋肉少女帯の深夜改造計画(1989年10月-1990年 日本テレビ系)

^ 当初はサポート。1986年3月正式加入

^ 大槻と橘高が発症していた。橘高は中学生時代以来の再発。

^ 1984年にも数ヶ月ほど脱退していた時期がある

^ 90年代のインタビューでは「ギターを持つとXTCになっちゃう」と韜晦していた。

^ 橘高の加入オーディションを行った直後、その日のうちに三柴の脱退が決定した。

^ 命名者は本城。筋少動画01より。

^ ただし、現在でもライブ活動時の名義として「太田明(筋肉少女帯)」「太田明from筋肉少女帯」などの表記が見られる。

^ ライブツアーおよび『80年代の筋肉少女帯』名義の新規録音「海のトリトン」に参加。

^ 同名のアルバム(1986〜1989年のライブ音源を集めたライブトラック集)には太田明、美濃介、中村ムー哲夫の演奏音源も収録されているが、いずれも過去の音源であり、1998年結成の本ユニットに太田・美濃介・中村ムーは参加していない。

^ ライブのゲストとして関口博史、横関敦が参加。

^ 正式加入前の橘高曰く「(筋少の印象は)なにこれジャズ・バカ・ロック?」だったそうである。「でもこれはこれで新しいし、いいじゃんと思ったのね。ハードロックだとは思わなかったけど。でも、大槻から(オーディションの件で貰ったメッセージには)『ハードロックバンドです』って書いてあったんだよ。アッタマくるでしょ(笑)」(出典・橘高文彦《魅惑のハード・ロック・ギター教本》)

^ 22期メンバーによる演奏だが、筋少名義での発表を拒否し「まんが道」名義でのリリースとなった。

^ 井上陽水の同名曲をカバー。

^ プロレス団体「闘龍門ジャパン」のチーム「CRAZY MAX」各選手の入場テーマ曲とトークを収録。

^ DVD版では、多数の特典映像が追加収録されている。

^ ライブ会場と公式サイト通販のみでの販売。

^ 早期予約購入者には特典DVD(1995年5月16日の「筋少ちゃん祭り兄貴ナイト2」ライブ映像全13曲入り)がさらに付属し、計3枚組となった。

^ オフショットやインタビュー映像、リハーサル、楽屋風景などとライブ映像を織り交ぜ編集構成した作品。

^ ライブ会場において先行発売。同年8月1日より公式通販にて一般販売。通販購入時のみ、本編収録「航海の日」('90年の映像)のフルバージョンを収めた特典DVDが同梱。

^ 公式通販において同年7月20日より先行予約発売。8月31日までの先行予約者のみ、特典DVD「メンバーによるライブ全編オーディオコメンタリー〜メンバー4人がライブ全曲全映像を観ながら語り尽くすフル尺の解説&裏話」が同梱。

^ 11期メンバー(大槻・内田・本城)。リズムボックスを使ったため、正式メンバーでありながら美濃介は不参加。一方で10期メンバーである中丸栄子が「釈迦」に参加している

^ 14期メンバー(大槻・内田・三柴・美濃介・中村ムー)

^ ※現在は配信されていない

^ 13期メンバー(大槻・内田・三柴・美濃介・石塚ベラ)

^ 22期メンバー(大槻・内田・本城・橘高・太田)

^ 「海のトリトン」表記であるが、「GO GO トリトン」

^ 80年代の筋肉少女帯(大槻・内田・三柴・石塚ベラ・友森)

^ 水戸華之介 with KingShows(23期メンバーの内田・本城と元アンジーの水戸華之介によるコラボユニット)

^ 筋肉少女帯 with 水戸華之介(24期メンバーの大槻・内田・本城・橘高と元アンジーの水戸華之介によるコラボユニット)

^ 24期メンバー(大槻・内田・本城・橘高)

^ 2008年、ベストアルバム「大公式2」に収録。「NTT CMソング」の表記あり

^ 「これでいいのだ」「パヤパヤ」「家族の肖像」「日本の米」各ライブ音源収録。1曲目は1989年3月24日・芝浦インクスティック(22期。90年代筋少の初ライブ)。2曲目は1985年3月31日・渋谷La.mama(11期メンバー)。3・4曲目は1982年12月2日・渋谷YAMAHA「中高生バンド合戦」(商品化された中でもっとも古い4期メンバーの演奏)

^ 第一次予約分は販売元のオフィシャル通販限定商品で、先着1000名分までシリアルNoカード付属。好評につき8月より第二次予約が開始され、9月よりAmazonなどの各種通販サイトでも販売を開始。

^ “筋肉少女帯 - プロフィール”. CDJournal. 株式会社シーディージャーナル. 2021年5月11日閲覧。

^ “筋肉少女帯のプロフィール・画像・写真(1000055692)”. テレビジョン. KADOKAWA. 2021年5月11日閲覧。

^ “筋肉少女帯”. 音楽ナタリー. 株式会社ナターシャ. 2021年5月11日閲覧。

^ Johnson, Henry; Chapman, Ian (2016). Global Glam and Popular Music: Style and Spectacle from the 1970s to the 2000s. Taylor & Francis. p. 200. ISBN 1-3175-8819-3 

^ 『裸の王様』ライナー内での田口トモロヲとの対談より。大槻のエッセイでも複数回言及されている。

^ 「大槻ケンヂ 20年間わりと全作品」 K&Bパブリッシャーズ発行 「元祖高木ブー伝説」項、21~22頁。「何度も名前を出してくれることで宣伝になるし、若い奴らのやることなのだから笑って許そう」という趣旨の擁護が本人から発せられた。以降、ライブで共演する等親交が続く。

^ 筋肉少女帯自伝 2007, p. 155-157, 257, 350.

^ 筋肉少女帯自伝 2007, p. 52, 56, 139-144.

^ 筋肉少女帯自伝 2007, p. 153-154.

^ 筋肉少女帯自伝 2007, p. 64-65.

^ 筋肉少女帯自伝 2007, p. 57.

^ UNDERGROUND SEARCHLIE『スケキヨ』のセルフライナーより

^ 『筋少の大海賊 vol.2』ライナーノーツ内のインタビューより。

^ 筋肉少女帯自伝 2007, p. 125-126.

^ 筋肉少女帯自伝 2007, p. 157.

^ 筋肉少女帯自伝 2007, p. 166.

^ 筋肉少女帯自伝 2007, p. 164.

^ “「筋肉少女帯」元メンバーのギタリスト・石塚BERA伯広さんが死去”. スポーツ報知 (2019年2月27日). 2019年2月28日閲覧。

^ 大槻ケンヂ『のほほん雑記帳』(角川文庫)p.274

^ 森朋之 (2016年10月31日). “筋肉少女帯「再結成10周年パーフェクトベスト+2」インタビュー|“再結成バンド”として過ごした10年間を振り返る”. ナタリー. 2018年9月5日閲覧。

^ 『Laputa―from the cradle to the grave 1999 (Fool's Mate extrax)』、 FOOL'S MATE、1999年、p.88、ISBN 4938716186

^ 藤谷 千明 (2015年3月5日). “V系バンドマンたちが“オーケン”をアツく語る! 「大槻ケンヂ リスペクト座談会」”. ぴあ. 2018年9月5日閲覧。

^ “筋肉少女帯、結成40周年記念作品の発売&ライブツアー開催を発表”. OK Music. 2022年11月23日閲覧。

^ “『うしおととら』OPは筋肉少女帯 放送局・日時も決定”. ORICON (2015年5月27日). 2015年5月27日閲覧。

^ “筋肉少女帯New Single TVアニメ「うしおととら」第3クールのオープニングテーマに再び筋肉少女帯の新曲が決定!”. 徳間ジャパン (2016年2月10日). 2016年2月11日閲覧。

大槻ケンヂ、橘高文彦、本城聡章、内田雄一郎『筋肉少女帯自伝』K&Bパブリッシャーズ、2007年。ISBN 4-9028-0007-1。 

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ボヨヨンロック (まんが道) - 地獄のアロハ (筋肉少女帯人間椅子)

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1.公式セルフカバーベスト 4半世紀

1.CRAZY MAX 1st. PRODUCED BY KING-SHOW

1.KIN-SHOWの大残酷 - 2.筋肉少女帯 at 武道館 - 3.三年殺し - 4.筋少祭りだ!90分 - 5.science fiction double feature〜筋肉少女帯 Live & PV-clips〜 - 6.80's筋少Live & clip - 7.THE・仲直り!復活!筋肉少女帯〜サーカス団パノラマ島へ帰る'06〜 - 8.SPACE SHOWER ARCHIVE 筋肉少女帯 LIVE 9103 - 9.サーカス団、武道館へ帰る - 10.三年殺し & KIN-SHOWの大残酷 - 11.どこへでも行ける切手 初期アルバム 1st〜8th曲限定ライブSP - 12.心の折れたエンジェル 2011.5.28 赤坂BLITZ 〜再結成以降曲集中ライブDVD〜 - 13.筋少動画01 - 14.筋肉少女帯メジャーデビュー25周年記念「4半世紀 LIVE」 at 中野サンプラザ 2013.6.22 - 15.THE SHOW MUST GO ON ~Live In OSAKA~ - 16.おまけのいちにち(闘いの日々)TOUR 初日 in TOKYO - 17.橘高文彦デビュー30周年記念LIVE “筋肉少女帯” - 18.再結成10周年パーフェクトベストTOUR FINAL~六本木! - 19.筋少シングル盤大戦対SP映像大戦 - 20.Future! ツアーfinalライブ & 猫のテブクロ再現ライブ 完全版!! - 21.メジャーデビュー30周年記念オリジナルNew Album「ザ・シサ」リリース・ツアー final ライブ 完全版!! - 22.筋少・フル尺2LIVES!!「突入!」&「ザ・サン」 - 23.LOVE ~筋肉少女帯LIVE 2019

ナゴムレコード - トイズファクトリー - ユニバーサルミュージック (日本) - 徳間ジャパンコミュニケーションズ

MusicBrainz

大槻ケンヂ

ヴィジュアル系

日本のハードロック・バンド

日本のヘヴィメタル・バンド

ナゴムレコード

トイズファクトリーのアーティスト

ユニバーサルミュージックジャパンのアーティスト

徳間ジャパンコミュニケーションズのアーティスト

4人組の音楽グループ

1982年に結成した音楽グループ

1999年に解散した音楽グループ

2006年に再結成した音楽グループ

ROCK IN JAPAN FESTIVAL出場者

フジロック・フェスティバル出演者

日本のサブカルチャー

日本のロック・バンド

言葉を濁した記述のある記事 (いつ)/2021年5月-6月

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2024/11/21 07:28更新

honjou motoaki


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