頓宮裕真の情報(とんぐうゆうま) 野球選手 芸能人・有名人Wiki検索[誕生日、年齢、出身地、星座]
頓宮 裕真さんについて調べます
■名前・氏名 |
頓宮裕真と関係のある人
田宮裕涼: 初盗塁:同上、6回表に二盗(投手:吉田凌、捕手:頓宮裕真) 福島章太: 中学校の先輩に山本由伸や頓宮裕真がおり、頓宮のプロ入り時には激励会に出席した。 若月健矢: 2021年、シーズン序盤から伏見寅威、頓宮裕真がマスクをかぶる試合が多く、若月自身は2週間近く出番がない時期もあった。 大城滉二: 2019年、開幕一軍に入ったが、北海道日本ハムファイターズとの開幕カード(札幌ドーム)では、福田周平が二塁、新人の頓宮裕真が三塁、安達が遊撃のスタメンに起用され、前年に続いてのベンチスタートとなった。 佐野皓大: 5日後(11日)のフレッシュオールスターゲーム(楽天生命パーク)にも、チームメイトの頓宮裕真の故障辞退に伴う補充扱いながら、ウエスタン・リーグ選抜チームのメンバーとして初出場。 吉岡悟: "オリ頓宮裕真が〝更新〟したパ・リーグ最低打率首位打者 47年前の俊足内野手が今明かす「奇跡」の要因「野村克也さんの…」". 小郷裕哉: 3年になると4番としてチームを引っ張り、夏の岡山大会決勝では頓宮裕真擁する岡山理大附高校を破り、第96回全国高等学校野球選手権大会出場を決めた。 正隨優弥: 野球部での同期生に、頓宮裕真や中村稔弥がいる。 村林一輝: 初盗塁:2021年5月15日、対オリックス・バファローズ7回戦(ほっともっとフィールド神戸)、4回表に二盗(投手:田嶋大樹、捕手:頓宮裕真) 福永奨: 開幕は二軍スタートであったが、4月8日に捕手の頓宮裕真らが新型コロナウイルスの陽性判定を受けたために感染拡大防止特例2022により登録抹消され、代替指名選手として初めて一軍に登録された。 木須フェリペ: 当初オリックスからの派遣を予定していた頓宮裕真捕手が故障で参加を辞退したことに伴って、捕手扱いでメンバーに補充されたが、リーグ戦では11試合の出場で打率.095という成績に終わった。 松田宣浩: その後は、『熱男塾』と称し宮崎市内で自主トレを行い、松田を慕う選手の参加が増え、宮﨑敏郎、佐野恵太、頓宮裕真ら首位打者を輩出。 津森宥紀: 5月12日のオリックス戦では1点リードの7回裏から登板し、一死走者無しで迎えた頓宮裕真への4球目で自己最速となる156km/hを計測。 近藤健介: 繋ぎの打撃が目立っていた日本ハム時代と変わり、長打狙いのスタイルへと変わったことで本塁打を量産し、自身最多となる26本塁打及び87打点を記録、打率は.303で首位打者の頓宮裕真(オリックス)に及ばず4厘差で逃したが、パ・リーグで打率3割を超えたのは頓宮と近藤の2人のみだった。 吉岡悟: なおパ・リーグでは1958年に前身の西鉄中西太が記録した.314を下回る史上最低打率での首位打者タイトル獲得となった上、2023年に頓宮裕真(オリックス・バファローズ)が.307で更新するまでパリーグ首位打者の最低打率記録だった。 |
頓宮裕真の情報まとめ
頓宮 裕真(とんぐう ゆうま)さんの誕生日は1996年11月17日です。岡山出身の野球選手のようです。
結婚、家族、卒業、引退に関する情報もありますね。去年の情報もありました。頓宮裕真の現在の年齢は28歳のようです。
頓宮裕真のプロフィール Wikipedia(ウィキペディア)■プロジェクト:野球選手 ■テンプレート 頓宮 裕真(とんぐう ゆうま、1996年11月17日 - )は、岡山県備前市出身のプロ野球選手(捕手、内野手)。右投右打。オリックス・バファローズ所属。 備前市立伊部小学校の1年時に、捕手として伊部パワフルズで野球を始めた。当時のチームメイトに、実家が隣同士で2歳年下の山本由伸がいた。当時は山本も捕手だったため、キャッチボールではいつも山本と一緒だったという。備前市立備前中学校在学中には、ボーイズリーグの瀬戸内マリナーボーイズに所属していた。 岡山理科大学附属高等学校への進学後は、1年夏からのベンチ入りを経て、1年秋から「4番・捕手」としてレギュラーに抜擢。2年時に春の岡山県大会で優勝したが、在学中は春夏とも甲子園球場の全国大会と縁がなかった。強肩強打でNPB球団から注目されるほどの大型捕手だったが、プロ志望届を日本学生野球協会へ提出せず、亜細亜大学経営学部へ進学した。 亜細亜大学では、1年時の東都大学野球春季リーグ戦から正捕手に抜擢されると、打率.242ながら規定打席に到達。1年時の秋にはリーグ戦と第46回明治神宮野球大会で優勝を経験したものの、その後は打撃の調子が上がらず、2年時には正捕手の座を失った。3年時の春季リーグ戦で12試合に出場すると、打率.386、3本塁打、13打点という好成績で、捕手としてベストナインに初めて選出。4年時には、主将を務め、第42回日米大学野球選手権大会と第29回ハーレムベースボールウィークで、大学日本代表の4番打者を務めた。在学中には、東都大学野球の1部リーグ戦で通算14本塁打を記録した。 2018年10月25日に行われた2018年のNPBドラフト会議では、オリックス・バファローズから内野手として2位指名を受けた。強打とチーム事情を背景に、三塁手へのコンバートを想定した指名であった。その後、契約金8000万円、年俸1200万円(金額は推定)という条件で入団。山本と再びチームメイトになった。背番号は44。 2019年は、オープン戦全17試合の出場で規定打席に到達。16試合で三塁を守りながら2本塁打を放ったことを背景に、レギュラーシーズンの開幕一軍入りを果たした。3月29日に、北海道日本ハムファイターズとの開幕戦(札幌ドーム)で、「5番・三塁手」としてスタメンで公式戦にデビュー。オリックスの新人野手が一軍の公式戦で開幕からクリーンナップに起用された事例は、阪急時代の1957年の中田昌宏以来62年ぶりである。この試合の1回一死満塁の第1打席で、公式戦での初安打・初打点を上沢直之からの2点適時打で記録。4月18日にほっともっとフィールド神戸で催された同カードで7回一死二塁の打席で加藤貴之から公式戦初本塁打となる2点本塁打を放ったことを皮切りに、2本塁打を記録した。しかし、打撃不振で5月1日に入団後初めて出場選手登録を抹消されてからは、一軍と二軍を往復。一軍の公式戦で三塁手として不慣れな守備で失策を重ねたばかりか、打撃にも悪い影響を及ぼしていたため、二軍での調整中には捕手への復帰をゼネラルマネージャーの福良淳一へ直訴した。実際には内野手として一軍へ復帰したものの、6月28日の対埼玉西武ライオンズ戦(メットライフドーム)7回表の打席で二塁打を放った後の走塁中に、右足の舟状骨を疲労骨折。その影響で、ウエスタン・リーグ選抜の一員として出場することが内定していたフレッシュオールスターゲームへの出場を辞退(実際にはチームメイトから外野手の佐野皓大が補充選手として出場)したばかりか、シーズン終了までの戦線離脱を余儀なくされた。骨折が癒えたシーズン終了後に、捕手として実戦に復帰。 2020年は、登録ポジションを内野手から捕手へ変更。新型コロナウイルスへの感染拡大の影響でレギュラーシーズンの開幕が当初の予定から延期されていた4月に、大学時代の同級生と結婚した。6月19日からの開幕を二軍で迎えていたが、7月1日のウエスタン・リーグ(対中日ドラゴンズ戦)での打席中に、自打球が左足に当たった影響で腓骨を骨折。自力での歩行が困難な状態に一時陥っていたため、同リーグでの実戦復帰は9月末、一軍への昇格はシーズン最終盤の10月下旬にまで持ち越された。10月24日の対千葉ロッテマリーンズ戦(京セラドーム大阪)で一軍における捕手デビューを果たすと、フル出場で2安打を放ったほか、リード面でもチームの完封勝利に貢献した。以降も6試合でスタメンマスクを任されていたが、一軍公式戦への出場はわずか12試合で、シーズン終了後の12月3日に推定年俸900万円(前年から300万円減)という条件で契約を更改した。 2022年は、捕手・一塁手・指名打者を兼任して自己最多の81試合に出場。11本塁打を放ち、東北楽天ゴールデンイーグルス戦では8本塁打を放った。守備出場は捕手で34試合、シーズン終盤には一塁で38試合に出場。東京ヤクルトスワローズとの再戦となった日本シリーズ第3戦では4番を任された。11月27日には年俸3500万円で契約を更改。森友哉の加入が決定したものの、捕手で勝負することを宣言した。 2023年は、前述のように捕手での勝負を掲げたが、中嶋聡監督が捕手を森・若月健矢・トレードで加入した石川亮の3人体制を基本とし、頓宮は捕手を使い切ってしまった時の緊急要員としたため、開幕後は6月までの時点で捕手での出場がなく、すべて一塁手または指名打者として出場し、5月6日の対西武戦(京セラドーム大阪)では3-3の同点で迎えた9回二死二・三塁の打席で増田達至から自身初のサヨナラ安打を放った。6月は月間打率.372、7本塁打、12打点の成績で自身初の月間MVPを受賞した。7月4日の対楽天戦(東京ドーム)では田中将大から1回無死満塁時に自身初の満塁本塁打、4回二死一塁時に2点本塁打を放ち、自己最多の1試合6打点を記録した。オールスターゲームにも一塁手としてファン投票で選出された。9月22日までにシーズンの規定打席に達し、リーグトップの打率.307を記録したが、同年9月23日に左足薬指中足骨の疲労骨折を起こし、今シーズンの復帰は絶望的となるも、10月9日の段階で自身初のタイトルとなる首位打者を事実上確定させ、2位の近藤健介(ソフトバンク)と4厘差で、シーズン全日程終了をもって獲得した。シーズンの終了後にはパ・リーグの一塁手部門でベストナインを初めて受賞。オフの12月19日の契約更改では5300万円増の推定年俸8800万円でサインした。 亜細亜大学の在学中に、東都大学野球の1部リーグ戦で通算14本塁打を記録した長打力が持ち味。高校時代に捕手として、手動計測ながら二塁への送球で最速約1.9秒を計測したほどの強肩の持ち主でもある。 愛称は「とん」「とんちゃん」。 オリックスの球団合宿所「青濤寮」への入寮に際して、パンチパーマをかけて登場することを公言。実際にその髪型で入寮したことから、報道陣の注目を一身に集めた。亜細亜大学硬式野球部およびオリックス(ブルーウェーブ時代)の先輩に当たる佐藤和弘(パンチ佐藤)のトレードマークがパンチパーマであることを踏まえて、大学時代の監督だった生田勉から「(プロ野球選手になったからには)目立つようにした方が良い」と提案されたことによる。さらに、同年のシーズン開幕直後には、大学時代に足を運んでいた叙々苑から苗字(頓宮)・背番号(44)入りの金色トングを贈呈された。「頓宮」を「とんぐう」と読ませることや、生田が叙々苑の総務部長とかねてから親交があることによる。 お立ち台に上がった際は「ほいさー」と絶叫するのが恒例となっており、それにちなんだグッズも発売されている。なお「ほいさー」はYouTuberでお笑いコンビ・キングコングのカジサック(梶原雄太)の次男・コジサックのギャグが由来となっている。 オリックス入団後の背番号44はかつてブーマー・ウェルズが背負っていたこともあり、入団会見では「自分は打撃が売り。44番はブーマー選手の背番号ですが『ユーマー』に変えられるようにがんばりたい」と語っている。なお、2023年に始球式で来日したブーマー本人と対面した他、その後も彼の現役時代に使用していたファーストミットをプレゼントされるなど親交を深めた。同年に頓宮の首位打者が確定するとブーマーから「本当によくやってくれた。おめでとう。背番号44は今、素晴らしい若者とともにある。彼がこの番号をつけてくれていることを、心から誇りに思う。これからもたくさんのタイトルを取っていってほしい」と祝福のメッセージが送られた。 オリックス入団後の応援歌は当初ブーマーに使われた曲の流用であったが、2023年9月6日より頓宮オリジナルの曲に変更されている。新応援歌には頓宮がお立ち台で叫ぶ「ほいさー」が歌詞に入っている。頓宮は「(応援歌は)自分のために考えてくれたんで、めっちゃうれしいですし、感謝してます。(ほいさーは)気に入っているというか、それでみんなが盛り上がってくれたらいいな」と語っている。 競艇(ボートレース)が大好き。本人によれば「幼少期から家族揃って児島競艇場に通っていた」といい、保育園の卒業アルバムでは将来の夢を「競艇選手」と書いたほど(しかし身長・体重の関係から早々に断念した)。プロ入りしてからは住之江競艇場に通うことが多いといい、2023年12月のグランプリに向けての特別企画では峰竜太や馬場貴也ら競艇選手との対談も実現した。 2024年度シーズン終了時 各年度の太字はリーグ最高 2024年度シーズン終了時 各年度の太字はリーグ最高 首位打者:1回(2023年) ベストナイン:1回(一塁手部門:2023年) 月間MVP:1回(野手部門:2023年6月) 月間最優秀バッテリー賞:1回(2021年オープン戦 投手:山岡泰輔) 初出場・初先発出場:2019年3月29日、対北海道日本ハムファイターズ1回戦(札幌ドーム)、5番・三塁手で先発出場 初打席・初安打・初打点:同上、1回表に上沢直之から右前2点適時打 初本塁打:2019年4月18日、対北海道日本ハムファイターズ6回戦(ほっともっとフィールド神戸)、7回裏に加藤貴之から左越2ラン オールスターゲーム出場:1回(2023年) 44(2019年 - ) 「空」侍(2019年 - 2020年) 「一緒に夢を奏でよう」Bigfumi(2020年) 「On Your Side」Superfly(2021年) 「INTRO:KWON JI YONG(Middle Fingers-Up)」G-DRAGON(from BIGBANG)(2021年) 「ワッショイ!!!」侍(2021年) 「Great Spirit(feat. Hilight Tribe)[Extended Mix]」Armin van Buuren & Vini Vici(2022年 - 、チャンス時・代打) 「何かひとつ(Producer’s Acoustic Version)」若旦那(2023年、1打席目) 「少年」SOUTH BLUE(2023年、2打席目以降) ^ 当時のオリックスでは、正三塁手であった小谷野栄一が現役を引退。小谷野に代わって三塁を随時守っていた36歳の中島宏之が、ドラフト会議後に自由契約選手として読売ジャイアンツに移籍した。 ^ なお、打率.307は首位打者としては1976年の吉岡悟(太平洋)の.309を下回るパ・リーグ史上最低打率、1リーグ時代を通じても史上5番目に低い打率での首位打者タイトル獲得となった。また2001年の福浦和也、2012年の阿部慎之助、2017年の宮崎敏郎に続いて史上4人目の「首位打者&盗塁0」を記録した。 ^ 「オリックス2位の亜大・頓宮、三塁コンバートも」『日刊スポーツ』2018年10月30日。2018年2月2日閲覧。 ^ 「オリックス - 契約更改 - プロ野球」『日刊スポーツ』。2024年12月4日閲覧。 ^ 「目指すはホームラン王!オリックス2位指名・頓宮裕真選手 地元で祝賀会 岡山・備前市」『瀬戸内海放送』2018年12月3日。2019年2月5日閲覧。 ^ 「いきなりスベった!オリックスドラフト2位・頓宮裕真、ブーマーの背番「44」をユーマーに」『サンケイスポーツ』2018年12月16日。2019年2月5日閲覧。 ^ 「オリックス2位頓宮、山本とお隣さんバッテリー結成」『日刊スポーツ』2018年10月31日。2019年2月5日閲覧。 ^ 「頓宮裕真(オリックス・バファローズ)」『週刊ベースボールONLINE』。2019年2月5日閲覧。 ^ 「11年ぶりの優勝!春の高校野球大会」『岡山理科大学附属高等学校』2013年5月4日。2019年2月5日閲覧。 ^ 「Vol.30 頓宮裕真[岡山理大付高・捕手]豊富な練習量で大変身を司令塔遂げた個性派」『週刊ベースボールONLINE』2014年7月6日。2019年2月5日閲覧。 ^ 「ドラフト会議で頓宮君、中村君、正隨君が指名」『ASIA SPORTS ASIA UNIVERSITY SPORTS SITE』2018年10月25日。2023年7月30日閲覧。 ^ 「「打てる捕手」の亜細亜大・頓宮裕真にPL最後のドラフト候補…。大学生・社会人の目玉候補の今春は?」『週刊野球太郎』2018年6月2日。2019年2月5日閲覧。 ^ 「平成27年春季-選手成績(1部)」『東都大学野球連盟』。2019年2月5日閲覧。 ^ 「平成29年春季-選手成績(1部)」『東都大学野球連盟』。2019年2月5日閲覧。 ^ 「新主将亜大は頓宮、1部復帰の駒大は酒井 東都大学」『日刊スポーツ』2017年11月28日。2019年2月5日閲覧。 ^ 「2018年 第42回 日米大学野球選手権大会 試合・大会詳細」『野球日本代表 侍ジャパンオフィシャルサイト』。2019年2月5日閲覧。 ^ 「2018年 第29回 ハーレムベースボールウィーク 試合・大会詳細」『野球日本代表 侍ジャパンオフィシャルサイト』。2019年2月5日閲覧。 ^ 「2018年ドラフト指名を受けた侍ジャパン戦士たち~大学代表編~」『野球日本代表 侍ジャパンオフィシャルサイト』2018年10月28日。2019年2月5日閲覧。 ^ 「2018年度ドラフト会議 契約交渉権獲得選手」『オリックス・バファローズ』2018年10月25日。2019年2月5日閲覧。 ^ 「オリックス・ドラフト2位頓宮、仮契約 1年目10発へ「顔晴る」」『サンケイスポーツ』2018年11月23日。2019年2月5日閲覧。 ^ 「2019年度 オリックス・バファローズ 個人守備成績(オープン戦)」『日本野球機構』。2021年9月17日閲覧。 ^ 「オリックス2位頓宮が5番濃厚、62年ぶり大抜てき」『日刊スポーツ』2019年3月28日。2019年3月29日閲覧。 ^ 「オリドラ2頓宮、プロ初打席初安打初打点 先制2点打に「めちゃくちゃ嬉しい!」」『Full-Count』Creative2、2019年3月29日。2023年12月22日閲覧。 ^ 「オリックス頓宮プロ初本塁打「やっと出てくれた」」『日刊スポーツ』日刊スポーツ新聞社、2019年4月18日。2023年12月22日閲覧。 ^ 「オリックス頓宮二軍降格 4試合無安打と打撃不振」『日刊スポーツ』2019年5月1日。2019年7月12日閲覧。 ^ 「オリックス「華」候補の頓宮もがく 守りの不安、打棒に影」『日本経済新聞』2019年6月22日。2019年7月12日閲覧。 ^ 「オリックス頓宮、捕手再挑戦 福良GMに“直訴”「悔いのない野球人生にしたい」」『スポーツニッポン』2019年6月18日。2019年7月12日閲覧。 ^ 「オリックス頓宮骨折でフレッシュ球宴辞退、佐野代役」『日刊スポーツ』2019年7月1日。2019年7月12日閲覧。 ^ 「オリックス頓宮が右足疲労骨折の診断 終盤復帰目標」『日刊スポーツ』2019年7月1日。2019年7月12日閲覧。 ^ 「オリックス頓宮捕手で実戦デビュー「緊張」1年ぶり」『日刊スポーツ』2019年10月4日。2019年10月24日閲覧。 ^ 「新婚のオリックス頓宮は300万減「2桁本塁打を」」『日刊スポーツ』2020年12月3日。2020年12月4日閲覧。 ^ 「オリックス頓宮が初マスクで完封リード、今後も先発」『日刊スポーツ』2020年10月24日。2020年10月24日閲覧。 ^ 「【オリックス】日本シリーズでも4番打った頓宮、倍増近い3500万円サイン 森加入の来季、捕手にこだわる」『中日スポーツ』2022年11月27日。2022年11月27日閲覧。 ^ 「【オリックス】森友哉がつないで頓宮裕真がプロ初サヨナラ打!実家が隣同士・山本由伸の黒星消した」『スポーツ報知』報知新聞社、2023年5月7日。2023年12月22日閲覧。 ^ 「【オリックス】山崎福也&頓宮裕真、6月度月間MVP「素直にうれしい」「自分のスイングできた」W初受賞」『スポーツ報知』報知新聞社、2023年7月11日。2023年12月22日閲覧。 ^ 「オリ頓宮のプロ初満塁弾で奪首 1カ月9本!量産体制の秘訣は「何も分析していないんで」謎のまま」『スポニチ Sponichi Annex』スポーツニッポン新聞社、2023年7月5日。2023年12月22日閲覧。 ^ 「【球宴】オリックス勢は4人選出 移籍1年目の森友哉「佐々木朗希の球を受けたい」」『日刊スポーツ』日刊スポーツ新聞社、2023年6月28日。2023年12月22日閲覧。 ^ 「オリ頓宮、左足薬指を疲労骨折 全治8週間程度」『デイリースポーツ online』株式会社デイリースポーツ、2023年9月23日。2023年9月23日閲覧。 ^ 「オリ頓宮裕真が〝更新〟したパ・リーグ最低打率首位打者 47年前の俊足内野手が今明かす「奇跡」の要因「野村克也さんの…」」『西スポWEB OTTO!』西日本新聞社、2023年10月10日。2023年10月10日閲覧。 ^ 「【ベストナイン】オリックス最多5人 山本由伸、宗佑磨は3年連続、頓宮、紅林は初 森2年ぶり」『日刊スポーツ』日刊スポーツ新聞社、2023年11月27日。2023年12月22日閲覧。 ^ 「【オリックス】首位打者・頓宮裕真は大幅増の8800万円サイン「来年は本塁打にこだわって」」『日刊スポーツ』日刊スポーツ新聞社、2023年12月19日。2023年12月22日閲覧。 ^ 「オリックス・バファローズが頓宮君に指名挨拶」『亜大スポーツ』2018年10月30日。2019年2月5日閲覧。 ^ 「44 頓宮 裕真 選手名鑑2019」『オリックス・バファローズ オフィシャルサイト』。2021年8月20日閲覧。 ^ 「オリックス・ドラフト2位頓宮“パンチグッズ”おねだり「キーホルダーとか」」『スポーツニッポン』2019年1月8日。2019年2月6日閲覧。 ^ 「オリックス2位頓宮が入寮 宣言通りのパンチパーマ」『日刊スポーツ』2019年1月7日。2019年2月6日閲覧。 ^ 「オリックスドラフト2位頓宮 ド迫力!パンチパーマ入寮へ 佐藤先輩に負けじ「人工芝みたい」」『スポーツニッポン』2019年1月7日。2019年2月6日閲覧。 ^ 「鬼に金棒?オリックス頓宮に「黄金のトング」贈呈」『日刊スポーツ』2019年4月26日。2019年2月6日閲覧。 ^ 「オリックス・頓宮裕真、首位打者快走の裏に森友哉の助言」『BASEBALL KING』2023年7月6日。2023年9月6日閲覧。 ^ 「【オリックス】頓宮裕真「ほいさー」新応援歌のお披露目試合で1打席目に安打」『日刊スポーツ』2023年9月6日。2023年9月6日閲覧。 ^ 「いきなりスベった!オリD2・頓宮裕真、ブーマーの背番「44」をユーマーに」『サンスポ』2018年12月15日。2023年11月5日閲覧。 ^ 「【オリックス】ブーマー氏が首位打者の頓宮祝福「彼がこの番号。心から誇り」背番号44の大先輩」『日刊スポーツ』2023年10月10日。2023年11月5日閲覧。 ^ 「【ボート】オリックス頓宮裕真が地元岡山にがい旋「チーム3連覇、20本塁打を目指します」」『デイリースポーツ』2023年1月2日。2024年5月21日閲覧。 ^ 【峰竜太×頓宮裕真】ボートレース住之江 SG第38回グランプリ直前スペシャル第1弾 - スポニチチャンネル・2023年12月12日 ^ 「【ボートレース】初V狙う馬場貴也とオリックス頓宮裕真&山岡泰輔がスペシャル対談/住之江GP」『日刊スポーツ』2023年12月13日。2024年5月21日閲覧。 ^ 「2023年6月度「大樹生命月間MVP賞」受賞選手 (パシフィック・リーグ) | 表彰選手」『NPB.jp 日本野球機構』。2024年8月3日閲覧。 ^ 「オリックス 頓宮 本拠地登場曲決定 天国のひいじいちゃんに届けたい特大アーチ」『スポーツニッポン』2019年3月26日。2019年3月29日閲覧。 ベースボール・マガジン社(編)、2023年『2023プロ野球シーズン総決算号』別冊新春号、ベースボール・マガジン社、85頁。ASIN B0CPQ6FZRV。 岡山県出身の人物一覧 亜細亜大学の人物一覧 オリックス・バファローズの選手一覧 個人年度別成績 頓宮裕真 - NPB.jp 日本野球機構 選手の各国通算成績 Baseball-Reference (Japan)、The Baseball Cube 44 頓宮 裕真 選手名鑑 - オリックス・バファローズオフィシャルサイト 選手情報 - 週刊ベースボールONLINE 頓宮裕真 (@yuma_tongu) - Instagram 表 話 編 歴 71 岸田護 88 水本勝己(ヘッド) 87 齋藤俊雄(戦略) 75 厚澤和幸(投手) 77 比嘉幹貴(投手) 78 嶋村一輝(打撃) 82 川島慶三(打撃) 83 安達了一(内野守備・走塁) 70 松井佑介(外野守備・走塁) 74 山崎勝己(バッテリー) 81 波留敏夫(監督) 76 風岡尚幸(ヘッド) 89 小林宏(育成チーフ) 73 牧野塁(投手) 72 平井正史(投手) 85 髙橋信二(打撃) 79 福川将和(打撃) 80 小島脩平(内野守備・走塁) 86 由田慎太郎(外野守備・走塁) 97 松井雅人(バッテリー) 90 小田裕也(育成) 91 飯田大祐(育成) 84 鈴木昂平(育成) 00 エスピノーザ 11 山下舜平大 12 東晃平 13 寺西成騎 14 宇田川優希 15 椋木蓮 16 平野佳寿 17 曽谷龍平 18 宮城大弥 19 山岡泰輔 20 阿部翔太 21 山﨑颯一郎 22 九里亜蓮 23 吉田輝星 26 齋藤響介 28 富山凌雅 29 田嶋大樹 35 古田島成龍 42 マチャド 45 東山玲士 46 本田仁海 47 山口廉王 48 東松快征 49 片山楽生 56 小木田敦也 57 山田修義 58 井口和朋 59 ペルドモ 60 本田圭佑 66 博志 93 佐藤一磨 94 川瀬堅斗 95 才木海翔 96 髙島泰都 98 権田琉成 2 若月健矢 4 森友哉 32 福永奨 37 石川亮 44 頓宮裕真 50 山中稜真 62 堀柊那 5 西野真弘 6 宗佑磨 9 野口智哉 10 大城滉二 24 紅林弘太郎 25 内藤鵬 30 廣岡大志 31 太田椋 34 横山聖哉 54 ディアス 64 大里昂生 67 中川圭太 0 渡部遼人 7 西川龍馬 8 麦谷祐介 27 元謙太 33 杉澤龍 38 来田涼斗 39 池田陵真 41 佐野皓大 61 茶野篤政 65 福田周平 99 杉本裕太郎 017 陳睦衡 032 入山海斗 041 寿賀弘都 042 大江海透 043 宮國凌空 044 芦田丈飛 053 上原堆我 056 乾健斗 122 村西良太 123 横山楓 128 前佑囲斗 130 小野泰己 135 河内康介 034 村上喬一朗 055 田島光祐 045 河野聡太 051 今坂幸暉 052 清水武蔵 124 遠藤成 126 香月一也 153 宜保翔 054 寺本聖一 表 話 編 歴 1950 大下弘 1951 大下弘 1952 飯島滋弥 1953 岡本伊三美 1954 L.レインズ 1955 中西太 1956 豊田泰光 1957 山内和弘 1958 中西太 1959 杉山光平 1960 榎本喜八 1961 張本勲 1962 ブルーム 1963 ブルーム 1964 広瀬叔功 1965 野村克也 1966 榎本喜八 1967 張本勲 1968 張本勲 1969 永淵洋三, 張本勲 1970 張本勲 1971 江藤慎一 1972 張本勲 1973 加藤秀司 1974 張本勲 1975 白仁天 1976 吉岡悟 1977 有藤道世 1978 佐々木恭介 1979 加藤英司 1980 L.リー 1981 落合博満 1982 落合博満 1983 落合博満 1984 ブーマー 1985 落合博満 1986 落合博満 1987 新井宏昌 1988 高沢秀昭 1989 ブーマー 1990 西村徳文 1991 平井光親 1992 佐々木誠 1993 辻発彦 1994 イチロー 1995 イチロー 1996 イチロー 1997 イチロー 1998 イチロー 1999 イチロー 2000 イチロー 2001 福浦和也 2002 小笠原道大 2003 小笠原道大 2004 松中信彦 2005 和田一浩 2006 松中信彦 2007 稲葉篤紀 2008 リック 2009 鉄平 2010 西岡剛 2011 内川聖一 2012 角中勝也 2013 長谷川勇也 2014 糸井嘉男 2015 柳田悠岐 2016 角中勝也 2017 秋山翔吾 2018 柳田悠岐 2019 森友哉 2020 吉田正尚 2021 吉田正尚 2022 松本剛 2023 頓宮裕真 2024 近藤健介 表 話 編 歴 1950 飯田徳治 1951 飯田徳治 1952 飯田徳治 1953 飯田徳治 1954 川合幸三 1955 杉山光平 1956 榎本喜八 1957 岡本健一郎 1958 スタンレー橋本 1959 榎本喜八 1960 榎本喜八 1961 榎本喜八 1962 榎本喜八 1963 榎本喜八 1964 榎本喜八 1965 高木喬 1966 榎本喜八 1967 大杉勝男 1968 榎本喜八 1969 大杉勝男 1970 大杉勝男 1971 大杉勝男 1972 大杉勝男 1973 加藤秀司 1974 C.ジョーンズ 1975 加藤秀司 1976 加藤秀司 1977 加藤秀司 1978 柏原純一 1979 加藤英司 1980 レオン 1981 柏原純一 1982 柏原純一 1983 落合博満 1984 ブーマー 1985 R.デービス 1986 ブーマー 1987 ブーマー 1988 清原和博 1989 ブーマー 1990 清原和博 1991 J.トレーバー 1992 清原和博 1993 石井浩郎 1994 石井浩郎 1995 J.フランコ 1996 片岡篤史 1997 P.クラーク 1998 P.クラーク 1999 小笠原道大 2000 松中信彦 2001 小笠原道大 2002 A.カブレラ 2003 松中信彦 2004 松中信彦 2005 J.ズレータ 2006 小笠原道大 2007 A.カブレラ 2008 A.カブレラ 2009 髙橋信二 2010 A.カブレラ 2011 小久保裕紀 2012 李大浩 2013 浅村栄斗 2014 E.メヒア 2015 中田翔 2016 中田翔 2017 銀次 2018 山川穂高 2019 山川穂高 2020 中田翔 2021 B.レアード 2022 山川穂高 2023 頓宮裕真 2024 山川穂高 表 話 編 歴 投 山本由伸 捕 森友哉 一 頓宮裕真 二 浅村栄斗 三 宗佑磨 遊 紅林弘太郎 外 近藤健介 / 万波中正 / 柳田悠岐 指 G.ポランコ 表 話 編 歴 50 生田勉 51 谷口英規 52 野村昭彦 53 古城隆利 11 松本航 14 小島和哉 15 森下暢仁 16 津森宥紀 17 伊藤大海 18 清水昇 19 甲斐野央 20 小郷賢人 21 田中誠也 12 海野隆司 22 佐藤都志也 25 頓宮裕真 27 藤野隼太 2 上川畑大悟 3 佐藤輝明 4 伊藤裕季也 5 勝俣翔貴 6 渡邊佳明 7 児玉亮涼 9 米満凪 24 岩城駿也 1 辰己涼介 8 逢澤崚介 10 向山基生 表 話 編 歴 1位:太田椋 2位:頓宮裕真 3位:荒西祐大 4位:富山凌雅 5位:宜保翔 6位:左澤優 7位:中川圭太 1位:漆原大晟 日本の野球選手 オリックス・バファローズ及びその前身球団の選手 首位打者 (NPB) NPBオールスターゲーム選出選手 岡山理科大学附属高等学校出身の野球選手 亜細亜大学硬式野球部の選手 日米大学野球選手権大会日本代表選手 岡山県出身のスポーツ選手 1996年生 存命人物 野球に関する記事 プロジェクト人物伝項目 ウィキデータにある日本野球機構選手識別子
2025/02/01 09:47更新
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tonguu yuuma
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