トニー=スコットのプロフィール Wikipedia(ウィキペディア)
トニー・スコット(Tony Scott、1944年7月21日 - 2012年8月19日)は、イギリスの映画監督、映画プロデューサーである。
3人兄弟の末っ子として生まれる。次兄は、映画監督のリドリー・スコット。細かいカットの切り返しや大仰ともいえる映像装飾が特徴。
ロンドン王立美術大学で学び、画家として生計を立てていたが、1970年代に兄のリドリーのCM制作会社に入り、CMディレクターとして数多くのコマーシャルを手がけた。1970年に兄のリドリー・スコットとともに映画製作会社スコット・フリー・プロダクションズを設立した。
1983年の『ハンガー』(The Hunger)で長編映画監督デビュー。兄の後を追って、活動の拠点をアメリカに移す。1986年の『トップガン』(主演:トム・クルーズ)の大ヒットにより、メジャー映画監督の一人になった。
2012年8月19日、カリフォルニア州サンペドロのヴィンセント・トーマス橋(英語版)から飛び降り死亡した。68歳没。遺書が見つかっており、自殺とみられる。体内から少量の抗うつ薬と睡眠薬を検出したが、特別な病気は患っていなかった。
私生活
妻の Donna との間に、Max と Frank という双子の息子がいる。
『ビバリーヒルズ・コップ2』に出演した、当時シルヴェスター・スタローンの妻だったブリジット・ニールセンはトニー・スコットとの浮気を告白している。
フィルモグラフィー
ハンガー The Hunger (1983年)
トップガン Top Gun (1986年)
ビバリーヒルズ・コップ2 Beverly Hills Cop II (1987年)
リベンジ Revenge (1990年)
デイズ・オブ・サンダー Days of Thunder (1990年)
ラスト・ボーイスカウト The Last Boy Scout (1991年)
トゥルー・ロマンス True Romance (1993年)
クリムゾン・タイド Crimson Tide (1995年)
ザ・ファン The Fan (1996年)
エネミー・オブ・アメリカ Enemy of the State (1998年)
スパイ・ゲーム Spy Game (2001年)
マイ・ボディガード Man on Fire (2004年) - 兼・製作
ドミノ Domino (2005年) - 兼・製作
デジャヴ Déjà Vu (2006年)
サブウェイ123 激突 The Taking of Pelham 123 (2009年) - 兼・製作
アンストッパブル Unstoppable (2010年) - 兼・製作
ケニー・ロギンス「デンジャー・ゾーン」"Danger Zone" (1986年)
ジョージ・マイケル「ワン・モア・トライ」"One More Try" (1988年)
DIM Underwear(1979年)
バークレー銀行(2000年)
テレコム・イタリア(2000年) - マーロン・ブランドとウディ・アレンが出演。
アメリカ陸軍(2002年)
マールボロ(2003年)