佐藤愛子_(作家)の情報(さとうあいこ) 作家 芸能人・有名人Wiki検索[誕生日、年齢、出身地、星座]


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佐藤愛子_(作家)の情報まとめ

佐藤 愛子_(作家)(さとう あいこ)さんの誕生日は1923年11月5日です。大阪出身の作家のようです。

卒業、父親、再婚、結婚、母親、離婚、事件、映画、テレビ、ドラマ、病気、現在に関する情報もありますね。去年の情報もありました。
佐藤愛子_(作家)のプロフィール Wikipedia(ウィキペディア)佐藤 愛子(さとう あいこ、1923年(大正12年)11月5日 - )は、日本の小説家。大阪市生まれ、西宮市育ち。小説家・佐藤紅緑と女優・三笠万里子の次女として出生。異母兄に詩人・サトウハチローと脚本家・劇作家の大垣肇。甲南高等女学校(現 甲南女子高等学校)卒業。 父親と同様「憤怒の作家」と言われ、社会を鋭く批判する姿勢から「男性評論家」と呼ばれていた。 1923年11月5日(戸籍上は11月25日)、佐藤洽六(筆名 ・佐藤紅緑)とシナ(元女優の三笠万里子)の次女として、大阪市住吉区帝塚山で出生した。父親は先妻のはるを棄て、シナと再婚していた。1925年に「私の故郷」と呼ぶ兵庫県武庫郡鳴尾村(現西宮市)に転居。小学校時代は大衆小説の大家である父親に送られてくる雑誌の恋愛小説を読みふけっており、算術は苦手であったという。1936年4月、神戸の甲南高等女学校に入学。スポーツや演劇でクラスの人気者になる。女学校卒業後に太平洋戦争が勃発したため、防火演習や防空壕掘りなどをして、花嫁修業はせず、無為な青春時代を過ごす。 1943年12月、最初の夫となる森川弘と見合結婚し、長野県伊那市で暮らす。夫は陸軍航空本部勤務であり、飛行場設営隊の主計将校として陸軍伊那飛行場へ赴任。同地で約5か月の新婚生活をおくる。翌年11月、静岡県静岡市清水区の興津に疎開中の佐藤紅緑と三笠万里子の隠居用の邸で長男を出産。その後夫の実家のある大井町(岐阜県恵那市の旧大井町)で敗戦を迎えた。なお、この年に次兄が広島で被爆死、三兄がフィリピンで戦死している。復員した夫、長男とともに千葉県東葛飾郡田中村(現柏市)で帰農生活に入る。1947年に長女を出産。 夫は軍隊で原因不明の激しい腹痛に悩まされ、軍医に鎮痛剤としてモルヒネを打たれていた。そのために夫はモルヒネ中毒にかかっていた。モルヒネ中毒は戦後も治癒せず、それが原因で夫と別居することになる。 両親への手紙に記載された田中村の生活(嫁ぎ先の愚痴など)を読んだ父親に「面白い。嫁になどやらずに作家にすればよかった」と褒められていた。実家に出戻ってきた際に上記を思い出した母に作家になることを勧められ、父の友人であった加藤武雄に師事した。1950年に同人雑誌「文藝首都」に参加。同人仲間に北杜夫、田畑麦彦、なだいなだらがいた。同誌に処女作『青い果実』が発表され、同作で文藝首都賞を受賞した。1951年 に『宇津木氏の手記』、1952年に『冷焔』、1954年に『埋もれた土地』を発表。当時は同人仲間とよく街を歩きまわっていたという。 なお、1949年に父親の佐藤紅緑と、1951年 に夫の森川弘と死別している。森川との間に生まれた子供は婚家の両親が引き取った。 1953年に母親との衝突がきっかけで長野県の伊那谷の鉱泉に約一カ月滞在。同人仲間の田畑麦彦が訪れ、関西地方まで共に旅行をしたことで親しくなる。実家からの自立を目指して聖路加国際病院で庶務課員、病院ハウスキーパーとして働き始めるが、1955年に退職(作家以外の仕事に就いたのは、後にも先にもこのときだけであった)。1956年に田畑麦彦と再婚し一女を設ける。田畑と暮らしていた渋谷区初台の家を売却。さらに、母親の世田谷区上馬の家も売却し、世田谷区太子堂で、母親と同居を開始。新居は文学仲間のサロンとなった。1957年に田畑、川上宗薫らと同人誌「半世界」を創刊した。1960年『文學界』に掲載された『冬館』で文壇に認められる。1962年には自伝的小説『愛子』を刊行。 1963年度の上半期は『ソクラテスの妻』で、下半期は『二人の女』で芥川賞候補となった。『ソクラテスの妻』の執筆をきっかけにエッセイを依頼され、以後はエッセイの注文も増えた。 田畑麦彦は 第1回文藝賞を受賞した小説家であったが、結婚後は事業に力を入れるようになっていった。田畑の父親は実業家の篠原三千郎で、東京急行電鉄の創業者・五島慶太の右腕であった縁で同社の社長を務めたこともある。佐藤は田畑とともに産業教育教材販売会社「日本ソノサービスセンター」を設立し、事業はいっときは軌道に乗ったが、田畑の「特殊な金銭感覚」が禍し、1967年12月に倒産した。夫婦は大きな借金を背負うこととなり、債権者に追われ、原稿料が会社の債務返済に消えていく日々が続いた。佐藤は借金返済のために多数のジュニア小説を執筆した。1968年1月、「きみを借金から身を守るために偽装離婚しよう」「借金の火の粉が妻に降りかからないための偽装離婚」という夫の説得を受け入れ離婚に至る。しかし、佐藤は借金を肩代わりし、返済のため御意見番としてワイドショーに出演したり講演をしたりと忙しく働き続けた。なお、田畑は銀座で飲食店を経営する女性と密かに入籍していた。 1969年、45歳の時に、借金返済で東奔西走した経験をモチーフとした短編小説『戦いすんで日が暮れて』 が直木賞を受賞する。 1979年4月、『幸福の絵』を刊行し、女流文学賞を受賞。1989年7月より、自身のルーツである佐藤家をモチーフとした『血脈』を別冊文藝春秋に連載開始。父・佐藤紅緑、異母兄・サトウハチローなど佐藤家の子孫たちに伝わる「荒ぶる血」が引き起こす破滅的な人生を描いた群像劇・大河小説である。『血脈』は佐藤のライフワークとなり、十数年かけて完成された。2000年、『血脈』で菊池寛賞を受賞。高齢となっても執筆意欲は旺盛であり、2014年には91歳で作家人生最後の作品と位置付けた長編小説『晩鐘』を刊行し、紫式部文学賞を受賞。この小説は元夫の田畑をモデルにしたものであった。 小説のほかにも、身の回りの人物や事件をユーモラスに描いたエッセイを多数執筆しており、「娘と私」シリーズ等が知られている。中でも娘・響子と共に、タイ、インド、エジプト、ギリシア、イタリア、イギリスへ23日間外国旅行した経験を記した『娘と私のアホ旅行』が著名である。佐藤のエッセイストとしての一面を評価した堀川とんこうは、随筆春秋(堀川の実母堀川としが1993年に創設したエッセイを専門とする純文学の同人誌)の"指導者"を佐藤に依頼し、引き受けた。2020年には自身の希望により随筆春秋誌上に佐藤愛子奨励賞が新設され、唯一の審査員を務めている。その後も『九十八歳。戦いやまず日は暮れず』(2021年)などのエッセイを発表している。2023年には『九十歳。何がめでたい』の映画化が公表された。 2017年4月に旭日小綬章を受章した。 1923年 - 佐藤紅緑とシナの次女として、大阪市住吉区帝塚山で出生。 1925年 - 兵庫県武庫郡鳴尾村(現西宮市)に転居。 1936年 - 甲南高等女学校に入学。 1941年 - 甲南高等女学校卒業。 1943年 - 森川弘と見合結婚。 1944年 - 長男を出産。 1947年 - 長女を出産。 1950年 - 同人雑誌『文藝首都』に参加。同誌に処女作『青い果実』が発表され、同作で文藝首都賞受賞。 1951年 - 同人雑誌『西風の街』6月号に『宇津木氏の手記』を発表。 1952年 - 『冷焔』を発表。 1954年 - 『三田文学』に『埋もれた土地』を発表。 1956年 - 田畑麦彦(本名:篠原省三)と2度目の結婚。 1957年 - 田畑、川上宗薫らと同人誌「半世界」を創刊。 1960年 - 3月、田畑との間に響子を出産。母との共同出資で自宅を新築。 1962年 - 最初の著作『愛子』を刊行。 1963年 - 上半期『ソクラテスの妻』で芥川賞候補。連続して下半期『二人の女』で芥川賞候補。 1964年 - 上半期『加納大尉夫人』で直木賞候補。 1967年 - 12月、夫・田畑の会社が倒産。 1968年 - 1月、夫・田畑麦彦と離婚。 1969年 - 『戦いすんで日が暮れて』で直木賞を受賞。 1979年 - 『幸福の絵』(新潮社)で女流文学賞を受賞。 1989年 - 『血脈』を「別冊文藝春秋」に連載開始。 2014年 - 長編小説『晩鐘』を刊行。 2017年 - 旭日小綬章受章。 2000年 - 『血脈』で菊池寛賞受賞。 2020年 - 同人誌 随筆春秋で佐藤愛子奨励賞が新設。 2023年 ‐ 11月5日、満100歳の誕生日。 借金に追われながら受賞した直木賞に関しては「ちょっと待った」と感じており、受賞の電話に対して「やむを得ません」と言いかけるほどであった。 北原武夫(宇野千代の夫)に師事していたことがある。門人には川上宗薫もおり、佐藤とは異性の親友となった。川上は「人の家の飯ほど美味いものはない」と言ってよく佐藤の家にご飯だけを食べにきていた。 北杜夫との交友関係が知られている。初対面で「えらいお父様を持たれたお気持ちはどんなものですか?」と聞かれた。のちに北が斎藤茂吉の子息であることを知り悔しく思った。北の『楡家の人びと』の構想を聞いていつかは自分の実家をテーマにした作品を書こうと考えており、そこから『血脈』が生まれた。 遠藤周作は、エッセイの中で、「灘中学校時代、通学電車(阪急電鉄)で乗り合わせた彼女(佐藤)は我々のマドンナ的な存在だった」と記述している。後年、これは悪戯好きの遠藤の作り話だったことが佐藤の筆により明らかにされた。 美人作家の家に白昼強盗が入る事件が続いた際、遠藤周作や北杜夫に「まだ来ないかねえ。美人じゃないってことかねえ。泥棒にも見捨てられたか」と揶揄われていた。自宅に強盗が入って「作家の佐藤愛子さん宅に白昼強盗」とニュースになった際には電話で北杜夫に「おめでとうございます」と言われた。 1975年、北海道の浦河町に建てた別荘で、ラップ現象やポルターガイスト現象と呼ばれる心霊現象に悩まされた。何人もの霊能者に相談し、約20年かかって(ほぼ)解決した。 堀川とんこうはTBS時代、『安ベエの海』(1969年)、『愛子』(1973年)という佐藤愛子原作のテレビドラマと関わった。『愛子』は佐藤の自伝的小説であり、堀川は佐藤の自宅を時々訪れて取材を行っていた。 随筆春秋が創刊されてまもなく堀川とし(堀川とんこうの実母で随筆春秋の創設者)は佐藤の自宅に押しかけ、「随筆春秋の指導者になってくれないか」と応接間で機関銃のようにまくし立てた。佐藤は気おされて承諾したが、「どうしてそんなことになったのか今もって分からない」と自身のエッセイに記載している。また、堀川とんこうの妻である高木凛も随筆春秋と佐藤とを結びつけるべく内助の功を尽くしていた。 私生活ではメス犬のチビや迷い犬のタロを飼うなど、愛犬家としての一面も知られる。 最初の夫・森川弘の実家は岐阜県恵那市(旧大井町)で病院を営んでいた。森川との間に設けた長男が実家の病院(森川クリニックHP)を継いでいる。 田畑との間に設けた娘の響子(後の杉山響子)はジュエリーデザイナー杉山弘幸と結婚している。 孫の杉山桃子は佐藤の著作で度々名前が出るほか、誕生以来佐藤が桃子とコスプレした写真による年賀状を作成、関係者に送られていた。この年賀状については『孫と私の小さな歴史』として本にまとめられている(文藝春秋、2016年。のち文春文庫で『孫と私のケッタイな年賀状』で2019年に文庫化)。桃子は「青乎(あを)」名義で映像や楽曲の制作活動を行っているほか、本名名義で漫画家として祖母や佐藤家の日常を漫画・イラスト・エッセイで綴った『佐藤愛子の孫は今日も振り回される』(コスミック出版、2024年)を発表している。 出典: 『愛子』(現代社、1959年)のち角川文庫 『おさげとニキビ』(秋元書房、1962年)のち文庫 『愉快なやつ』(秋元書房、1963年)のち文庫 『ソクラテスの妻』(光風社、1963年)のち中公文庫 『美人の転校生』(秋元書房、1964年)のち文庫 『加納大尉夫人』(光風社、1965年)のち角川文庫 『まんなか娘』(秋元書房、1965年)のち文庫 『花はくれない―小説・佐藤紅緑』(講談社、1967年)のち文庫 『微笑みのうしろに』(集英社・コバルト・ブックス、1968年)のち文庫 『さて男性諸君』(立風書房、1968年)のち角川文庫 『忙しいダンディ』(講談社、1969年)のち角川文庫 『鼓笛隊物語』(潮出版社、1969年) 『青春はいじわる』(集英社(コバルト・メイツ)、1969年)のち文庫 『女の庭』(光風社書店、1969年) 『戦いすんで日が暮れて』(講談社、1969年)のち文庫 『母について―詩集』(詩宴社、1969年) 『おしゃれ失格』(みゆき書房、1970年) 『ああ戦友』(文藝春秋、1970年)『束の間の夏の光よ』角川文庫、1980 『三十点の女房』(講談社、1970年) 『赤い夕日に照らされて』(講談社、1970年) 『その時がきた』(中央公論社、1971年)のち文庫 『愛子の小さな冒険』(文藝春秋、1971年)のち角川文庫 『ああ戦いの最中に』(講談社、1971年)「憤激の恋」角川文庫 『九回裏』(文藝春秋、1971年)のち角川文庫 『天気晴朗なれど』(読売新聞社、1971年)のち集英社文庫 『さよならのうしろに』(講談社、1971年) 『マッティと大ちゃん』(講談社、1971年)のち秋元文庫 『アメリカ座に雨が降る』(講談社、1972年)のち角川文庫 『鎮魂歌』(文藝春秋、1972年)のち集英社文庫 『愛子の風俗まんだら』(朝日新聞社、1972年)「愛子の獅子奮迅」集英社文庫 『破れかぶれの幸福』(白馬出版、1972年) 『躁鬱旅行』(光文社・カッパ・ノベルス)、1972年)のち角川文庫 『赤鼻のキリスト』(光文社・カッパ・ノベルス、1972年)のち集英社文庫 『或るつばくろの話』(講談社、1973年)のち角川文庫 『黄昏の七つボタン』(講談社、1973年)のち文庫 『忙しい奥さん』(読売新聞社、1973年)のち角川文庫 『愛子のおんな大学』(講談社、1973年)のち文庫 『豚は天国へ行く』(広済堂出版(Kosaido blue books)、1973年) 『私のなかの男たち』(講談社、1974年)のち文庫 『女優万里子』(文藝春秋、1974年)のち集英社文庫 『丸裸のおはなし』(大和書房、1974年)のち集英社文庫 『ぼた餅のあと』(番町書房、1974年)のち角川文庫 『困ったなア』(集英社・コバルト・ブックス、1974年) 『坊主の花かんざし』(読売新聞社、1975年)のち集英社文庫 『父母の教え給いし歌』(文藝春秋、1975年)のち集英社文庫 『女の鼻息男の吐息』(立風書房、1975年) 『あなない盛衰記』(光文社、1975年)のち集英社文庫 『ただいま初恋中』(秋元文庫、1975年) 『続・坊主の花かんざし』3,4まで(読売新聞社、1976年)のち集英社文庫 『黄昏夫人』(実業之日本社、1976年)のち角川文庫 『悲しき恋の物語』(毎日新聞社、1976年)のち角川文庫 『一番淋しい空』(読売新聞社、1976年)のち角川文庫 『朝雨女のうでまくり』(文化出版局、1976年)のち角川文庫 『女の学校』(毎日新聞社、1977年)のち集英社文庫 『好きになっちゃった』(集英社文庫 花)、1977年) 『雨が降らねば天気はよい』(集英社文庫コバルト、1977年) 『娘と私の部屋』(立風書房、1977年)のち集英社文庫 『こんな幸福もある』(海竜社、1977年)のち角川文庫 『男の学校』(毎日新聞社、1978年)のち集英社文庫 『一天にわかにかき曇り』(文化出版局、1978年)のち角川文庫 『娘と私の時間』(集英社、1978年)のち文庫 『幸福の絵』(新潮社、1979年)のち集英社文庫 『むつかしい世の中』(作品社、1980年)野地角川文庫 『枯れ木の枝ぶり』(文化出版局、1980年)のち角川文庫 『奮闘旅行』(光風社出版、1980年)「総統のセレナード」角川文庫 『娘と私のアホ旅行』(集英社、1980年)のち文庫 『女はおんな』(集英社、1981年)のち文庫 『愛子の百人斬り』(角川書店、1981年) 『こんないき方もある』(海竜社、1981年)のち角川文庫 『男友だちの部屋』(集英社、1981年)のち文庫 『愛子の日めくり総まくり』集英社文庫、1981 『愛子の新・女の格言』(角川書店、1982年)のち文庫 『娘と私の天中殺旅行』(集英社、1982年)のち文庫 『男はたいへん』(集英社、1982年)のち文庫 『こんな考え方もある』海竜社、1982 のち角川文庫 『躁病のバイキン』読売新聞社、1982 のち光文社文庫 『たいへんだア青春』集英社文庫 コバルトシリーズ 1982 『こちら2年A組』みつはしちかこ絵 秋元ジュニア文庫 1982 『女の怒り方 その習性その触覚その性癖』(青春出版社、1982年)のち集英社文庫 『花はいろいろ』(集英社、1983年)「花は六十」文庫 『男たちの肖像』(集英社、1983年)のち文庫 『日当りの椅子』文化出版局、1983 のち角川文庫、PHP文庫 『古川柳ひとりよがり』(読売新聞社、1984年)のち集英社文庫 『スニヨンの一生』(文藝春秋、1984年)のち文庫 『人生・男・女 愛子のつぶやき370』文化出版局、1984 『うらら町字ウララ』(新潮社、1984年)「ウララ町のうららかな日」文庫 『ミチルとチルチル』(中央公論社、1984年)のち文庫 『老兵は死なず』(読売新聞社、1985年)のち角川文庫、PHP文庫 『マドリッドの春の雨』(角川書店、1985年)のち文庫 『男と女のしあわせ関係』(青春出版社、1985年)のち集英社文庫 『バラの木にバラの花咲く』(集英社、1985年)のち文庫 『幸福という名の武器』(海竜社、1985年)のち集英社文庫 『幸福の終列車』光文社文庫、1985 『虹が…』(角川書店、1986年)のち文庫 『娘と私のただ今のご意見』(集英社、1986年)のち文庫 『ひとりぽっちの鳩ポッポ』(読売新聞社、1986年)のち集英社文庫 『夕やけ小やけでまだ日は暮れぬ』(実業之日本社、1987年)のち角川文庫 『こんな暮らし方もある』(海竜社、1987年)のち角川文庫 『今どきの娘ども』(集英社、1987年)のち文庫 『こんなふうに死にたい』新潮社、1987年)のち文庫 『耳の中の声』(中央公論社、1988年)のち文庫 『さんざんな男たち女たち 憤怒のぬかるみ』青春出版社、1988年)のち集英社文庫 『窓は茜色』(中央公論社、1988年)のち文庫 『夢かと思えば エッセイ集』(立風書房、1988年) 『凪の光景』(朝日新聞社、1988年)のち集英社文庫 『こんな女でなくっちゃ 好きになったら別れるまで』(青春出版社、1989年)「こんな女もいる」角川文庫 『淑女失格 私の履歴書』(日本経済新聞社、1990年)のち集英社文庫 『人生って何なんだ!』(中央公論社、1990年)のち集英社文庫 『こんな老い方もある』(海竜社、1990年)のち角川文庫 『ヴァージン』(実業之日本社、1991年)のち角川文庫 『マリアの恋』(中央公論社、1991年) 『何がおかしい』角川文庫、1991 『上機嫌の本』(PHP研究所、1992年)のち文庫 『神さまのお恵み』(PHP研究所、1992年) 『メッタ斬りの歌』集英社文庫、1992 『死ぬための生き方』(海竜社、1993年)のち集英社文庫 『自讃ユーモア短篇集』集英社 1993 のち文庫 『我が老後』(文藝春秋、1993年)のち文庫 『娘と私と娘のムスメ』(学習研究社、1994年)のち集英社文庫 『戦いやまず日は西に』(海竜社、1995年)のち集英社文庫 『なんでこうなるの 我が老後』(文藝春秋、1995年)のち文庫 『虹は消えた』(角川書店、1995年)のち文庫 『結構なファミリー』(日本放送出版協会、1996年)のち集英社文庫 『幸福の里』読売新聞社、1997年)「幸福のかたち」ハルキ文庫 『風の行方』(毎日新聞社、1997年)のち集英社文庫 『だからこうなるの 我が老後』(文藝春秋、1997年)のち文庫 『不運は面白い幸福は退屈だ 人間についての断章327』(海竜社、1999年)のち集英社文庫:編集者が以前の著書50冊以上から箴言らしき言葉を選んだ。年譜もある。 『そして、こうなった 我が老後』(文藝春秋、2000年)のち文庫 『老残のたしなみ 日々是上機嫌』(集英社、2000年)のち文庫 『不敵雑記 たしなみなし』(集英社、2001年) 『血脈』文藝春秋、2001 のち文庫 『犬たちへの詫び状』(PHP研究所、2001年)のち文春文庫 『私の遺言』(新潮社、2002年)のち文庫 『これが佐藤愛子だ 自讃ユーモアエッセイ集』全4巻 集英社 2002 のち文庫 『それからどうなる 我が老後』(文藝春秋、2004年)のち文庫 『冥途のお客』(光文社、2004年)のち文春文庫 『日本人の一大事』(海竜社、2004年)のち集英社文庫 『『血脈』と私』(文藝春秋、2005年)「佐藤家の人びと 「血脈」と私」文庫 『冥途のお客 夢か現か、現か夢か』(光文社、2005年) 『まだ生きている 我が老後』(文藝春秋、2006年)のち文庫 『今は昔のこんなこと』文春新書、2007 のち文庫 『老い力』海竜社、2007 のち文春文庫 『こんなことでよろしいか 老兵の進軍ラッパ』集英社 2008 のち文春文庫 『わが孫育て』文藝春秋 2008 のち文庫 『院長の恋』(2009年、文藝春秋)のち文庫 『女の背ぼね』海竜社 2009 のち文春文庫 『樂天道』海竜社 2009 のち文春文庫 『老兵の消燈ラッパ』文藝春秋 2010 のち文庫 『お徳用 愛子の詰め合わせ』(文藝春秋、2011年)のち文庫 2013 『これでおしまい 我が老後』文藝春秋 2011 のち文庫 『ああ面白かったと言って死にたい 佐藤愛子の箴言集』海竜社 2012 『かくて老兵は消えてゆく』文藝春秋 2013 『幸福とは何ぞや 佐藤愛子の箴言』海竜社 2013 『晩鐘』(2014年、文藝春秋)(モデル:田畑麦彦) 『佐藤愛子の箴言集2 そもそもこの世を生きるとは』海竜社 2014 『九十歳。何がめでたい』(2016年、小学館) 『佐藤愛子の役に立たない人生相談』(2016年、ポプラ社)のち文庫 『それでもこの世は悪くなかった』(2017年、文藝春秋) 『役に立たない人生相談2 好きなようにやればいい。』(2018年、ポプラ社) 『人生は美しいことだけ憶えていればいい』(2019年、PHP研究所) 『気がつけば、終着駅』(2019年、中央公論新社) 『何がおかしい 新装版』中央公論新社、2020年11月。ISBN 978-4-12-005354-2。 角川文庫1991年刊の抜粋版。 『冥界からの電話』新潮社〈新潮文庫〉、2021年7月。ISBN 978-4-10-106414-7。 『九十歳。何がめでたい 増補版』小学館〈小学館文庫〉、2021年8月。ISBN 978-4-09-406766-8。 エッセイ、対談等を加えて文庫化。 『九十八歳。戦いやまず日は暮れず』小学館、2021年8月。ISBN 978-4-09-396552-1。 『愛子の格言 新装版』中央公論新社、2021年11月。ISBN 978-4-12-005475-4。 角川文庫1989年刊「愛子の新・女の格言」の加筆修正版。 『凪の光景』文藝春秋、2022年1月。ISBN 978-4-16-791818-7。 『風の行方(上下)』文藝春秋、2022年6月。 『思い出の屑籠』(2023年11月、中央公論新社) 『百歳もヘチマもあるものか。』(2024年9月、プレジデント社) 『男の結び目』(田辺聖子と共著、 大和書房、1975年)のち集英社文庫 『日本の名随筆 82 占』編 作品社 1989 『冬子の兵法愛子の忍法』(上坂冬子と共著、海竜社、2001年)のち文春文庫 『あの世の話』江原啓之共著 青春出版社 1998 のち文春文庫 『愛子とピーコの「あの世とこの世」』(文藝春秋、2008年) 『人生論 あなたは酢ダコが好きか嫌いか: 女二人の手紙のやりとり』(小島慶子と共著、小学館、2020年) 第20回NHK紅白歌合戦(1969年12月31日、NHK総合・ラジオ第1) - 審査員 すばらしき仲間(中部日本放送制作・TBS系列、遠藤周作と北杜夫と共演) ポーラテレビ小説 愛子(TBS系列、特別出演) 佐藤愛子のがんばり人生(1970年代、STV) - 北海道電力の一社提供。 ^ 『九十歳。何がめでたい』小学館、2016年、37頁。 ^ 新潮社 ホーム > 著者一覧 > 著者ページ:佐藤愛子 https://www.shinchosha.co.jp/writer/1624/ ^ 『「血脈」と私 佐藤家の人びと』文藝春秋、2008年5月9日。ISBN 978-4167450144。 ^ “佐藤 愛子 | 兵庫ゆかりの作家”. ネットミュージアム兵庫文学館 : 兵庫県立美術館. 2024年9月30日閲覧。 ^ “オンラインジャーナル/図書紹介”. www.pmaj.or.jp. 2024年10月3日閲覧。 ^ 1. 佐藤愛子の作品・発言における「憤怒」 エッセイ: 「我が老後」シリーズをはじめとする数々のエッセイで、社会問題や人間に対する痛烈な批判を展開している。これらの作品は、佐藤愛子の「憤怒」を強く感じさせるものであり、「憤怒の作家」と呼ばれる所以を示唆している。具体的な記述としては、 「我が老後」: 老後に対する不安や不満、社会保障制度への批判など、高齢者の置かれた状況に対する怒りが表現されている。 「戦いすんで日が暮れて」: 戦争体験や戦後の社会状況に対する怒り、平和への強い願いが込められている。 「冥途のお客」: 死や病気に対する率直な思い、医療制度や社会福祉に対する批判などが述べられている。 小説: 「血脈」「ソクラテスの妻」などの作品でも、社会の不条理や人間の愚かさに対する怒りが描かれている。 インタビュー記事: さまざまなインタビューで、社会問題に対する怒りや不満を率直に語っている。例えば、 「文藝春秋」2016年3月号: 「九十三歳 私は怒っている」というタイトルで、高齢化社会や政治に対する怒りを表明している。 これらの作品や発言は、「憤怒の作家」という記述を間接的に裏付けるものと言える。 2. 佐藤紅緑の「憤怒の作家」としての評価 佐藤愛子の父親である佐藤紅緑も、社会批判的な作品を多く執筆し、「憤怒の作家」と呼ばれていた。父娘ともに社会に対する強い憤りを持っており、その姿勢が「憤怒の作家」という共通の評価につながっている可能性がある。 3. 批評家・研究者による評価 文学評論家や研究者の間では、佐藤愛子の作品における「憤怒」や「批判精神」について言及されることが多くある。具体的な文献を特定するには、さらなる調査が必要となるが……。 ^ 佐藤愛子は、社会の不正や矛盾に対して鋭い批判を行う姿勢から「憤怒の作家」と呼ばれている。彼女の作品やエッセイには、戦後の世相の乱れや社会問題に対する強い怒りが表現されているからである。さらに佐藤愛子は、男性的な視点から社会を批判することから「男性評論家」とも呼ばれている。彼女の鋭い批評スタイルや、男性的な視点を持つ評論がその理由とされている。 「吉田勝昭の「私の履歴書」研究―私にとって日経『私の履歴書』は人生の教科書です―」に以下の記述がある。(以下抜粋)――借金返済のためにテレビ出演・全国公演を遂行して戦後の世相の乱れ等を厳しく批判するので父同様「憤怒の作家」と言われ「男性評論家」と呼ばれていた時期もある。――(以上抜粋) この出所は日経「私の履歴書」であると吉田氏自らが記している。 ^ 佐藤愛子「淡路島」(『文藝春秋』2007年5月号) ^ 『愛子戦記 佐藤愛子の世界』文藝春秋、2023年6月7日。ISBN 978-4167920586。 ^ “佐藤愛子「私は戦争向きの人間らしいの。借金取りも気の毒に」”. AERA dot. (アエラドット) (2022年2月22日). 2024年10月5日閲覧。 ^ “『ちょっとコワイWikipedia』”. のろ猫プーデルのひゃっぺん飯 おかわりっ!!. 2024年9月30日閲覧。 ^ “作家・佐藤愛子「2度の離婚も、借金も…つまずいたら起き上がるしかない」 気がつけば、96歳。もうこれでおしまい|人間関係|婦人公論.jp”. 婦人公論.jp. 2024年9月30日閲覧。 ^ “文藝賞|河出書房新社”. 文藝賞|河出書房新社. 2024年10月3日閲覧。 ^ 篠原家(東急電鉄社長・篠原三千郎の家系図・子孫) https://keibatsugaku.com/shinohara/ 篠原三千郎が、1944年から1945年の1年間、東京急行電鉄の社長を務めたことが明記されている。また、1928年には、後妻である松尾ナツとの間に、篠原省三が誕生したことも明記されている。篠原省三が後の佐藤愛子の夫であり、その筆名が田畑麦彦であったことは、周知の事実である。また、東急の創業者、五島慶太と篠原三千郎は、同じ東大法科の卒業で、社会人となってからも2人が盟友であったことも周知の事実である。その五島慶太が、東条内閣に請われて運輸逓信大臣になった折り、その五島に頼まれて、篠原三千郎が代わって東急の社長を務めた。 東急社史 https://www.tokyu.co.jp/history/chapter01_4_1/ にも、以下のように記述されている。「なお新会社(後の東京急行電鉄)の取締役社長には五島慶太が、専務取締役には篠原三千郎が就任した。篠原三千郎は五島の大学時代の同期で、田園都市会社の発起人の一人、服部金太郎の娘婿という縁で同社に入社。時には親友、時には腹心の部下として、長年にわたり五島を支えてきた人物で、のちに当社社長となる」 東急歴代社長顔写真 https://www.tokyu.co.jp/history/pdf/tokyu100th_data_04_reki-kaityo.pdf (五島慶太が)東条内閣の運輸逓信大臣に就任 https://j-net21.smrj.go.jp/special/venture/20050104.html 「昭和19年(つまり1944年)、五島慶太は請われて東条内閣の運輸逓信大臣に就任する。 事業家としての五島は「強盗」と呼ばれようが、才覚を示した。」 との記述がある。余談であるが、五島慶太はあの「三越」をも買収しようと目論んだ。失敗に終わったが、五島の剛腕は世間でも評価され「強盗慶太」の異名をとったほどだった。 ^ “(4ページ目)佐藤愛子さん100歳「誕生日もヘチマもありませんよ。みんなが乗っている電車が目の前を通りすぎていくのを、ひとりただ見送っているようなもの」 忘れることは、死に支度|人間関係|婦人公論.jp”. 婦人公論.jp. 2024年9月30日閲覧。 ^ 佐藤愛子『晩鐘』文藝春秋、平成26年12月10日第1刷.のP314~P315に以下記述がある。「杉と辰彦は偽装離婚をした。当然、辰彦の戸籍の妻の欄は空いている。香苗をそこに入れるのはた易いことだ。杉を説得することも、諒承させることもいらない。何の支障もなく、すらすらと彼女を籍に入れることが出来る。 辰彦は住民票をそのままにしておいたので、畑中辰彦がこの家の戸主である限り、香苗もまた妻としてこの家に住んでいることになった。 『つまり、こういうことよ。この家にはまず畑中辰彦という戸主がいて、前の女房の藤田杉と娘の多恵がいる。杉の母、藤田のぶもいる。そして畑中辰彦の新しい妻とその連れ子……その六人がこの家にゴタゴタと住んでいるということなのよ……』」 杉が、佐藤愛子。辰彦が、田畑麦彦である。藤田のぶ、が佐藤愛子の実母、シナである。香苗が、銀座で飲食店を経営している女性。 『晩鐘』は小説であるから原則フィクション。虚構である。よって歴史的事実の査証にはならないというのは正論である。しかし、佐藤愛子が後年になった上梓した、この『晩鐘』をはじめ『血脈』では、結婚、離婚、死別などの出来事に関しては、端的に事実を述べていると考えてもいいのではないか。現に、『血脈』の「あとがき」には、その旨、佐藤愛子の筆で、以下のように綴られている。 佐藤愛子『血脈(下巻)』文藝春秋、平成13年3月10日第1刷.P594「あとがき」より 「『血脈』はその人たちをどんなにか失望させ、憤らせることだろう。書きながらいつもそのことが気にかかっていた。暴露小説だと批判されるかもしれないとも思った。だがそう思ったからといって、書くのをためらうという気持は起こらなかった。それを書くことは私にとって必然だった。そう考えるようになっていた」 「あとがき」は、小説本文ではない。よって、それが歴史的事実の査証とはならない、とは言えない。現にこの中で佐藤愛子は「暴露小説」という言葉を使っている。 その『晩鐘(中巻)』P.318に以下の記述がある。 「二、三日して暫く行方のわからなかった誠二が来て、愛子に相談があるといった。愛子が現在の窮状から脱け出すための方策として、『離婚』ということがある。これは誠二のためではなく、あくまで愛子とシナのためである。離婚といっても倒産の後始末がつくまでの一時的な離婚で、すべてが片附いた時には戸籍を戻すという偽装離婚である。誠二の債権者の中には暴力団まがいの者も少くない。彼らは佐々の親戚から一文の金も取れないとなったら、曲りなりにも収入のある愛子に返済を迫ってくることは明らかだ。この家の抵当が勲の力で抹消されればされたで、彼らは家を売れと要求してくるだろう。それを防ぐには離婚して、その後で勲が抵当を抜く金を出す。この家の名義を誠二から愛子に変更すれば暴力団も四の五のいえない。そうすることしか愛子との家の安泰は図れないのだ、と誠二はいった。彼はくり返した。 『わかるかい? 奴らがやって来て、金を返せといって暴れたとしてもだね、佐々とは離婚した、他人だ、といえば、どうすることも出来ないんだよ』」 愛子が、佐藤愛子。誠二が、田畑麦彦である。 この中に「偽装離婚」という言葉が記述されている。 また同P.356には以下の記述がある。 「二度目に川上から電話がかかってきて、女は銀座のクラブのママで誠二のことを『先生』と呼んでいるそうだ、といった時、愛子は皮肉に笑っていた」 ここに「女は銀座のクラブのママで」との記述がある。 ^ “直木賞 過去の受賞作品一覧:オンライン書店Honya Club com”. www.honyaclub.com. 2024年10月3日閲覧。 ^ “各賞紹介|中央公論新社”. www.chuko.co.jp. 2024年10月3日閲覧。 ^ “91歳・佐藤愛子さん「晩鐘」、紫式部文学賞に”. YOMIURI ONLINE. (2015年8月3日). https://web.archive.org/web/20150810070623/http://www.yomiuri.co.jp/culture/20150803-OYT1T50151.html 2015年8月6日閲覧。 ^ 随筆春秋創刊号(1993年発刊) ^ “佐藤愛子奨励賞”. 随筆春秋資料室 (2021年9月9日). 2024年9月30日閲覧。 ^ “『九十歳。何がめでたい』佐藤愛子 | 小学館”. 『九十歳。何がめでたい』佐藤愛子 | 小学館. 2024年9月30日閲覧。 ^ “春の叙勲4080人 森元首相、作家の佐藤愛子さんら受章”. J-CAST. (2017年4月29日). https://www.j-cast.com/2017/04/29296877.html 2023年1月26日閲覧。 ^ 『現代人物事典 : 出身県別 西日本版』サン・データ・システム、1980年。 ^ 随筆春秋, 一般社団法人 (2023年7月13日). “直木賞作家 佐藤愛子の誕生と業績+α”. 同人誌 随筆春秋|ポータルサイト. 2024年9月30日閲覧。 ^ 佐藤愛子「みんないなくなってしまった 『愛子戦記 佐藤愛子の世界』(佐藤 愛子 編著) | 佐藤 愛子 | コラム・エッセイ」『本の話』。2024年10月3日閲覧。 ^ 佐藤愛子 (1996-12). “おもろうて、やがて悲しき<追悼 遠藤周作>”. 婦人公論 (中央公論新社) 81 (13): 186-191. ^ “(5ページ目)佐藤愛子さん100歳「誕生日もヘチマもありませんよ。みんなが乗っている電車が目の前を通りすぎていくのを、ひとりただ見送っているようなもの」 忘れることは、死に支度|人間関係|婦人公論.jp”. 婦人公論.jp. 2024年9月30日閲覧。 ^ 「佐藤さんは1975年に北海道・浦河町に別荘を建てて以来、事情がない限り毎夏をそこで過ごしてきた」佐藤愛子さんがこよなく愛する北海道浦河町で『九十歳。何がめでたい』が上映 笑顔で溢れる48席の映画館「大黒座」,NEWSポストセブン,2024年8月12日 ^ 佐藤愛子著『私の遺言』 ^ 堀川とんこう『ずっとドラマを作ってきた』新潮社、1998年。ISBN 978-4104213016。 ^ 杉山桃子さん、祖母を書いた&描いたデビュー作についてインタビュー「佐藤愛子の人生を自分なりに表現できるのはありがたい財産」,NEWSポストセブン,2024年11月17日 ^ 右手 (2024年7月18日). “佐藤愛子の年表 | 全作品一覧のリストと情報”. 読む本.com. 2024年9月30日閲覧。 浦河町(夏の別荘|北海道日高地方) 佐藤紅緑(実父) 三笠万里子(実母) サトウハチロー(異母兄) 大垣肇(異母兄) 杉山響子(娘) 堀川とんこう 遠藤周作 川上宗薫 北杜夫 近藤健 (エッセイスト) 池田元 随筆春秋 随筆春秋賞 佐藤愛子奨励賞
佐藤愛子の作品 ‐ Amazon.co.jp 佐藤愛子さん100歳 ‐ 婦人公論.jp 佐藤愛子の著書 ‐ 小学館 鼻歌を歌うように 佐藤愛子さんに旭日小綬章 ‐ KYODO NEWS 佐藤愛子 ‐ ネットミュージアム兵庫文学館 同人誌 随筆春秋|ポータルサイト 直木賞作家 佐藤愛子の誕生と業績 ‐ 随筆春秋ポータルサイト 表 話 編 歴 春日由三 吉本明光 中山晋平 春日由三 吉川義雄 春日由三 吉川義雄 川村専一 狩野近雄 河上英一 笹本恭彦 明瀬裕 池田太郎 牧定忠 春日由三 吉川義雄 渋沢秀雄 横山隆一 西崎緑 貝谷八百子 田付辰子 メイ牛山 春日由三 吉川義雄 岩田専太郎 勅使河原蒼風 千代の山雅信 小山いと子 吉村公三郎 市川翠穂 マヤ片岡 春日由三 吉川義雄 三國連太郎 小西得郎 栃錦清隆 青木茂高 河上牧子 水木洋子 坂西志保 田村佐紀子 吾妻徳穂 吉川義雄 田中角栄 菊田一夫 若乃花勝治 金田正一 奥むめお 森田たま 細川ちか子 近藤百合子 吉川義雄 横山泰三 水原茂 稲垣浩 朝汐太郎 沢田美喜 杉村春子 戸川エマ 赤堀全子 吉川義雄 木下惠介 大宅壮一 杉浦幸雄 若羽黒朋明 長谷川春子 大濱英子 榊淑子 谷桃子 吉川義雄 秋山登 唐島基智三 柏戸剛 松本幸四郎 中村汀女 田中絹代 秋山ちえ子 江上トミ 長沢泰治 土門拳 高田元三郎 仲代達矢 大鵬幸喜 和田夏十 勅使河原霞 村山リウ 森光子 長沢泰治 工藤昭四郎 東郷青児 森英恵 大山康晴 山内一弘 佐田の山晋松 藤間紫 岡田茉莉子 十返千鶴子 浪花千栄子 長沢泰治 細川隆元 丹羽文雄 實川延若 中西太 栃ノ海晃嘉 飯田蝶子 貞閑晴 新珠三千代 花柳壽輔 佐久間良子 長沢泰治 大林清 北葉山英俊 林与一 古賀忠道 春風亭柳橋 岩下志麻 司葉子 長谷川町子 林美智子 吉屋信子 坂本朝一 円地文子 安達曈子 入江美樹 藤村志保 小絲源太郎 松下幸之助 ファイティング原田 緒形拳 坂本朝一 樫山文枝 五代利矢子 浜美枝 山崎豊子 大佛次郎 尾上菊之助 加藤芳郎 鶴ヶ嶺昭男 中山卯郎 福島慎太郎 木村秀政 西本幸雄 石坂浩二 福原美和 栗原小巻 塩月弥栄子 平岩弓枝 中山卯郎 江夏豊 王馬熙純 榊原仟 鈴木俊一 曽野綾子 高田敏子 藤田弓子 三船敏郎 中山卯郎 浅丘ルリ子 市川海老蔵 今井通子 大谷直子 菅野義丸 佐藤愛子 鶴岡一人 平幹二朗 中道定雄 坂東玉三郎 樋口久子 小林弘 三田佳子 志村喬 武原はん 玉の海正洋 中山律子 仲代達矢 小野田勇 浪花家辰造 大場政夫 宇田川龍男 堀内寿子 大山英子 村山加代子 中山きよ子 樫山文枝 山口果林 高橋信雄 山下迪子 館弘子 石田芳夫 中山紀子 井沢つま 森戸辰男 溝尾正志 花本方美 為久優子 成田和子 桑田たつ子 村上巳里 山下誠 小川善三郎 河野久枝 桑原永子 田中由起子 佐藤太圭子 山田三智穂 大谷豊二 高橋優子 貴ノ花利彰 赤塚洋文 平内義幸 富岡雅寛 山崎勲 平賀輝子 中川時子 加藤稔 池内淳子 中原誠 森英恵 小林桂樹 中村汀女 井上ひさし 中野貴代 神田好武 真木洋子 輪島大士 高橋洋子 生沼スミエ 棟方志功 村上元三 京マチ子 サトウサンペイ 高田ユリ 尾上菊五郎 寺島純子 北の湖敏満 根本良夫 橋本明治 杉村春子 尾上松緑 栗原小巻 堀江謙一 檀ふみ 魁傑將晃 新垣留美子 根本良夫 尾上梅幸 高橋展子 吉永小百合 加藤剛 三林京子 大竹しのぶ 古葉竹識 三重ノ海五郎 池田彌三郎 浅丘ルリ子 中村梅之助 小野清子 村上隆 堤加蓉子 カロリーナ・ピレス・ド・リオ 若三杉壽人 川上哲治 川口幹夫 市川染五郎 上田利治 旭國斗雄 水島新司 川橋幸子 橋田壽賀子 新井春美 竹下景子 川口幹夫 北の湖敏満 岩下志麻 植村直己 八千草薫 安奈淳 森和人 森下洋子 山本浩二 加藤好雄 若山富三郎 ミヤコ蝶々 菅原文太 大原麗子 松本零士 重兼芳子 古葉竹識 多岐川裕美 加藤好雄 松本幸四郎 陳舜臣 佐久間良子 木田勇 向田邦子 島田陽子 鈴木喜久子 角田好雄 渡辺一雄 石毛宏典 古手川祐子 緒形拳 花井幸子 倉本昌弘 森光子 坂田栄男 高橋洋子 秋竜山 澤地久枝 香川宏 生沼スミエ 玉の海梅吉 森英恵 山藤章二 池上季実子 広岡達朗 村松友視 真野響子 滝田栄 橋田壽賀子 前橋汀子 市川猿之助 香川宏 三船敏郎 松本幸四郎 大原麗子 田淵幸一 樋口久子 松坂慶子 田中裕子 隆の里俊英 谷川浩司 林真理子 胡桃沢耕史 宮尾登美子 山口小夜子 役所広司 菊池綜一 江上由美 釜本邦茂 名取裕子 風間杜夫 石井幹子 連城三紀彦 里中満智子 衣笠祥雄 松坂慶子 市川海老蔵 遠藤利男 三田佳子 中村吉右衛門 高野悦子 小池一夫 武原はん ジェームス三木 山口洋子 吉田義男 大地真央 北尾光司 中野正之 森光子 清原和博 森下洋子 雁屋哲 黒柳朝 加藤芳郎 山崎洋子 渡辺謙 加納みゆき 千代の富士貢 吉岡利夫 若尾文子 中井貴一 森瑤子 江藤俊哉 俵万智 逢坂剛 森口祐子 近藤真一 若村麻由美 北勝海信芳 今西陽一郎 三田佳子 片岡孝夫 伊藤京子 森祇晶 浅野温子 安野光雅 伊勢桃代 新井満 山口智子 千代の富士貢 沖清司 千代の富士貢 いしだあゆみ ねじめ正一 小林浩美 中村勘九郎 村崎芙蓉子 西田敏行 石岡瑛子 斎藤雅樹 渡辺梓 沖清司 山本陽子 中村鴈治郎 諏訪内晶子 野田秀樹 コシノジュンコ 渡辺久信 森口祐子 松岡修造 沢口靖子 真田広之 小林由紀子 増井光子 山崎豊子 秋山幸二 芦原すなお 荻野アンナ 若花田勝 貴花田光司 緒形直人 鷲尾いさ子 田中好子 内林達夫 有森裕子 曙太郎 古賀稔彦 富司純子 中田久美 野茂英雄 村上弘明 伊藤みどり 森光子 高橋克彦 松尾武 三田佳子 米長邦雄 市川團十郎 細川直美 筒井道隆 つみきみほ 松原敏春 平瀬真由美 宮尾登美子 川淵三郎 内館牧子 田村亮子 植木等 野村克也 中丸三千繪 古田敦也 ミヤコ蝶々 曙太郎 古橋廣之進 大林素子 松尾武 イチロー 赤井英和 奥野史子 岩下志麻 羽生善治 南井克巳 賀来千香子 川本ゆかり 市川崑 森光子 上田洋一 古田敦也 田村亮子 天海祐希 竹中直人 原辰徳 水谷八重子 中村紘子 ジョージ川口 柳家小さん 大石芳野 上田洋一 有森裕子 川口能活 江角マキコ 仰木彬 清水市代 中村橋之助 森英恵 桂米朝 大石静 周防正行 大橋晴夫 井原正巳 吉永小百合 片岡仁左衛門 伊藤みどり 佐々木主浩 佐藤夕美子 本木雅弘 篠田節子 谷川浩司 吉行あぐり 大橋晴夫 清水宏保 藤原紀香 琴錦功宗 中村玉緒 松平健 俵万智 ジェームス三木 服部道子 熊川哲也 浅利純子 伊東律子 出島武春 松嶋菜々子 内館牧子 野村萬斎 田村亮子 津川雅彦 草笛光子 阿久悠 福嶋晃子 乙武洋匡 伊東律子 田村亮子 長嶋茂雄 高橋尚子 渡辺謙 池内淳子 佐々木主浩 岡本綾 井上康生 木村佳乃 内藤國雄 出田幸彦 栃東大裕 川原亜矢子 室伏広治 竹田恆和 松岡佑子 唐沢寿明 平良とみ 天海祐希 藤田宜永 森下洋子 出田幸彦 朝青龍明徳 米倉涼子 市川新之助 阿川佐和子 宮本恒靖 仲間由紀恵 高橋由伸 恩田美栄 岩合光昭 岸惠子 中村季恵 浅野ゆう子 五木寛之 優香 三谷幸喜 村山由佳 末續慎吾 村主章枝 武田真治 有馬稲子 星野仙一 中村季恵 野口みずき 野村忠宏 橋田壽賀子 中村勘九郎 荒川静香 滝沢秀明 高島礼子 和田一浩 森光子 日野原重明 琴欧州勝紀 薬師丸ひろ子 野口聡一 長澤まさみ 山田洋次 森光子 上川隆也 眞鍋かをり 林家正蔵 栗原はるみ 渡辺謙 阿木燿子 リリー・フランキー 藤山直美 内野聖陽 横峯さくら 田口壮 吉田都 鎌田實 瀬戸内寂聴 宮﨑あおい 上田桃子 岡島秀樹 青木功 中村勘三郎 新垣結衣 茂木健一郎 坂東眞理子 陣内智則 藤原紀香 本木雅弘 吉田沙保里 太田雄貴 高橋尚子 松本幸四郎 松坂慶子 姜尚中 堀北真希 妻夫木聡 上野由岐子 白鵬翔 草刈民代 阿部寛 深田恭子 原辰徳 勝間和代 城田優 杉山愛 西田敏行 森光子 野口聡一 湊かなえ 岩崎夏海 寺島しのぶ 髙橋大輔 上野樹里 伊勢谷友介 仲間由紀恵 北大路欣也 武良布枝 大竹しのぶ 田中将大 コシノジュンコ 三谷幸喜 鈴木京香 佐々木則夫 鈴木明子 松山ケンイチ 松井冬子 琴奨菊和弘 綾瀬はるか 尾木直樹 澤穂希 中村勘九郎 樹木希林 桂文枝 吉田沙保里 入江陵介 菅野よう子 日馬富士公平 田中将大 滝川クリステル 宮藤官九郎 宮本信子 杉良太郎 風吹ジュン 岡田准一 杏 片岡愛之助 阿川佐和子 中園ミホ 尾上松也 蜷川実花 山中伸弥 井上真央 阿部寛 仲間由紀恵 タモリ 黒柳徹子 羽生結弦 堺雅人 長澤まさみ 大泉洋 土屋太鳳 三宅宏実 上橋菜穂子 所ジョージ 有村架純 又吉直樹 高畑充希 辻沙絵 草刈正雄 新垣結衣 大谷翔平 萩野公介 伊調馨 秋本治 春風亭昇太 村田沙耶香 村田諒太 村上茉愛 加藤一二三 吉岡里帆 高橋一生 宮本信子 鈴木亮平 林真理子 阿部サダヲ 安藤サクラ 池江璃花子 小平奈緒 佐藤健 出川哲朗 永野芽郁 中村勘九郎 夏井いつき 野村萬斎 長谷部誠 井上尚弥 上沼恵美子 サンドウィッチマン 渋野日向子 瀬戸大也 田中圭 戸田恵梨香 中西麻耶 長谷川博己 広瀬すず 吉野彰 黒柳徹子 サンドウィッチマン 杉咲花 染谷将太 チコちゃん 宮崎美子 宮本亞門 室伏広治 吉沢亮 石川佳純 清原果耶 小池栄子 坂口健太郎 谷真海 三谷幸喜 芦田愛菜 黒柳徹子 西村宏堂 羽生結弦 坂東彌十郎 福原遥 松本潤 村上宗隆 森保一 吉田都 北口榛花 国枝慎吾 堺雅人 俵万智 寺島しのぶ 寺田宜弘 バカリズム 吉高由里子 青山剛昌 内村光良 上地結衣 河合優実 堀米雄斗 森下洋子 横浜流星 吉田恵里香 FAST VIAF WorldCat フランス BnF data ドイツ イスラエル アメリカ 日本 韓国 オランダ CiNii Books CiNii Research IdRef 佐藤愛子 (作家) 日本の小説家 直木賞受賞者 菊池寛賞受賞者 旭日小綬章受章者 佐藤紅緑家 NHK紅白歌合戦審査員 私の履歴書の登場人物 大阪市出身の人物 日本のセンテナリアン 1923年生 存命人物 Titlestyleにbackgroundとtext-alignを両方指定しているcollapsible list使用ページ 2025/04/04 18:08更新
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