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大江裕
大江 裕(おおえ ゆたか)さんの誕生日は1989年11月16日です。大阪出身の歌手のようです。
人物、出演番組などについてまとめました。テレビ、兄弟、趣味に関する情報もありますね。去年の情報もありました。現在の年齢は34歳のようです。
大江 裕(おおえ ゆたか、1989年11月16日 - )は、日本の演歌歌手である。身長175cm、体重100kg。 大阪府岸和田市出身。北島音楽事務所→株式会社 クラウンミュージック所属。 2007年2月18日に放送されたTBS系「さんまのSUPERからくりTV」のコーナー企画「全国かえうた甲子園」の大阪代表として出場。平成生まれの高校生(当時)でありながら演歌好き、常に敬語で話す礼儀正しいキャラクターで「演歌高校生」として注目を浴びた。後に高校を中退したが、その後も同番組で「演歌浪人」「演歌一般人」と紹介され、演歌歌手を目指していたことから、TBSアナウンサー・安住紳一郎の勧めでデモテープを送った北島音楽事務所の目に留まり、大江がかねてから弟子入りを志願し「神様」と崇め、師と仰ぐ北島三郎がペンネームである原譲二名義で作曲したシングル「のろま大将」で2009年に、北島の内弟子の経験を持たない初の北島ファミリーの一員としてデビューした。なお、カップリング曲「なんか一丁やったろかい」も原譲二名義で北島が手掛けている。 番組では素人時代からデビューに至るまでを追い続けており、大江のデビュー曲発売日である2009年2月15日放送の番組内で「のろま大将」を披露、オリコンチャートで最高位は28位(演歌部門で5位)を記録した。 2010年11月、公演中に突然過呼吸が襲い、あまりの苦しさから、そのまま救急車で運ばれた。人前で歌える状態ではなかったという。病気療養のため、歌手活動を休業することが同年12月2日付にて所属事務所から発表され、これに伴って2011年1月12日発売予定だったシングル「北風大将」も発売未定となったほか、公式ブログ「恐れいります〜ぅ。大江裕です」も閉鎖された。 そんな大江に、優しい言葉をかけたのが、師匠の北島三郎だった。北島は「お前にもう一度、ステージの香りを嗅がせてやりたい、お前の歌が聴きたい、俺の側にいれば、なにも怖くないから、一緒に旅に出よう」と大江に優しく声をかけた。約1年もの間、北島三郎の付き人になる。 2012年3月7日、シングル『ふる里はいま…』のリリースを兼ねた復帰会見を行い、パニック障害を発症していたことを告白する一方、公式サイト上でも同年3月8日付で活動再開が発表された。4月29日にはデビューのきっかけとなった「SUPERからくりTV」に出演し、「大好きな音楽も聴けない、テレビも見られない、人の目が怖くて家から一歩も外に出られなかった」と闘病の日々を告白。番組の中でも北島から付き人として迎えられたが休憩時間に配慮がとられていたことや、北島と一緒の時には歌うことができても単独では困難だったことなどが明かされた。 今は歌手活動の復帰を果たしている。 2018年からは北山たけしとともに「北島兄弟」を結成し、ソロと並行して活動を開始。 年末には、第60回輝く!日本レコード大賞の企画賞を受賞。 そして、師匠北島三郎とともに、第69回平成最後のNHK紅白歌合戦にも特別枠で出演。 2019年北島兄弟で全国ツアー、明治座・新歌舞伎座・博多座でコンサートを開催。 2020年2月には、北島兄弟で台湾公演を成功させる。 人物身長175cm。自称体重100kgとかなり大柄な体格である。血液型O型。靴のサイズ30cm。小さな頃から演歌好きの祖父と共に行動していたため、物心付いてから既に演歌や歌謡曲しか聴いていないという。高校中退後は自宅に引き篭もり、精神的ストレス(円形脱毛症を発症)と運動不足で以前より10kg近く増加。太ったことを周囲に指摘され、痩せようと思い立つ。その際デビュー前に会った同じ北島ファミリーの演歌歌手・北山たけしが和太鼓を叩く姿を見てその肉体美に憧れ、自身も和太鼓の訓練を行った。これにより実際に体重91kgほどに減量に成功している。しかしながら120kgまでリバウンドしてしまった。 角刈りの髪型、誰に対しても敬語で話す低姿勢の態度が特徴的で、他者に手伝ってもらう等の受けた行為に対して「恐れ入ります」と頻繁に返し、ブログのタイトルにする等、彼のトレードマークのフレーズになっている。 デビュー曲『のろま大将』の歌詞を地で行くキャラクターであり、『のろま大将』発売後はしばしば自己紹介で「のろま大将、大江裕です」そして「恐れ入りますぅ」、「平成生まれの昭和育ち」というフレーズを使っている。 趣味ははさみ将棋。高校時代、よく教頭とはさみ将棋を指していた。しかし単位不足で高校を中退、漢字検定5級不合格と勉学は苦手。そのため、小学生用の漢字ドリルを常時持ち歩いている。イベント等の都合でホテルに宿泊時の空き時間に書き取りし、誤った漢字をノートに何度も書いて覚えようとする努力家である。 大江に演歌を歌わせて教え込んだのは、九州生れの祖父肥後熊藏(ひご くまぞう)である。熊藏は、演歌が大好きで、熊藏自身が歌手になりたかった。でもその夢を果たす事はできず、孫である大江は相当厳しく歌を教え込まれたと回顧している。以前呑み屋で歌った際、歌い方に不満を持った熊藏が罰として叩くと、持っていたマイクが唇に当たり怪我をしたエピソードを持つ。熊藏は大江が幼稚園時代、既に「将来は歌手になるだろう」と才能を見抜いていた。そして大江は、自ら数多くの老人ホーム等を回るうち“歌のチカラ”に目覚め「いつか人を感動させる歌手になりたい」と夢を抱く。 高校時代、大江の性格からクラスメイトと話が合わず、クラスの中で一人角刈りのため浮いた存在だった。高校の試験期間はフンドシを締めて縁起をかついでいた。授業での国語の朗読は演歌調だった。 2009年2月21日に東京・新宿のタワーレコードでミニライブを行った際、「お足元を運んでいただきありがとうございます」と意味不明な挨拶、さらに「北島先生のように新宿コマ劇場に立ちたい」と前年に閉館した同劇場を目標のステージにあげ、天然キャラぶりを全開し、笑いを誘った。 演歌以外の音楽について殆ど知識が無いに等しく、例えばバンドのMr.Childrenを知らず、「外国の方ですかね」と答えている。 CDなどのデジタルオーディオの存在を知らなかったらしく、日本クラウンからデモディスクを渡されたときも、「かける機械がございません」と言っていた。彼は1980年代に流行した木箱の8トラック&コンパクトカセットのホームカラオケ機器と小型のテープレコーダーを愛用している。そのためCDプレーヤーもデモディスクとともにプレゼントされた。北海道で北島のヒット曲の「函館の女」や「北の漁場」を披露した際プロ用機材を用いず、持参したテープレコーダーで音楽(カラオケ)のみを流して熱唱していた。 2009年8月、プロ野球公式戦(横浜ベイスターズ主催試合)で始球式を行うことになり、野球の知識・経験が皆無だった大江は自分が右投げか左投げかも判断できずに両方のグローブを用意。その後、工藤公康に右利きと判断され、右投げの三浦大輔から投球方法を教わって本番に臨んだ。 男性であるが、美空ひばりの歌真似を得意としている。 漫画家の浜田ブリトニーからステージでの似顔絵をプレゼントされた。 2010年1月11日(成人の日)に新成人となり、地元の岸和田市の成人式に出席した。 2017年7月23日、地元岸和田市の観光大使に就任。 出演番組ケイジとケンジ、時々ハンジ。 第6話(2023年5月18日、テレビ朝日)- 赤川茂(無銭飲食常習犯)役 サントリー「インテリゲン」※平岡祐太と共演 タマホーム※北島三郎、北山たけしと共演 東洋水産「マルちゃん ZUBAAAN!」 ※WebCM、およびSNS広告のみ起用 2024/05/17 05:25更新
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ooe yutaka
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