大翔山直樹の情報(だいしょうやまなおき) 相撲 芸能人・有名人Wiki検索[誕生日、年齢、出身地、星座]


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大翔山直樹の情報まとめ

大翔山 直樹(だいしょうやま なおき)さんの誕生日は1966年7月7日です。石川出身の相撲のようです。

現在、引退、結婚、事件に関する情報もありますね。大翔山直樹の現在の年齢は58歳のようです。
大翔山直樹のプロフィール Wikipedia(ウィキペディア)金星3個(北勝海2個、大乃国1個) 大翔山 直樹(だいしょうやま なおき、1966年7月7日 - )は、石川県鳳至郡(現在の鳳珠郡)穴水町出身で立浪部屋に所属した元大相撲力士。本名は山崎 直樹(やまざき なおき)。現役時代の体格は身長181cm、体重181kg。血液型B型。得意手は右四つ、寄り、下手投げ。最高位は東前頭2枚目(1991年7月場所)。現在は、年寄・追手風。追手風部屋師匠。 初代大翔山。金沢高等学校時代にはインターハイ準優勝、日本大学3年時にアマチュア横綱、4年時に学生横綱を獲得、各部屋の争奪戦となり一時は藤島部屋入りが決まりかけたが、同郷の中川親方(前2・清惠波)による引退後の身分保証が決め手となり、清惠波が部屋付きだった立浪部屋へ入門した。彼の入門により、双羽黒廃業後沈滞していた部屋の勢いは盛り返し、その後、日大同窓の大翔鳳や智ノ花を呼び込む原動力となった。またこのときの経緯から藤島部屋の力士からは激しく憎悪され、同部屋の力士たちは彼と対戦するとき平素以上に闘争心を剥き出しにして戦ったという逸話もある。 新十両昇進時に本名の「山崎」から改名することとなったが、部屋の十両格行司・木村城之介(後の35代木村庄之助)が改名候補として「大翔山」と「天翔鳳」を考えて後者を推し、立浪親方(関脇・安念山)は前者を採って読みを「おおしょうやま」にしようとしたが、語呂の悪さから城之介が「だいしょうやま」にした方が良いと進言して命名された。ちなみに「天翔鳳」はアレンジされて弟弟子・村田の四股名(大翔鳳)となっている。 右半身から腰の重さを生かして下手投げを打つ取り口を得意としていたが、腰への負担が大きく腰痛が持病となってしまった。そのため左からの攻めを早くする型を指導されたが右半身が直らなかった(NHKの大相撲中継でも再三苦言を呈された)。元横綱・輪島とは高校と大学が同じであることから自然と輪島と同様の技術指導を受け、類似した型を身に付けたという。1993年初場所では13日目を終わって11勝2敗で曙と並んで優勝争いのトップに立つ活躍も見せた。三役にはついに昇進できず、1995年11月場所を最後に29歳で引退した。 この年には追手風親方(元前頭6・追風山)の長女と結婚し、引退にあたっては清惠波から名跡を譲られ年寄・中川を襲名した。1997年には義父(追風山)とともに友綱部屋に移籍し、1998年に義父の所属部屋(追手風部屋)再興のため名跡を交換し、年寄・追手風として友綱部屋から独立して追手風部屋を33年ぶりに復興した。彼を始めとして立浪部屋を離れる年寄が続出したのは、年齢や最高位などで7代立浪を上回る年寄が部屋にいては7代立浪がやりにくいだろうという理由からだと、当時は見られていた。師匠としては、巨漢だった自身(身長182cm・体重186kg)とは対照的に均整の取れた体格の力士を中心に育てており、現在まで幕内力士を10人(関脇・追風海、前頭11枚目・濵錦、小結・黒海、小結・遠藤、関脇・大栄翔、前頭5枚目・大翔丸、前頭7枚目・剣翔、前頭11枚目・大奄美、前頭9枚目・大翔鵬、小結・翔猿)育てている。小学生時代の作文に実業家としての夢を書いていたことがTV番組で明かされたことがある。日本相撲協会の業務では、2007年3月場所から審判委員に就任し、2015年1月場所まで務めていた。審判を務めていた頃の末期は体調不良に悩まされ、2014年9月場所と11月場所を途中休場した。 2009年7月に、同年3月下旬に追手風部屋所属の床山に対して暴力を振るう問題を起こしたと報じられている。被害者の床山は事件後に日本相撲協会を退職し、同年7月22日に追手風は日本相撲協会の生活指導部特別委員会から事情聴取を受けている。追手風は、その床山が部屋所属の力士にいじめをしていたとして「反省させるために殴った」と暴力に至った理由を説明し、自身だけでなくいじめを受けた若手力士にも殴らせたことを認めた。その後、元床山からは慰謝料などを求めた民事訴訟を起こされたが、2010年12月14日に熊本地方裁判所で和解が成立した。 日大4年生の時に放駒部屋へ出稽古をした際、十両・秀ノ花に左膝内側側副靭帯損傷の大怪我を負わせた。これが元で秀ノ花は番付を一時期序二段まで下げ、それ以後は幕下と三段目の往復に終始した。 新入幕当初の締め込みの色を、本人は赤ではなくワインレッドと主張していた。 1991年5月場所の4日目で横綱・千代の富士と初顔の一番が組まれたが、千代の富士が前日の貴闘力戦で敗れて引退したため、不戦勝となった。 後に横綱となる曙や貴乃花とは比較的合い口が良く、曙とは5勝4敗の勝ち越し、貴乃花とは4勝4敗の五分で対戦を終えている。曙に勝ち越している唯一の力士である。 1989年1月:幕下付出で初土俵。 1990年5月:十両に昇進。 1990年9月:曙、貴闘力、若花田と共に新入幕。 1991年1月:前頭2枚目に昇進。横綱北勝海から初金星を獲得。 1994年3月:右アキレス腱部分断裂・腰部捻挫で休場。以後幕内には昇進できなかった。 1995年11月:引退。年寄・中川襲名。 1998年2月:年寄・追手風(追風山)と名跡交換。 1998年10月:追手風部屋創設。 通算成績:266勝252敗35休 勝率.514 幕内成績:153勝176敗1休 勝率.465 現役在位:42場所 幕内在位:22場所 三賞:1回
金星:3個(北勝海2個、大乃国1個) 各段優勝
幕下優勝:2回(1990年1月場所、1990年3月場所) 山崎 直樹(やまざき なおき)1989年1月場所 - 1990年3月場所 大翔山 直樹(だいしょうやま なおき)1990年5月場所 - 1993年7月場所 大翔山 直生(- なおき)1993年9月場所 - 1994年1月場所 大翔山 裕康(- ひろやす)1994年3月場所 - 1994年5月場所 大翔山 直樹(- なおき)1994年7月場所 - 1995年11月場所 中川 直樹(なかがわ なおき)1995年11月 - 1998年2月 追手風 直樹(おいてかぜ なおき)1998年2月 - ^ ベースボールマガジン社『大相撲名門列伝シリーズ(4) 立浪部屋』p27 ^ 仮に当時の山崎に現行の幕下付出基準を適用した場合、4年時に学生横綱を獲得してから3年時に獲得したアマ横綱のタイトルが失効するまでの間に中退して角界入りするという条件付きで幕下10枚目格付出が認められることになる。 ^ 因みに元大関・貴ノ花は現役時代に輪島と仲が良く、その縁もあって輪島の高校・大学の後輩にあたる大翔山を勧誘しようと考えていた。 ^ ベースボールマガジン社『大相撲名門列伝シリーズ(4) 立浪部屋』p80 ^ 元武双山の藤島親方が審判副部長に 朝日新聞デジタル 2015年1月29日(2015年2月3日閲覧) ^ 追手風親方が休場=大相撲秋場所4日目 時事ドットコム 2014年9月17日(2015年2月3日閲覧) ^ 審判の追手風親方が休場 産経ニュース 2014年11月17日(2015年2月3日閲覧) ^ 「追手風親方が床山に暴力 相撲協会「話し合うよう指示」」『朝日新聞』2009年7月25日。2021年4月22日閲覧。 ^ 「https://www.nikkansports.com/sports/sumo/news/p-sp-tp3-20090726-523409.html」『日刊スポーツ』2009年7月26日。2021年4月22日閲覧。 ^ 「「暴力受けた」と提訴の元床山、親方と和解 熊本地裁」『朝日新聞』2010年12月14日。2021年4月22日閲覧。 ^ 右アキレス腱部分断裂・腰部捻挫により14日目から途中休場 ^ ただし、藤島部屋の力士であり激しい張り手合戦を繰り広げた貴闘力は大翔山への憎悪を否定しており、日大時代に経験した藤島部屋の激しい稽古を大翔山が拒否したことが立浪部屋入りした理由だったのではと話している。【怨恨?】大翔山との張り手合戦!藤島部屋入門を断ったのが原因?- YouTube (2022年6月19日) 石川県の高校相撲部出身の一覧 石川県出身の人物一覧 大翔山 直樹 - 日本相撲協会 追手風部屋ホームページ 表 話 編 歴 出羽海 中立 高崎 境川 関ノ戸 山科 振分 立田川 武隈 春日野 富士ヶ根 二十山 竹縄 三保ヶ関 清見潟 岩友 玉ノ井 雷 入間川(停年後再雇用) 藤島 大鳴戸 山分 待乳山 錦島 武蔵川 二子山 山響 小野川 木村瀬平(木瀬) 若藤 稲川 井筒 尾上 千賀ノ浦 北陣 式守秀五郎(式秀) 立浪 二所ノ関 中村 佐渡ヶ嶽 粂川 白玉 浜風 荒磯 尾車 押尾川 鳴戸 秀ノ山 片男波 熊ヶ谷 田子ノ浦 西岩 放駒 松ヶ根 芝田山 峰崎(停年後再雇用) 高田川 花籠(停年後再雇用) 大嶽 阿武松 不知火 常盤山 湊川 湊 錣山 時津風 中川 枝川 荒汐 浦風 伊勢ノ海 勝ノ浦 甲山 立川 春日山 音羽山 陸奥(停年後再雇用) 追手風 立田山(停年後再雇用) 高島(停年後再雇用) 鏡山(停年後再雇用) 高砂 若松 錦戸 千田川 九重 谷川 佐ノ山 大山 八角 陣幕 東関 君ヶ濱 伊勢ヶ濱 楯山 照ノ富士(現役名年寄) 宮城野 間垣 安治川 大島 玉垣 浅香山 友綱 朝日山 桐山 出来山 表 話 編 歴 追手風 立田山 高島 鏡山 大栄翔 翔猿 遠藤 剣翔 日翔志 大奄美 大翔鵬 大斧 大翔丸 大雄翔 大皇翔 大飛翔 大翔樹 大喜翔 大翔 薩摩翔 大翔碧 大国巌 大馬翔 大志翔 大典翔 式守鬼一郎 床作 床風 表 話 編 歴 52 影山信雄 53 江熊仁 54 高須晃 55 平聖一 56 平聖一 57 田畑外登雄 58 福田芳郎 59 布目豊 60 平聖一 61 平聖一 62 大森茂雄 63 布目豊 64 布目豊 65 野見典展 66 野見典展 67 野見典展 68 横山啓一 69 田中英壽 70 田中英壽 71 舘岡儀秋 72 堀口圭一 73 石川孝志(大ノ海) 74 田中英壽 75 中山国久 76 長岡末弘(朝潮) 77 長岡末弘(朝潮) 78 小笠原武則 79 永岡栄一 80 冨田忠典 81 服部祐兒(藤ノ川) 82 服部祐兒(藤ノ川) 83 久嶋啓太(久島海) 84 久嶋啓太(久島海) 85 竹川裕司 86 安井和男 87 山崎直樹(大翔山) 88 斎藤一雄 89 成松伸哉(智ノ花) 90 栗本剛(武哲山) 91 伊東勝人 92 尾曽武人(武双山) 93 禧久昭広 94 吉橋宏之 95 禧久昭広 96 田宮啓司(琴光喜) 97 田宮啓司(琴光喜) 98 加藤精彦(高見盛) 99 小山内貴久 00 内田水(普天王) 01 三好正人(朝陽丸) 02 大西雅継(嘉風) 03 加藤耕市 04 栂木崇行 05 吉田勝雄 06 市原孝行(清瀬海) 07 姫野孝 08 松永六十四 09 冨田元輝 10 渋谷悟 11 松永六十四 12 遠藤聖大 13 川端翔伍(大翔丸) 14 大道久司(御嶽海) 15 バーサンスレン・トゥルボルド(水戸龍) 16 矢後太規 17 西郷智博 18 黒川宏次朗 19 谷岡倖志郎 20 花田秀虎 21 中村泰輝(大の里) 22 中村泰輝(大の里) 23 池田俊 ()内は四股名 実業団 国スポ アマチュア 学生 高校 中学生 表 話 編 歴 19 田中四郎 20 糸谷孫一 21 福井清吉 22 縄田喜美雄 23 竹田繁七 24 稲垣登 25 平田義太郎 26 猿丸吉雄 27 浅見浅一 28 大畠政次郎 29 豊平悠三 30 菅谷定 31 藤岡俊夫 32 狩野俊英 33 皆藤勝美 34 佐藤三郎 35 白山辰夫 36 佐藤三郎 37 城崎将雄 38 田内貢三郎 39 古塚良夫 40 井口義明 41 田内貢三郎,井口義明,小田敬治 42-45 中止 46 中村富次 47 影山信雄 48 有光一 49 吉村道明 50 有光一 51 有光一 52 高須晃 53 福田芳郎 54 照井久見 55 中尾三郎 56 石黒馨 57 田畑外登雄 58 田畑外登雄 59 小谷修一 60 内田勝男(豊山) 61 新保茂 62 平野孝行 63 近藤正勝 64 堀口圭一 65 笹谷洋三 66 三木功 67 田中英壽 68 輪島博(大士) 69 輪島博(大士) 70 中山国久 71 舘岡儀秋 72 谷川和正 73 野村双一(出羽の花) 74 尾形静雄(天ノ山) 75 中熊誠一 76 長岡末弘(朝潮) 77 長岡末弘(朝潮) 78 藤沢和穂(琴藤沢) 79 小谷一美(花嵐) 80 服部祐兒(藤ノ川) 81 山崎幸一 82 服部祐兒(藤ノ川) 83 吉橋宏之 84 久嶋啓太(久島海) 85 久嶋啓太(久島海) 86 久嶋啓太(久島海) 87 本田浩二 88 山崎直樹(大翔山) 89 林正人(大輝煌) 90 池森ルイス剛(隆濤) 91 坂本直人(肥後ノ海) 92 伊藤辰博 93 鶴賀文仁(北勝森) 94 後藤泰一(栃乃洋) 95 柳川信行(増健) 96 齊藤直飛人(追風海) 97 田宮啓司(琴光喜) 98 田宮啓司(琴光喜) 99 西村公憲 00 垣添徹 01 成田旭(豪風) 02 横山英希(高見藤) 03 上林義之(大岩戸) 04 吐合明文 05 下田圭将 06 森友樹(大翔湖) 07 榎本翔太 08 佐久間貴之(常幸龍) 09 森本太良 10 明月院秀政(千代大龍) 11 正代直也 12 中村大輝(北勝富士) 13 一ノ瀬康平 14 大道久司(御嶽海) 15 黒川宏次朗 16 バーサンスレン・トゥルボルド(水戸龍) 17 中島望 18 菅野陽太(栃武蔵) 19 中村泰輝(大の里) 20 プレブスレン・デルゲルバヤル(欧勝馬) 21 川副圭太 22 バトジャルガル・チョイジルスレン(阿武剋) 23 草野直哉 実業団 国スポ アマチュア 学生 高校 中学生 ()内は四股名 石川県出身の大相撲力士 立浪部屋 金沢高等学校出身の人物 日本大学出身の大相撲力士 1966年生 存命人物 ウィキデータにある日本相撲協会識別子
2025/04/10 21:11更新
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daisyouyama naoki
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