津田宣明(つだのぶあき) |Wiki【もしもし辞書】
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津田宣明
1 経歴 2 政歴 3 参考 4 関連項目 5 註 6 外部リンク 経歴 田代小・中学校、国立仙台電波高等学校卒業。 1965年 日本電信電話公社に就職。中央電気通信学園を経て、ニュービジネス協議会研修、社内の広報プロ研修、接客道研修、法務研修等々を受ける傍ら、キャンプ座間のルドルフ講師が教える Moosa's English School (横浜)と、ソニー・ランゲージ・スクール(東京)で英語を学ぶ。 1992年 財団法人逓信同窓会創立100周年記念北陸地方大会事務局長、1995年 世界体操競技選手権 NTT事務局長を歴任。 営業局調査係長として、在日米軍の電気通信サービスや、地方行政関係の仕事にも携わりつつ、東京都調布市、神奈川県横浜市、埼玉県越谷市、石川県金沢市、福井県福井市、鯖江市、武生市、1997年1月15日以降は東京に戻り、保谷市、武蔵野市、三鷹市、千代田区、神奈川県川崎市、保谷市、三鷹市、新宿区と転居を重ねる。 24時間風呂の訪問販売業等を経て、2006年頃からは石川県金沢市諸江町に在住し、文筆活動も行っていたが、2009年8月17日深夜、自転車で自宅附近を走行中に会社員の運転する軽乗用車にはねられ、脳挫傷で即死した。62歳没。 政歴 1999年4月11日施行 東京都知事選挙に無所属で立候補。802票(得票率0.01%) 19名中18位 供託金没収 政見放送 に、スポールディングの偏光サングラスを着用して登場 極めて難解な内容の選挙公報と共に、話題を呼んだが下位落選した 2009年の第45回衆議院議員総選挙に、石川県第1区から立候補を表明。 1月28日に県庁で行われた記者会見では「国民の生活が悪くなる中、総理大臣が簡単に辞職し、リーダシップが足りない」「公約に優先順位を付けて、国政の立場から経済の建て直しや福祉の充実に取り組みたい」等と決意を述べた。 同年5月、出馬を断念した。 参考 大川豊 『日本インディーズ候補列伝』(DVD付) 扶桑社 2007年 ISBN 9784594053970 独占インタビューを敢行し、政見放送も載録。ただし大川自身はスケジュールの都合が付かず、フリージャーナリストの畠山理仁と、週刊SPA!の女性編集者が本人と高田馬場で面会した。 |
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