吉田富三の情報(よしだとみぞう) 医学者(病理学) 芸能人・有名人Wiki検索[誕生日、年齢、出身地、星座]
吉田 富三さんについて調べます
■名前・氏名 |
吉田富三と関係のある人
佐々木隆興: 1936年、吉田富三と共に「オルト・アミノアゾトルオールの経口投与による肝臓癌発生の実験的研究」により再度学士院恩賜賞受賞。 小川鼎三: 『基礎医学最近の進歩』吉田富三共編 医歯薬出版、1956-58 安西浩: 同妻・泰子(東京大学名誉教授、元癌研究会癌研究所所長吉田富三の長女) 黒木登志夫: 1998年 日本癌学会吉田富三賞 吉田直哉: がんの研究者として著名な吉田富三の長男として東京に生まれる。 黒川利雄: 1963年、(財)癌研究会癌研究所所長吉田富三の要請を受け、当時大塚にあった癌研付属病院院長に就任、その後名誉院長として91歳で急逝するまで週二回の外来、回診などを継続した。 吉田光昭: 1999年 日本癌学会吉田富三賞 |
吉田富三の情報まとめ
吉田 富三(よしだ とみぞう)さんの誕生日は1903年2月10日です。福島出身の医学者(病理学)のようです。
テレビ、卒業に関する情報もありますね。1973年に亡くなられているようです。
吉田富三のプロフィール Wikipedia(ウィキペディア)吉田 富三(よしだ とみぞう、1903年(明治36年)2月10日 - 1973年(昭和48年)4月27日)は、日本の医師、病理学者。学位は医学博士(東京大学・1936年)。長崎医科大学教授、東京大学医学部長などを歴任。文化勲章・勲一等旭日大綬章受章。 福島県石川郡浅川村(現・浅川町)生まれ。ラットの腹水癌である吉田肉腫と腹水肝癌の発見で実験腫瘍学に新たな扉を開いた。財団法人癌研究会癌研究所長、財団法人佐々木研究所研究所長、日本学術会議会員・副会長(第6期)、国語審議会委員(第1-6期)などを務めた。テレビディレクターの吉田直哉は長男である。動物学者の田子勝彌は叔父である。 1915年(大正4年)- 浅川小学校卒業後、上京。 1920年(大正9年)- 錦城中学校卒業。
1923年(大正12年)- 第一高等学校 (旧制)卒業。 1927年(昭和2年)- 東京帝国大学医学部卒業、病理学教室勤務(主任教授、長與又郎)。 1929年(昭和4年)- 佐々木研究所入所、佐々木隆興の指導の下、オルト・アミドアゾトルオオール経口投与によるラット発癌実験開始、肝臓癌生成に成功。 1934年(昭和9年)- Virchows Archiv 283巻1号 に、佐々木隆興と連名で肝臓癌生成結果を発表。 1935年(昭和10年)- ベルリン大学レスレ教授の教室に留学(1937年11月まで)。 1936年(昭和11年)- 論文「上皮化生の問題に対する実験的補遺(独文)」で東京大学より医学博士号を授与された。 1938年(昭和13年)- 長崎医科大学教授に就任。 1943年(昭和18年)- 長崎系腹水肉腫を発見(1948年に吉田肉腫と改名される)。 1944年(昭和19年)- 東北帝国大学教授に就任。Proc Imp Acad 20巻8号 にシロネズミの悪性腫瘍(「吉田肉腫」)を発表。 1951年(昭和26年)- ラット腹水肝癌を発見。 1952年(昭和27年)- 東京大学教授に就任。 1953年(昭和28年)- 佐々木研究所所長。
1958年(昭和33年)- 東京大学医学部長に就任。 1961年(昭和36年)- 国語審議会委員。 1963年(昭和38年)- 癌研究会癌研究所所長に就任。 1965年(昭和40年)- 故郷である福島県浅川町より名誉町民の称号を授与される。 1966年(昭和41年)- 国際癌学会会長(東京)に就任。 1973年(昭和48年)- 逝去。 1936年(昭和11年)- 帝国学士院恩賜賞を佐々木隆興と共同受賞(オルト・アミドアゾトルオオール経口投与による肝臓癌生成の実験的研究) 1951年(昭和26年)- 朝日賞(吉田肉腫の研究) 1953年(昭和28年)- 2度目の 日本学士院恩賜賞(吉田肉腫の病理学的研究) 1962年(昭和37年)- 藤原賞 1963年(昭和38年)- ロベルト・コッホ賞コッホ・ゴールドメダル 1959年(昭和34年)- 文化勲章 1973年(昭和48年)- 勲一等旭日大綬章(没時追贈) 『癌ノ発生 — 癌原性物質ノ研究概観』 日本医書出版、1949年、再版 ASIN B000JBK2M6 『ウィルヒョウ 細胞病理学』 南山堂、1957年 - 翻訳書 『吉田肉腫 — 癌化学療法の基礎的研究』 寧楽書房、1964年、ASIN B000JAEM78 『美と教養 — 心の対話』 日本ソノサービスセンター、1968年、ASIN B000JA46FG - 林武との対談 『雑念雑記』 南山堂、1972年、ASIN B000JA08YE 『生命と言葉 — 随想集』 読売新聞社、1972年、ASIN B000J9CXTS 『不有 第12号 吉田富三先生追悼号』 佐藤博 編、財団法人佐々木研究所、1974年 『人間吉田富三』 織畑秀夫・近藤芳朗・佐藤博・吉田直哉 共編、社会保険新報社、1979年 『杏雲堂病院百年史』 財団法人佐々木研究所、1983年 『癌研究会七十五年史』 財団法人癌研究会、1989年 『財団法人佐々木研究所五十年史』 財団法人佐々木研究所、1990年 『癌細胞はこう語った — 私伝・吉田富三』 吉田直哉、文藝春秋社、1992年、ISBN 4163470409 『流動する癌細胞 吉田富三伝』 永田孝一、講談社、1992年、ISBN 4062054876 『艮陵同窓会百二十年史』 東北大学医学部艮陵同窓会、1998年 『がん研究の先駆者 吉田富三博士の生涯』 福島県浅川町、2001年 『吉田富三先生 人とその思想』(吉田富三先生生誕100年記念寄稿集) 吉田富三先生生誕100年記念事業委員会、2003年 『日本の科学者 吉田富三 生誕100年記念』 北川知行・樋野興夫 共編、メディカルトリビューン社、2005年、ISBN 4895893170 『吉田富三先生の想い出』 菅野晴夫、吉田富三顕彰会、2016年 ^ “歴代医学部長:東京大学大学院医学系研究科・医学部”. 東京大学. 2010年10月1日閲覧。 ^ “公益財団法人 佐々木研究所”. www.sasaki-foundation.jp. 2022年10月13日閲覧。 ^ 山内健生 (2018) 両生類・爬虫類研究者史 田子勝彌が前田曙山へ送った絵葉書. Caudata, 2: 74-75. ^ 博士論文書誌データベース ^ “朝日賞:過去の受賞者”. 朝日新聞. 2008年9月19日時点のオリジナルよりアーカイブ。2009年11月3日閲覧。 ^ “Träger der Robert Koch Medaille in Gold seit 1960” (ドイツ語). Robert-Koch-Stiftung e.V.. 2009年11月3日閲覧。 吉田富三記念館 公益財団法人佐々木研究所 FAST ISNI VIAF WorldCat ドイツ イスラエル アメリカ 日本 オランダ IdRef 20世紀日本の医師 20世紀日本の医学者 日本の病理学者 癌研究者 医学博士取得者 朝日賞受賞者 日本学士院賞受賞者 ロベルト・コッホ賞受賞者 文化勲章受章者 勲一等旭日大綬章受章者 日本学士院会員 日本学術会議会員 インド国立科学アカデミー・フェロー 東京大学出身の人物 旧制第一高等学校出身の人物 錦城学園高等学校出身の人物 東京大学の教員 東北大学の教員 長崎大学の教員 癌研究会の人物 佐々木研究所の人物 福島県出身の人物 1903年生 1973年没 FAST識別子が指定されている記事 ISNI識別子が指定されている記事 VIAF識別子が指定されている記事 WorldCat Entities識別子が指定されている記事 GND識別子が指定されている記事 J9U識別子が指定されている記事 LCCN識別子が指定されている記事 NDL識別子が指定されている記事 NTA識別子が指定されている記事 SUDOC識別子が指定されている記事 ISBNマジックリンクを使用しているページ
2024/11/04 04:07更新
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yoshida tomizou
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