安倍源基の情報(あべげんき) 警察官僚 芸能人・有名人Wiki検索[誕生日、年齢、出身地、星座]
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■名前・氏名 |
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岸信介: ところが同年鈴木貫太郎内閣で内務大臣になった同郷の安倍源基から「非常時だから何かやってくれ」「新設された(全国8ヵ所に置かれた)地方総監府の長官を引き受けてくれ」と言われた。 安倍基雄: 『最後の内務大臣、安倍源基の半生』(サンケイ出版) 安岡正篤: 1958年(昭和33年)には岸信介、安倍源基、木村篤太郎らとともに「新日本協議会」を結成、安保改定運動や改憲運動などに関わった。 重政誠之: 参議院副議長を務めた重政庸徳は兄で、安倍源基は親戚。 島田叡: 1945年(昭和20年)7月9日、島田の殉職の報に際して内務大臣安倍源基は、島田に行政史上初の内務大臣賞詞を贈り、「其ノ志、其ノ行動、真ニ官吏ノ亀鑑ト謂フベシ」と称えた。 佐々弘雄: 特に当時の警視総監安倍源基は「佐々弘雄は必ず捕まえてやる」と豪語していた。 安倍基雄: 父 安倍源基(終戦時の内務大臣。 潮恵之輔: 軍部と一定の距離を持ち、党派色が薄いという理由での起用であったが、内務省内の革新官僚が内相任命反対運動を行ったため、報復として唐沢俊樹・安倍源基・相川勝六ら有力革新官僚の休職処分・左遷が行われた。 阿南惟幾: 気落ちしていた阿南であったが、閣議でも「連合国が明確な回答を与えなければ決戦もやむなし」とする再照会を主張し、安倍源基内務大臣と松阪廣政司法大臣は阿南に賛成したが、他の12名の閣僚は東郷の即時受諾論を支持した。 安倍基雄: 父は内務大臣を務めた安倍源基。 相川勝六: 同様に反対していた唐沢俊樹や安倍源基も共に左遷されている。 小林多喜二: 多喜二死亡時の警視庁特高部長は安倍源基で、その部下であった中川、特高課長の毛利基(戦後、埼玉県警幹部)、警部山県為三の3人が直接手を下したとも言われている。 |
安倍源基の情報まとめ
安倍 源基(あべ げんき)さんの誕生日は1894年2月14日です。山口出身の警察官僚のようです。
卒業、事件に関する情報もありますね。1989年に亡くなられているようです。
安倍源基のプロフィール Wikipedia(ウィキペディア)安倍 源基(あべ げんき、1894年〈明治27年〉2月14日 - 1989年〈平成元年〉10月6日)は、日本の内務官僚、政治家、弁護士。警視庁特別高等警察部長、警視総監、内務大臣を歴任した。山口県出身。 1894年(明治27年)、山口県熊毛郡曾根村(現平生町)に生まれた。山口県士族安倍半次郎の長男。 山口県立山口中学校、山口県立徳山中学校、第六高等学校を経て、東京帝国大学法学部入学。 1920年、東京帝国大学法学部法律学科卒業、内務省入省(警保局配属)。 1932年、警視庁において初代特別高等警察部長となり、赤色ギャング事件や日本共産党スパイ査問事件を通じて「赤狩り安倍」の名 が付いた。安倍が特高部長であった1933年には、19人が特高警察の過酷な取調べで死亡しており(19人は戦前で最多)、その中にはプロレタリア文学作家の小林多喜二も含まれている。 1936年の廣田内閣組閣においては、内務省出身の潮恵之輔の入閣に内務省内の有力革新官僚の一人として反対し、相川勝六や唐沢俊樹と共に左遷される。 その後、内務省保安課長、同警保局長、警視総監、企画院次長及び企画院総裁(心得)を歴任した。 太平洋戦争末期の1945年、鈴木貫太郎内閣で内務大臣に就任。終戦時の国務大臣兼情報局総裁下村宏によれば、ポツダム宣言受諾には豊田副武などと共に反対意見だった。安倍自身が著書で語るには、終戦に反対の閣僚は誰一人いなかったが、国体護持について明確な返答をするよう連合国に再照会すべきという意見だったのが、阿南惟幾陸相、松阪広政法相、そして安倍自身との事である。 戦後、A級戦犯容疑者の一人として逮捕された。しかし、東條英機ら7人の死刑執行の翌日の1948年(昭和23年)12月24日、不起訴・釈放となった。公職追放となり、その後、岸信介・木村篤太郎・安岡正篤らと共に新日本協議会を結成、代表理事に就任した。のちに全国警友会連合会会長、東京都警友会会長、松陰会会長を歴任した。従三位勲一等に叙位・叙勲される。 1956年の第4回参議院議員通常選挙に自由民主党公認で山口地方区から立候補したが、落選している。なお、自民党が参院選山口地方区(山口選挙区)で敗れたのは、この時と1989年(日本社会党の山田健一が当選)、1998年(無所属の松岡満寿男が当選)の3回しかない。 1954年の新警察法による警察行政の中央集権的一元化実現に尽力したほか、旧内務官僚出身者を中心とする自民党右派で構成された、自由民主党政務調査会治安対策特別委員会(治対委)の中心人物として活動した。岸信介は第1次岸内閣の国家公安委員長候補に安倍を推薦していたが、この案は強い反対に遭い挫折している。 1989年(平成元年)10月6日死去。享年95。 政治団体「新日本協議会」代表理事を務めた。 1920年 - 東京帝国大学法学部を卒業、内務省に入省 1932年 - 警視庁特別高等警察部長(初代) 1937年 - 警保局長 1937年 - 警視総監 1940年 - 警視総監再任 1941年 - 企画院次長及び企画院総裁(心得) 1945年 - 鈴木貫太郎内閣で内務大臣に就任 1958年 - 新日本協議会代表理事に就任 1940年(昭和15年)8月15日 - 紀元二千六百年祝典記念章 1945年(昭和20年)5月17日 - 勲二等瑞宝章 安倍家は江戸時代、毛利家の陪臣であり、半次郎の実家・是非家は大野毛利家では筆頭家老の地位にあった。家老といっても、数ヶ町村を有する小名の家老であるから、侍大将といった程度のものだった。 妻・藤子(外務官僚、学者・法学博士・元法政大学学長 秋山雅之介長女 ) 長男・基雄(大蔵官僚、衆議院議員=民社党→新進党→自由党→保守党) 妻・藤子の妹の夫重政誠之(官僚、衆議院議員) 『昭和動乱の真相』(原書房、1977年/中公文庫、2006年、新版2016年)ISBN 4-12-206231-4 『憂国直言 新日本建設のために』(1982年、原書房)ISBN 4-562-01225-0 『巣鴨日記』(展転社、1992年)ISBN 4-88656-080-6 安倍基雄『歴史の流れの中に : 最後の内務大臣安倍源基』上・下(原書房、1990年)
NHK特集『戒厳指令…「交信ヲ傍受セヨ」~ 二・二六事件秘録』(NHK、1979年2月26日放送)
^ 猪野三郎監修『大衆人事録』に「山口縣士族半次郎長男」と記載されている。 ^ ただし、安倍が安部磯雄襲撃を依頼したという記述は、他の歴史的文献にはなく、宮崎の『不逞者』においてのみである。 ^ 治安対策特別委員会は1956年に、国際共産主義と呼応する国内の革命勢力の集団的暴力活動に対処する方策や、日教組の偏向教育、勤務評定対策を攻究するために自由民主党政務調査会に設置された特別委員会であり、初代委員長には大蔵大臣や大東亜大臣などを歴任した青木一男が就任した。 ^ 『日本官僚制総合事典』東京大学出版会、2001年11月発行、226頁 ^ 新訂 政治家人名事典 明治~昭和 コトバンク. 2018年7月17日閲覧。 ^ 「しんぶん赤旗」2005年2月17日 ^ 宮崎学『不逞者』幻冬舎<幻冬舎アウトロー文庫>1999年、ISBN 4-87728-734-5 ^ 下村海南『終戦秘史』(講談社学術文庫)128頁 ^ 安倍源基著 『昭和動乱の真相』 平成28年2月 中央公論新社刊 ISBN 978-4-12-206231-3 ^ 公職追放の該当事項は「内務大臣特高」。(総理庁官房監査課 編『公職追放に関する覚書該当者名簿』日比谷政経会、1949年、1頁。NDLJP:1276156。 ) ^ 大嶽秀夫 (編) 『日本政治の争点―事例研究による政治体制の分析』 三一書房 p.88-91 ^ 『官報』第4438号・付録「辞令二」1941年10月23日。 ^ 『官報』第5654号、「叙任及辞令」1945年11月15日。 ^ 『歴史の流れの中に : 最後の内務大臣安倍源基』上、38頁 特別高等警察 内務省 (日本) 警保局 近現代系図ワールド 河野太郎 「二十世紀 日本の戦争」 / クリック 20世紀 『安倍 源基』 - コトバンク 表 話 編 歴 大久保利通 木戸孝允 大久保利通 伊藤博文 大久保利通 伊藤博文 松方正義 山田顕義 山県有朋 山県有朋 西郷従道 品川弥二郎 副島種臣 松方正義 河野敏鎌 井上馨 野村靖 芳川顕正 板垣退助 樺山資紀 芳川顕正 板垣退助 西郷従道 末松謙澄 大隈重信 内海忠勝 児玉源太郎 桂太郎 芳川顕正 清浦奎吾 原敬 平田東助 原敬 大浦兼武 原敬 大隈重信 大浦兼武 大隈重信 一木喜徳郎 後藤新平 水野錬太郎 床次竹二郎 水野錬太郎 後藤新平 水野錬太郎 若槻礼次郎 浜口雄幸 鈴木喜三郎 田中義一 望月圭介 安達謙蔵 中橋徳五郎 犬養毅 鈴木喜三郎 山本達雄 後藤文夫 潮恵之輔 河原田稼吉 馬場鍈一 末次信正 木戸幸一 小原直 児玉秀雄 安井英二 平沼騏一郎 田辺治通 東條英機 湯沢三千男 安藤紀三郎 大達茂雄 安倍源基 山崎巌 堀切善次郎 三土忠造 大村清一 植原悦二郎 片山哲 (臨代) 木村小左衛門 廃止 内事局長官・(内事局官房自治課長・官房職制課長) - 国務大臣地方財政委員会委員長・全国選挙管理委員会委員長・(総理庁官房自治課長) - 国務大臣地方自治庁長官 - 国務大臣自治庁長官 - 自治大臣 - 総務大臣 内事局長官・(内事局第一局長) - 国家公安委員会委員長・(国家地方警察本部長官) - 国務大臣国家公安委員会委員長・(警察庁長官) 建設院総裁 - 建設大臣 - 国土交通大臣 厚生大臣 - 厚生大臣・労働大臣 - 厚生労働大臣 内事局長官・(内事局第二局長) - 国務大臣法務総裁・(法務庁特別審査局長) - 国務大臣法務総裁・(法務府特別審査局長) - 法務大臣・(公安調査庁長官) 文部大臣・(文部省社会教育局文化課長) - 文部大臣・(文部省社会教育局著作権課長)- 文部大臣・(文部省文化局長) - 文部大臣・(文化庁長官)- 文部科学大臣・(文化庁長官) 神社本庁総長(宗教法人化) 内事局長官・(内事局第二局長) - 国務大臣法務総裁・(法務庁民事局長) - 国務大臣法務総裁・(法務府民事局長) - 法務大臣・(法務省民事局長) 外務大臣・(入国管理部長) - 外務大臣・(出入国管理庁長官) - 外務大臣・(入国管理庁長官) - 法務大臣・(法務省入国管理局長)- 法務大臣・(出入国在留管理庁長官) 内閣総理大臣・(終戦連絡中央事務局長官) - 内閣総理大臣・(連絡調整中央事務局長官) - 外務大臣・(外務省連絡局長) - 外務大臣・(外務省国際協力局長) 表 話 編 歴 村田氏寿 1876-1877 川路利良 1877-1879 警視局大警視 西村捨三 1881 田辺良顕 1881-1883 勝間田稔 1883-1884 清浦奎吾 1884-1891 小松原英太郎 1891-1892 大森鍾一 1892 高崎親章 1892-1893 小野田元熈 1893-1896 寺原長輝 1896-1898 牧朴真 1898 小倉久 1898-1899 安楽兼道 1899-1900 田中貴道 1900-1901 鈴木定直 1901-1902 安立綱之 1902-1903 有松英義 1903-1904 仲小路廉 1904-1906 久保田政周 1906 古賀廉造 1906-1908 有松英義 1908-1911 古賀廉造 1911-1912 太田政弘 1912-1913 岡喜七郎 1913-1914 安河内麻吉 1914-1915 湯浅倉平 1915-1916 永田秀次郎 1916-1918 川村竹治 1918-1921 湯地幸平 1921-1922 後藤文夫 1922-1923 岡田忠彦 1923-1924 藤沼庄平 1924 川崎卓吉 1924-1925 松村義一 1925-1927 山岡萬之助 1927-1928 横山助成 1928-1929 大塚惟精 1929-1931 次田大三郎 1931 岡正雄 1931 森岡二朗 1931-1932 松本学 1932-1934 唐沢俊樹 1934-1936 萱場軍蔵 1936-1937 大村清一 1937 安倍源基 1937 富田健治 1937-1938 本間精 1938-1939 安藤狂四郎 1939 本間精 1939-1940 山崎巌 1940 藤原孝夫 1940 橋本清吉 1940-1941 今松治郎 1941-1942 三好重夫 1942-1943 町村金五 1943-1944 古井喜実 1944-1945 水池亮 1945 橋本政実 1945 小泉梧郎 1945-1946 谷川昇 1946-1947 田中楢一 1947 久山秀雄 1947 内務省廃止 久山秀雄 1948 国家地方警察本部設置 斎藤昇 1948-1954 警察庁設置 斎藤昇 1954-1955 石井榮三 1955-1958 柏村信雄 1958-1963 江口俊男 1963-1965 新井裕 1965-1969 後藤田正晴 1969-1972 高橋幹夫 1972-1974 浅沼清太郎 1974-1978 山本鎮彦 1978-1981 三井脩 1981-1984 鈴木貞敏 1984-1985 山田英雄 1985-1988 金澤昭雄 1988-1990 鈴木良一 1990-1992 城内康光 1992-1994 國松孝次 1994-1997 関口祐弘 1997-2000 田中節夫 2000-2002 佐藤英彦 2002-2004 漆間巌 2004-2007 吉村博人 2007-2009 安藤隆春 2009-2011 片桐裕 2011-2013 米田壮 2013-2015 金髙雅仁 2015-2016 坂口正芳 2016-2018 栗生俊一 2018-2020 松本光弘 2020-2021 中村格 2021-2022 露木康浩 2022- 表 話 編 歴 川路利良 大山巌 樺山資紀 樺山資紀 大迫貞清 三島通庸 折田平内 田中光顕 園田安賢 山田為暄 園田安賢 西山志澄 大浦兼武 安楽兼道 大浦兼武 安立綱之 関清英 安楽兼道 亀井英三郎 安楽兼道 川上親晴 安楽兼道 伊沢多喜男 西久保弘道 岡田文次 岡喜七郎 堀田貢 赤池濃 湯浅倉平 赤池濃 太田政弘 宮田光雄 長岡隆一郎 丸山鶴吉 高橋守雄 長延連 長谷川久一 大野緑一郎 藤沼庄平 小栗一雄 石田馨 早川三郎 横山助成 斎藤樹 安倍源基 萱場軍蔵 池田清 安倍源基 山崎巌 留岡幸男 吉永時次 薄田美朝 坂信弥 町村金五 坂信弥 高野源進 藤沼庄平 鈴木幹雄 広岡謙二 門叶宗雄 斎藤昇 田中栄一 古屋亨 代理 江口見登留 川合寿人 小倉謙 原文兵衛 中原歵 秦野章 本多丕道 槇野勇 土田國保 國島文彦 今泉正隆 下稲葉耕吉 福田勝一 鎌倉節 大堀太千男 仁平圀雄 安藤忠夫 吉野準 井上幸彦 前田健治 野田健 石川重明 奥村萬壽雄 伊藤哲朗 矢代隆義 米村敏朗 池田克彦 樋口建史 西村泰彦 高綱直良 高橋清孝 沖田芳樹 吉田尚正 三浦正充 斉藤実 大石吉彦 小島裕史 緒方禎己 FAST ISNI VIAF WorldCat イスラエル アメリカ 日本 韓国 IdRef 日本の内務官僚 日本の警察官僚 内務省警保局長 日本の弁護士 昭和時代戦前の閣僚 日本の内務大臣 太平洋戦争の人物 特別高等警察の人物 新官僚 革新官僚 A級戦犯容疑者 公職追放者 日本の殺人犯 日本のテロリスト 日本の犯罪者 小林多喜二 参議院議員通常選挙の立候補経験者 自由民主党の人物 東京大学出身の人物 旧制第六高等学校出身の人物 山口県立徳山高等学校出身の人物 山口県立山口高等学校出身の人物 山口県出身の人物 勲二等瑞宝章受章者 1894年生 1989年没 出典のページ番号が要望されている記事 ISBNマジックリンクを使用しているページ プロジェクト人物伝項目 2024/11/12 17:00更新
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abe genki
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