山本益博の情報(やまもとますひろ) 料理評論家 芸能人・有名人Wiki検索[誕生日、年齢、出身地、星座]


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山本益博の情報まとめ

山本 益博(やまもと ますひろ)さんの誕生日は1948年4月11日です。東京出身の料理評論家のようです。

現在、卒業、テレビ、兄弟、映画に関する情報もありますね。山本益博の現在の年齢は76歳のようです。
山本益博のプロフィール Wikipedia(ウィキペディア)山本 益博(やまもと ますひろ、1948年(昭和23年)4月11日 - )は、日本の落語評論家であり、料理評論家。株式会社マスヒロジャパン代表取締役社長。現在の妻・山本美穂子は舞台衣装や歌舞伎バックなどを制作する織衣装作家。 東京都出身。東京都立紅葉川高等学校、北海道札幌東高等学校を経て、早稲田大学第二文学部演劇学科卒業。 東京・浅草に育つが、高校時代に北海道に転居、大学進学のため1968年(昭和43年)3月に再び東京に戻った。生家は靴下問屋を営んでいた。現在は廃業している。 東京に戻った山本は、たまたま国立劇場小劇場の第五次落語研究会第一回(昭和43年3月14日)に入場し、そこで初めて桂文楽 (8代目)(黒門町)の落語を体験、黒門町の追っかけにかけることとなった。 大学の卒業論文のテーマも桂文楽としたが、その論文はそのまま『桂文楽の世界』として商業出版されることになった。 大学卒業後は、落語界に知己の多い小沢昭一が主宰し、芸能研究雑誌の季刊『藝能東西』を刊行していた「新しい芸能研究室」に入社し、主に落語の評論を行った。朝日新聞夕刊と週刊朝日の演芸評を担当。 文楽死後に、『さよなら名人芸』(1974年)と、『笑いのアンコール 落語評論家宣言』(1980年)を出版、自身を落語評論家だと宣言した。KTVの演芸番組「花王名人劇場」ではプロデューサーを務めていた。テレビ朝日「ザ・テレビ演芸」の「飛び出せ!笑いのニュースター」コーナーでは審査員としてダウンタウン(当時・ライト兄弟)らを審査。 山本には料理評論の著書もあり、関連して多くのメディアにも出演している。1980年代にはグルメブームの先駆け的存在として知られた。 1980年に出版された「東京・味のグランプリ200」は、東京のレストランを無印から最高評価の3つ星まで4段階評価した当時としては、画期的なレストランガイド本であり、一世を風靡した。※ただし、山本一人が全部執筆したわけではない。他の協力スタッフが存在したが、名前は記されていない。 料理人の料理への技巧を『仕事』と表現した先駆者でもある。フランス政府より農事功労勲章シュヴァリエを授与された。 一方、幻冬舎社長見城徹は2008年、『ゲーテ』誌上で山本を繰り返し批判した。2018年現在、10年経過したが、いまだ和解していない模様。 NHK『遊々専科』 テレビ朝日『ザ・テレビ演芸』 フジテレビ『料理の鉄人』 テレビ朝日『タモリ倶楽部』 BS朝日『FooDictionary』(2006年4月 - ) 東海テレビ『スタイルプラス』 愛川欽也の探検レストラン 日本テレビ『クイズ世界はSHOW by ショーバイ!!』(準レギュラー解答者) クラシックだい好き(NHK-FM、2004年6月6日 - 2004年7月18日) 日本のいちばん長い夏(2009年) - 上山春平 役 二郎は鮨の夢を見る(デヴィッド・ゲルブ監督による、2011年アメリカ映画。日本公開は2013年) 築地ワンダーランド(2016年) 『桂文楽の世界』芸風社 1972 『さよなら名人芸 桂文楽の世界』晶文社 1974 『パリのお菓子屋さん そのエスプリとアールを訪ねて』本橋成一撮影 文化出版局 1980 『名人芸「現在」を生きる』レオ企画 1980 『笑いのアンコール 落語評論家宣言』弘文出版 1980 『東京・味のグランプリ200』講談社 1982 『食卓のプラネタリウム』安西水丸画 講談社 1984 『東京味のグランプリ 1984』講談社 1984 『考える舌と情熱的胃袋』新潮社 1985 『東京味のグランプリ 1985』講談社 1985 『レストランする愉しみ 対談』駸々堂出版 1985 『食卓の三重楽』講談社 1986 『東京味のグランプリ 1986』吉田カツ画 講談社 1986 『ミシュラン抱えて 料理人からの伝言』駸々堂出版 1986 『味の100店練磨』文芸春秋 1987 『東京ポケット・グルメ 1988-89』文芸春秋 1987 『フランス美食街道 レストランが恐くなくなった日』文芸春秋 1988 『味の三人勝負』三浦憲治撮影 ティビーエス・ブリタニカ 1989 『東京ポケット・グルメ 1990-91年版』文芸春秋 1989 『山本益博の考える舌 選びぬかれた90店』ネスコ 1989 『5軒のホテル』マガジンハウス 1993 『プロフェッショナルの本領』新潮社 1994 『山本益博の東京食べる地図94-95』昭文社 1993-1994 『味な宿に泊まりたい』新潮社 1995 のち文庫 『ひと皿の歳時記』NTTメディアスコープ 1995 『オペラの旅へようこそ』NTTメディアスコープ 1996 『山本益博のダイブル 東京横浜&近郊96-2001』昭文社 1996-2001 『普通の食事』安西水丸装画 マガジンハウス 1996 『宿は極楽・味は極上』NTTメディアスコープ 1996 『山本益博の一泊二日くいしんぼの旅』管洋志撮影 世界文化社 1996 『山本益博の「うまいの、なんの!」 春夏秋冬旬の味・旬の店』泉健太撮影 講談社 1997 『21世紀への料理書 こだわりの食材を求めて』萩原一写真 小学館 1999 『ずばり、この味』講談社 1999 『マスヒロがこっそり教える世界の<とっておき>』ブックマン社 1999 『エル・ブリ想像もつかない味』2002 光文社新書 『音楽で逢いましょう 忘れられぬ人、街、味への讃歌』音楽之友社 2002 『東京・味のグランプリ 勝ち抜いた59軒』講談社 2002 『至福のすし 「すきやばし次郎」の職人芸術』2003 新潮新書 『マスヒロの365日食べ歩き手帳 言うべきは言う!』講談社 2003 『イチローに学ぶ 失敗と挑戦』講談社 2006 「イチロー勝利への10カ条」静山社文庫 『そんな食べ方ではもったいない!』2006 青春新書インテリジェンス 『「3つ星ガイド」をガイドする』2007 青春新書インテリジェンス 『マスヒロの東京ずばり百軒』管洋志写真 実業之日本社 2007 『大人の作法』2008 ベスト新書 『山本益博の厳選!取り寄せごはん 生産者の顔が見える安全・安心な55品』青春出版社 2008 『味と出会い人と出逢う』みやび出版 2010 『人間味という味が、いちばん美味しい 料理人名語録』大和書房 2010 『立川談志を聴け 涙がこぼれた「富久」を私は一生忘れない』プレジデント社、2012 『グルマン 東京フランス料理店ガイド 1984』見田盛夫共著 新潮社 1983 『男の基本料理 プロの技に学ぶ』渡辺文雄共編著 講談社 1987 『食べる 店の流儀、客の心得』服部幸応共著 講談社 1996 『東京1000円味のグランプリ』マッキー牧元共著 講談社 2000 『東京1000円味のグランプリおかわり!』マッキー牧元共著 講談社 2004 『マスヒロの東京番付』東京番付編成会議共編 実業之日本社ブルーガイド 2008 ^ “山本益博 | 著者プロフィール | 新潮社”. www.shinchosha.co.jp. 2021年8月17日閲覧。 ^ “山本益博さん/料理評論家(66歳)【達人たちの「ワタシの、センタク。」第5回】 | サライ.jp|小学館の雑誌『サライ』公式サイト”. serai.jp (2014年8月9日). 2021年8月17日閲覧。 マスヒロジャパン - 公式サイト 山本益博 (masuhiro.yamamoto.33) - Facebook 山本益博 (@masuhiro_yamamoto) - Instagram MASUHIROのうまいのなんの! Masuhiro’s How delicious - YouTubeチャンネル マスヒロのてれすこ ISNI VIAF WorldCat ドイツ アメリカ 日本 韓国 20世紀日本の評論家 落語研究者 演芸評論家 日本の料理評論家 日本のコラムニスト 21世紀日本の実業家 学士号取得者 早稲田大学出身の人物 北海道札幌東高等学校出身の人物 東京都出身の人物 1948年生 存命人物 ISNI識別子が指定されている記事 VIAF識別子が指定されている記事 WorldCat Entities識別子が指定されている記事 GND識別子が指定されている記事 LCCN識別子が指定されている記事 NDL識別子が指定されている記事 NLK識別子が指定されている記事
2025/03/31 16:37更新
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yamamoto masuhiro
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