木之下晃の情報(きのしたあきら) 写真家 芸能人・有名人Wiki検索[誕生日、年齢、出身地、星座]


木之下 晃さんについて調べます
■名前・氏名 |
木之下晃と関係のある人
渡辺浦人: 人間の骨(木之下晃明監督) 毛利蔵人: ^ 『音楽現代』1989年6月号26、27ページ、木之下晃「連載 若き作曲家たち 毛利蔵人」 芥川也寸志: これは、写真家・木之下晃が、芥川の没後に仕事場を撮影した写真の中に写っており、最晩年の芥川の音楽作品を考える上で興味深い。 川島素晴: 写真家の木之下晃は、川島の代弁者として「現代は“映像の時代”である」と切り出した上で、携帯電話が今では万能な映像機器となり、CDはDVDに取って代わり、「視覚の時代」となったが、現在でもクラシック音楽は19世紀以前の耳にとらわれ、前衛的な現代音楽の分野でさえ「その多くは未だ“耳”である」と述べた。 小沢幹雄: 『小澤征爾―対談と写真』編・木之下晃写真、ぎょうせい、1980年。 朝比奈隆: 左利き(指揮棒は右だが、包丁は左(木之下晃の写真集より))。 小沢幹雄: 『小澤征爾とその仲間たち 2』名和修共著・木之下晃写真、音楽の友社、1991年 |
木之下晃の情報まとめ

木之下 晃(きのした あきら)さんの誕生日は1936年7月16日です。長野出身の写真家のようです。

卒業に関する情報もありますね。2015年に亡くなられているようです。
木之下晃のプロフィール Wikipedia(ウィキペディア)木之下 晃(きのした あきら、1936年7月16日 - 2015年1月12日)は、日本の写真家。日本福祉大学客員教授。 長野県諏訪郡上諏訪町(現・諏訪市)に生まれる。1955年長野県諏訪清陵高等学校卒業。日本福祉大学社会福祉学部を卒業後、中日新聞社、博報堂に勤務し、広告写真などに携わる。音楽好きで演奏会に通ううちに、勤務地の名古屋で開催される音楽演奏会の記録撮影の仕事を得る。これをきっかけに、音楽をめぐる写真を撮影するようになる。1970年『音と人との対話 音楽家 木之下晃写真集』を自費出版。これにより、1971年日本写真協会賞新人賞を受賞。1973年、フリーランスの写真家となる。初期は主としてポピュラー音楽の演奏会を対象に、広告写真での経験を生かし、ブレやゆがみなどの効果を駆使した「音の映像化」というテーマを追求したが、80年代にはクラシック音楽を対象に、音楽家の演奏中のポートレートに取り組む。その後、オフステージの音楽家たちの肖像や、音楽の歴史をたどる紀行、世界各地のコンサートホールや歌劇場など、音楽をとりまく幅広いテーマを撮影し、音楽写真家として国際的に高い評価を受けた。 2010年、自身が撮影した3万本を超えるフィルムを管理・保存する目的で「木之下晃アーカイヴス」を設立。 2015年1月12日、虚血性心不全により横浜市内の病院で死去。満78歳。 自著では、デジタルカメラは一切使わず、ニコンのフィルムカメラを愛用するとしている。また、「キレイな写真」と「イイ写真」は異なり、フィルムカメラの方が、伝える感動の深さで優れていると主張している。 肖像写真は写真家にとって最も基本的なことで、原点であり、「永遠の課題」と考えている。肖像写真で木之下に最初に影響を与えたのは、土門拳である。 写真家の林忠彦は、木之下が音楽家を撮り始めたので音楽家だけは撮らなかったと木之下宛の手紙に記した。 取材や撮影を嫌った画家で作家のトーベ・ヤンソンは、木之下の写真を気に入り、本などに採用した。木之下曰く、ヤンソンの写真は、木之下の手元に最も多く残っている。 2012年9月、ニコン役員室の収蔵コレクションに、マリア・カラスのプリントが加えられる。ここに作品の収蔵された写真家は、土門、木村伊兵衛、デビッド・ダグラス・ダンカンに続いて4人目だという。 『SEIJI OZAWA―小澤征爾の世界』講談社、1981年 『世界の音楽家I・指揮者』小学館、1984年 『世界の音楽家II・ピアニスト』小学館、1985年 『世界の音楽家III・演奏家』小学館、1985年 『アメリカ音楽地図』新潮社、1987年 『小澤征爾とその仲間たち』音楽之友社、1988年 『モーツァルトへの旅』新潮社、1991年 『巨匠・カラヤン』朝日新聞社、1992年 『音楽家のオフ・ステージ』東京書籍、1996年 『朝比奈隆―長生きこそ最高の芸術』新潮社、2002年 『カルロス・クライバー』アルファベータ、2004年 『武満徹を撮る』小学館、2005年 『マエストロ―世界の音楽家』小学館、2006年 『MARTHA・ARGERICH』ショパン、2007年 『青春の音楽―PMF・SAPPORO』北海道新聞社、2009年 『石を聞く肖像』飛鳥新社、2009年 『最後のマリア・カラス』響文社、2012年 1971年 日本写真協会賞新人賞 1986年 第36回芸術選奨文部大臣賞 2005年 日本写真協会賞作家賞 2006年 紺綬褒章 2008年 第18回新日鉄音楽賞・特別賞 NHKハイビジョン特集「カメラで音楽を撃て〜写真家 木之下晃 創造の秘密〜」2007年11月26日 ^ 茅野市寄贈記念「木之下晃写真展 世界の音楽家」 茅野市美術館 ^ 公式ブログ ^ “木之下晃さん死去、78歳 日本に「音楽写真」”. 中日新聞 (2015年1月19日). 2015年1月19日閲覧。 ^ “木之下晃の訃報です”. 木之下晃アーカイヴス (2015年1月19日). 2015年1月19日閲覧。 ^ 木之下晃『石を聞く肖像』飛鳥新社、2009年。 ^ 木之下晃「音楽写真の夢♯41」『東京新聞』2013年6月6日夕刊。 ^ 木之下晃「音楽写真の夢♯39」『東京新聞』2013年6月4日夕刊。 ^ 木之下晃「音楽写真の夢♯13」『東京新聞』2013年4月24日夕刊。 ^ 公式ブログ「コレクションされました」 ^ "カメラで音楽を撃て 写真家・木之下晃(2007年)". NHK. 2023年1月24日. 2022年10月2日時点のオリジナルよりアーカイブ。2023年1月26日閲覧。 長野県出身の人物一覧 木之下晃アーカイヴス(公式サイト) ISNI VIAF WorldCat ドイツ イタリア アメリカ 日本 韓国 MusicBrainz 写真家識別目録 20世紀日本の写真家 21世紀日本の写真家 日本のフォトジャーナリスト 中日新聞社の人物 日本福祉大学の教員 日本福祉大学出身の人物 長野県諏訪清陵高等学校出身の人物 長野県出身の人物 1936年生 2015年没 ISNI識別子が指定されている記事 VIAF識別子が指定されている記事 WorldCat Entities識別子が指定されている記事 GND識別子が指定されている記事 ICCU識別子が指定されている記事 LCCN識別子が指定されている記事 NDL識別子が指定されている記事 NLK識別子が指定されている記事 MusicBrainz識別子が指定されている記事 PIC識別子が指定されている記事
2025/04/01 19:31更新
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kinoshita akira
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