榎本達也の情報(えのもとたつや) サッカー選手 芸能人・有名人Wiki検索[誕生日、年齢、出身地、星座]
榎本 達也さんについて調べます
■名前・氏名 |
榎本達也と関係のある人
榎本哲也: 2007年、それまでのマリノスの正GKだった榎本達也の退団により背番号を21から1に変更し、新守護神に定着。 大島秀夫: 2006年10月8日、Jサテライトリーグ・対甲府戦で、GK榎本達也と交代し後半から出場していた秋元陽太が負傷し、プレー続行が不可能となった。 都倉賢: 2010年8月22日に行われたNDソフトスタジアム山形でのモンテディオ山形戦において、3人の交代枠を使った後半47分にゴールキーパーの榎本達也がペナルティーエリア外でのハンドリングによりレッドカードで退場したため、残りの時間は都倉がゴールキーパーを務め、山形のフリーキックとコーナーキックからの攻撃を守りきり無失点で試合を終えた。 塚本秀樹: 2000年シーズンオフには、横浜F・マリノスの榎本達也の獲得が濃厚だったこともあり、一旦は戦力外通告を受けたものの、榎本の獲得が失敗に終わったこともあってか、結果的にチームに残留した。 河本裕之: 2010年の第22節京都サンガ戦では、後半34分に3人の交代枠を使い切った状態でゴールキーパー榎本達也が2枚目のイエローカードにより退場。 三浦俊也: しかしこのシーズンは、開幕から内容・結果とも伴わずに降格圏への低迷が続き、大久保の離脱を受けてエースに指名したFWイ・ジェミンもほとんどチームに溶け込めず、またハードワークなどの守備中心の戦術だったのが裏目に出て、7試合で6人の退場を出す(そのうちの2度がGK榎本達也の退場で、この2試合は、フィールドプレーヤーがGKを務める事態になった)など、札幌監督時代の低迷の要因と同じような光景が起こり、9月12日に解任された。 上野秀章: 日野が退団した2011年は榎本達也の加入とオ・スンフンの台頭もあって出場機会が無かった。 徳重健太: しかし2008年、守護神である榎本達也が全治約1ヶ月の怪我をしたことをきっかけに出場機会を得ると自身最多となるJリーグ9試合に出場。 荻晃太: 2007年は新加入の榎本達也にポジションを奪われ、シーズン途中に大宮アルディージャにレンタル移籍するが、江角浩司からレギュラーを奪えず天皇杯1試合の出場に留まった。 田中哲司: 15周年の特別編「リプレイ」(2006年) - 榎本達也 役 |
榎本達也の情報まとめ
榎本 達也(えのもと たつや)さんの誕生日は1979年3月16日です。東京出身のサッカー選手のようです。
卒業、引退、兄弟に関する情報もありますね。榎本達也の現在の年齢は45歳のようです。
榎本達也のプロフィール Wikipedia(ウィキペディア)榎本 達也(えのもと たつや、1979年3月16日 - )は、東京都練馬区生まれ、埼玉県蕨市育ちの元プロサッカー選手。現役時代のポジションはゴールキーパー(GK)。 兄の影響で 小学校1年生(6歳)時にサッカーを始める。1996年に埼玉県選抜として国体に出場し、大型GKとして注目を集めた。 浦和学院高等学校卒業後の1997年、横浜マリノスに入団。1998年、U-19日本代表において櫛野亮、曽ヶ端準との定位置争いを制しAFCユース選手権で準優勝。翌年開催のワールドユース出場権を勝ち取ったが、U-20日本代表正GKには南雄太が据えられたため、出場機会を得られずに終わった。 2000年8月5日、J1・2nd第8節鹿島戦で負傷した正GK川口能活に代わって リーグ戦初出場。その後川口の復帰により控えに戻るも、2001年10月には川口が退団したためクラブでの定位置を得た。直後にあったナビスコカップ決勝戦では退場者を出す苦しい展開の中、磐田の攻撃を零封。PK戦でも相手PKを3本止める活躍を見せ、大会MVPに輝いた。2004年に行われた浦和とのチャンピオンシップでは、PK戦で相手PKを2本止め J1連覇に貢献。2005年以降は榎本哲也とのポジション争いで出場機会を減らした。 2007年、ヴィッセル神戸へ完全移籍。2008年からは副主将を務めた。正GKとして活躍を続けていたが、2010年4月の浦和戦で中心性頸髄損傷によって離脱。夏場にかけて復帰するも、J1第20節山形戦及び同22節京都戦で退場処分を受けるなど 振るわず、監督交代を境に第23節以降は徳重健太にポジションを奪われた。同シーズンを以て、神戸との契約を満了。 2011年、徳島ヴォルティスへ完全移籍。副主将を任されるも、同年2月の練習中に左アキレス腱断裂。同年10月のJ2第31節京都戦で復帰し、果敢なプレーを見せたが、オ・スンフンから正GKの座を奪取するには至らず、通年4試合の出場に留まった。2012年は背番号を1に改め、オに代わって開幕から正GKを務めたが、チームの状態が上向かず中盤戦にはベンチに降格。終盤戦にはベンチ外となり、同年限りで退団。 2013年、栃木SCへ完全移籍。神戸在籍時の指揮官であり、サッカー観が似通っていて「肌に合う」という松田浩監督によって正GKに据えられた。松田が退任し、阪倉裕二が監督に就任した2014年は鈴木智幸が正GKに据えられたため控えとなったが、出場間隔が開く中でも安定感を失わずにプレー。しかし、高年俸と年齢がネックとなり 契約満了を迎えた。12月3日、トライアウトに最年長選手として参加した。 2015年、FC東京へ完全移籍。第2GKとしてベンチ入りを続け、8月以降は離脱した正GK権田修一に代わって 5年ぶりのJ1リーグ戦出場を果たした。的確な判断とポジショニングで 好守を続けていたが、ナビスコカップ準々決勝・鹿島戦では自身のミスから大敗を招き 以後は新加入のブラダ・アブラモフにポジションを明け渡した。2016年はベンチ外になる試合も多かったが、たとえ控えでも自分がチームを支えているという自負をもって先発選手を送り出す姿勢は他の選手に大きな影響を与えた。同年末、契約満了により退団。 2016年限りで現役を引退し、2017年よりFC東京普及部コーチに就任。2017年4月11日にはブラインドサッカー強化選手にも選ばれた。 1985年 - 1990年 蕨市北町サッカースポーツ少年団 (蕨市立北小学校) 1991年 - 1993年 蕨市立第二中学校 1994年 - 1996年 浦和学院高等学校 1997年 - 2006年 横浜マリノス / 横浜F・マリノス 2007年 - 2010年 ヴィッセル神戸 2011年 - 2012年 徳島ヴォルティス 2013年 - 2014年 栃木SC 2015年 - 2016年 FC東京 横浜F・マリノス所属時のチームメイトで同じGKの榎本哲也は名前が似ているだけで血縁は無い。ただ、当時より二人を兄弟であると勘違いしていたファンは多く、ヴィッセル神戸移籍加入時にもファンから兄弟対決について質問を受けた。その際に榎本はファンの発言を否定はせずに、発言の中で哲也のことを「哲也君」と呼ぶことで兄弟ではないことを暗示した。 2000年08月05日:Jリーグ初出場 - J1 2nd第8節 vs鹿島アントラーズ (国立霞ヶ丘競技場陸上競技場) 2006年04月01日:Jリーグ100試合出場 - J1第06節 vsFC東京 (日産スタジアム) 2009年11月21日:Jリーグ200試合出場 - J1第32節 vs横浜F・マリノス (ホームズスタジアム神戸) 2004年
Jリーグチャンピオンシップ 2試合0得点 2005年
2004年
2005年
ナビスコカップMVP (2001年) U-19日本代表
U-20日本代表
U-23日本代表
2017年 - FC東京 普及部コーチ ^ 1999年に「横浜マリノス」から「横浜F・マリノス」へ改称。 ^ いずれも3人の交代枠を使い切った後に退場処分を受けており、山形戦ではFW都倉賢、京都戦ではDF河本裕之が急遽GKを務めた。 ^ 横浜初V 榎本達で勝った - ウェイバックマシン(2001年11月2日アーカイブ分) スポーツニッポン (2001年10月28日) ^ 榎本達也選手 完全移籍加入決定のお知らせ FC東京 (2015年1月9日) ^ 2010 > Jリーグ選手名鑑 - ウェイバックマシン(2010年7月26日アーカイブ分) スポーツニッポン ^ 『週刊サッカーダイジェスト J1&J2選手名鑑2013』日本スポーツ企画出版社、2013年、208頁。 ^ 榎本達也 (横浜F・マリノス)「孤高の達人」 - ウェイバックマシン(2007年7月6日アーカイブ分) WEBサッカーマガジン (2002年4月25日) ^ 榎本PK3発止めた! 横浜初V - ウェイバックマシン(2001年12月8日アーカイブ分) 日刊スポーツ (2001年10月28日) ^ スポーツパーソン8 榎本達也選手 (横浜マリノス、ゴールキーパー) - ウェイバックマシン(2005年4月16日アーカイブ分) 三省堂 ^ ゲームレポート - ウェイバックマシン(2001年2月19日アーカイブ分) 横浜F・マリノス (2000年8月5日) ^ 横浜M、2年連続栄冠 Jリーグ年間王者決定戦 47NEWS (2004年12月11日) ^ 【2013シーズン新加入選手紹介】榎本達也選手 栃木SC (2013年1月10日) ^ 榎本達也選手、ヴィッセル神戸へ完全移籍 - ウェイバックマシン(2007年2月19日アーカイブ分) 横浜F・マリノス (2006年12月25日) ^ 横浜F・マリノスよりGK榎本達也選手完全移籍加入決定 - ウェイバックマシン(2007年3月1日アーカイブ分) ヴィッセル神戸 (2006年12月25日) ^ GK榎本達也選手の負傷について ヴィッセル神戸 (2010年5月11日) ^ 選手出場記録 Jリーグ (2010年12月4日) ^ 神戸FW都倉が急きょ代役GK/J1 日刊スポーツ (2010年8月23日) ^ GKも退場で完敗…神戸が降格圏に/J1 日刊スポーツ (2010年9月11日) ^ GK榎本達也選手、徳島ヴォルティスへ完全移籍決定のお知らせ ヴィッセル神戸 (2011年1月12日) ^ 榎本達也選手 完全移籍にて加入決定のお知らせ 徳島ヴォルティス (2011年1月12日) ^ 2011年シーズン キャプテン決定のお知らせ 徳島ヴォルティス (2011年2月24日) ^ 榎本選手負傷のお知らせ 徳島ヴォルティス (2011年2月20日) ^ 守護神・榎本が今季初出場の徳島は佐藤2発で京都を下す ゲキサカ (2011年10月16日) ^ 榎本達也選手 栃木SCへ完全移籍のお知らせ 徳島ヴォルティス (2012年12月13日) ^ 榎本達也選手 完全移籍加入のお知らせ 栃木SC (2012年12月13日) ^ 『月刊J2マガジン 2015年3月号』ベースボール・マガジン社、2015年、41頁。 ^ 栃木SC 契約満了選手のお知らせ 栃木SC (2014年11月26日) ^ 栃木GK榎本らJ2、J3から74人参加 日刊スポーツ (2014年12月3日) ^ 榎本達也選手 FC東京へ完全移籍のお知らせ 栃木SC (2015年1月9日) ^ 権田の代役は俺に任せろ!! 榎本が甲府戦に意気込み 東京中日スポーツ (2015年8月10日) ^ 【試合詳報】GK榎本 5年ぶりピッチ 東京中日スポーツ (2015年8月13日) ^ “偶然”がハマったFC東京の2得点 “必然”で勝利に導いたGK榎本 47NEWS (2015年8月20日) ^ FC東京・榎本が好セーブ「チームは少しずつ成熟している」 サンケイスポーツ (2015年8月23日) ^ 【試合詳報】榎本 痛恨ミス 東京敗退 vs.鹿島 東京中日スポーツ (2015年9月7日) ^ 『F.C.TOKYO MAGAZINE BR TOKYO Vol.13』フロムワン、2015年、19頁。 ^ 榎本達也選手 契約満了のお知らせ FC東京 (2016年11月22日) ^ 榎本達也選手 現役引退および普及部コーチ就任のお知らせ FC東京 (2016年12月25日) ^ 第10回FIFAワールドユース(U−20)選手権大会U−20日本代表登録メンバーおよびスケジュールについて - ウェイバックマシン(2005年11月24日アーカイブ分) 日本サッカー協会 (1999年3月24日) ^ 第13回アジア大会 男子サッカー競技 メンバー - ウェイバックマシン(2005年4月10日アーカイブ分) 日本サッカー協会 (1998年11月24日) 横浜F・マリノスの選手一覧 ヴィッセル神戸の選手一覧 徳島ヴォルティスの選手一覧 栃木SCの選手一覧 FC東京の選手一覧 榎本 達也 - Facebook 榎本達也 - Soccerway.com (英語) 榎本達也 - FootballDatabase.eu (英語) 榎本達也 - WorldFootball.net (英語) 榎本達也 - Transfermarkt.comによる選手データ (英語) 榎本達也 - FIFA主催大会成績 (英語) 榎本達也 - J.League Data Siteによる選手データ PLAYER'S INTERVIEW FILE 092 榎本達也選手 (1/3) - ウェイバックマシン(2005年1月11日アーカイブ分) - Jリーグ選手協会 同上 (2/3) - ウェイバックマシン(2005年1月11日アーカイブ分) 同上 (3/3) - ウェイバックマシン(2005年1月12日アーカイブ分) TOKYO MANIA Connect - 182ch (2015年8月7日) プロフィール - ウェイバックマシン(2012年12月16日アーカイブ分) - 榎本達也公式サイト プロフィール (2006年) - ウェイバックマシン(2006年11月29日アーカイブ分) - 横浜F・マリノス プロフィール (2007年) - ウェイバックマシン(2007年10月25日アーカイブ分) - WEBサッカーマガジン プロフィール (2010年) - ウェイバックマシン(2010年3月7日アーカイブ分) - ヴィッセル神戸 プロフィール (2012年) - ウェイバックマシン(2012年7月18日アーカイブ分) - 徳島ヴォルティス プロフィール (2013年), (2014年) - 栃木SC プロフィール (2016年) - ウェイバックマシン(2016年7月11日アーカイブ分) - FC東京 表 話 編 歴 92: 三浦知良 93: ビスマルク 94: ビスマルク 96: サントス 97: ジョルジーニョ 98: 川口信男 99: 渡辺毅 00: 中田浩二 01: 榎本達也 02: 小笠原満男 03: 田中達也 04: 土肥洋一 05: 立石智紀 06: 水野晃樹 07: 安田理大 08: 高松大樹 09: 米本拓司 10: 前田遼一 11: 大迫勇也 12: 柴崎岳 13: 工藤壮人 14: パトリック 15: 小笠原満男 16: 李忠成 17: 杉本健勇 18: 杉岡大暉 19: 新井章太 20: レアンドロ 21: 稲垣祥 22: ソティリウ 23: 前寛之 24: ランゲラック 表 話 編 歴 1 南雄太 2 金古聖司 3 山口智 4 戸田和幸 5 宮本恒靖 6 明神智和 7 稲本潤一 8 廣山望 9 福田健二 10 古賀誠史 11 山下芳輝 12 古賀正紘 13 小野伸二 14 石井俊也 15 中村俊輔 16 榎本達也 17 中谷勇介 18 手島和希 19 市川大祐 20 高原直泰 監督 フィリップ・トルシエ 表 話 編 歴 1 榎本達也 2 手島和希 3 辻本茂輝 4 石川竜也 5 加地亮 6 稲本潤一 7 酒井友之 8 小笠原満男 9 高原直泰 10 本山雅志 11 遠藤保仁 12 中田浩二 13 小野伸二 14 永井雄一郎 15 高田保則 16 播戸竜二 17 氏家英行 18 南雄太 監督 フィリップ・トルシエ
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2024/11/11 12:01更新
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