水野晴郎の情報(みずのはるお) 映画評論家 芸能人・有名人Wiki検索[誕生日、年齢、出身地、星座]


水野 晴郎さんについて調べます
■名前・氏名 |
水野晴郎と関係のある人
愛川欽也: 同年には第13回参議院議員通常選挙出馬中の水野晴郎の代役として、彼の復帰まで短い間だったが、『水曜ロードショー』の解説を担当。 西田和昭: 水野晴郎の映画情報(日本テレビ他) - 司会 火野正平: 2021年、映画『罪の声』で第30回日本映画批評家大賞授賞式でゴールデン・グローリー賞(水野晴郎賞)を受賞した。 コシノジュンコ: 1996年 水野晴郎監督映画『シベリア超特急』衣裳 荻昌弘: 1991年、水野晴郎により発起された日本映画批評家大賞には「ダイヤモンド大賞(荻昌弘賞)」が設けられている。 木村奈保子: かつては淀川長治、高島忠夫、荻昌弘、水野晴郎などと共にテレビのゴールデンタイム枠の映画番組で映画解説者を務めた。 三田佳子: 2003年に、デビュー時から親交のあった水野晴郎が復帰の手助けとして、自身の映画『シベリア超特急3』の主演に起用、その後は映画『海猫』、テレビドラマ『いま、会いにゆきます』など仕事を再開し、2007年9月16日放送の『ひまわり〜夏目雅子27年の生涯と母の愛〜』で、仲間由紀恵とダブル主演する。 原田佳奈: 同時期に放映された「カワズ君の検索生活」で水野晴郎に就活をし、作品を残したことで話題になった。 みうらじゅん: 『シベリア超特急』(水野晴郎監督・脚本・主演) 荒木一郎: 第31回 日本映画批評家大賞 ゴールデン・グローリー賞(水野晴郎賞) 真柄佳奈子: シベリア超特急3(2003年、水野晴郎事務所、水野晴郎監督)- 宮城和世 役 武田梓: シベリア超特急5(2005年、水野晴郎監督)和代役 有村昆: ラジオ番組パーソナリティーや、雑誌やテレビ番組などで映画コメンテーターなどを務め、B級映画に特色したバカデミー協会を自ら主宰し、近年はSID ARIMURA(水野晴郎命名)名義で映画監督を務める。 今別府直之: 他にも水野晴郎、北大路魯山人、矢野・兵動の兵動、(顔が似ていると言うだけで)猪瀬直樹、枝野幸男の物真似を披露している。 花柳小菊: 「水野晴郎と銀幕の花々」(近代文芸社。 関根勤: 水野晴郎 戸田奈津子: ある時、ユナイト映画でビジネスレターのタイプの仕事をしていたところ、当時宣伝部長をしていた水野晴郎から映画関係者が来日するので急遽通訳が必要になったとして通訳の仕事を任されることになった。 カーク=ダグラス: 1966年、フジテレビ系列の番組『スター千一夜』に水野晴郎とのインタビューに応える形で出演し、その後1975年から1980年まで、味の素ゼネラルフーヅ(現:味の素AGF)のインスタントコーヒー「マキシム」のCMキャラクターに起用された。 西田和昭: 西田和昭・中野ダンキチのまだまだ話すぞシベ超&マイク(2008年9月28日)ゲスト:林家ペー ※水野晴郎追悼企画 長嶝高士: 焼きたて!!ジャぱん(水野晴郎) しあつ野郎: 他の物真似のレパートリーには、木村明浩(バッファロー吾郎)、ケンドーコバヤシ、宮川大輔、ジョン・カビラ、アジャ・コング、水野晴郎、レイザーラモンRG、今別府直之、などがある。 杉井ギサブロー: 放送の際には『金曜ロードショー』で映画解説を担当する映画評論家の水野晴郎によって企画者だった事実も紹介されていた。 西田和昭: 『お笑いスター誕生』(日本テレビ)のオープントーナメント・サバイバルシリーズ出場時、審査員に水野晴郎がいた。 荻昌弘: 月曜ロードショーの解説者を長年務め、その落ち着いた語り口から、淀川長治、水野晴郎と並んで名解説者として知られた。 みうらじゅん: 『シベリア超特急』が縁で交流のある水野晴郎が世話人を務める日本映画批評家大賞では2004年度に功労賞を受賞。 |
水野晴郎の情報まとめ

水野 晴郎(みずの はるお)さんの誕生日は1931年7月19日です。岡山出身の映画評論家のようです。

映画、父親、家族、現在、卒業、事故、母親、テレビ、事件、姉妹に関する情報もありますね。2008年に亡くなられているようです。
水野晴郎のプロフィール Wikipedia(ウィキペディア)水野 晴郎(みずの はるお、1931年〈昭和6年〉7月19日 - 2008年〈平成20年〉6月10日)は、日本の映画評論家、映画監督、タレント。倉敷芸術科学大学教授、大阪芸術大学客員教授。 映画監督としてはMIKE MIZNO(マイク・ミズノ)の名義を使っていた。出生時の本名は水野 和夫(みずの かずお)であったが、山下奉文陸軍大将への尊敬の念と、自ら製作・監督し山下を演じた『シベリア超特急』シリーズへの愛着から、戸籍上の本名を山下奉文と一文字違いの山下奉大(やました ともひろ)に改名した。日本アカデミー賞の発案者。 1931年(昭和6年)7月誕生。戸籍では19日の生まれだが、両親が「17日だったよ」と言っていたような気がするとも述べている。高梁の生まれと自著に記しているが、父親が赴任先の満洲に家族を呼んだため岡山で生まれたのか満洲で生まれたのかもはっきりしないと明かしている。少なくとも2歳からは満洲で、5歳からは内蒙古、戦争が激化して再び満洲へと移ったが、太平洋戦争後は母の故郷である岡山県に引き揚げた。家計を助けるべく働いたため旧制高梁中学(現・岡山県立高梁高等学校)に2年しか通えておらず、高梁高等学校(夜間部)(現在の岡山県高梁市立松山高等学校)に通い1952年(昭和27年)に卒業した。 高校卒業後、郵便局職員(当時は国家公務員)となり、「紙幣捌きの名人」と称されていた。 青年期には岡山から大阪・神戸市・姫路の映画館に通っていた。この頃、慶應義塾大学の通信課程に入学。また郵便局に勤めている間の1955年(昭和30年)頃に父親が感電事故で亡くなっている。 映画との出会いは戦後であった。太平洋戦争中は軍人として死ぬことを教育されていた水野は敗戦後の価値観の変化に戸惑い、アメリカからもたらされた民主主義の意味を理解できなかった。そのときに出会ったのがアメリカ映画だった。 「民主主義というのはこういう面白い映画をみんなが自由に撮れて、みんなが自由に観ることのできる社会なんだ!」そしてこの出会いは水野の人生そのものを決めることになったのであった。 東京に出て淀川長治の「映画の友」友の会に参加。淀川からは「水やっこ」と呼ばれて目をかけられた。会では日野康一らと出会った。 1956年(昭和31年)、20世紀フォックス映画にアルバイトとして採用され、のち正社員となって宣伝部で働いた。5年後に日本ユナイト映画にヘッドハンティングされ宣伝総支配人となった。ユナイト映画在籍時、ビートルズの主演映画『ビートルズがやって来る ヤァ!ヤァ!ヤァ!』や『史上最大の作戦』『真夜中のカーボーイ』『夕陽のガンマン』、『追想』、危機一髪を意図的に誤記した『007/危機一発』などの日本語題を考案したのは水野だという説がある。ただし「危機一発」については、1956年の東映映画『御存じ快傑黒頭巾危機一発』があり、以前から使われていたという意見もある。1972年に独立。 この間、1960年代には本名の水野和夫名義で、また独立後は水野晴郎名義で、『スクリーン』『キネマ旬報』『映画評論』などの映画雑誌に映画評などを多数執筆した。特に『映画評論』では、「娯楽映画」として批評の対象外だった監督たち、加藤泰や沢島忠、深作欣二らをその活動初期から高く評価した。また『スクリーン』には2000年代前半ごろまで「水野晴郎対談」や「アカデミー賞受賞作に見るアメリカ映画の楽しさ」など多数の連載を持っていた。 1958年(昭和33年)、母親が心臓発作で亡くなり、3人の弟と年の離れた妹を東京に引き取る。 1962年(昭和37年)に慶應義塾大学文学部を9年かけて、通信教育課程を経て卒業。文学士。 独立後は1972年10月4日から、日本テレビ系の映画番組『水曜ロードショー』の解説を担当。一方、自身の会社「インターナショナル・プロモーション」で、アルフレッド・ヒッチコックの『バルカン超特急』など、ヨーロッパ映画の配給を行った。 番組の中で水野が発する「いやぁ、映画って本当にいいもんですね~」(他に「面白いもんですね~」や「素晴らしいもんですね~」「楽しいもんですね〜」も)というセリフは定着し、お茶の間の人気を集めることとなった。本人によれば、『水曜ロードショー』で1974年4月3日に放送した『シェーン』の解説で使ったのが最初で、番組の最後に時間が余った際「もう一言付け加えて」と担当者から言われ、とっさに出た言葉がこれだった。 解説者に起用されたのは、番組プロデューサーによると「クルーカットに口髭という一目で覚えられる風貌だったことが採用の決め手になった」とのこと。そのため収録時は口髭をメークで強調。当初はカメラの前で極度に緊張しNGを連発していた。本番前にココアや豆乳を飲むことで気持ちを落ち着かせるなど、慣れるまでは苦労の連続だった。 著作『母の愛 そして映画あればこそ―夢と希望を追い続けたわが60年』において「世界の警察を取材するために海外へ渡るときは解説を何本かまとめ撮りしていた」と述べている。映画評論の仕事で多忙を極め、時間がなかったことから2本の映画を同時に見たこともあり、「話の内容分かりますか?」と尋ねられ「2本とも分かりませんでした」と答えている。 また、番組開始時はフィルム撮影だったためNGを出すとフィルムを廃棄して頭から撮り直しになるので「いつか上手くなって一発で決めよう」と意気込んでいたが、そうなる前の1978年10月に「撮り直しの利くビデオ撮影に切り替わった」と当時を振り返っている。 1978年から日本アカデミー賞が開催されるが、同賞は水野が「映画の素晴らしさをさらに盛り上げる祭典」と発案し、松竹・東宝・東映のトップや日本テレビのプロデューサーへ持ち掛けて準備を進めていたが、途中から電通が仕切ることになり、水野は会員として投票する立場となった。 1983年6月、初の拘束名簿式比例代表制による選挙が行われた第13回参議院議員通常選挙比例代表区に、新自由クラブと社会民主連合が結成していた統一会派「新自由クラブ民主連合」から名簿順位第3位で出馬したが、新自由クラブ民主連合が獲得したのが田英夫の1議席にとどまったため落選した。 選挙出馬のため、『水曜ロードショー』の解説を1983年6月から降板していたが、1985年4月に復帰。担当番組が『金曜ロードショー』に変わった後も1997年3月までのべ24年半に渡って解説を続けた。 しかし、自身の嗜好に合わない娯楽性の強い日本映画を放映する傾向が強まり『金曜ロードショー』を降板。解説を降りたあとも、日本テレビの深夜の映画番組『麹町名画座』において、自身の嗜好に沿った映画を放送、「館主」名義で解説を5年間続けた。なお、『シベリア超特急』の上映会がアメリカで開かれた際に渡米していた2000年の途中からは水野の解説なしで同番組が放送されていた。水野はこの間、雑誌『スクリーン』の連載「アカデミー賞受賞作にみるアメリカ映画の楽しさ」も休載している。 1992年には日活の創立80周年記念作品『落陽』に山下奉文役で映画俳優に挑戦。この起用は、軍服姿の水野の風貌が山下奉文に酷似していたからであった。これが4年後の『シベリア超特急』に繋がることになる。2004年の映画『下妻物語』では、「主人公の白百合イチゴがコンビニで水野晴郎を見かける」という設定で本人役で友情出演していた。登場時には『シベリア超特急』のロゴが大きく印刷された白のスウェットシャツを着ていた。 「ウィズダム」を設立し、映画評論の仕事以外にもMGMのミュージカル『雲流るるはてに』、カトリーヌ・ドヌーブ主演『銀行』など海外名作映画の輸入配給、テレビ番組の製作を手がけた。2004年には秋田県のシネマコンプレックス・パンテオンシネマズAKiTAをプロデュース。サンテレビの映画番組『ドリームシアター』においても2006年に体調不良により降板するまで解説を担当した。 α-Stationの番組『CHUMMY TRAIN』では、2003年6月20日に水野が番組ゲストに呼ばれたときに収録した「いやぁ、チャミトレって本当にいい番組ですね〜」というジングルを2020年秋まで番組のオープニングで使用していた。 この他、KEEP「水野晴郎のDVDで観る世界名作映画」やカバヤ食品「水野晴郎シネマ館」など一部の発売業者による激安DVDにおいて、解説を担当した。 訃報 映画評論家の水野晴郎さん 晩年の2000年代前半には体重の増加で肝臓が悪くなっており、骨粗鬆症にもなっていた。2004年に映画の撮影中に背骨を骨折したり、2006年1月には吐血して意識不明になったりしたこともあった。2007年6月29日、映画の試写室で階段を踏み外して転倒し、2004年と同じ箇所を圧迫骨折。全治3か月の重傷を負い、同年10月にクランクインするはずだった『シベリア超特急』シリーズ最終作の撮影も延期された。周囲が心配していた矢先、同年12月13日に自宅で転倒。肋骨を折り、動けずにいたところを所属事務所関係者に発見され、入院。2008年4月頃にはペンすら持てなくなったが、それでもなお口述筆記で製作活動を続けたほか、長年の夢であった「水野晴郎映画塾」を立ち上げた。 2008年6月10日15時5分、肝不全で死去。76歳没。最後の仕事は江頭2:50の著書『エィガ批評宣言』の帯のコメントであり、最後に観た映画は『ホット・ファズ -俺たちスーパーポリスメン!-』である。生涯独身であり、葬儀は親族で行われた。7月17日、水野自身が創設した「日本映画批評家大賞」主催の偲ぶ会が品川プリンスホテルにて開催された。 1996年からは『シベリア超特急』シリーズで映画監督としてデビューした。監督名義は「MIKE MIZNO」となっている。同映画はその奇天烈な内容から、「シベ超」の愛称で、一部の映画ファンからカルト的な人気を得て大人気シリーズとなっている。死去のとき準備中であった最終作は、台本はできあがっており、シリーズ出演者の西田和昭らが何かしらの形で完成させる意向を示している。 警察マニアでもあり、国際警察官協会の日本支部会長を務めていた。アメリカで保安官補(実際に活動する執行官)の体験勤務をしたり、パトロールカーのサイレン音を集めたレコード『世界のパトカー』をプロデュースし発売したこともあった。 警察学校で警官の昇進に関わる本格的な講義を受け持ったり、日本各地の警察、警察大学校で講演したこともあった。警察庁長官からは表彰を受けている。本業の映画解説にも米国警察や司法制度に精通する一面が随所で発揮された。 かつては『水曜ロードショー』『金曜ロードショー』で放送される本編の映画が93分未満で放送時間が余った際、映画とは関係のない水野の警察関係のコレクションや記念写真がミニコーナーとして放送されることもあった。 アメリカのパシフィック・ウエスタン大学より「警察学博士」号を授与されている。ただし、同大学はいわゆるディプロマミルの一種である。 なお、日本の警察のパトロールカーが用いるパトライトに、アメリカのように散光式警光灯(バーライト)を採用するよう提案したのは自分であると水野本人が語っている。当時日本のパトカーにはルーフの中央に水平回転式・筒状の赤色警光灯がぽつんと取り付けてあるだけだったが、水野はアメリカで目にした大型の警光灯を見て「これだ」と思い、これをかねてから交流のあった警視庁のトップに提案したところ採用に至ったという。アメリカでは使用できるパトランプの色は赤・青・橙など各色あるが、日本では緊急自動車に関する法令で赤と決められていたため、赤色のまま形状だけが同じものとされた。 警察マニアとしての知名度から、1978年の東映映画『多羅尾伴内』に、警察署長役で出演したことがある。また、1997年のNHK朝の連続テレビ小説『あぐり』にも、主人公のモデルとなった吉行あぐりと同じ岡山出身ということもあって、これも警察署長役で出演している。 水野の弟子として、元漫才師の西田和昭(西田和晃、愛称「ぼん」)がいる。『シベリア超特急』シリーズに出演したほか、公私共に水野の片腕として重用された。水野晴郎事務所のウェブサイト上に、入浴をともにしている写真が掲載されていたこともあり、おすぎからは「(西田が)まるで恋人みたい」と言われるほどであった。西田は現在もタレント、喜劇役者として活動している。 そのほか占野しげる、中野ダンキチらが水野ファミリーの一角をなす。 『映画のわかる本』(広済堂出版、1976年) 『いやあ!映画って本当にいいもんですね』(渓声社、1977年) 『いやあ!映画って本当にいいもんですね(続)』(渓声社、1977年) 『ザ・お巡りさん:世界の警察直撃取材』(渓声社、1978年) 『映画について語りましょう:水野晴郎対談集』(近代映画社、1978年) 『水曜日は映画の気分』(冬樹社、1981年) 徳大寺有恒・斉藤忠直著、水野晴郎監修『パトカー図鑑:世界の警察カタログ』(ワールドフォトプレス、1979年) 『わが応援歌 : 鮮烈にとらえた警察官・真実の姿 続』立花書房、1981年6月1日。NDLJP:11975226。 『アメリカン・ポリス体験旅行』早川書房、1981年11月15日。NDLJP:11931726。 『ザ・お巡りさん(続):第一線警察官への手紙』(渓声社、1981年) 『パトカーで駆けめぐるニューヨークの昼と夜』近代映画社、1982年6月15日。NDLJP:11931287。 『世界の警察』(警察時報社、1985年) 『映画がいっぱい』(日本テレビ放送網、1985年) 『映画がいっぱい. 2』(日本テレビ放送網,1986年) 水野晴郎ほか『日本のスター:インタビュー』(キネマ旬報社、1986年) 『世界のお巡りさん24時』(読売新聞社、1988年)ISBN 4643881054 『ハリウッド100年』(勁文社、1990年)ISBN 4766912063 『水野晴郎の映画365』(日本テレビ放送網、1990年)ISBN 482039018X 『映画の旅はロマンでいっぱい』(ミリオン書房、1991年)ISBN 4943948499 『母の愛、そして映画あればこそ…:夢と希望を追い続けたわが六十年』(近代映画社、1991年)ISBN 4764816709 『ビデオで観る100本の洋画』(PHP研究所、1992年)ISBN 4569535550 『水野晴郎のわが映画人生』(近代文芸社、1994年)ISBN 4773331518 『水野晴郎と銀幕の花々:日本映画の大女優たち』(近代文芸社、1996年)ISBN 4773350334 『シベリア超特急連続殺人事件』(七賢出版、1996年)ISBN 4883043142 水野晴郎監修『シベリア超特急ファンブック』(ソニー・マガジンズ、2002年)ISBN 4789718875 『イヤ~、警察ってほんとうにいいですネェ』(月刊ラジオライフ、三才ブックス) - 米国と欧州の警察への訪問記。1981年12月号から1982年4月号までの全5回。 ビートルズがやって来るヤァ!ヤァ!ヤァ! 史上最大の作戦 真夜中のカーボーイ 夕陽のガンマン 007/危機一発 女王陛下の007 夜の大捜査線 チキ・チキ・バン・バン 華麗なる賭け 眼下の敵 卒業 多羅尾伴内(1978年) - 警察署長役 サイキックビジョン 邪願霊 〜狙われた美人キャスター〜(1989年) - オリジナルビデオ、特別出演 落陽(1992年) - 山下将軍役 ちぎれ雲〜いつか老人介護〜(1998年) - 三井昌彦役 近未来蟹工船 レプリカント・ジョー(2002年) LADY DROP レディ・ドロップ(2003年) - 警察総監役 下妻物語(2004年) - 本人役、カメオ出演
シベリア超特急・番外編 欲望列車 チカンはイカン(2005年) - 本人役
「影の伝説」真田幸村の死闘(2005年) - 真田昌幸役
ケータイ刑事 THE MOVIE バベルの塔の秘密〜銭形姉妹への挑戦状(2006年) - そば屋の客役(カメオ出演) ケータイ刑事 THE MOVIE2 石川五右衛門一族の陰謀〜決闘!ゴルゴダの森(2007年) - 水野警視長役 0093 女王陛下の草刈正雄(2007年) - カメオ出演
ギララの逆襲/洞爺湖サミット危機一発(2008年、松竹、河崎実監督)
2004年公開の映画『クレヨンしんちゃん 嵐を呼ぶ!夕陽のカスカベボーイズ』においては「マイク」という彼をモデルにしたキャラクターが登場する。2017年公開の映画『クレヨンしんちゃん 襲来!!宇宙人シリリ』でも、同様のキャラクターが街頭インタビューのシーンで登場し、『夕陽のカスカベボーイズ』のセリフが一部使われた。 お笑いスター誕生!!(日本テレビ系) - 審査員 欽ちゃんの爆笑仮装コンテスト 第○回全日本仮装大賞(日本テレビ系) - 審査員 うそつきクイズ(日本テレビ系) - 解答者 木曜スペシャルのリー特集(日本テレビ系) - 司会 クイズ スクエア(日本テレビ系) - 司会 カバヤ食品の紹介番組 - 案内役 TNNシネマ(テレビ新潟) BBTシネマパラダイス(富山テレビ) MMTミッドナイトシネマ(ミヤギテレビ)- 案内役(占野しげると共演) ドラバラ鈴井の巣『VS 〜禁断の対決企画〜』(北海道テレビ放送) - 審査員 『大江戸捜査網』第571話「牢破り 皆殺しの包囲網」(1982年、テレビ東京/ヴァンフィル) - 中津川隼人正 『家政婦は見た!』 第14作「憧れの大女優 私生活の派手な秘密!虚飾と欲望に一族が乱れる」(1995年、テレビ朝日系) - 映画解説者 役 『セーラー服反逆同盟』第12話「落ちこぼれ名門高校マル秘作戦」(1987年、日本テレビ系列) - 日下 連続テレビ小説(NHK総合)
『てるてる家族』第84回(2003年 - 2004年) - パン屋の主人 『ラブ・ジャッジ』(TBS系列) 『はいからさんが通る』(フジテレビ系列) Gackt ありったけの愛で 水野晴郎のビデオるラジオ(TBSラジオ) ベスト電器(1978年) リーバイス(1979年ごろ) ソニー「ベータマックス」(1980年代前半) グリコ協同乳業「プッチンプリン」(1984年、ゴジラ映画鑑賞編。映画を見ながら感極まるミニラを慰める役どころ) サニーペット(1985年) 日産自動車(1991年、業界熱血宣言3編) ゴールデンアイ 007(NINTENDO 64用テレビゲームソフト。浜村淳との共演) NTT東日本フレッツ光・こちら116(ハリウッド映画)篇(SMAP中居・草彅との共演)2008年1月 - コロナグループ ロッテ「ハリウッドフェスティバル」 参天製薬「サンテドウ」 十八盛酒造 (岡山県ローカル) カプコン「デビルメイクライ」2001年(PlayStation 2用ゲームソフト。) ^ ※懸賞に関する告知のため、CMエンドの5秒間のみ出演。 ^ 日本紳士録第八十版 ^ 長野辰次 (2009年2月24日). “水野晴郎の遺作『ギララの逆襲』岡山弁で語った最後の台詞は......”. 深読みCINEMA コラム【パンドラ映画館】Vol.03. 日刊サイゾー. 2017年9月20日閲覧。 ^ 1931年当時、高梁市はまだない。 ^ ソニー・マガジンズ 2002, p. 148. ^ 『日本紳士録』第八十版では出生地が満州。 ^ ソニー・マガジンズ 2002, p. 149. ^ “校長挨拶”. 岡山県高梁市立松山高等学校. 2021年10月20日閲覧。 ^ 水野 1991, p. 48. ^ 水野 1991, p. 213. ^ 1949年(昭和24年)生まれの妹が小学校一年の入学直前のこと。ただし1958年(昭和33年)の母の死を小学校六年の卒業直前としており計算が合わない。 ^ 早稲田大学人物研究会. “水野晴郎 (1998年講演)”. 2020年11月7日閲覧。 ^ 『水曜日は映画の気分』で満洲時代に映画(時代劇や戦意高揚映画など)を見たと書かれている。 ^ 浦崎浩實「映画人、逝く 水野晴郎」『キネマ旬報』2008年7月下旬号、キネマ旬報社 ^ 佐藤忠男、岸川真編著『『映画評論』の時代』(カタログハウス、2003年) ^ 映画評論家、水野晴郎さん死去 - ウェイバックマシン(2008年6月14日アーカイブ分) ^ 「慶應義塾大学 学位(学士)名称」より ^ スポーツ報知 2008年6月12日付紙面。詳しい経緯に関しては、1997年頃にスポーツニッポンのインタビューで報じられている ^ 早稲田大学人物研究会. “水野晴郎 (1998年講演)”. 2020年11月7日閲覧。 ^ カバヤ、水野晴郎が選んだ洋画を同梱する「DVD付きお菓子」-洋画1本をすべて収録し、価格は315円 Impress AV Watch 2004年6月25日 ^ 水野晴郎さん死去、映画に情熱捧げた生涯 日刊スポーツ、2008年6月11日 ^ “怪獣好きは涙なしに笑えない!? ツボを押さえた怪獣バカ映画『ギララの逆襲 洞爺湖サミット危機一発』”. マイナビニュース (2008年7月25日). 2016年9月7日閲覧。 ^ 水野晴郎 - オリコンTV出演情報 水野晴郎『母の愛、そして映画あればこそ…』近代映画社、1991年7月15日。 「水野晴郎監督 バイオグラフィック・インタビュー」『シベリア超特急ファンブック』ソニー・マガジンズ、2002年12月27日。 岡山県出身の人物一覧 水野晴郎シネマ館 我等の生涯の最良の年 - 『ナインティナインのオールナイトニッポン』2003年8月21日放送のゲストコメントにて「僕の一番心に残る一本」「僕の人生を変えた映画」として本作を挙げている。 コサキン - 小堺一機と関根勤のコンビ。2人がパーソナリティを務めたTBSラジオ『コサキンDEワァオ!』でリスナーからの水野に関するネタのはがきを紹介し、番組では「晴郎ちゃん」「ピーチエンジェル」と呼ばれていた。同番組で芸能人・著名人を題材としたギャグのネタとしては宇津井健に次く最多記録であった。 加藤茶 - 『8時だョ!全員集合』の学校コントで、水野の映画評論を真似て英語の難しさを語るネタを披露していた。 HAPPY CINEMA TIME 水野晴郎公式ブログ 映画って素晴らしい!! 水野晴郎の公式ページ - ウェイバックマシン(2008年11月2日アーカイブ分) 水野晴郎シネマ館の紹介 シベ超の車窓から 水野晴郎 - allcinema 水野晴郎 - KINENOTE 水野晴郎 - 日本映画データベース Haruo Mizuno - IMDb(英語) 表 話 編 歴 小堺一機 関根勤 コサキンDEワァオ!(JUNK - UP'S - 恋する電リクBINGO BONGO)◆ コサキン無理矢理100%(スーパーギャング)◆ コサキンワールド(「進め!おもしろバホバホ隊」に内包)◆ ザ・欽グルスショー◆ るんるんナイト ワオ!◆ 夜はともだち◆ ぎんざNOW!◆ コサキン勝手にごっこ◆ パパ大好き!◆ コサキンルーの怒んないで聞いて!!◆ コサキンDEラ゛ジオ゛!◆ コサキン道中 ぶらっぶらっぶらっ!◆ コサキンのラジオごっこ コサキン・天海の超発掘!ものまねバラエティー マネもの TBSラジオ TBSテレビ 日本テレビ フジテレビ BS朝日 BSフジ 鶴間政行 有川周壱 舘川範雄 楠野一郎 ルー大柴 ラッキィ池田 宇津井健 水野晴郎 関根麻里 水木一郎 斉藤洋美 星野源 飯尾和樹 キャイ〜ン 小堺クンのおすましでSHOW カンコンキンシアター 浅井企画 興陽館 ラジオパラダイス 芳賀書店 オタンコ学園 表 話 編 歴 小堺一機のプレミア・ナビ - かたらふSP 小堺一機のおうちで〜CINEMA〜 欽ちゃんのどこまでやるの!? - ばらえてい テレビファソラシド - NTV紅白歌のベストテン - ザ・トップテン - ザ・ヒットステージ - そーっと歌ってみよう→わがまま気ままベストワン!! - さんま・一機のその地方でしか見られない面白そうな番組を全国のみんなで楽しく見ちゃおうとする番組 - 今夜は最高! - ライオンのいただきます - ライオンのごきげんよう - コサキン勝手にごっこ - 噂的達人 - さんま・一機のイッチョカミでやんす - 笑うと泣くぞ…ダハ! - 一攫千金!!スーパーマーケット - 小堺一機の恋愛専科 色恋ざうるす - クイズいたずら大王! - 痛快!いたずらジャジャンボ - 今夜もイッキに大回転!! - サイコの晩餐 - コサキンルーの怒んないで聞いて!! - 王様のブランチ - 買物王 - パワーパフガールズ - 明石家ウケんねん物語 - 明石家さんまのフジテレビ大反省会 - シネマ・パラダイス - 悠遊!オフタイム - お台場明石城 - 爆笑100分テレビ!平成ファミリーズ - 時空間☆世代バトル 昭和×平成 SHOWはHey! Say! - コサキン道中 ぶらっぶらっぶらっ! - かたらふ〜ぼくたちのスタア〜 - サタデープラス - ごごウタ - アプリで生判定!地域創生プレゼンバトル - 超特大バラエティー!!タケちゃんのFNS'97 こんな事で日本は熱く!ワクワク!燃えちゃったスペシャル!! コサキンDEワァオ! - 小堺一機のサタデーウィズ - 小堺一機の美女対談 - 日立ハローサタデー・マジカルチャンネル・小堺一機のヤングプラザ - 世の中面白研究所 - 小堺一機と渡辺美里のスーパーオフショット - 一機と久実の長いつきあい お笑い第二世代 - 浅井企画 - コサキン - 代々木上原 - 土肥温泉 - 小堺クンのおすましでSHOW 萩本欽一 - 関根勤 - 小堺翔太 表 話 編 歴 ピタゴラスイッチ「こんなことできません」 - さんま・玉緒のお年玉あんたの夢をかなえたろかスペシャル - ミライ☆モンスター→ライオンのミライ☆モンスター - 昭和歌謡ベストテンDX シン・ラジオ -ヒューマニスタは、かく語りき- お笑いダンクシュート - 第58回NHK紅白歌合戦 - 赤い激突 - ディープピープル - ハッチポッチステーション - 金曜10時!うわさのチャンネル!! - カックラキン大放送!! - ズームイン!!朝! - スター誕生! - 11PM - 5時SATマガジン - コサキン勝手にごっこ - あきれた刑事 - クイズ世界はSHOW by ショーバイ!! - ヒューヒュー - ダウンタウンDX - 即席!明るい改造計画 - ともさか家の憂鬱 - Gyu!と抱きしめたい! - ピカイチ - ジャパン☆ウォーカー - 最強魂 - くりぃむしちゅーのたりらリラ〜ン - ZIP! - ぎんざNOW! - クイズ列車出発進行 - ミラクルTV大出動 - ぴったし カン・カン - パパ大好き! - わくわく動物ランド - おちゃのこサイサイ - クイズ!おみごと日本 - オールスター感謝祭 - コサキンルーの怒んないで聞いて!! - さんまのからくりTV → さんまのSUPERからくりTV(明石家さんまの芸能人かえうた王決定戦SP) - ジャングルTV 〜タモリの法則〜 - 王様のブランチ - チャンスの殿堂! - 爆笑問題のバク天! - 笑える新世代の逆襲 よくできたネタ!テン - 森田一義アワー 笑っていいとも! - 笑っていいとも!増刊号 - 笑っていいとも!特大号 - オレたちひょうきん族 - ライオンのいただきます - FNSの日(FNSスーパースペシャルテレビ夢列島・平成教育テレビ・FNS27時間テレビ)- 邦ちゃんのやまだかつてないテレビ - クイズ!早くイッてよ - 関根&ルーの!クイズサクセス - ウッチャンナンチャンのやるならやらねば! - クイズ!年の差なんて - TVクルーズ となりのパパイヤ - よ!大将みっけ - 芸能界大ボケだらけの天才クイズ王決定戦 - エンタメゆうえんち 東京移住計画 - 明石家マンション物語 - 明石家ウケんねん物語 - とんねるずのみなさんのおかげでした「博士と助手〜細かすぎて伝わらないモノマネ選手権〜」 - 100%キャイ〜ン! - ファイトマネー - スゴ腕!バウト - ザ・レターズ〜家族の愛にありがとう - もしもツアーズ - タモリのジャポニカロゴス - 100人目のバカ - 奇跡体験!アンビリバボー - 関根勤5ミニッツ・パフォーマンス - 一攫千金!日本ルー列島 - ホンネの殿堂!!紳助にはわかるまいっ - 正直さんぽ(正直女子さんぽ) - 13時ショー - 徹子の部屋 - 欽ちゃんのどこまでやるの!? - パオパオチャンネル - タモリ倶楽部 - さんまのゴメンねわがままで - さんまのナンでもダービー - 史上最強のバラエティ クイズ100万ボルト - 関根&優香の笑うシリーズ - ザ・クイズマン! - ガリレオヒット脳研 - 雨上がり決死隊のトーク番組アメトーーク! - 烈車戦隊トッキュウジャー(烈車戦隊トッキュウジャーVS仮面ライダー鎧武 春休み合体スペシャル) - ペットの王国 ワンだランド - 関根勤&麻里親子の旭山動物園日記 - ウラ関根TV - お茶の間の真実〜もしかして私だけ!?〜 - ザ・逆流リサーチャーズ - 逆流!シラベルトラベル - 仰天クイズ! 珍ルールSHOW - OH!キッチン家族 - 夢通りエプロン亭 - 東京クラッソ!NEO - コサキンDEラ゛ジオ゛! - 昭和歌謡ベストテン - おしえて!家電の神様 - アプリで生判定!地域創生プレゼンバトル - しくじり先生 俺みたいになるな!!(不定期) 第33回 - 第34回 - 第35回 - 第36回 関根勤のTOKYOベストヒット - 全国歌謡ベストテン - コサキンDEワァオ! - 関根勤のカンコンキンラジオ〜ポァ〜ンと聞いてネ!!〜 - 関根勤のカンコンキンラジオ〜オスのラプソディ〜 - 関根勤のスポパラ - 関根勤のランチで元気! - オレたち☆妄想族〜関根勤の頭の中〜 - 烈車戦隊トッキュウジャー THE MOVIE ギャラクシーラインSOS - 烈車戦隊トッキュウジャーVSキョウリュウジャー THE MOVIE - 騒音 行って帰ってきた烈車戦隊トッキュウジャー 夢の超トッキュウ7号 お笑い第二世代 - 浅井企画 - コサキン - 南砂町 - カンコンキンシアター 萩本欽一 - 小堺一機 - 関根麻里 - 鶴間政行 - 有川周一 - K FAST ISNI VIAF WorldCat ドイツ アメリカ 日本 日本の映画評論家 日本の映画監督 日本のタレント 日本の男性アイドル 新自由クラブの人物 社会民主連合の人物 倉敷芸術科学大学の教員 大阪芸術大学の教員 日本の引揚者 過去のサンミュージック所属者 金曜ロードSHOW! コサキン みうらじゅん賞受賞者 文学士取得者 岡山県立高梁高等学校出身の人物 慶應義塾大学出身の人物 岡山県出身の人物 1931年生 2008年没 プロジェクト人物伝項目 2025/04/01 01:37更新
|
mizuno haruo
水野晴郎と同じ誕生日7月19日生まれ、同じ岡山出身の人
TOPニュース
水野晴郎と近い名前の人



話題のアホネイター

この記事は、クリエイティブ・コモンズ・表示・継承ライセンス3.0のもとで公表されたウィキペディアの項目「水野晴郎」を素材として二次利用しています。