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小林健太の情報 (こばやしけんた)
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【4月6日】今日誕生日の芸能人・有名人

小林健太の情報(こばやしけんた) 格闘家/プロレス 芸能人・有名人Wiki検索[誕生日、年齢、出身地、星座]

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小林 健太さんについて調べます

■名前・氏名
小林 健太
(読み:こばやし けんた)
■職業
格闘家
プロレス
■小林健太の誕生日・生年月日
1981年3月12日 (年齢44歳)
酉年(とり年)、魚座(うお座)
■出身地・都道府県
埼玉出身

(昭和56年)1981年生まれの人の年齢早見表

小林健太と同じ1981年生まれの有名人・芸能人

小林健太と同じ3月12日生まれの有名人・芸能人

小林健太と同じ出身地埼玉県生まれの有名人・芸能人


小林健太と関係のある人

雁金準一: また方円社に再入社し、小林健太郎と向二子で十番碁。


松山ケンイチ: ウイニング・パス(2004年) - 主演・小林健太


力櫻猛: 2000年6月にプロレスリング・ノア旗揚げに参加し、小橋建太をリーダーに同期で小橋の付き人・小林健太(現:KENTA)らと(新生)バーニングというチームを結成した。


河合龍之介: TOPLESS(2008年6月7日公開) - 小林健太


川村亮介: モノクロームの少女(2009年8月公開、五藤利弘監督) - 小林健太


小林健太の情報まとめ

もしもしロボ

小林 健太(こばやし けんた)さんの誕生日は1981年3月12日です。埼玉出身の格闘家
プロレスのようです。

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卒業、テレビ、趣味、解散、現在に関する情報もありますね。今年の情報もありました。小林健太の現在の年齢は44歳のようです。

小林健太のプロフィール Wikipedia(ウィキペディア)

KENTA(ケンタ、1981年3月12日 - ) は、日本の男性プロレスラー。埼玉県草加市出身、本名・旧リングネームは、小林 健太(こばやし けんた)。WWEでのリングネームはヒデオ・イタミ(Hideo Itami)。プロレスリング・ノア所属。血液型O型。

修徳高校時代は野球に打ち込みつつ、遠藤光男(日本アームレスリング連盟会長)の主宰するエンドウズジムに入会。卒業にあたり、遠藤にプロレスラー志望の意を伝えると、遠藤が旧知の小橋建太宛に履歴書を送り、「一般公募オーディションに参加するように」との返事を貰ったとされる。

1999年、全日本プロレスが初めて行った一般公募オーディションに参加し合格する。練習初日、余りの練習の厳しさに合格者が次々と倒れこんでいく中、テレビのインタビュアーに「後悔していませんか?」と訊ねられたところ、「いえ、していません」と答えていた。2000年(平成12年)3月11日、後楽園ホールでのバトルロイヤルでプレ・デビュー。合格者7名の中で唯一、同年5月24日に青森県総合運動公園体育館にて、丸藤正道を相手に本名の「小林健太」でデビューする。

デビュー直後の2000年6月16日、三沢光晴が中心となり全日本プロレスから分離し旗揚げされたプロレスリング・ノアに移籍。この頃、小橋がリーダーのユニット「バーニング」が崩壊、初代付き人の金丸義信も小橋から離れたのを機に2代目付き人となり、3代目の潮崎豪に引き継ぐまでの約4年間行動を共にすることになる。

飛び技主体のスタイルで戦っていたが、その路線には天才と名高い丸藤が居たため、いま一つ印象が薄く、当時練習生であった鈴木鼓太郎が自分が出来ない跳び技を軽々やってみせていたことから自分のスタイルに迷いが出てくる。師匠である小橋にオレンジ色を譲り受けるも度重なる怪我で戦列を離れた。自分はジュニア戦士なのだから飛び技を使えなければならないと思い意図的に飛び技を出していたためである。小橋に師事しトレーニングに励み、スタイルもパワーを強調したものになっていった。2002年(平成14年)5月27日、第5代ジュニアヘビー級トーナメント決勝で金丸に肉薄し、それ以降、積み重ねてきたキックボクシングを取り入れたキック中心のスタイルを確立していく。この頃からリングネームも「KENTA」へと改名した。

トップに近づくため、KENTAは丸藤とタッグを組み始める。性格はバラバラで特に仲良くもなかったが、タッグの相性は抜群であり、2003年7月16日、外敵タッグの獣神サンダー・ライガー・村浜武洋組を退け初代GHCジュニアヘビー級タッグ王座を獲得した。丸藤の魅せる動きと受け、KENTAのハードヒットという両極端だが、非常に分かり易いスタイル、そしてルックスの良さから「イケメンタッグ」あるいは両者の名前から「丸KEN」と称されるようになり、多くの女性ファンを呼び込むことに成功した。ただ見た目が良いだけではなく、試合をすれば必ず名勝負を演じ納得のフィニッシュで勝利を掴むことから、同時期のGHCヘビー級王者の小橋と並んで「名勝負製造機」「ジュニア版絶対王者」と賞され、ノアにおけるジュニアの台頭を生んだ。

2004年、「蹴撃七番勝負」を行ったが、初戦のフベントゥ・ゲレーラ以外は全敗という結果に終わる。2戦目の相手小川良成の持つGHCタッグ王座に挑戦を表明していたが、敗れてしまったために小川から鼓太郎とのタッグでGHCジュニアヘビー級タッグ王座挑戦が決定するも、これを返り討ちにする。この実績から三沢・小川組が持つGHCタッグへの挑戦が2004年4月25日に決定した(結果は敗北)。5月7日と8日に行われた第2回ディファカップに丸藤とのタッグで出場。決勝戦でタッグ歴6年を誇る日高郁人・藤田ミノル組と35分24秒にも及ぶ激闘を繰り広げ、最後にはブサイクへの膝蹴りで藤田を撃破し優勝を果たした。6月5日には金丸義信・杉浦貴組に敗れ、約2年に渡り9度の防衛に成功したGHCジュニアヘビー級タッグ王座から陥落。

2005年7月18日東京ドームにて金丸が保有するGHCジュニアヘビー級王座に挑戦し奪取に成功する。

その後、日本国外での防衛戦を経て2006年1月、先輩である丸藤を相手に防衛戦を行い、同年のベストバウト候補に挙がるほどの死闘を繰り広げついに丸藤越えを果たした。この防衛戦の高い評判により。丸藤と共に対ヘビー級路線に駆り出されるようになる。直後の3月には、師である小橋とこれまた激闘を繰り広げるも小橋のリストクラッチ式バーニングハンマーにより敗れた。その後も防衛戦を続けるも、6月杉浦に敗れ1年近く在位していた王座から陥落した。

GHCジュニアヘビー級王座からは陥落したものの、かつてタッグを組んでいた丸藤が2006年9月に秋山を破りジュニアでありながらGHCヘビー級王座を戴冠。同年1月にGHCジュニアヘビー級王座の防衛戦で丸藤に勝利していた経緯から初防衛戦の相手として指名され、初のジュニアヘビー級同士によるGHCヘビー級選手権試合が行われた。1月の試合を超え、プロレス大賞にて2006年のベストバウトに選ばれる程の死闘を繰り広げたものの敗北する。

また2005年末よりアメリカのプロレス団体ROHに定期的に遠征するようになり、当時ROH世界王者だったブライアン・ダニエルソンとライバル関係になる。現地にてROH世界王座に挑戦して敗北することもあったが、2006年12月にノアマット初上陸を果たしたダニエルソンとリマッチを行い初勝利を収めた。

2006年から断続的に続いていた対ヘビー級路線は2007年に入り、森嶋猛とのシングルという形に結実した。2006年12月にSEMで引き分けたことに続き、2007年3月には日本武道館のメインイベントでROH世界王座戦(2007年1月に森嶋がROH世界王者になっていた。)という形で森嶋に挑むも敗北。その後、下記に示す石森太二とのタッグ結成により再びジュニアヘビー級戦線に戻るかと思われたが、対ヘビー級の能力も高く評価されており、アメリカで三沢を相手にGHCヘビー級選手権試合を行ったりする等、時々ヘビー級戦線に参戦している。

2007年初夏頃から石森とタッグを組むようになり、ジュニアヘビー級戦線の活発化のためノア初のジュニアタッグリーグ戦を提唱し実現する(日テレG+杯争奪ジュニアヘビー級タッグ・リーグ戦)。ジュニアヘビー級タッグ王者の鼓太郎&リッキー・マルビンの他、ROHの強豪タッグチーム:ブリスコ・ブラザーズや、丸藤がDDTプロレスリングの飯伏幸太と組んで参戦したことにより大成功を収めた上、王者チームを差し置いて優勝をも果たした。8月にはジュニアタッグリーグ優勝の勢いを駆ってGHCジュニアヘビー級タッグ王座に挑戦するも敗北。

その後しばらく目立った活動は無かったが、2008年3月20日 DRAGON GATE「THE GATE OF GENERATION」大田区体育館大会にて、DRAGON GATEに流出したGHCジュニアヘビー級タッグ王座(王者組:鷹木信悟・B×Bハルク)へ挑戦し、勝利して第9代GHCジュニアタッグ王者になる。しかし7月にはヒールファイトに目覚めた金丸義信・鈴木鼓太郎組に敗れて王座陥落してしまう。ここから両者の抗争がスタートし、2008年のジュニアタッグリーグの優勝決定戦で再び激突し、勝利を収め2年連続の優勝を決めた。

2008年10月にブライアン・ダニエルソンの持つGHCジュニアヘビー級王座に挑戦。勝利を収めて3年ぶりにベルトを巻いた。初防衛戦は世界ジュニアヘビー級王座(全日本プロレスのタイトル)を奪取していた丸藤正道とのダブルタイトルマッチだったが、長年ライバル関係にある両者は一歩とも引かず、GHC史上初の60分フルタイムドローという結果になり防衛に成功する。

2009年5月17日には自身初となるプロデュース興行「CROSS ROAD」を開催し、メインで因縁浅からぬ秋山とシングルマッチを実現させた。KENTAも激闘を展開するが、結果は敗戦。10月28日に第1回ジュニアヘビー級リーグ戦の鼓太郎戦で右ひざ前十字靭帯を断裂し、外側半月板を損傷した。10月31日には負傷に伴う長期離脱のため、GHCジュニアヘビー級王座を返上した。

2011年1月、『The First Navig.2011』が始まると、正パートナー不在のKENTAが金丸とのタッグチーム結成に個人的に興味がある旨の発言をする。これを受け、同月23日のアクロス福岡大会で、金丸がKENTAにタッグを結成するのかしないのかハッキリとするようにリング上でマイクアピールした。KENTAは金丸に耳打ちし、金丸は「分かった」とのみ発言し退場する。このときの発言内容は二人以外には明かされなかったが、後日ある条件を提示したと明かされた。同月29日のツアー最終戦・後楽園ホール大会における第4試合、潮崎豪、小川良成、KENTA組対モハメド・ヨネ、金丸、平柳玄藩組の試合終盤で、KENTAは味方である潮崎と小川を突如攻撃、パイプ椅子による殴打を敢行。直後、金丸や平柳・ヨネと握手、抱擁し、さらには「これからが新しいディスオベイの始まり」とマイクアピールをしチーム加入を宣言した。なお、試合後の控室で先日提示した条件の内容は不明のままであるが、条件は成約したことがKENTAの口から告げられた。3月5日、有明コロシアム大会のディスオベイ対健介オフィスの8人タッグマッチで、試合途中で仲間割れを起こし、モハメド・ヨネをKENTAが椅子攻撃、続いて金丸とKENTAが二人の得意技を見舞った。嫌がる平柳にも無理矢理ヨネへ椅子攻撃をするよう促し敢行させた。マイクアピールでKENTA・金丸・平柳で新たにチームを結成する旨を宣言した。なお、以前に金丸に提示した加入の条件はヨネを外すことであると明かした。3人はヨネ排除の理由として、ヨネは中途半端でイメージが悪いためとしている。後日、金丸・KENTA・平柳の新チームの名称はノー・マーシー(No Mercy)であると発表され、追放したヨネと抗争を展開する。4月にヨネ対NO Mercy3番勝負が行われ、第1試合で平柳、第2試合で金丸に勝利したヨネに第3試合で激突。疲労困憊の状態だったヨネに快勝した直後にKENTAはマイクを握り、NO Mercy設立の根本的理由を話した後、NOAHが不況に陥っていながらも、現場の状況を見ようともせずに憤然とNOAHのフロントを牛耳っている仲田龍GMを名指して、「さっさとフロントから退け!」と言い放ち、NOAHの開拓と仲田GMへの宣戦布告を宣言した。6月11日、ヨネと再び対戦するも、ヨネの断崖式キン肉バスターでエプロン際に設置された机に脳天から落下、まさかの失神を起こしレフェリーストップによる敗北を喫した。6月26日、高山善廣・佐野巧真組と対戦(パートナーは金丸)、高山が佐野をエベレストジャーマンで裏切りNO MERCY入りを表明、加入を受け入れNOAH改革に一層の勢いを付けた。11月、杉浦貴とのシングルマッチで杉浦に勝利し、潮崎の持つGHCヘビー級ベルトの挑戦権を獲得する。同月下旬のグローバル・リーグにも出場、同大会での杉浦との再戦ではフロントネックロックで絞め落とされ128秒殺されるも快調に勝利を重ねていき、決勝戦で森嶋に敗れるが準優勝となった。12月に潮崎のGHCヘビー級ベルトに挑戦するも、グローバル・リーグで左膝を負傷していたため、go 2 sleepを潮崎に喰らわせることはできたものの入りが浅く、最後は潮崎のリミットブレイクでKENTAが敗れた。以降膝の怪我のため欠場し、12月には2011年プロレス大賞技能賞を受賞した。

2012年7月22日に復帰後は本格的に主戦場をヘビー級に移す。9月に大阪府立体育会館で森嶋の持つGHCヘビー級ベルトに挑戦し、体重差がある中熱戦を繰り広げるも敗戦。10月にマイバッハ谷口とのタッグでGHCタッグベルトを奪取した。自身初めてのヘビー級のベルト獲得となった。しかし初防衛戦で潮崎・斎藤組に敗れ、短期政権に終わった。11月グローバル・リーグ戦で初優勝する。試合後、リング上でノア再興を宣言した。

2013年1月27日、大阪府立体育会館で森嶋を破りGHCヘビー級王座を奪取する。以後、約1年にわたって同王座を防衛し、同年のプロレス大賞で殊勲賞を受賞した。2014年(平成26年)1月5日、森嶋に敗れ、王座を失った。

2014年4月30日、プロレスリング・ノアを退団。ノアラストマッチは5月17日の丸藤正道と組み杉浦貴&中嶋勝彦との対戦となった。試合はKENTAが中嶋に生膝でのgo2sleepで勝利した。

2014年7月12日、WWE大阪公演(舞洲アリーナ大会)にてハルク・ホーガンの呼び込みで登場、リング上にてWWEとの公開契約を行った。9月12日、NXT・Takeover Fatal 4 Wayにてヒデオ・イタミのリングネームで活動することを発表。リングネーム発表後、バックステージから現れたジ・アセンションに因縁をつけられるも返り討ちにしてみせた。18日、NXTデビューマッチではジャスティン・ガブリエルとシングルマッチを行いダイビング・フットスタンプで仕留め、デビュー戦初勝利を飾った。10月2日、因縁のあるジ・アセンションのビクターとシングルマッチを行う予定であったが入場してリング内に入ると同時にビクターとセコンドであるコナーから襲撃されてしまいレフェリー達が割って入るも事態を収拾する事ができなかった。同月9日にはビクターと再戦を行い、ドロップキックを決めて勝利するが、試合後に応援者であるフナキがコナーに捕まって痛めつけられているところで気を取られてしまい、ビクターから復讐されてしまう。果てにはコナーとビクターからロープに挟まれてしまい、フナキがフォール・オブ・マンを喰らわされる姿を見せつけられてしまった。何度も襲撃される事に憤怒。遂にパートナーを呼ぶ事になり、11月6日にフィン・ベイラーを連れて対戦し、完勝した。12月11日、Takeover R Evolutionにてジ・アセンションと決着戦を行う際、入場用の拳法着のようなガウンとコスチュームを一新して登場(GHCジュニアヘビー級王者時代を彷彿とさせる黄色と茶色ではなく黒を基調としている)。試合途中にはヒデオチャントを浴び、未遂ながらもgo 2 sleepを決めようとするなど観客からの声援を受けて最後はベイラーとダイビング・フット・スタンプを決めて勝利した。

2015年3月26日、WrestleMania 31のWrestleMania AxxessにてWrestleMania 31で行われるアンドレ・ザ・ジャイアント・メモリアル・バトルロイヤルでのNXT選手枠を賭けたトーナメントに出場。1回戦でエイドリアン・ネヴィル、決勝でベイラーから勝利して優勝を飾り、出場権を獲得した。同月29日、WrestleMania 31にてアンドレ・ザ・ジャイアント・メモリアル・バトルロイヤルに出場。ボー・ダラスにキックを放って脱落させたものの直後に背後にいたビッグ・ショーにより投げ落とされてしまった。5月7日、肩を故障。6ヶ月から8ヶ月に及ぶ長期欠場が見込まれ、5月20日のTakeover Unstoppableでタイラー・ブリーズ、ベイラーとのトリプルスレットマッチ形式によるNXT王座挑戦権争奪マッチを何者かに襲撃されて肩を負傷するというアングルが組まれキャンセル。また、7月に日本で行われるWWE Liveについても手術した事により欠場する事が発表された。

2016年6月30日、NXT Liveにて復帰。ノア時代から交流のあるTM61(マイキー・ニコルス & シェイン・ヘイスト)と組んでサモア・ジョー & ウェスリー・ブレイク & ティノ・サバテリと対戦。復帰戦を勝利で飾った。8月3日、NXTにてCWCの出場者であるショーン・マルタと対戦。最後にブサイクへの膝蹴りを決めてテレビマッチでの復帰戦を勝利で飾った。

2017年5月20日、Takeover ChicagoにてNXT王座を保持するボビー・ルードに挑戦。中盤にはグロリアスDDTを喰らい窮地に陥るが起き上がらされたところを隙を突いてGTSを決める。打撃戦を展開して再度GTSを見舞おうとするが切り返されるとグロリアスDDTを決められ敗戦した。

11月21日、WWE・205 Liveにてプロモーションを展開。登場予告をされる。12月18日、RAWにてフィン・ベイラーがザ・ミズトラージ(カーティス・アクセル & ボー・ダラス)とのハンディキャップマッチを行うが2人よりルールを無視しての集中攻撃に遭いレフェリーより試合を止められるが、尚も攻撃を加えられるベイラーを助ける為にバックステージより登場。試合形式をタッグマッチとして続ける事になり、最後にアクセルにGTSを決めて勝利した。同月19日、205 Liveに登場。コリン・デラニーと対戦。序盤より一方的な展開で攻め、最後にランニング・ドロップキックからGTSに繋げて勝利した。

2018年9月1日に両国国技館にて開催された丸藤正道デビュー20周年記念大会に出場。メインイベントで丸藤と対戦し、ポールシフト式エメラルドフロウジョンにて敗れる。なお、この試合に関しては、基本的に他団体への選手の派遣や貸出を行わないWWEが特例としてプロレスリング・ノアへ貸出を行っている。

2019年1月29日、WRESTLING OBSERVERよりWWEに求めていた契約解除が認められたと報じられ、2月22日付でWWEから正式に契約解除が発表された。ヒデオ・イタミではなく再びKENTAの名前でリングに戻ってくることを表明した。

6月9日、DOMINIONinOSAKA-JO HALLの第6試合の直後、KENTAは柴田勝頼と共に登場し、G1 CLIMAXに参戦表明をした。G1 CLIMAXは7月14日の前哨戦で初遭遇した棚橋弘至に「迷子が1人入ってきている」と評されるも、初戦でこの年優勝を果たす飯伏幸太、2戦目で棚橋を破るなど開幕から4連勝する。5戦目のオカダ・カズチカに敗れた後はそのまま4連敗となり、勝点8(4勝5敗)でシリーズを終えた。8月12日、石井智宏、YOSHI-HASHIのCHAOSメンバーと共にBULLET CLUB(バッドラック・ファレ、タマ・トンガ、タンガ・ロア)と6人タッグ戦において、石井からのタッチを断り共闘を拒否したと思いきやBULLET CLUB側の勝利に加担。その行動に柴田がKENTAに対して攻撃をするが、最終的にはKENTAが倒れこんだ柴田の上でアグラを組む姿を見せるなどし、BULLET CLUBに加入することを発表した。8月31日、イギリス・ロンドン・ザ・カッパー ボックスで開催されたビッグマッチ『NJPW Royal Quest』で前述の流れから遺恨が発生した石井の保持するNEVER無差別級王座に挑戦、石井は怒りのままに猪突猛進にKENTAを攻め立てるもトンガ、ロアが乱入した。介入後はKENTAが一気に流れを引き寄せ、最後はgo 2 sleepで石井からNEVER無差別級王座を奪取。9月15日、鹿児島大会で飯伏とIWGPヘビー級王座挑戦権利証を掛けて戦うも、敗れる。9月28日にアメリカ・ニューヨークでYOSHI-HASHIと防衛戦を行い初防衛に成功。11月3日、遺恨を深めてきた前王者の石井とリマッチを行う。試合はKENTAがキックで石井にダメージを蓄積させるが、石井も持ち前のタフネスで徹底抗戦。場内興奮のバチバチファイトは、KENTAがgo 2 sleepの二連発で辛勝。二度目の防衛に成功した。11月16日から開催されたWORLD TAG LEAGUE 2019に高橋裕二郎をパートナーにエントリーするも勝点は16点で終わる。その後は後藤洋央紀に対して挑発、介入を行い遺恨を深める。

2020年1月5日、東京ドーム大会の第五試合にて遺恨深まる後藤とNEVER戦を行う。真っ向から挑んだものの、最終的にはGTRを決められて王座陥落となった。同日、メインイベントで行われたIWGPヘビー級・IWGPインターコンチネンタル ダブル選手権試合オカダ対内藤哲也の試合後に乱入。勝者である内藤のマイクパフォーマンスを妨害し、go 2 sleepを敢行。KENTAも内藤の上であぐらをかくなどして場内は大ブーイングに包まれた。この乱入は、のちに史上最悪のバッドエンドと呼ばれることになった。1月6日、大田区総合体育館での「NEW YEAR DASH!!」のメインイベントでジェイ・ホワイトと組み、内藤・SANADA組と対戦。SANADAのオコーナーブリッジでホワイトが3カウントを取られてしまい、試合としては負けたが、試合後に内藤をノックアウトさせると「俺がこの2本のベルト盗っちゃうよってこと!」と宣言し、内藤との二冠戦が決定した。2月9日、「THE NEW BEGINNING in OSAKA」(大阪城ホール)のメインイベントにて試合中にBULLET CLUBに介入させるものの、BUSHI、高橋ヒロムによって排除され、最後には内藤のバレンティア→デスティーノで3カウントを取られ敗れる。リング上から控室に帰る際に観客との口論でもめるも、内藤に「KENTA NO TRANQUILO」と引き上げることを促されると、口論を途中で辞めて控室に引き下がった。8月22日、「NEW JAPAN CUP 2020 in the USA」決勝戦でデビッド・フィンレーを下し、優勝する。同時にジョン・モクスリーの持つIWGP USヘビー級王座への挑戦権利証を獲得した。権利証はその後、ジェフ・コブ、棚橋、フィンレー、ブロディ・キング、小島聡を相手に防衛を重ねる。

2021年2月3日、アメリカ・フロリダ州でのAEWダイナマイト3大会のメインイベントに乱入し、モクスリーを襲撃した。2月10日にはAEWに初参戦し、ケニー・オメガと組んでモクスリー&ランス・アーチャー組とフォールズカウント・エニウェアマッチ(リング以外の場所でのフォールも有効となるルール)で対戦した。2月27日に念願のタイトルマッチが実現するも、王座奪取はならなかった。NEW JAPAN CUPにもエントリー。1回戦でジュース・ロビンソン、2回戦で鈴木みのるを下すも、準々決勝にて鷹木信悟に敗れ脱落となった。11月6日、IWGP USヘビー級選手権試合で棚橋に挑戦し、勝利し第11代チャンピオンとなる。

2022年1月1日、NOAH武道館大会に7年ぶりにKENTAとして参戦。杉浦軍として杉浦、桜庭和志と組み、マサ北宮、稲葉大樹、稲村愛輝と対戦した。試合途中、稲村にリング内外で執拗に攻められるも、最後はgo2sleepで3カウントを奪った。1月5日、東京ドーム大会において棚橋とのIWGP USヘビー級選手権試合(ノーDQマッチ)で負傷し鼻骨骨折、左股関節後方脱臼骨折、背部裂傷縫合術、左環指腱性槌指と診断される大怪我を負った。これにより、同月8日に予定された横浜アリーナ大会を欠場した。5月6日、自身のツイッターで医師からリング復帰許可が出たことを明かした。7月3日、半年ぶりに復帰するも、同日にWWEから復帰したKUSHIDAが同じ試合で復帰。注目がKUSHIDAに集まり恨み節を見せていた。7月16日から行われた、「G1 CLIMAX 32」に出場。Cブロックに加わり、3勝3敗の勝ち点6で負傷明けながらもリーグ戦を完走した。7月26日、自伝の『足跡』を出版。リング内外で自書の宣伝を精力的に行い、重版も行われた。

2023年2月19日、サンノゼ大会にてフレッド・ロッサーを破り、STRONG無差別級王座を戴冠。

12月6日、新日本プロレス鹿児島大会(サンアリーナせんだい)第2試合の8人タッグの試合後にプロレスリングノアの拳王が乱入した。

拳王はマイクを握ると「オイ、KENTA! いや、オレの想い人のKENTA! オマエの故郷、プロレスリング・ノアも来年、25周年だ! オマエに故郷を思う気持ちがあるのなら、2025年1月1日、日本武道館のリングに上がれ! そして、オレと! 1VS1、シングルマッチをやれ」とアピールした。

続いてKENTAがマイクを持ち「拳王、まずな、まず一言、こんなど田舎までよく来たよ!」と話すと場内から笑いとブーイングが起きた。KENTAは「イヤ、ブーじゃねえだろ、あってんだろ! 実際な、数ある大会から薩摩せんだい選んでもらって、ここのファンも喜んでるよ! わざわざ来てもらって。1月1日、日本武道館? 断る理由なんかねえよ、やってやるよ!」と対戦を承諾した。

2025年1月1日、日本武道館大会にて、2014年徳島大会以来となる拳王vsKENTAのシングルマッチが実現した。試合はKENTAが15分24秒go 2 sleep → エビ固め勝利。

試合後のバックスペースで、KENTA「あいつ(拳王)言ってたじゃん。俺が負けたらNOAHに出ろって。じゃあ俺が勝ったら、俺がNOAHに出ちゃいけないの? 俺はいつだって準備できてるよ。そうだろ。それが言いたいんだよ、お前に。勝った負けたじゃねえ。俺は準備できてんだよ。やってやるよ。」とノア参戦を滲ませていた。

2025年2月13日、正式にノア入団を発表。

2022年1月1日に杉浦軍、2023年1月1日に  丸KENタッグとして一日限りのスポット参戦はあったが、再入団としては2014年5月にノアラストマッチを行ってから、約11年ぶりのノア再入団となる。

相手がヘビー・格上・師匠であろうが物怖じせず、そのまま突っ込んでいくストレートさと、相手を小馬鹿にした動作や「すかす」クレバーさを備えたタイプのレスラーである。童顔でルックスが良いためにプロレスとは関係のない雑誌にも数多く登場し、丸藤正道と共に女性ファン新規開拓の牽引役となっていた。

初期の頃は女性ファンに「ケンタきゅん」と呼ばれていたが、今では呼ばれることは無い。ムシキング・テリー戦以降から、子供達の人気も上昇している。

2006年の5月に入籍を発表。

丸藤とタッグを組み、ジュニアタッグ王者の長期政権を築いていたが「丸藤さんとは仲が良くない」、「タッグを組んでいるのは、あくまで上を獲るため」と平気で言っている。しかしながら、2022年に出版された自伝では「本当に同じ時代に丸藤さんがいてくれてよかった」「あの人は天才である。動き、発想。閃き。本当にすごい」と評している。

柴田勝頼のことは「ソウルメイト」と言い、趣味も同じことから公私ともに気の合う仲であることを公言している。しかし、2019年に新日本プロレスに参戦した際は、柴田にPKを叩き込んで柴田を裏切った(バレットクラブへの加入)。

オッキー沖田を嫌っていた。理由は、オッキーがNOAH社長である三沢のことを「緑」と呼び捨てにしているのを目撃したためで、「自分には例える色もないくせに」と憤慨していた。

師匠である小橋をめぐる関係で、秋山とはそりが合わないとされていた。普段の興行ではタッグを組むことはまず無かった上に、対戦カードが組まれると秋山に対し普段以上の猛攻を浴びせ、秋山も何時も以上の冷徹さでこれに応戦していた。確執が決定的になったのは、2004年に行われた「蹴撃七番勝負」の秋山戦である。雑誌等の取材で秋山のことに話が及ぶと、敢えて「秋山氏」、「白パン」(秋山のリングコスチュームが白のショートタイツであることから)と呼んでいた。しかし、2009年の自身プロデュースによる興行でメインイベントで秋山と対戦した際は、試合後に自ら秋山に握手を求め、秋山もそれに応じた。その興行終了後に行われた『週刊プロレス』でのインタビューでは「秋山さん」と呼び、確執は解消され、そのインタビューの際にインタビュアーから「秋山さん、でいいんですか?」と逆に心配されたが、「いいです、いいです(笑)」と答えている。

SUWA、金丸、平柳などヒールレスラーとの対立が多く、団体内では急所攻撃を受けることが多い。2011年からはヒールとなり、金丸、平柳とは同じユニットに属している。

WWE入団後に使用しているイタミ・ヒデオというリングネームは、「イタミ」はアメリカでも人気のアニメ『NARUTO -ナルト-』のキャラクター「ペイン」に由来し、ペイン⇒PAIN⇒痛み⇒伊丹として命名。ヒデオは、元メジャーリーガーの野茂英雄に由来している。

歌手の清木場俊介によく似ている。

Twitter上では、YOSHI-HASHIを「棒」または「ブス」と呼ぶ、他のレスラーのコラージュ画像を作成する等している。

自伝である『足跡』をバックステージで宣伝する際、バックステージスタッフである下田美馬をよく巻き込んでいた。

好角家でもある。大相撲の話になると饒舌になり、力皇猛と仲が良いこともあって二人で両国国技館にて観戦したり、力皇の弟分である幕内力士などと食事をすることもある。また、毎場所の場所前には力皇から番付表を貰い、自分の部屋に飾っているという。

練習生時代には師匠の小橋建太から「俺と一文字違いということで周りから色々と言われるかもしれないけど、お前はお前で小林健太を確立していけばいい」とアドバイスを受けた。

リングネームをKENTAとした理由は、師匠の小橋建太からの提案。プロレスリング・ノア旗揚げ前に小橋建太が膝の手術で入院していた頃、お見舞いに来ていたTHE YELLOW MONKEYの菊地英昭から「KENTAという名前はどうだ?」という話が出ていたという。その後小林名義で怪我の絶えなかったことから、小橋がその「KENTA」という名前を小林健太に提案し、小林が吹っ切る意味で名前を変える決断をしたという。決して「小橋建太に似ているから」という理由ではない。

ノア時代、小橋が膝の怪我悪化で長期離脱を余儀なくされた頃、小橋はバーニング解散を宣言する。その旨を小林に告げ、付け人も辞めて別のチームにでも行けと言うと「絶対嫌です」と固辞し続け、結局一人だけバーニングに残ることになった。

GHCヘビー級王座:第19代

GHCジュニアヘビー級王座:第10代・第16代・第18代

GHCタッグ王座:第25代(パートナー:マイバッハ谷口)

GHCジュニアヘビー級タッグ王座:3回(パートナーは初代が丸藤正道、第9代が石森太二、第14代が金丸義信)

グローバル・リーグ戦:優勝(2012年)

TORNEO LATINO AMERICANO DE LUCHA LIBRE:優勝(2012)

ディファカップ:優勝(2005年)(パートナーは丸藤)

日テレG+杯争奪ジュニアヘビー級タッグ・リーグ戦:優勝(パートナーは2007年、2008年が石森太二、2010年は青木篤志)

グローバル・タッグ・リーグ戦:優勝(2013年)(パートナーは高山善廣)

レッスルマニア・アクセス NXTトーナメント:優勝(2015年)

IWGP USヘビー級王座:第11代

NEVER無差別級王座:第27代

STRONG無差別級王座:第3代・第5代

IWGPタッグ王座:第101代・第103代(パートナー:チェーズ・オーエンズ)

NEW JAPAN CUP in USA : 優勝(2020年)

DEFY世界王者

TEXAS WRESTLING CARTEL

TWCタッグ王座(パートナー:チェーズ・オーエンズ)

技能賞(2011年)

殊勲賞(2013年)

最優秀タッグチーム賞 (パートナーは丸藤正道)(2003年)

年間最高試合賞(10月29日日本武道館、GHCヘビー級選手権試合、丸藤正道 vs.KENTA)(2006年)

SHOUT OF MY SOUL / 山口大輔

FOR ONE'S LIFE / BRAHMAN (- 2002年)

NO LIGHT THEORY / BRAHMAN (2002年 - 2004年)

The Champ Is Here (remix) 〜Art And Life Chi-Roc (2004年 - 2006年)

What You Know (Instrumental) / T.I. (2007年1月8日 - 2011年2月13日)

Hard in da Paint / Waka Flocka Flame(2011年2月16日 - )

Enio / SebastiAn( - 2014年5月17日)

Tokiwakita (Time Has Come) / CFO$(2014年9月12日 - 2019年2月22日)

Overture / 北村陽之介(2019年7月6日 - 9月15日)

Cicatriz / Kamixlo(2019年9月15日 - 現在

足跡(2022年7月26日、ベースボールマガジン、ISBN 978-4-5831-1441-5)

^ 「"黒い蹴殺王"KENTAがヨネ追放!「ノア版nWo設立」予告」『東京スポーツ』2011年3月7日

^ 漢字表記は、伊丹 英雄。

^ “DRAGON GATE:ドラゴンゲート公式サイト 試合結果”. www.gaora.co.jp. 2019年12月7日閲覧。

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^ ベースボール・マガジン社『週刊プロレス』2011年2月16日号

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^ “KENTAがWWEと正式契約!NXTの一員となるKENTAにトリプルHは「WWEに新しい風を吹き込むことになる」と期待”. バトル・ニュース (2014年7月13日). 2014年7月13日閲覧。

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^ “史上最悪のバッドエンド…王者襲撃の「KENTA」がトレンドワード1位に”. デイリースポーツ. 2022年2月25日閲覧。

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^ “KENTA、半年ぶり復帰戦もKUSHIDAに持っていかれ「俺も復帰戦だったのに全然、興味ねえじゃん」”. スポーツ報知 (2022年7月3日). 2022年10月19日閲覧。

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^ “KENTAが自伝で暴露!「新弟子時代のオレにとって丸藤正道さんは人の姿をした悪魔だった」【週刊プロレス】 | BBMスポーツ | ベースボール・マガジン社”. www.bbm-japan.com. 2022年10月20日閲覧。

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^ KENTAG2Sのツイート(1366355347275870209)

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プロレスリング・ノア

バーニング

NO MERCY

新日本プロレス

BULLET CLUB

ROH

小橋建太

丸藤正道

柴田勝頼

石森太二

WWE

KENTA (@KENTAG2S) - X(旧Twitter)

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プロレスリング・ノア公式サイト 選手紹介

KENTAのプロフィール - Cagematch.net, Wrestlingdata.com, Internet Wrestling Database

稲葉大樹

稲村愛輝

オオワダサン

OZAWA

清宮海斗

拳王

KENTA

佐々木憂流迦

潮崎豪

杉浦貴

征矢学

谷口周平

藤田和之

マサ北宮

丸藤正道

モハメド ヨネ

AMAKUSA

アレハンドロ

Eita

大原はじめ

小田嶋大樹

小峠篤司

タダスケ

HAYATA

Hi69

宮脇純太

YO-HEY

石川修司

遠藤哲哉

近藤修司

カイ・フジムラ

菊池悠斗

晴斗希

アンソニー・グリーン

ジャック・モリス

ティモシー・サッチャー

アルファ・ウルフ

LJ・クリアリー

ダガ(英語版)

スペル・クレイジー

ドラゴン・ベイン

タイタス・アレクサンダー

潮崎豪

モハメド・ヨネ

小峠篤司

Hi69

大原はじめ

清宮海斗

ガレノ(フリー)

アレハンドロ

カイ・フジムラ(フリー)

晴斗希(道頓堀プロレス)

征矢学

HAYATA

YO-HEY

菊池悠斗(道頓堀プロレス)

OZAWA

ジャック・モリス(フリー)

ダガ(英語版)(フリー)

遠藤哲哉(DDTプロレスリング)

タダスケ

オオワダサン

ヨシタツ(フリー)

岡本保朗(代表取締役社長)

高木規(高木三四郎)(取締役副社長)

丸藤正道(取締役副社長)

西垣彰人(取締役)

武田有弘(取締役)

鈴木裕之(代表取締役/リデットエンターテインメント代表取締役社長)

新原孝一(取締役会長COO)

内田雅之(元取締役会長・リデット社顧問)

不破洋介(元代表取締役社長)

西永秀一(チーフ)

中山真一

塚越佳祐

G-Man

奥田亮(フリー)

ケビン・フォン・エリック

力皇猛

浅子覚(メディカルトレーナー)

大川正也(リングアナ)

難波信二(異動、リングアナ)

味方冬樹(リングアナ)

山本義浩(レフェリー)

松丸元気(フリーリングアナ)

福田明彦(チーフレフェリー)

GHCヘビー級

GHCナショナル

GHCタッグ

GHCジュニアヘビー級

GHCジュニアヘビー級タッグ

GHC女子

GHCハードコア王座

N-1 VICTORY

グローバル・タッグ・リーグ戦

グローバル・ジュニア・ヘビー級リーグ戦

グローバル・ジュニアヘビー級タッグ・リーグ戦(日テレG+杯)

モーリシャス杯争奪リーグ戦

プロレスリング・セム

東京ドーム大会

GREAT VOYAGE'09

CyberFight Festival

MONDAY MAGIC

LIMIT BREAK

浅子覚

太田一平

伊藤旭彦

力皇猛

小橋建太

田上明

森嶋猛

平柳玄藩

友寄志郎

NOSAWA論外

武藤敬司

原田大輔

小川良成

齋藤彰俊

百田義浩(取締役)

三沢光晴(創設者・初代代表取締役)

ラッシャー木村(終身名誉選手会長)

ジョー樋口(初代監査役・初代GHC管理委員長)

バイソン・スミス

仲田龍(元取締役・リングアナウンサー)

永源遙(元常務取締役)

ハーリー・レイス(2代GHC管理委員長)

マイティ井上(レフェリー)

TNAレスリング

MLW

AAA

IWRG

新日本プロレス

KAIENTAI DOJO

ROH

WLW

CyberFight(運営会社)

ノア・グローバルエンタテインメント(旧運営会社)

サイバーエージェント(親会社)

ピーアールエヌ(旧:株式会社プロレスリング・ノア)

GPWA

プロレスリング・ノア中継(日本テレビ

ディファ有明

力道山杯

ディファカップ

ALL TOGETHER

NOAH “NEW HOPE”(ABEMA)

NOAH ABEMA中継

WRESTLE UNIVERSE

1 金丸義信

2 高岩竜一

3 丸藤正道

4 橋誠

5 金丸義信

6 マイケル・モデスト

7 杉浦貴

8 獣神サンダー・ライガー

9 金丸義信

10 KENTA

11 杉浦貴

12 高岩竜一

13 ムシキング・テリー

14 金丸義信

15 ブライアン・ダニエルソン

16 KENTA

17 中嶋勝彦

18 KENTA

19 金丸義信

20 鈴木鼓太郎

21 中嶋勝彦

22 リッキー・マルビン

23 中嶋勝彦

24 金丸義信

25 近藤修司

26 石森太二

27 原田大輔

28 小峠篤司

29 タイチ

30 石森太二

31 金丸義信

32 小峠篤司

33 大原はじめ

34 HAYATA

35 石森太二

36 原田大輔

37 鈴木鼓太郎

38 原田大輔

39 田中稔

40 HAYATA

41 小川良成

42 鈴木鼓太郎

43 原田大輔

44 吉岡世起

45 小峠篤司

46 HAYATA

47 原田大輔

48 Eita

49 HAYATA

50 ニンジャ・マック

51 ダンテ・レオン

52 AMAKUSA

53 HAYATA

54 ダガ

55 AMAKUSA

56 ダガ

57 Eita

1 丸藤正道&KENTA

2 金丸義信&杉浦貴

3 日高郁人&藤田ミノル

4 金丸義信&杉浦貴

5 ジェイ・ブリスコ&マーク・ブリスコ

6 鈴木鼓太郎&リッキー・マルビン

7 土井成樹&吉野正人

8 鷹木信悟&B×Bハルク

9 KENTA&石森太二

10 金丸義信&鈴木鼓太郎

11 リッキー・マルビン&石森太二

12 金本浩二&タイガーマスク

13 丸藤正道&青木篤志

14 金丸義信&KENTA

15 鈴木鼓太郎&青木篤志

16 スペル・クレイジー&リッキー・マルビン

17 SUWA&平柳玄藩

18 獣神サンダー・ライガー&タイガーマスク

19 小川良成&ザック・セイバーJr.

20 石森太二&小峠篤司

21 小川良成&ザック・セイバーJr.

22 石森太二&小峠篤司

23 拳王&大原はじめ

24 TAKAみちのく&エル・デスペラード

25 原田大輔&小峠篤司

26 拳王&大原はじめ

27 原田大輔&小峠篤司

28 邪道&外道

29 原田大輔&小峠篤司

30 石森太二&Hi69

31 HAYATA&YO-HEY

32 石森太二&Hi69

33 小川良成&田中稔

34 Hi69&田中稔

35 大原はじめ&熊野準

36 小川良成&鈴木鼓太郎

37 原田大輔&タダスケ

38 鈴木鼓太郎&小峠篤司

39 HAYATA&YO-HEY

40 小川良成&HAYATA

41 原田大輔&小峠篤司

42 小川良成&HAYATA

43 原田大輔&大原はじめ

44 吉岡世起&進祐哉

45 小峠篤司&大原はじめ

46 NOSAWA論外&Eita

47 小川良成&HAYATA

48 吉岡世起&進祐哉

49 小峠篤司&YO-HEY

50 小川良成&クリス・リッジウェイ

51 小峠篤司&吉岡世起

52 近藤修司&大原はじめ

53 小峠篤司&吉岡世起

54 YO-HEY&Kzy

55 小川良成&Eita

56 YO-HEY&タダスケ

57 クリス・リッジウェイ&ダガ(英語版)

58 ドラゴン・ベイン&アルファ・ウルフ

59 YO-HEY&タダスケ

60 近藤修司&Eita

61 HAYATA&YO-HEY

62 AMAKUSA&宮脇純太

1 三沢光晴

2 秋山準

3 小川良成

4 高山善廣

5 三沢光晴

6 小橋建太

7 力皇猛

8 田上明

9 秋山準

10 丸藤正道

11 三沢光晴

12 森嶋猛

13 佐々木健介

14 秋山準

15 潮崎豪

16 杉浦貴

17 潮崎豪

18 森嶋猛

19 KENTA

20 森嶋猛

21 永田裕志

22 丸藤正道

23 鈴木みのる

24 丸藤正道

25 杉浦貴

26 潮崎豪

27 杉浦貴

28 中嶋勝彦

29 エディ・エドワーズ

30 拳王

31 杉浦貴

32 清宮海斗

33 潮崎豪

34 武藤敬司

35 丸藤正道

36 中嶋勝彦

37 藤田和之

38 潮崎豪

39 小島聡

40 拳王

41 清宮海斗

42 ジェイク・リー

43 拳王

44 イホ・デ・ドクトル・ワグナー・Jr.

45 清宮海斗

46 OZAWA

1 ベイダー&スコーピオ

2 三沢光晴&小川良成

3 大森隆男&高山善廣

4 森嶋猛&力皇猛

5 秋山準&齋藤彰俊

6 小橋建太&本田多聞

7 棚橋弘至&永田裕志

8 三沢光晴&小川良成

9 ダグ・ウイリアムス&スコーピオ

10 鈴木みのる&丸藤正道

11 森嶋猛&モハメド・ヨネ

12 小橋建太&本田多聞

13 森嶋猛&モハメド・ヨネ

14 秋山準&力皇猛

15 ディーロ・ブラウン&ブキャナン

16 丸藤正道&杉浦貴

17 バイソン・スミス&齋藤彰俊

18 佐々木健介&森嶋猛

19 力皇猛&モハメド・ヨネ

20 バイソン・スミス&キース・ウォーカー

21 高山善廣&佐野巧真

22 ジャイアント・バーナード&カール・アンダーソン

23 秋山準&齋藤彰俊

24 サモア・ジョー&マグナス

25 KENTA&マイバッハ谷口

26 潮﨑豪&齋藤彰俊

27 丸藤正道&杉浦貴

28 矢野通&飯塚高史

29 マイキー・ニコルス&シェイン・ヘイスト

30 森嶋猛&マイバッハ谷口

31 杉浦貴&田中将斗

32 マイキー・ニコルス&シェイン・ヘイスト

33 ランス・アーチャー&デイビーボーイ・スミスJr.

34 丸藤正道&矢野通

35 ランス・アーチャー&デイビーボーイ・スミスJr.

36 潮﨑豪&マイバッハ谷口

37 拳王&マサ北宮

38 杉浦貴&拳王

39 丸藤正道&マイバッハ谷口

40 潮崎豪&小峠篤司

41 モハメド・ヨネ&クワイエット・ストーム

42 中嶋勝彦&マサ北宮

43 潮崎豪&清宮海斗

44 中嶋勝彦&マサ北宮

45 丸藤正道&齋藤彰俊

46 中嶋勝彦&潮崎豪

47 マイバッハ谷口&火野裕士

48 モハメド・ヨネ&クワイエット・ストーム

49 中嶋勝彦&潮崎豪

50 杉浦貴&KAZMA SAKAMOTO

51 中嶋勝彦&潮崎豪

52 丸藤正道&望月成晃

53 イホ・デ・ドクトル・ワグナー・ジュニア&レネ・デュプリ

54 杉浦貴&桜庭和志

55 中嶋勝彦&マサ北宮

56 マサ北宮&清宮海斗

57 丸藤正道&武藤敬司

58 杉浦貴&鈴木秀樹

59 イホ・デ・ドクトル・ワグナー・ジュニア&レネ・デュプリ

60 マイケル・エルガン&マサ北宮

61 ティモシー・サッチャー&鈴木秀樹

62 杉浦貴&小島聡

63 マサ北宮&稲葉大樹

64 杉浦貴&谷口周平

65 ティモシー・サッチャー&サクソン・ハックスリー(英語版)

66 ジャック・モリス&アンソニー・グリーン

67 丸藤正道&杉浦貴

68 ジャック・モリス&オモス

1 田中将斗

2 内藤哲也

3 石井智宏

4 高橋裕二郎

5 石井智宏

6 真壁刀義

7 石井智宏

8 真壁刀義

9 石井智宏

10 柴田勝頼

11 永田裕志

12 柴田勝頼

13 EVIL

14 柴田勝頼

15 後藤洋央紀

16 鈴木みのる

17 後藤洋央紀

18 マイケル・エルガン

19 後藤洋央紀

20 タイチ

21 後藤洋央紀

22 飯伏幸太

23 ウィル・オスプレイ

24 ジェフ・コブ

25 タイチ

26 石井智宏

27 KENTA

28 後藤洋央紀

29 鷹木信悟

30 鈴木みのる

31 鷹木信悟

32 棚橋弘至

33 ジェイ・ホワイト

34 石井智宏

35 EVIL

36 タマ・トンガ

37 カール・アンダーソン

38 タマ・トンガ

39 デビッド・フィンレー

40 タマ・トンガ

41 鷹木信悟

42 タマ・トンガ

43 EVIL

44 鷹木信悟

45 HENARE

46 鷹木信悟

47 KONOSUKE TAKESHITA

1 ケニー・オメガ

2 ジェイ・ホワイト

3 ジュース・ロビンソン

4 Cody

5 ジュース・ロビンソン

6 ジョン・モクスリー

7 ランス・アーチャー

8 ジョン・モクスリー

9 ランス・アーチャー

10 棚橋弘至

11 KENTA

12 棚橋弘至

13 SANADA

14 棚橋弘至

15 ジュース・ロビンソン

16 ウィル・オスプレイ

17 ケニー・オメガ

18 ウィル・オスプレイ

トム・ローラー

フレッド・ロッサー

KENTA

ヒクレオ

KENTA

エディ・キングストン

ゲイブ・キッド

日本のプロレスラー

WWEに参戦したプロレスラー

プロレスリング・ノア所属のプロレスラー

全日本プロレスに所属したプロレスラー

ROHに参戦したプロレスラー

DRAGON GATEに参戦したプロレスラー

新日本プロレスに所属したプロレスラー

ジュニアヘビー級のプロレスラー

在アメリカ合衆国日本人のプロレスラー

修徳高等学校出身の人物

埼玉県出身のスポーツ選手

1981年生

存命人物

2025/03/30 06:31更新

kobayashi kenta


小林健太と同じ誕生日3月12日生まれ、同じ埼玉出身の人

佐藤 寿人(さとう ひさと)
1982年3月12日生まれの有名人 埼玉出身

佐藤 寿人(さとう ひさと、1982年3月12日 - )は、埼玉県春日部市出身の元プロサッカー選手。現役時代のポジションはフォワード(FW)。元日本代表。 佐藤勇人は二卵性双生児の実兄。森﨑和幸・森…

佐藤 勇人(さとう ゆうと)
1982年3月12日生まれの有名人 埼玉出身

佐藤 勇人(さとう ゆうと、1982年3月12日 - )は、埼玉県春日部市出身の元プロサッカー選手。現役時代のポジションはミッドフィールダー。元日本代表。 プロサッカー選手として20年間プレーし、J…

吉橋 亜理砂(よしはし ありさ)
1996年3月12日生まれの有名人 埼玉出身

吉橋 亜理砂(よしはし ありさ、1996年〈平成8年〉3月12日 - )は、日本の女性アイドル。埼玉県出身。愛称は「ありえる」。株式会社iDL所属。アイドルグループ・ideal pecoのメンバー。 …

由起 艶子(ゆき つやこ)
1926年3月12日生まれの有名人 埼玉出身

由起 艶子(ゆき つやこ、本名:伊藤 孝子、1926年3月12日 - )は、宮城県出身の日本の女優、声優。 1946年、文学座研究所に入所。1949年、劇団バラ座に入団。1951年、劇団七曜会に入団…

田中 茉理花(たなか まりか)
3月12日生まれの有名人 埼玉出身

田中 茉理花(たなか まりか、3月12日 - )は、日本の女性声優。埼玉県出身。フリー、業務提携 スタジオJumo・サウンドチームユンカース[1]預かり。以前はRME、イエローテイルに所属していた。血…


斎藤 千和(さいとう ちわ)
1981年3月12日生まれの有名人 埼玉出身

斎藤 千和(さいとう ちわ、1981年3月12日 - )は、日本の女性声優。アイムエンタープライズ所属。埼玉県出身。 代表作に『R.O.D -THE TV-』(アニタ・キング)、『LAST EXIL…

石田 愛希(いしだ あいき)
1997年3月12日生まれの有名人 埼玉出身

石田 愛希(いしだ あいき、1997年3月12日 - )は、日本の俳優、声優である。劇団ひまわりを経て有限会社エンパシィ所属。 愛し君へ(2004年、フジテレビ) ドラマ30 虹のかなた(2004年…

中村 英将(なかむら ひでゆき)
1981年3月12日生まれの有名人 埼玉出身

中村 英将(なかむら ひでゆき、1981年3月12日 - )は、日本のお笑い芸人。お笑いコンビ「ゆったり感」メンバー。吉本興業所属。東京NSC9期生。ボケ担当、立ち位置は向かって右。 埼玉県大里郡寄…

福田 花音(ふくだ かのん)
【ハロプロ】
1995年3月12日生まれの有名人 埼玉出身

巫 まろ(かんなぎ まろ、1995年〈平成7年〉3月12日 - )は、日本の作詞家、アイドル。女性アイドルグループ・ZOCの元メンバー。福田 花音(ふくだ かのん)名義では、ハロー!プロジェクトに所属…

吉永 みち子(よしなが みちこ)
1950年3月12日生まれの有名人 埼玉出身

吉永 みち子(よしなが みちこ、1950年3月12日 - )は、日本のノンフィクション作家。テレビコメンテーター。元競馬新聞記者。旧姓は鈴木。CNNj放送番組審議会委員。 埼玉県川口市出身。中学生の…


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小林 美樹_(ヴァイオリニスト)(こばやし みき)
1990年7月21日生まれの有名人 出身

小林 美樹(こばやし みき、1990年7月21日 - )は、日本のヴァイオリニスト。 アメリカ合衆国テキサス州サンアントニオ生まれ。4歳のときに石塚千恵に師事し、ヴァイオリンをはじめる。2000年に…

小林 美樹_(アナウンサー)(こばやし みき)
1958年3月25日生まれの有名人 山形出身

小林 美樹(こばやし みき、1958年3月25日 - )は、山形県新庄市出身の歌手、フリーアナウンサー。 1973年 - 9月2日放送の『スター誕生!』で合格、12月30日放送の第9回決戦大会でも合…

小林 経旺(こばやし つねお)
1926年1月1日生まれの有名人 長野出身

■プロジェクト:野球選手  ■テンプレート 小林 経旺 (こばやし つねお、1926年1月1日 - 生死不明 )は、長野県出身の元プロ野球選手(投手)。 1948年の登録名は小…

小林 泉美_(歌手)(こばやし いずみ)
1957年3月25日生まれの有名人 千葉出身

小林 泉美(こばやし いずみ、1957年3月25日 - )は、日本のシンガーソングライター、キーボーディスト、音楽プロデューサー、実業家。千葉県船橋市出身、東京音楽大学ピアノ科卒業。MIMI名義でも活…

小林 泉美_(棋士)(こばやし いずみ)
1977年6月20日生まれの有名人 東京出身

小林 泉美(こばやし いづみ、1977年(昭和52年)6月20日 - )は、日本棋院所属の囲碁の女流棋士。小林光一名誉三冠門下。東京都出身。タイトル10期。 女流棋士初の女流タイトルグランドスラム達…


小林 弘明_(アナウンサー)(こばやし ひろあき)
1933年6月20日生まれの有名人 東京出身

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小林 弘明_(実業家)(こばやし ひろあき)
1968年8月5日生まれの有名人 愛知出身

小林 弘明(こばやし ひろあき、1968年8月5日 - )は、日本の経営者。パロマ社長、会長を務めた。愛知県名古屋市出身。 1992年に青山学院大学経営学部を卒業し、同年にパロマに入社した。1999…

小林 孝至_(ミュージシャン)(こばやし たかし)
1965年12月26日生まれの有名人 山梨出身

小林 孝至(こばやし たかし、1965年12月26日 - )は、日本のギタリスト、ミュージシャン、作曲家、作詞家、編曲家、音楽プロデューサー。 1986年、宮沢和史、山川浩正、栃木孝夫らと共にTHE…

小林 哲也_(帝国ホテル)(こばやし てつや)
1945年6月23日生まれの有名人 新潟出身

小林 哲也(こばやし てつや、1945年6月23日 - )は、日本の経営者。帝国ホテル社長、会長を務めた。 新潟県出身。1969年に慶應義塾大学法学部を卒業し、同年3月に帝国ホテルに入社した。199…

小林 哲也_(近畿日本鉄道)(こばやし てつや)
1943年11月27日生まれの有名人 大阪出身

小林 哲也(こばやし てつや、1943年〈昭和18年〉11月27日 - )は実業家。近鉄グループホールディングスの取締役相談役および近畿日本鉄道取締役(近鉄社長としては大阪電気軌道創立から15代目)。…


小林 史明_(陸上選手)(こばやし ふみあき)
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小林 史明(こばやし ふみあき、1974年12月10日 - )は、日本の陸上競技選手。男子棒高跳の前日本記録保持者である。ベスト記録は5m71。 三重県出身。鈴鹿市立白子中学校時代に全日本中学校陸上…

小林 千恵_(女優)(こばやし ちえ)
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小林 千恵(こばやし ちえ、本名:左東 千恵、1977年3月26日 - )は、日本の舞台女優。演劇集団キャラメルボックス所属。千葉県出身。身長148.6cm。血液型はA型。 千葉県立船橋二和高等学校…

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この記事は、クリエイティブ・コモンズ・表示・継承ライセンス3.0のもとで公表されたウィキペディアの項目「小林健太」を素材として二次利用しています。

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