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椎名林檎の情報 (しいなりんご)
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【5月27日】今日誕生日の芸能人・有名人

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椎名 林檎さんについて調べます

■名前・氏名
椎名 林檎
(しいな りんご)
■職業
シンガー ソングライター
■椎名林檎の誕生日・生年月日
1978年11月25日 (年齢45歳)
午年(うま年)、射手座(いて座)
■出身地・都道府県
埼玉出身

椎名林檎と同じ1978年生まれの有名人・芸能人

椎名林檎と同じ11月25日生まれの有名人・芸能人

椎名林檎と同じ出身地埼玉県生まれの有名人・芸能人


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椎名林檎と関係のある人

加護亜依: 2009年4月9日放送の『爆笑そっくりものまね紅白歌合戦』内の「めざせ!ものまね名人大集合」のコーナーではオーディションで事務所の意向ではなく自らの実力で出演し、椎名林檎のものまねで「本能」を披露し、審査員から高評価を得た。


白石麻衣: 邦楽では西野カナ、YUI、Every Little Thing、椎名林檎(東京事変)、コブクロ、FUNKY MONKEY BABYS。


富樫美鈴: 好きな歌手は坂本真綾と椎名林檎と前山田健一。


なかじままり: 椎名林檎


村田陽一: 椎名林檎「公然の秘密」「浪漫と算盤」の編曲を担当


皆川真人: 椎名林檎/東京事変


ちゃんMARI: 大学時代、小学生の頃から好きだった椎名林檎が当時リリースしたカバー・アルバム『唄ひ手冥利〜其ノ壱〜』を聴いてジャズ、ボサノバ、シャンソンなど、それまで聴いてきたポップスやクラシック以外のジャンルのスタンダード曲に感銘を受け、そこからジャズに興味を持って理論を学びたいと思うようになった。


児玉裕一: 数多くのCMや椎名林檎、東京事変、Base Ball Bear、Perfumeなど様々なアーティストのミュージック・ビデオを手掛ける映像作家で、実写にCGやアニメーションなど様々な技術を違和感なく自然に組み合わせる映像を得意とする。


遠藤ゆりか: 好きな歌手は黒崎真音、椎名林檎、ポルノグラフィティ、好きなジャンルはスクリーモ。


鬼束ちひろ: また「練炭自殺する人は最初に椎名林檎を聴き、次にCoccoを聴いて、最後に鬼束ちひろの曲を聴いてから死ぬ」という言説をネットで拾い見し、歌うことに対する拒絶感を抱いた。


木村カエラ: 好きなバンドはニュー・ファウンド・グローリーとSum 41、好きなボーカリストはグウェン・ステファニーと椎名林檎


池田貴史: いとうせいこう、椎名林檎、斉藤和義、持田香織、秦基博、山口隆、 三浦大知など多彩なゲストを迎えながら、コンスタントに作品を制作。


黒坂優香子: バンドメンバーは固定ではなく、その時々でサークル内のチャットモンチーや椎名林檎好きなメンバーを集めてガールズバンドを組むなどしていた。


吉田羊右子: カラオケの十八番は椎名林檎の「罪と罰」と中島みゆき、辛い時、落ち込んだ時には中山美穂の「幸せになるために」を泣きながら歌う。


藍染カレン: 、椎名林檎


池畑潤二: またセッション・ドラマーとして、布袋寅泰、中川勝彦、山下久美子、浅川マキ、UA、COMPLEX、吉川晃司、石橋凌、泉谷しげる、花田裕之、浅井健一、トータス松本、椎名林檎、松井常松、本田美奈子、和田アキ子等のレコーディング、ライブサポートに参加。


田渕ひさ子: ガールズバンドでギターを弾き続け、コズミック・チェリーというバンドでTEEN'S MUSIC FESTIVALに出場し、会場の照明担当であった中尾憲太郎やバンドで出場していた椎名林檎と出会った。


石井陽菜: 椎名林檎に憧れて高校時代バンドを組んでいた


西川進: 1998年-1999年、椎名林檎のレコーディングに参加。


大森靖子: 「○○っぽい」としか他人の音楽を評価できない人々への反感を込めて、1stアルバム『魔法が使えないなら死にたい』のジャケットをあえて椎名林檎の2ndアルバム『勝訴ストリップ』のオマージュにした。自身も椎名林檎のファンであるものの、すぐに彼女のコピー扱いする人々や、あるいは実際にそういう売り方をするレコードレーベルのせいで数多くの新人歌手が潰されてきたと思っていて、そのような考え方が音楽業界を衰退に導いていると考えるからである。


草野マサムネ: アダムとイヴの林檎/椎名林檎トリビュート・アルバム(2018年5月23日)


椎野恭一: 椎名林檎


竹内朋康: 2014年11-12月、椎名林檎のアリーナツアー「林檎博'14 ―年女の逆襲―」に参加。


篠原さや: 椎名林檎 『JL005便で ~Flight JL005~』(2023年)


高橋愛: 好きな歌手は、自身のブログで椎名林檎と語っている。


なな茶: 好きなアーティストは「椎名林檎」「ちゃんみな」


村石雅行: 1999年から2000年まで、椎名林檎のバックバンド・虐待グリコゲンのメンバーとして全国ツアーなどに参加。


雨宮かのん: 椎名林檎の「月に負け犬」を弾き語りで披露。


リナ・サワヤマ: 1990年代から2000年代の日本の音楽のうち宇多田ヒカルと椎名林檎、2000年代初期のアメリカのR&B、ポップ、ロックのうちマライア・キャリー、デスティニーズ・チャイルド、カーディガンズ、ジャスティン・ティンバーレイク、ジョン・メイヤーらから影響を受け、両者をミックスする。影響されたアルバムに宇多田ヒカルの『First Love』、椎名林檎の『勝訴ストリップ』、ビヨンセの『Dangerously in Love』、N.E.R.Dの『Fly or Die』を挙げる。自身では自分の音楽を、「Cute R&B」あるいは「マライア・キャリー、カーディガンズ、ジャスティン・ティンバーレイク、アリーヤ、椎名林檎、N.E.R.Dのミックス」と表現している。


最上もが: 特定のジャンルに拘って聴くよりも、季節やその時の気分によって選曲することが多いと述べており、よく聴くアーティストとして、Fear, and Loathing in Las Vegas、鹿乃、EGOIST、椎名林檎、CHARA、aikoなどを挙げている。


椎名林檎

もしもしロボ

椎名 林檎(しいな りんご)さんの誕生日は1978年11月25日です。埼玉出身のシンガー ソングライターのようです。

もしもしロボ

人物、音楽性などについてまとめました。結婚、離婚、姉妹、父親、解散、テレビ、映画、引退、母親に関する情報もありますね。椎名林檎の現在の年齢は45歳のようです。

椎名 林檎(しいな りんご、1978年11月25日 - )は、日本のシンガーソングライター。有限会社黒猫堂所属。レコードレーベルはEMI Records。2004年からはロックバンド・東京事変のボーカリストとしても活動している。

2009年、平成20年度芸術選奨新人賞(大衆芸能部門)受賞。2017年12月、東京オリンピックの『4式典総合プランニングチーム』に選出。

アメリカ最大の音楽レビューサイト「Rate Your Music」では、J-Rockジャンルにて最高評価を得ている。

2000年に弥吉淳二と結婚。一男をもうけ、2002年に離婚した。

現時点で事実婚状態にあるのは映像ディレクターの児玉裕一。兄はシンガーソングライターの椎名純平。伯父はイラストレーター、ブックデザイナーの辰巳四郎。またその娘であるイラストレーターの藤森玲子とは従姉妹にあたる。

1978年、埼玉県浦和市(現・さいたま市浦和区)生まれ。先天性食道閉鎖症を抱えて生まれたため、生後すぐに新宿区の慶應義塾大学病院まで搬送され、2日間にわたる大手術を受ける。外資系石油会社に勤める父親の転勤により2歳のとき静岡県清水市(現・静岡市清水区)に移り住み、約10年間を過ごす。4歳のときに祖母に頼んでピアノを始める。1990年、小学6年生のときに父親が福岡支店の勤務となり、福岡県福岡市早良区へ引越す。それから高校中退後のフリーター時代までの約7年間が福岡育ち。幼少時から10年以上ピアノとクラシック・バレエを習っていたが、後述の通り生後まもなく手術を受けた際に体の左右均等に力が入らない後遺症が残り、これが徐々に悪化したため断念したという。

福岡市立百道中学校 在学中に、友人とバンドを結成して学園祭などで何度か演奏するも解散。体育祭では女子の応援団長を務めていた。女優の山口紗弥加は中学の1学年下の後輩。福岡県立筑前高等学校 に進学すると軽音楽部に入部、いくつものバンドをかけ持ちしてさまざまな楽器を担当する。軽音部のバンドはコピー・バンドが多かったため、洋楽・邦楽問わずコピーばかりを演奏していたが、次第に自分で曲を作るようになる。そして学内だけでなく学外の友人ともバンドを組むようになり、ライブハウスでも演奏するようになる。

1994年、高校1年生のときに第19回ホリプロタレントスカウトキャラバン 放課後の決選〜カラオケ・バトルロイヤルに出場。

1995年、高校2年生のときに『Marvelous Marble(マーベラス・マーブル)』というバンドで「第9回 TEENS' MUSIC FESTIVAL」に出場。福岡地区で1位となり全国大会に進出、奨励賞を受賞する。このときのティーンズ大賞・文部大臣奨励賞(グランプリ)はaiko。同年秋、RKBラジオの家村裕之ディレクターの推薦で長崎歌謡祭に出場し、ファイナリストとなっている。高校では学級委員を務め、成績も優秀だったが、高校2年の3学期が終わると同時に高校を中退。ピザ屋や警備員などのバイトをしながらデモテープを作る日々を送る。

1996年、フリーター生活をしながら「The 5th MUSIC QUEST JAPAN」の福岡大会にふたたびバンドで出場するが、大会関係者にソロ転向を勧められて決勝の「MUSIC QUEST JAPAN FINAL」には「椎名林檎」として出場、「ここでキスして。」を歌って優秀賞を獲得している。地方予選の段階でいくつかのレーベルから声がかかり、その中から東芝EMI(現・ユニバーサルミュージック)を選んで契約する。また、この大会で同じく優秀賞を受賞したaikoやグランプリを受賞した谷口崇とは音楽活動やプライベートを通じて交流するようになる。

1997年の1月から3月までの間、知人の伝手を頼りイギリスで3か月間ホームステイするが、その時にEMI本部のスタッフと衝突。これを機に思い悩んだ末、日本でのデビューを決意して帰国する。

1998年

    5月27日、東芝EMI(当時)からシングル「幸福論」でデビュー。

    9月9日、セカンド・シングル「歌舞伎町の女王」を発売。渋谷系をもじった新宿系を名乗り、話題となる。

    10月7日、広末涼子のシングル「ジーンズ」収録のカップリング曲「プライベイト」を提供。

    1999年

      1月20日、サード・シングル「ここでキスして。」をリリース。

      1月27日、ともさかりえのシングル「カプチーノ」に表題曲「カプチーノ」、カップリング曲「木蓮のクリーム」を提供。

      2月24日、ファースト・アルバム『無罪モラトリアム』をリリース。先行シングル「ここでキスして。」のヒットを受けてミリオンヒットを記録する。

      4月より、初のライブツアー「先攻エクスタシー」が福岡公演を皮切りに全国6都市で行われた。また、仙台公演は体調不良のために順延となった。

      6月、それまで出演していたCROSS FMの最後の公開放送を北九州スタジオで行う。

      8月、「RISING SUN ROCK FESTIVAL 1999 in EZO」に出演。

      10月7日、東芝EMIのコンベンション・ライブ「MUSIC TALKS」にて、「東芝EMIガールズ」として宇多田ヒカルとともにカーペンターズの「I Won't Last a Day Without You」を披露。

      10月27日、4枚目のシングル「本能」を発売。プロモーション活動をナースのコスプレで行う。このシングルがミリオンセラーになり、世間に幅広く認知された。

      11月、学園祭ライブツアー「学舎エクスタシー」(東海大学、昭和女子大学、西南学院大学、立命館大学)を行う。

      2000年

        1月26日、セカンド・アルバムからの先行シングルとして「ギブス」と「罪と罰」を2枚同時発売。

        3月16日から30日までの間、セカンド・アルバムの中から1曲(「浴室」)をプロモーションとしてインターネット上で無料配信したところ、2週間で25,000ダウンロードを記録した。

        3月31日、セカンド・アルバム『勝訴ストリップ』をリリース。オリコンで230万枚を超える大ヒットを記録し、このアルバムで日本ゴールドディスク大賞ロック・アルバム・オブ・ザ・イヤー、第42回日本レコード大賞 ベストアルバム賞 を受賞する。

        4月17日より、2度目のライブツアー「下剋上エクスタシー」を行う。栃木県総合文化センターを皮切りに、全国14都市を回った。

        6月21日、ともさかりえのシングル「少女ロボット」に表題曲「少女ロボット」他2曲を提供。

        6月から7月まで、ガールズバンド「発育ステータス」を結成してシークレット・ライブハウスツアー「御起立ジャポン」を行った。

        7月30日、福岡県飯塚嘉穂劇場にて一夜限りのライブ「(稀)実演キューシュー 座禅エクスタシー」を開催。この時実施されたインターネットライブ中継で、瞬間同時アクセス数が当時の日本新記録となる17,300ストリームを記録した。

        11月、ギタリストの弥吉淳二と極秘入籍。

        2001年

          1月29日、自身のオフィシャルサイトで弥吉淳二との結婚と妊娠を発表。

          3月28日、7枚目のシングル「真夜中は純潔」発売。以降、出産のために一時活動を休止。

          7月、男児を出産。

          2002年

            1月、弥吉淳二と離婚

            5月27日、初のカバー・アルバム『唄ひ手冥利〜其ノ壱〜』発売。

            10月27日発売のスピッツのトリビュート・アルバム『一期一会 Sweets for my SPITZ』に参加、「スピカ」をカバーした。

            2003年

              1月22日、復帰後初のシングル「茎 (STEM) 〜大名遊ビ編〜」を発売。自身初のオリコンシングルチャート 1位を獲得した。

              2月23日、サード・アルバム『加爾基 精液 栗ノ花』を発売。それに先駆けて、アルバムのプロモーションのためにTBSの報道番組「筑紫哲也 NEWS23」内のコーナー「金曜深夜便」(2月21日放送)に録画で出演し、メインキャスターの筑紫哲也と対談。これが活動休止後初の地上波テレビ出演となった。またテレビ朝日系の報道番組「ニュースステーション」(3月26日放送)に今度は生出演し、同様にメインキャスターの久米宏と対談した。アルバムの発売当日には、それを記念したコンサートイベント「実演生中継 賣笑エクスタシー」を東京都九段会館で開催。その模様は全国各地のホールやライブハウスに衛星生中継された。

              8月より、約3年ぶりの全国ツアー「実演ツアー 雙六エクスタシー」を開催。9月27日には追加公演として初の日本武道館公演を行う。また夏の間にトレードマークだった鼻の下のほくろを手術によって除去。

              11月25日、9枚目のシングル「りんごのうた」を発表。この楽曲は10月から11月にかけてNHK「みんなのうた」で放送された。このシングルで一旦ソロ活動を停止する。

              7月8日、フジテレビ系の音楽番組「僕らの音楽」にて、福岡のアマチュア時代から親交のあったZAZEN BOYSの向井秀徳が自身の特集回で椎名を歌のゲストとして招き、共演を果たす。

              12月、公式ファンクラブ「林檎班」の会員限定イベント「第1回林檎班大会 アダルト・オンリー」にて、久々にソロでのライブを行う。

              11月11日、椎名林檎名義としては3年ぶりのリリースとなるSOIL&"PIMP"SESSIONSとの共演作品「カリソメ乙女(DEATH JAZZ ver.)」を配信限定で発売し、ソロとして本格復帰を果たす。この楽曲はフォトグラファー蜷川実花初の監督作品であり、椎名が初の音楽監督を務める翌2007年公開の映画「さくらん」の主題歌で、劇中には様々なバージョンの楽曲が挿入歌として使用されている。

              1月17日、椎名林檎×斎藤ネコ+椎名純平名義でシングル「この世の限り」を発売。この楽曲は映画「さくらん」のエンディング・テーマに起用された。

              2月21日、椎名林檎としては4年ぶりとなるアルバム『平成風俗』を斎藤ネコとの共同名義で発売。

              2月23日、フジテレビ系の音楽番組「僕らの音楽」に出演、ゲストとして招いたシアトル・マリナーズ所属(当時)のメジャーリーガー・イチローと対談を行った。

              2008年
                2月15日、映画『さくらん』で「第31回日本アカデミー賞」の音楽賞にノミネートされ、優秀音楽賞を受賞。

                3月、香港国際映画祭が主催するイベント「アジアン・フィルム・アワード」に作曲賞でノミネートされる。

                5月27日、デビュー10周年企画が始動。同日に10周年特別サイト「椎名林檎10周年記念特設サイト ringo10th.com」を開設する。

                7月2日、デビュー10周年企画の第1弾として、10周年記念コンピレーション・アルバム『私と放電』と10周年記念ビデオクリップ集『私の発電』を2作同時に発売。

                8月中旬、北海道で開催された「RISING SUN ROCK FESTIVAL 2008 in EZO」に出演。15日は東京事変名義で、16日には椎名林檎名義で出演した。

                9月3日リリースのTOKIOのシングル「雨傘/あきれるくらい 僕らは願おう」に表題曲のひとつ「雨傘」とカップリング曲の「渦中の男」の2曲を提供。

                9月17日、デビュー10周年企画の第2弾として、2000年に行われたライブを収録したDVD『座禅エクスタシー』を発売。

                11月25日、デビュー10周年企画の第3弾として、CD-BOX『MoRA』とDVD-BOX『MoRA』(高音質音声トラック)を同時発売。それ以外にも、『無罪モラトリアム』と『勝訴ストリップ』のアナログ盤を初回生産限定で同時発売。

                11月28日から30日までの三日間、デビュー10周年を記念したソロライブ「椎名林檎 (生)林檎博'08 〜10周年記念祭〜」をさいたまスーパーアリーナで開催。

                3月6日、芸術選奨文部科学大臣新人賞の大衆芸能部門に選ばれる。

                3月11日、DVD『Ringo EXPO 08』を発売。

                5月2日と3日に開催された亀田誠治総指揮によるライブイベント「亀の恩返し」の1日目に出演。

                5月27日、純粋なソロ名義としては約5年半ぶりのシングル「ありあまる富」を発売。この楽曲はTBS系列のテレビドラマ『スマイル』の制作スタッフからの依頼と要望を受け、ドラマのために書き下ろされたもので、ソロ名義での連続ドラマのタイアップはこれが初である。

                6月24日、約6年4ヶ月ぶりに4作目のオリジナル・アルバム『三文ゴシップ』を発売。オリコンアルバムチャート初登場1位を獲得。このアルバム収録の「二人ぼっち時間」は、6月放送のみんなのうたで放送された。

                11月、江崎グリコの「ウォータリングキスミント」のイメージキャラクターに選ばれ、11月17日からは本人出演のCMの放送も開始された。椎名がCM出演するのはこれが初である。CMソングには東京事変の楽曲が採用され、それぞれ採用順に「能動的三分間」・「勝ち戦」・「ドーパミント!」・「空が鳴っている」が起用された。特に、第1弾CM内でムーンウォークを披露したシーンは大きな話題を呼び、のちに「能動的三分間」をシングル曲として発表した際、椎名林檎本人がCM同様に同曲のミュージックビデオの映像中でムーンウォークを披露している。

                11月2日、ソロ名義では約2年半振りとなるシングル「カーネーション」を発売。この楽曲は同年10月から放送が開始されたNHK連続テレビ小説「カーネーション」の主題歌として依頼を受けて書き下ろされた。

                12月31日、第62回NHK紅白歌合戦に初出場。本番では東京事変のメンバーも出演し、「カーネーション」と東京事変のシングル「空が鳴っている/女の子は誰でも」からの楽曲「女の子は誰でも」を『カーネーション - 紅組なら誰でも』としてメドレーで披露した。

                1月11日、東京事変の解散を発表。本人による解散声明文には「事変は来(きた)る閏日(うるうび)解散致します」とあり、2012年2月14日より最後のツアー「東京事変 Live Tour 2012 Domestique Bon Voyage」を開催した後、ツアー最終日となる2月29日をもって解散した。

                5月16日、東京事変解散後、初となる楽曲「自由へ道連れ」を配信限定でリリース。同曲はTBS系ドラマ「ATARU」の主題歌として書き下ろされた。

                8月8日にリリースされたSMAPのアルバム『GIFT of SMAP』に楽曲(「真夏の脱獄者」)を提供。

                9月から10月にかけて東京芸術劇場のプレイハウスにて上演された野田秀樹の第17回公演NODA MAP「エッグ」で、野田の依頼により劇中の音楽を担当。また前月の8月31日には劇中で歌われた楽曲をアルバム「毒苺」(歌唱は深津絵里)としてリリース。

                2013年
                  5月27日、デビュー15周年のこの日に12枚目のシングル「いろはにほへと/孤独のあかつき」と女優の真木よう子に楽曲提供したシングル「幸先坂」を同時発売。

                  6月26日、SOIL&"PIMP"SESSIONSと椎名林檎名義によるシングル「殺し屋危機一髪」を発売。

                  9月12日、「椎名林檎 15周年特設サイト」を開設。

                  11月13日、コンピレーション・アルバム『浮き名』、ライブ・アルバム『蜜月抄』、Blu-ray Discボックス『LiVE』、ミュージック・ビデオ集『The Sexual Healing Total Care Course 120min.』を発売。

                  11月18日から、オーチャードホールで5年ぶりとなる単独公演「椎名林檎 十五周年 党大会 平成二十五年神山町大会」を開催。この公演中、ファンに向けてこの年の初夏に女児を出産したことを会場で報告した。

                  11月28日・29日、浜離宮朝日ホールで、8年ぶりとなるファンクラブ会員限定コンサート「椎名林檎 十五周年 班大会 平成二十五年浜離宮大会」を開催。

                  2月13日から16日にかけて東京劇術劇場シアターイーストで上演された野田秀樹作の一人芝居『ガラスの国のティンカーベル』に劇中曲を提供。

                  5月27日、初のセルフカバー・アルバム『逆輸入 〜港湾局〜』を発売。

                  6月11日、13枚目のシングルとして「NIPPON」を発売。本楽曲は2014年度NHKサッカー中継のテーマソングとして書き下ろされた。

                  11月5日、約5年半ぶりとなるオリジナル・アルバム『日出処』を発売。それに先駆けてアルバム収録曲「ありきたりな女」を10月1日に先行配信。

                  11月29日から12月21日まで、アリーナツアー「林檎博'14 -年女の逆襲-」を開催。

                  12月31日、第65回NHK紅白歌合戦に2度目の出場。

                  2月25日、14枚目のシングル「至上の人生」を発売。日本テレビ系ドラマ「○○妻」の主題歌として書き下ろされた。

                  5月13日、アニメ映画『百日紅 〜Miss HOKUSAI〜』の主題歌に採用された配信限定曲「最果てが見たい」を、映画の世界公開に合わせて全世界同時配信リリース。

                  7月26日、「FUJI ROCK FESTIVAL '15」(GREEN STAGE)に出演。

                  8月1日、「ROCK IN JAPAN FESTIVAL 2015」(GRASS STAGE)に出演。

                  8月5日、両A面となる15枚目のシングル「長く短い祭/神様、仏様」を発売。

                  8月16日、自身初の海外公演「椎名林檎 (生)林檎博'15 -垂涎三尺-」を台湾・台北南港展覧館にて開催。

                  12月31日、第66回NHK紅白歌合戦に3度目の出場。

                  1月25日、リオデジャネイロオリンピック閉会式・同パラリンピック閉会式における、2020年東京オリンピック・同パラリンピックへの「フラッグハンドオーバーセレモニー」検討メンバー(プランニング担当)に就任。

                  2月28日、「SPACE SHOWER MUSIC AWARDS」で「BEST FEMALE ARTIST(もっとも優れた女性ソロアーティストに授与される賞)」を受賞。

                  12月31日、第67回NHK紅白歌合戦に4度目の出場。

                  『おとなの掟』を発売。ドラマ「カルテット」の主題歌として書き下ろした。大ヒットを記録し、2017年度にもっとも売れた配信シングルとなった。

                  『目抜き通り』を発売。大型商業施設「GINZA SIX」のテーマソングとして、銀座の魅力を表現した新たなる銀座のテーマソング制作の依頼を受けて椎名林檎が書き下ろした。

                  12月6日、セルフカバーアルバム第二弾、『逆輸入 ~航空局~』を発売。

                  12月、2020年東京オリンピックの『4式典総合プランニングチーム』に選出される。

                  12月31日、第68回NHK紅白歌合戦に5度目の出場。

                  5月23日、初のトリビュートアルバム『アダムとイヴの林檎』を発売。

                  5月27日、全曲のサブスクリプションサービス解禁。

                  9月27日、10月1日にリニューアルされる「news zero」の新テーマソングとして書き下ろし新曲『獣ゆく細道』の起用が発表。zeroでの初OA時にゲストがエレファントカシマシの宮本浩次であることが明かされ、初OA直後の翌2日から配信限定でリリース&各種サブスクリプションサービスで解禁された。

                  12月31日、第69回NHK紅白歌合戦に6度目の出場。

                  5月27日、約4年半ぶりとなるオリジナル・アルバム『三毒史』を発売。それに先駆けてアルバム収録曲「鶏と蛇と豚」を4月23日、「駆け落ち者」を5月2日、「TOKYO」を5月17日 に先行配信。

                  11月13日、自身初となるベスト・アルバム『ニュートンの林檎 〜初めてのベスト盤〜』を発売。アルバム内には新曲として「公然の秘密」(9月30日に先行配信)、宇多田ヒカルとの「浪漫と算盤 LDN ver.」(11月2日に先行配信)を収録している。

                  人物

                  埼玉生まれ、静岡・福岡育ち。血液型はO型。「椎名林檎」としてのプロフィール上は音楽活動を始めた福岡の出身となっている。生後まもなく先天性食道閉鎖症と診断されて手術を受けたが、この際に右の肩甲骨付近にメスを入れられた影響で左右のバランスが取れない障害が残り、のちに始めたピアノとクラシックバレエを途中で断念せざるを得ない原因になったという。

                  「椎名林檎」という芸名は高校生のとき、「ここでキスして。」「ギブス」「茜さす帰路照らされど…」「虚言症」などの作品を初めてJASRACへ著作者登録をする際に筆名が必要となり、あくまで一時的なつもりで使用したのが始まり。なぜ「林檎」と命名したかについては、自身のバンド活動もドラマーから始まったということもあってビートルズのドラマーだったリンゴ・スターの名前を借用したと語っている。また名前が人の名前とは思えない、物体そのものを表すものだということについては、漫画家の吉田戦車のペンネームからの影響があると語っている。もともとの由来は、子供のころはかなりの恥ずかしがり屋で、学校で先生に指されるとすぐほっぺたが真っ赤になってしまっていたから。

                  歌詞に旧仮名遣いや旧字体を使用することから読書家だと思われることも多いが実はそうでもなく、本人曰く「よく読んでいるのは辞書」とのこと。近年では音楽番組に出演した際に歌詞のテロップが縦書きのシネマフォントで表示されていることが多い。

                  デビューからしばらくの間標榜していた「新宿系」については、「取材などで常に『(ジャンルは)何系?』と聞かれるのが面倒くさいので口から出まかせを言った」 などと答え、またその定義についても「本当は意味などなかったが何か理由づけしないと相手に悪いと思って聞かれたことに対して一生懸命答えたのだろう」 と明かしている。

                  トレードマークだった左の口元のほくろについては、「小学校時代に女優の沢口靖子やマドンナのように口元にほくろのある女性に憧れてペンで書いていたら本物になった」という噂を本人が肯定しており、また2003年に手術で除去したもののその後ふたたび近い場所に新しいほくろが出来てしまったとも語っている。

                  吉岡里帆のラジオにゲスト出演した際、「鶏と蛇と豚」のPVについて、「(制作した)児玉監督は主人」であると自ら明かした。さらに、「独自の視点で提案してくれる。半分はケンカするが、半分は凄い凄いと言ってるから離婚しないでいる」と語っている。

                  東芝EMIの制作ディレクターだった篠木雅博が九州エリアの宣伝マンの熱心な推薦とレコード会社内でマネジメントができるという理由によって契約を決め、実績のある外部ディレクターに楽曲制作の現場を任せることにした。しかし作品の大幅な手直しが必要だとするディレクターとそれを断固として拒否する椎名が激しく対立し、その体制は断念せざるを得なかった。作品に強烈な違和感を感じた篠木自身もディレクターと同意見だったが、年配者に受け入れられなかった吉田拓郎などの前例を踏まえ、それまで経験したことがないほどの違和感は大化けの予兆かもしれないとも思った。椎名の個性を生かすには旧来のディレクションは無視して自由にやらせるしかないと考えた篠木は、アレンジャーとしてベーシストの亀田誠治を紹介してすべてをその2人の作業に委ねた。

                  2001年からの休業は一般的には産休だと思われていたが、実際は引退して家庭に入ろうとしていた。しかし契約やその他諸々の義務を果たすためにカバーアルバムを出したところ、周囲から音楽活動の継続を求められることになった。だが当人はそのままでは続けるモチベーションが見いだせなかったため、バンド・東京事変を結成することにした。未知の相手と仕事をすることである程度の縛りを自分に与えるためであった。

                  その当時、海外リリースの話も来ていてヴァージン・レコードのレーベルにも呼ばれたが、自分自身はやめようと思っているのに周りの人々が熱を帯びていく様子がいたたまれなかったという。ヴァージンのスタッフらは彼女がやっていることをストレートに受け取ってくれたが、当時の日本の状況ではどんな曲を作っても深読みされたり意図しない方向に受け取られたりしたため、それらのことに疲れて果てたのがやめようと思っていた理由であった。

                  2016年のリオデジャネイロオリンピック/パラリンピックにおいて、フラッグハンドオーバーセレモニー(以下、FHO)のクリエイティブスーパーバイザーと音楽監督を務める。2015年末に電通のFHO制作チームのクリエイティブスーパーバイザーである佐々木宏から仕事を手伝ってほしいという話があり、まずは児玉裕一監督を推薦した。年を越す前に自身も佐々木の相談相手のような立場で参加することが決まり、それならばMIKIKOや真鍋大度も呼びたいとリクエストしてそれが認められた。しかし2016年の6月前後までIOC(国際オリンピック委員会)との間でプロットの擦り合わせが続き、音楽監督としての仕事は初夏まで何もできていなかった。使用楽曲については、オリンピックの方では土壇場で許可申請が却下されるなどした一方、パラリンピックの方ではある程度自由に行うことができた。

                  翌2017年12月、東京2020 開会式・閉会式 4式典総合プランニングチームに就任。

                  音楽性

                  ボーカリストとしてはロックンロールからジャズ、ヒップホップまでこなすジャンルを問わない柔軟さを持ち、それ以外にもギターや鍵盤などの各種楽器の演奏や作編曲までこなすなど、音楽家として高度な汎用性を誇る。

                  J-POPよりも阿久悠やなかにし礼のような職業作詞家たちが書いていた昭和の歌謡曲に慣れ親しんできたせいか、「歌には上手い下手などなくて『歌になっているかなっていないか』があるだけなのではないか」と思っている。

                  作家としては宇崎竜童・阿木燿子夫妻のコンビに憧れており、その二人の形を1人2役でこなすのが一生の夢だという。

                  井上陽水、チューリップ、海援隊、甲斐バンドらを見出した元RKB毎日放送の音楽プロデューサー野見山實は、デビュー前の椎名の詩集を見てその発想と着眼点、展開が凡人とは異なると感じ、曲については作品の中にジャズやシャンソンなどを取り入れた同年代の若い作家にはあまり例をみない発想があると評している。

                  作曲について、自身では「自分は旋律(メロディ)と和声(ハーモニー)の関係性にこそ常に関心を持つべきだ」と思っている。アレンジが違っても成立するよう、例えばスーパーなどでかかるMIDI音源のインストのようにまっさらな状態で聴いたときにいかに光るものを書いておくかが自分にとっては大事だと思っているため、ビートや音色に触発されてサウンドの方から組み立てていくアプローチは極力しないようにしている。デモを作る段階で編成のボリュームを決め込むため、レコーディングでそれを生楽器に置き換えたときにそれぞれのプレイヤーからのプラスアルファによって元の音数が減ることはあっても増えることはほとんどない。しかしあまり細かい部分まで決め込んでしまうとプレイヤーの演奏を縛ってしまうので、デモの段階では最低限のものを渡している。とはいえ、皆フレーズやリフはデモのままやってくれることが多いという。

                  作詞の際は、まず曲のイメージを損なわない英語で仮の歌詞を書いてからデモを作り、そのあとでメロディと母音や子音との関係性で英語詞にするか日本語詞にするかを決める。歌詞は「思いつくのではなくあとから当てはめて行くという感じ」と述べている。

                  クラシックが好きでジャズやポピュラー・ミュージックへの造詣も深い父親と古い歌謡曲が好きでバレエ経験のある母親の間に生まれ、音楽的な環境に恵まれた家庭に育つ。音楽的原体験はドビュッシーのピアノ曲。バレエやピアノを習っていた影響で幼少期にはクラシック音楽を好んでいたが、ピアノ曲以外はあまり好きではなく、管弦楽曲でもバレエ音楽ばかりを聞いていた。クラシック以外ではアストル・ピアソラやマイルス・デイヴィスを聴くことが多かった。歌のある曲にはほとんど興味がなかったが、父親の影響でザ・ピーナッツは好きだった。小学生の頃は、映画『風の谷のナウシカ』のサウンドトラックや母親の好きだった五輪真弓、太田裕美、朱里エイコ、大塚博堂、寺尾聰、来生たかお、ペドロ&カプリシャス、長谷川きよし のような古い歌謡曲、そして父親の好きだった渡辺貞夫やビリー・ジョエルおよびニーナ・シモン、サラ・ボーン、エラ・フィッツジェラルドなどの女性ジャズ・ボーカリストを好んで聞いていた。中学生になると、兄の影響でモータウンやソウル・ミュージック、R&Bなどのブラック・ミュージックに傾倒するようになり(フェイバリット・アーティストはマーヴィン・ゲイ)、邦楽をまったく聞かなくなった。高校に進むとBLANKEY JET CITYやエレファントカシマシをきっかけに日本語の歌詞を受け入れてふたたび邦楽も聞くようになり、洋楽ではレディオヘッドやビョークを聞いていた。セックス・ピストルズには音よりもビデオなど映像の方で影響を受け、音として多く聴いていたのはレッド・ホット・チリ・ペッパーズやレイジ・アゲインスト・ザ・マシーン、パール・ジャムなど。高校を辞めた後は感覚が昔に戻ったのか、改めてトッド・ラングレンやレッド・ツェッペリン、ビートルズなどを聞き直していた。

                  BLANKEY JET CITY、SHERBETSのボーカル、ソングライターである浅井健一の大ファンであり、様々な面で大きな影響を受けたことを公言している。また、椎名の楽曲である「丸ノ内サディスティック」の歌詞に登場するベンジーとは浅井健一の愛称である。

                  ナンバーガールやそのソングライターである向井秀徳から受けた音楽的な影響の大きさについて頻繁に公言している。

                  ボーカリストとしてはフェアーグラウンド・アトラクションのエディ・リーダーに憧れていたが、声質がまるで異なることを自覚していたので、同様に好んで聞いていたジャニス・イアンを目指すことにした。またデビュー当時、和製アラニス・モリセットとよく言われたが、本人としてはクランベリーズのドロレス・オリオーダンのイメージだった。

2024/05/25 07:16更新

shiina ringo


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