中山伊知郎の情報(なかやまいちろう) 経済学者 芸能人・有名人Wiki検索[誕生日、年齢、出身地、星座]
中山 伊知郎さんについて調べます
■名前・氏名 |
中山伊知郎と関係のある人
後藤誉之助: (有沢広巳・中山伊知郎)日本の経済 昭和32年版(至誠堂、1957) 伊藤助成: 大学では中山伊知郎ゼミナールに所属。 東畑精一: 1926年-1930年の留学中にはボン大学でシュンペーターのもと数量経済学を学び、また中山伊知郎と親交を深めた。 中山知子: 『一路八十年 中山伊知郎先生追想記念文集』(中山知子編、中央公論事業出版) 1981.4 宮澤健一: (中山伊知郎・荒憲治郎)『原典による経済学の歩み』(講談社、1974年) 篠原三代平: 高岡高商卒業後は、東京商科大学(現一橋大学)で中山伊知郎門下に入り経済学を学ぶが、1941年から学徒出陣、不整脈のため幹部候補生試験には不合格となり、主計伍長として富山、鹿児島で従軍。 岡田完二郎: 一橋大学教授の中山伊知郎は東京高商の同窓であり、中山が厚生省中央労働委員会会長を務めていた間、岡田も同委員を務めていた。 加藤秀俊: 1967年(昭和42年)、中山伊知郎を会長に「日本未来学会」を結成し、1970年(昭和45年)には「国際未来学会議」を日本で開催した。 篠原三代平: (中山伊知郎)『日本経済事典』(講談社、1973年) 永野重雄: 1953年(昭和28年)ジュネーブで開かれた国際労働機関(ILO)総会に中山伊知郎一橋大学教授とともに日本代表として出席し、その帰りに中山と西村熊雄駐仏大使とともにパリ郊外のアパートにロベール・シューマンを訪ねる。 都留重人: 1949年(昭和24年)、中山伊知郎の後任として、新制一橋大学経済研究所の初代所長に就任。 金森久雄: 『有斐閣経済辞典』中山伊知郎・荒憲治郎共編 有斐閣 1971 堀江薫雄: (中山伊知郎・東畑精一と共編)『現代の世界』第1〜第8、ダイヤモンド社、1970年〜1973年 茂木賢三郎: 大学時代は中山伊知郎ゼミナール、柔道部に所属。 篠原三代平: 『中山伊知郎博士還暦記念論文集――経済の安定と進歩』(東洋経済新報社、1958年) 中山知子: 父は経済学者の中山伊知郎。 高橋誠一郎: 『正統派経済学説研究』泉文堂、1949年(高垣寅次郎、堀経夫、久保田明光、中山伊知郎と共著) 篠原三代平: 卒業後の進路としては、高等商業学校の教師を志し、卒業2か月前に師事していた中山伊知郎に相談したところ、「遅すぎる」と言われ、結局、東京商科大学東亜経済研究所無給嘱託となることがいったん決まり、面接を受けた。 |
中山伊知郎の情報まとめ
中山 伊知郎(なかやま いちろう)さんの誕生日は1898年9月20日です。三重出身の経済学者のようです。
卒業に関する情報もありますね。今年の情報もありました。1980年に亡くなられているようです。
中山伊知郎のプロフィール Wikipedia(ウィキペディア)中山 伊知郎(なかやま いちろう、1898年9月20日 - 1980年4月9日)は、日本の経済学者。経済学博士(東京商科大学・1939年)。一橋大学初代学長、一橋大学名誉教授。日本における近代経済学の導入に貢献した。1963年から1980年まで日本学士院会員。1968年文化功労者。第4期日本学術会議副会長。従二位勲一等旭日桐花大綬章。勲一等瑞宝章受章。 父である中山朝之助は福島の平(現・いわき市)で生まれ、その後三重の宇治山田(現・伊勢市)で山田朝報という新聞社を創業し、主筆を務めた。旧制宇治山田中学(現・三重県立宇治山田高等学校)、神戸高等商業学校(現・神戸大学)を経て、1923年に東京商科大学(現・一橋大学)本科を卒業し、同年4月、東京商科大学大学助手に就任。在学中は福田徳三ゼミナールに所属。高等試験行政科試験に合格。1927年ボン大学に留学し東畑精一とともにシュンペーターに師事する。1939年経済学博士(東京商科大学)「発展を含む経済均衡の性質に関する一研究」 。戦時期には近代経済学のなかでも理論研究を重視する「純粋経済学」の担い手とされた。 1927年東京商科大学講師嘱託、1933年同助教授、1937年同教授を経て、1949年同学長兼一橋大学学長兼東京商科大学予科長、東京商科大学附属商学專門部長、東京商科大学附属商業教員養成所長となる。横濱専門学校(現・神奈川大学)草創期に経済学講師。一橋では、上田貞次郎門下が経済政策を講義していたことから、福田徳三門下の中山は経済政策の講義を担当することができなかった。そこで、東畑精一の誘いを受け、1939年から学長就任の1949年まで東京帝国大学で経済政策の講義を行った。また、1950年中央労働委員会会長、1956年産業計画会議委員(議長・松永安左エ門)に就任した。 1961年日本統計学会会長。1964年一橋大学名誉教授。1973年初代社会経済国民会議議長。1974年放送文化基金初代理事長。1977年初代日本計画行政学会会長。1980年特旨を以て位四級追陞せられ従二位勲一等旭日桐花大綬章。 長女は童謡作家・翻訳家の中山知子。次女の夫は経済官僚の垣水孝一。財務官僚の垣水純一は孫。 中山ゼミ出身者としては荒憲治郎(一橋大学名誉教授、元日本経済学会会長)、篠原三代平(一橋大学名誉教授、文化勲章)、板垣與一(一橋大学名誉教授、元経済社会学会会長)、大陽寺順一(一橋大学名誉教授、元社会政策学会代表幹事)、関恒義(一橋大学名誉教授)、倉林義正(一橋大学名誉教授、元国連本部統計局長)、永谷敬三(ブリティッシュコロンビア大学名誉教授)、美濃口武雄(一橋大学名誉教授)、花輪俊哉(一橋大学名誉教授、元日本金融学会会長)、坂本二郎(一橋大学名誉教授)、南亮進(一橋大学名誉教授)、多賀利明(ペンシルベニア大学教授)、田村貞雄(早稲田大学名誉教授)、加藤寛孝(創価大学名誉教授)、吉野昌甫(一橋大学名誉教授)、藤井隆(元慶應義塾大学教授)、前田新太郎(元北海道大学教授)、鈴木茂(元JR北海道会長)、魚本藤吉郎(元駐ソ連特命全権大使)、伊藤助成(元日本生命社長、元経団連副会長)、茂木賢三郎(日本芸術文化振興会理事長)、鈴木純一郎(元ジャパン・タイムス社長)などがいる。 『戦争経済の理論』(日本評論社, 1941年) 『発展過程の均衡分析――発展を含む経済均衡の性質に関する一研究』(岩波書店, 1942年) 『戦争経済の動向』(大理書房, 1944年) 『戦後経済の展望』(白日書院, 1947年) 『近代経済学の展開――完全雇傭の理論』(有斐閣, 1950年) 『初等経済学講義』(勁草書房, 1955年) 『新しい経営者・新しい労働者』(有紀書房, 1958年) 『資本主義は変ったか』(東京出版, 1958年) 『労使協議制』(日本生産性本部, 1960年) 『日本の近代化』(講談社, 1965年) 『物価について』(中央公論社, 1967年) 『オリーブの実―半寿記念文集』(中央公論事業出版, 1978年) 『ケインズ――一般理論解説』(日本評論社, 1942年) 『統計学辞典』(東洋経済新報社, 1951年/増補版, 1957年) 『資本』(河出書房, 1952年) 『日本經濟の構造分析(上・下)』(東洋経済新報社, 1954年) 『資本蓄積の研究』(東洋経済新報社, 1956年) 『日本経済の解明――近代経済理論より見た問題点』(東洋経済新報社, 1959年) 『賃金問題と賃金政策』(東洋経済新報社, 1959年) (有沢広巳・後藤誉之助)『日本の経済――経済白書の解説と批判』(至誠堂, 1957年) (有沢広巳・大河内一男)『新しい社会労使関係』(サンケイ新聞社出版局, 1967年) (金森久雄・荒憲治郎)『有斐閣経済辞典』(有斐閣, 1971年) (篠原三代平)『日本経済事典』(講談社, 1973年) (荒憲治郎・宮沢健一)『原典による経済学の歩み』(講談社, 1974年) 『中山伊知郎全集』(講談社, 1972年-1973年, 1981年)
第2集『数理経済学説研究』 第3集『数理経済学説研究』 第4集『資本の理論』 第5集『発展過程の均衡分析』 第6集『近代経済学の展開』 第7集『経済学一般理論』 第8集『初等経済学講義』 第9集『経済の安定と進歩』 第10集『戦争経済の理論』 第11集『経済再建の課題』 第12集『日本経済と世界経済』 第13集『経営者・労働者の新時代』 第14集『労使関係の基盤』 第15集『近代化・工業化・民主化』 第16集『日本経済への発言』 第17集『エッセイ集』 第18集『対談・対話集』 別巻『私の年譜』 補巻『発展の人間学』 ^ 官報昭和24年本紙第6836号 294頁 ^ 歴代会長日本統計学会 ^ 歴代議長(社会経済国民会議)日本生産性本部 ^ 根本敏則“会長挨拶”. 一般社団法人日本計画行政学会. 2018年3月21日閲覧。 ^ 官報昭和55年本紙第15979号 9頁 ^ [1] ^ 「資本蓄積論への道」 ^ 日本経済史事始め一橋大学創立150年史準備室ニューズレター ^ [2]一橋大学 ^ 「本年度学位授与論文および単位修得論文」 ^ 「山口茂教授における金融論の学風 」如水会 ^ [3] ^ 齊藤毅憲「Y専(横浜市立横浜商業専門学校)の歴史 : 横浜市立大学創立100年にむけて(つづき)」横浜市立大学論叢. 社会科学系列 = The bulletin of Yokohama City University Social Science 70 (3), 135-211, 2018 ^ 「酒井正兵衛(正三郎)先生を偲ぶ」2012年12月26日 佐藤治 ^ [4][5] ウィキメディア・コモンズには、中山伊知郎に関するカテゴリがあります。 表 話 編 歴 佐野善作 1920-1935 三浦新七 1935-1936 上田貞次郎 1936-1940 事務取扱/学長 高瀬荘太郎 1940/1940-1944 高瀬荘太郎 1944-1946 上原専禄 1946-1947 上原専禄 1947-1949 中山伊知郎 1949-1955 井藤半彌 1955-1959 山中篤太郎 1959-1961 高橋泰蔵 1961-1962 初代 中山伊知郎 1949-1955 第2代 井藤半彌 1955-1959 第3代 山中篤太郎 1959-1961 第4代 高橋泰蔵 1961-1964 第5代 増田四郎 1964-1969 事務取扱 村松祐次 1969 事務取扱 馬場啓之助 1969-1972 第6代 都留重人 1972-1975 事務取扱/第7代 小泉明 1975/1975-1977 事務取扱 宮澤健一 1977 第8代 蓼沼謙一 1977-1980 第9代 宮澤健一 1980-1983 第10代 種瀬茂 1983-1986 事務取扱/第11代 川井健 1986/1986-1989 第12代 塩野谷祐一 1989-1992 第13代 阿部謹也 1992-1998 第14代 石弘光 1998-2004 第15代 杉山武彦 2004-2010 第16代 山内進 2010-2014 第17代 蓼沼宏一 2014-2020 第18代 中野聡 2020- 矢野次郎 1876-1883 事務心得 南貞助 1883-1884 河上謹一 1884 矢野次郎 1884-1887 矢野次郎 1887-1893 事務取扱 和田垣謙三 1893 由布武三郎 1893-1895 小山健三 1895-1898 心得 神田乃武 1898 清水彦五郎 1898 事務取扱 手島精一 1898 事務取扱 高田早苗 1898 事務取扱 澤柳政太郎 1898-1899 駒井重格 1899-1901 事務取扱/校長 寺田勇吉 1901-1902/1902 寺田勇吉 1902 松崎蔵之助 1902-1909 事務取扱 真野文二 1909 事務取扱 澤柳政太郎 1909-1911 坪野平太郎 1911-1914 佐野善作 1914-1920 奈佐忠行 1920-1927 堀光亀 1927-1936 事務取扱 吉田良三 1936-1937 井浦仙太郎 1937-1938 藤本幸太郎 1938-1940 上原専禄 1940-1941 山口茂 1941-1943 主事/部長 増地庸治郎 1943-1944/1944 増地庸治郎 1944-1945 事務取扱/部長 鬼頭仁三郎 1945/1945-1946 山中篤太郎 1946-1947 山中篤太郎 1947-1949 山口茂 1949 中山伊知郎 1949-1951 増地庸治郎 1944 増地庸治郎 1944-1945 事務取扱/部長 鬼頭仁三郎 1945/1945-1946 カテゴリ メディア 一橋大学 一橋大学 人物 表 話 編 歴 初代会長 中山伊知郎 1959-1965 第2代 東畑精一 1965-1974 第3代 小倉武一 1974-1990 第4代 加藤寛 1990-2000 第5代 石弘光 2000-2006 第6代 本間正明 2006 第7代 香西泰 2006-2009 第8代 藤井裕久 2009-2010 第9代 菅直人 2010 第10代 野田佳彦 2010-2011 第11代 安住淳 2011-2012 第12代 城島光力 2012 第13代 中里実 2013- 表 話 編 歴 第1代 中山伊知郎 1968-70年 第2代 安井琢磨 1970年 第3代 青山秀夫 1971年 第4代 熊谷尚夫 1972年 第5代 篠原三代平 1973年 第6代 荒憲治郎 1974年 第7代 大石泰彦 1975年 第8代 福岡正夫 1976年 第9代 馬場正雄 1977年 第10代 二階堂副包 1978年 第11代 置塩信雄 1979年 第12代 稲田献一 1980年 第13代 宮澤健一 1981年 第14代 内田忠夫 1982年 第15代 小宮隆太郎 1983年 第16代 辻村江太郎 1984年 第17代 根岸隆 1985年 第18代 藤野正三郎 1986年 第19代 建元正弘 1987年 第20代 新開陽一 1988年 第21代 宇沢弘文 1989年 第22代 森口親司 1990年 第23代 斎藤光雄 1991年 第24代 天野明弘 1992年 第25代 上河泰男 1993年 第26代 浜田宏一 1994年 第27代 青木昌彦 1995年 第28代 貝塚啓明 1996年 第29代 畠中道雄 1997年 第30代 大山道広 1998年 第31代 鈴村興太郎 1999年 第32代 西村和雄 2000年 第33代 奥野正寛 2001年 第34代 吉川洋 2002年 第35代 八田達夫 2003年 第36代 伊藤隆敏 2004年 第37代 橘木俊詔 2005年 第38代 森棟公夫 2006年 第39代 猪木武徳 2007年 第40代 矢野誠 2008年 第41代 藤田昌久 2009年 第42代 井堀利宏 2010年 第43代 植田和男 2011年 第44代 樋口美雄 2012年 第45代 本多佑三 2013年 第46代 岡田章 2014年 第47代 三野和雄 2015年 第48代 松井彰彦 2016年 第49代 神取道宏 2017年 第50代 林文夫 2018年 第51代 市村英彦 2019年 第52代 大竹文雄 2020年 第53代 大垣昌夫 2021年 第54代 伊藤秀史 2022年 第55代 チャールズ・ユウジ・ホリオカ 2023年 第56代 青木玲子 2024年 FAST ISNI VIAF WorldCat ドイツ イスラエル アメリカ 日本 オランダ CiNii Books CiNii Research ドイッチェ・ビオグラフィー IdRef 日本の経済学者 日本学士院会員 日本学術会議会員 文化功労者 一橋大学学長 一橋大学の教員 東京大学の教員 神奈川大学の教員 放送文化基金 三重県立宇治山田高等学校出身の人物 神戸大学出身の人物 一橋大学出身の人物 三重県出身の人物 勲二等旭日重光章受章者 勲一等旭日桐花大綬章受章者 従二位受位者 従四位受位者 勲一等瑞宝章受章者 1898年生 1980年没 2024/11/21 23:37更新
|
nakayama ichirou
中山伊知郎と同じ誕生日9月20日生まれ、同じ三重出身の人
TOPニュース
中山伊知郎と近い名前の人
話題のアホネイター
この記事は、クリエイティブ・コモンズ・表示・継承ライセンス3.0のもとで公表されたウィキペディアの項目「中山伊知郎」を素材として二次利用しています。