若羽黒朋明の情報(わかはぐろともあき) 相撲 芸能人・有名人Wiki検索[誕生日、年齢、出身地、星座]
若羽黒 朋明さんについて調べます
■名前・氏名 |
若羽黒朋明と関係のある人
安念山治: 若羽黒朋明とは立浪部屋の後継者を巡る問題でも争った。 安念山治: 新小結で幕内最高優勝をたった一度果たしたのみでは昇進など到底不可能だが、1959年11月場所では兄弟子で新大関・若羽黒朋明が13勝2敗で初の幕内最高優勝、安念山も12勝3敗の好成績を挙げ、1960年1月場所では若羽黒が綱取り、安念山が大関取りとして注目された場所となった。 緑嶌友之助: 晩年の弟子には後に「立浪四天王」と呼ばれる若羽黒朋明・時津山仁一・安念山治・北の洋昇がいる。 羽黒山政司: 引退後は年寄専任となったが現役時代から後進の育成に熱心で、若羽黒朋明を大関に昇進させたほか、立浪襲名中には時津山仁一・安念山治・若浪順と若羽黒をそれぞれ幕内優勝者に育てた。 時津山仁一: 12勝以上を挙げた場所が7場所ありながら大関昇進が果たせなかったのは、その豪快な取り口が持続できなかったのが原因とも言われているが、若羽黒朋明・北の洋昇・安念山治と共に「立浪四天王」と呼ばれ、上位陣にとっては脅威の存在として戦後最強の関脇とも言われた。 |
若羽黒朋明の情報まとめ
若羽黒 朋明(わかはぐろ ともあき)さんの誕生日は1934年11月25日です。神奈川出身の相撲のようです。
引退、結婚、現在、事件に関する情報もありますね。去年の情報もありました。1969年に亡くなられているようです。
若羽黒朋明のプロフィール Wikipedia(ウィキペディア)若羽黒 朋明(わかはぐろ ともあき、1934年11月25日 - 1969年3月3日)は、神奈川県横浜市中区曙町出身で立浪部屋に所属した大相撲力士。本名は草深 朋明(くさぶか ともあき)。最高位は東大関。 1934年11月25日に、神奈川県横浜市でクリーニング店を営む草深栄吉の長男として誕生した。後に愛称となる「ドライ坊や(ボーイ)」は、実家がクリーニング店であることに由来する。幼少期から体格が良く、小学一年生の時点で相撲で六年生を破るなど、近所ではわんぱく大将として鳴らした。横浜市立吉田中学校では水泳選手として活躍していたが、中学三年生のある日に栄吉と親しかった行司が自宅を訪ねてきて、恵まれた体格から角界入りを勧められた。あまりにも突然の勧誘で戸惑ったためにまずは相撲観戦から始まり、それでも入門を尻込みしていると立浪から「部屋でゆっくり遊んで行きなさい」と言われた。部屋で2~3日遊んでいるうちに北海道巡業へ誘われ、現地で「廻しを付けて相撲を取ってみろ」と言われたことでそのまま立浪部屋へ入門した。恵まれた体格だったが入門前の激しい稽古によって体重が基準を下回ったために新弟子検査では直前に水をがぶ飲みして受験したが、21貫(79kg)と言われて足元を見ると、立会人かつ部屋付き親方だった白玉が秤に片足を載せて助けていた。 1949年10月場所で初土俵を踏んだが、その時はまだ14歳だった。1950年1月場所で番付に自身の名が記載されたが、四股名にどうしても「若」の字が欲しかったことから同部屋の大先輩の横綱・羽黒山政司に因んだ「若羽黒」となった。しかし、小島貞二は若羽黒の四股名について、「むしろ安念山のほうが、そういった感じがするんですけどね」と立浪の部屋持ち時代に語っている。 非力でポッチャリしていたため、立浪からは何が何でも押しに徹するように指導を受けた。これが功を奏し、1954年3月場所で新十両、1955年3月場所で20歳3か月で新入幕を果たした。一年後の1956年3月場所では東前頭15枚目で12勝3敗と好成績を残し、朝汐太郎・若ノ花幹士との優勝決定巴戦に出場したものの平幕下位の若羽黒には荷が重く、あっさり敗退してしまった。それでも活躍が認められて、初の三賞となる敢闘賞を受賞した。その後は幕内上位から三役に定着し、1959年9月場所では関脇で12勝3敗と好成績を挙げ、場所後に大関へ昇進した。この昇進は大相撲が年6場所制になった1958年以降では史上初の大関となった。その新大関の同年11月場所では13勝2敗と入幕以来、自己最高の成績を挙げ、幕内最高優勝を果たし、この優勝を同場所限りで引退する「ひげの伊之助」への餞とした。同年12月には、自身の大関昇進披露と結婚披露宴を帝国ホテルにて同時に開催し、長嶋茂雄らが参列して祝福した。 新大関の場所で幕内最高優勝を果たしたことから、周囲からは「押しの横綱が誕生か」「武蔵山以来2例目となる神奈川県からの横綱昇進なるか」と言われ始めた。若羽黒の体型はゴムまりを思わせる球体のようなアンコ型で、しつこくネチネチと押して行く独特の押し相撲が持ち味だった。しかし、綱獲り場所となった1960年1月場所で不覚にも7勝8敗と負け越しを喫すると、それ以降は横綱昇進どころか二度と「綱獲り場所」を迎えることが出来なかった。しかし時折存在感を見せる場面もあり、同年11月場所では関脇・大鵬幸喜が13勝2敗で初の幕内最高優勝を果たしたが、10日目に大鵬へ土を付け、同場所では12勝3敗と大きく勝ち越した。また、1961年1月場所では後に大鵬と共に「柏鵬時代」という大相撲の黄金時代を築くことになる大関・柏戸剛が13勝2敗で幕内最高優勝を果たすが、若羽黒は柏戸に対しても同じく10日目に土を付けて、さらにこの際に「オレは柏鵬の反逆児」と発言した。 しかしそれ以降は稽古不足が災いし、若羽黒は場所終盤まで優勝争いに絡むことは一度も無くなった。1961年7月場所は5勝10敗、同年9月場所は全休と連続負け越しとなり、自身初の角番となった11月場所は、11日目に柏戸に敗れて7敗目、12日目に大鵬に敗れてついに負け越しが決定し、3場所連続負け越し(当時の規定により)で大関陥落が決定した。結局この場所は5勝10敗に終わり、結果的に柏戸・大鵬への「反逆」は返り討ちに遭う皮肉な結果となった(この場所後、柏戸・大鵬の両者は揃って横綱へ昇進した)。 「柏鵬の反逆児」と自称していたにもかかわらず、二人に相次いで連敗したことで大関陥落となった若羽黒だったが、1962年1月場所を関脇で9勝6敗、その後も10勝5敗、8勝7敗と3場所連続で勝ち越しを決め、元大関の実力を示した。戦後、大関陥落後に3場所続けて三役を維持したのは史上初のことだったが、同年7月場所で右足首関節を捻挫して途中休場すると三役からも陥落し、これ以降は二度と三役に返り咲くことが出来なかった。そして、1965年3月場所の直前に廃業を表明(現在は引退扱い)、30歳の若さで角界を去った。大関経験者でありながら年寄名跡を取得できず、日本相撲協会に残留することを断念、廃業の憂き目を見ることとなった。力士としての素質は誰もが認めるほどだったが性格にムラがあり、大の稽古嫌い、さらに賭博好きで借金を作るなど、力士としての生活の乱れもあったために引退相撲も開催出来ず、断髪式も同年7月に神奈川県三浦市の油壺観光ホテルでひっそり行われた。 廃業後は東京都北区でおにぎり屋「若」を経営していたが、1965年5月にハワイから拳銃を山口組系国粋会へ密輸入していたことが発覚し、警視庁に逮捕された。自供から立浪部屋を家宅捜索した結果、拳銃3丁が押収され、現役時代に対戦したことがある柏戸剛・大鵬幸喜までもが書類送検される角界拳銃密輸事件に発展した。この事件がきっかけでおにぎり屋も閉店に追い込まれ、妻子とも離縁した。若羽黒は刑務所暮らしを経て翌年に出所し、窮状をみかねたかつてのファンの誘いで岡山県岡山市内の相撲料理店「軍配酒場」の副店長に就任、心機一転してよく働いたが、1969年3月3日に脳塞栓症のため、岡山市内の病院で急死した。34歳没。 ゴムまりを思わせる、球体のようなアンコ型の力士で、相手をしつこく土俵際まで押し込む独特の相撲が持ち味だった。その一方で稽古嫌い・賭博好きのイメージが付き纏い、損をしている。それでも自分の相撲をビデオで何度も確認し、独特の押し相撲の型を完成させた研究熱心な面や、年老いた師匠・立浪の世話を自ら積極的に行ったり、羽黒山政司の娘・小林千恵子(後に安念山治と結婚)の小学校時代に勉強を教えるなど、優しい一面もあった。そういった面から立浪から気に入られるタイプだったという。 若羽黒の押し相撲は並の力士には威力を発揮したが、同じ押し相撲を繰り広げた朝潮太郎には分が悪く、通算で3勝21敗と大きく負け越している。また速攻型の栃錦清隆には3勝16敗、若乃花幹士にも3勝24敗、特に若乃花には初顔から16連敗と全く歯が立たなかった。1959年7月場所で若乃花に初めて勝利したが、制限時間一杯から3度も待ったを繰り返して怒らせての勝利だったことから全く評価されず、「土俵態度があまりにも悪い」との理由で、11勝4敗と大きく勝ち越しながら三賞候補に名前が挙がらなかった。時には押し切る稽古に堪えられず、「沢庵石じゃあるまいし、押してばかりいられるか」と音を上げたこともある。 小島貞二は若羽黒の取り口に関して、全盛期の増位山大志郎や豊嶌雅男によく似ていると、1956年の立浪との対談で語っており、さらに「ああいった押しに徹した相撲の稽古というのは、今はあまりしてないんでしょう」と当時の角界の稽古の傾向について語りながら若羽黒の異質さに触れた。 入門が一場所遅れで同い年の安念山治には激しいライバル意識を持っていたという。安念山が立浪の娘と結婚、立浪の現役名である「羽黒山」を襲名した当時、若羽黒は大関から平幕へ番付を後退させていたばかりか、部屋の後継者争いにも敗れたことで部屋での立場が狭くなったことを理由に廃業を決意したという。 安部譲二が自身のブログで、1955年のある日、18歳だった安部が若羽黒に対して競馬場で喧嘩を売ったと記している。若羽黒は最初こそ安部に対して手は出さなかったが、次第にコンクリート塀へふっ飛ばし、張り手を食らわせたという。 熱狂的な読売ジャイアンツファンで、他の若い者が他のチームを応援するとすかさず怒鳴りつけたという。 角界において、“良い生活を送りたかったら稽古しなさい”という意味でお馴染みの叱咤激励の言葉である「土俵に宝が埋まっている」という言葉を式守伊之助から受けた際に、実際にひそかに土俵を掘って宝探しをしたことがある。 後述の通り下戸であったが、大関時代から既に肝臓の健康を害していたという。また、高血圧でヘビースモーカーであったため、これらが早世の原因となっている。 以前から若羽黒の型破りかつ身勝手、遠慮しない性格は「異端児」と称された。北の洋昇は1957年に安念山と行った対談で、「(若羽黒は)ハマッ子だからね」と、育った場所による気質であると分析していた。 戦前から若羽黒が活躍した1960年代頃までは、力士が自分自身を「ワシ」を言うことが多かった中で「オレ」「僕」と言っていたことや、稽古不足を最高位が関脇だった親方から注意されると「番付はどこだ?オレは大関だ」と返答したり、外出時の正装である羽織・袴ではなくアロハシャツまたは背広で外出する、魚嫌いの肉好きでちゃんこをあまり食べずに中華料理やビフテキを食べる、下戸のために喫茶店ではコーヒー、コーラと共にケーキを口にしたり、キャバレーでバンド演奏を楽しむ、色紙のサインを平仮名で書くなど、従来の力士像を完全に覆すものだった。 また自動車が大好きで、運転免許を取得するべく教習所にも通った。稽古場に姿を現したかと思いきや隙を見て逃げ出すことが日常茶飯事となっていたある日、立浪が「そんなことしている暇があるなら少しでも稽古しろ」と言っても耳を貸さなくなったため、立浪が試験場に出向いて若羽黒に免許を取らせないよう頼んだが、若羽黒はこれを見破って、別の試験場で免許を取得してしまった。 記者から「調子はいかがですか」と聞かれた際には「オレは凝り性だから色々なものに凝る。前は相撲に凝っていたけど最近はどうも、ね…」と返答した。 付け人だった黒姫山秀男にとっては、立浪四天王の中で一番やりやすい関取であり、うるさいことを言われなかったという。ただ、稽古場で汗を流すふりをして息抜きするなど、稽古をサボるのが上手いと証言している。 通算成績:555勝480敗40休 勝率.536 幕内成績:423勝381敗36休 勝率.526 大関成績:102勝78敗15休 勝率.567 現役在位:74場所 幕内在位:56場所 大関在位:13場所 三役在位:16場所(関脇10場所、小結6場所) 三賞:4回
技能賞:2回(1956年9月場所、1959年9月場所) 敢闘賞:1回(1956年3月場所) 雷電賞:1回(1959年9月場所) 金星:4個(吉葉山潤之輔3個、栃錦清隆1個) 各段優勝
他に優勝決定戦で朝汐と若ノ花に1敗。 ^ それから8年後の1969年7月場所以降は、2場所連続負越で大関陥落、翌場所関脇の地位で10勝以上の成績で大関特例復帰に改正される。 ^ 当時は最高位が大関であっても、現役時代の四股名で一代年寄に就任できる制度が存在しなかった。 ^ 2013年9月場所7日目の中入後に力道山光浩が生前撮影していたカラーのフィルム映像が紹介され、北の富士勝昭が若羽黒のアロハシャツ姿での場所入りに言及している。北の富士は「当時は力士が着物を着用せず、スーツで場所入りすることも多かった」と補足的に証言していた。 ^ 1999年12月31日にNHKで放送された『スポーツの20世紀 大相撲 名力士・名勝負100年』では、師匠・立浪も現役時代にはスーツで場所入りしていた様子が映し出されていた。実際に1947年11月場所5日目の場所入りにスーツを着用している姿が確認される。 ^ 朝汐、若ノ花と優勝決定戦 ^ 角番 ^ 関脇陥落 ^ 右足首関節捻挫により9日目から途中休場 ^ 3月場所直前に廃業を表明 ^ ベースボールマガジン社『大相撲名門列伝シリーズ(4) 立浪部屋』p23 ^ ベースボールマガジン社『大相撲戦後70年史』18ページ ^ 『若羽黒 朋明』 - コトバンク ^ ベースボールマガジン社『大相撲名門列伝シリーズ(4) 立浪部屋』p55 ^ 『大相撲中継』2017年8月12日号 p86(参考) ^ 常ノ花寛市と高永武敏の共著「近世大関物語」(恒文社)219頁には、賭け事を起因として暴力団との縁ができてしまったという趣旨の記述がある。 ^ ベースボールマガジン社『大相撲名門列伝シリーズ(4) 立浪部屋』p49 ^ 続・八ヶ岳あかげら日誌 ^ ベースボールマガジン社『大相撲名門列伝シリーズ(4) 立浪部屋』p57-58 ^ 浅坂さんの「ニックネーム力士列伝」〜その4〜 おすもうさん 2021年5月31日 (2023年2月27日閲覧) 『戦後新入幕力士物語 第2巻』(著者:佐竹義惇、発行元:ベースボール・マガジン社、1990年)p24-p38 『昭和平成 大相撲名力士100列伝』(著者:塩澤実信、発行元:北辰堂出版、2015年)p70-71 大関一覧 双羽黒光司 - 若羽黒と同じ立浪部屋所属の力士で、1986年9月に第60代横綱へ昇進。しかし若羽黒と同様に「稽古嫌い」と評され、挙句の果てに師匠の立浪らと衝突の末、1987年12月末に廃業した。 やくみつる - 漫画家。双羽黒の横綱昇進時に「『羽黒』は稽古嫌いだった若羽黒から、『双』は若羽黒の倍以上に稽古しない意味だ」と4コマ漫画で揶揄していた。 表 話 編 歴 高見山酉之助 常陸山谷右エ門 太刀山峯右エ門 鳳谷五郎 両國勇治郎 西ノ海嘉治郎 (2代) 大錦卯一郎 栃木山守也 常ノ花寛市 鶴ヶ濱増太郎 西ノ海嘉治郎 (3代) 大蛇山酉之助 宮城山福松 常陸岩英太郎 能代潟錦作 玉錦三右エ門 豊國福馬 山錦善治郎 武藏山武 綾櫻由太郎 清水川元吉 沖ツ海福雄 男女ノ川登三 双葉山定次 出羽湊利吉 安藝ノ海節男 羽黒山政司 佐賀ノ花勝巳 前田山英五郎 備州山大八郎 東富士欽壹 増位山大志郎 千代の山雅信 照國萬藏 栃錦清隆 鏡里喜代治 時津山仁一 吉葉山潤之輔 三根山隆司 朝潮太郎 (3代) 若乃花幹士 (初代) 安念山治 玉乃海太三郎 若羽黒朋明 若三杉彰晃 大鵬幸喜 柏戸剛 佐田の山晋松 栃ノ海晃嘉 北葉山英俊 富士錦猛光 北の富士勝昭 若浪順 玉の海正洋 琴櫻傑將 清國勝雄 栃東知頼 長谷川勝敏 輪島大士 高見山大五郎 北の湖敏満 魁傑將晃 貴ノ花健士 金剛正裕 三重ノ海剛司 若乃花幹士 (2代) 千代の富士貢 琴風豪規 隆の里俊英 北天佑勝彦 若嶋津六夫 多賀竜昇司 朝潮太郎 (4代) 北勝海信芳 大乃国康 旭富士正也 小錦八十吉 霧島一博 琴富士孝也 琴錦功宗 貴乃花光司 曙太郎 水戸泉政人 若乃花勝 武蔵丸光洋 貴ノ浪貞博 千代大海龍二 出島武春 武双山正士 貴闘力忠茂 魁皇博之 琴光喜啓司 栃東大裕 朝青龍明徳 白鵬翔 琴欧洲勝紀 日馬富士公平 把瑠都凱斗 旭天鵬勝 鶴竜力三郎 照ノ富士春雄 琴奨菊和弘 豪栄道豪太郎 稀勢の里寛 栃ノ心剛史 御嶽海久司 貴景勝貴信 玉鷲一朗 朝乃山英樹 德勝龍誠 正代直也 大栄翔勇人 若隆景渥 逸ノ城駿 阿炎政虎 霧島鐵力 豊昇龍智勝 尊富士弥輝也 大の里泰輝 一覧 年代は初優勝、しこ名は最後の優勝時。 表 話 編 歴 161代 能代潟錦作 162代 常陸岩英太郎 163代 豊國福馬 164代 玉錦三右エ門 165代 武藏山武 166代 清水川元吉 167代 男女ノ川登三 168代 双葉山定次 169代 鏡岩善四郎 170代 前田山英五郎 171代 羽黒山政司 172代 安藝ノ海節男 173代 五ツ嶋奈良男 174代 照國万蔵 175代 名寄岩静男 176代 佐賀ノ花勝巳 177代 東冨士謹一 178代 汐ノ海運右衛門 179代 増位山大志郎 180代 千代ノ山雅信 181代 吉葉山潤之輔 182代 鏡里喜代治 183代栃錦清隆 184代 三根山隆司 185代 大内山平吉 186代 松登晟郎 187代 若乃花勝治 188代 朝汐太郎 189代 琴ヶ濱貞雄 190代 若羽黒朋明 191代 柏戸剛 192代 大鵬幸喜 193代 北葉山英俊 194代 佐田の山晋松 195代 栃ノ海晃嘉 196代 栃光正之 197代 豊山勝男 198代 北の富士勝昭 199代 玉乃島正夫 200代 琴櫻傑將 201代 清國勝雄 202代 前の山太郎 203代 大麒麟將能 204代 輪島大士 205代 貴ノ花利彰 206代 大受久晃 207代 北の湖敏満 208代 魁傑將晃 209代 三重ノ海剛司 210代 旭國斗雄 211代 若三杉壽人 212代 増位山太志郎 213代 千代の富士貢 214代 琴風豪規 215代 隆の里俊英 216代 若嶋津六夫 217代 朝潮太郎 218代 北天佑勝彦 219代 大乃国康 220代 北尾光司 221代 北勝海信芳 222代 小錦八十吉 223代 旭富士正也 224代 霧島一博 225代 曙太郎 226代 貴ノ花光司 227代 若ノ花勝 228代 貴ノ浪貞博 229代 武蔵丸光洋 230代 千代大海龍二 231代 出島武春 232代 武双山正士 233代 雅山哲士 234代 魁皇博之 235代 栃東大裕 236代 朝青龍明徳 237代 琴欧洲勝紀 238代 白鵬翔 239代 琴光喜啓司 240代 日馬富士公平 241代 把瑠都凱斗 242代 琴奨菊和弘 243代 稀勢の里寛 244代 鶴竜力三郎 245代 豪栄道豪太郎 246代 照ノ富士春雄 247代 髙安晃 248代 栃ノ心剛史 249代 貴景勝貴信 250代 朝乃山英樹 251代 正代直也 252代 御嶽海久司 253代 霧島鐵力 254代 豊昇龍智勝 255代 琴櫻将傑 256代 大の里泰輝 表 話 編 歴 春日由三 吉本明光 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2024/11/23 21:12更新
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wakahaguro tomoaki
若羽黒朋明と同じ誕生日11月25日生まれ、同じ神奈川出身の人
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