樋口季一郎: 早坂隆は、樋口自身の原稿では「彼ら(ユダヤ人)の何千人が例の満洲里駅西方のオトポールに詰めかけ、入満を希望した」と書き記されていたものが、芙蓉書房版の『回想録』にある数字では「二万人」に変わっており、これが難民の実数検証に混乱をきたす原因になっていると指摘している。
磯田憲一: ^ 早坂隆 『昭和十七年の夏 幻の甲子園 戦時下の球児たち』 文藝春秋(文春文庫)、2012年、157頁。
林安夫: ^ 早坂隆『戦場に散った野球人たち』文藝春秋、2014年、pp.179 - 180
松井石根: これらの句について早坂隆は、「一首目で使われている「無畏」という語は「仏が法を説くときの何ものをも畏れない態度」のことであるが、これは松井が熱海の自宅の名に冠した言葉でもある。
樋口季一郎: ただし、早坂隆によると1941年(昭和16年)の記録がなく、数字のうち少なくない割合でユダヤ人が含まれていると考えられるが、その割合が不明であり累計が2万に到達したかは不明としている。
辻源兵衛: ^ 早坂隆 『昭和十七年の夏 幻の甲子園 戦時下の球児たち』 文春文庫、134頁。
樋口季一郎: これについてノンフィクション作家の早坂隆は、樋口の経歴がウラジオストック特務機関員、ハルビン特務機関長、さらに第5方面軍司令官であったことから、ソ連によって『敵の大物』であり、とくに特務機関長であったことが大きいとしている。
松井石根: ノンフィクション作家の早坂隆は、2011年に刊行した『松井石根と南京事件の真実』(文春新書)の中で、松井が南京占領を平和裡に進めようとしていた過程や、親中派としての松井の思想、東京裁判における松井に関する審理の矛盾などを指摘した。
田中馨: 北九州芸術劇場リーディングセッションvol.22「続・世界の日本人ジョーク集」(2013年)原作:早坂隆『続・世界の日本人ジョーク集』 脚本・演出:ノゾエ征爾(はえぎわ)