藤本勝巳の情報(ふじもとかつみ) 野球選手 芸能人・有名人Wiki検索[誕生日、年齢、出身地、星座]


藤本 勝巳さんについて調べます
■名前・氏名 |
藤本勝巳と関係のある人
アレックス=ラミレス: 打撃二冠のタイトルを獲得しながらベストナインに選ばれなかったのは1953年の藤村富美男・1960年の藤本勝巳・1981年のトニー・ソレイタに次いで四人目である。 島倉千代子: 悲しみにくれる中、支えてくれた元阪神タイガースの藤本勝巳と母親の反対を押し切り結婚。 渡辺博之: 藤本勝巳の台頭もあって、1958年2月に近鉄パールスへ金銭トレードで移籍し、2年目の1959年にはロン・ボトラと一塁手のレギュラーを争う。 遠井吾郎: 3年目の1960年には4番・一塁手の藤本勝巳が右翼手に回り、開幕から5番打者として起用される。 近藤隆正: 木戸美模をリリーフして登板したが、藤本勝巳に本塁打を打たれた。 星山晋徳: 当時の一塁手のレギュラーは藤本勝巳で、さらに同期のライバル遠井吾郎がいたこともあり、出場機会は少なかった。 後藤次男: 一軍打撃コーチ時代には藤本勝巳の開花に一役買い、遠井吾郎・藤田平を育てた。 森徹: 3年目の1960年も21本塁打・72打点と藤本勝巳に次ぐ成績を残し、リーグを代表するホームランバッターとして押しも押されもせぬ存在となる。 土橋修: ^ 猛虎人国記(66)~和歌山県(下)~ 天覧アーチ、2冠王の藤本勝巳スポニチアネックス、2012年3月27日記事。 滝川博己: 南部高では中堅手、四番打者として活躍、藤本勝巳の後輩に当たる。 興津立雄: 翌1960年には一塁手に回り、チーム最多となる21本塁打(藤本勝巳と1本差でセ・リーグ2位、森徹と同数)を放ち、オールスターゲームにも選出される。 岡田彰布: 大阪市中央区玉造で「大阪紙工所」という町工場を経営していた父親は阪神の有力後援者で、村山実・藤本勝巳らと親交があったことから幼少時よりタイガースと縁深く育った。 岩下光一: この試合では1回表に藤本勝巳の2ラン本塁打で先制されるとその裏に吉田勝豊の3ラン本塁打で逆転、4回裏にも岩下の適時打でリードを広げたが、7回表二死満塁からの吉田義男の適時二塁打で同点。 |
藤本勝巳の情報まとめ

藤本 勝巳(ふじもと かつみ)さんの誕生日は1937年8月8日です。和歌山出身の野球選手のようです。

卒業、テレビ、結婚、引退、離婚、再婚に関する情報もありますね。藤本勝巳の現在の年齢は87歳のようです。
藤本勝巳のプロフィール Wikipedia(ウィキペディア)■プロジェクト:野球選手 ■テンプレート 藤本 勝巳(ふじもと かつみ、1937年8月8日 - )は、和歌山県出身の元プロ野球選手(内野手、外野手)。 和歌山県立南部高等学校では、控え投手として1954年春季近畿大会県予選決勝に進むがエース前岡勤也を擁する新宮高に逆転負け。同年秋季近畿大会県予選でも準決勝に進むが、日高高に敗退した。 1955年に各球団の注目の的であった前岡勤也をマークしていた青木一三スカウトが、藤本の将来性に目を付け入団交渉。卒業後の1956年に投手として大阪タイガースに入団するが、すぐに外野手に転向。 1957年は右ひじ骨折のケガがありながらも61試合に出場し、9月には渡辺博之に代わり一塁手の定位置を得る。1958年は開幕から六番打者として起用され、124試合に出場し、初めて規定打席(打率.225、リーグ25位)に達する。同年5月28日の大洋戦では1試合3失策を犯している。 1959年は四番打者に定着。6月25日の天覧試合では、6回表に藤田元司から試合を一時引っ繰り返す逆転2点本塁打を放つが、その後同点に追いつかれ、9回裏に長嶋茂雄がサヨナラ本塁打を放ち、藤本はヒーローになり損ねている。また、同年にはオールスターゲームにファン投票で選抜されるも、7月25日の対広島カープ戦で大石清から顔面に死球を受けて入院したため、出場できなかった。シーズンでは打率.278(リーグ9位)、24本塁打の好記録を残し、ベストナインに選ばれる。1960年は遠井吾郎に一塁手を任せ、開幕から右翼手に回るが打撃は好調。シーズン後半には一塁手に戻り、森徹らを抑えて本塁打王(22本塁打)、打点王(76打点)の二冠を獲得した。 1961年は打率.300(リーグ3位)の好記録を残し、自身2度目のベストナインに選ばれる。1962年も中心打者として初のリーグ優勝に貢献し、東映フライヤーズとの日本シリーズでは全7戦に四番打者として出場。チームは敗退したが33打数11安打2本塁打6打点と活躍した。同年10月25日に島倉千代子と婚約。テレビで島倉の容姿に惚れた藤本が、新聞記者から島倉の自宅電話番号を聞き出し、島倉に直接電話をかけてデートに誘ったのが交際のきっかけとされる。 しかし、1963年になると打撃不振に陥り、8月には故障もあり欠場、遠井に一塁手のレギュラーを明け渡す。同年12月5日に島倉千代子と結婚した(媒酌は藤本定義夫妻)。1964年は遠井と併用され2度目のリーグ優勝を果たすが、南海ホークスとの日本シリーズでは3試合に代打で起用されるにとどまる。1965年も遠井との定位置争いが続くが、翌1966年以降は出場機会が減少。1967年の最終戦に一塁手、五番打者として先発出場した後、同年限りで現役引退。 引退後は1968年1月に大阪市心斎橋にクラブ「藤」を開店するが、同年5月に島倉と離婚。1970年11月に佳代子夫人と再婚し、翌1971年9月からスナック「ジャガー」を経営した。 荒削りだが、バットの真芯で捉えた打球はピンポン球のように弾む、抜群の腕力から放つ本塁打が魅力だった。藤本定義からは「一見して不器用に見えるが実は身体は軟らかく、バッティングがナイーブ」と評された。 1957年に巨人戦で安打を打って一塁に立った際、川上哲治から「この世界で悔いのないようにやりなさい」と声をかけられる。藤本はこれに対して直立不動で大声で「ハイッ!ありがとうございますッ!」と答え、以来「悔いのない人生」を座右の銘とした。 各年度の太字はリーグ最高 大阪(大阪タイガース)は、1961年に阪神(阪神タイガース)に球団名を変更 本塁打王:1回 (1960年) 打点王:1回 (1960年) ベストナイン:2回 (一塁手部門:1959年、1961年) 53 (1956年 - 1957年) 5 (1958年 - 1967年) 藤本 克巳 (ふじもと かつみ、1956年 - 1957年) 藤本 勝巳 (ふじもと かつみ、1958年 - 1967年) ^ 阪神マルテNPB初不名誉記録 一塁手1試合4失策 日刊スポーツ 2020年10月23日 ^ 『背番号の消えた人生』195-196頁 ^ 『背番号の消えた人生』198-199頁 ^ 『背番号の消えた人生』199頁 ^ 『日本プロ野球 歴代名選手名鑑』227頁 ^ 『猛虎大鑑』47頁 近藤唯之『背番号の消えた人生』新潮文庫、1985年 『日本プロ野球 歴代名選手名鑑』恒文社、1976年 『猛虎大鑑1936-2002 スーパー・カタログ・阪神歴代成績上位「打者200人&投手100人」 完全保存版』(BBmook スポーツ・スピリット21)』ベースボール・マガジン社、2002年 和歌山県出身の人物一覧 阪神タイガースの選手一覧 個人年度別成績 藤本勝巳 - NPB.jp 日本野球機構 表 話 編 歴 1950 小鶴誠 1951 青田昇 1952 杉山悟 1953 藤村富美男 1954 青田昇 1955 町田行彦 1956 青田昇 1957 青田昇, 佐藤孝夫 1958 長嶋茂雄 1959 桑田武, 森徹 1960 藤本勝巳 1961 長嶋茂雄 1962 王貞治 1963 王貞治 1964 王貞治 1965 王貞治 1966 王貞治 1967 王貞治 1968 王貞治 1969 王貞治 1970 王貞治 1971 王貞治 1972 王貞治 1973 王貞治 1974 王貞治 1975 田淵幸一 1976 王貞治 1977 王貞治 1978 山本浩二 1979 掛布雅之 1980 山本浩二 1981 山本浩二 1982 掛布雅之 1983 山本浩二, 大島康徳 1984 宇野勝, 掛布雅之 1985 R.バース 1986 R.バース 1987 ランス 1988 C.ポンセ 1989 L.パリッシュ 1990 落合博満 1991 落合博満 1992 J.ハウエル 1993 江藤智 1994 大豊泰昭 1995 江藤智 1996 山崎武司 1997 D.ホージー 1998 松井秀喜 1999 R.ペタジーニ 2000 松井秀喜 2001 R.ペタジーニ 2002 松井秀喜 2003 A.ラミレス, T.ウッズ 2004 T.ローズ, T.ウッズ 2005 新井貴浩 2006 T.ウッズ 2007 村田修一 2008 村田修一 2009 T.ブランコ 2010 A.ラミレス 2011 W.バレンティン 2012 W.バレンティン 2013 W.バレンティン 2014 B.エルドレッド 2015 山田哲人 2016 筒香嘉智 2017 A.ゲレーロ 2018 N.ソト 2019 N.ソト 2020 岡本和真 2021 村上宗隆, 岡本和真 2022 村上宗隆 2023 岡本和真 2024 村上宗隆 表 話 編 歴 1950 小鶴誠 1951 青田昇 1952 西沢道夫 1953 藤村富美男 1954 杉山悟, 渡辺博之 1955 川上哲治 1956 宮本敏雄 1957 宮本敏雄 1958 長嶋茂雄 1959 森徹 1960 藤本勝巳 1961 桑田武 1962 王貞治 1963 長嶋茂雄 1964 王貞治 1965 王貞治 1966 王貞治 1967 王貞治 1968 長嶋茂雄 1969 長嶋茂雄 1970 長嶋茂雄 1971 王貞治 1972 王貞治 1973 王貞治 1974 王貞治 1975 王貞治 1976 王貞治 1977 王貞治 1978 王貞治 1979 山本浩二 1980 山本浩二 1981 山本浩二 1982 掛布雅之 1983 原辰徳 1984 衣笠祥雄 1985 R.バース 1986 R.バース 1987 C.ポンセ 1988 C.ポンセ 1989 落合博満 1990 落合博満 1991 広沢克己 1992 L.シーツ 1993 広沢克己, R.ローズ 1994 大豊泰昭 1995 江藤智 1996 L.ロペス 1997 L.ロペス 1998 松井秀喜 1999 R.ローズ 2000 松井秀喜 2001 R.ペタジーニ 2002 松井秀喜 2003 A.ラミレス 2004 金本知憲 2005 今岡誠 2006 T.ウッズ 2007 A.ラミレス 2008 A.ラミレス 2009 T.ブランコ 2010 A.ラミレス 2011 新井貴浩 2012 阿部慎之助 2013 T.ブランコ 2014 M.ゴメス 2015 畠山和洋 2016 筒香嘉智 2017 J.ロペス 2018 W.バレンティン 2019 N.ソト 2020 岡本和真 2021 岡本和真 2022 村上宗隆 2023 牧秀悟 2024 村上宗隆 表 話 編 歴 投 藤田元司 捕 藤尾茂 一 藤本勝巳 二 土屋正孝 三 長嶋茂雄 遊 吉田義男 外 大和田明 / 坂崎一彦 / 森徹 表 話 編 歴 投 権藤博 捕 森昌彦 一 藤本勝巳 二 土屋正孝 三 長嶋茂雄 遊 河野旭輝 外 江藤慎一 / 近藤和彦 / 森永勝治 日本の野球選手 和歌山県立南部高等学校出身の野球選手 阪神タイガース及びその前身球団の選手 本塁打王 (NPB) 打点王 (NPB) NPBオールスターゲーム選出選手 20世紀日本の実業家 和歌山県出身のスポーツ選手 1937年生 存命人物 野球に関する記事 プロジェクト人物伝項目 ウィキデータにある日本野球機構選手識別子
2025/04/06 12:43更新
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fujimoto katsumi
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