もしもし情報局 > 1955年 > 4月7日 > サッカー選手

西野朗の情報 (にしのあきら)
芸能人・有名人Wiki検索(誕生日、出身地)

【4月7日】今日誕生日の芸能人・有名人

西野朗の情報(にしのあきら) サッカー選手 芸能人・有名人Wiki検索[誕生日、年齢、出身地、星座]

  • Google+でシェア
  • はてなブックマークに追加
  • LINEでシェア
もしもしロボ

西野 朗さんについて調べます

■名前・氏名
西野 朗
(読み:にしの あきら)
■職業
サッカー選手
■西野朗の誕生日・生年月日
1955年4月7日 (年齢70歳)
未年(ひつじ年)、牡羊座(おひつじ座)
■出身地・都道府県
埼玉出身

(昭和30年)1955年生まれの人の年齢早見表

西野朗と同じ1955年生まれの有名人・芸能人

西野朗と同じ4月7日生まれの有名人・芸能人

西野朗と同じ出身地埼玉県生まれの有名人・芸能人


西野朗と関係のある人

前園真聖: 1994年1月、西野朗監督率いるU-21日本代表(1996年のアトランタオリンピック出場を目指すチーム)の第1回合宿に招集される。


今野泰幸: ハリルホジッチが解任され、日本代表監督になった西野朗からW杯ロシア大会に向けたメンバーリストに選出されていたが、怪我の影響もあり3大会連続のW杯メンバー入りは叶わなかった。


明神智和: 2006年、柏のJ2降格に伴い、かつて柏を率いていた西野朗が監督を務めるガンバ大阪に加地亮、播戸竜二、マグノ・アウベス、ガンバユースから平井将生、安田理大、横谷繁らと共に移籍加入した。


中澤聡太: 2001年、西野朗監督率いる柏レイソルに入団。


中田英寿: それを見咎めた西野朗監督に叱責され、信頼を失って最終戦は外された。


森岡茂: 2002年、五輪代表時代の恩師西野朗に呼び戻され再び古巣のガンバ大阪でプレーしたが、徐々に出場試合数が減少。


吉原宏太: 2003年、大黒将志が台頭、また翌年以降も新たに加入したフェルナンジーニョ、アラウージョらの牙城を崩すことが出来ず控えに回ることが多くなり、また西野朗監督との意見の相違もあり出場機会が激減。


岡田武史: 2010年11月、アジアサッカー連盟(AFC)より、日本人では桑原隆(1998年)、西野朗(2008年)以来3人目となるAFC最優秀監督賞を受賞。


原博実: 大学時代の同期には木村孝洋、一学年上には岡田武史、唐井直、二学年上には加藤久、三学年上には西野朗、松浦敏夫、下條佳明、さらに二学年下には城福浩、吉田靖、三学年下には神戸清雄ら錚々たるメンバーがいた。


トニーニョ=セレーゾ: (2008年に当時ガンバ大阪監督の西野朗に抜かれた。


山本昌邦: 1992年以降、ナショナルコーチングスタッフの一員となり、ユース世代の西野朗監督を補佐。


下平隆宏: 同クラブでコーチ及び監督を務めた西野朗は、チームの中心的存在となった下平を「柏の魂」と評した。


小倉純二: また、西野朗がタイ代表監督に就任するにあたってコーディネーターとしてスタッフ入りしている。


沢田謙太郎: 翌年以降もJリーグで出場を続けたが、1998年に就任した西野朗監督による3バックの採用に伴い、徐々に出場機会が減少した。


森保一: 技術委員長だった西野朗によると、この時点で森保に、W杯ロシア大会後のA代表監督(その場合は東京五輪までの五輪監督も併せて兼任)も打診していたという。


二川孝広: 昇格2年目の2000年頃から出場機会を増やし、2002年にG大阪の監督に就任した西野朗からも中盤の様々なポジションで起用され、繊細なボール感覚と抜群のパスセンスを発揮し、遠藤保仁らと共にG大阪の攻撃サッカーの中軸を担い、2003年からは背番号を10番に変更。


東口順昭: その後、9月10日に放送された『GAMBA TV〜青と黒〜』で、ゲスト出演したW杯で監督だった西野朗にVTRで「どうしたら使われたんですか?」と直球の質問をし、「(東口は)最高の準備をしたと思う。


田嶋幸三: 翌3月、原と共に当時日本代表監督だったヴァイッド・ハリルホジッチ氏の招聘に尽力した霜田正浩技術委員長を降格、西野朗を新技術委員長として任命する等の人事再編を行う。


伊東輝悦: また、当時U-22日本代表監督だった西野朗に促され、「最大の転機」というディフェンシブハーフへの転身を果たす。


山崎雅人: ペリクレス・シャムスカは「戦術に忠実な選手」として重用、西野朗は勝負強さを生かしスーパーサブとして起用した。


城福浩: 大学、社会人時代とも理論派で鳴らし、主将として臨んだ1989年の第17回JSL2部で、西野朗擁する日立に敗れ1部昇格を逃したことを機に、28歳で現役を退く。


遠藤保仁: 翌2002年に監督に就任した西野朗の下、攻撃的なスタイルを標榜するチームの中心選手になり、移籍3年目の2003年に初めてJリーグベストイレブンを受賞する。


乾貴士: その後代表から遠ざかり、2018 FIFAワールドカップへのメンバー入りは難しいと思われたが、大会直前に監督が西野朗に交代した影響により、滑り込みでメンバー入りを果たした。


實好礼忠: これは監督の西野朗の強い要望と、翌シーズンのACLへの参戦によるG大阪の試合数増加を考慮してのものだった。


松代直樹: 岡中が大分トリニータに移籍し、西野朗監督が就任した2002年に背番号を1に変更。


平井将生: 好きな背番号は2007年に西野朗監督に与えられた「14」で、メディアからは背番号にちなんで「浪速のアンリ」と呼ばれる。


松田直樹: 8月8日の通夜、翌日の葬儀・告別式には中田英寿、川口能活、中山雅史、小野伸二、曽ヶ端準、安永聡太郎、佐藤由紀彦、城彰二、秋田豊、楢﨑正剛、前園真聖、三都主アレサンドロ、松本所属選手(木島良輔など)、横浜FM所属選手全員(中村俊輔、中澤佑二など)、木村和司、トルシエ、岡田武史、西野朗など多くの関係者やサポーターなどが参列し、故人を悼んだ。


松波正信: 2010年、G大阪トップチームのコーチに就任し、2年間西野朗の下でトップチームを指導した。


バヒド=ハリルホジッチ: 後に西野朗は当時の流れを振り返り「W杯イヤーになってハリルさんも自分の指導哲学を物凄く打ち出してきた。


安田理大: プロ入り当初は中盤でプレーしていたが、2年目の2007年に世代別代表で経験のあった左サイドバックとして当時監督の西野朗から抜擢され、ゼロックススーパーカップの浦和レッズ戦で初スタメンを飾り、G大阪の初優勝に貢献した。


西野朗の情報まとめ

もしもしロボ

西野 朗(にしの あきら)さんの誕生日は1955年4月7日です。埼玉出身のサッカー選手のようです。

もしもしロボ

テレビ、卒業、引退、現在に関する情報もありますね。西野朗の現在の年齢は70歳のようです。

西野朗のプロフィール Wikipedia(ウィキペディア)

西野 朗(にしの あきら、1955年4月7日 - )は、埼玉県浦和市(現:さいたま市)出身の元サッカー選手、サッカー指導者。

現役時代のポジションは主にミッドフィールダー(MF)。元日本代表。前日本代表監督、元タイ代表監督。2018 FIFAワールドカップでは日本代表を率いた。

J1リーグの監督として通算勝利数270は歴代1位。

地元である大宮サッカー場に来る日本代表選手に憧れるサッカー少年だった。三菱ダイヤモンド・サッカー(テレビ東京)の視聴者プレゼントに応募し、シューズをもらった経験があるという。

さいたま市立原山中学校を卒業後、1970年埼玉県立浦和西高等学校に入学。全国高等学校サッカー選手権大会ではベスト8進出。

1974年、早稲田大学教育学部に入学。ア式蹴球部に所属し、在学中に日本代表に選出された。

1977年の夏、日本代表の選手がドイツのいくつかのクラブチームの練習に参加する分散合宿が行われ、西ドイツのヘネス・バイスバイラーが、日本代表監督を務めた二宮寛と交流があったことから優秀な日本人選手を3人紹介するよう要請し、日本人初のプロ選手の候補として当時バイスバイラーが監督をしていたブンデスリーガ・1FCケルンのテストを奥寺康彦、金田喜稔と西野の3人で受けたとスカパー!のYouTube公式チャンネル動画で明らかにされている。この時、西野ら3人はそれがプロテストだとは知らされずに通常のトレーニングであると思いテストを受けていたという。最終的には奥寺と同じポジションのベルギー人の選手が退団することになり、奥寺がプロ第1号になったが、「選手として総合的には西野が最も良かった」と二宮は話している。また、奥寺は西野よりもフィジカルが優れていたと二宮は話した。

1978年に日立製作所へ入社。人事部の女子採用係に配属され新人ながら求人票配りに行かされると、大学サッカーで人気選手だったこともあり女子が殺到したという。同社サッカー部加入以降はプレーに精彩を欠き伸び悩む。その後、復活を果たし1985年に日本サッカーリーグタイ記録の8試合連続得点をあげベストイレブンにも選出された。また、現役晩年にはセンターバックを務めることもあった。しかし、天才肌のMFである一方で淡白な部分があり、日立加入初年である1978年を最後に日本代表には呼ばれず、1990年に現役を引退した。

1991年からU-20日本代表監督。

1994年に、アトランタオリンピック出場を目指すU-23日本代表監督に就任。日本が銅メダルを獲得した1968年のメキシコ大会 以来28年ぶりとなる本大会出場と、その本大会でのブラジル戦での大金星(マイアミの奇跡)で名を挙げる。しかし2勝を挙げながらもグループリーグで敗退となり、協会からの最終評価は「守備的過ぎる」として最低に近い評価を受けた。この評価への反骨心から、その後西野はレイソルやガンバでも常に攻撃的なチームを作り上げることになる。

1997年にニカノール監督のサポート役としてヘッドコーチとしてレイソルに復帰。シーズン終了後にニカノール監督がヴェルディ川崎へ移籍した為、後任として1998年に柏レイソルの監督に就任した。1998年は、ベンチーニョも復帰しストイチコフも加入したが、勝ちきれずチームは低迷した。1999年にはリーグ戦は、ファーストステージとセカンドステージは4位に入り、年間順位は3位となり、天皇杯はベスト4まで進出した。その年のナビスコカップは、鹿島と死闘の末優勝に導き、クラブ・西野自身にとって初のタイトルを獲得した。2000年はタイトルこそ獲得出来なかったが、2ndステージは鹿島アントラーズと最後まで優勝争いを繰り広げ、2位というクラブ史上最高の成績を残し(年間獲得勝ち点は1位であった)、自身初となるJリーグ最優秀監督に選ばれた。しかし、翌2001年には、柳想鐵を横浜F・マリノスから獲得し優勝を狙ったが、洪明甫の怪我と黄善洪の不調もあって優勝争いに加わることができず1stステージは6位に終わった。1stステージ終了後に成績不振を理由に解任された。

2002年よりガンバ大阪の監督に就任。Jリーグ開幕以降タイトルと無縁だったクラブを上位陣に押し上げ、就任4年目の2005年にG大阪と自身にとっても初となるJ1リーグ優勝を達成し(2005年J1最終節)、2度目のJリーグ最優秀監督賞を受賞。2006年は終盤まで、浦和と優勝争いを展開するも、最終節での直接対決で敗れリーグ連覇を逃す。2007年にはナビスコカップ優勝を達成しJリーグカップ史上初の2クラブによる優勝監督、3月3日の大宮戦で、Jリーグの監督として史上初となるJ1通算150勝を達成(内訳:柏 67勝、G大阪 83勝)。

2008年にはAFCチャンピオンズリーグを制し、AFCからアジア最優秀監督に選ばれ、FIFAクラブワールドカップ2008準々決勝のアデレード・ユナイテッドFC戦では、日本人監督としてFIFA主催の公式大会で初めて勝利を挙げた。更に、天皇杯優勝を達成し、国内3大タイトルの全てを制覇した。またこの年、Jリーグクラブの監督在任最長期間記録(トニーニョ・セレーゾ 鹿島監督)を更新した。

2009年12月5日の千葉戦で、J1通算200勝を達成。さらに、この年の天皇杯を制し、天皇杯連覇を達成した。

2010年は開幕前からケガ人が相次いだ影響などにより、前半戦は絶不調に陥るが、後半戦は持ち直し、リーグ2位に押し上げる。しかし、天皇杯3連覇を逃し、2006年以来4年ぶりにシーズン無冠に終わった。就任10年目で迎えた2011年も無冠に終わりガンバから同年限りで契約満了(事実上の解任)を通告された。

2012年5月19日、成績不振により解任された和田昌裕の後任としてヴィッセル神戸の監督に就任。しかし、同年11月8日成績不振により解任。尚、2012年の残り試合は、コーチの安達亮が指揮を執ることになった。

2014年シーズンから名古屋グランパスの監督に就任。2シーズン指揮を執ったが好成績を残せず、内容を含めチームは停滞。2015年10月、契約期間満了により退任(事実上の解任)。

2016年3月、日本サッカー協会(JFA)の理事に就任し、降格処分となった霜田正浩技術委員長の後任として技術委員長に就任。

2018年3月28日、日本代表が欧州での親善試合を1分1敗で終えた後、ヴァイッド・ハリルホジッチ監督の続投を明言した。

2018年4月7日、ヴァイッド・ハリルホジッチが突如として日本代表監督を解任され、その2日後の4月9日に後任として西野が代表監督に就任することがJFAより発表された。任期は2018年4月9日から2018年ロシアW杯までの約2か月間で、岡田武史以来2人目のワールドカップで指揮を執る日本人監督となった。また、西野は日本代表監督就任に伴い、同年4月7日までに、JFA理事、JFA技術委員長、Jリーグの理事を辞任している。

すぐさま20数人の招集メンバーが発表されることになるが、久保裕也はクラブがプレーオフを戦っている最中だったため招集できず、選ばれた選手からも今野泰幸と青山敏弘が怪我で辞退することになった。初陣となる同年5月30日に横浜国際総合競技場で行われたガーナ代表との試合は、大会前最後の国内試合であると同時に、メンバー選考の登録期限締め切り前、最後の試合となっていた。つまり選考に向けたテストもアピールもこの1試合のみしか許されていない状況であった。西野はチームの流れを変えようと、近年では時代遅れになりつつありハリル時代にも試されなかった3バックを試すも、手応えなく0-2で敗れた。そして大した収穫もないまま翌5月31日にワールドカップロシア大会に臨む23人のメンバーを発表、ガーナ戦前の会見では「本戦では今回のメンバー以外の選手が入る可能性もある」と話していたが、結局追加招集は行われなかった。同年6月8日にスイスのルガーノで行われたスイス代表との親善試合ではフォーメーションを従来の4-2-3-1に戻したが良いところなく0-2で敗れ、就任後2連敗、2試合連続無得点となった。光明が見えないまま迎えた本大会前最後のテストマッチは、6月12日にオーストリアのインスブルックで行われたパラグアイ代表戦で、西野はテストマッチ期間中にメンバー全員を起用すべく、この試合はそれまで出番のなかった選手がスタメンの中心となった。しかしこの試合で見違えるようなキレとパスワークを披露した日本は4-2で勝利し、代表監督就任後3戦目にして初得点、初勝利を挙げた。

直前でのテストマッチの出来から、西野は当初目論んでいたレギュラー選手と、パラグアイ戦で調子の良かった選手を入れ替える決断をする。酒井高徳から酒井宏樹への交代は、酒井宏樹が怪我で出遅れていたことによるもので、大会に合わせて復帰した入れ替わりは予定通りだったであろう。しかし柱として期待した本田圭佑と、西野のガンバ時代の秘蔵っ子である宇佐美貴史は2試合で見せ場を作れず、彼らに変わりパラグアイ戦で2得点の乾貴士、同じく1得点2アシストの香川真司を共に本大会でレギュラーに抜擢することになる。また、足に爆弾を抱えていた大島僚太を下げてレギュラーに昇格したのは、大島のバックアップのはずだった柴崎岳で、試合を支配してしまいそうなほどの存在感を示した。バックスでは昌子源が力強い守備で頼りがいをアピールし、槙野智章を引きずり下ろした。

2018年6月19日にサランスクのモルドヴィア・アリーナで行われたワールドカップロシア大会グループH初戦でコロンビア代表を2-1で下し、日本代表にとって2010年の南アフリカ大会以来となるワールドカップでの白星をもたらした。また、この勝利はアジア勢がワールドカップにおいて初めて南米のチームから挙げた白星であった。グループステージ第2戦(6月24日、エカテリンブルク・アリーナ)はセネガル代表と対戦し、2-2の引き分けで勝ち点1を獲得した。6人の先発を変更して挑んだ第3戦(6月28日、ヴォルゴグラード・アリーナ)のポーランド戦では59分に先制点を許し0-1とされたが、同時刻に行われていたグループHのもう1つの試合でコロンビアがセネガルを1-0でリードしているという戦況を確認しながら、試合終盤に後方でのパス回しを指示した。試合はそのままポーランドに0-1で敗れ、最終的にセネガルと勝ち点4で並んだが、定められた規定によりフェアプレーポイントの差でグループ2位での16強進出が決まった。決勝トーナメントラウンド16(7月2日、ロストフ・アリーナ)で、ベルギーと対戦。0-0で迎えた後半に2点を先取したものの追いつかれ、後半アディショナルタイム終了間際のゴールで逆転を許し2-3で敗戦。日本代表初となるベスト8進出を逃した。

大会終了後の7月5日、日本代表帰国時の記者会見の最後で、同席した田嶋幸三日本サッカー協会会長が、「西野さんとは『今大会の結果がどうであれ、これが最後』と約束し、慰留することはしませんでした。7月末を持って日本代表の監督を退任します。また違った形で日本サッカーに貢献し、サポートしていただければと思います」と西野の日本代表監督退任を明言した。

2019年、6月16日付で第16回日本サッカー殿堂入りが決まる。

2019年7月1日、タイ代表監督とU-23タイ代表監督の就任がタイ側より発表された。翌日に帰国した西野は、「タイ代表監督就任報道は事実と違います」と語り、報道を否定した が、7月17日に報道通りタイ代表監督とU-23タイ代表監督に就任することを発表した。

2020年1月、2年間の契約延長が決定。

2021年6月、2022 FIFAワールドカップアジア二次予選敗退(勝ち点9で第4位。三次予選には上位2チームのみが出場出来る)により、契約期間を半年残して7月29日に解任された。

1971年 - 1973年 浦和西高校

1974年 - 1977年 早稲田大学

1978年 - 1990年 日立製作所

・JSL東西対抗戦(オールスターサッカー) 2回出場(1979年、1986年)

・JSL東西対抗戦 1得点(1979年)

国際Aマッチ初出場 - 1977年3月6日 1978 FIFAワールドカップ・アジア・オセアニア1次予選 vsイスラエル代表(ラマト・ガン・スタジアム)

国際Aマッチ初得点 - 1978年7月21日 - 1978ムルデカ大会 vsマレーシア代表(スタジアム・ムルデカ)

1978 FIFAワールドカップ・アジア・オセアニア1次予選

1978 ムルデカ大会

国際Aマッチ 12試合 1得点 (1974年-1978年)

1990年 - 1991年 日本の旗 日立製作所:ヘッドコーチ  

1991年 - 1992年 日本の旗 U-20日本代表:監督

1994年 - 1996年 日本の旗 U-23日本代表:監督

1997年 日本の旗 柏レイソル:ヘッドコーチ

1998年 - 2001年7月 日本の旗 柏レイソル:監督

2002年 - 2011年 日本の旗 ガンバ大阪:監督

2012年5月 - 同年11月 日本の旗 ヴィッセル神戸:監督

2014年 - 2015年 日本の旗 名古屋グランパス:監督

2016年 - 2018年7月 日本サッカー協会

    2016年3月 - 理事

    2016年3月 - 2018年4月 技術委員長

    2018年4月 - 同年7月 日本の旗 日本代表:監督

    2019年7月 - 2021年7月 タイ王国の旗 タイ代表:監督

    2019年7月 - 2021年7月 タイ王国の旗 U-23タイ代表:監督

    2001年は、J1 1st終了後に解任。

    2012年は、第13節から第31節まで指揮。

    赤太字はJ1トップ

    全日本大学サッカー選手権大会:1回(1974年)

    関東大学サッカーリーグ戦1部:2回(1975年、1976年)

    ナビスコカップ:1回 (1999年)

    Jリーグ ディビジョン1:1回 (2005年)

    天皇杯:2回 (2008年、2009年)

    ナビスコカップ:1回 (2007年)

    ゼロックススーパーカップ:1回 (2007年)

    AFCチャンピオンズリーグ:1回 (2008年)

    パンパシフィックチャンピオンシップ:1回 (2008年)

    Jリーグ最優秀監督賞:2回 (2000年、2005年)

    彩の国功労賞:1回 (2019年)

    さいたま市スポーツ特別功労賞:1回 (2018年)

    AFC最優秀監督賞:1回 (2008年)

    『挑戦―ブラジルを破るまでの軌跡』(1997年、ニッポン放送プロジェクト、ISBN 4594021808、ISBN 978-4594021801)

    『勝利のルーティーン 常勝軍団を作る、「習慣化」のチームマネジメント』(2014年、幻冬舎、ISBN 4344025210、ISBN 978-4344025219)

    ポッカコーポレーション 「缶コーヒーミスター」(1996年)

    オーツタイヤ(現・住友ゴム工業) (1996年)

    ミドリ電化 (2007年) - 加地亮、播戸竜二、安田理大と共演(選手とは別撮りで、ミドリ電化の店内で変な踊りをする選手に対して一言いう)[1][2][3]

    パナソニック「ラムダッシュ」(2008年)

    ポケットサッカーリーグ カルチョビット(2012年) - 千鳥、博多華丸・大吉、久保裕也との共演(同ソフトによるエキシビジョンマッチを編集したもの)

    ^ 『監督交代のお知らせ』(プレスリリース)ヴィッセル神戸、2012年11月8日。http://www.vissel-kobe.co.jp/news/article/4670.html。2014年8月29日閲覧。 

    ^ “Jリーグで勝利数の多い日本人監督の共通項。戦術優先ではなかった”. web Sportiva (2021年2月15日). 2022年12月5日閲覧。

    ^ “【乾坤一筆】今だから語れる西野氏の魅力”. サンスポ. 産経デジタル (2018年7月6日). 2018年8月3日閲覧。

    ^ “フットボールの真実 W杯日本初中継は「三菱ダイヤモンド・サッカー」”. ニッカンスポーツ・コム. 日刊スポーツ新聞社 (2018年5月11日). 2018年8月3日閲覧。

    ^ 【日本サッカーの歴史ドキュメント】「奥寺康彦・日本人プロ第1号誕生の裏話、実は西野朗も候補の1人だった」スカパー!YouTube公式チャンネル

    ^ 当時はアマチュア選手のみの参加で、年齢制限も設けられていなかった。

    ^ 年代別、女子大会を除く

    ^ サッカーJ1神戸、西野監督解任(DAILYSPORTONLINE 2012年11月8日配信記事(配信日に閲覧))

    ^ 名古屋グランパス新監督に西野朗氏就任内定のお知らせ J’s GOALアーカイブ(2013.12.14)、2018年7月24日閲覧。

    ^ 停滞 西野体制2年間の裏で(上)苦しい編成 最低限の結果 - ウェイバックマシン(2015年11月27日アーカイブ分)中日スポーツ (2015年11月27日)

    ^ 西野 朗監督、契約満了のお知らせ 名古屋グランパス公式サイト(2015.10.4付)、2018年7月24日閲覧。

    ^ JFAが新体制を発表…副会長に岡田武史氏、技術委員長に西野朗氏の就任が内定 サッカーキング(2016.3.11付)、2018年6月21日閲覧。

    ^ 日本はウクライナに敗れる…ベルギー遠征は1分1敗 ゲキサカ(2018.3.27付)、2018年6月21日閲覧。

    ^ “西野朗技術委員長「現状はもうこの体制で、と思っている」”. スポーツ報知. (2018年3月28日). https://hochi.news/articles/20180328-OHT1T50026.html 

    ^ SAMURAI BLUE(日本代表) ヴァイッド・ハリルホジッチ監督との契約を解除 日本サッカー協会、2018年4月9日

    ^ 後任は西野氏 ハリル監督解任の日本サッカー(日本経済新聞2018年4月9日配信記事(配信日に閲覧))

    ^ 目指すは「ロシアの奇跡」=2人目の大役、西野監督-サッカーW杯 JIJI.com(2018.6.20付)、2018年6月21日閲覧。

    ^ ハリル電撃解任、田嶋会長会見要旨(ゲキサカ2018年4月9日配信記事(配信日に閲覧))

    ^ SAMURAI BLUE(日本代表) ガーナに0-2で敗れる~キリンチャレンジカップ2018~ JFA公式サイト.2018.5.31付、2018年6月21日閲覧。

    ^ SAMURAI BLUE西野監督、「日本らしいサッカーをしたい」~2018 FIFAワールドカップへ23選手決定~ JFA公式サイト.2018.6.1付、2018年6月21日閲覧。

    ^ 2018FIFAワールドカップロシア SAMURAI BLUE(日本代表)メンバー・スケジュール JFA公式サイト.2018.5.31付、2018年6月21日閲覧。

    ^ SAMURAI BLUE、スイスに0-2黒星で西野体制で連敗に JFA公式サイト. 2018.6.9付、2018年6月21日閲覧。

    ^ SAMURAI BLUE、パラグアイに4-2勝利で西野体制初白星 ~乾選手が2得点~ JFA公式サイト. 2018.6.13付、2018年6月21日閲覧。

    ^ SAMURAI BLUE、香川選手と大迫選手の得点でコロンビアに勝利~2018FIFAワールドカップロシア~ JFA公式サイト. 2018.6.20付、2018年6月21日閲覧。

    ^ 日本、アジア勢史上初の南米から白星!初対戦から52年目 スポーツ報知(2018.6.19付)、2018年6月21日閲覧。

    ^ SAMURAI BLUE、セネガルと引き分けて16強進出へ前進~2018FIFAワールドカップロシア~ JFA公式サイト. 2018.6.25付、2018年7月5日閲覧。

    ^ 先発6人変更、パス回し…世紀の大博打に出た西野監督「本意ではないけど」 ゲキサカ. 2018.6.29付、2018年7月5日閲覧。

    ^ SAMURAI BLUE、ポーランドに黒星も2位で16強に進出~2018FIFAワールドカップロシア~ JFA公式サイト. 2018.6.29付、2018年7月5日閲覧。

    ^ “田嶋会長、西野監督の退任を明言「また違った形でサポートしていただければ」”. サッカーキング. フロムワン (2018年7月5日). 2018年7月11日閲覧。

    ^ 第16回日本サッカー殿堂 掲額者決定のお知らせ JFA公式ウェブサイト

    ^ “西野朗氏がタイ代表監督に就任、U23代表も兼任”. 日刊スポーツ (2019年7月1日). 2019年7月2日閲覧。

    ^ “西野朗氏がタイ代表監督就任を否定「現段階でない」”. 日刊スポーツ (2019年7月3日). 2019年7月3日閲覧。

    ^ 元日本代表監督西野朗氏、タイ代表の監督に正式就任。U-23監督も兼任 フットボールチャンネル 2019年7月17日

    ^ “タイ代表が西野朗監督を解任!アジア2次予選敗退が引き金に”. 超ワールドサッカー (2021年7月29日). 2021年7月30日閲覧。

    Jリーグ監督経験者

    マイアミの奇跡

    久米宏 ラジオで「遠いんですが、親戚関係なんです」と公表した。

    西野朗 - Olympedia (英語)Edit on Wikidata

    西野朗 - National-Football-Teams.com (英語)Edit on Wikidata

    西野朗 - Soccerway.com (英語)Edit on Wikidata

    西野朗 - FootballDatabase.eu (英語)Edit on Wikidata

    西野朗 - WorldFootball.net (英語)Edit on Wikidata

    西野朗 - Transfermarkt.comによる選手データ (英語)Edit on Wikidata

    西野朗 - Transfermarkt.comによる指導者データ (英語)Edit on Wikidata

    西野朗 - FIFA主催大会成績 (英語)Edit on Wikidata

    西野朗 - J.League Data Siteによる監督データEdit on Wikidata

    ナショナルコーチングスタッフ|日本代表|JFA |日本サッカー協会

    日本代表選手出場試合記録

    高円宮憲仁親王

    釜本邦茂

    杉山隆一

    平木隆三

    宮本征勝

    八重樫茂生

    横山謙三

    森孝慈

    宮本輝紀

    渡辺正

    小城得達

    片山洋

    鎌田光夫

    山口芳忠

    松本育夫

    吉村大志郎

    落合弘

    奥寺康彦

    永井良和

    加藤久

    ラモス瑠偉

    木村和司

    川本泰三

    デットマール・クラマー

    山田午郎

    竹腰重丸

    田辺治太郎(第14代)

    村形繁明

    岩谷俊夫

    小野卓爾

    賀川太郎

    篠島秀雄

    竹内悌三

    玉井操

    鴘田正憲

    新田純興

    二宮洋一

    福島玄一

    坪井玄道

    内野台嶺

    チョウ・ディン

    鈴木重義

    ウィリアム・ヘーグ

    手島志郎

    高橋英辰

    大谷四郎

    丸山義行

    賀川浩

    大畠襄

    浅見俊雄

    鈴木良三

    クリストファー・マクドナルド

    牛木素吉郎

    多和健雄

    金子勝彦

    奈良原武士

    ハンス・オフト

    高田静夫

    諸橋晋六

    小沢通宏

    野村六彦

    松丸貞一

    下村幸男

    二宮寛

    鬼武健二

    ジーコ

    加茂周

    今井恭司

    西野朗

    岡田武史

    佐々木則夫

    フィリップ・トルシエ

    イビチャ・オシム

    小嶺忠敏

    北山朝徳

    綾部美知枝

    大澤英雄

    セルジオ越後

    高橋陽一

    アルベルト・ザッケローニ

    第11回オリンピック競技大会(1936/ベルリン)日本代表チーム

    第19回オリンピック競技大会(1968/メキシコシティ)日本代表チーム

    FIFA女子ワールドカップドイツ2011 なでしこジャパン(日本女子代表チーム)

    今村次吉

    深尾隆太郎

    高橋龍太郎

    野津謙

    平井富三郎

    藤田静夫

    島田秀夫

    長沼健

    岡野俊一郎

    川淵三郎

    小倉純二

    大仁邦彌

    GK 横山謙三

    GK 瀬田龍彦

    古田篤良

    大仁邦彌

    小城得達

    川上信夫

    石井茂巳

    吉村大志郎

    平沢周策

    高林敏夫

    釜本邦茂

    渡辺三男

    今井敬三

    永井良和

    落合弘

    藤島信雄

    荒井公三

    西野朗

    監督 長沼健

    1 川口能活

    2 白井博幸

    3 鈴木秀人

    4 廣長優志

    5 田中誠

    6 服部年宏

    7 前園真聖 キャプテン

    8 伊東輝悦

    9 城彰二

    10 遠藤彰弘

    11 森岡茂

    12 上村健一

    13 松田直樹

    14 中田英寿

    15 秋葉忠宏

    16 松原良香

    17 路木龍次

    18 下田崇

    監督 西野朗

    1 川島永嗣

    2 植田直通

    3 昌子源

    4 本田圭佑

    5 長友佑都

    6 遠藤航

    7 柴崎岳

    8 原口元気

    9 岡崎慎司

    10 香川真司

    11 宇佐美貴史

    12 東口順昭

    13 武藤嘉紀

    14 乾貴士

    15 大迫勇也

    16 山口蛍

    17 長谷部誠 キャプテン

    18 大島僚太

    19 酒井宏樹

    20 槙野智章

    21 酒井高徳

    22 吉田麻也

    23 中村航輔

    監督 西野朗

    1 コッラパット

    2 ティタウィー

    3 ティタトーン

    4 チャトチャイ

    5 シンナパット

    6 ドロー

    7 ウィサルット

    8 ウォラチット

    9 スパチャイ

    10 スパチョーク

    11 アノン

    12 ミーチョーク

    13 ジャレンサーク

    14 ピーラワット

    15 サリンカン

    16 ソラウィット

    17 スパナット

    18 クリツァダ

    19 ナンタワット

    20 キャディサック

    21 カンナリン

    22 デイヴィス

    23 スパワット

    監督 西野朗

    03: メツ

    04: タライッチ

    05: ヨルダネスク

    06: 崔康熙

    07: オジェック

    08: 西野朗

    09: ファリアス

    10: 申台龍

    11: フォサッティ

    12: 金鎬坤

    13: リッピ

    14: ポポヴィッチ

    15: スコラーリ

    16: 崔康熙

    17: 堀孝史

    18: 大岩剛

    19: ルチェスク

    20: 金度勲

    21: ジャルディム

    22: スコルジャ

    93: 松木安太郎

    94: 松木安太郎

    95: 早野宏史

    96: ジョアン・カルロス

    97: 桑原隆

    98: ゼ・マリオ

    99: 桑原隆

    00: セレーゾ

    01: セレーゾ

    02: 鈴木政一

    03: 岡田武史

    04: 岡田武史

    05: 西野朗

    06: ブッフバルト

    07: オリヴェイラ

    08: オリヴェイラ

    09: オリヴェイラ

    10: ストイコビッチ

    11: ネルシーニョ

    12: 森保一

    13: 森保一

    14: 長谷川健太

    15: 森保一

    16: 石井正忠

    17: 鬼木達

    18: 鬼木達

    19: ポステコグルー

    20: 鬼木達

    21: 鬼木達

    22: ケヴィン・マスカット

    23: 吉田孝行

    24: 吉田孝行

    93: 松木安太郎

    94: 松木安太郎

    95: ベンゲル

    96: ニカノール

    97: ジョアン・カルロス

    98: アルディレス

    99: ペリマン

    00: 西野朗

    01: 鈴木政一

    02: 鈴木政一

    03: 岡田武史

    04: 岡田武史

    05: 西野朗

    06: ブッフバルト

    07: オズワルド・オリヴェイラ

    08: オズワルド・オリヴェイラ

    09: オズワルド・オリヴェイラ

    10: ストイコビッチ

    11: ネルシーニョ

    12: 森保一

    13: 森保一

    14: 長谷川健太

    15: 森保一

    16: 石井正忠

    17: 尹晶煥, 曺貴裁, 杉山弘一

    18: ペトロヴィッチ, 片野坂知宏, 吉田謙

    19: 片野坂知宏, 下平隆宏, 石﨑信弘

    20: 宮本恒靖, 小林伸二, 三浦文丈

    21: リカルド・ロドリゲス, 曺貴裁, 秋田豊

    22: ミヒャエル・スキッベ, 大木武, 須藤大輔

    23: 長谷部茂利, 横内昭展, フリアン

    24: ミヒャエル・スキッベ, 四方田修平, 寺田周平

    95: 早野宏史

    96: ジョアン・カルロス

    97: 桑原隆

    98: ゼ・マリオ

    99: 桑原隆

    00: トニーニョ・セレーゾ

    01: トニーニョ・セレーゾ

    02: 鈴木政一

    03: 岡田武史

    17: 鬼木達

    18: 鬼木達, 反町康治, 金鍾成

    19: アンジェ・ポステコグルー, ネルシーニョ, 小林伸二

    20: 鬼木達, リカルド・ロドリゲス, 吉田謙

    21: 鬼木達, 鈴木政一, 大木武

    22: ケヴィン・マスカット, 松橋力蔵, 村主博正

    23: 吉田孝行, 黒田剛, 石丸清隆

    24: 吉田孝行, 秋葉忠宏, 長澤徹

    Jリーグアウォーズ

      最優秀選手賞

      JB11

      得点王

      JBYP賞

      JFP個人賞

      J2MEP

      功労選手賞

      最優秀監督賞

      最優秀主審賞

      最優秀副審賞

      JBP賞

      94: ポルチェーウィン

      95: パク・ジョンファン

      96: 馬元安

      97: 車範根

      98: 桑原隆

      99: ラヒモフ

      00: トルシエ

      01: アル=ジョーハル

      02: ヒディンク

      03: 車敬福

      04: ハマド

      06: チェ・グァンソク

      07: イニレーエフ

      08: 西野朗

      09: 許丁茂

      10: 岡田武史

      11: 佐々木則夫

      12: 金鎬坤

      13: 崔龍洙

      14: ポポヴィッチ

      15: ポステコグルー

      16: 崔康熙

      17: 堀孝史

      18: 大岩剛

      19: 鄭正容

      22: 森保一

      23: 大岩剛

      不明(1917年)

      佐々木等(1921年)

      西田満寿次郎(1923年)

      山田午郎(1925年)

      不明(1927年)

      土橋(1927年)

      鈴木重義(1930年)

      竹腰重丸(1934年)

      鈴木重義(1936年)

      竹腰重丸(1938年 - 1940年)

      工藤孝一(1942年)

      二宮洋一(1951年)

      竹腰重丸(1951年 - 1956年)

      高橋英辰(1957年)

      川本泰三(1958年)

      竹腰重丸(1958年 - 1959年)

      高橋英辰(1960年 - 1962年)

      長沼健(1962年 - 1969年)

      岡野俊一郎(1970年-1971年)

      長沼健(1972年 - 1976年)

      二宮寛(1976年 - 1978年)

      下村幸男(1979年 - 1980年)

      渡辺正(1980年)

      川淵三郎(1980年 - 1981年)

      森孝慈(1981年 - 1985年)

      石井義信(1986年 - 1987年)

      横山謙三(1988年 - 1991年)

      ハンス・オフト(1992年 - 1993年)

      パウロ・ロベルト・ファルカン(1994年)

      加茂周(1994年 - 1997年)

      岡田武史(1997年 - 1998年)

      フィリップ・トルシエ(1998年 - 2002年)

      ジーコ(2002年 - 2006年)

      イビチャ・オシム(2006年 - 2007年)

      岡田武史(2007年 - 2010年)

      アルベルト・ザッケローニ(2010年 - 2014年)

      ハビエル・アギーレ(2014年 - 2015年)

      ヴァイッド・ハリルホジッチ(2015年 - 2018年)

      西野朗(2018年)

      森保一(2018年 - 現在

      高橋英辰 1959

      岩谷俊夫 1960

      岡野俊一郎 1961

      水野隆 1962-1963

      浅見俊雄 1964

      平木隆三 1965

      福原黎三 1966

      平木隆三 1967-1969

      八重樫茂生 1970

      大橋謙三 1971

      松田輝幸 1972

      渡辺正 1973

      水口洋次 1974

      鎌田光夫 1975

      松本育夫 1976-1979

      松本暁司 1980

      岡村新太郎 1981-1984

      松本育夫 1985-1986

      岡村新太郎 1987-1988

      永井良和 1989-1990

      西野朗 1991-1992

      田中孝司 1993-1995

      山本昌邦 1996-1997

      清雲栄純 1998

      フィリップ・トルシエ 1999

      西村昭宏 2000-2001

      大熊清 2002-2005

      吉田靖 2006-2007

      牧内辰也 2007-2008

      布啓一郎 2009-2010

      吉田靖 2011-2012

      鈴木政一 2013-2015

      内山篤 2015-2017

      影山雅永 2017-2021

      冨樫剛一 2021-2023

      船越優蔵 2023-

      (1988年ソウル五輪まではA代表が参加)

      横山謙三(総監督)1991 - 1992、山口芳忠(監督)1989-1992

      西野朗 1994-1996

      フィリップ・トルシエ 1999 - 2000

      山本昌邦 2002 - 2004

      反町康治 2006 - 2008

      関塚隆 2010 - 2012

      手倉森誠 2014 - 2016

      森保一 2017 - 2020

      横内昭展 2020 - 2021

      森保一 2021

      大岩剛 2022 - 2024

      n/a 1940 - 1964

      鈴木徳衛 1965

      宮崎正義 1966

      服部幸太郎 1967 - 1969

      高橋英辰 1970 - 1976

      胡崇人 1977 - 1978

      野村六彦 1979 - 1981

      中村義喜 1982 - 1984

      長岡義一 1985 - 1989

      碓井博行 1989 - 1992

      山口芳忠 1993

      ゼ・セルジオ(代行) 1993

      山口芳忠 1993

      ゼ・セルジオ 1994 - 1995

      アントニーニョ 1995

      ニカノール 1996 - 1997

      西野朗 1998 - 2001

      スティーブ・ペリマン 2001 - 2002

      池谷友良(代行) 2002

      マルコ・アウレリオ 2002 - 2003

      池谷友良 2004

      早野宏史 2004 - 2005

      竹本一彦(代行) 2005

      石﨑信弘 2006 - 2008

      高橋真一郎 2009 - 2009.7

      井原正巳(代行) 2009.7

      ネルシーニョ 2009.7 - 2014

      井原正巳(代行) 2013.9

      吉田達磨 2015

      ミルトン・メンデス 2016 - 2016.3

      下平隆宏 2016.3 - 2018.5

      加藤望 2018.5 - 2018.11

      岩瀬健 2018.11 - 2018.12

      ネルシーニョ 2019 - 2023.5

      井原正巳 2023.5 - 2024

      リカルド・ロドリゲス 2025 -

      水口洋次 1980 - 1991

      釜本邦茂 1991 - 1992

      釜本邦茂 1992 - 1994

      ジークフリート・ヘルト 1995

      ヨジップ・クゼ 1996 - 1997

      フリードリッヒ・コンシリア 1997 - 1998

      フレデリック・アントネッティ 1998 - 1999

      早野宏史 1999 - 2001

      竹本一彦 2001

      西野朗 2002 - 2011

      セホーン 2012

      松波正信 2012

      長谷川健太 2013 - 2017

      レヴィー・クルピ 2018

      宮本恒靖 2018 - 2021

      松波正信 2021

      片野坂知宏 2022 - 2022.7

      松田浩 2022.8 - 2022.11

      ダニエル・ポヤトス 2023 -

      末永直 1966 - 1972

      小林守 1973 - 1976

      宇野昇 1977 - 1981

      中木秀雄 1982 - 1984

      郡晴己 1985 - 1992

      エルシオ 1992

      郡晴己 1993 - 1994

      スチュアート・バクスター 1995 - 1997.12

      加藤寛 1997.12

      フローロ 1998 - 1998.9

      郡晴己 1998.10 - 1998.12

      川勝良一 1999 - 2002.7

      松田浩 2002.7 - 2002.12

      副島博志 2003

      ハシェック 2004 - 2004.9

      加藤寛 2004.9 - 2004.12

      松永英機 2005 - 2005.4

      エメルソン・レオン 2005.4 - 2005.6

      パベル・ジェハーク 2005.6 - 2005.12

      スチュアート・バクスター 2006 - 2006.9

      松田浩 2006.9 - 2008

      カイオ・ジュニオール 2009 - 2009.6

      和田昌裕 2009.6 - 2009.8

      三浦俊也 2009.8 - 2010.9

      和田昌裕 2010.9 - 2012.4

      安達亮(代行) 2012.5

      西野朗 2012.5 - 2012.11

      安達亮 2012.11 - 2014

      ネルシーニョ 2015 - 2017.8

      吉田孝行 2017.8 - 2018.9

      林健太郎 2018.9

      フアン・マヌエル・リージョ 2018.10 - 2019.4

      吉田孝行 2019.4 - 2019.6

      トルステン・フィンク 2019.6 - 2020.9

      マルコス・ビベス(代行) 2020.9

      三浦淳寛 2020.9 - 2022.3

      リュイス・プラナグマ(暫定) 2022.3 - 2022.4

      ロティーナ 2022.4 - 2022.6

      吉田孝行 2022.6 -

      大谷恭一 1939 - 1949

      神田新一 1950 - 1952

      稲川達 1953 - 1956

      松本闊 1957 - 1962

      山口日出夫 1963 - 1964

      志治達朗 1965 - 1974

      小沢正弘 1975 - 1977

      曽我見健二 1978 - 1986

      泉政伸 1987

      曽我見健二 1988

      平木隆三 1992 - 1993

      ゴードン・ミルン 1994 - 1994.11

      三浦哲郎(代行) 1994.11 - 1994.12

      アーセン・ベンゲル 1995 - 1996.9

      ジョゼ・アルベルト・コスタ(代行) 1996.9 - 1996.10

      カルロス・ケイロス 1996.10 - 1997.11

      田中孝司 1997.11 - 1999.4

      ダニエル・サンチェス 1999.4 - 1999.8

      マザロッピ(代行) 1999.8

      ジョアン・カルロス 1999.9 - 2001.8

      三浦哲郎 2001.8 - 2001.12

      ズデンコ・ベルデニック 2002 - 2003.8

      ネルシーニョ 2003.8 - 2005.9

      中田仁司 2005.9 - 2005.12

      セフ・フェルフォーセン 2006 - 2007

      ドラガン・ストイコビッチ 2008 - 2013

      西野朗 2014 - 2015

      小倉隆史 2016 - 2016.8

      ボスコ・ジュロヴスキー 2016.8 - 2016.11

      風間八宏 2017 - 2019.9

      マッシモ・フィッカデンティ 2019.9 - 2021

      長谷川健太 2022 -

      VIAF

      日本

      CiNii Books

      CiNii Research

      日本のサッカー選手

      日立製作所サッカー部の選手

      サッカー日本代表選手

      日本のサッカー指導者

      柏レイソルの監督

      ガンバ大阪の監督

      ヴィッセル神戸の監督

      名古屋グランパスエイトの監督

      サッカー日本代表監督

      2018 FIFAワールドカップ監督

      日本サッカー協会の人物

      日本サッカー殿堂

      早稲田大学ア式蹴球部の選手

      タイのサッカーに関する人物

      在タイ日本人

      さいたま市出身の人物

      1955年生

      存命人物

      外部リンクがリンク切れになっている記事/2017年10月

      書きかけの節のある項目

      ウィキデータのスポーツ識別子を使用している記事

      VIAF識別子が指定されている記事

      NDL識別子が指定されている記事

      CINII識別子が指定されている記事

      CRID識別子が指定されている記事

      ISBNマジックリンクを使用しているページ

2025/04/06 20:26更新

nishino akira


西野朗と同じ誕生日4月7日生まれ、同じ埼玉出身の人

松嶋 えいみ(まつしま えいみ)
1992年4月7日生まれの有名人 埼玉出身

松嶋 えいみ(まつしま えいみ、1992年4月7日 - )は、日本のグラビアアイドル。埼玉県出身。AUDIENCE、PIGROOMを経て、マグニファイエンタテインメント所属。 趣味はサバイバルゲーム…

前田 友理香(まえだ ゆりか)
1984年4月7日生まれの有名人 埼玉出身

前田友理香(まえだ ゆりか、1984年4月7日 - )は、日本のタレント。元お笑いタレント。お笑いトリオトリコロールの元メンバーである。旧芸名は十文字 ゆりか(じゅうもんじ ゆりか)、梨花(りか)。『…

内藤 律子(ないとう りつこ)
1950年4月7日生まれの有名人 埼玉出身

4月7日生まれwiki情報なし(2025/03/31 04:52時点)

山本 容子(やまもと ようこ)
1952年4月7日生まれの有名人 埼玉出身

山本 容子(やまもと ようこ、1952年4月7日 - )は、日本の銅版画家。 作品は、柔らかく繊細な描線と独特の色使いが特徴で、都会的で洗練された雰囲気を持つ。 『マリ・クレール』1988年4月号…

吉田 美奈子(よしだ みなこ)
1953年4月7日生まれの有名人 埼玉出身

吉田 美奈子(よしだ みなこ、1953年4月7日 - )は、日本のシンガーソングライター、音楽プロデューサー、作詞家、作曲家、編曲家。兄はレコーディング・エンジニアの吉田保。Minnie Shadyは…


鎌滝 えり(かまたき えり)
1995年4月7日生まれの有名人 埼玉出身

鎌滝 恵利(かまたき えり、1995年4月7日 - )は、東京都出身の女優。ワン・ヴィクトリーを経て、アンシャンテ所属(2021年6月12日から)。 2011年1月フジテレビ『その顔が見てみたいSP…

宮田愛理(みやたあいり)
1987年4月7日生まれの有名人 埼玉出身

宮田 愛理(みやたあいり、1987年4月7日 - )は、日本の女優、お笑い芸人。埼玉県狭山市出身。桐朋学園芸術短期大学ステージ・クリエイト専攻卒業。 ホラーが大好きで、自分をホラー女優の卵と称してい…

新井 翔太(あらい しょうた)
1985年4月7日生まれの有名人 埼玉出身

新井 翔太(あらい しょうた、1985年4月7日 - )は、埼玉県大里郡江南町(現:熊谷市)出身の元サッカー選手。ポジションはMF。 2001年 - 2003年 浦和レッドダイヤモンズユース 200…

山田 海遊(やまだ みゆう)
2000年4月7日生まれの有名人 埼玉出身

山田 海遊(やまだ みゆう、2000年4月7日 - )は、埼玉県出身の元・女優。元・NEWSエンターテインメント所属。現在は、大学医学部在学中である。 木曜時代劇 慶次郎縁側日記 第3シリーズ(20…


TOPニュース

動画を見るだけで10万円稼げる!?

闇バイトに引っかからない方法

Hey! Say! JUMPの有岡大貴松岡茉優が結婚を発表

令和6年6月6日に66歳になった人は?

藤原さくら、ライブ活動休止を発表

サッカー日本代表の堂安律が一般女性と結婚を発表

NHK大河ドラマ「光る君へ」で松下洸平がペラペラの宋語で話題に

King&Prince永瀬廉が右耳負傷の為一時活動休止を発表

いくよくるよの今くるよさん、膵がんの為死去


西野朗と近い名前の人

西野 亜弥(にしの あや)
1991年3月12日生まれの有名人 東京出身

西野 亜弥(にしの あや、1991年3月12日 - )は、日本のタレント、歌手、女優。愛称は「あーや」。東京都出身。身長156cm、B84・W58・H86。血液型はAB型。 趣味はアニメとディズニー…


西野 亮廣(にしの あきひろ)
1980年7月3日生まれの有名人 兵庫出身

西野 亮廣(にしの あきひろ、1980年〈昭和55年〉7月3日 - )は、お笑いタレント、絵本作家、エンターテイナー。漫才コンビ・キングコングのツッコミ担当。相方は梶原雄太。 梶原雄太とキングコング…

西野 あきら(にしの あきら)
1940年1月15日生まれの有名人 大阪出身

西野 陽(にしの あきら、1940年1月15日 - )は、日本の政治家。 衆議院議員(5期)、経済産業副大臣(第3次小泉改造内閣)、大阪府議会議員(5期)等を歴任。 大阪府出身。大阪府立布施高等学…

西野 未姫(にしの みき)
【AKB48】
1999年4月4日生まれの有名人 静岡出身

西野 未姫(にしの みき、本名:山本未姫〈やまもとみき、旧姓:西野〉、1999年〈平成11年〉4月4日 - )は、日本のタレント、YouTuber。TWIN PLANET所属。元アイドルであり、AKB…

西野 七瀬(にしの ななせ)
【乃木坂46】
1994年5月25日生まれの有名人 大阪出身

西野 七瀬(にしの ななせ、1994年〈平成6年〉5月25日 - )は、日本の女優、ファッションモデル、タレントであり、女性アイドルグループ乃木坂46の元メンバー、『non-no』の元専属モデルである…

西野 翔(にしの しょう)
1985年6月29日生まれの有名人 静岡出身

西野 翔(にしの しょう、1985年6月29日 - )は、日本の元AV女優、タレント、DJ。株式会社プライムエージェンシー所属。血液型はO型。 2004年9月KUKI専属女優としてAVデビュー。 …


西野 実見(にしの まみ)
1996年11月24日生まれの有名人 茨城出身

西野 実見(にしの まみ、1996年11月24日 - )は日本の女性ファッションモデル、女優である。 茨城県出身。アルファセレクション所属。 小学3年生のときに、お台場でスカウトされ、芸能界入り。…

西野 妙子(にしの たえこ)
1975年12月30日生まれの有名人 東京出身

西野 妙子(にしの たえこ、1975年12月30日 - )は、日本の元アイドル歌手、元女優、元タレント。本名、西川 妙子(にしかわ たえこ)。愛称は、タエ。 セブンス・アヴェニュー(seventh …

西野 泰正(にしの やすまさ)
1982年9月14日生まれの有名人 富山出身

西野 泰正(にしの やすまさ、1982年9月14日 - )は、富山県富山市出身のサッカー指導者、元サッカー選手。ポジションはDF、FW。 富山第一高校で第78・79回全国高校サッカー選手権大会に出場…

西野 晃平(にしの こうへい)
1982年4月15日生まれの有名人 兵庫出身

西野 晃平(にしの こうへい、1982年4月15日 - )は、兵庫県出身のサッカー指導者・元プロサッカー選手。現役時代のポジションはフォワード。 1982年、兵庫県に生まれる。神戸市立御影工業高校を…

西野 志海(にしの もとみ)
1990年7月11日生まれの有名人 沖縄出身

現在、削除の方針に従って、この項目の一部の版または全体を削除することが審議されています。 削除についての議論は、削除依頼の依頼サブページで行われています。削除の議論中はこのお知らせを除去しないでくださ…


西野 義和(にしの よしかず)
1951年9月6日生まれの有名人 新潟出身

西野 義和(にしの よしかず、1951年9月6日 - )は、朝日放送の元アナウンサー。 新潟県高田市(現・上越市)生まれで、後に大阪府茨木市で育つ。大阪府立春日丘高等学校(1970年卒業)、立命館大…

西野 陽子(にしの ようこ)
11月14日生まれの有名人 京都出身

西野 陽子(にしの ようこ、1981年11月14日 - )は、日本の女性声優。京都府出身。 2000年 - 青二塾大阪校18期生入塾。 2002年 - 青二塾大阪校18期生卒業後、青二プロダクション…

西野 真人(にしの まさと)
1975年2月2日生まれの有名人 奈良出身

西野 真人(にしの まさと、1975年2月2日 - )は、日本の男性声優。奈良県出身。 プロ・フィット声優養成所卒。 以前はプロ・フィットに所属していた。 方言は関西弁。 趣味はマウンテンバイ…

注目の芸能人・有名人【ランキング】
話題のアホネイター
西野朗
  • Google+でシェア
  • はてなブックマークに追加
  • LINEでシェア

最近追加された芸能人・有名人

こっちのけんと 斎藤元彦 松島かのん 澤繁実 小野寺紘毅 桜井誠_(活動家) 安野貴博 ジャンボ松田 後藤輝樹 石丸幸人

グループ

Especia asfi アイドルカレッジ ALLOVER 

▲ページトップに戻る

この記事は、クリエイティブ・コモンズ・表示・継承ライセンス3.0のもとで公表されたウィキペディアの項目「西野朗」を素材として二次利用しています。

twitterはじめました