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五輪真弓の情報 (いつわまゆみ)
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【11月23日】今日誕生日の芸能人・有名人

五輪真弓の情報(いつわまゆみ) シンガー ソングライター 芸能人・有名人Wiki検索[誕生日、年齢、出身地、星座]

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五輪 真弓さんについて調べます

■名前・氏名
五輪 真弓
(読み:いつわ まゆみ)
■職業
シンガー ソングライター
■五輪真弓の誕生日・生年月日
1951年1月24日 (年齢73歳)
卯年(うさぎ年)、水瓶座(みずがめ座)
■出身地・都道府県
東京出身

(昭和26年)1951年生まれの人の年齢早見表

五輪真弓と同じ1951年生まれの有名人・芸能人

五輪真弓と同じ1月24日生まれの有名人・芸能人

五輪真弓と同じ出身地東京都生まれの有名人・芸能人


五輪真弓と関係のある人

高水健司: 1973年、五輪真弓の初ライブの収録に参加したのをきっかけに、稲垣潤一、井上陽水、郷ひろみ、CHAGE&ASKA、沢田研二、中島みゆき、松田聖子、松任谷由実、八神純子、福山雅治、布袋寅泰など、数多のミュージシャンやアイドルのレコーディングやコンサートに参加するようになる。


高水健司: その直後、渋谷ジァン・ジァンにて五輪真弓の初ライブの収録に参加。


富倉安生: 五輪真弓 - アルバム『名もなき道』(1990年)


深町純: 五輪真弓「Mayumity - うつろな愛」(1975年)


みょーちゃん: 現時点でのネタの進行は、別れをテーマとした短いパントマイム→『神隠し』→『姉歯』→『カブトムシ』(使用BGM:五輪真弓「恋人よ」)を前半、準備をしての『黒ひげ救出』(使用BGM:さだまさし「防人の詩」)を後半とする2部構成でほぼ固定されている。


深町純: 五輪真弓「冬ざれた街」(ライブ盤:1974年)


村上“ポンタ”秀一: 赤い鳥時代に知り合った五輪真弓のバックバンドを始める。


徳武弘文: アルバム「1984五輪真弓ライヴ 熱いさよなら」(1984年)


キャロル=キング: また、『つづれおり』が大ヒット中の1972年には、五輪真弓のデビュー・アルバム『少女』の制作をサポート。


船山基紀: 五輪真弓


中島マリ: 五輪真弓


人生幸朗: 五輪真弓「約束」


なかじままり: 五輪真弓


深町純: 五輪真弓「風の詩」(編曲:1985年)


深町純: 五輪真弓「ノスタルジー」(1988年)


松任谷由実: どうしても男のコの印象の方が強烈だけど、女のコもなかなかどうして立派な足並みが春に向かって揃いそう」と、当時抬頭が目立った女性シンガー・ソングライターたちを取り上げ、荒井由実、イルカ、吉田美奈子、五輪真弓、金子マリ、山崎ハコ、中山ラビらを紹介し、冒頭で荒井を取り上げ、「歌そのものより、歌ってるムードがチャームポイント。


徳武弘文: 五輪真弓


鈴木早智子: 少女時代において、ピンク・レディーの次に好きになった歌手は松田聖子であったが、当時はポップスのカラオケが少なかったため、八代亜紀の「雨の慕情」(1980年)や、川中美幸の「ふたり酒」(1980年)、美空ひばりの「おまえに惚れた」(1980年)、五輪真弓の「恋人よ」(1980年)などを歌っていたという。


淡谷のり子: 同年8月、菅原洋一、島倉千代子、五輪真弓ら後輩歌手によって淡谷の米寿記念コンサート「淡谷のり子さんの米寿を祝う会~ベージュ色のステージ~」が東京プリンスホテルで催され、久々に公の場へ姿を見せた。


淡谷のり子: 先述の通り1982年(昭和57年)に「恋人よ」をカバーしているが、その前年に原曲歌手の五輪真弓と初対面しており、五輪は淡谷について「とても礼儀正しく優しい人だなという印象を受けました。


土方隆行: 五輪真弓 AL『1984五輪まゆみライブ 熱いさよなら』(1984年/ライブ盤)ギター、AL『名もなき道』(1990年)ギター、AL『Personal』(1994年)ギター


木田高介: 木田の葬儀に参列した五輪真弓が木田の妻の悲嘆ぶりを目の当たりにし、それを基にして作った楽曲が彼女の代表作となる「恋人よ」であった。


荒牧陽子: 五輪真弓


りりィ: 1972年は数多くの女性シンガーソングライターがデビューした年だが、りりィのデビューは1972年2月5日であり、谷山浩子(1972年4月25日)、荒井由実(1972年7月5日)、五輪真弓(1972年10月21日)らより少し早くデビューを果たしている。


淡谷のり子: また、布施明、小柳ルミ子、ちあきなおみ、岩崎宏美、等の歌唱力を評価したり、五輪真弓の「恋人よ」を自身のレパートリーに取り入れていた。


生恵幸子: 五輪真弓「約束」


土方隆行: 吉田美奈子、マリーン、来生たかお、南佳孝、角松敏生、杏里、佐野元春、伊藤銀次、清水靖晃、松岡直也、新田一郎、本多俊之、村田有美、松田聖子、中島みゆき、岩崎宏美、井上陽水、五輪真弓、髙橋真梨子、德永英明、玉置浩二、山本達彦、杉山清貴、鈴木雄大、中西保志、ゴスペラーズ、コブクロ、夏川りみ、新山詩織、他多数。


堀江瞬: 研ナオコ、ちあきなおみ、五輪真弓などの昭和歌謡歌手も好きで、昭和文化やアングラ文化に造詣が深い。


浜田省吾: ソニー所属の日本人アーティストでは郷ひろみ、五輪真弓(ともに1972年レコードデビュー)に次いで三番目の古株であり、男性シンガーソングライターとしては最長である(女性シンガーソングライターとしては五輪真弓)。


矢島賢: 当時のゲストボーカルは五輪真弓


五輪真弓の情報まとめ

もしもしロボ

五輪 真弓(いつわ まゆみ)さんの誕生日は1951年1月24日です。東京出身のシンガー ソングライターのようです。

もしもしロボ

卒業、テレビ、結婚、現在、家族、趣味、映画に関する情報もありますね。去年の情報もありました。五輪真弓の現在の年齢は73歳のようです。

五輪真弓のプロフィール Wikipedia(ウィキペディア)

五輪 真弓(いつわ まゆみ、本名:鈴木眞弓。1951年1月24日 - )は、日本の女性シンガーソングライター。東京都中野区出身。桜水商業高校卒業

高校時代にフォークグループを作り、テレビ番組『ヤング720』(TBS)やラジオの公開録音『バイタリス・フォーク・ビレッジ』(ニッポン放送)などに参加した。

1972年10月、CBS・ソニー(現・ソニー・ミュージックレコーズ)より、アルバム『少女』とシングル「少女」の同時発売でデビュー。最初のアルバム『少女』は、1971年夏に2か月間をかけて、アメリカ合衆国カリフォルニア州ロサンゼルスのクリスタル・サウンド・スタジオでレコーディングされた。このレコーディングには五輪のデモテープを聴いて感銘を受けたキャロル・キング、チャールズ・ラーキーも参加し、ストリングスの中ではデヴィッド・キャンベルがヴィオラを弾いている。CBS・ソニーはこの新人シンガーソングライターである五輪に同じCBS・ソニー所属の「たくろうと並ぶ日本フォーク界の最重要人物!」とキャッチフレーズを付け、吉田拓郎と同様に個人レーベルを持たせ「UMI」を作り、期待の大きさを示した。アルバムはオリコンでは最高6位にランク。早い段階で海外レコーディングを行った。海外録音ではこれ以前に森山良子の1969年12月20日リリースのアルバム『イン・ナッシュビル/思い出のグリーングラス』や、これと同じ日にリリースされたザ・テンプターズのアルバム『ザ・テンプターズ・イン・メンフィス』があり、どちらもヒットしている。

マスメディアでは「和製キャロル・キング」と謳われ、日本女性シンガーソングライターの草分けと呼ばれた。

1976年、4thアルバム『Mayumity』を絶賛したCBSフランスから現地(フランス)でのアルバム制作の申し出があり、初めての渡仏し、7ヵ月間パリで暮らす。翌年全フランス語によるアルバム『えとらんぜ』が発売された。機を同じくしてサルヴァトール・アダモと出会い、彼の2週間にわたるオランピア劇場でのコンサートにゲストとして招かれた。また当時の日本ではまだ馴染みの薄かった自然食をいち早く取り入れ、徹底して玄米食を続けた。取材に番茶やハト麦茶を持参するため、記者に驚かれた。

また、この時期以降積極的にテレビなどメディアへの露出も増えていく。特に1978年3月21日発売の「さよならだけは言わないで」のヒットにより、フジテレビ『夜のヒットスタジオ』やTBSテレビ『ザ・ベストテン』(今週のスポットライト・コーナー)など、歌番組への生出演が多く見受けられるようになる。

1980年にリリースされたシングル「恋人よ」は当初はB面(カップリング)用の曲であったが、歌入れの後にその出来の素晴らしさにA面として発売されることになった。「恋人よ」は大ヒット、彼女の代表曲となり、同年の第22回日本レコード大賞金賞を受賞し、より幅の広いシンガーとして認知された。デビュー以来、地道なコンサート活動を続けて、音楽関係者の評価は高かったが、ようやくメジャーな存在になった。「恋人よ」はその後美空ひばりや淡谷のり子の重要なステージ・レパートリーにもなり、後世へと伝えられる曲となった。ちなみにこの曲はCBS・ソニーの六本木スタジオにて録音された。編曲は船山基紀である。

しかしそれ以降、歌謡曲ファンを取り込むことになった反面、それまでのファンは抵抗を感じた向きもあるといわれる。これに対して五輪はこう語っている。

1980年代後半からは結婚・出産・育児のため活動をセーブし、表立った活動を控えていた時期もあったが、2000年代に入ってからは徐々にその活動を再び活発化させており、その古典的かつ普遍的な作風は、豊かな声質と歌唱と共に、今もなお国内外で高い評価を得続けている。

『NHK紅白歌合戦』には、1980年「恋人よ」で初出場を果たし、1988年まで通算5回出場している。

2017年現在、ソニー・ミュージックに所属している日本人女性歌手では在籍期間が最も長い(男性歌手を含めると郷ひろみに次ぐ長さ)。また、日本人シンガーソングライターとしては最長の在籍期間である。

1980年代には東南アジアでも「心の友」(元々は1982年発売のアルバム『潮騒』収録の楽曲)を中心にヒットが多く生まれた。「恋人よ」は現在も中国・韓国・ベトナムなど東南アジア各国で根強い人気を博している。

インドネシアでは「心の友」は知らない人がいないくらい有名な曲である。インドネシアのラジオ関係者が日本で五輪のコンサートへ行き、その際買ったアルバムの中にこの曲が入っており、インドネシアのラジオで流したことで人気となった。五輪としては、地味な曲だけになぜインドネシアで「第二の国歌」とまで言われるまで大ヒットしたのかが不思議だったという。インドネシアでは日本人が来ると歓迎の意味で、この曲を日本語で歌うことが多い。また、スマトラ島沖地震での復興の際にも被災者の支えになったといわれている。2005年には、インドネシアの歌手・DELON(インドネシア語版)と共に、スマトラ沖地震チャリティー・シングルとして「KOKORO NO TOMO」をデュエット・レコーディングしリリースしている。

上記作品の他に「愛の蜃気楼(砂の城)」は、ベトナムに於いて「Sa mạc tình yêu」(ベトナム語:「砂漠の愛」)というタイトルで、様々な歌手によってカヴァーされている。

ライブでは、1982年・香港・香港スタジアムで初の日本人ワンマンコンサートを行い、8000人の香港ファンが駆けつけた。翌1983年再び香港に渡り、クイーンエリザベスホールで2日間のコンサート。そして2014年7月15日、31年ぶりとなる香港でのコンサートを催行。会場のコンベンションエグジビジョンセンターは5000人の観客で埋まった。1986年5月のインドネシア・ジャカルタのスナヤン・コンベンションホールでワンマン・コンサートを行い、7000人を動員した。1992年5月のマレーシア公演は国際交流基金の主催でプトラ・ワールド・トレード・センターにて、シーラ・マジツトをゲストに行われた。

子供の頃は両親が共働きで、いつも近所の子と外で遊びながら、家の鍵を持つ兄姉など家族の帰りを待っていた。当時は好奇心旺盛で面白いものを見つけるとどんどん追いかけるような子供だった。また、夕焼けが大好きで、先の友だちが家に帰った後も、よく一人で夕焼けを眺めていたという。

音楽好きな父が趣味でヴァイオリンを弾いていたこともあり、自宅にはその他色々な楽器やレコードがあり、ラジオからは歌謡曲が流れるなどいつも音楽に囲まれて生活していた。10代の頃は純粋に歌が好きだったが、この頃はプロの歌手になることは特に考えていなかった。高校卒業後は英語の専門学校に進学したが、集団行動が苦手に感じることもあったことから、半年後に学校を辞めた。

ほどなくして銀座や新宿などにある歌声喫茶のような店の小さなステージで、ギターの弾き語りのバイトを始めた。当時一世風靡していた小劇場「渋谷ジァン・ジァン」は本人にとって憧れの舞台で、後日そこのオーディションに合格して音楽活動をスタート。当時この舞台では、ジョーン・バエズの「ドンナ・ドンナ」(ドナドナ)や「朝日のあたる家」、ピーター・ポール&マリー(通称・PPM)の曲など、ポピュラーな英語の歌(洋楽カバー)を披露していた。

その後「自分の言葉で歌いたい」と思うようになり、作り上げたのがデビュー曲の「少女」だった。デビュー当時、本人には「アメリカでレコーディングした和製キャロル・キング!」という華やかな宣伝文句が付いていた。ただし同曲の中身はとてもささやかな私的なもので、宣伝文句とのギャップを感じていた本人は、当時そうした生活に馴染むのに少し時間がかかったという。

本人は、「私にとって音楽とは、自分自身を大きく飛躍させてくれるもの」と位置づけている。

作詞作曲をする際本人の場合は、詞が先にでき上がることが多いとのこと。何気ない日常の中で、ちょっとした印象的な場面や刺激があった時に詞が浮かんでくるという。詞を思いついたら忘れないようすぐに紙に書いている。その後書き溜めておいたいくつかの詞を用いて、さらに内容をふくらませて曲を完成させる、という手法を取っている。

五輪は自ら楽曲制作を行っているが、本人は「楽曲って最終的にはアレンジャー(編曲者)の感性に委ねることになるんです」としている。「恋人よ」では、作詞作曲してアレンジャーに編曲してもらった後、スタジオで初めて音を聴いた時に「魂が震えるような感覚を覚えた」という。

ザ・ミュージック 五輪真弓の世界

FM25時 五輪真弓 夜のエトランゼ(エフエム東京)

淡谷のり子「雨の日の別離」(作詞・作曲)

石原裕次郎「思い出さがし」(作詞・作曲)

柏原芳恵「春ごころ」「二杯目からのはじまり」(作詞・作曲)

北原ミレイ「愛のサフラン」(作詞・作曲)

木の実ナナ「砂の城」(作詞・作曲)

桂銀淑「うぐいす」(作詞・作曲)

島倉千代子「積木くずし」(作曲) - 同名映画主題歌。作詞は原作者である穂積隆信。

ジャッキー・チェン「マリアンヌ」(作詞・作曲)

容祖児「楽観」(作曲)(広東語)

この他、松田聖子にも『ミュージックフェア』の番組内企画として「街角のカフェテラス」を提供(作詞・作曲)。後に五輪自身の歌唱により「熱いさよなら」として発売されている。

遠いまち(作詞・作曲・歌。1976年2~3月初回放映。映像には五輪本人が出演)2016年販売のCD『NHKみんなのうた 55 アニバーサリー・ベスト 〜チョコと私〜』に初収録。

星の子供たち(作詞・作曲・歌。1998年6~7月初回放映)2022年販売のCD『Mayumi Itsuwa Premium best -HISTORY-』に初収録。

^ 本人は、「『少女』は大人になる無念さを歌った曲で、自分の体験を基に作りました。子供時代は二度と帰れないかけがえのないものだったから、そこからあの内面的で私小説のような歌ができたんです」と語っている。

^ 時間がかかった理由は他にもあり、本人は以下のようにも語っている。「レコードデビューしましたが、私としては有名になりたくて、ヒットを出したくてレコーディングしたわけではありませんでした。それまでのような自由がきかなくなって自分のペースを崩される状況になってしまい、当時はそのことに自分自身が理解できなかった(気持ちが追いつかなかった)のかもしれません」。

^ レシートの裏やチラシの余白など、その場その場にある紙で書いていいものならなんでも。

^ 『僕たちの失敗』(NHK、1974年)の主題歌で、放送の翌年に発売された。

^ “私にとって音楽は自分を飛躍させるもの。不死鳥のように、どこまでも飛んでいきたい。”. マンション生活情報サイト「Wendy-Net」より「Ms Wendy」 (2013年5月). 2023年6月16日閲覧。

^ 「決定!保存版 '76 ALLスタアLIST 五輪真弓」『スタア』1976年2月号、平凡出版、86頁。 

^ “アーティスト・アーカイヴ 五輪真弓 イツワマユミ”. 記憶の記録 LIBRARY. 日本音楽制作者連盟. 2023年6月21日閲覧。

^ 「今月のミュージックテープ情報 『少女/五輪真弓』 CBSソニー〔SZLF-24-UM〕 ¥2,400」『月刊ビデオ&ミュージック』1973年1月号、東京映音、89頁。 

^ 濱口英樹「本城和治インタビュー」『ヒットソングを創った男たち〜歌謡曲黄金時代の仕掛人』ヤマハミュージックメディア、2018年、87-90頁。ISBN 978-4401645268。 

^ 名田貴好; 橋倉正信『青春音楽グラフィティ タイガースからYMOまで』集英社〈集英社文庫 COBALT-SERIES〉、1981年4月、96–99,376頁。 

^ アルバム『恋人よ』(1980年9月6日発売)復刻盤CD(1990年9月15日発売/規格品番:CSCL-1235)より。

1972年の音楽#デビュー - 同じ年にデビューした歌手

五輪真弓オフィシャル・サイト 公式サイト

五輪真弓 - ソニーミュージックによる公式ページ

1974上期 布施明「積木の部屋」

1974下期 森進一「北航路」

1975上期 野口五郎「哀しみの終るとき」

1975下期 布施明「傾いた道しるべ」

1976 都はるみ「北の宿から」

1977 石川さゆり「津軽海峡・冬景色」

1978 西城秀樹「ブルースカイ ブルー」

1979 ジュディ・オング「魅せられて」

1980 五輪真弓「恋人よ」

1981 岩崎宏美「すみれ色の涙」

1982 五木ひろし「契り」

1983 松田聖子「ガラスの林檎」

1984 安全地帯「ワインレッドの心」

1985 安全地帯「悲しみにさよなら」

1986 小林旭「熱き心に」

1987 中森明菜「難破船」

1988 中森明菜「I MISSED "THE SHOCK"」

1989 細川たかし「北国へ」

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日本

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日本の女性シンガーソングライター

日本の女性ポップ歌手

ソニー・ミュージックレコーズのアーティスト

ソニー・ミュージックダイレクトのアーティスト

NHK紅白歌合戦出演者

東京都区部出身の人物

東京都立杉並総合高等学校出身の人物

1951年生

存命人物

2024/11/14 20:20更新

itsuwa mayumi


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