もしもし情報局 > 1991年 > 7月15日 > 野球選手

今宮健太の情報 (いまみやけんた)
芸能人・有名人Wiki検索(誕生日、出身地)

【11月21日】今日誕生日の芸能人・有名人

今宮健太の情報(いまみやけんた) 野球選手 芸能人・有名人Wiki検索[誕生日、年齢、出身地、星座]

  • Google+でシェア
  • はてなブックマークに追加
  • LINEでシェア
もしもしロボ

今宮 健太さんについて調べます

■名前・氏名
今宮 健太
(読み:いまみや けんた)
■職業
野球選手
■今宮健太の誕生日・生年月日
1991年7月15日 (年齢33歳)
未年(ひつじ年)、蟹座(かに座)
■出身地・都道府県
大分出身

(平成3年)1991年生まれの人の年齢早見表

今宮健太と同じ1991年生まれの有名人・芸能人

今宮健太と同じ7月15日生まれの有名人・芸能人

今宮健太と同じ出身地大分県生まれの有名人・芸能人


今宮健太と関係のある人

山野恭介: 1学年上の今宮健太とは幼稚園の頃からの幼馴染で、小学校から高校まで今宮と同じチームでプレーした。


島袋洋奨: 夏の第91回選手権大会・1回戦の今宮健太を擁する明豊高校戦では9番・投手で先発出場した。


上野響平: 目標とする選手は今宮健太


鳥越裕介: 2007年にソフトバンクの二軍内野守備・走塁コーチに就任し、2009年から2010年は二軍監督、2011年から2017年までは一軍内野守備・走塁コーチを務め、今宮健太を育て、4度のリーグ優勝、日本一に貢献した。


栗原陵矢: 8月11日の対オリックス・バファローズ戦(福岡PayPayドーム)には、相手先発(山本由伸)への対策・背中の張りなどを抱えている今宮健太の欠場という事情はあったものの、プロ入り初の4番を務めた。


金子圭輔: ファイナルステージでは10月17日第1戦で8回に代打を出された今宮健太に代わり遊撃手として出場したが守備機会はなかった。


石橋良太: 初奪三振:2016年3月27日、対福岡ソフトバンクホークス3回戦(楽天Koboスタジアム宮城)、10回表に今宮健太から空振り三振


ルイス=クルーズ: 全ポジション通算の失策数は、今宮健太と並んでパ・リーグ最多の15。


釜田佳直: 翌19日にいったん抹消されるが6日後の25日にシーズン3度目の出場選手登録を果たし、同日のソフトバンク戦でシーズン2試合目の先発登板をしたが、先頭打者の今宮健太に安打で出塁を許したのを機に一死満塁で迎えたところで5番打者の野村大樹に先制となる2点二塁打、そして一死2.3塁の場面で次の谷川原健太にも安打を浴びるなど1回を投げて4失点の投球内容で降板した。


倉本寿彦: チームのCS突破を経て臨んだ福岡ソフトバンクホークスとの日本シリーズでは、1点リードで迎えた第2戦7回裏一死一塁の場面で今宮健太が打ったゴロを捌いた二塁手・柴田竜拓からの送球を落球。


長岡秀樹: 高校時代に理想の選手として今宮健太を挙げており、「(今宮さんは)プロ野球選手として体は小さいけど成績を残されて、自分も大きくないんですけど、あれだけできると自分に夢を与えてくれた目標の選手です」と語っている。


戸柱恭孝: 10月30日の日本シリーズ第2戦(福岡ヤフオク!ドーム)では、DeNAの1点リードで迎えた7回裏二死満塁から、中村晃が適時打を打った場面で走者の今宮健太と本塁でクロスプレイを演じた。


明石健志: 試合の終盤には今宮健太が遊撃の守備固めに入っていたため、一塁の守備に回ることも多かった。


西田哲朗: 5月25日には一軍復帰し肘痛で調子の上がらない今宮健太の代役で遊撃手として初のスターティングメンバーに入ると今度はレギュラー二塁手だった本多雄一が怪我で離脱し二塁手として先発出場し時には三塁手や一塁手と内野全てを守った。


細山田武史: さらに走者として三塁へ進むと、今宮健太の打席で一塁走者・中村晃とのダブルスチールを敢行、自身5年振りの盗塁となるホームスチールを成功させるなど1イニングで3点を稼いでチームの勝利に貢献した。


野村大樹: 今宮健太の代替指名選手として7月10日に再昇格したものの、出番はなく2日後に再度今宮と入れ替わり二軍に降格した。


菊池雄星: 準々決勝では今宮健太を擁する明豊高と当たり、4回までパーフェクトと好投を見せ、7対6で勝利するも、腰痛を訴え5回にベンチに退いた。


明石健志: また、同チームの松田宣浩、今宮健太、長谷川勇也と並び、史上4人目の日本シリーズで相手リーグの全球団に勝利し、日本一になったことがある選手である。


内川聖一: 現在は独り立ちして自身で自主トレを行っているが、過去には今宮健太も参加していた。


角屋龍太: 初奪三振:2016年4月9日、対福岡ソフトバンクホークス1回戦(鹿児島県立鴨池野球場)、6回裏に今宮健太から空振り三振


川瀬晃: 今宮健太が体調不良のため離脱後はショートでのスタメン起用もあったが、交流戦期間中の6月4日の対広島戦の試合で、セーフティーバントを仕掛け、一塁ベースを駆け抜けようとした際に相手一塁手と交錯。


松田宣浩: また、遊撃手の今宮健太と同時に2013年から5年連続で同賞を受賞したが、同一チームの三遊間のコンビが5年連続で同時受賞したのは両リーグ初である。


嶺井博希: 中学校2年生時には、九州選抜大会に出場(今宮健太も同大会出場)。


曽根海成: 会見では「(正遊撃手の)今宮健太さんを抜きたい」と目標を掲げた。


菊池雄星: 高校時代に第81回選抜高等学校野球大会で菊池と対戦経験がある今宮健太は、「100%(内角速球)来るとわかっていても打てなかった」と語っていた。


城島健司: 城島自身はこれ以前に『夢空間スポーツ』の自身のコーナーにて「(選手として)バリバリの状態で福岡に戻りたい」、「今の自分があるのはホークスのおかげであり、ユニフォームを脱ぐ時は福岡でホークスのユニフォームを脱ぎたい」と語っており、ソフトバンク球団側も背番号「2」を欠番にし、城島のマリナーズ退団情報を9月中旬に掴んでいたが、この年に26本塁打を放ち飛躍した田上秀則の存在や城島自身の年俸の高騰などのため最終的には獲得を見送り、この後球団は背番号「2」を、この年のドラフト会議で1位指名した、城島にとっては高校の後輩にあたる今宮健太に与えた。


吉村裕基: 第1戦、第2戦は代打で結果が出なかったが、10月28日の第3戦で7番指名打者として先発出場すると、2回に藤浪晋太郎から四球を選び先頭で出塁し、今宮健太の犠打で進塁、続く細川への7球目が暴投となり、ファウルゾーンを転がる間に二塁から一気に生還した。


五十嵐亮太: 4月7日の対北海道日本ハムファイターズ戦は8回2点リードで登板し、先頭陽岱鋼のショートゴロを今宮健太が悪送球し、出塁を許し、一死一・二塁で迎えた中田翔に左中間への逆転3点本塁打を打たれ、帰国後初のホールド機会は救援失敗、敗戦投手となった。四球、単打で一・三塁とすると髙橋信二のショートゴロ間に糸井嘉男が生還して同点にされ、これが帰国後初のセーブ失敗となったが、裏に今宮健太の適時打によりサヨナラ勝ちし、これが帰国後初勝利、本拠地福岡ヤフオク!ドーム初勝利となった。


周東佑京: 一方で、ゴールデンウィークが明けると打撃の調子が下降したことに加えて釜元豪の台頭や今宮健太・福田秀平ら一部の故障者の復帰もあり、次第に先発出場の機会がなくなり、主に代走からの出場や守備固めとして起用され、最終的にはチームトップの25盗塁を記録した。


武田翔太: ポストシーズンでは、日本ハムとのCSファイナルステージ第2戦に先発し、6回二死二・三塁の場面から今宮健太の悪送球を皮切りに4点を失い、6回3安打4失点(自責点0)で敗戦投手。


今宮健太の情報まとめ

もしもしロボ

今宮 健太(いまみや けんた)さんの誕生日は1991年7月15日です。大分出身の野球選手のようです。

もしもしロボ

現在、結婚、テレビ、引退に関する情報もありますね。今年の情報もありました。今宮健太の現在の年齢は33歳のようです。

今宮健太のプロフィール Wikipedia(ウィキペディア)

■プロジェクト:野球選手  ■テンプレート

今宮 健太(いまみや けんた、1991年7月15日 - )は、大分県別府市出身のプロ野球選手(内野手)。右投右打。福岡ソフトバンクホークス所属。

史上最年少での通算200犠打、250犠打の達成者。パ・リーグのシーズン最多犠打数を4度記録する送りバントの名手で、2022年シーズン終了時点で現役最多の犠打数を誇る。また史上初めて20代で通算300犠打を達成した。

明豊中学校時代には第23回全日本少年軟式野球大会にエースとして出場。2007年に入学した明豊高等学校では、1学年下に同じ少年野球チームでプレーしていた山野恭介がいた。

1年次から遊撃手としてレギュラーとなる一方で投手も兼任。1年秋には県大会優勝、及び九州大会優勝。1番打者兼エースとして公式戦打率.540、九州大会決勝では沖縄尚学高校に1失点完投勝利など投打の活躍でチーム初の選抜出場に貢献。2年春の選抜に1番・投手(背番号1)で甲子園初出場し1回戦の常葉菊川戦に先発するも敗退。2年秋は県大会優勝、九州大会4強で2年連続の選抜出場を決めた。3年春からは控え投手となり、選抜には3番・三塁手兼投手(背番号5)として出場し1回戦を勝利するも、2回戦で菊池雄星を擁する花巻東(岩手)に敗れた。

夏の県大会では遊撃手(三塁手)兼投手として出場。3打席連続で本塁打を打つなどして春夏連続での甲子園出場を決める。夏の甲子園では3番・遊撃手(三塁手)兼投手(背番号6)として出場。準々決勝まで勝ち進み、春に敗北した花巻東と再び対戦。4回に連打を打たれ降板し三塁へ回ったが、同点とされた直後の9回一死三塁で再び登板し、2者連続三振でピンチを脱すも10回には勝ち越し打を打たれて敗戦。

2009年10月29日、プロ野球ドラフト会議で、福岡ソフトバンクホークスから1位指名を受け、11月8日に仮契約した。背番号は城島健司が退団して以来空き番だった2。

2011年(2年目)は川﨑宗則を上回る守備力と評され、球団では内之倉隆志以来21年ぶりとなる10代での開幕一軍を果たし、開幕戦では守備から途中出場しこれがプロ初出場となった。シーズンの半分以上を一軍に帯同したが出場機会には恵まれず、18試合の出場、1打席に留まった。11月25日のアジアシリーズ統一セブンイレブン・ライオンズ戦で「8番・一塁手」で初先発出場を果たし、その翌日の26日のアジアシリーズ三星ライオンズ戦では3安打、1打点、1盗塁で猛打賞を受賞。オフにはオーストラリアン・ベースボールリーグに参加し、11試合の出場で打率.238、5盗塁を記録した。

2012年、4月28日の対千葉ロッテマリーンズ戦では、首痛のため3回途中で退いた本多雄一に代わり出場すると、翌29日の同カードでは「8番・遊撃手」でプロ初先発出場、さらに翌30日の同カードでは藤岡貴裕から通算11打席目でプロ初安打・初打点となる適時打を打った。8月4日の対埼玉西武ライオンズ戦では松永浩典からプロ初本塁打を打ち、5日の試合でも武隈祥太から本塁打を打ち、2試合連続本塁打を記録。シーズン途中で本多と松田宣浩が故障で長期離脱した際に、ライバルである明石健志が二塁や三塁の守備に入ったため、今宮は84試合に遊撃手として先発出場。また、明石が遊撃手として先発出場した試合でも38試合で終盤の遊撃守備固めとして出場。

2013年、正遊撃手として142試合に先発出場し、7月14日のオリックス・バファローズ戦ではサヨナラ安打を打った。9月25日のオリックス戦で9回一死一塁の場面で投犠打を決めたことがシーズン59個目の犠打となり、2007年に田中賢介が記録したパ・リーグ記録のシーズン58犠打を6年ぶりに更新。最終的には62まで記録を伸ばした。下位を任されていた7月までは打率.235だったが、8月に入り2番打者に定着し、8月は月間打率.362を記録するなど打撃面でも成長を見せた。シーズン後には自身初のゴールデングラブ賞を受賞。オフの11月には台湾で行われた「2013 BASEBALL CHALLENGE 日本 VS チャイニーズ・タイペイ」の日本代表に選出。

2014年、4月3日の北海道日本ハムファイターズ戦では武田久からサヨナラ安打を打ち、6月12日のセ・パ交流戦、中日ドラゴンズ戦では岩瀬仁紀からサヨナラ2点適時二塁打を打った。シーズン成績は前年同様62犠打を記録し、「プロ野球史上初となる2年連続60犠打」を達成した。一方で打撃面は打率.240(規定打席到達者ではリーグワースト3位)、出塁率.295(同ワースト3位)に終わった。ポストシーズンはクライマックスシリーズでは打率.136、日本シリーズでは打率.188と振るわなかった。オフの10月9日に、日米野球2014の日本代表に選出されたことが発表された。この大会では、5試合で計4打数無安打に終わったが、親善試合では3安打を打った。また、自身初となるベストナイン、2年連続でゴールデングラブ賞を受賞。

2015年、2月16日に「GLOBAL BASEBALL MATCH 2015 侍ジャパン 対 欧州代表」の日本代表に選出されたことが発表された。3月11日の第2戦に「8番・遊撃手」で先発出場。7月16日に、第1回WBSCプレミア12の日本代表第1次候補選手に選出されたことが発表された。9月10日に、第1回WBSCプレミア12の日本代表候補選手に選出されたことが発表された。シーズン成績は.228、7本塁打、45打点を記録。打率はリーグワースト2位を記録したが、犠打数はリーグ最多の35犠打を記録した。11月2日に柳田悠岐の代わりにプレミア12の日本代表に選出された。

2016年、2月15日に「侍ジャパン強化試合 日本 vs チャイニーズタイペイ」の日本代表26名に選出されたことが発表された。3月6日の第2戦に「7番・遊撃手」で先発出場し、2打数2安打だった。6月2日に福岡ヤフオク!ドームで行われたセ・パ交流戦・対中日戦において、史上最年少となる200犠打を達成。シーズン成績は、打率.245、10本塁打、56打点を記録。自身初の2桁本塁打を放ったが、9月に右肘痛を発症したこともあり、137試合の出場に留まった。10月28日、福岡県内の病院で右肘の関節内遊離体を摘出する手術を受けたと発表された。11月29日には、4年連続4度目となるゴールデングラブ賞を受賞。12月12日、契約更改交渉を行い、5500万円増の1億4500万円(金額は推定)で契約更改した。

東北楽天ゴールデンイーグルスとのクライマックスシリーズでは、10月18日の第1戦にソロ本塁打を放つなど活躍し、日本シリーズに進出する。横浜DeNAベイスターズとの日本シリーズでは、10月29日の第2戦、1点ビハインドの7回裏、二死満塁の場面で、中村晃の安打で二塁走者の今宮は本塁突入、リプレー検証となる際どいタイミングであったが、好走塁で決勝点をもぎ取る。11月1日の第4戦では、横浜スタジアムの三塁側エキサイティング・シートに飛び込むダイビングキャッチのビックプレーをみせ、11月2日の第5戦では、自身日本シリーズ初の猛打賞に加え2盗塁と活躍し、2年ぶりのチームの日本一奪還に貢献した。

11月9日、5年連続5度目のゴールデングラブ賞を受賞したほか、2014年以来3年ぶりにベストナインにも選出された。12月20日、7500万円増の年俸2億2000万円(金額は推定)で契約を更改した。

2018年、シーズン序盤は肘痛の影響もあり打撃不振が続き、6月5日の対東京ヤクルトスワローズ戦(明治神宮野球場)では2回二死一塁の打席で石川雅規から球団通算8500本塁打となる2点本塁打を放つも交流戦期間中に出場選手登録を抹消された。復帰後は夏場に調子を上げ、8月24日の西武戦(福岡ヤフオク!ドーム)で菊池雄星から先頭打者本塁打を放った。8月26日の対西武戦(福岡 ヤフオク!ドーム)で2回二死満塁の打席で郭俊麟から自身初の満塁本塁打を放った。3年連続で2桁本塁打を達成し、打率も離脱前より約5分も上げるほど打撃好調だったが、9月17日の西武戦で守備の際に左太腿裏を痛め(筋損傷と診断される)、翌日シーズン2度目の登録抹消となり、そのままレギュラーシーズンを終えた。故障のため2度出場登録を外れた影響でレギュラー定着後初めて規定打席に到達できず、またゴールデングラブ賞の連続受賞も5年で途切れた。オフに背番号6への変更、2を甲斐拓也につけて欲しいことを球団に要望した。

2019年、自主トレから取り組んでいた、早い段階から左足を上げてタイミングをとるという新しい打撃フォームが功を奏し、シーズン序盤は首位打者として打撃面でチームを牽引。4月19日の西武戦では自身プロ入り後初の3番打者を務め、3回表に多和田真三郎から適時打を打った。しかし、前年痛めた左足太もも裏の痛みが再発してスタメンから外れる試合が多くなり、6月22日に登録抹消された。また、オールスターゲームにも、ファン投票、選手間投票で選出されていたが、怪我のため辞退した。7月23日のロッテ戦で、「2番・遊撃手」でスタメン復帰し、復帰後初打席で本塁打を打った。また、後続のデスパイネ、松田も続き、チームでは2016年6月3日の広島戦以来となる3者連続本塁打を記録した。8月8日のロッテ戦では、7回表に2点ビハインドの状況で代打として登場し、チェン・グァンユウから代打逆転3点本塁打を打った。これが自身プロ入り後初の代打での安打、本塁打、打点、得点であった。

また、西武とのクライマックスシリーズファイナルステージでは第4戦で1試合3本塁打(本田圭佑、松本航、増田達至から)を放つなど打率.526という活躍を見せ、シリーズMVPに選ばれた。

2020年、開幕序盤から背中の張りを抱え、定期的にスタメンから外れる試合が続いた。2019年から犠打の企図数が減っていた中、7月4日に札幌ドームで行われた日本ハム戦(札幌ドーム)で、史上最年少の28歳11か月で通算300犠打を達成。8月19日のロッテ戦(ZOZOマリンスタジアム)で、左脹脛に違和感を覚え途中交代、翌20日に出場選手登録を抹消された。その後、左脹脛のヒラメ筋部分の筋損傷と診断され、実戦復帰までに1か月半から2か月弱かかる見込みとの球団からの発表があり、そのまま復帰することなくシーズンを終えた。

2021年、開幕戦(3月26日、対ロッテ・福岡PayPayドーム)で二木康太からシーズン初打席の初球を打ち、先制の2点本塁打を、翌27日の対ロッテ戦で益田直也からサヨナラ二塁打を打った。4月8日の対日本ハム戦(札幌ドーム)の5回にパ・リーグ新記録の通算306犠打を決めた。6月8日の対広島戦(福岡PayPayドーム)では6回一死無走者の打席で大瀬良大地から史上3球団目となる球団通算9000本塁打を放った。10月5日の対楽天戦では早川隆久から左前安打を放ち、通算1000安打を達成。しかし、10月21日の日本ハム戦で守備中に負傷し、途中交代。左脛骨の骨挫傷と診断されたため登録を抹消され、そのままシーズンを終えた。同年は序盤から両ふくらはぎの状態が万全でない中で125試合に出場したが、規定打席にも4年連続で届かず、打率もレギュラー獲得後ではワーストの.214となった。

2022年、開幕前にはフレディ・ガルビスとの激しいポジション争いが予想されたが、しっかりと結果を残して定位置に返り咲いた。開幕から打撃好調を維持し、5月の月間打率は4割超(.419)、同月25日時点でリーグ2位の打率.345を記録。ところが新型コロナウイルスの濃厚接触者となり登録抹消。1週間で戦列復帰を果たしたが、その後は打撃の状態を落とした。しかし、夏場に復調して以降は再び打線の中心となった。最終的に自己最高記録でパ・リーグ4位となる打率.296、7本塁打、47打点を記録し、5年ぶり3度目のベストナインを受賞。特に満塁の場面で強く、満塁で10打数以上打席に立ったパ・リーグ全選手中、打率は最高の.545(11打数6安打)、打点も吉田正尚(オリックス)の12に次ぐ11を記録した。

2023年は開幕戦から先発出場も10打数(15打席)無安打で始まり、シーズン初安打は5戦目の4月5日の対オリックス2回戦(京セラドーム)で2回表、黒木優太から中安打。4月12日、対日本ハム2回戦(PayPayドーム)2回裏に犠打を決め、NPB史上4人目の通算350犠打、31歳9か月での達成は史上最年少となった。12日の日本ハム戦の3打席目、4打席目、14日の楽天戦(楽天)の1打席目(田中将大から)に3打席連続二塁打、6月15日の対ヤクルト戦(明治神宮野球場)では延長10回一死満塁の打席で清水昇から決勝2点適時打、8月31日の対オリックス戦(福岡PayPayドーム)では両者無得点で迎えた9回二死二塁の打席で平野佳寿からサヨナラ二塁打を放った。同年5月27日、7月10日、9月16日にいずれも体調不良のため、シーズンでは特例2023で3度の出場選手登録抹消を経験した。2年連続で規定打席に到達、成績は打率.255、9本塁打、48打点だった。

2024年は3月29日のオリックス(京セラドーム)との開幕戦で宮城大弥から3年ぶりの三塁打を放った。4月3日のロッテ戦(福岡PayPayドーム)でメルセデスから6年ぶりの先頭打者本塁打を放った。5月21日の楽天戦(福岡みずほPayPayドーム)で4回無死三塁でコディ・ポンセから右越えの適時三塁打を放つ、その後、打者一巡で一死満塁で再び打席が回ると、櫻井周斗から中越えで走者一掃の適時三塁打を再び記録し、1イニング2三塁打は1946年9月7日に中部日本(現在の中日)・杉浦清が記録して以来、史上3人目、1950年の2リーグ分立後は史上初となった。6月9日のDeNA戦(横浜スタジアム)で「2番・遊撃」で先発出場、遊撃手として通算1495試合出場を果たし小池兼司の記録を抜き球団記録を更新した。交流戦では2度の決勝打を打った。6月25日の対オリックス戦(京セラドーム大阪)では、6回表の送りバントを投手の曽谷龍平が悪送球、カバーに入った森友哉の後逸も重なり、今宮自身はそのままホームイン。バントした打者がそのままホームインしたのは1982年9月15日の篠塚利夫以来42年ぶり(記録は犠打失策)。8月4日の日本ハム戦(福岡みずほPayPayドーム)に2番遊撃手でフル出場し、遊撃手として1532試合出場に到達し松井稼頭央の記録を抜きパ・リーグ最多出場記録を樹立した。133試合に出場し、打率.262、6本塁打、39打点で4年ぶりのリーグ優勝に貢献した。北海道日本ハムファイターズとのクライマックスシリーズでは3試合「6番遊撃」で出場。第1戦の4回伊藤大海からソロ本塁打を放ち(3安打1打点)、第2戦はマルチ安打、第3戦は二つの犠打を決めて、チームの日本シリーズ進出に貢献し、「パーソル賞」を受賞した。

高校時代は投手も務めており、1年生時は投球術を駆使した投球が特長だったが、1年後には常時140km/hと進化を遂げた。3年生時の夏の甲子園では準々決勝にて154km/hを計測した。遠投120メートルを誇る強肩。2019年の秋季キャンプにブルペンで投球した際の最速は142km/h。

内角球を肘を畳んで打つ技術とリストの強さを持ち合わせ、高校通算62本塁打を記録。プロ入り後は「金属(バット)だから打てたというのもあるし、自分に合っているのは本塁打じゃない」と語っていた。しかし2017年から3年連続で2桁本塁打を記録し、2019年のCSでは史上初の1試合3本塁打を記録しており、「しっかりと自分のスイングをした中で飛んでいくのを求めています」と語っている。また犠打のパ・リーグシーズン記録を保持しているが、バントのサインを出されるのは理想ではないと発言している。

身体能力抜群の遊撃手で、高い運動能力を生かした広い守備範囲も見所の一つ、球界屈指の強肩で三遊間の深い位置からでも一塁をアウトにするスローイングは定評がある。50m走のタイムは6秒1の俊足。

三塁手・松田宣浩との同一チームの三遊間での5年連続のゴールデングラブ受賞は、2000年から2002年まで3年連続の遊撃手・宮本慎也、三塁手・岩村明憲(ヤクルトスワローズ)を凌ぎ、歴代最長記録を更新している。

史上最年少での通算200犠打、250犠打の達成の他、パ・リーグのシーズン最多犠打数を4度記録する送りバントの名手でもあり、2019年シーズン終了時点で現役最多の犠打数299を誇っていた。その後、2020年7月3日に300犠打を、2023年4月12日に350犠打を、それぞれ史上最年少で達成している。

また、同チームの松田宣浩、明石健志、長谷川勇也と並び、史上4名の出場した日本シリーズで相手リーグの全球団に勝利し、日本一になったことがある選手である。

最も憧れる野球選手は松井稼頭央である。当時のソフトバンクの秋山幸二監督は今宮について「松井稼頭央のような選手になってくれたら」と語り、今宮も「松井稼頭央さんみたいな選手になって3割、30盗塁を決めたい」と語っている。

入団当時から二軍監督、内野守備走塁コーチを務めていた鳥越裕介には野球のプレーだけではなくいかに「普通の人」であるか社会人としてのモラルも教わり、「僕にとって高校の監督(大悟法久志監督)と鳥越さんが師匠です」とコメントしている。

祖父は大分市の不動尊霊山一心寺の初代住職であり、現在は実兄が3代目住職を務める同寺で2011年からオフに寒行を行うのが恒例になっており、過去にはチームメイトの柳田悠岐や牧原大成らが参加した。

2016年6月6日、同郷で同じ明豊高校出身の一般女性と結婚。2017年1月28日、第1子が誕生したと報じられた。

2017年7月22日に福岡ヤフオク!ドームで行われた対ロッテ戦において、8回裏に右翼フェンス直撃の三塁打を打つが、その際に福岡銀行の広告看板を直撃。この広告にダイレクトで打球を当てた場合、「ふくぎん賞」として100万円が福岡銀行から贈呈されることとなっており、8月23日に贈呈式が行われたが、11月26日、その贈呈された100万円を平成29年7月九州北部豪雨で被害に遭った被災地に全額寄付したと報じられた。

2024年度シーズン終了時

各年度の太字はリーグ最高

2024年度シーズン終了時

各年度の太字はリーグ最高

太字年はゴールデングラブ賞受賞

ベストナイン:3回(遊撃手部門:2014年、2017年、2022年)※遊撃手部門で5年のブランク受賞は田中幸雄と並ぶ最長タイ

ゴールデングラブ賞:5回(遊撃手部門:2013年 - 2017年)※2013年は遊撃手部門での平成生まれ初の受賞

月間サヨナラ賞:1回(2014年6月)

クライマックスシリーズMVP:1回(2019年)

日本シリーズ敢闘賞:1回(2024年

初出場:2011年4月12日、対オリックス・バファローズ1回戦(京セラドーム大阪)、12回裏に一塁手で出場

初打席:2011年6月6日、対広島東洋カープ4回戦(MAZDA Zoom-Zoom スタジアム広島)、8回表に青木高広の前に見逃し三振

初盗塁:2011年6月24日、対北海道日本ハムファイターズ6回戦(福岡Yahoo! JAPANドーム)、7回裏に二盗(投手:ダルビッシュ有、捕手:鶴岡慎也)

初先発出場:2012年4月29日、対千葉ロッテマリーンズ5回戦(QVCマリンフィールド)、8番・遊撃手で先発出場

初犠打:同上、5回表に唐川侑己から

初安打・初打点:2012年4月30日、対千葉ロッテマリーンズ6回戦(QVCマリンフィールド)、5回表に藤岡貴裕から左前適時打

初本塁打:2012年8月4日、対埼玉西武ライオンズ14回戦(福岡Yahoo! JAPANドーム)、7回裏に松永浩典から左越ソロ

200犠打:2016年6月2日、対中日ドラゴンズ3回戦(福岡ヤフオク!ドーム)、2回裏にラウル・バルデスから捕前犠打 ※史上38人目、24歳10か月での達成は史上最年少

250犠打:2017年7月5日、対オリックス・バファローズ13回戦(福岡ヤフオク!ドーム)、1回裏に金子千尋から投前犠打 ※史上19人目、25歳11か月での達成は史上最年少

1000試合出場:2019年6月4日、対中日ドラゴンズ1回戦(福岡ヤフオク!ドーム)、2番・遊撃手で先発出場 ※史上499人目

300犠打:2020年7月3日、対北海道日本ハムファイターズ4回戦(札幌ドーム)、6回表に有原航平から投前犠打 ※史上7人目、28歳11か月での達成は史上最年少

1000安打:2021年10月5日、対東北楽天ゴールデンイーグルス20回戦(福岡PayPayドーム)、4回裏に早川隆久から左前安打 ※史上311人目

350犠打:2023年4月12日、対北海道日本ハムファイターズ2回戦(福岡PayPayドーム)、2回裏に伊藤大海から一犠打 ※史上4人目、31歳8か月での達成は史上最年少

1500試合出場:2024年4月23日、対千葉ロッテマリーンズ4回戦(ZOZOマリンスタジアム)、2番・遊撃手で先発出場 ※史上206人目

シーズン62犠打:2013年、2014年 ※パ・リーグ記録

通算370犠打(2023年終了時)※パ・リーグ記録

クライマックスシリーズ1試合3本塁打:2019年10月13日、対埼玉西武ライオンズクライマックスシリーズ第4戦(メットライフドーム)、3回表に本田圭佑から左越ソロ 6回表に松本航から左越2ラン 9回表に増田達至から左越2ラン ※CS史上最多

ソフトバンク球団通算9000号本塁打:2021年6月8日、対広島東洋カープ1回戦(福岡PayPayドーム)、6回裏に大瀬良大地から左越ソロ ※史上3球団目

1イニング2三塁打:2024年5月21日、対東北楽天ゴールデンイーグルス8回戦(みずほPayPayドーム)、4回裏にコディ・ポンセから右越三塁打、櫻井周斗から中越三塁打 ※史上3人目、2リーグ制初

オールスターゲーム出場:5回(2014年、2015年、2016年、2017年、2022年)※2019年も選出されるも、怪我のため出場辞退

2(2010年 - 2018年)

6(2019年 - )

「北風と太陽」E-girls(2018年 - )

「笑顔のグラデーション」chay(2019年 - )

「EG-ENERGY」E-girls(2020年 - )

「My Treasure」清水翔太(2021年 - )

「ヒマワリ」E-girls(2013年 - 2019年、2021年 - )

「僕たちの声」下松翔(2021年 - )

「Halation」秦基博(2011年、2021年 - )

「beautifulさ」BiSH(2022年)

「Mela!」緑黄色社会(2022年)

「ありったけのLOVE SONG」ナオト・インティライミ(2012年)

「To All Tha Dreamers」SOUL'd OUT(2012年)

「Greatful days」浜崎あゆみ(2012年)

「AUDIENCE」浜崎あゆみ(2012年)

「MY ALL」浜崎あゆみ(2012年 - 2013年)

「Garden feat. DJ KAORI, Diggy-MO', クレンチ & ブリスタ」May J.(2013年)

「Follow Me」E-girls(2013年)

「CANDY SMILE」E-girls(2013年)

「ココ☆ナツ」ももいろクローバーZ(2013年)

「僕らのユリイカ」NMB48(2013年)

「Diamond Only」E-girls(2014年)

「DNA狂詩曲」ももいろクローバーZ(2014年)

「イケナイ太陽」ORANGE RANGE(2014年)

「E.G. Anthem -WE ARE VENUS-」E-girls(2014年)

「夜明けの流星群」SCANDAL(2014年)

「CRUSH」2NE1(2014年)

「Move It!」‐Dream & E-girls TIME‐(2015年)

「希望の光」E-girls(2015年)

「Twinkle Days」chay(2015年)

「Beautiful」Superfly(2015年)

「BLOOD on FIRE」AAA(2015年)

「負けない心」AAA(2015年)

「wake up」AAA(2015年)

「NEXT STAGE」AAA(2016年)

「MUSIC!!!」AAA(2016年 - 2017年)

「NEW」AAA(2016年)

「Lil' Infinity」AAA(2016年)

「Yell」AAA(2016年 - 2017年)

「煌めく瞬間に捕われて」MANISH(2017年)

「人生は1度きり」Little Glee Monster(2018年)

「ハイライト」ベリーグッドマン(2018年)

「ファンファーレ」ベリーグッドマン(2018年)

「glitter」浜崎あゆみ(2018年)

「だから、ひとりじゃない」Little Glee Monster(2018年 - 2019年)

「777~We can sing a song!~」AAA(2016年 - 2019年)

別大興産

三菱電機 「三菱 録画テレビ × ホークス」(※九州地方限定CM)

2015 WBSCプレミア12 日本代表

^ その後、2は2019年シーズン途中に入団した投手のカーター・スチュワート・ジュニアが着用し、甲斐は2020年よりホークスの大先輩である野村克也にあやかって19を着用することになる。

^ 通算300犠打は史上7人目。

^ それまでの記録は元西武ライオンズの伊東勤の305犠打。

^ うち四球2犠打3

^ 「ソフトバンク - 契約更改 - プロ野球」『日刊スポーツ』。2023年12月19日閲覧。

^ 「史上初の20代で300犠打 鷹・今宮が遂げる"非バント"への変貌」『Full-Count』2020年7月4日。2020年7月18日閲覧。

^ 「明豊・今宮、自己最速154キロ 9回再登板も10回力尽く…夏の甲子園第12日」『スポーツ報知』2009年8月21日。2009年8月27日時点のオリジナルよりアーカイブ。2014年4月27日閲覧。

^ 週刊ベースボール、2011年7月18日号、22頁。

^ 「ボールは恩師に…今宮 3年目のプロ初安打&初打点」『スポニチ Sponichi Annex』スポーツニッポン、2012年4月30日。2013年9月26日閲覧。

^ 「今宮選手「覚醒」の2試合連続本塁打!柳田選手は特大のプロ初アーチ!」『福岡ソフトバンクホークス』2012年8月6日。2013年4月9日閲覧。

^ 週刊ベースボール2013年10月21日号、p50

^ 「2013年度 三井ゴールデン・グラブ賞 投票結果」『NPB.jp 日本野球機構』。2014年4月27日閲覧。

^ 「2013 BASEBALL CHALLENGE 日本 VS チャイニーズ・タイペイ トップチーム」『野球日本代表 侍ジャパンオフィシャルサイト』。2015年3月30日閲覧。

^ 「「つなぎ」意識で今宮サヨナラ打「本当にいい1日でした」」『スポニチ Sponichi Annex』スポーツニッポン、2014年4月4日。2014年11月6日閲覧。

^ 「ソフトバンクが逆転サヨナラ勝ち 今宮が決めた!中日は岩瀬が誤算」『スポニチ Sponichi Annex』スポーツニッポン、2014年6月12日。2014年11月6日閲覧。

^ 「秋山チルドレン輝いた!柳田だ今宮だ 自身のパ記録に並んだ62犠打」『スポニチ Sponichi Annex』スポーツニッポン、2014年10月3日。2014年10月31日閲覧。

^ 「2014年度 パシフィック・リーグ 個人打撃成績(規定打席以上)」『NPB.jp 日本野球機構』。2015年2月3日閲覧。

^ 「2014年度 福岡ソフトバンクホークス 個人打撃成績(クライマックスシリーズ ファイナルステージ )」『NPB.jp 日本野球機構』。2014年10月31日閲覧。

^ 「2014年度 福岡ソフトバンクホークス 個人打撃成績(日本シリーズ)」『NPB.jp 日本野球機構』。2014年10月31日閲覧。

^ 「2014年10月9日 侍ジャパン「2014 SUZUKI 日米野球」出場選手発表!」『侍ジャパン公式サイト』2014年10月9日。2015年3月26日閲覧。

^ 「日米野球:今宮が攻守で存在感」『毎日新聞』2014年11月21日。2014年11月29日時点のオリジナルよりアーカイブ。2014年11月25日閲覧。

^ 「2014年度 表彰選手 投票結果(ベストナイン)」『NPB.jp 日本野球機構』。2014年11月25日閲覧。

^ 「2014年度 三井ゴールデン・グラブ賞 投票結果」『NPB.jp 日本野球機構』。2014年11月6日閲覧。

^ 「欧州代表戦、侍ジャパン出場選手発表!6選手が小久保体制下で初招集」『侍ジャパン公式サイト』2015年2月16日。2015年3月22日閲覧。

^ 「ひかりTV 4K GLOBAL BASEBALL MATCH 2015 侍ジャパン 対 欧州代表 第2戦 2015年3月11日(水) 東京ドーム 打席結果・投打成績」『野球日本代表 侍ジャパンオフィシャルサイト』2015年3月11日。2016年3月10日閲覧。

^ 「トップチーム第一次候補選手発表!11月に行われる「WBSC世界野球プレミア12」へ向けて65名が名を連ねる」『野球日本代表 侍ジャパンオフィシャルサイト』2015年7月16日。2015年8月4日閲覧。

^ 「「WBSC世界野球プレミア12」侍ジャパントップチーム候補選手45名を発表」『野球日本代表 侍ジャパンオフィシャルサイト』2015年9月10日。2015年9月20日閲覧。

^ 「打てる選手が減少?12球団、遊撃手の成績は…」『BASEBALL KING』2015年12月17日。2015年12月31日閲覧。

^ 「侍ジャパントップチーム、出場選手変更のお知らせ」『野球日本代表 侍ジャパンオフィシャルサイト』2015年11月2日。2021年8月12日閲覧。

^ 「3月開催の侍ジャパン強化試合、出場26選手発表!」『野球日本代表 侍ジャパンオフィシャルサイト』2016年2月15日。2016年2月17日閲覧。

^ 「日本通運 presents 侍ジャパン強化試合 チャイニーズ・タイペイvs日本 打席結果・投打成績」『野球日本代表 侍ジャパンオフィシャルサイト』。2017年3月31日閲覧。

^ 「ソフトバンク今宮、史上最年少で200犠打」『日刊スポーツ』2016年6月3日。2017年3月31日閲覧。

^ 「ソフトバンク今宮が右肘痛で欠場「投げられない」」『日刊スポーツ』2016年9月27日。2017年3月31日閲覧。

^ 「ソフトバンク今宮が右肘手術 復帰まで3カ月見込み」『日刊スポーツ』2016年10月28日。2017年3月31日閲覧。

^ 「ソフトバンク今宮4年連続GG、守備率9割9分へ」『日刊スポーツ』2016年11月30日。2017年3月31日閲覧。

^ 「ソフトバンク今宮、大台突破の1億4500万で更改」『日刊スポーツ』2016年12月12日。2017年3月31日閲覧。

^ 「ソフトバンク今宮が辞退、ラスト侍は広島田中が候補」『日刊スポーツ』2017年1月26日。2017年3月31日閲覧。

^ 「ソフトバンク 開幕1軍登録メンバー一覧」『日刊スポーツ』2017年3月29日。2017年3月31日閲覧。

^ 「2017/03/31(金)第1回戦 福岡ソフトバンク vs 千葉ロッテ 出場選手成績」『福岡ソフトバンクホークスオフィシャルサイト』2017年3月31日。2017年3月31日閲覧。

^ 「ソフトバンク今宮「打てて良かった」今季1号ソロ」『日刊スポーツ』2017年4月26日。2017年12月7日閲覧。

^ 「ソフトバンク今宮サヨナラ打!打たなきゃ男じゃない」『日刊スポーツ』2017年5月10日。2017年12月7日閲覧。

^ 「ソフトバンク最多5人選出 柳田「恩返しをしたい」」『日刊スポーツ』2017年6月26日。2017年12月7日閲覧。

^ 「ソフトバンク今宮が今季初スタメン外れ 疲労性腰痛」『日刊スポーツ』2017年7月8日。2017年12月7日閲覧。

^ 「2017/07/21(金) 第13回戦 福岡ソフトバンク vs 千葉ロッテ」『福岡ソフトバンクホークスオフィシャルサイト』2017年7月21日。2017年12月7日閲覧。

^ 「ソフトバンク今宮、賞金100万円は豪雨被災地へ」『日刊スポーツ』2017年7月23日。2017年12月7日閲覧。

^ 「ソフトバンク今宮ソロ弾、塩見の直球を右翼へ」『日刊スポーツ』2017年10月18日。2017年12月7日閲覧。

^ 「今宮神の手!リプレー検証判定セーフ/写真リプレー」『日刊スポーツ』2017年10月30日。2017年12月7日閲覧。

^ 「ソフトバンク今宮、超ファインプレーでハマスタ魅了」『日刊スポーツ』2017年11月1日。2017年12月7日閲覧。

^ 「ソフトバンク今宮キラリ日本S初の猛打賞&2盗塁」『日刊スポーツ』2017年11月2日。2017年12月7日閲覧。

^ 「ソフトB松田、今宮ゴールデングラブ 三遊間コンビ最長5年連続」『西日本スポーツ』2017年11月10日。2017年12月7日閲覧。

^ 「ソフトB今宮のベストナインに工藤監督大喜び「ガッツポーズしたね」」『西日本スポーツ』2017年11月18日。2017年12月7日閲覧。

^ 「ソフトバンク今宮↑2・2億円更改「最高の評価」」『日刊スポーツ』2017年12月20日。2017年12月26日閲覧。

^ 「ソフトバンク今宮、球団通算8500号メモリアル弾」『日刊スポーツ』日刊スポーツ新聞社、2018年6月5日。2023年10月29日閲覧。

^ 「ソフトバンク今宮が今季初「1番」起用に応える6年ぶり初回先頭打者弾 6年前はあのライバル左腕から一発」『スポーツニッポン』2024年4月3日。2024年4月4日閲覧。

^ 「ソフトバンク今宮が豪快8号満塁アーチ プロ9年目で初グランドスラム達成」『Full-Count』Creative2、2018年8月26日。2023年10月29日閲覧。

^ 「ソフトバンク今宮が背番6変更 2番後任に甲斐推薦」『日刊スポーツ』2018年12月4日。2018年12月11日閲覧。

^ 【CS ファイナルステージ】 埼玉西武ライオンズ vs 福岡ソフトバンクホークス 第4戦 日本野球機構

^ 「今宮3発MVP「これで福岡に帰れる」インタビュー」『日刊スポーツ』日刊スポーツ新聞社、2019年10月13日。2023年10月29日閲覧。

^ 「史上初の20代で300犠打 鷹・今宮が遂げる“非バント”への変貌」『Full-Count』2020年7月4日。2021年8月12日閲覧。

^ 「ソフトバンク今宮長期離脱 ふくらはぎ損傷2カ月弱」『日刊スポーツ』2020年8月23日。2021年8月12日閲覧。

^ 「ソフトバンクわずか4球で先制!今宮がチーム1号の特大2ラン」『西日本スポーツ』2021年3月26日。2021年4月9日閲覧。

^ 「ソフトB・今宮サヨナラ打 球団69年ぶり2人目!開幕から2戦連続V打 工藤監督500勝に花添えた」『スポーツニッポン』2021年3月28日。2021年12月2日閲覧。

^ 「ソフトBの今宮、通算306犠打」『西日本スポーツ』2021年4月8日。2021年4月9日閲覧。

^ 「ソフトバンクのメモリアル男だ!守備とバントの職人・今宮が球団通算8500号に続き9000号も」『スポニチ Sponichi Annex』スポーツニッポン新聞社、2021年6月9日。2023年10月29日閲覧。

^ 「ソフトバンク今宮健太1000安打「ちょっと遅かったかな」さらに1安打も」『日刊スポーツ』2021年10月5日。2022年1月3日閲覧。

^ 「ソフトバンク今宮健太が「左脛骨骨挫傷」と診断 今後は状態見ながら練習」『日刊スポーツ』2021年10月23日。2022年1月3日閲覧。

^ 「今宮、新選手会長就任へ 心機一転の13年目、キャプテン柳田とタッグ」『西日本スポーツ』2021年11月30日。2021年12月2日閲覧。

^ 「オーロラビジョン ソフトバンク・今宮健太 定位置確保で規定打席到達も/復活を遂げた男たち」『週刊ベースボール』2022年9月30日。2022年11月28日閲覧。

^ 「好事魔多し・・・今季絶好調時にケガで一時離脱した打者5人。故障が悔やまれる選手たち」『ベースボールチャンネル』2022年11月28日。2022年11月28日閲覧。

^ 「「ベストナイン」に3選手!今宮選手が5年ぶりに受賞」『福岡ソフトバンクホークスオフィシャルサイト』2022年11月24日。2022年11月24日閲覧。

^ pacificleaguetvの2022年12月7日20:48のツイート- X(旧Twitter)

^ 「【ソフトバンク】今宮健太が現役最多350犠打を最年少31歳で達成「役割を全うしていくだけ」」『日刊スポーツ』日刊スポーツNEWS、2023年4月12日。2023年4月12日閲覧。

^ 「Sports otto!今宮健太、イチローらが持つ4打席連続二塁打のパ・リーグ記録に王手」『西日本スポーツ』2023年4月14日。2023年4月17日閲覧。

^ 「【ソフトバンク】今宮が守備ミス挽回“汚名返上”決勝2点適時打 雨中の死闘制し貯金今季最多8」『日刊スポーツ』日刊スポーツ新聞社、2023年6月16日。2023年10月29日閲覧。

^ 「【ソフトバンク】今宮健太サヨナラ打「和田さんのああいう姿を見て、どうも思わない人はいない」」『日刊スポーツ』日刊スポーツ新聞社、2023年8月31日。2023年10月29日閲覧。

^ 「【ソフトバンク】今宮健太が特例抹消 藤本監督「体調不良です」代替はリチャード」『日刊スポーツ』日刊スポーツ新聞社、2023年5月27日。2023年10月29日閲覧。

^ 「【ソフトバンク】今宮健太「特例2023」で登録抹消 藤本監督「まだ体が重い」 野村大が昇格」『日刊スポーツ』日刊スポーツ新聞社、2023年7月10日。2023年10月29日閲覧。

^ 「【ソフトバンク】CS争いへ非常事態 中村晃、今宮健太、三森大貴、嘉弥真新也が体調不良で抹消」『日刊スポーツ』日刊スポーツ新聞社、2023年9月16日。2023年10月29日閲覧。

^ 「【ソフトバンク】前選手会長の今宮健太が新選手会長の周東佑京にエール「期待したい」」『日刊スポーツ』日刊スポーツ新聞社、2023年11月27日。2023年11月28日閲覧。

^ 「【ソフトバンク】今宮健太が2021年以来の三塁打を放ち、3番柳田悠岐の右犠飛で先制点」『日刊スポーツ』日刊スポーツ新聞社、2024年3月29日。2024年4月4日閲覧。

^ 「2リーグ制後初の快挙!ソフトバンク今宮健太が1イニング2三塁打」『西スポ』西日本スポーツ新聞社、2024年5月21日。2024年5月21日閲覧。

^ 「【ソフトバンク】今宮健太、遊撃手で球団記録更新する通算1495試合出場 リーグ記録まで36」『日刊スポーツ』2024年6月9日。2024年7月27日閲覧。

^ 「ソフトバンクに新旧交代の波、王貞治球団会長「いい手応え」…ドラ3広瀬隆太ら交流戦で存在感」『讀賣新聞オンライン』2024年6月18日。2024年7月3日閲覧。

^ 只松憲「【ソフトバンク】今宮健太バントがホームラン!? 曽谷悪送球をカバー入った森もそらし打球転々」『日刊スポーツ』2024年6月25日。2024年6月26日閲覧。

^ 「【ソフトバンク】今宮健太が遊撃手のパ最多出場記録1532試合「1年でも長く出られるように」」『日刊スポーツ』2024年8月4日。2024年8月4日閲覧。

^ 「プレーで語るリーダー コーチ、選手が認めるソフトバンク今宮健太が見せた数字以上の「存在感」」『西スポ』2024年9月23日。2024年10月6日閲覧。

^ 「今宮健太と栗原陵矢がホームラン! 伊藤大海から5回までに4得点」『パリーグインサイト』2024年10月16日。2024年10月19日閲覧。

^ 「僕じゃないな…」ファン投票「パーソル賞」受賞のソフトバンク今宮健太が「ご飯に連れていきたい」選手は?」『西スポ』2024年10月18日。2024年10月19日閲覧。

^ 『野球小僧 世界野球選手名鑑2009』白夜書房、2009年、155頁。ISBN 978-4-86191-508-6。

^ 「今宮(明豊)最後の夏成長見せる 大分大会7月11日開幕」『西日本新聞』2009年6月26日。2009年7月7日時点のオリジナルよりアーカイブ。2021年8月12日閲覧。

^ 「鷹サファテ、今宮のブルペン投球を絶賛「新クローザーの誕生」「僕も引退できる」」『Full-Count』2019年11月7日。2019年11月7日閲覧。

^ 「ソフトBのドラ1今宮が両打ち挑戦」『日刊スポーツ』2009年11月16日。2013年6月2日閲覧。

^ 「ずっとジョーカーでいるつもりはないですよ。」『Number』2019年10月21日。2019年11月7日閲覧。

^ 「今宮健太、10年目の大変身で3番定着バント職人が今季は「0」、野手陣の核に」『スポーツナビ』2019年5月23日。2019年11月7日閲覧。

^ 『野球小僧 4月号 2011』白夜書房、p.23

^ 月刊ホークス2013年9月、P54

^ 福岡ソフトバンクホークス イヤーブック2010、ソフトバンククリエイティブ、p24

^ 「史上初の20代で300犠打 鷹・今宮が遂げる"非バント"への変貌」『Full-Count』2020年7月4日。2020年7月18日閲覧。

^ 「【ソフトバンク】今宮健太が史上4人目の通算350犠打「多くの試合に使っていただいた結果」」『日刊スポーツ』2023年4月12日。2023年4月12日閲覧。

^ 「ソフトバンク退団鳥越コーチの教えは「普通の人」」『日刊スポーツ』2017年11月10日。2017年12月7日閲覧。

^ 「ソフトB今宮が甲斐に「寒行のすゝめ」 「集中することで気持ち締まる」」『西日本スポーツ』2017年12月3日。2017年12月7日閲覧。

^ 「ホークス今宮選手結婚 同郷の明豊高出身22歳と 6月に婚姻届、来年第1子誕生」『西日本新聞』2016年10月27日。2016年10月27日閲覧。

^ 「ソフトバンク今宮がパパに 夫人が第1子出産」『日刊スポーツ』2017年1月28日。2017年3月31日閲覧。

^ 「2017年のニュースリリース 2017年8月18日 「ふくぎん賞」贈呈式の開催について」『福岡銀行』2017年8月18日。2017年12月7日閲覧。

^ 「ソフトバンク今宮が看板直撃100万円寄付していた」『日刊スポーツ』2017年11月26日。2017年12月7日閲覧。

^ 「今宮が通算1000安打到達、史上311人目」『西日本スポーツ』2021年10月5日。2021年10月5日閲覧。

^ 「【ソフトバンク】今宮健太が史上4人目の通算350犠打「多くの試合に使っていただいた結果」」『日刊スポーツ』2023年4月12日。2023年4月12日閲覧。

^ 「【ソフトバンク】今宮健太、通算1500試合出場「日々精進していきます」史上206人目」『日刊スポーツ』2024年4月23日。2024年4月23日閲覧。

^ 「2リーグ制後初の快挙!ソフトバンク今宮健太が1イニング2三塁打」『西スポWEB OTTO!』2024年5月21日。2024年5月21日閲覧。

^ 「ホークス柳田「申し訳ない気持ち」、今宮「本当に残念」 オールスター出場辞退」『Full-Count』2019年7月9日。2022年7月6日閲覧。

^ 「チーム情報 球場使用曲一覧」『福岡ソフトバンクホークスオフィシャルサイト』。2021年8月29日閲覧。

^ 「三菱録画テレビでキャッチ!プレゼントキャンペーン」『三菱電機公式ホームページ』。2017年4月16日閲覧。

大分県出身の人物一覧

福岡ソフトバンクホークスの選手一覧

ブリスベン・バンディッツの選手一覧

日本出身のオーストラリアン・ベースボールリーグ選手一覧

個人年度別成績 今宮健太 - NPB.jp 日本野球機構

選手の各国通算成績 Baseball-Reference (Japan)、The Baseball Cube、MLB

6 今宮 健太 選手名鑑2024 - 福岡ソフトバンクホークスオフィシャルサイト

選手情報 - 週刊ベースボールONLINE

Kenta Imamiya stats ABL.com (英語)

今宮健太 (@imamiya1991) - X(旧Twitter)

今宮健太 (@kntaaaaaaa) - Instagram

90 小久保裕紀

92 奈良原浩(ヘッド)

94 倉野信次(投手チーフ兼ヘッドコーディネーター)

72 若田部健一(投手〈ブルペン〉)

71 中田賢一(投手〈ブルペン補佐〉)

78 村上隆行(打撃)

80 本多雄一(内野守備走塁兼作戦)

79 大西崇之(外野守備走塁兼作戦)

84 髙谷裕亮(バッテリー)

74 松山秀明(監督)

73 小笠原孝(投手チーフ)

97 牧田和久(投手)

93 村松有人(打撃)

82 髙田知季(内野守備走塁)

96 城所龍磨(外野守備走塁)

83 清水将海(バッテリー)

88 斉藤和巳(監督)

86 佐久本昌広(投手チーフ)

76 寺原隼人(投手)

86 奥村政稔(投手)

75 大道典良(打撃)

91 金子圭輔(内野守備走塁)

98 高波文一(外野守備走塁)

87 細川亨(バッテリー)

011 大越基(監督)

013 森笠繁(打撃)

014 笹川隆(内野守備走塁)

015 釜元豪(外野守備走塁)

016 的山哲也(バッテリー)

017 森山良二(リハビリ担当〈投手〉)

018 中谷将大(リハビリ担当〈野手〉)

012 川越英隆(コーディネーター〈投手ファーム統括〉)

020 星野順治(コーディネーター〈投手〉)

023 荒金久雄(コーディネーター〈野手統括〉)

019 関川浩一(コーディネーター〈野手〉)

022 森浩之(コーディネーター〈野手〉)

021 井出竜也(コーディネーター〈野手〉)

1 風間球打

2 スチュワート・ジュニア

11 津森宥紀

14 又吉克樹

16 東浜巨

17 有原航平

18 武田翔太

20 中村亮太

26 大津亮介

27 岩井俊介

29 石川柊太

34 村田賢一

35 モイネロ

38 澤柳亮太郎

39 尾形崇斗

40 杉山一樹

41 前田悠伍

42 三浦瑞樹

47 大関友久

48 藤井皓哉

49 松本晴

50 板東湧梧

51 前田純

53 大山凌

54 オスナ

56 田浦文丸

58 木村大成

59 長谷川威展

60 大野稼頭央

63 ヘルナンデス

66 松本裕樹

67 笠谷俊介

68 木村光

70 田上奏大

12 嶺井博希

19 甲斐拓也

22 牧原巧汰

45 谷川原健太

55 石塚綜一郎

62 海野隆司

64 吉田賢吾

65 藤田悠太郎

79 渡邉陸

0 川瀬晃

4 ダウンズ

6 今宮健太

8 牧原大成

13 三森大貴

23 周東佑京

24 栗原陵矢

25 山川穂高

33 廣瀨隆太

36 イヒネイツア

43 井上朋也

46 川原田純平

52 リチャード

69 仲田慶介

99 野村勇

3 近藤健介

7 中村晃

9 柳田悠岐

28 ウォーカー

30 佐藤直樹

31 正木智也

32 柳町達

37 生海

44 笹川吉康

57 緒方理貢

61 川村友斗

126 宮里優吾

133 星野恒太朗

134 大城真乃

135 アルメンタ

136 大竹風雅

139 井﨑燦志郎

142 藤原大翔

145 ハモンド

146 藤田淳平

148 山崎琢磨

156 ロドリゲス

158 赤羽蓮

160 長水啓眞

161 内野海斗

162 岡植純平

163 佐々木明都

164 水口創太

165 宮崎颯

169 飛田悠成

176 サルディ

151 加藤晴空

171 盛島稜大

122 藤野恵音

124 桑原秀侍

129 佐倉俠史朗

130 勝連大稀

131 中澤恒貴

159 山下恭吾

170 西尾歩真

175 アルモンテ

123 大泉周也

144 シモン

150 山本恵大

166 重松凱人

168 佐藤航太

173 オスーナ

1950 木塚忠助

1951 木塚忠助

1952 木塚忠助

1953 木塚忠助

1954 L.レインズ

1955 木塚忠助

1956 豊田泰光

1957 豊田泰光

1958 葛城隆雄

1959 豊田泰光

1960 豊田泰光

1961 豊田泰光

1962 豊田泰光

1963 小池兼司

1964 小池兼司

1965 小池兼司

1966 小池兼司

1967 大下剛史

1968 阪本敏三

1969 阪本敏三

1970 阪本敏三

1971 阪本敏三

1972 大橋穣

1973 大橋穣

1974 大橋穣

1975 大橋穣

1976 大橋穣

1977 石渡茂

1978 真弓明信

1979 石渡茂

1980 高代延博

1981 石毛宏典

1982 石毛宏典

1983 石毛宏典

1984 弓岡敬二郎

1985 石毛宏典

1986 石毛宏典

1987 水上善雄

1988 田中幸雄

1989 田辺徳雄

1990 田中幸雄

1991 小川博文

1992 田辺徳雄

1993 広瀬哲朗

1994 広瀬哲朗

1995 田中幸雄

1996 田中幸雄

1997 松井稼頭央

1998 松井稼頭央

1999 松井稼頭央

2000 松井稼頭央

2001 松井稼頭央

2002 松井稼頭央

2003 松井稼頭央

2004 川﨑宗則

2005 西岡剛

2006 川﨑宗則

2007 TSUYOSHI

2008 中島裕之

2009 中島裕之

2010 西岡剛

2011 中島裕之

2012 中島裕之

2013 鈴木大地

2014 今宮健太

2015 中島卓也

2016 鈴木大地

2017 今宮健太

2018 源田壮亮

2019 源田壮亮

2020 源田壮亮

2021 源田壮亮

2022 今宮健太

2023 紅林弘太郎

 投  山本由伸

 捕  甲斐拓也

 一  山川穂高

 二  浅村栄斗

 三  宗佑磨

 遊  今宮健太

 外  松本剛 / 柳田悠岐 / 島内宏明

 指  吉田正尚

1972 大橋穣

1973 大橋穣

1974 大橋穣

1975 大橋穣

1976 大橋穣

1977 大橋穣

1978 大橋穣

1979 高代延博

1980 水上善雄

1981 石毛宏典

1982 石毛宏典

1983 石毛宏典

1984 弓岡敬二郎

1985 石毛宏典

1986 石毛宏典

1987 弓岡敬二郎

1988 田中幸雄

1989 田辺徳雄

1990 田中幸雄

1991 田中幸雄

1992 田辺徳雄

1993 広瀬哲朗

1994 広瀬哲朗

1995 田中幸雄

1996 田中幸雄

1997 松井稼頭央

1998 松井稼頭央

1999 小坂誠

2000 小坂誠

2001 小坂誠

2002 松井稼頭央

2003 松井稼頭央

2004 川﨑宗則

2005 小坂誠

2006 川﨑宗則

2007 TSUYOSHI

2008 中島裕之

2009 金子誠

2010 西岡剛

2011 中島裕之

2012 中島裕之

2013 今宮健太

2014 今宮健太

2015 今宮健太

2016 今宮健太

2017 今宮健太

2018 源田壮亮

2019 源田壮亮

2020 源田壮亮

2021 源田壮亮

2022 源田壮亮

2023 源田壮亮

2024 源田壮亮

 投  田中将大

 捕  嶋基宏

 一  浅村栄斗

 二  藤田一也

 三  松田宣浩

 遊  今宮健太

 外  陽岱鋼 / 糸井嘉男 / 秋山翔吾

 投  金子千尋

 捕  伊藤光

 一  T-岡田

 二  藤田一也

 三  松田宣浩

 遊  今宮健太

 外  陽岱鋼 / 糸井嘉男 / 柳田悠岐

 投  涌井秀章

 捕  炭谷銀仁朗

 一  中田翔

 二  L.クルーズ

 三  松田宣浩

 遊  今宮健太

 外  清田育宏 / 秋山翔吾 / 柳田悠岐

 投  涌井秀章

 捕  大野奨太

 一  中田翔

 二  藤田一也

 三  松田宣浩

 遊  今宮健太

 外  糸井嘉男 / 秋山翔吾 / 陽岱鋼

 投  菊池雄星

 捕  甲斐拓也

 一  銀次

 二  鈴木大地

 三  松田宣浩

 遊  今宮健太

 外  柳田悠岐 / 秋山翔吾 / 西川遥輝

2007 第1S:サブロー, 第2S:ダルビッシュ有

2008 涌井秀章

2009 T.スレッジ

2010 1st:里崎智也, Final:成瀬善久

2011 内川聖一

2012 糸井嘉男

2013 田中将大

2014 吉村裕基

2015 内川聖一

2016 中田翔

2017 内川聖一

2018 柳田悠岐

2019 今宮健太

2020 中村晃

2021 杉本裕太郎

2022 吉田正尚

2023 杉本裕太郎

2024 山川穂高

1953 簑原宏

1954 大下弘

1955 戸川一郎

1956 稲尾和久

1957 宮本敏雄

1958 藤田元司

1959 土屋正孝

1960 田宮謙次郎

1961 J.スタンカ

1962 吉田義男

1963 稲尾和久

1964 山内一弘

1965 森下整鎮

1966 渡辺泰輔

1967 足立光宏

1968 長池徳二

1969 長池徳二

1970 井石礼司

1971 山田久志

1972 足立光宏

1973 野村克也

1974 高木守道

1975 山本浩二

1976 柴田勲

1977 河埜和正

1978 足立光宏

1979 井本隆

1980 小川亨

1981 井上弘昭

1982 上川誠二

1983 西本聖

1984 山沖之彦

1985 石毛宏典

1986 達川光男

1987 篠塚利夫

1988 宇野勝

1989 新井宏昌

1990 岡崎郁

1991 川口和久

1992 岡林洋一

1993 清原和博

1994 清原和博

1995 小林宏

1996 仁志敏久

1997 松井稼頭央

1998 大塚光二

1999 川上憲伸

2000 城島健司

2001 T.ローズ

2002 A.カブレラ

2003 金本知憲

2004 井上一樹

2005 矢野輝弘

2006 川上憲伸

2007 ダルビッシュ有

2008 A.ラミレス

2009 髙橋信二

2010 和田一浩

2011 吉見一起

2012 稲葉篤紀

2013 長野久義

2014 R.メッセンジャー

2015 山田哲人

2016 B.エルドレッド

2017 宮﨑敏郎

2018 鈴木誠也

2019 亀井善行

2020 戸郷翔征

2021 山本由伸

2022 J.オスナ

2023 紅林弘太郎

2024 今宮健太

大藤敏行

佐々木洋

堂林翔太

伊藤直輝

山田智弘

新西貴利

佐藤朔弥

庄司隼人

岡田俊哉

原口文仁

河野元貴

山崎裕貴

武石光司

柏葉康貴

猿川拓朗

河合完治

今宮健太

伊藤隆比古

高橋義人

江崎秋馬

90 小久保裕紀

73 奈良原浩(ヘッド)

79 大西崇之(外野守備・走塁)

80 稲葉篤紀(打撃)

87 仁志敏久(内野守備・走塁)

88 矢野燿大(バッテリー)

89 鹿取義隆(投手)

10 松井裕樹

11 菅野智之

14 則本昂大

15 澤村拓一

16 大谷翔平

18 前田健太

19 増井浩俊

21 西勇輝

22 大野雄大

24 山﨑康晃

29 小川泰弘

30 武田翔太

35 牧田和久

27 炭谷銀仁朗

37 嶋基宏

52 中村悠平

2 今宮健太

3 松田宣浩

5 川端慎吾

6 坂本勇人

9 中島卓也

13 中田翔

23 山田哲人

60 中村剛也

7 中村晃

8 平田良介

25 筒香嘉智

55 秋山翔吾

1位:今宮健太

2位:川原弘之

3位:下沖勇樹

4位:中原恵司

5位:豊福晃司

日本の野球選手

明豊高等学校出身の野球選手

福岡ソフトバンクホークス及びその前身球団の選手

ブリスベン・バンディッツの選手

NPBオールスターゲーム選出選手

アジアシリーズ選手

WBSCプレミア12日本代表選手

2015 WBSCプレミア12選手

大分県出身のスポーツ選手

1991年生

存命人物

Pages using the JsonConfig extension

ISBNマジックリンクを使用しているページ

野球に関する記事

プロジェクト人物伝項目

Div colで4列以上を指定しているページ

ウィキデータにある日本野球機構選手識別子

2024/11/16 13:23更新

imamiya kenta


今宮健太と同じ誕生日7月15日生まれ、同じ大分出身の人

石川 正史(いしかわ まさし)
1976年7月15日生まれの有名人 大分出身

石川 正史(いしかわ まさし、1976年7月15日 - )は日本の政治家、Youtuber、会社役員。大分県津久見市長(1期)。元大分放送 (OBS) のアナウンサー、ディレクター。 大分県大分市出…

佐藤 錬(さとう れん)
1951年7月15日生まれの有名人 大分出身

佐藤 鍊(さとう れん、1951年7月15日 - )は、日本の政治家、自由民主党の元衆議院議員(2期)。大分県宇佐市(旧院内町)出身。 2005年の第44回衆議院議員総選挙では、郵政国会で反対票を投…

村井 雄司(むらい ゆうじ)
1964年7月15日生まれの有名人 大分出身

7月15日生まれwiki情報なし(2024/11/17 18:17時点)

是永 瞳(これなが ひとみ)
1995年7月15日生まれの有名人 大分出身

是永 瞳(これなが ひとみ、1995年7月15日 – )は、日本のタレント、モデル、女優である。大分県豊後高田市出身。オスカープロモーション所属。福岡大学在学。 2015年にミス福岡大でグランプリを…

伊藤 勝利(いとう かつとし)
1943年7月15日生まれの有名人 大分出身

■プロジェクト:野球選手  ■テンプレート 伊藤 勝利(いとう かつとし、1943年7月15日 - )は、大分県出身の元プロ野球選手。 日田高校から1962年に西鉄ライオンズへ…


TOPニュース

動画を見るだけで10万円稼げる!?

闇バイトに引っかからない方法

Hey! Say! JUMPの有岡大貴松岡茉優が結婚を発表

令和6年6月6日に66歳になった人は?

藤原さくら、ライブ活動休止を発表

サッカー日本代表の堂安律が一般女性と結婚を発表

NHK大河ドラマ「光る君へ」で松下洸平がペラペラの宋語で話題に

King&Prince永瀬廉が右耳負傷の為一時活動休止を発表

いくよくるよの今くるよさん、膵がんの為死去


今宮健太と近い名前の人


今宮 エビス(いまみや えびす)
1942年1月10日生まれの有名人 京都出身

今宮エビス(いまみや えびす、1942年1月10日 - 2008年1月27日)は、お笑い芸人、漫才師。京都府京都市嵯峨野出身。本名は土屋 嘉生(つちや よしお)。芸名は吉田留三郎が命名。 豆腐料理屋…

今宮 純(いまみや じゅん)
1949年3月18日生まれの有名人 神奈川出身

今宮 純(いまみや じゅん、1949年3月18日 - 2020年1月4日)は、日本のモータースポーツ・ジャーナリスト。日本モータースポーツ記者会(JMS)会員。 妻は翻訳家・ジャーナリストの今宮雅子…

今宮 多力香(いまみや たりか)
1973年6月6日生まれの有名人 千葉出身

6月6日生まれwiki情報なし(2024/11/12 02:25時点)

注目の芸能人・有名人【ランキング】
話題のアホネイター
今宮健太
  • Google+でシェア
  • はてなブックマークに追加
  • LINEでシェア

最近追加された芸能人・有名人

こっちのけんと 斎藤元彦 松島かのん 澤繁実 小野寺紘毅 桜井誠_(活動家) 安野貴博 ジャンボ松田 後藤輝樹 石丸幸人

グループ

asfi Prizmmy☆ ライムベリー でんぱ組.inc Especia ALLOVER アイドルカレッジ 乙女新党 

▲ページトップに戻る

この記事は、クリエイティブ・コモンズ・表示・継承ライセンス3.0のもとで公表されたウィキペディアの項目「今宮健太」を素材として二次利用しています。

twitterはじめました