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【5月20日】今日誕生日の芸能人・有名人

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佐々木 朗希さんについて調べます

■名前・氏名
佐々木 朗希
(ささき ろうき)
■職業
野球選手
■佐々木朗希の誕生日・生年月日
2001年11月3日 (年齢22歳)
巳年(へび年)、蠍座(さそり座)
■出身地・都道府県
岩手出身

佐々木朗希と同じ年に生まれた芸能人(2001年生まれ)

佐々木朗希と同じ誕生日の人(11月3日)

佐々木朗希と同じ出身地の芸能人(岩手県生まれ)


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佐々木朗希

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佐々木 朗希(ささき ろうき)さんの誕生日は2001年11月3日です。岩手出身の野球選手のようです。

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代表経歴、選手としての特徴などについてまとめました。現在、兄弟、家族、父親、脱退に関する情報もありますね。今年の情報もありました。佐々木朗希の現在の年齢は22歳のようです。

佐々木 朗希(ささき ろうき、2001年11月3日 - )は、岩手県陸前高田市出身のプロ野球選手(投手)。右投右打。千葉ロッテマリーンズ所属。

日本プロ野球(NPB)記録かつ世界記録となる13者連続奪三振、プロ野球タイ記録の1試合19奪三振の記録保持者。初の平成かつ21世紀生まれにして、21世紀並びに令和初、および2022年現在の現役選手唯一の日本プロ野球公式戦における、日本プロ野球史上最年少の完全試合達成者(佐々木朗希の完全試合)。「令和の怪物」と称されている。

2001年11月3日、陸前高田市高田町で3人兄弟の次男(兄は3歳上、弟は4歳下)として出生する。幼少期はいたずら好きで、外をずっと駆け回る活発な少年だった。

陸前高田市立高田小学校3年生の時、地元の高田野球スポーツ少年団に所属していた兄の影響を受け、同じ少年団で野球を始める。また2010年には、後に入団する千葉ロッテマリーンズが日本一に輝いた際、家族とともに同球団の本拠地である千葉マリンスタジアムを訪れていたという。野球を始めて以来、兄や父親と一緒に練習に取り組んでいたが、4年生への進級直前となる2011年3月に東日本大震災が発生。その津波で父(当時37歳)と祖父母を亡くし、実家も流されたため、母の親戚がいる大船渡市(猪川町または赤崎町)に転居した。大船渡市立猪川小学校に転校し、地元の軟式少年野球団「猪川野球クラブ」に入部。同クラブは猪川小の校庭を練習場所にしていたが、2016年11月までは仮設住宅が建っており、野球をするための十分なスペースが確保できなかったため、保護者や指導者、支援者の協力を得て、近隣の運動施設への送迎、練習試合への招待などを受けていた。6年生だった2013年12月7日には、マリーンズの本拠地・QVCマリンフィールドで開催された、岩手三陸沿岸の少年野球チームによる大会「リアスリーグ」の決勝戦に出場した。同大会は、震災直後から東北の被災地でボランティアに取り組んでいた「がんばらんばたい(隊)」が企画したもので、同隊の代表を務める山田康生(東京でセールスプロモーション業の会社を経営)が、かつて2005年・2010年に日本一になったマリーンズの優勝イベントに仕事で関わった縁があったことから、マリーンズの親会社であるロッテを始めとした各企業の協賛によって実現したものだった。

大船渡市立第一中学校に進学後、軟式野球部に入部すると、投打で実力を認められ、2年生秋の新人戦からエースナンバーを背負う。しかし、股関節系の怪我などで思うように投げられない時期が断続的に続き、3年生になる直前の2016年初春に腰の疲労骨折が判明する。痛みを訴えた当初、地元の病院では「身体が硬いだけ」と診断されたが、釈然としなかった指導者が私立花巻東高校の佐々木洋監督に相談。大谷翔平が高校時代に通った青森県八戸市の病院を紹介してもらい、そこで疲労骨折と診断され、その後、半年近くをリハビリに充てることになる。3年生時の中総体出場は叶わず、チームは同年夏の同大会地区予選で初戦敗退を喫したが、故障が癒えた秋に参加した「オール気仙」では、「第16回県中学生KWB野球選手権」で同チームにとって9年ぶりの優勝を達成。東北大会でも準優勝し、県選抜にも選出され、「第11回U15全国KWB野球秋季大会」に出場した。同大会では初戦敗退したものの、1回戦で2番手投手として登板、3回3被安打無失点と好投したことから、県KWB野球連盟と県中学生野球連盟の優秀選手賞を受賞した。また、大会中に当時の自己最速となる球速141 km/hを計測した。

高校進学に当たっては県内外から声がかかったが、地元で甲子園を目指したいという思いから県立大船渡高校に進学する。公式戦デビューは1年夏の県大会2回戦(対盛岡北高校戦)で、4対3(二死二・三塁)の場面で3番手投手として登板。球速147 km/hを計測し、ピンチを断ち切った。同大会はこの1試合の登板のみでチームは3回戦で敗退した。2年夏の県大会では初戦に球速154 km/hを計測したが、外野手として出場した3回戦の西和賀戦でチームは敗退。2年秋の県大会ではエースナンバーを背負い、1回戦で高校2年生史上最速タイとなる球速157 km/hを計測した。また速球だけではなく、精度を上げた変化球でも打者を翻弄し、チームを16年ぶりのベスト4に導いた。

3年生になった2019年4月6日、佐々木は高校日本代表候補による研修合宿の紅白戦で、球場の表示ではなく非公式ながら中日ドラゴンズのスカウトのスピードガンで球速163 km/hを計測したとされているが、これは大谷翔平が持っていた当時の高校生最速記録である160 km/hを3 km/h上回るものだった。このように速球で大きな注目を集めた佐々木は『令和の怪物』と称され、また、奥川恭伸・西純矢・及川雅貴と共に、この年の『高校BIG4』と呼ばれた。春の地区大会・県大会では全国の野球ファンから注目を集め、大船渡高の試合が行われた球場では観戦客数が激増し、内野スタンドがほぼ満席状態になったことから、臨時駐車場の手配や外野スタンド開放などといった異例の措置が取られた。

全国から大きな注目を受けて迎えた3年夏の第101回県大会では、エース兼4番打者を務め、初戦の遠野緑峰戦、3回戦の一戸戦を経て、4回戦の盛岡四戦では公式戦での高校生投手史上最速タイとなる球速160 km/hを計測した。同試合では延長12回で194球を投げ、21奪三振・7被安打の好投でチームを勝利に導いた。選抜大会出場の盛岡大附を破った一関工業との準決勝でも、150 km/h台の速球を武器に15奪三振で完封勝利を収め、チームは決勝へ進出。登板した4試合(初戦・3回戦・4回戦・準決勝)のうち、準決勝を含む3試合で完投し、投球数は435球、防御率は0.62を記録した。

7月30日に行われた花巻東との決勝戦では國保陽平監督が「故障予防のため」という理由で投手・打者とも佐々木を出場回避させ、チームも敗れた。これに対して佐々木の大船渡高校には苦情の電話が殺到し、野球関係者や評論家の間でも議論となり、メディアでも取り上げられるほど社会問題となった(詳細後述)。2019年8月にはU-18代表に選出されたものの、大会前に右手の中指に肉刺(まめ)ができたため、登板したのは対韓国代表戦の1イニングにとどまった。

10月1日付でプロ志望届を正式に提出し、翌2日に岩手県高校野球連盟がこのことについて正式に発表。同日に佐々木は記者会見を開き、「12球団どこでも頑張りたい」とプロ志望を表明した。

2019年10月17日に行われたドラフト会議では、いずれもパシフィック・リーグ(パ・リーグ)の球団である北海道日本ハムファイターズ、千葉ロッテマリーンズ、東北楽天ゴールデンイーグルス、埼玉西武ライオンズの4球団が佐々木を1位指名し、抽選の結果、ロッテが佐々木の交渉権を獲得。岩手県気仙地方出身者のドラフト指名は、陸前高田市出身の鈴木弘規(水沢第一高校:1974年に阪急ブレーブスから4位指名)、大船渡市出身の志田宗大(青山学院大学:2001年にヤクルトスワローズから8位指名)に続き3人目で、気仙の高校からのドラフト指名、気仙出身者の1位指名はいずれも史上初だった。担当スカウトは柳沼強。11月30日の入団交渉にて契約金1億円プラス出来高5000万円、年俸1600万円(金額は推定)で契約合意した。背番号は17で、将来170 km/hを投げてほしいという思いが込められている。同じ苗字の投手である佐々木千隼が在籍しているため、報道上およびスコアボード上の表記は「佐々木朗」、背ネームは「R.SASAKI」となる。

2020年は春季キャンプから一軍に帯同。佐々木が初ブルペン入りした際の動画がロッテ公式YouTubeチャンネルにて公開され、同チャンネル史上最速となる7日で100万回再生を達成するほど話題となった。吉井理人投手コーチのもと、開幕後も出場選手登録はしないまま一軍に帯同。シーズン終盤には実戦デビューも期待されたが、井口資仁監督の「試合レベルに達していない。今シーズンはちょっと難しそう」との判断により、ルーキーイヤーは一軍・二軍ともに公式戦登板は無く、ほぼ通年で一軍に帯同し、肉体強化を図る1年となった。オフに現状維持の推定年俸1600万円で契約を更改した。

2021年も春季キャンプを一軍でスタートしたが、その後一軍メンバーが練習試合遠征に入る際、佐々木はまだフォーム固めの段階であったため、2月13日からは二軍キャンプに合流。3月12日に行われた中日ドラゴンズとのオープン戦にて実戦デビューを果たし、1回を無安打無失点1奪三振、最速153 km/hを計測した。4月2日にはイースタン・リーグの東京ヤクルトスワローズ戦で公式戦デビューを果たし、先発として2回1安打2奪三振無失点という内容であった。二軍戦20イニングで防御率0.45と結果を残し、5月16日の埼玉西武ライオンズ戦でプロ初登板初先発。山川穂高からプロ初奪三振を記録するなど、5回107球6安打5奪三振4失点(自責点2)の内容で勝利投手の権利を持って降板したが、8回に味方が同点に追いつかれたためプロ初勝利とはならなかった。2度目の先発登板となった5月27日の阪神タイガース戦で自身初めて阪神甲子園球場のマウンドに立ち、5回4失点(自責点3)でプロ初勝利を挙げた。お立ち台ではウイニングボールを「両親に渡したい」と話した。6月24日の福岡ソフトバンクホークス戦では5回1/3を投げ3失点でプロ初黒星を喫するなど、初登板から6試合続けて失点を記録していたが、8月28日の東北楽天ゴールデンイーグルス戦では5回3安打5奪三振、自身初の無失点で2勝目を挙げた。9月10日の楽天戦では田中将大と投げ合い、白星こそ付かなかったが、プロ入り後自己最長の8回を2安打2失点に抑えるなど、後半戦は6試合に先発して防御率1.22と安定した投球を見せ、レギュラーシーズン全体では11試合に先発して3勝2敗、防御率2.27を記録。ポストシーズンでは楽天とのCSファーストステージ第1戦の先発に抜擢され、6回10奪三振1失点の好投でチームの勝利に貢献した。オフに1400万円増となる推定年俸3000万円で契約を更改した。

2022年は自身初めて開幕ローテーションに入った。高卒1年目の松川虎生とバッテリーを組み、3月27日の楽天戦でシーズン初登板初先発し、初回に自己最速を更新する164 km/hを計測。6回3失点で勝敗は付かなかったが、毎回の10奪三振を記録すると、続く4月3日の西武戦でも毎回の13奪三振、8回3安打1失点の好投でシーズン初勝利を挙げた。さらに同10日のオリックス・バファローズ戦では、初回二死からプロ野球新記録且つ世界記録となる13者連続奪三振、野田浩司が持つプロ野球記録に並ぶ毎回の1試合19奪三振、28年ぶり(1994年の槙原寛己以来)史上16人目となる完全試合を達成。毎回奪三振での達成は史上初、通算14試合目での達成は史上最速、20歳5か月での達成は史上最年少記録となった。この試合で記録された13者連続奪三振、及びバッテリーを組んだ松川との合計年齢は「プロ野球におけるピッチャーの連続奪三振最多数」、「プロ野球における完全試合を達成したピッチャーとキャッチャーの最年少(合計年齢)」(記録数値:38歳330日)としてギネス世界記録に認定された。

※オールスターゲームでの連続奪三振の日本記録は江夏豊の15者連続奪三振、連続投球回数9回で23奪三振(1970年 - 1972年)。

その後チームに雨天中止の試合があり、ローテーションが再編されたが、佐々木は予定通り中6日で4月17日の北海道日本ハムファイターズ戦に先発。3回表にフライアウト3つで連続イニング奪三振記録が「25」で止まったものの、「1シーズンでの日本人投手記録」としては山本由伸に並ぶ最長タイ、「シーズン初登板初回からの記録」としては伊藤大海を上回り史上最長記録となった。この日も完全投球を続けていたが、打線の援護が無く、また制球にばらつきがあって球数を要し、8回無安打14奪三振無失点で降板し、勝敗は付かなかった。

続く4月24日のオリックス戦で初回先頭の福田周平に安打を打たれ、連続イニング無安打および連続打者凡退記録がストップしたものの、17イニング連続無安打と52者連続アウトは共にプロ野球新記録となった。この日は苦しい投球であったが、5回6安打5四死球4奪三振2失点の内容で勝利投手となった。疲労を考慮されて翌25日に出場選手登録を抹消されたが、3・4月は5先発で3勝0敗、防御率1.50、36イニングを投げて60奪三振を記録。中11日で5月6日のソフトバンク戦に先発すると、続く同13日のオリックス戦の先発登板前には3・4月度の月間MVPを受賞したことが発表された。6月3日の巨人戦では岡本和真に同年初の本塁打(なお、岡本にはオープン戦でもこの年には本塁打を打たれている)を打たれ、プロ入りワースト失点となる5失点でこの年の初黒星を喫した。その後も疲労を考慮した起用法となり、規定投球回数には到達せず、主要タイトルも獲得しなかったものの、9勝4敗(20先発)で防御率が2.02、奪三振数は山本由伸に次ぐ2位という好成績でシーズンを終えた。シーズンオフ後の契約更改交渉はチームの選手の中で最後に行われ、5000万増の年俸8000万円で更改した。年末のプロ野球珍プレー・好プレー大賞では「佐々木朗希投手 マーティン選手がイチャつく」として2022年度大賞を受賞した。

2023年は4月6日、日本ハム戦(ZOZOマリン)に2023 ワールド・ベースボール・クラシック後初となる先発登板をした。佐々木は6回1安打無失点、11奪三振で、シーズン初勝利を挙げた。最終的に15試合に登板し、7勝4敗、防御率1.78を記録。12球団で最終更改者となったが、2024年1月27日に現状維持となる推定年俸8000万円で契約を更改した。前年のシーズン前に佐々木自らの申し出で日本プロ野球選手会を脱退していたことが1月29日に報道された。

代表経歴

2023年、シーズン開幕前の3月上旬から開催された2023 ワールド・ベースボール・クラシックの代表選手に選出。自身も被災者である、東日本大震災が発生した3月11日の1次ラウンド対チェコ戦で先発のマウンドを託された。このことについて、日本代表監督の栗山英樹は「そういう日に先発するというのは、野球の神様が朗希にがんばれってメッセージを送っているんだと僕は思っている」と試合直前の記者会見でコメントした。先発マウンドを任された佐々木は一回表2番エリック・ソガードに今大会初三振を奪うも、後続にヒットと味方の失策が絡み初回に1点を失った。佐々木の世界デビューとなったこの試合で計3回2/3を66球、打者17人に対し奪三振8、失点1の好投を見せ、見事勝利投手となった。球数制限により降板となる4回には、ウィリー・エスカラが佐々木の投じた162km/hの直球を膝に受けうずくまるシーンがあったが、日本が1次ラウンドの日程をすべて終えた13日の早朝、佐々木がチェコ代表が宿泊するホテルを訪れ、自腹で購入した2袋満杯のお菓子を謝罪としてエスカラに手渡したことが話題を呼んだ。

続いて3月21日にフロリダ州マイアミのローンデポ・パークで行われた準決勝対メキシコ戦に先発。4回64球を投げ、打者16人に対し被安打5(被本塁打1)、奪三振3、失点3でマウンドを降りた。米国デビューとなったこの試合では、佐々木を見るために64人ものメジャー球団関係者が球場に足を運んだことが話題となった。

選手としての特徴

走者がいない状況でもセットポジションから足を高く上げる投球フォームが特徴。腕の振りはスリークォーター。

ストレート(フォーシーム)の平均球速は158.3km/h(2022年シーズン)で、プロでは最速165km/hを計測。高校時代にも高校生の日本歴代最速163km/hを記録している。ストレートの平均回転数は2450rpmを計測し、NPBの平均値(2200~2300rpm)より上だった。その他の持つ球種として、スライダー、フォーク、カーブがある。フォークはスカウトから高く評価されている。また、フォークも最速150km/hを計測。2020年2月の時点でもキャンプ地での佐々木の投球をみた川上憲伸がお墨付きをするほどの評価を得ていた。

佐々木のストレートの握りは中指と人差し指をくっつけた独特な握りであり、過去に藤川球児らがこの握りでストレートを投げていた。この握り方はいわゆる一般的なストレートの握りと異なるもので力を集中させやすい反面、制球をしにくい握り方であるとされている。

高校時代に岩手県大会・盛岡四高戦の延長12回に、決勝本塁打を打つなど打撃センスも光る。50メートル走5秒9。

2020年10月にはロッテ入団当初と比べて上半身が大きくなったなど体格の向上が伝えられた。

2024/05/20 00:14更新

sasaki rouki


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