綾小路きみまろの情報(あやこうじきみまろ) 漫談家 芸能人・有名人Wiki検索[誕生日、年齢、出身地、星座]
綾小路 きみまろさんについて調べます
■名前・氏名 |
綾小路きみまろと関係のある人
ナオユキ: 2005年には綾小路きみまろとの二人会『きみなお』を開催、2006年にアメリカ・シカゴの日本人会で、2007年にはロンドンで海外公演を行い、ジャズパンクユニット『知恵蔵知恵蔵』でも活動していたことがある。 山寺宏一: 綾小路きみまろ 小原正子: 綾小路きみまろの人生ひまつぶし(2016年4月 - 9月、テレビ大阪) - 「あれから40年さん こんにちは」コーナー・アシスタント 高濱祐輔: 「綾小路きみまろ 爆笑スーパーライブ第4集!」/綾小路きみまろ 高濱祐輔: 「綾小路きみまろ"元祖"爆笑スーパーライブ第0集!」/綾小路きみまろ 津野まさい: 綾小路きみまろTV 武田鉄矢と語る昭和スター列伝(2024年1月4日 ※製作:日活・チャンネルNECO) イジリー岡田: 綾小路きみまろ ピストン西沢: 2005年に綾小路きみまろの漫談とトランスをリミックスしたアルバム『きみまろトランス』で楽曲提供とリミックスを行い、第47回日本レコード大賞で企画賞を受賞。 藤澤ノリマサ: 林家木久扇、綾小路きみまろのファン。 中村優子: 東京ガス 綾野剛、綾小路きみまろと共演/小島淳平演出 加山雄三: 綾小路きみまろの漫談や、桂文枝の創作落語も良く聴いている。 ダンシング谷村: 綾小路きみまろ ダンディ坂野: しかし、綾小路きみまろとともに「応援」としての出場を果たした。 長山藍子: Panasonic「LUMIX TZシリーズ」(綾小路きみまろと共演、2007年 - ) 吉永小百合: 漫談家の綾小路きみまろも「サユリスト」を自認する人物の一人。 桐谷蝶々: 綾小路きみまろの人生ひまつぶし(2016年 - 、テレビ大阪) 高濱祐輔: 「爆笑スーパーライブ第3集!〜知らない人に笑われ続けて35年〜」/綾小路きみまろ 小野真弓: 森永製菓 甘酒(2011年9月 - )※芸能人甘酒クラブ(綾小路きみまろ、ダンディ坂野と共に) 千葉マリア: きみまろのやってられない(綾小路きみまろプロデュース) 仲野文梧: 携帯電話au簡単ケータイCM(2011年7月)綾小路きみまろと共演。 |
綾小路きみまろの情報まとめ
綾小路 きみまろ(あやこうじ きみまろ)さんの誕生日は1950年12月9日です。鹿児島出身の漫談家のようです。
現在、家族、父親、卒業、テレビ、趣味、結婚、病気、映画に関する情報もありますね。今年の情報もありました。綾小路きみまろの現在の年齢は73歳のようです。
綾小路きみまろのプロフィール Wikipedia(ウィキペディア)綾小路 きみまろ(あやのこうじ きみまろ、本名:假屋 美尋〈かりや よしひろ〉、1950年12月9日 - )は、日本の漫談家、お笑いタレント。 鹿児島県曽於郡松山町(現・志布志市)出身。5代目鈴々舎馬風門下。あん摩マッサージ指圧師の国家資格を保有(鍼灸師は保有していない)。現在の家族構成は本人、5歳年下の弟、妻、子供3人。父親は1997年、自身が40代後半の時に亡くなったが、生前は馬の種付けや農業をしていた傍ら、戦時中は徴兵されて戦地に出向いた事もある。 鹿児島県立末吉高等学校、拓殖大学商学部卒業。身長165cm、体重70Kg。血液型はO型。 鈴々舎馬風一門として「落語協会」会員である(ブレイク以後、寄席に出演することはほとんどないが、籍を置き続けている)。また、歌謡ショーの司会者統括団体である『日本司会芸能協会』の理事も務めた。現在は顧問。 山梨県南都留郡富士河口湖町に別荘「きみまろ亭」を持つ。別荘ではあるが、自身の自宅である。2003年に第一生命主催の「サラリーマン川柳」からの盗用を認め謝罪した。一時のブーム沈静化後にはテレビ出演する機会が減ったが、地方では1日に2回公演・3回公演と精力的に営業を行ない、2004年、山梨県の長者番付で2位となる。同年に清水國明とともに、富士河口湖町の特別町民の第1号として表彰された。 カツラを使用している事をマスメディアで自ら打ち明け、本人もカツラ(ヘアピース)を認めている。揉みあげは地毛で、あとは「ズッポリ」だという。また、髪を後ろで束ねている部分については、下半分が地毛で上半分がカツラの髪であると『SmaSTATION!!』で香取慎吾に明かしており、これは万が一のときにカツラが完全に取れてしまわないようにするためである。 痛風・高血圧・睡眠時無呼吸症候群の持病がある事も自身の著書で度々公開している。 趣味は農作業、草むしり、ジョギング、骨董品の収集。 なお20代の時に結婚していた前妻との息子は、灘中学校・高等学校から東大理Ⅲを卒業し、東京大学大学院医学系研究科に在籍している。 1969年
1979年
芸名はポール牧がコントで、学ランを着てど近眼の眼鏡をかけるというキャラクターで使っていた架空の名前「綾小路きもまろ」から。最初は無断で借用していたが、後に牧本人に直談判した末に使用を許される。長い下積み時代に1年間だけ「山本一貴」と芸名を変えた事があるが、彼自身はこの1年間を抹消したいとのこと。また、本名をもじった「狩屋きみまろ」と名乗った時期もある。 1989年
1993年
1994年(狩屋きみまろ時代)
2002年
独演会の様子を書籍化。 2003年
第17回日本ゴールドディスク大賞で企画・アルバム・オブ・ザ・イヤー受賞。 各種DVD・書籍の発売。 『森田一義アワー 笑っていいとも!』に半年間レギュラー出演(隔週火曜日)。 第54回NHK紅白歌合戦に白組の応援ゲストとして出演。漫談を披露。 2004年
浅草芸能大賞奨励賞を受賞。 2005年
「第56回NHK紅白歌合戦」にゲスト出演。 2007年
2008年
9月19日発売『週刊ポスト』10/03日号(小学館)より、『綾小路きみまろ「夫婦のゲキジョー」』連載開始(現在も連載中) 2009年
2010年
2012年
2014年
きみまろのステージ上のファッションはカツラと扇子、それに背広に燕尾服。 入場の挨拶では「ようこそいらっしゃいました、御元気でしょうか」。また、「気力の無い拍手を頂き、誠に有難うございます」と挨拶する事もある。 『たけしの誰でもピカソ』に出演した際、ビートたけしもきみまろも全く売れない苦しい時期に同じ舞台に出演していた縁があり、楽屋では懐かしい感激の対面を果たした。「きみまろさんってあの時のきみまろさん…」とたけしが語りかけ、お互い先の見えない苦しい時期を思い出したのか感極まって涙を流し合い肩を抱き合うほどだった。その後のネタを収録する時にも感情が高まり途中声が出なくなる場面があった。 ライブの始まりでは、特に女性客に対して「綺麗ですね」と褒めちぎった後、「私は女性を見る目が無いのです」とオチをつける。 きみまろを語る上で欠かせないのが、「あれから40年」のフレーズである。 老化現象、高齢化社会、物忘れ、アルツハイマー、痴呆症、カツラを引き合いにしたフレーズが多い。また、中高年以降の夫婦の確執をネタにする事もある。 内容が少し度を超えてしまった時は「私も人の事をどうこう言える顔ではありません」とフォローしている。本人によると、「毒舌と言っても言いっ放しでは客に迷惑を掛けてしまいかねない」との事。 「上になったり下になったりする」などの性的表現もある。 また、きみまろのネタには前述の通り、「クソジジイ」「クソババア」と言うセリフは一切使用されていない。例外として、「自転車をこいでいた中高年の女性が、後ろから来たトラックの運転手に『コラー、クソババア!』と怒鳴られる」という小話があるが、これもきみまろから観客に向けられた言葉ではない。 きみまろ自身、ライブの客は50代以上の中高年がほとんどである事から「ジジイ、ババアの養殖場」と形容している。また、客の事を「昭和枯れすすきの皆さん」と表現する事もある。きみまろのライブにはきみまろよりも遥かに年長の70歳以上の高齢者が来ている事も珍しくなく、彼らに対しても情け容赦の無いフレーズを掛ける事も少なくない。会場によっては「敬老の日よりも高齢者が多い」との事。また、きみまろのライブの客には90歳以上の所謂「超高齢者」が来る事もあり、ライブの音源の中できみまろが相当年老いた客に年齢を尋ねた所、「93歳」と回答された事もある。最近のパターンとしては40代後半や50代を「中高年予備軍」と形容する事がある。 実際の身長は165cmだが、ネタの中では「179cm」としている。 ライブでは自分の事を「ウィリアム」と称している。また、「潜伏期間30年」のフレーズも多用している。自身が自称している潜伏期間とは1969年頃から1999年頃までの期間とする説や、1972年頃から2002年頃までとしている説がある。 ライブでの一人称は主に「私」であるが、時折「きみまろ」と言う事もある。 きみまろにとって、「避けて通れない事」は2つあり、それは「呼ばれないと来られない事」「客を選べない事」。 ライブは地方で行われる事が多い為、例えば、東北地方から最終の新幹線で東京に戻った後、東京駅前のホテルに泊まり、翌朝西日本方面に向かうというスケジュールも多い。しかしその一方、千葉・神奈川・静岡・茨城・埼玉等の関東近県のライブや東京キー局でテレビの収録があった時は日帰り出来る為、自宅で妻と食事をする事が出来ると言う。 新ネタの考案は夜寝る布団の中でする事が多く、ベッドの隅にはメモ帳(本人曰く「ネタ帳」)と筆記用具が据え置かれている。また、自宅で趣味の農作業の合間にもネタの発声練習をする事もある。 最後は必ず「一言多かった事を心からお詫び申し上げます」と締めくくる。 きみまろの初代のCDでは、1トラックのみで約44分も収録されていたが、それ以降はいくつかのトラックに分割している。 きみまろの漫談はCD・カセットの2セットで販売されている。また、CD・カセット共に「ライブでの公演を基に録音されていますので、聞き苦しい部分がある事をお許し下さい」の断りがある。収録時間は何れの作品も約40分。2010年元旦に発売されたCDではテープ音源のきみまろの漫談が約20分の2セットで収録されている。 「きみまろトランス」では、トランスの楽曲では珍しく、カセットも販売されている。 ステージやホールのみならず、老人ホームや刑務所、果ては暴力団の事務所でライブをした事もある。 きみまろの第1集のCDの演目「中高年に愛を込めて…」は2000年年末に東京・新宿にある新宿末広亭のホールで初披露され、翌年2001年初頭にある演芸場近くの鰻料理専門店にて師匠と面接して許可を得た事で落語家デビューしている。 CD販売に関しては当初、きみまろはあまり乗り気では無かったが、カセットテープに録音しただけでは本人の名前が歴史に残せない事、そしてきみまろの漫談は中高年がほとんどである事からCDで聴いている世代にも是非きみまろの漫談を聞いて欲しいといった事から、CD販売に踏み切った経緯がある。 「きみまろの漫談を聴いて年老いた家族の病気が良くなった」との評価を受けたこともアリ、きみまろの漫談は老化防止や病気の進行の歯止めには殊の外適しているとされている。 2007年頃に海外進出を果たし、第3集のCDのかなり後の部分でニューヨークで自身のライブを開いていた事のフレーズが収録されている。 2008年初頭に発売された第3集のCDでは、きみまろの第1集のCDが160万枚と、予想以上の売れ行きを示した事を公表したフレーズが収録されている。本人曰く「見た事も無い税金を払った」との事。 2010年元日に発売されたCDでは、きみまろが1990年代にサービスエリアで自作のテープを配布していた物の2セットをそのまま収録している。また、この作品は1990年代の音源をそのまま収録している事から、「痴呆症」等のフレーズは一切差し替えられていない。ジャケットの表紙裏にはきみまろのこれまでの半生と経歴、そしてきみまろのスナップ写真の数々が掲載されている。 2009年からバスツアーで漫談する機会が増え、観光する体力が無いという理由でバスツアー後はホテルへ直行し、ホテルの一室に籠もりつつ当日録音した自身の漫談を聴いては反省し改良・新ネタ作成を積み重ねている。 本人によると、「痛風の持病がある中でもスケジュールは数年先までぎっしり埋まっている」との事。前述の通り、痛風持ちの中でも痛み止め等の投薬治療をする事で痛風持ちの体にムチ打って乗り切っている。 NHK『クローズアップ現代』で彼の漫談スタイルについて取り上げられた事もある。この時頻繁に取り上げるネタとして語られた事として「冷え切った夫婦関係(35%)」「容貌の衰え(32%)」「死や病気(28%)」があるが、その事を司会の国谷裕子が真面目な顔で語っている姿が話題を呼んだ。なお、この日の放送の後半では毒蝮三太夫とアナウンサーが対談している。 綾小路きみまろTV(月1回・チャンネルNECO) タモリ倶楽部(テレビ朝日) - 狩屋きみまろ名義 森田一義アワー 笑っていいとも!(フジテレビ) 綾小路きみまろの人生ひまつぶし(テレビ大阪) サルヂエ(中京テレビ) - サルの小路きみまろ名義で、問題VTRに出演 いきなり!黄金伝説。(テレビ朝日)不定期出演 世界が驚いたニッポン! スゴ〜イデスネ!!視察団(テレビ朝日)番組プレゼンターとして出演 笑わせます聴かせます まろまろ一笑懸命(テレビ朝日、2012年9月17日・2013年5月26日・2015年1月4日) 稲葉製作所 「イナバ物置」(1980年、稲葉庄一社長と共演) ユニデン「ハイビジョン対応液晶ワイドテレビ」 大信販(パーティーの司会者(声の出演)。参加者として藤谷美和子が出演) はごろもフーズ「ぱぱっとライス」(きみまろ自身の似顔絵が付いた杓文字のアニメと声の出演) キッコーマン「Pearl Soy Milk」(同社がアメリカで販売している豆乳のCM。アメリカ国内の日本語チャンネルで放送) パナソニック「ルミックスTZ3・TZ5」(2007年3月、長山藍子と共演) UHA味覚糖「マルチビタミンのど飴」 フジ日本精糖「キープ・フラワー」(2009年) KDDI/沖縄セルラー電話「au by KDDI 簡単ケータイシリーズ」(2009年) スカパー!「時代劇特集」 森永製菓「甘酒 芸能人甘酒クラブ巡業中 ライブ編」(小野真弓、ダンディ坂野と共演) 日本農産工業「ヨード卵・光」(2012年)声の出演 東京ガス
ピピッとコンロ 「アヤノグリル」篇(2014年9月13日 - ) 新進「きみまろの高菜漬」、「きみまろのつぼ漬け」(ともに2013年 - 2014年) ユニリーバ・ジャパン「ドメスト」(2017年 - 2021年) 東京スター銀行( - 2018年12月) モノ・ループ(2020年9月 - 、東海3県・北陸ローカル) オリックス生命保険「医療保険 キュア・サポート・プラス」、「ファインセーブ」(ともに2022年) 日立製作所「日立マーク5 見聞録『ラジオとテレビの違い』」(1978年) 映画『武士の家計簿』予告編 株式会社ファンケルヘルスサイエンス「大人のカロリミット」(同窓会/乙女太め篇) きみまろの「やってられない!?」 きみまろの「やってられない!?」(カラオケ・台詞なし) きみまろの「やってられない!?」(カラオケ・歌なし) きみまろの「やってられない!?」(カラオケ・台詞・歌なし) CD きみまろのあれから40年 ぴんぴんころりぴんころり きみまろのあれから40年 (コーラス入りカラオケ) ぴんぴんころりぴんころり (コーラス入りカラオケ) DVD きみまろのあれから40年 (ミュージックビデオ) 【作詞:綾小路きみまろ/作曲編曲:伊戸のりお】 任天堂DSソフト「毎日が楽しい!綾小路きみまろのハッピー手帳」(2007年) きみまろ DVDラジカセ・CDラジカセ(これには非売品の「綾小路きみまろ 爆笑!スーパーミニライブ体験版CD」が人数限定で付随する) 『有効期限の過ぎた亭主・賞味期限の切れた女房 綾小路きみまろ独演会』PHP研究所, 2002.11 のち文庫 『きみまろ流』PHP研究所, 2003.10 2005年に『こんな女房に誰がした? きみまろ人生劇場』と改題され文庫本化 『きみまろ! 爆笑毒舌「ネタ帳」150連発!』ベストセラーズ, 2004.8 『こんな夫婦に誰がした? 謹んでお慶び申し上げます』PHP研究所, 2006.1 文庫、2007 『失敗は、顔だけで十分です。 爆笑ネタ180連発!』(PHP文庫) 2006.8 『妻の口一度貼りたいガムテープ』PHP研究所, 2007.2 文庫、2009 『一つ覚えて三つ忘れる中高年』PHP研究所, 2008.2 文庫、2010 『私は名もない毛もないきみまろと申します 昭和ポップきみまろ!』荒木経惟写真. ベストセラーズ, 2008.6 『あの顔その顔この顔で謹んでお慶び申し上げます』小学館, 2008.9 文庫、2011 『男も女も五十を過ぎたら内臓勝負です!』PHP研究所, 2009.2 文庫、2011 『中高年、登りきってもいないのに下り坂』PHP研究所, 2010.3 文庫、2012 『中高年、鼻で確かめる消費期限』PHP研究所, 2011.3 『老婆は一日にして成らず』PHP研究所, 2012.4 『綾小路きみまろのすべてがわかる公式ファンブック メジャーデビュー10周年謹んでお慶び申し上げます 秘蔵写真や初公開エピソードも満載』講談社, 2013.4 『きみまろ「夫婦川柳」傑作選』編 小学館, 2014.6 文庫、2016 『きみまろ「夫婦川柳」傑作選 2 (奥様が笑う家には福来たる)』編 小学館, 2016.3 文庫、2017 『しょせん幸せなんて、自己申告。』朝日新聞出版, 2017.10 『綾小路きみまろ爆笑フォーエバー 祝!メジャーデビュー15周年』文藝春秋, 2017.7 『書きとりきみまろ 1日1ネタ!40日間、読んで、笑って、なぞって、字も美しく!!』講談社, 2017.8 『きみまろ「夫婦川柳」傑作選 3』編. 小学館, 2019.6 文庫、2021 『我が家は前からソーシャル・ディスタンス』マキノ出版, 2021.12 2007年11月現在、単行本47万部・文庫本94万部、総計141万部を販売 その他、2008年9月19日より『週刊ポスト』(小学館)誌上において、『綾小路きみまろ「夫婦のゲキジョー」』を連載中。人気を博している。 ^ 子供3人の内、一般人の息子の一人は東京大学理科III類から同大学医学部医学科に進学し、医師免許を取得して医師をしている。 ^ この時期に『タモリ倶楽部』に取り上げられたが、その時点ではブレイクならず ^ 当時のきみまろのファッションは赤毛のカツラに白の背広、そして日の丸マークの扇子。また、きみまろは当時、最後に赤毛のカツラを外すというオチで締めくくっていた(ただし、本人の性格に配慮して素の状態は頭に白い布を巻いていた)。 ^ 書く時の文章は縦書きがほとんどで、横書きするのは外国語以外一切無い。 ^ 第1集のCDの発売は2002年ではあるが、実質的な発表時期は2001年。 ^ 『テレビ・タレント人名事典(第6版)』日外アソシエーツ、2004年6月、53頁。ISBN 978-4-8169-1852-0。 ^ きみまろどっとこむ(綾小路きみまろ公式ウェブサイト) ^ 日本司会芸能協会 協会概要 日本司会芸能協会 ^ “綾小路きみまろ 芸名の由来は有名コメディアンのセリフ、直談判して「“やるよ。頑張れ”って…」”. スポーツニッポン (2024年5月6日). 2024年5月6日閲覧。 ^ “綾小路きみまろのCM出演情報”. ORICON NEWS. オリコン. 2022年6月19日閲覧。 ^ “バリューリース スペシャルサイト”. 東京ガス. 2014年1月31日時点のオリジナルよりアーカイブ。2023年3月8日閲覧。 ^ “最新テレビコマーシャルを9月13日(土)から放映”. 東京ガス. 2014年9月13日閲覧。 ^ “奥様方のアイドル 綾小路きみまろがトイレ掃除を漫談風に指南!”. ユニリーバ・ジャパン. 2022年5月19日時点のオリジナルよりアーカイブ。2022年6月19日閲覧。 ^ モノ・ループ株式会社: “【綾小路きみまろ名誉鑑定士に就任!】モノ・ループ株式会社 テレビCMキャンペーン開始”. 株式会社 PR TIMES (2020年9月15日). 2022年6月30日時点のオリジナルよりアーカイブ。2023年3月8日閲覧。 ^ きみまろ新ネタに自信「賞味期限なし」 ― スポニチ Sponichi Annex スポニチ演芸館 2007年11月2日。(インターネットアーカイブのキャッシュ) 毒舌 お笑いタレント 日本お笑い史 ピストン西沢 - DJ。きみまろトランスのリミックスを手がけた。 綾小路家 鹿児島県出身の人物一覧 森進一 - きみまろ自身が専属司会者を務めた 小林幸子 - 同上 伍代夏子 - 同上 きみまろどっとこむ - 綾小路きみまろ公式ウェブサイト 綾小路きみまろ (@ayanokojikimimaro_official) - Instagram 綾小路きみまろ公式チャンネル - YouTubeチャンネル 綾小路きみまろ - 落語協会 綾小路きみまろ / TEICHIKU RECORDS ISNI VIAF 日本 MusicBrainz お笑い芸人 日本の司会者 日本のマッサージ師 テイチクエンタテインメントのアーティスト 過去のホリプロ所属者 拓殖大学出身の人物 鹿児島県出身の人物 1950年生 存命人物 外部リンクがリンク切れになっている記事/2023年3月 2024/11/16 20:57更新
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